松下千秋の余裕 作:中森藤之
高度育成高等学校2年の中で、
今となっては表立って反抗しようとする人達もいない。そこそこ優秀な人達が彼を引きずり下ろそうとしたこともあったが、全員退学した。消えるように彼が仕向けた。
しかし、恐怖政治に皆が怯えているかと言えばそうでもない。南雲雅は何をやらせても天才的でイケメン、人当たり良好で栄えある生徒会の副会長。
裏の顔を知らずに抱かれている女子は数多く、そのほとんどが単なる駒として使われているが……本人達は喜んでるからウィンウィン。ではないな。大切になんてされてないし、搾取されているだけだ。あんなのは。
「少し気になったんだけど、君達はどこでそんな情報を手に入れたの? いや、当たってるんだよ。松下さんの言ったことは大体そうなんだけど、アイツ……雅はめちゃくちゃ評判いいよ?」
裏の顔を知っている人間は相当数いるけど、新入生にペラペラ喋ったりできないはず。もし、悪い噂を流したことがバレたらアウトだからね。
「そんなホイホイ、黒い噂なんて出てこないと思うんだけど……特に2年は信者多いし」
「みたいですね。なんで、なんとなく大丈夫そうな人を中心にカマかけてみました。男の俺から見てもカッコイイと思います。完璧で優しそうでカッコイイですよね〜って。そしたら何人かは微妙な反応したんで、後は距離を縮めて聞き出して、情報ゲットってわけです」
「ちなみに、この人はなぜか同性からの方がモテるんで、情報源の半分以上は男子の先輩です」
2人ともシレッとした顔してるんだけど、いやいやそんな簡単なことじゃないからね。てか、女子じゃなくて男子中心に情報ゲットしたのか。てっきり私にしたみたいにナンパっぽくいって、チョロい子の心を弄んだのかと思ったのに。
「す、凄いね……ほら、この学校ってプライド高い人多いし、うちの学年の男子もそう。異性ならともかく、同性にはそこまで優しくないとおもうんだけど」
「あはは、まな君は男に好かれやすいんで。昔、痴漢されたこともあるんですよ」
「ふえっ?」
おっといけない、また変な声が出た。痴漢? 早瀬くん、君は痴漢されたことがあるのかい?
「あー、3年間で7回ありましたね。なずな先輩、内容は聞かないで貰えますか? ほんと、マジでおぞましいので、思い出したくないので」
早瀬くんが目に力を込めている。わかったから暗い瞳で見つめないでよ。なずな先輩のデリカシーを信用しなさい。
「初めての時は、トイレで微笑みかけられたんだよね? 隣に立ってた人に」
「松下さん、なんで言うの」
「うわぁ……」
たしかにそれはおぞましいな。心にトラウマが残ってもおかしくないよ。可哀想に。
ほんとかわいそー……と同情していると、外から花火の音が聞こえてきた。まだ昼間なのに、試し打ちだろうか? 最近多いな。そういえば、1年Cクラスの3人を見た日も花火が上がってたっけ。まあ、あの時は夜だったけど。
「てか、なんか暑いと思ったら窓空いてたんだ……しめよしめよ」
「ですね……話は逸れましたけど、まだ2年の話続けます? 俺はなんでもいいですよ。使えそうな人間だと思ってもらえて、今回のことに協力してもらえるなら」
あー、そういう話だったね。
ちょっとお話してみて、私にとってメリットがありそうなら助けてあげるって言ったんだった。いつの間にか『使えそう』に変換されちゃってるけど、だいたい同じ意味だしオッケーオッケー。
雅みたいな人でなければ、っていう条件もあるんだけど、それはなさそうだし大丈夫かな? でも完全に安心はできないな。ヤリチンって可能性は残されているわけだし。
「じゃあ、時間はたっぷりあることだし、まずは君たちのことをもう少しだけ教えてよ。情報収集能力があるのと頭良さそうなのもわかったから、人柄みたいなのを知りたいな」
とりあえず、ヤリチンかどうかは確認しておかないといけないね。顔は物凄いイケメンってわけじゃないけど良い方だし、派手ではないけど小綺麗にしてるから女受けは良いはずだ。
自然体で話せててリアクションが早いのも良いね。
ギャグのセンスはあんまりよくわからないけど、会話が絶望的につまんないとかそういうことはなさそうだ。
「人柄かぁ…………千秋ちゃん、俺ってどんな人?」
「そうだね。一言で言うと変な人かな」
「もうちょっとなんかあるでしょ……たとえば……たとえば…………あれ?」
早瀬君は自信ありげに私をみた後、言葉を濁らせ、ワナワナと自分の両手を見下ろした。っておい自己アピール下手か! さっきまでちゃんと滑らかに喋ってたのに、いきなり目が泳いでるよこの子。
意外に自己分析が苦手なのかな。それにしたって自分のいいところのひとつやふたつ、この子なら簡単に出てきそうなのに。
「たとえば察しがいい(私に)。たとえば判断に迷いがない(私のピンチに)。たとえばどんなキャラでも演じることができる(私の要望にあわせて)。みたいな感じですよ。他にも結構あります」
聞き方を変えよっかなーと考えていると、松下さんが教えてくれた。人差し指をたてて、彼の代わりに滑らかな声でスラスラ述べる。
心の声が聞こえたのは気のせいかな? 気のせいだよね。お淑やかに微笑んでるけど、なんか圧を感じるのも気のせいだよねー。しっかし綺麗な碧眼だなー、うらやましい。ハーフとかじゃないみたいだけど、顔も整ってるなー。
「全部とてもいいことだね。うん、優良物件だ」
「彼女募集中みたいなんで、どうですか?」
「えっ」
おい後輩、なんか言われてるぞ大丈夫? 早瀬君は「そうなのか……」とか謎に悩んでるんだけど、それはどの部分を熟考してるのかな? 彼女募集中について? それともその前の自分の長所?
「この人、こう見えてすっごい叩き上げなんですけど、それでいて感覚は
「そ、そうなんだー。それじゃ、松下さんは良い人捕まえたってことだね!」
「あはは、私は友達の域を出てないので」
そうなの? それにしちゃ距離感に男女を感じるんだよなー。もしかして、友達ってセックスフレンドのこと? 友達は友達でもそっちかな? 私はそういう相手はいないけど、周りにはセフレ関係の人とか結構いるし。おい新入生共、せめて2年生になるまではピュアでいなさい。
「てか、叩き上げ? 結構努力したんだ?」
「そうなんですよ。一時期は叫びながら勉強してたみたいです。流石に今はそんなことはしてないですけど」
「なんで松下さんが答えるの?」
「えっ」
「えっ?」
あらやだ松下さんキョトンとしてる。おかしいだろその反応。さも当たり前かのように彼の代わりに喋ってるけど、その行動に疑問を持っていなそうなのが怖いよ。表情も仕草も自然すぎて、演技なのかそうでないのかが読めない。やだこの子こわい。
「……俺って察しがいいのか? いやでも、昔はクラスでいちばん無神経って言われたし……うーん」
そして早瀬クン。君はまだ悩んでいたのかよ。ほんと大丈夫? 私となんで話をしてるのかとか、そこらへんの根本的なこと忘れちゃってない?
「はぁ……いつの話してるの? それ小学校低学年くらいの時のことでしょ?」
「言われたのはね。でも、高学年になっても思われていたとは思うよ。察しろクソボケって言われたことあるし」
「大丈夫だよ今は改善してるんだし」
松下さんは軽く流すと、私のコーヒーカップを手に取った。続けて早瀬君のも。松下さんのはまだ残ってるけど、私達の飲み物を取ってきてくれるみたいだ。気が利く後輩っていいねー、気分良くなる。
「先輩は砂糖みっつですか? あ、その前にコーヒーでいいですか?」
「そうだけど……コーヒーでもいいけどなんでわかるの? 砂糖の数」
このカフェには角砂糖が置いてある。私的に満足なサービスなんだけど、この子はなぜに私の砂糖量を知っているんだろう。
「え? だって3回手に取ってたじゃないですか。最初にドリンクを取りに行った時」
「松下さんは座ってたよね。早瀬君が一緒に取ってくるってことで」
そうだ。ドリンクの一杯目は私と早瀬君がお喋りしながら取りに行って、この子は携帯をいじりながら待ってたはず。視線は感じなかったと思うんだけど……。
「あはは、私、
「そっかー、すごいねー」
見てたのね。相変わらずニコニコしてるけど、なんで目がいいことをそんなに強調するのかな。
ちょっと今、背筋が寒くなったよ。
やっぱりこの子、透明感の中に闇的な何かを感じるよ。
「じゃあ私はドリンク取ってくるんで」
「ありがとう千秋ちゃん。俺は」
「ブラックコーヒー飲み終わったから、次はオレンジジュースね。甘いの嫌いなわけじゃないんだし、糖分もちゃんととらないと」
そういうところも気を回してるのか。やっぱりセフレなのかな?
松下さんが少しだけ席を外して、早瀬君と2人きりになる。
「……まあ、無理があるのはわかってるんです」
「うん? なにが?」
軽く肩を竦めた早瀬君に、私は首をかしげる。
「昨日の今日で信用してもらって、助けることで得られる大きなメリットを感じてもらう。利害関係だらけのこの高校で、それは難しいだろうって」
「そうだね。しかも、私にはリスクもあるしね」
「無駄に目立つ、ですか? 1年の、それもDクラスに肩入れしたともなれば、あんまり外聞も良くなさそうですもんね」
よくわかってくれているようで何より。私が言いたいのはそういうことだ。
立場が極端に悪くなるとかそういうことはないけど、面白半分で揶揄って来る人はいそうだな。不良品のクラスに手を差し伸べるなんて優しいね〜、暇なの(笑)みたいな。
「だねー。でも、そこらへんわかってるならオッケー。別にいいんだよ。相手のことに考えが及ばないで助けて助けてばっかりなら、私の対応も変わってくるけどね。君はそうじゃないし、無神経・無共感な人じゃなくて良かったと思っているよ」
大丈夫だから、後は私にとってのメリットの部分。
もうちょっと欲しいなー、とか考えてはみるけど、正直、現段階で助けてあげたいとは感じてる。
普通の高校なら余裕でオッケーしてるところだ。でも、この学校は特殊がすぎるから。
「そうですか。実は俺も良かったと思ってるんです。目撃者があなたで」
「と、いうと?」
私は聞き返した。
松下ちゃんが戻ってきて、静かにコップとコーヒーカップをテーブルに置く。話の腰を折らないようにしようとしているのか、気配を消して自分の席に座った。うーん、ほんとそつがないな、この子。
「染まってるようで、染まってない人だと思ったからですよ。腹を割って話すなら、そういう人の方がいいんです。俺は」
「!」
意思の強い眼光に見据えられる。
私はそっかそっかと感心する。うなずく。一方で、そんな大層な人間ではない、とも思った。
染まってるようで染まってない。雅の信者になっちゃう女子が多い中で、周りに溶け込みつつも取り込まれてはいない、そういうことを言っているのだろう。
でもね早瀬君、色々と考えながらも何も実行には移していない、移せない、それが私なのよ。
こんなこと真面目に考える機会は少ないし、あまり愉快なことでもないから目を背けがちだけど、何もしないなら意味ないんだよね。
何を考えてても、何を考えていなくても、結果は何も変わらない。
「それに、義理堅い人だっても聞きました」
「そっかー。でも、人の評判ってあてにならないものだよ?」
「そうですね。噂と実際の人物像とかけ離れてた、なんてよくある話です」
「そうだよ。実際のところは蓋を開けてみなけりゃ分からない。そういうものだよ」
「ですね。その一方で自分の評価は他人が決める。それもまた真理なんだと思う。そして、上っ面がどうかは、顔を見ればわかる。半分くらいは」
まあまあ良好な褒め文句。でも最後、ちょっと弱気になったな……ううん正直に話したんだと捉えよう。
「顔を見ればって私の? もしそうだったら君は外交官になるべきだよ。腹の探り合いの天才だ」
「それができたら苦労しませんって。俺が言ってるのは情報源の人達ですよ。みんながみんなは無理ですけど、結構わかるもんなんです。誰かを讃える言葉は同じでも、それは純粋に賞賛してるのか、自分のための褒め言葉なのか」
ざっくり言うと空気感。彼はそう続けた。私もそれはなんとなくわかる。特に演技が下手な人とかは、透けて見えるよね。自分のためにおべっか使ってるのか、自然に出てくる言葉なのかは。
「それで?」
「先輩は純粋に感謝されてることが多いみたいですよ。だから信用できるなって思った。だから良かったと感じたんです。信用出来ない人と交渉するのは嫌なんで」
なるほどね。そう言ってくれるのはありがたいけど、もう一押しなにかないかな? 上手いこと私がビビっとくる口説き文句。さあ考えてみよう。
「んー、まな君さぁ、かっこいいこと言ってるみたいだけど、単にタイプだっただけじゃないの? ほら、先輩みたいな可愛いと美人が共生してるタイプの人、好きだし?」
「それは違う。違うんだってほんとに!」
おっとシリアスな空気が壊れた! 松下ちゃんの微笑がなんか意味深だぞー。仕方ないコーヒー飲んで気分を変えよう。
「なずな先輩、違うんです。下心とかないんで」
「ズズー……あー、おいしー」
コーヒーブレイクタイム、一瞬で終了。
私は2人を同時に見た。早瀬君だけ見つめると、なんか圧が発生しそうだったから。敵意とかイライラとかは全く感じないんだけどね、松下ちゃん心の内が読みづらすぎるよ。自然体を作れるタイプの女の子って敵に回すと厄介だ。恨まれないように気をつけよう。
「ふぅ……まあ、よく分かったよ。君達が他の子よりも賢くて、悪人ではないってこともね。ガチンコで褒められるのは悪い気分じゃなかったし、どーしよっかなー」
「まな君、あと一押しなんじゃない? ここ全力で口説きに行くところだよ」
「千秋ちゃん、言い方……」
「私は契約書を用意するから。名前を書くだけにしておくからね」
松下ちゃん、契約書ってなに。なんか紙の束がカバンから出てきたけど、それなに。
「あ、これが契約書です。先輩、印鑑持ってますか?」
「持ってるけど、え、なに? そんなガチな契約書とか交わすの?」
「あはは、冗談ですよ。雰囲気出るかなーっと思って。これはただのメモ帳です」
松下ちゃんは微笑しているけど、私は困惑のあまり笑えないよ。メモ帳じゃないでしょそれ。裏にカフェの広告が見えてるし、どう見てもチラシの裏紙だよね。もしかして、今のやり取りするためにわざわざ持ってきたの?
「でも、契約は大切だと思いますよ」
松下ちゃんはチラシの束をカバンに突っ込み、笑みを消して私を見た。さっきから思ってたけど、この子はとても姿勢がいい。今はどうでもいいけど。
「まな君はそこらへん詰めが甘いところがある……相手の裁量に任せちゃうところがあるんですけど、私はきちんと決めておくべきだと思う。そう、たとえば、今回協力してもらうかわりに、
松下ちゃんに、綺麗な微笑が蘇った。
最後は囁くような声で言われた私は、軽く頭を傾ける。早瀬君に視線を送ると、彼は「そうだね」と
「こんな学校、それも南雲帝国の中にいたら、助けが欲しくなることもあるでしょ。使える駒は増やしておいて損はないんじゃないですか? もちろん、そんな場面が来ないのが一番ですけど、先輩はまだ2年も残ってるんだ。何があるかはわからないでしょ」
さらにハッキリとした声で続ける。
また、意思の強い瞳で見つめてきた。
「どこまでやれるの?」
私は端的に聞いた。それで通じると思ったからだ。
「死ななければ大体オッケーです」
それもうだいたい何でもオッケーじゃん。
おい彼女じゃなかった……怪しい関係に見えて仕方がない松下ちゃん、彼はこんなことを言ってるけど、君はそれでいいのかな?
「あのさまな君。暴力沙汰になったら退学あるからね。その時は私が卒業するまでに家を確保しておくこと」
なるほどそういう条件ね。ってどういう条件? やっぱりセフレか。セフレから直で新婚になるやつ? そういうパターンってあんまり聞かないけど、この子達は大丈夫だろうか。
「それはいいけど、逆パターンの場合はどうするの?」
「私が先に退学になっちゃった時? それも同じでいいよ。差をつけたらおかしいでしょ」
「……本音は?」
「私が書いてあげるから、退学届けを受け取って欲しいな」
「それは構わないけど……」
うわぁ……なんか色々、覚悟決まりすぎだよこの子達。お互い普通に受け入れちゃってるし、お姉さんスゴく怖い。あれ、これ何の話だっけ?
「……は?」
私が困惑を禁じ得ないでいると、
誰かから連絡が来たみたいで、怪訝な顔で携帯を凝視している。
「え、うそ」
松下ちゃんも。
何かクラスの方で動きがあったのか。なんにしても良い報告ではなさそうだけど、大丈夫かな。
とりあえず静観していた私は、しかしすぐに画面を見せられる。早瀬君の端末だ。
内容をすぐに理解すると、私はすうっと目を細める。まだ特別試験も始まってないっていうのに、今年の1年はどうなってるの?
──『Cクラスの近藤。須藤から手を出したところを見ていたという、新たに出てきた目撃者。そいつが意識不明の重体になった。Bクラスの神崎が階段から引きずり落としてしまったんだ。負傷箇所は首だ。オレたちに協力していることに難癖をつけられ、一之瀬を侮辱されたことで頭に血がのぼったようだ。早瀬、松下、時間が空いたら連絡をくれ』
────────◇────────
なずな先輩と別れ、俺達は綾小路達のもとへと走った。校舎前に人だかりができている。中から運び出されてくるのは、意識を失った近藤。
担架に乗せられている彼は、待ち構えていた救急車の中に運び込まれた。救急車は赤いランプを点滅させ、大勢に見守られながら病院へと向かっていく。
「ふざけた挑発に乗って、逃げた近藤を階段から引きずり落とした……
「中心人物の1人として注目してたけど、荒っぽいっていう情報はなかったはずだよね? まあ、人間はいつも冷静ではいられない生き物だけど……」
千秋ちゃんと一緒に足を止めると、後者の方から綾小路達が走ってくる。堀北、須藤、佐倉の姿もあった。皆、当たり前だが表情は暗い。
「来たのね、早瀬君、松下さん。状況は綾小路君が連絡した通りよ。近藤君が意識不明の重体。神崎君は……先生達に連れていかれたわ」
堀北が額に汗を滲ませ、端的に状況を説明する。湿った黒髪が乱れていた。
「一之瀬さん達は?」
「話をできる状態にない──けど、参考人として招集されているわ。一番近くで見ていたのがBクラスの
「近藤の怪我の具合は? まさか死んだりしないよね?」
「
「そっか……とりあえず堀北さんも休みな。顔色が悪い、みんなも」
頭から落ちて意識不明。その時点でかなり危ない状況なのはわかっていたが、ここに来てまざまざと実感させられる。
そういえば、死は身近なものだった。
多くの人は日常で意識してないけど、すぐ側にあるものなんだよな。
────────◇────────
神崎は
オレ達とBクラスの協力関係は打ち切りとなった。
当然のことだ。
なお悪いことに、あのタイミングで原因不明の停電が発生していた。もちろん、監視カメラも停止していた。
「大丈夫か、一之瀬」
「うん。ごめんね、ちょっと他人のこと心配してる場合じゃなくなっちゃった」
辺りが暗くなった頃、オレは一之瀬の屋上に来ていた。堀北達は既に帰宅している。
「なんで、神崎君……」
「お前を侮辱されたことが許せなかった……それは事実だろう。当たり前のことだ」
「うん。でも、階段から叩き落とすなんて……おかしい。いくらカッとなったからって、そこまでしたらどうなるか。彼は考えられる人だと思う」
一之瀬はそう言うが、絶対にそうだと断言はできない。人間は不安定な生き物だ。激情に駆られた者は何をしても不思議じゃない。たとえどんな善人だったとしても。
「……私達には何も話してくれないし」
「……そうだな」
神崎はカッとなって近藤の肩に手をかけ、気付いたら突き落としていたらしい。説明はそれだけで、一之瀬達には謝罪の言葉を述べるのみ。
申し開きは一切なし。処分を全て受け入れるとまで言っているそうだ。
「すまなかった。オレ達が巻き込んだ」
「ううん。協力するって決めたのは私だから……」
沈黙が生まれて、少し虚しい気持ちになる。
一之瀬は今、どんな気持ちなんだろうか。オレはあくまでオレのために、一之瀬帆波の気持ちを想像してみた。
「一之瀬」
泣き笑いに近い顔の一之瀬に、せめて慰めの言葉をかけようとすると
「あのっ、少し、い、いいですかっ」
たどたどしい口調で、三つ編みメガネの女子が走ってきた。あの時、一番近くで見ていた
「みきちゃん?」
「ご、ごめっ……どうしても、綾小路くんにおねがいしたくて……」
「オレに?」
神酒は崩れ落ちそうになりながら、オレの腰のあたりにしがみついてくる。カタカタと震えている様は、見ていてとても痛々しい。
「お願いします、あいつら、Cクラスに負けないで……ぐすっ。神崎君のカタキ、とってよぉ……」
「……」
「あなたなら、できるでしょぉ!?」
「……」
せめて、あいつらの好きにさせないで欲しい。そう、神酒はオレに懇願した。
オレは、ただ黙って少女を見下ろす。
慰めの言葉はいらないと思った。
「綾小路君、私からはお願いはしないよ。私たちのことはいいから、君達は君達がやるべきことをやって。堀北さんを支えてあげてね」
「……わかった。でもな一之瀬、どうしても辛くなったら言っていいんだ。オレは大したことはできないけど、話くらいならいつでも聞ける」
「うん……ありがとう」
「堀北のことも、わかった。元々投げ出すつもりはないし、一之瀬が言うなら今よりもう少し頑張ってみるよ」
オレは一之瀬と握手を交わした。
約束したから、それは守ろう。オレは改めてそう決めると、しがみついている眼鏡女子を離れさせる。
2人を残して、先に屋上を後にした。
「……さっさと帰りたいところだが、やるべきことはやっとかないとな。今日やらないと間に合わなくなる」
オレはぼそぼそと独り言を呟いた。
これから買い物に行く。金は全く足りないから、堀北と須藤、あとは平田達にも連絡しないとな。忘れてはならないのが早瀬だ。金を借りる先に何人か心当たりがあるらしいから、頼らせてもらう。
買うのは秘密兵器だ。最終決戦用の。
────────◇────────
「お邪魔します」
「うわっ、なんで鍵を開ける前に入ってくるの」
綾小路が部屋に入ってきた。俺が鍵を開ける前に自分で鍵を開けて、ナチュラルに靴を脱いで部屋に歩いていく。おいちょっと待て。なんで君も俺の部屋の合鍵を持ってるの。
「鍵があるからだ。須藤と櫛田も持ってるぞ」
「なるほどねー。お前らふざけるなよ」
いつ作ったんだそんなもの。ったくもー、とブツブツ言いながら鍵を閉めると、うまく閉まらない。
力を込めて施錠すると、すぐにガチャッと解錠されてしまった。
「お邪魔するわ」
堀北が現れた。
お前も持ってるんかい! ちょっとほんとなんなの君達。少し前から麻耶ちゃんが勝手に出入りするようになったから、千秋ちゃんの服やら歯ブラシやらは隠しておいたけど……まさかこんな大人数が合鍵持ってたとは。
「お邪魔するわ、じゃねーんですよ。堀北さん」
「口調が変ね……まあ無理もないわ。今日は色々あったし、あなたも疲れているわよね……」
「原因は君が持ってる合鍵だよ。それでしかないから返せ。回収。綾小路君も鍵を俺に渡す。早く」
堀北は眉間に皺を寄せた。
「……それなら、保証金を返還してもらう必要があるわ」
「俺はそんなの受け取ってない」
「それはそうよね……集めていたのは
「……!?」
俺は目をかっぴらいた。
あの金欠ギャル何やってんだ。堀北グループとはそんな仲良くないくせに、なにちゃっかり保証金とか集金してんの。
「あなたの許可は貰っていると、佐藤さんが言っていたと言っていたわ」
「なんだよそのややこしい……ああもういい。電話するから」
麻耶ちゃんに電話をかけると、ワンコールで繋がった。『はいはーい』と元気良く挨拶をしてくる彼女に、俺は暗い声を返す。
「あのさ、合鍵もってるよね? 麻耶ちゃんだからいいかと思ってほっといたけど、なんでみんな持ってんの? 保証金ってなに?」
『あー、そのこと? え、てかその反応、もしかして知らなかったの? 須藤君が許可取ったって、綾小路君から聞いたんだけど……』
「はぁ? ちょっと綾小路君! 綾小路! お前が許可出したって言ってるんだけど!」
「オレは
なんだよその伝言ゲームは! そして、発信源はやっぱり金欠ギャルだ。俺は無言で電話を切ると、連絡先の中から軽井沢恵を選択した。
『やっほー! なんか救急車の話聞いたんだけ』
「保証金ってなに?」
『え? あー、あー、それはね、その、山内君が鍵を作るなら保証金はマストだろって……』
「山内!? あいつも絡んでんの!? はぁ……もうめんどくさいからいいや。登場人物を全部書いて、明日ちょうだい。あと保証金は持ってるの? 持ってるならみんなに返還しなさい。鍵は先に回収しちゃうから」
『……』
「へんじは?」
『……』
返事はなかった。
あの金髪ポニーテール引っ張り回してやろうかな。……いけないいけない、色々あったから思考が暴力的になってるな。
「……軽井沢さん」
『……はい』
「平田君に全て報告すること。罰は彼氏から受けろ。この場ではここまでしか言わないから、ちゃんとして。ほんと真面目に生きてくれ。次はないよ」
『……はい。ゴメンナサイ』
俺は電話を切ると、訪問者全員から合鍵を回収した。麻耶ちゃんはじめ、他の所持者についても取り上げようと思う。
それはそうと、綾小路と堀北は何しに来たんだろうか。さっきまで一緒に行動してたんだから、来るなら来るって言って欲しかった。なんか普通にコンビニ弁当食べ始めたんだけど、夕飯食べるだけなら帰れ。
────────◇────────
翌日。
オレ達は朝一番で、近藤の意識が戻ったと報告を受けた。そのまま退学することになったから、学校には戻ってこない──とも。
神崎は停学。しばらく顔を見ることはないだろう。
そして、なんとAクラスからも1人退学者が出たという。昨日の夜に受理されたらしい。1年の全クラスが揺れ動く中で、オレ達はやるべきことをやる。意思の共有はなされていた。
「嘘には嘘を。昨日話した作戦で行くんだね?」
「ああ。堀北はそう言ってる。だから平田、予定通りお前も協力してくれ。
「ブツって……はは、まるで悪人だな」
ホームルーム後。平田と言葉を交わす。
本日、仕切り直しの審問会は予定通り開催されることになった。時間は放課後すぐだ。
「わかった。君達にばかり負担はかけられないしね。僕達でいいなら、やらせてくれ」
「ああ、恩に着る」
「クラスのためさ。そんなに感謝する必要はないよ」
目指すは完全勝利。
向こうの嘘を全て暴く。
そのために、オレ達は作戦を二段構えとした。まずは昼休み、平田グループと共に動き出す。終了時刻は審問会の
────────◇────────
時刻は12時07分。
特別棟に足を踏み入れたオレと堀北は、階段の影に身を潜めた。予定ではもうすぐ待ち人がやって来るはずだ。
そして程なくして2人の男子がやって来る。その表情はどこか浮かない。しかし、柱の前に立っている櫛田を見るなり、奴らは嬉しそうな顔に変わった。
「あ、ふたりとも。いきなりごめんね……ちょっと心配で。ほら、近藤くんのこと……」
「いいんだって。俺達は大丈夫だ」
「ちょっとショックではあったけど、でもこうやって心配してくれて元気でたよ」
石崎と小宮は早足で櫛田に近づき、そこで柱の裏から平田が出る。厳しい表情で、2人と櫛田の間に割って入った。
「君たち、クラスメイトが退学したんだろう……どうしてそんなに笑ったいられるんだ……!」
「あぁ? 平田ぁ!? なんでお前がここにいるんだよ!」
「まさか俺達を騙したのか!?」
石崎が櫛田に鋭い視線を向ける。身を竦める櫛田を庇い、平田は静かに前に出た。
「違うよ。櫛田さんは君達を心配していたんだ。このままじゃ、君達が
「ど、どういうことだよ!? そんな覚え、俺達には──」
「──本当か? 本当にそうなのか、自分の胸に聞いてみろ」
ここでオレ達も姿を現し、前後から2人を挟む格好になる。小宮も石崎も表情が更に険しくなった。なにせ昨日の今日だ。こいつらはオレと堀北に敵意しかないだろうし、オレ達にしてもそれは同じ。
「どういうことだ、綾小路ッ!」
「黙れ石崎。最後のチャンスをくれてやるって言ってるんだ。堀北がな」
「ええ、そのとおりよ」
堀北は決意に満ちた表情で、偉そうに腕組をした。
そのとおりなのかよ、初耳だぞ。
「いい? よく聞きなさい。櫛田さんはね、本当に心配しているのよ。だってここには、
堀北はすっとぼけたことをほざき、ぐるりと建物内を見渡した。いくつものカメラが設置されている。特別棟の廊下を、隅から隅まで監視するように、時おり左右に首を振っていた。
「──は?」
空気が抜けたような間抜けな声が、石崎の口から漏れる。
「本当に、我ながら恥ずかしい限りだわ。こんな初歩的なことをすっとばして、やれ目撃者だ、やれ佐倉さんの写真だ……なんて。監視カメラの映像を確認してもらえば、全て明らかになる。今回の事件は、そういう単純なものだったのに」
堀北は「恥ずかしい……あぁ恥ずかしいッ」と何度も何度も首を振る。やめろやりすぎだ。また気持ち悪くなってんぞ。
「な、な……んなわけあるか! ここにカメラなんてなかったはずだ!」
「え……石崎くん、カメラの場所を覚えてるの? すごいね……普通、気にもとめないのに」
慌て始めた石崎に、櫛田がキョトンとした顔を向ける。櫛田も役者を貫いている。堀北は貫きすぎて妙なことになっている。
「っ……ここのはたまたま覚えてたんだよ」
「あらそう。それなら、須藤君に一方的に殴られたという場所には、カメラはあった?」
「は、そんなん覚えてるわけ」
堀北は勝ち誇った笑みを浮かべ、ゆっくりと右腕を伸ばした。通路の奥の方を指し示しているが、そのマジシャンみたいな動きはなんだ。頼むから普通にやってくれ。
「見なさい。沢山カメラがあるわよ」
「はあ!? なんでだよっ……ッ、ああわかったぞ! 俺達をハメようってんだな! 偽物のカメラをしかけて、脅して、自白させようと」
「石崎! やめろ! 別におかしなことじゃない! カメラくらいあっても不思議じゃないだろっ、こ、ここは学校なんだから!」
石崎が墓穴を掘り、小宮の言動が怪しくなった。石崎の今の焦り方は、自分達が嘘をついていると自白したようなものだ。
「たしかに、カメラは校舎全体をカバーしているものではないみたいね。ただし、理科室と職員室のあるフロアはきちんと設置されているわ。当然よね。貴重品が沢山保管されているのだから」
石崎と小宮が息を飲んだ。その怯みに乗じて、平田が厳しい声で追い打ちをかける。
「見てみなよ、君達が殴り合いをしたという場所にもカメラはある。真上ではないけどね。しっかり映っているはずさ。君達の話が本当なら、須藤くんが一方的に殴りかかった瞬間がね」
反応しない2人に向かって、今度は櫛田が。
「だ、大丈夫なんだよね……? 監視カメラなんて学内じゃ買えないはずだし……全部本物だよ? ねえふたりとも、確認しても大丈夫だよね? だって、石崎くんと小宮くんは、須藤君に一方的に襲われただけなんだもんね? 違ってたとしたら退学になるかもしれないよ? 本当に大丈夫だよね……心配だよ……」
声を震わせ、指で目元を軽く拭う。さながら心の清らかな慈悲深い女神だ。本当にそうだったらどんなに良かったことだろうか。
「僕と綾小路君、堀北さんは、このことを伝えずに審問会を迎えるつもりだった。でも、櫛田さんがどうしてもっていうから、先に話し合いの場を設けることにしたんだ」
「ま、待てよ平田……待て、ちょっと待て」
「平田はたしかに優しいが、ここでの泣き落としは流石に通用しないぞ? 石崎、なぜ考える必要がある。そんな時間は必要無いはずだ。だってお前たちは嘘をついていないんだからな」
石崎がオレを睨みつけてくる。尋常ない量の汗を流しながら。
「そういえば、ここは3階よね。でも、あなたたちが確認した時、そこは本当に3階だったのかしら。人間、誰でも間違いはあるものよ? あなたたちみたいな記憶力が怪しい、私たち以上の
ここで堀北の毒が火を吹いた。揺さぶりに揺さぶってからの効果的なタイミング。冷静さを欠いた石崎はまんまとハマった。
「誰が不良品だクソ女! 間違うわけあるか! ちゃんと何回も確認したに決まってんだろうが!」
「い、石崎っ」
小宮が石崎の口を塞ぐも、もう遅い。
櫛田が「そんなっ、うそっ」と涙を飛ばした。堀北といいお前といいやりすぎだ。
「……確認したってことは、そういうことなんだな。わかった。学校側に報告する」
「ま、待て、綾小路……」
小宮が泣きそうな顔でオレを見る。大丈夫だ心配するな。報告なんてしたら困るのはオレ達だ。
「なにを待つんだ? というか、学校側はもう知っていると思うぞ? だってそうだろう。カメラはあるんだ。オレ達が要求する、しないに関わらず、確認していないわけがない」
本当にカメラが設置されていたのなら、な。
「だったらなんで、わざわざ審問会なんざ……」
「さあな、大方、試してたんじゃないのか? 生徒だけで問題を解決できるかどうか。つまり、最初から結果は決まってたってことだ」
「そんなわけ……ぐっ、ぐううっ!?」
石崎の体がグラリと揺れる。小宮が何度も周囲を見渡すが、設置されているカメラは幻想なんかじゃない。小宮が見ているのは全て現実。
嘘であっても現実であることは揺らがない。
「な、なんで……生徒を試すとか、そんな学校ねえだろっ」
石崎が支離滅裂なことをほざき出す。
ここまで来ればオレ達だけで決着できる。オレは勝利を確信して、堀北に目配せをした。
堀北が階段の上の方に合図を送った。すかさず、早瀬と上級生が下りてくる。早瀬が保険のためにと協力を要請していた、オレ達が万が一上手くいかなかった場合の奥の手だ。
「そんな学校なんだよここは。7月にもなって、まだわからないの?」
2年の女子、朝比奈なずなは呆れた声を発した。
綺麗な顔は軽蔑、あるいは失望の色に染まっている。
「あ、アンタは……」
「2-Aの朝比奈だよ。君たちみたいな子には覚えてもらわなくていいかな。もう少し賢くなったら考えてあげてもいいけど……基準は、そうだねー。せめて早瀬君くらいになってから」
そう言って、早瀬の肩をポンポンと叩いた。早瀬はどうやって彼女と仲良くなったのだろうか。ナンパしたのだとしたら、松下に怒られるんじゃないかと心配になる。
「あのね、この学校はそういうところなの。この程度の問題は生徒に任せる。どうやって解決するかも見られてる。仲良しの早瀬君から全部聞いたけど、今回に関して言えばDクラスがどうやって真実にたどり着くか。焦点はそこだけ。上手く幕引きに出来ればプラス。出来なくても学校側は君達を処分する。どっちにしても君達の運命は決まってたの。わかる?」
朝比奈先輩はやれやれと身振りした。
学校のことをよく知る上級生。それもAクラス所属ともなれば、今のは死刑宣告に等しかっただろう。石崎は両膝を抑えて中腰になり、小宮はぐったりと座り込んでしまった。
ここまでしなくても良かったのだが、オレはこいつらに怒りを覚えている。そして、早瀬いわく『先輩、やる気になっちゃったから出番あげて』とのことだったので、オーバーキルをさせてもらった次第だ。
「く、クソッ……こうなったら、玉砕覚悟で……っ」
「わ か る? 石崎君だっけ。わかるのかわからないのか、教えて? 日本語は理解できてるかな? 伝わらないなら、このまま私が申請してこようか? 監視カメラの映像を再生して、
「や、やめてくださいっ」
「んなことされたら俺ら、そこで終了じゃねえか!」
そんなことができるのかどうかはともかく、石崎と小宮は更なる恐怖に襲われた。石崎に関しては最後の抵抗を一瞬で潰され、とうとう顔が白くなってきた。
朝比奈先輩は可愛らしい顔で、ゴミを見るような目をしている。
「早瀬くん、終了だってさ。勝手に終了しちゃったけど、どうするの? 松下ちゃん呼んできてもうちょい詰めてもらう?」
「来ないって言ってるのに呼んだら怒られます、俺が。それに、俺達は今回はあくまで脇役なんで、なずな先輩と堀北さん達に任せます」
「私はなんかもういいや。拍子抜け。それに元々部外者だしね。だから後は主役の人達が決めるといいよ」
朝比奈先輩の指が、オレと堀北を示す。そこは平田と櫛田も入れて欲しかったが、あいつらいつの間にか観戦モードに入ってるな。大人しく成り行きを見守っている。
「堀北、どうする?」
「そうね。昨日あんなこともあったことだし、あまりいじめては悪いわ」
どの口が言ってんだ。オレは邪悪な笑みを浮かべている堀北から距離を取った。
「だから、最後のチャンスをあげる。訴えを取り下げなさい。須藤君を守ることができたなら、それで私達は良しとする。まあ、戦えばこちらも無傷ではすまないからね。今回はそれでいい。話が長引いて映像が論点に上がっても困るから、私達は速やかにそちらの取り下げを受け入れるわ。どうかしら?」
堀北は今度は優しい微笑みに変わり、死にそうになっている石崎に手を出した。哀れな罪人に手を差し伸べているような、そういう崇高な気持ちを味わっているのかもしれない。
「っ……ま、待て。電話、確認させてくれ」
石崎は携帯を取り出した。震える手から端末が飛び出しそうになって、慌てて飛びつく。
「そうね、まだ多少は時間があるし……」
っておい短期決戦だろここは。
「ダメダメ! 確認するまでもないだろ。堀北さんもういい。最後まで抵抗する気みたいだし、今すぐ監視カメラを確認してもらおう」
早瀬が即座にノーを突きつけた。ナイスだ。堀北は意図に気付いたらしく、瞳を吊り上げて石崎達を睨んだ。
「そうね。残念だけど、あなた達は退学になるでしょう。証拠捏造、偽証罪、虚偽申告、とりあえず当てはまりそうなものを全て主張して、なるべく罪が重くなるように。あとはクラス全体の責任も」
「──わかった! 取り下げる! 取り下げるから勘弁してくれっ」
堀北の鼻がひくつき始める中、石崎はほとんど悲鳴で白旗を上げた。
「小宮君もいいわね。今から生徒会室に向かう。話は10分で終わるわ。多少伸びて授業に間に合わなくなったとしても、押し切るつもりよ。放課後を待たずして終わらせる。最悪、生徒会長には事後報告でいいわ。まずは先生達、学校側に取り下げの旨を受け入れてもらい、事務手続きまでやってしまえばこっちのもの! これで、終わりよ!」
堀北は気持ちよさそうに宣言をした。
右手を思い切り振ってカッコつけてるんだが、こいつは何をめざしているんだろうか。あと、そんな大層な事務手続きとかあるんだろうか。オレは甚だ疑問だった。
神崎君はいい男なんです。そしてこの物語でいい男が早期退場することはありません。序盤でこんなんなっちゃいましたが、大丈夫です。