松下千秋の余裕   作:中森藤之

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書いてて思った。
こいつら……、と。



しっとり真面目に破廉恥タイム

「どうして写真を出さなかったんだ?」

 

 休み時間。

 オレと堀北以外は誰もいない資料室で、机の上に目をやる。そこには一枚の写真が置かれており、映っているのは2人の男子生徒。

 須藤が小宮達をシバいているワンシーンだ。どちらから仕掛けたのか断言はできないが、これだけ見ると須藤が完全に悪者である。

 

「あなた、わかってて聞いてるでしょう。佐倉さんが撮影したこの写真は、現段階では武器にはならない。佐倉さんがそこにいたという証明にはなるけど、これじゃ須藤君が一方的に襲いかかっているようにしか見えないわ」

 

 うん、知ってたわ。

 堀北が話した通り、これは佐倉が隠し撮りしたものだ。この写真を佐倉が持っている時点で、でっちあげの線を消すことはできる。

 ただし、どっちが先に仕掛けたかを証明することはできない。須藤が小宮達を返り討ちにしているシーンのようだが、これを見せるのは得策じゃない。学校側の心象は更に悪化するだろう。

 

「この写真はひとまず封印ね。出すなら有効なタイミングで。そうでないと、自分達の首を絞めることになる」

「だよなぁ……」

 

 堀北の判断は正しい。

 平田達とも意思の疎通は取れているようだし、オレはこのまま傍観を続けても大丈夫だろう。

 坂上との会話で少し気になることはあったが、そちらは考察の材料が足りていない。だが、今日のところは伝えなくてもいいだろう。まずは基本的な行動から。昨日はほとんど行わなかった、聞き込みだ。

 

 

────────◇────────

 

 目撃者を探す。

 堀北が第一に選択した行動はそれだった。

 平田も同じ。昨日は佐倉の告白により中途半端になってしまったが、振り出しに戻った形で今日は聞き込みをするとのこと。

 まあ、まずはそれでいいと思う。

 見つけることができれば御の字。思わぬところから何か出てくるかもしれないし、考え込んでいるより動ける時間は動くべきだ。考えるのは夜でもできる。

 

 

『Bクラスの一之瀬(いちのせ)帆波(ほなみ)の協力が得られることになった。明日以降、一之瀬の人脈を使って聞き込みをしてくれるとのこと。成果は今のところこれだけだ。平田と早瀬も何かわかったら教えてくれと堀北が言ってる』

 

『ごめん、僕達は成果なしだ。また連絡する』

 

『そうだ。須藤がバスケ部の大会で実績を出せば、クラス評価がプラスになるって一之瀬が言ってた。また、プライベートポイントを2000万ポイント貯めるとクラス移籍ができるようになる……とも。つまり、2000万ポイント貯金できれば、Aクラスに移籍できるということだ。担任が教えてくれたらしい』

 

 グループチャットに送られてくる皆の成果。

 俺は「は!?」と変な声が出た。

 突如としてもたらされた新情報。クラスポイントを増やす方法、そして移籍が可能であること。うちの茶柱先生はどっちも共有してないぞ。

 とりあえずそれ、クラス全員が入ってるグループに書き込め……って送られてきたな。送信者は平田。みんな食いついてるわ。そりゃそうだ。

 

 

「Dクラスは不良品の集まりだとか言ってたけど、担任こそが不良品なんじゃないか……うちのクラス」

「よくわかんないんだけど……なんのはなし?」

「部活の成果次第でクラスポイントにボーナスがあるのと、2000万ポイントで移籍できるって話」

 

 静かな空調の音が漂う個室。ネットカフェのフラットシートの上で、紫色の髪の女子は「はあ?」と高圧的な声を発した。

 

「知らなかったの? 普通、担任が説明するでしょ」

「知らねー。てか俺、神室(かむろ)さんに聞いたよね。なんか重要な情報はないかって」

「そりゃ重要だけど、聞いてないとは思わないでしょ。なんなのあんたの担任、やる気なさすぎじゃない?」

 

 千秋ちゃんとは全く雰囲気の異なる、なんかすっごいダウナーな女子。

 神室(かむろ)真澄(ますみ)

 1年Aクラス所属のエリート様だ。俺はこの子の秘密を一方的に握っている。弱みとも言える。

 神室は優秀だが不良である。

 ビールやらチューハイやら万引きしていたヤベー奴で、しかも常習犯だ。俺が発見したのは入学式の日の夜。初日である。捕まえたら反省するどころか開き直るし、いかれていると思ったねあの時は。

 

「やる気というか敵意かな、あの人が俺達に放っているのは」

「やば。てかあんたもやばいよね。彼女持ちが女子をネカフェに呼び出すとか、バレたら振られるんじゃないの?」

「場所がばれたら困ったことにはなるかもね。密室はさすがに……でも恋人関係はないから。だからいいってわけじゃないけど、やましいことはしてないだろ」

「この状況が既にやましいんだけど? 知ってる? ネカフェの個室って、男女で入る奴らの半分くらいはヤリ部屋だと思ってるからね」

 

 神室はペラペラとコミックを捲り、もう片方の手でポテトをつまむ。口に放り込んでモキュモキュし始めるも、表情が変わらないから美味しいのかそうでないのかよくわからん。

 ていうか寛ぎすぎだろこの子。

 背を向けてゴロゴロするな。会話しづらい。

 

「ネットカフェにカップルで入るやつらは、大体ヤッてる」

「偏見だろそれは……」

「で? これから何する? もう話は終わったよね。私は別にいいよ。それとなく情報流すくらいは余裕」

 

 神室は顔だけをこちらに向けて、すぐに読書を再開した。コミックのタイトルは『チャットモンチー』。猿のヒロインが魔王と戦う物語だ。何が面白いのか全く理解できない。

 

「まさか、こうなることを見越して個室に呼び出したとか? 彼女とマンネリだから、私で遊ぼってわけ?」

「はい、被害妄想」 

「どうだか」

 

 神室とは万引きを叱った時に連絡先を交換して、ちょいちょい連絡を取っている。言うまでもなく、脅したりはしてない。何かしら使えることもあるかと思って、教えてくれたら見逃すと言っただけだ。

 そして今回、俺はこの子にひとつお願い事をした。

 Aクラスの面々に目撃者がいなかったか聞いてみてくれと。あとは神室が個人的に知ってることがないかの確認。この子は普段から周りをよく見てるので、何か変わったことはなかったかなと。情報というのは一見関係なさそうでも、後々になって役に立つことがあったらする。神室目線で気になることがないか、念の為に聞いておきたかったのだ。

 

「俺は純粋に助けを求めてるだけ」

「はぁ……メンドクサ。まぁ、まずは坂柳達に話を振ってみるよ。後は気になることだよね。コレ読みながら色々思い出してたんだけど、遅い時間にコンビニに来てたよ。石崎となんとかってやつ」

「石崎と小宮ね。それの何が気になるの? 夜にコンビニに来るのは、別によくあることだろ」

「女連れだった。見たことない子で、めちゃくちゃ美人だったよ。でも、該当しそうな子は私が知る限りだといないんだよね」

 

 神室は考えを巡らせているのか、無言で本を閉じて起き上がった。正座をしてこっちを向く。真っ白かよ意外だな。イメージは黒だよお前のスカートの中は。

 童貞だったら反応してたな。千秋ちゃんのおかげで大抵のことじゃ動揺しなくなったから、パンチラくらいは余裕だ。

 

「上級生とか?」

「わからない。でも、めちゃくちゃ美人だったから一回見たら忘れないと思うよ」

 

 それにしても……加害者達と一緒にいた謎の美人……ね。名前も所属もわからないし、事件と関係しているかも不明。とりあえず頭に入れておこう。

 

「わかった。ありがとう神室さん。改めてAクラスの件はよろしくね。Aクラスは独特の空気感だし、綾小路君や平田君達も難しいかもって言ってたからさ」

「だろうね。仮に目撃者がいたとしても、善意で協力したりはしないと思うよ。私みたいに弱みを握って、好きな時に呼び出せる関係なら別だけど」

「いかがわしいんだよ言い方が。エロいこととかしたことないだろ。これこそ名誉毀損ってやつだ」

「どうだか」

「どうだかじゃないでしょ。実際に何もしてないし、これからする予定もないんだから」

 

 いくらレベルの高い女子が相手でも、脅迫して関係を迫るなんてするわけないだろ。大体、そっち方面は全く飢えてないし、むしろ満足してるわ。

 まあ、俺も男だから可愛いなーとかエロいなーとかは思うけど、持て余した時はぶつける相手いるし。それも好みどストライクど真ん中の子が。

 

「どうだかね。男なんて基本クズでしょ」

「荒んでるなー……」

「事実でしょ。好きじゃなくてもヤレるし、満足する生き物なんだから」

「それこそ、どうだか。みんながみんなそんな奴ばかりじゃないだろ」

「私のスカートの中見たの、松下さんに言ってあげようか?」

「……はは。ごめん、それはやめて」

 

 ……バレていた。

 急に居心地が悪くなってきたので、俺はさっさと退散することを決めたのだった。

 本当にチクられたら勢いで誤魔化そう。

 

 

 

────────◇────────

 

 

 

「肉じゃが美味しい? ところで誰と会ってたの?」

「めちゃくちゃ美味しい。会ってたのはAクラスの神室さん」

「あー、万引きの人かぁ。優しくしてあげた方がいいよ。常習犯なんでしょ? それ、私が思うに病気だから」

 

 美味しそうに食べてくれるのは嬉しいね。

 帰ってくる時間もいい感じで、私はお嫁さんの気分だよ。個室で密会してたことについては、まあいいんじゃないかな。別に私達は付き合ってないし、たとえそこで何かあっても咎める権利はないしね。

 その時はまな君のカルマ値が上がるだけだ。カルマ値っていうのは()()()したら溜まっていくもので、マックスになると大変なことになる。でも大丈夫。卒業するまでは何も起こらないし、だから好き勝手やってもいいんだよ?

 

「病気だよなぁ、やっぱり」

「うん。神室さんはスリルが欲しくてやっちゃうわけでしょ? 物が欲しいわけじゃない。そういうの、中々治らないって聞くよね」

「だね。深いところまで話は聞いてないから、背景とかはわからないけど」

「私がいなければ聞けたかもね?」

 

 夕食、ごちそうさまでした。

 洗い物は私がやろう。こらこら立ち上がらないで休んでなさい。働いたんだから。

 

「いいよ、私が片すから」

「俺がやるって。千秋ちゃんはお風呂行ってきな」

 

 まな君はささっと食器を重ねて、器用にまとめて運んでいく。うん。理想的な旦那だね。口ではどう言ってても、労わってもらって嬉しくない女はいない。(うそ)。人によると思う。私は嬉しいってだけ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えるけど」

「うん。行ってらっしゃい」

「終わったら来てね。明日は私も手伝うから、チャチャッと打ち合わせしよう」

「お風呂で?」

「お風呂で。今日は一人で頑張ってくれたから、洗ってあげる」

 

 構文がおかしい気がしたけど、まあいいや。 

 ちゃんと全部洗ってあげないと。上から下まで全部。何をするにしても匂いは消しておきたいからね。外で何をしようが勝手だけど、私といる時は別。

 そこはちゃんとしてもらうので。

 それに、なんだか我慢してるみたいだし。思い切りぶつけてもらうためにも、まずはお風呂だ。

 

 

 

────────◇────────

 

 

 

「ぶっちゃけ、Aクラスの方は期待してない。仮に目撃者がいても、助けるメリットがなければあの人達は動かないでしょ」

「たしかに。バチバチな派閥争い中で、その内容はかなりドライだって聞くしね。他のクラスと馴れ合う人達でもないし、収穫あればラッキーくらいに思ってた方がいいよね」

 

 千秋ちゃんは普通に喋ってるけど、会話に集中できてるんだろうか。俺は無理だ。

 この子の手の平って、なんでこんなに綺麗で優しいんだろうな。手首細いなー。

 

「んー、私ね、気になることがあるんだけど……」

「なになに? 坂上先生の件?」

「うん。現場にいたわけじゃないから正確な距離感とかはわからないけど、本当に会話が聞こえてたのかな。先生と堀北さん達の」

 

 バスチェアに座っている俺の後ろで、千秋ちゃんが両手を上に移動させた。どうやら肩を揉んでくれるらしい。いいね。これなら頭も回る。

 坂上先生は最初から言及してきたらしい。 

 佐倉という目撃者が後になって出てきたことを。でも、綾小路によればその話をしていた時、坂上先生達とは結構距離があったっていうし。

 

「スパイとかいないよね、うちのクラス。私の周りに心当たりはないけど……」

「いないとも言いきれないなー。全員のことはまだ把握しきれてないし。でも、そうだとしたら、あのタイミングで伝えられる人間は限られてる。事前に知ってた奴だけ」

「平田君グループと、綾小路君と堀北さん。なさそうだよね。強いて言うなら櫛田さん?」

「あー、櫛田さんは人脈も広いし、裏の顔とかありそうだしね」

「ねー。腹黒そうだもん、あの子」

 

 千秋ちゃんは櫛田に警戒心を抱いている。

 確実に俺のせいだ。中学時代に人間のパターンがどうだとか、俺がやってる訓練のこととか色々教えちゃったから。人あたりの良さは変わってないけど、今の千秋ちゃんは結構人間不信。

 本当に真っ白な人なんていないって、他人を見る時は斜に構える癖がついてる。

 特に、光が強い人ほど影も大きいっていうのが持論になってみたいで、その意味で平田を見る目も懐疑的。平田の場合は善人だとは思ってるみたいだけど、今の人格になった背景について独自に考察を立てているみたいよ。

 

「櫛田さんは色んな人から相談を受けて、どんな時でもちゃんと対応するし優しい。っていうキャラだけど、相談をされること自体を喜んでいる節があるんだよね。あと、矛盾してることもあるし」

「矛盾っていうと? 堀北さん?」

「うん。堀北さんは多分、っていうか確実に櫛田さんがきら……苦手だよね。周りをうろうろされると嫌がってるのわかる。今は堀北さん丸くなったから、表立って嫌悪感出したりはしないけど」

「だよねー」

「櫛田さんもそれは気づいてるはずだよ。誰にでも優しくて気遣いもできる櫛田さんなら、気づいてないわけない。でも、やめないじゃん?」

「グイグイ近づくよね。たまに嫌がらせかなって思うことあるくらい」

 

 こんな感じで。

 櫛田のことは俺も気になってる。本当に優しい人間はあんなことしないからな。まあ、それでスパイだとかなんだとか疑うのは論理の飛躍もいいところ。流石に暴論だけど。

 

「まあ、櫛田さんだけじゃなしに警戒はしておくべきだよね。うちのクラスはずる賢い人は少ないけど、利用されそうな人は多いから。今後、そのあたりが弱みになりそうで不安」

「まさに同じこと感じてるよ」

「ふふ、気が合うね」

「相性の良さは今更じゃない?」

「うん。とっくに知ってる」

 

 坂上先生の件は気に留めておく。今はまだ情報のひとつだ。点でしかない。

 それに相手が教師ということを考えると、注目するならやっぱり小宮&石崎だな。攻めるならまずはそちらにするべきだろう。

 

「明日はちょっと疲れるかも。だから千秋ちゃんも来て」

「うん。いいよ。何するの? ハニトラ?」

「それに近いやつかな。いい関係になれそうな人がいるから、協力してもらえるか交渉しようと思ってる。俺達は使える人間だと思ってもらわないとダメかな、多分」

「だから私もこの感じでいけと」 

「うん。目立つわけじゃないし、その人は多分信用できる……言いふらしたりする人じゃないから、素で接してみて欲しいな」

 

 綾小路達は一之瀬の協力を得て聞き込みを進める。

 俺は別方向から攻めるつもり──綾小路達がダメだった時の保険、あるいはプラスアルファを作るつもりだ。そのためには千秋ちゃんもいて欲しいんだよね。

 決して一緒にいたいという理由だけではない。

 

「もう、仕方ないなぁ……わかったよ。まあ、正直言って今はそこまで気にしてないんだ。目立ちすぎると何かと面倒だから、ほどほどに手は抜いてるけど……まな君といたら遅かれ早かれバレるでしょ」

「たしかに。それに、演技しながら会話するのも面倒だしなぁ」

「そうそう。まあ、私は今の感じも結構楽しいけどね。中の下って感じの私が、レベルの高い人を見上げてるっていう構図。みんなにはそう見えてるみたいだから、それはそれでアリ」

 

 ごめん、その感覚はよくわからない。

 大体、男女の上下関係ってスペックだけじゃない……って普通は思わないのか。

 どうでもいいけどね。今のところは二人でいる時は対等だし。そのうち思考で置いていかれるようになりそうだけど、そん時はそん時だ。

 そこそこで生きてた天才肌が本気になると恐ろしい。千秋ちゃんと一緒にいると思うよ。

 

「なんだかシャワーだけで温まっちゃったね。まな君、湯船つかる?」

「湯船は後でいいかも。俺も温まったし」

「じゃあ座っててよ。この椅子だとちょっと高さが足らないから、いつもと同じでお風呂の縁に」

 

 湯気の中で立ち上がると、千秋ちゃんが自分のタオルに手をかけた。くびれた腰の辺りにある小さな結び目をほどいて、「よいしょ」と細い膝を曲げた。

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