稚拙な物ですが、暇潰しにご観覧ください。
2022年11月6日。待ちに待った日が来た。
極上のご馳走を得る為に駆けずり回った時間は、今この瞬間の為にあったと言っても過言ではない。
逸る気持ちを抑え、一つ一つ大切に起動準備を進める。
最後にナーブギアを被り、ベッドに横になる。
「リンク、スタート」
起動ワードを口にし、待望の完全なる仮想世界へと飛び込んだ。
『ソードアート・オンライン』
茅場晶彦が開発した仮想空間へのフルダイブシステムを組み込んだ革新的なゲーム。
それは画面の中を動くキャラクターを操作するのではなく、自分自身が仮想のゲーム世界に入り込んでプレイするという。
それにより自分自身がゲームの中に存在しているかのような臨場感を事細かに感じ取る事ができるのである。
それだけに留まらず、草原に漂う草の香り。空を舞う鳥の鳴き声。どこまでも続く広大な風景。五感で感じるもの全てが本物と同じであると認識する事ができる。
限りなく現実と同じ仮想の世界。心のどこかで描いた空想が現実になったのだと、そう思わせるものが誕生したのだ。
「すぅ……」
呼吸を整え、直剣を構える。
目標――何もない虚空ではあるが――を見据えていると、剣先に光のエフェクトが発生する。
「ハァッ!!」
ライトエフェクトを伴って剣が振るわれる。システムアシストによって放たれる剣技、ソードスキルが発動した証だった。
十分ほどの練習の末、ソードスキル発動のコツが掴めてきた。
「さてと……一狩りしてみますか」
近くにPOPした一匹の青いイノシシを見つけ、それを目標に初の実戦に挑む。
青イノシシは未だ非アクティブ状態。まだこちらを敵と認識していない。
――先制は取れる。
一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、基本技の斜め斬り《スラント》を発動させようと剣を構える。
剣が輝きを放ち始めるのを確認して、一気に青イノシシに向かって駆け出す。
ズバッ。と首の後ろ辺りを切り裂いたそれは、何処か耳に心地良い音を感じさせ、HPを6割ほど削り取る。
今の一撃でこちらを敵と認識し、青イノシシは牙を振り回して暴れる。
それに巻き込まれまいと転がるように離れ、再びソードスキルを発動させて切り掛かる。
振り下ろした刃は青イノシシの腹を捉えたが、先の一撃と比べて浅く軽い感覚。見ると、減少するHPバーが赤い部分を僅かに残して止まった。
「――マズッ!?」
技後硬直によってまだ身体が思う様に動いてくれない。
ようやく動き始めた時、振り回される鋭い牙が胸をかすめていく。
冷や汗と共に減る己のHPバーを横目で確認して、震え上がる気持ちを振り払うように剣を叩きつけた。
その一撃がトドメとなり、目の前の青イノシシはポリゴン片となって砕け散った。
ほとんどへたり込む様にその場に座り、メニューウィンドウを開いて今の戦闘結果を確認する。
「ふぅ。緊張感が半端ないな。……だけど、想像以上に楽しいな」
思ったより受けたダメージは低く、回復が必要なほどではない。
搔き立てられた高揚感に従い、次の獲物を求めて立ち上がった。
それから一時間ほど経ち、アイテムストレージからオブジェクト化したポーションを飲みながら休憩に入る。
あれから狩った青イノシシこと《フレンジーボア》の数は六匹。
二匹目、三匹目は順調だった。最初の戦闘を教訓に危なげなく戦えた。
だが四匹目、五匹目はソードスキルの発動を何度かしくじり、思うようにダメージが稼げず倒すのに手間取ってしまった。
そして六匹目、とうとう突進の直撃を貰ってしまった。偶然翳していた剣が盾代わりになり、致命傷とならずに済んだのは僥倖だ。
どうにか六匹目を倒した所で体力の限界を感じて座り込み、今に至るのであった。
「例え仮想でも、自分で動くだけあって疲れるのは当然って事か」
CRPGのキャラクターならパラメータが充足していれば延々と戦い続けられる。だが、自身がプレイヤーそのものとなったこのゲームでは疲労と集中力の事も考えないといけないのだと実感した。
単純に楽しむだけなら、このまま一人でチマチマとやっていても良いかもしれない。だがゲーマーとしては、このゲームを先へ進めたいと思う。
「やっぱ戦いは数だよ兄貴……ってか?」
人数を増やし、協力する事。自分と同じ様に狩りに手間取っている初心者なら誘いやすいかな、などと考えながらPTを作る事を考える。
そんな時だった。遠目に、草原を駆け回る人影を見つけたのは。
――はしゃぎ過ぎたかな。と全速力で走りながら思う。
《ソードアート・オンライン》。フルダイブ技術を用いて作られた新作のVRMMORPG。この仮想世界が与えてくれる感覚に、心が湧き立つのを抑える事が出来なかった。
現実では二度と叶わないであろう事も、この仮想世界の中では叶えてくれる。
その思いが身体を動かし、フィールドを全力で駆け回る。
その結果、草原にいた青イノシシの気を引き、気が付けば三匹の青イノシシに追われていた。
――追うのを諦めてくれないかな? と期待して走っているが、その様子は未だに無さそう。
戦って何とかしてみるしかないかと思い、腰に提げていた剣を抜いて振り返る。
青イノシシは変わらず全速力で突進してきている。
――まずは一度横に避けないと。
イノシシは急には曲がれないはず。そのイメージから次の行動を決め、集中する。
先頭のイノシシを見据えた所に、赤い光の軌跡がイノシシを撃った。
イノシシは野太い悲鳴を上げて怯み、後ろを駆けていたイノシシと衝突した。
「うわっ!?」
突然の事に慌てて飛び退いた。交錯したイノシシ二匹は目の前に倒れ、無事だった一匹はすぐ近くを走り過ぎていく。
呆然とそれを見送っていると、「早くトドメさした方が良いぞ」と後ろから声を掛けられた。
「えっ? えっと……」
「ほら、そこで倒れた二匹。一匹貰うけど」
「う、うん」
目の前に現れた黒髪の青年に促され、倒れたイノシシに一匹ずつトドメを刺す。
「それじゃもう一匹来るけど、俺が抑えるから、トドメお願い」
青年は返事を待たずに再び突進してくるイノシシに剣を構えて備える。
突然の事でよく呑み込めていないが、今はイノシシの相手が先だと思い剣を握る手に力を込めた。
《フレンジ―ボア》は元々一人でも十分な相手だ。二人掛りならば作業と呼べるほど簡単に倒せた。
「突然割り込んだりしてすまなかったな。もしかして、余計なお世話だったりしたか?」
「ううん、そんな事ないよ。むしろ助けてくれてありがとう」
少女は深々と頭を下げる。
腰まで伸びる青みがかかった感じの黒髪に人懐っこそうな笑顔が目を惹く。文句なしに美が付く少女だ。もっとも、アバターの容姿は自由に設定できるので中身もそうと限らないのだが。ただファンタジーゲーム故に奇抜になりがちな中で、比較的普通な設定と醸し出す雰囲気には安心と好感を覚える。
「俺の名前は《ナイト》。見ての通り一人なんだが……もしよかったらレと…………俺とPTを組んでくれないか?」
いざ誘うとなったら緊張で舌が上手く回らなかった。恥ずかしさで逃げたくなるのを堪えて右手を差し出し、少女の返事を待つ。
少女は驚いたのか目を見開き、こちらを値踏みするように下から上へと視線が滑る。口元に手を当てて、たっぷり一分ほど思案顔をする。そして、
「うん、いいよ! ボクは《ユウキ》。これからよろしくね《ナイト》」
少女――ユウキは満面の笑顔を浮かべてこちらの右手を取った。
その笑顔が眩しすぎて、作られた物と分かっていても見惚れてしまうのだった。
実は、タイトルとあらすじに一番時間を費やしていたりする。
人に魅せる文句が一番悩ましい。