まぁ執筆が遅い一番の理由は、会話に悩む流れを書いた自分の所為なんですけどね。
本編をどうぞ。
「そういえばあの人たち……どこで油売ってるのかしら?」
NPCレストランで朝のお茶をしている最中、そんなアスナの呟きが聞こえた。
昼にフィールドボスの攻略作戦が行われる。ボス攻略そのものに参加するつもりじゃないけど、ボスの取り巻きに《ウインドワスプ》が無限湧きするから、アスナの素材集めに丁度良かった。蜂狩りを続けて三日目、そろそろ蜂の相手は厭きてきたから、この機会に終わりにしたい。
念のためにとアイテムと装備を整えていた時に、偶然アルゴさんと会ってお茶に誘われたのだ。《ウルバス》から最前線の《マロメ》まで少し時間はかかると言っても、ボス攻略の時間までまだ暇はあったし、かと言ってクエストを受けるだけの時間は無いから、その誘いは時間を潰すのにちょうど良かった。
話題は、意外と早く尽きた。フィールドボス専用の攻略本は出てたし、直接攻略に参加するつもりはないから、改まってアルゴさんに聞きたいことが思いつかなかった。
そんな時だった。アスナが呟きを漏らしたのは。
「フッフッフッ……教えて欲しイ?」
ズズイッ、とテーブルに身を乗り出してアスナに顔を寄せてきた。それもとても楽しそうな顔で。
さすがに行儀悪いなぁと思いながら、そっとカップを安全な所へ避難させる。
「教えて欲しいんだネ?」
「お、お金は出しませんよ。私はただ……前線でも全然姿見せないし、もうすぐフィールドのボス戦だから――」
「な・い・しょ・な・ノ♪」
アルゴさんが本当に楽しそうだ。横から見ててもちょっとムカッとくるくらい。
「キー坊がネ、アーちゃんにだけは教えるなっテ」
「えっ!? そ、それはどういう……」
「さア? おヒゲでも伸びて顔出せないんじゃないかニャー?」
ケラケラとアルゴさんは笑う。
ヒゲってどういうことなんだろう。仮想世界でヒゲが伸びたなんて話を聞かないから、アルゴさんみたいにヒゲのペイントでも入れたのかな。
でも、キリトがアスナにだけってことは、
「じゃ、じゃあナイトは?」
「ん、ナーちゃんガ?」
「ナイトは、口止めも何もしてない、でしょ?」
合ってるか自信無かったけど、アルゴさんは「正解だヨ、ユーちゃん」と言ってくれてホッとした。
「ナーちゃんはネ、新しいスキルの為に山籠もりで修業中だネ。その後はどうなったかまだ知らないけド、そろそろ終わって前線に来るかもしれないネ?」
「「新しいスキル?」」
「残念だけド、そっちはちゃんと情報料を頂くヨ」
アルゴさんが両手を広げて見せてくる。両手――つまり情報料は千コル。少し高いだけに新しいスキルが何か気になるけど、ナイトが前線に来るかもしれないなら直接本人に会って聞けばいい。
そう思って、これ以上の話は聞かなかった。
また話題が尽きた頃、カーン、という高く澄んだ金属を叩くような音が聞こえてきた。
「あれ、この音?」
「あ……もしかして鍛冶屋さん?」
「うん……最近ようやくNPCじゃないプレイヤーの鍛冶屋が出てきたらしいんダ。しかも、ナカナカいい腕をしてるらしイ」
カーン、と意外と心地良い音が何度も響いてくる。
しばらくの間、その音をBGM代わりにしてのんびりお茶を飲んでいた。
《ウルバス》でアイテムの補充を済ませ、待ち合わせ場所に指定された『とある店』を探す。
それは街の中心近くで、広めの広場で店を構えていたから探すのにさほど苦労はしなかった。何より、そこでちょっとした騒ぎが起きていたから、目立って仕方がなかった。
「何かあったのか?」
見れば、店主らしきプレイヤーは頭を下げ、客であろう三本角のヘルムのプレイヤーがいきり立っている。おそらく騒ぎの一部始終を見ていたであろう待ち合わせ相手に何があったか訊ねる。
「剣の《強化》を失敗したんだよ。それも四回連続で。そのおかげで《+4》が《+0》になって、客の彼がキレたって訳だ」
「それは……ご愁傷様だ」
思わず手を合わせてしまう。《+4》が《+0》に。逆算するとアニールブレードの強化試行回数を使い切ってしまったから、その剣はもう強化できない《エンド品》になってしまったのだ。強化できない以上、この先もその剣を使い続けるのは厳しいだろう。
ただ、これは運が悪い事ではあるが、客の彼もそれなりに悪い。多少なりとも《強化》はギャンブル性がある以上、運が悪い時はどうしようもなく悪かったりする。そんな時に躍起になって挑んで失敗したのは、引き際を誤った彼の責ともいえる。
気になってしばらく様子を見てると、三本角ヘルムの彼を仲間が慰め、店主がその《エンド品》の剣を相場より高く買い取ったおかげで事態は収拾したようだ。
「そういえば……剣の強化を試すはずだったけど、やるのか?」
「いや、止めとくよ。俺も失敗しそうで怖い」
それが賢明だね、と呟いて時間を確認する。時間の余裕は十分にある。
特に慌てる必要も無く、最前線の《マロメ》の村を目指した。
見下ろしている盆地の奥で、角が四本も生えた頭を低く構え、逞しい前脚で地面を掻く牛が陣取っている。名前は《ブルバス・バウ》。ボスらしく高さは四メートルにもなる化け物サイズだ。
「毛皮が黒茶色ってことは黒毛和牛なのかしら……?」
「じゃあ、お肉美味しいのかな?」
お肉がドロップしたら分けてもらおうかな、なんて考える。
人も集まってきて賑やかになってきた。今朝アルゴさんから前線に来るかもって聞いたから、ここに現れるかもって期待してたけど、二人の姿はない。
「……来ないね、二人とも」
「そうね。……どこで道草食ってるのかしら……」
なんかアスナが不機嫌だ。キリトがアスナには内緒にしてくれって頼まれてたことに怒ってるのかな。
予定だとそろそろ攻略開始の時間なんだけど、始まるまでもうしばらくかかりそうだ。だって、
「ディアベルさんの遺志を継ぐ俺たち――《ドラゴンナイツ》が最前線に立つ!!」
「恰好だけディアベルはんと同じにしたからゆうて、後継者気取りはやめてもらおか。ディアベルはんの遺志を正しく受け継いどるんは、ワイら《アインクラッド解放隊》や!」
キバオウさんとリンドさん――元からディアベルさんの仲間のシミター使いの人――が、どちらのパーティーが主軸になるかずっと揉めている。
仲良くやればいいと思うのに、どっちも自分がって主張して譲ろうとしない。
いつまでも同じ話の繰り返しに待ち飽きてぼうっとしてたら、何だか周りが騒がしくなってた。
「……貴様らっ!」
リンドさんのとても低く、強張った声が聞こえた。
その声は、新たに訪れた二人組に向けられていた。
「なんやジブンら、大した重役出勤やな?」
「あ、ああ。時間潰しにちょっとクエストやってたらこんな時間に――」
キリトが落ち着かない様子で目を泳がせている。
それもそうだ。この場にいるほとんどが二人のことを冷ややかな目で見ている。ううん、キリトには冷ややかな感じだけど、ナイトに向ける目は明らかに冷たい。リンドさんなんかは分かりやすくナイトのことを睨んでいる。
「…………パーティーを組んでない者に、ボス本体の攻略へ参加する資格は無いぞ」
「良いよ、別に。他にやりたい事あるし……」
「じゃあ――雑魚担当追加で良いわね?」
アスナがキリトとナイトの二人の襟首を掴んで言った。
アスナの方を振り返った二人は引きつった笑顔を浮かべて頷いている。
「というわけで、牛さんには手出しさせないから安心して。……あなたたち本隊がしっかりやっている限りはね」
「まぁ、好きすればええんちゃうか」
アスナの決定にキバオウさんは答えて、自分の隊の所に戻っていった。
リンドさんも、余計な事するな、と舌打ちしながら行ってしまった。
アスナも二人の襟首を掴んだまま、こちらに連れてきた。
「――――久しぶりキリト……ナイト」
「ああ……お久しぶり」
「……久しぶり、ユウキ」
会ったらいっぱい言いたいことや聞きたいことがあったはずなのに、言葉が全然出てこない。それだけじゃなくて、今自分がどんな顔をしているのかも分からない。何もかもあやふやな感じで、顔をまともに見ることも出来そうになかった。
「それで、聞きたいこととか色々あるんだけど――まずは何か言わなきゃいけないことがある人がいるわよね?」
「それって、もしかしなくても俺の事を言ってるよな?」
「他に誰がいると思って?」
アスナ、ボクから見ても笑顔が怖いです。ナイトはもちろん、キリトも完全に引いてます。
アスナから解放されて、身支度を整えたナイトはボクの目の前まで来て、頭を下げた。
「ユウキ……後で、ちゃんと話をさせてくれ」
「えっ……と?」
「酷い事をした自覚はある。だから、ちゃんと話をしてから謝りたい。それでも良いか?」
最初に思い出したのは、一人で第二層に行ってしまったナイトの背中。何も言わず、伸ばした手を避けて、一人で歩いていく姿を見て、一人だけ取り残された気がした。
寂しかった。置いて行かれたみたいで、ボクのことがいらなくなったのかと思って。
でも、憶えている。立ち尽くしていた時に手を引いてくれたことを。その時の手の温かさを。その後、気持ちを打ち明けてくれたことを。だからボクは、ナイトと一緒に行くって決めたんだ。
打てば響く鐘の様に、ちゃんと話せばナイトは答えてくれるって信じている。だから、
「――――うん。ボクも……ナイトと話がしたい。だから……後でもいいから……お話し、しよ?」
「ユウキ……ありがとう」
あの日空を切った手を、今度はちゃんと掴む事が出来た。
顔を上げたナイトがホッとした笑顔を浮かべてるのを見たら、ボクも微笑うことができた。
「ひとまずは、これでOKってことで良いよな?」
「まぁ……ユウキが笑ってるから良いのかしら?」
当然、近くにいたキリトとアスナは二人の様子を一部始終見ていた。
良いか悪いかは当事者が決める事だが、その二人が微笑みを浮かべているから、とりあえずは良いのだろう。
裏ではボス攻略の準備が進んで、キバオウが部隊の合流を促していた。
人だかりが掃けてくると、見覚えのある店構えがあった。
「――鍛冶屋か」
「え? ああ、プレイヤーの鍛冶屋さんね。結構いい腕してるらしいわね。さっきも五回連続で強化を成功させてたみたいだし」
「五回連続……やっぱり運かな……」
キリトは朝方の出来事を思い出し、複雑な表情を浮かべる。
今の所はほぼ五分の成功率。判断するには早計だろうが、博打を打つにはちょっと心許ない。
「ほら……あんまり遅いとうるさいわよきっと」
「分かってるよ。おーい、そろそろ行くぞー」
二人を呼び、第一層のボス戦以来の四人パーティーを組む。
相手はあくまで雑魚だが、その時の面子が揃うと気が引き締まる思いだった。
狙いは蜂《ウインドワスプ》だ。もう苦戦なんて考えることは無くて、いつの間にか四人の内の誰が一番蜂を多く倒せるか、競争が始まっていた。
片手剣を使うボクとキリトは、大体はソードスキル二回で蜂を倒すことが出来るけど、偶に急所を外したり、威力の大きいソードスキルが冷却時間で使えなかったりすると、仕留めきれなかったりして、ペースが今一つ上がらない。
その横で、アスナが正確な《リニアー》のクリティカル攻撃で、ソードスキル二撃安定で蜂をどんどん倒していく。
そして、アスナと同じくらいのペースで、ナイトも蜂を倒していた。盾を持たない攻めのスタイルで、蜂が高い所に浮いていても《投剣》で蜂を落として、《片手棍》で地面に叩きつけて、最後に《拳》で殴りつけている。殴る時に拳がソードスキルと同じライトエフェクトを出してるから、あれがきっとアルゴさんが言ってた新しいスキルなんだと思う。
《投剣》と《片手棍》と《拳》が連続して繰り出されるから、一度捕まえたら蜂を倒すまで流れるような形が出来上がっていた。《片手棍》の冷却時間は長めって聞いてたけど、《投剣》と《拳》がその間を埋めるから、全然ペースが落ちそうにない。
「……むぅ」
いつの間にかキリトも《拳》を使い始めてる。手数が増えたから、その分蜂を攻撃するペースが上がっている。
ちょっと、ずるいと思う。知らない所で新しいスキルを覚えて、強くなって、ちょっと…羨ましい。
だから、これが終わったら何の修行をしてたのか、聞かないと。でも今は、
「――ハァッ!」
蜂の毒針攻撃に合わせて踏み込んで、《ホリゾンタル》で弱点のお腹の付け根を斬り裂く。
今は無い物ねだりなんてしてもしょうがない。ボクは、ボクが出来る精一杯で戦うだけ。ポップの前兆のポリゴン塊を見つけた瞬間、ボクはそれに向かってダッシュした。
「ブルルォモオオオォォォウ!!」
突然、盆地の奥から強烈な雄叫びが轟いた。
その雄叫びにひかれてそっちを見ると、キリトが「おいおい」と言葉を漏らした。
青と緑で微妙に色分けされた二つのパーティー――リンド隊とキバオウ隊が、盆地の真ん中でひとかたまりになってジタバタしていた。何が起きてるのかよく分からないけど、盾を持った重装戦士の人が転んだ状態から中々回復できないでいた。
「危ないっ!」
ボクは思わず叫んだ。
「アタッカーはダッシュで回避しろ!!」
その横でキリトも叫んだ。その声が聞こえたか分からないけど、キバオウさんとリンドさんが右手を振って、みんなが左右に散ろうとした。
猛り狂うボス牛が、ようやく起き上がった盾戦士の隙間をすり抜けて、その先にいた剣士二人を四本も生えた角で引っかけた。頭がぶんっと振られ、二人が高々と振り上げられた。
「……っ!?」
ボクは――それを見ていた他のみんなも――息を詰めた。空中で、それとも落下した瞬間に、二人がガラス片となって飛び散っていく様を想像した。でも、下が牧草地だったからか、二人とも数回バウンドしただけで済んだ。無事に生きていてホッとする。
「――牛、行くぞ!」
キリトの一言に、ボクたちは頷いて駆け出した。
態勢を立て直そうとリンドさんとキバオウさんがそれぞれ指示を出している。その間、控えていた三人が前に出て暴れ回るボス牛の攻撃を受け持っていた。
「GJ! スイッチだ」
「――かたじけない」
突進を盾で受け止め返した所で、ボクたちが入れ替わりで前に出る。
ボス牛《ブルバス・バウ》の弱点は額のコブって攻略本に書いていたけど、近くで見たボス牛は想像以上に大きく、跳んだくらいじゃとても額のコブに剣が届きそうにない。
唯一届きそうなものと言えば、
「悪い。調子乗って蜂相手に投げ過ぎて、弾が足りねぇ」
《投剣》スキルを持つナイトに視線が集まるけど、ナイトは頬を掻いて苦笑いを浮かべている。
虎の子の『槍』が残ってるけど、動き回る相手には誰かが受け止めないと狙いがつけられないみたいだ。でも、盾持ちのナイト以外はみんな軽装だから、巨大なボス牛を受け止めるのは厳しい。
「仕方ない。アレ、試してみるか」
「「アレ?」」
「例のアレか? なら――ミスんなよ!」
キリトの言うアレの意味を理解したナイトが盾を構えて前に出た。
「二人は前脚を狙って、奴をダウンさせてくれ!」
「もう――仕方ないわねっ。ユウキ、私は向かって左に行くわ!」
「分かった! ボクは右だね」
ボクとアスナは左右に分かれて剣を構える。
ナイトがボス牛の突進を盾で受けて踏ん張る。突進の勢いが弱まった瞬間、アスナと同時に駆け出してボス牛の前脚を全力のソードスキルで斬りつけた。
ボス牛が膝を崩して、額の位置が下がる。その瞬間、キリトが跳んだ。
「いけない! そんなの届く訳――」
いくら低くなっても三メートル近い高さの額には、まだ届きそうにない。
ダメだ、と思った瞬間、キリトがソードスキルの《ソニックリープ》を発動させて、空中を疾走した。キリトが上に向かって走り、額のコブを上段斬りで斬り裂いた。
「なにそれっ、スゴイやキリト!」
小山のような牛の巨体が四散していく中、初めて見たスキルの使い方にボクは感激していた。
「ジブンらがローテのルール守らんと居座ったせいで、またアイツに取られたやないか。どないしてくれるんや?」
「なんだと? 君らの回復が間に合わないから、俺たちが前線を支えてたんだぞ?」
キバオウとリンドが向こうで言い争う中、ボクたちはハイタッチを交わす。
「どうだい《空中ソードスキル》。簡単そうに見えて、結構タイミングがシビアなんだぜ」
「また私の知らないスキルを……」
アスナが不機嫌そうな顔で唸っている。
「そういえば……途中戦線を支えていた三人、妙に良い装備だったけど、何か知ってるか?」
ナイトがアスナに話を振る。あからさまに話題を変えようとしてるけど、アスナも仕方ないって感じの溜息を吐いた。
「……そうね。レベルは高くないみたいだけど、その分装備が良くて硬いのよね。前線で見かけるようになったのは最近みたいだけど……」
「それで、彼らには何か楽しい名前があったりするのか?」
「確か……《伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)》って言うらしいよ」
名前を聞いた途端、キリトが「ブフッ」って吹いた。さらにプレイヤーの名前が、神話や伝説で聞く有名人の名前だってことを伝えると、キリトは堪え切れずに吹き出した。
「他人のRPを笑うのは失礼だぞ?」
「わかってるわかってる。……なるほどね、要は形から入るタイプな訳だ」
キリトが落ち着く頃にはほとんどのプレイヤーが補給に《マロメ》に戻っていて、ボクたちもそうしようかと話してたら、キリトが次の街の《タラン》に行くことを提案した。
特に反対する理由も無かったから、ボクたちは《マロメ》に戻らずに直接《タラン》に向かうことにした。
「それじゃ、街に着いたら色々話してもらいましょうか。変なスキルのこととか、今までどこで何してたのか……」
吊り橋を渡ってる最中、アスナがそう話を切り出した。
二人とも仕方ないって感じで頷いたり、肩を竦めたりしている。そこに、
「ケーキでも食べながら、ね?」
ナイトは首を傾げていたけど、キリトはアスナの言ったことに心当たりがあるのか、少し引きつった表情をしていた。
中央の通りから外れて細い道を右、左と曲がった路地裏に、そのレストランはあった。
「へぇ《体術》スキルって言うんだ、あれ」
「それで東の端の山奥に三日も籠ってたわけ? そんなに習得が大変なスキルなの?」
「大変というより面倒。何せ相手が死ぬほどしぶとい。三日かかる程度には……」
ナイトとキリトが使っていた《拳》のスキルの正体――《体術》のことを教えてくれる。簡単に言えば、素手のソードスキルだった。それの習得の為に第二層に来てからずっと山籠もりしていたらしい。
一通り話を終えたら、しばらくは無言で料理に集中する。サラダにシチュー、パンと素朴だけど美味しいディナーに四人は舌鼓を打つ。
けれど、本命はこの後に控えるデザート。アルゴさんからも「一度試してみる価値あるヨ」と言われたケーキ。
「…………デカいな」
大きめの皿にドーンとそびえ立つ生クリームの塊の異様にナイトは呻く。
《トレンブル・ショートケーキ》。『身震い』の名を持つ雌牛のミルクを使って作られたケーキは、材料になった雌牛の巨大さを彷彿させるには十分だった。
「悪いわね。こんな美味しそうなもの奢ってもらっちゃって」
アスナが笑顔を浮かべてナイトに言う。
このケーキの支払いは迷惑料という名目でナイトが持つことになっている。ちなみにこのケーキの値段は、ディナーの三品の合計を上回る。それを、
「本当に良いの? ボクたちに一個ずつケーキを奢っても……」
女の子二人の前に一皿ずつ置かれた。決して安くない支出の元を前にして、ナイトの表情も少し引きつっている。
「ここで払わないなんて言ったりしないよ。ただ……」
ナイトが傍らのバスケットからフォークを取り出して、両手を合わせて拝む様に言った。
「少しで良いから分けてくれ。……俺も食べてみたいんだ」
店を出ると、街は夜の帳に包まれていた。
「……美味しかった……」
「本当にね…………」
満足した。それ以外の感想が、今は出そうになかった。
「……なんか、ベータの時より美味かった気がするな……クリームの口溶けとか、くどくもなく物足りなくもないギリギリの甘さとか……」
「随分と芸の細かい調整するんだな? 言いたくないが、食事なんてほとんどフレーバーみたいなもんだろ」
「味の事は別にしても、調整が入ったのは確実だな。コイツはベータの頃には絶対に無かったから」
キリトが視界の左上、自分のHPバーの下側を指差した。
そこには、ケーキを食べる前には無かった支援効果アイコンが点灯していた。四つ葉のクローバーを図案化したそれには、《幸運判定ボーナス》と書かれている。
「これって、どんな効果があるの?」
「デバフ耐性の上昇とか色々あるけど、分かりやすいのはレアアイテムのドロップ率上昇とかだな」
「――でも、今からフィールドに出て狩りをするには、ちょっと時間が足りないわね」
アイコンの下に効果時間が表示されている。残り十四分を切っている。今から走っても、街に外に出る頃にはほとんど時間は残ってなさそう。
「街中で何かあれば良いんだが……」
どこか遠くから覚えのあるリズミカルな金属音が響く街中で《幸運》が必要なこと。カン、カンという音が頭の奥を刺激して――
「あっ……」
多分、四人同時に自分が持っている得物を見た。互いの顔を見合わせて、バフを有効利用できそうなそれを探しにダッシュした。
音を頼りに、広場の隅で店を構えている《鍛冶屋》を見つけた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは。いらっしゃいませ」
鍛冶屋さんが素早く立ち上がって、頭を下げて言った。
「お、お買い物ですか? それともメンテですか?」
「えっと――剣の強化をお願いします。素材は持ち込みで……」
ボクは腰からアニールブレードを外しながら言った。
《幸運》の恩恵を与るのはボクということに話し合いで決まった。アスナは上限まで素材が集まったから必要ないって断って、ナイトは近い内に買い替える予定だって、キリトは素材も集まってないからって順番を譲ってくれた。
本当に効果があるか分からないから実験台にされた気もするけど、ナイトから持っていた素材も貰ったし、成功率が九十パーセントを越えたから、多分大丈夫だと思う。
「解りました。それでは、武器と素材をお預かりします」
「――お願いします」
アニールブレードを手渡して、素材と代金を受け渡す。これで準備は完了。
大切な剣を他人に預けるのは緊張する。緊張のあまり、右手が少し震えてくる。いくら準備しても、失敗する可能性はあるから不安が残る。鍛冶屋さんの表情が困ってるように見えるから、余計に不安になる。
「みんな……その……手、貸して……」
震えてる右手を上げると、ナイトが、アスナが、キリトが順に手を握ってくれた。みんなの温もりのおかげで手の震えが止まった。ついでにみんなの分のバフ効果も分けて貰ったかもしれない。
「――――確かに。では…………始めます」
鍛冶屋さんが作業を始めた。
火の灯った携行炉に素材が流し込まれ、炉の中で素材が真っ赤に熱せられる。やがて炉から真っ赤な光に染まり、その上にアニールブレードが横たえられた。
赤い光は刀身を包み込み、やがて剣全体が赤く輝き始める。
すかさず剣が鉄床の上に移され、右手に握られた鍛冶ハンマーを大きく振りかぶった。
カァン! カァン! とリズミカルな金属音が響く。剣がハンマーで叩かれるたび、オレンジ色の火花が飛び散る。
強化は十回叩けば完了する。六回。七回。と上下するハンマーを息が詰まる思いで見守る。八回。九回。そして、十回目を叩いた瞬間、鉄床の上の剣が一瞬眩く輝いた。
「……えっ?」
思わず声が漏れた。
儚い。美しいと思えるほど澄んだ金属音を放って――アニールブレードの刀身が折れ、柄から何もかもが粉々に砕けて散っていった。
最初はもうちょっと素っ気ない状態を引っ張るつもりだったけど、アスナさんが首根っこ捕まえて持っていきました。
約束。と言えば聞こえはいいけど、実質先送りみたいな感じになったのがかなり心配。
でも、ゴメンで済まして良い事でもないから、やっぱりこの形に。
またユウキを泣かす流れなんで色々言われそうだけど、その声を聞いてみたいような、でも聞くのが怖いような、何とも言えない気分。