アインクラッド第二層が解放されてから、三日が過ぎた。
主街区である《ウルバス》から南西の方向。巨大牛がのんびり草を食む草原を広い峡谷が南北に分断する。深さ十メートルほどの峡谷に架かる天然の石橋を越えた所に、低い木立に囲まれた窪地があった。
その低い木立の中を全長五十センチサイズの蜂は飛び交う。
《ウインドワスプ》。前に《ウインドフルーレ》を手に入れる為に狩った《ウインドホーネット》の同種のモンスターだ。ホーネットとの明確な違いを言えば、緑色の縞模様が入っていることとホーネットより少し強いということ。後、ほんの少しだけ頭が良いのかもしれない。あまり剣が届く高さまで下りてきてくれないから。
でも、敵としてみれば正直弱い方だ。お尻から飛び出してくる毒針はおっかないし、当たると麻痺になって大変だけど、気を付ければ済むことだし、何よりホーネットの時に戦い慣れている。
だから、宙に浮かぶ《ワスプ》に向かって《レイジスパイク》で跳ぶ。狙いは弱点である腹の付け根辺り。多少弱点を外れても、突進突きの衝撃で《ワスプ》は高度を落とし、跳ばなくても剣が届く高さに来る。そこを水平斬りの《ホリゾンタル》で、今度は正確に弱点を斬る。
弱点を両断された《ワスプ》はHPがゼロになって散っていく。
続いて襲いかかってきた《ワスプ》のお尻の毒針をギリギリで避けて、キリトが第一層のボスを倒したスキル《バーチカル・アーク》でV字に斬り裂く。カウンターで、弱点に決めればこの一撃で瀕死になる。後はもう一撃、通常攻撃で《ワスプ》のHPはゼロになった。
続けて《スラント》で斬りかかるけど、直前で《ワスプ》が浮き上がったせいで当たりが浅かった。そのまま《ワスプ》は手の届かない高さまで上がってしまう。
「逃がさないよっ!」
《ワスプ》が浮いている近くの木に向かって走る。木の近くで跳んで、幹に足を掛けてさらに上に向かって跳ぶ。さらに枝に飛び乗り、しなりを利用して《ワスプ》に向かって飛ぶ。
「てぃやああぁぁっ!」
身体を一回転させながら水平斬りの《ホリゾンタル》を放って、《ワスプ》のHPをゼロにした。
蜂が湧き出てこなくなったのを確認してから、メニューを開いてアイテムを確認する。
お目当てのアイテムがあまり出てないのを見て、思わずため息をついてしまう。
「お疲れユウキ。調子はどう?」
「ううん、あんまり。アスナは?」
「私もよ。……お昼にしよっか」
うん、と頷いて、適当な木の陰に座って幹に剣を立てかける。
《ウルバス》で買ったフランスパンの様なパンを出して壺入りクリームを塗る。ちょっとしたケーキのような甘さと風味が口の中に広がる。
「何日も付き合わせてごめんね。本当はユウキも自分の分の素材集めしたいはずなのに」
「ん……うぅん。気にしなくていいよ。ボクの方は順番待ちでいっぱいだもん。それにアスナのお手伝いと一緒にレベル上げも出来るから大丈夫だよ」
アルゴさんの攻略本で片手剣の強化素材が集めれる場所とクエストを調べたけど、使用者数の多い武器だけに人がいっぱいで、あまり集められてない。
だから、二層に来てからも一緒にいるアスナの手伝いとレベル上げを兼ねて、こうして蜂狩りを続けている。
「…………んっ?」
微かに蜂の羽音のような音が聞こえてきた。辺りを見回してもそれらしい影は見えない。
ちょっともったいないけど残りのパンをミルクで流し込んで、耳を澄まして音が聞こえてくる方向を探す。
「どうしたの?」
「新しい蜂が飛んでいる音が聞こえた気がして……こっちかな?」
草をかき分けながら林の中を進む。
また少し開けた場所に出ると、片手剣使いと《ワスプ》が一対一で格闘中だった。
「あの剣……キリトくん?」
「多分違うと思うよ。盾持ってるし」
片手剣使いが使ってる剣はボクやキリトと同じ《アニールブレード》。それもかなりしっかりと強化された立派な業物。盾や鎧も、剣ほどじゃないけど立派な装備だ。でも、
「危なっかしいわね。間合いの取り方も覚束ないし……」
「う、うん」
見ていてかなりハラハラする。あの装備で第二層に来ているから、蜂の一体に負けることは無いと思うけど、かなり心配だ。
片手剣使いが盾を持つ左手を腰に回すと、赤いライトエフェクトを放ってナイフが投げられた。数本が蜂の身体を捉え、金切り声が上がる。
《投剣》スキル。使い手の少ないそのスキルを見ると胸の奥が疼く。装備からして全然違うのに。
《投剣》スキルで反撃かと思ったけど、何もせずに蜂の反撃に襲われて尻もちをついてしまう。
さらに新しい《ワスプ》が湧き出て近くを飛び回っている。このままだと、蜂に囲まれてしまう。
「アスナ、ボクちょっと行ってくるっ!」
返事を返ってくるより早く、剣を抜いて駆け出す。
片手剣使いの目の前にいる《ワスプ》を《レイジスパイク》で突き飛ばす。
「ゴメン、加勢するよ!」
アスナもすぐに加勢に来てくれて、蜂の掃討は五分くらいで終わった。
「大丈夫だった?」
「あ、ありがとうございました。凄いソードスキルですね。ぼく、全然見えませんでした」
「そ、そうかな? ――ありがとう」
「あの……助けていただいてなんですけど……放っておいていただけませんか?」
「あ……」
いくら命を助けてもらったのだとしても、パーティーを組んでいない人じゃ経験値もコルも横取りにしかならないから、あまり好く思われないことも知っている。それでも、面と向かって言われるとやっぱり悲しい。
「別に。横取りしたのは悪かったと思ってるけど、私たちもその蜂のドロップアイテムが必要だったし。それに、正直見ていて危なっかしかったもの、あなた」
「……そうですか」
アスナがハッキリ言うと、片手剣使いの人はフードに隠れた顔を一層俯かせてしまった。
「残念だけど、ぼくにはこの剣も……剣士も無理みたいだ」
「誰もそんなこと言ってないじゃない。そこまで強化するの苦労したでしょ?」
「そうだよ! その剣だってスゴク手入れされてるし、大切にしてきたんでしょ?」
同じ剣を使ってるから、その剣がどれだけ大切に扱われてるか解る。正直ボクよりも丁寧に手入れされているくらいだ。
「それに好きな剣を使い続けたいって気持ちは分かるよ。でも、前線は命がけだし……剣がダメなら《投剣》を、鍛えるのも良いと思うよ」
「ダメなんです。《投剣》スキルは残弾に限りがありますし。迷宮区で拾える石ころではダメージが少なすぎます。実戦では使い物にならないんです」
「そんなことないよ。ボクの相棒……だった人も、《投剣》スキルはあると便利だって言ってたよ」
「……ぼくもそんな風に言えたら、どんなに――――」
最後の方の呟きは小さくて聞き取れなかった。
アスナが投げられたナイフを回収してきて、片手剣使いの人に手渡そうと差し出す。けれど、
「あ……」
「?」
「あーっ!」
片手剣使いが伸ばした手が、アスナが差し出した手の手前で空振る。
どうしてそんな真似を、と思って覗き込むと、理由は簡単に分かった。片手剣使いの人は、顔全体を覆うプレートヘルムに左目を眼帯で覆っていた。ただでさえ視界が遮られてそうなのに片目まで覆っていたら、ロクに前も見えないんじゃないんだろうか。
それを見たアスナはカンカンに怒って説教を始めてしまう。片手剣使いは『隻眼の魔剣士』なんて冗談めかして言うと、アスナはさらに怒ってしまった。
「ごめんなさい。お気を悪くさせてしまって……」
「別にそこまで気にしてないわよ。でも、それは危ないから止めた方がいいわ」
「……そうですね。すみません、アスナさん、ユウキさん」
「!? なんで、ボクたちの名前……」
「お二人は有名ですよ。攻略組で二人だけの女性プレイヤーですので」
思わずアスナと顔を見合わせてしまう。ボクたちは別に目立ってる覚えなんてないから有名と言われてもピンとこないけど、攻略組に他の女の子のプレイヤーを見ないのは本当だから、そんなものかなと思ってしまう。
「あなた達みたいに楽しそうに剣を振るって、それでみんなの役に立てたら……きっと気持ちいいんでしょうね。――――本当に羨ましい」
「え……?」
「助けてくれた事は感謝してます。それでは……」
楽しそうに剣を振るう。実際このゲームに初めて入った時も楽しくプレイしてたし、今は色々大変だけど、剣を振るうこと自体はそれなりに楽しいと思ってる。ボス戦にも参加したし、こうしてアスナの素材集めの手伝いをしたりしているから、みんなの役に立っていると言えば多分そうなのだろう。
でも、それを気持ちいいとか。最近心の底から楽しいと思えてるかって考えると、それは何か違う気がする。
物足りない。言葉で表すと、それが一番シックリくる。
じゃあ何が物足りないのかと思うと――よく分からない。
「……あっ。ゴメン! まだここに一本…………行っちゃった」
考えごとをしてる内に、片手剣使いの人は声の届かないところまで行ってしまっていた。
《索敵》で捜すことも出来たけど、今はあまりそんな気分になれなかった。街かどこかで会えた時にでも渡せばいいと思って、木に刺さっていたナイフを抜いてストレージにしまう。
「ねぇユウキ。私、楽しそうに剣を振ってるの?」
「う~ん……ボクには、つまらなそうには見えないけど?」
「そう……なんだ……」
それからしばらく、アスナと二人並んで考えごとに没頭していた。
それは新たに蜂の羽音が聞こえてくるまで続いた。
「……ん~……ふぅ……」
目を閉じて手足を命一杯まで伸ばし、お湯の中で揺れるような感覚を堪能する。昼間の蜂狩りで駆け回った疲れがお湯の中に溶けていく。現実のものとはどこか違う。でも、この『入浴している感覚』が心地良いことに変わりはない。
ある程度落ち着くと、ストレージから片手剣使いの落し物――投げナイフを取り出す。変わった持ち手の形だけど、指に引っ掛けやすくて意外と持ちやすい。
そう言えば、彼は普通の短剣で《投剣》スキルを使っていたけど、このナイフはどうなんだろう。持ちやすくて投げやすそうだから《投剣》向きだと思うけど。教えてあげようか。それとも、もう買い換えてるのかな。
今の装備なんて毎日の様に話し合うくらい当たり前の――知っていて当然のことだったはずなのに、今はそれが分からない。
あの時から会うどころか、メッセージの一つも送れていない。聞きたいことがあるはずなのに、いざメッセージを送ろうとなると、なんて言っていいか分からなくなる。
このゲームを始めてから毎日一緒だった。だから何日も離れているのは初めてのことで、
「ナイト……今どこで何してるのかな?」
こうして暇な時は、パートナーの安否ばかりが気になってしまうのだった。
サブタイに『美』を加えても誰も文句言わないと思う。……なんて微妙な悩み事は置いといて。
ユウキ視点風味。
第二層でメインともいえるあの話は、この形が主体になる予定。