SAO 〜少女の盾を目指した者〜   作:火星の渡鴉

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ちょっと文章が書けなくなって遅くなりました。
それでは本編をどうぞ。


12:砕けたものの行方

 ユウキのアニールブレードが砕けて散った。予想だにしなかった事態に、誰も言葉が出なかった。

 いち早く気を取り戻したキリトが鍛冶屋に詰め寄るが、あまり意味がない。肝心のユウキの剣が、ここにいる皆の目の前で消えてしまったのかだから。

 少しの間、広場の隅で時間を過ごした。半ば呆然としながら、涙を流すユウキを連れて歩く気にはなれなかった。

 泣いているユウキの顔が隠れるように、自分の腕の中に包み込むように抱きしめるナイト。自分の胸に縋り付くようにして泣くユウキを見て、この間の自分も同じような事をしてしまったのだと思い、胸の奥が痛みで疼く。

 気が付けば、ユウキは眠っていた。昼にも戦闘があったし、さっきの事も合わせれば相当の心労だ。いっそ眠ってしまった方が良いかもしれない。

 ユウキの涙の後を拭い、おぶる事にする。今は人一人余裕で運べるだけの筋力値がある。

 キリトと目配せをし――アスナに付き添いを頼んで、近くに宿屋がないか探し歩く。大通りに出てすぐに『INN』と書かれた看板を見つけて中に入り、二人分の料金を払う。

 宛がわれた部屋に入り、ユウキをベッドの上に下ろす。

 

「…………アスナ。ユウキを頼む」

「あなたは――まぁ、良いわ。変な事にならないように気を付けてちょうだい」

 

 分かってる、と短く答えて部屋を出る。

 すぐにメニューを開いてメッセージを送る。返信は、一分もしない内に来た。内容を見て、すぐに返事を送る。短く早く、数度のやり取りを繰り返して、メニューを閉じたら急いで宿屋を出る。大通りを少し歩いて路地に入り、適当な所で曲がって人気のない薄暗い路地裏で足を止める。

 壁に寄りかかってメッセージの送り主が来るのを待つ。ここで煙草でも吸っていればハードボイルドな絵でも出来そうだが、そんな物は持っていないし、そんなのが似合う歳でもない。

 

「ここだヨ」

 

 声がして、主を探して左右を見渡す。しかし、影も形も見当たらない。

 

「ここだヨ、コ~コ」

 

 今度はからかう様な声で、さらに胸をつつかれて、初めて気がついた。彼女が目の前に居た事に。

 

「流石《鼠》。全く気がつけなかった」

「そりゃあ、こちとら《隠蔽》も大事な商売道具だからネ。片手間で見破ろうなんて10レベル早いってもんサ」

 

 アルゴは笑って言うが、ナイトは冷や汗が出る思いだった。

 仮に、《鼠》がその気なら左腰のクローで胸を貫かれるまで気づけないかもしれない。

 一度深く息を吐いて、気を落ち着かせる。

 

「そんな事より……依頼の方は?」

「まぁまぁ焦るナ。顔がおっかないゾ」

「ほっとけ……」

 

 ナイトは不貞腐れた様に近くで転がっている樽を椅子代わりに腰を下ろす。

 手振りでアルゴに話をしてくれるよう促す。

 

「この短時間に連絡があった中だけでも――七件。攻略組を中心にハイレベルのフロントランナーたちが主武装を失っていル。それも――鍛え上げたレア武装ばかりサ」

「っ!?」

「ナーちゃんたちの勘は正しいヨ。これは偶然じゃなイ」

 

 だとしても目的が不明だ。いたずらに戦力を殺ぐばかりで、誰に何の得があるのか分からない。でも今は、

 

「なぁアルゴ。もう一つの方は?」

「そっちは既に検証済みだヨ。《武器破壊》なんてペナルティは《強化》の過程には存在しなイ」

「だけど実際に目の前で壊れたぞ。バグだって言うのか?」

「そウ。確かに武器破壊は起こっタ。ただそれハ、強化失敗のペナルティではないんダ」

「つまり……強化の失敗じゃ、ない?」

「《武器破壊》の起こる条件はただ一ツ。『強化対象の武器が既に強化上限回数に達していること』。つまりエンド品の強化を試行した場合だけなんだヨ」

「エンド品……!?」

 

 エンド品と聞いて、朝に鍛冶屋で起きた不幸な出来事を思い出す。

 確率的にはほぼありえない事の賠償とはいえ、相場の倍以上の値でエンド品を買い取っていたのがこの為の仕込みだとしたら、意図的にエンド品を作っている可能性もある。

 被害は主武装を失った攻略組だけに留まらず、それに追いつこうとする中層組にまで及んでいるのかもしれない。エンド品を作られた方は金銭による賠償があるだけ、リカバリーは利くだろうが。

 

「ユウキの剣がエンド品とすり替えられたのか…………すり替え……?」

「そこだナーちゃん。強化の最中にすり替えられるタイミングは無かったカ?」

「…………」

「ナーちゃん?」

 

 思考が今回の事件について引っ張られそうになるが、今のナイトの主目的はそこではない。

 今知りたいのはユウキの剣の行方。砕け散ったのが同じ剣のエンド品ならば、ユウキの剣は砕けていないという事。砕けていないという事は、まだ存在してるという事。まだ存在してるという事は、どこかに在るという事。そのどこかというのは、エンド品とすり替えた鍛冶屋の――、

 

「待った待っタ! 急に立ち上がってどうしタ?」

「ユウキの剣を取り返してくる」

「取り返すっテ――」

「すり替えられたんなら、今鍛冶屋がユウキの剣を持っているはずだ。力尽くででも――」

 

 今ナイトを行かせたら確実に暴力沙汰になると、アルゴは思った。

 どうにか押し留めようとするが、敏捷特化のアルゴと筋力優先型のナイトでは力の差は歴然。ずるずるとアルゴを引きずりながらナイトは歩みを進める。

 

「だから待ってナーちゃん!? すり替えられたばかりなラ、ユーちゃんのメニューからアイテムを取り出す方法ガ、一つだけあるんダ!」

 

 それを聞いた途端、ナイトは歩みを止めた。

 アルゴが一息つけたのも束の間。目の前には、前髪から冷たい目を覗かせたナイトが詰め寄っていた。

 

 

 

 目を開けたら、知らない天井があった。

 装備を着たままベッドに横になっているのに気づいて身体を起こしたら、枕元に誰かが居た。

 

「ユウキ? 起きてて大丈夫なの?」

 

 そこに居たのは、装備を脱いだアスナだった。

 上手く頭が回らなくて、どうしてベッドで横になっていたのか聞いたら少しずつ思い出した。眠ってしまったボクを近くの宿屋まで運んできた後は、ナイトもキリトも別行動で宿屋にはいないらしい。

 不安ばかりが募るけど、今はどうすることもできなかった。

 

「ゴメンねアスナ。迷惑かけちゃって」

「――ばか。迷惑な訳ないじゃない。大変なのはあなたの方でしょ?」

「…………うん。剣、無くなっちゃったね」

 

 腰に手を回したら、そこには鞘しかない。あれが夢だったらどんなに良かっただろうって思っても、剣が砕けてしまった現実は変わらなかった。

 まだゲームが始まったばかりのころを思い返す。

 初めての――《森の秘薬》のクエストの報酬で手に入れたアニールブレード。一本しか手に入れることができなかったこの剣を、ボクはナイトに譲るつもりだった。

 でも、ナイトはボクに剣を託してくれた。嬉しかった。それと同じくらい不安にもなった。ボクがここまでこれたのもナイトのおかげで、与えてもらってばかりだった。いつまでも甘えていたら、いつか置いていかれるんじゃないかって不安になった。

 だからボクは、この剣でナイトの力になろうと思った。

 それなのに剣は――一ヶ月も一緒にいた相棒がいなくなってしまった。ナイトが背を向けて行ってしまった後に続いて、剣もボクを置いて行ってしまった。そんな思いが、ボクの胸を占めていた。

 だからと言って、いつまでも悲しんでいる場合じゃない。第二層の迷宮区の目の前まで来ている。明日からは本格的に迷宮の攻略が始まって、その後にはボス戦が控えている。それに勝てば第三層に進む。先はまだまだ長い。 明日は新しい剣を手に入れて攻略に参加するんだ。剣を失ったくらいで、立ち止まっている暇なんか無い。そう、明日からのことを考えて決意を固めようとした。

 そしたら、頭が柔らかくて暖かいものに包まれた。

 

「ユウキ。無理、しないで良いのよ」

「え……っ?」

 

 無理なんてしているつもりはない。そう返そうと思ったら、アスナの悲しそうな声が上から降ってきた。

 

「今のユウキね、すごく辛そうで泣きそうな顔をしてるのよ。剣の事を必死に忘れようとしても、それじゃ無理よ」

「アスナ……ボクは……」

「今のユウキの気持ち、私にも解るわ。私だって『この子』が同じ目にあったら、きっと同じ気持ちになるもの」

 

 そう言って、アスナは《ウインドフルーレ》を撫でた。

 アスナは初めてウインドフルーレを使った時の気持ちを語ってくれた。ただの道具――ポリゴンデータだと思ってたものが、意思を持って助けになってくれたと思ったことを。この細剣を、今まで使い捨てた細剣の分まで大事にする、絶対に捨てたりしないって約束を。この細剣から替えてしまうくらいなら、上に行かなくてもいいという思いを。

 ボクの頭を抱きしめて優しく撫でてくれながら、アスナの矛盾した――それでも自分の相棒を大切に思う気持ちを聞かせてくれた。

 しばらくの間、そのままアスナに甘えさせてもらった。なんだか懐かしい気持ちになって、胸の奥が温かくなる。おかげで大分心が落ち着いてきた。

 

「せめて……剣が壊れても、欠片か何か残ってくれたらよかったのに……」

 

 まだ吹っ切りきれてないけど、それでも剣のことを受け入れられそうになれた。

 アスナにお礼を言って放してもらう。今日はもう寝て悪いことは忘れてしまおうと思って、メニューを開いて装備フィギュアを操作しようとした。

 その時、物凄い勢いでドアが開いた。突然の大きな音に驚いて飛び跳ねてしまう。

 何が起きたのか恐る恐るドアの方を見ると、荒い息を吐いているナイトが居た。一つ深呼吸をして息を整えたと思ったら、険しい瞳がボクの方を射抜いた。

 

「な、ナイト君? 何か、あったの?」

 

 アスナの問い掛けにも答えずに、ナイトは険しい表情でボクの枕元まで近寄って来た。

 

「ウインドウを可視モードにしてくれ」

「え……え……?」

「早くウインドウを可視モードにしてくれユウキ! 頼む!」

 

 切羽詰まったナイトの声に気圧されて開いていたメニューを操作しようとする。けれど、突然のことで頭が回らなくて、手がウインドウの前でさ迷ってしまう。

 操作できずにいたら、ナイトが右手を掴んで誘導してメニューを操作して、メニューウインドウが他プレイヤー可視モードに設定された。

 これで他のプレイヤー――ナイトたちに見えるようになったと分かったら、急に恥ずかしくなった。でもそんなことはお構いなしにナイトは顔を寄せて覗き込んでくる。掴んだままのボクの右手を操って装備フィギュアを拡大表示させたら、「よし」と呟いてナイトは離れた。

 

「ユウキ、今から言う通りに操作してくれ。あまり時間が無い、急ぐぞ」

「え……う、うん……」

 

 まだ状況が呑み込めてないけど、ナイトの様子に押されて素直に指示に従った。

 次々とボタンを押して、メニューの階層をどんどん移動していく。かなり深くまで潜ったなぁと思ったら、何か出た。

 

「それだ! イエス。イエスっ。イエスッ!」

 

 テンションが上がっていくナイトを横目に、出てきた確認のYESボタンを恐る恐る押す。ボタンを押したら、ナイトは大きく息を吐いてベッドの縁にもたれかかった。

 すると、今まで呆然と見ていたアスナが顔を寄せてメニューを覗きこんだ。

 

「ええっと……《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》? 何これ? 全アイテムオブジェクト化って……?」

「……文字通りだよ」

 

 アスナの疑問に、ナイトは天井に視線を向けながら言った。

 どういうことなのか聞こうと思ったら、メニューのアイテム欄の文字列が全て掻き消えて、天井にポリゴンの渦が巻き起こった。

 

「ユウキが持っているはずのアイテムを全てオブジェクト化。文字通りに、なにもかもな」

 

 天井のポリゴンの渦がアイテムになって、ガタンゴトンガチャンチャリンボサッパサッフワフワ、と多種多様な音を立てて床に落ちた。

 ストレージから全て消えたアイテムとナイトの言葉の意味を考えて、目の前で物が積み重なってできた山の正体が、ボクが持っていたアイテムの全てなんだと気づくのにあまり時間はいらなかった。

 ナイトは全てのアイテムが床に広がったのを確認すると、「失礼」と一言断ってアイテムの山をあさり始めた。その行動にボクもアスナも唖然としてしまう。立て続けに色んなことが起きているせいで、脳の処理が追いつかなくて呆然とそれを見ていた。

 

「ね、ねえ……きみ……もしかして死にたいの? 殺されたいヒトなの?」

「まさか……」

 

 アスナのわななくような声にも、ナイトは振り返らずに答えて手を動かし続ける。衣類を横にどかしたら、次は革防具や袋、ポーションとかの瓶類と、どんどん横にアイテムが並べ立てられていく。

 ナイトの横に新しいアイテムの山が築かれたと思ったら、ナイトはおもむろに立ち上がった。その手に何かを拾い上げて。

 後ろを振り向いたナイトが差し出したモノを見て、ボクは目を疑った。

 それを受け取ると、確かな重みと手に馴染んだ感覚が伝わる。恐る恐る剣をタップしてプロパティを確認すると、壊れる前のそれがここにあった。

 

「ボクの……剣……」

 

 どうして、という思いは尽きない。でも今は、無くなったと思ったモノが帰ってきた。

 それだけで、胸がいっぱいだった。

 

 

 

「しかし傍から見たラ、女の子の荷物を漁るただの変態だネ、ナーちゃん」

 

 突然投げ掛けられた言葉に、ナイトは言葉に出来ない奇声を上げて轟沈した。

 

 

 

 数十分後、飲み物や饅頭などの軽く食べれそうな物が並んだ丸テーブルを囲んでアスナ、ユウキ、アルゴ、キリト、ナイトの五人が宿屋の一室に集まった。

 ナイトがアスナのレイピアで貫かれそうな一幕があったが、ナイトの謝罪と弁明、それとアルゴの説明でどうにか事なきを得た。

 ユウキのアニールブレードだが、鍛冶屋に手渡している間に何らかの方法で別のアニールブレードとすり替えられた。気付けなければ、アイテムの所有権がユウキの手から完全に離れていたが、そうなる前に《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》で所有する全てのアイテムを召還するという『裏技』を使って取り戻す事が出来たのは、本当に運が良かった。

 

「なるほどネ。件の鍛冶屋クンは例の《レジェンド・ブレイブス》の一員って訳カ」

 

 キリトがプレイヤー鍛冶師のネズハを《隠蔽》で尾行した結果、《レジェンド・ブレイブス》と日々の打ち上げをする様子を目にした。どうにか聞き耳を立てて、彼らが親しい友人である事と鍛冶商売以外の副収入がある事を窺わせる会話を聞く事ができた。 

 その気になる副収入だが、すり替えられたであろうユウキのアニールブレードが鍵であるのは間違いない。

 加えて、アルゴが持ってきた情報と照らし合わせれば、『強化ペナルティによる破壊』を装って武器を騙し取られたというのは想像に難くないだろう。

 最近強力な装備を有して頭角を現してきたパーティーと名が売れてきた初のプレイヤー鍛冶師。叩けば埃の一つくらい出てきてもおかしくなさそうだ。

 

「何にせヨ、ユーちゃんの剣が騙し取られたのは確かなんダ。これ以上被害が出る前に公表するべきじゃないか? オレッちの流通経路を使えば、一日で追い込めるヨ?」

「いや……ここは慎重にいこう」

 

 キリトの判断にアスナは「どうしてっ!」と声を荒げる。仲間が被害にあっていきり立つのは当然の事だが、今回は慎重に事を進めたい理由があった。

 

「運良くユウキの剣は取り返せたが、既に被害にあったプレイヤーはどうだ? まだ隠し持っていたりすればいいが、武器屋で換金でもされていれば、その武器は永久に失われる」

「そうなれば盗られたプレイヤーの怒りを鎮めるのは不可能に近いナ。彼らが満足するような懲罰システムはSAOには存在しないかラ」

「ただし一つだけ、事が公になれば思いつくものがある。ソレだけは、認める訳にはいかない」

「……」

 

 ソレが何か、思わず言葉を濁す。

 事は内輪だけに留まらない。既に複数の攻略プレイヤーが被害にあっていると考えられる以上、SAO全体の問題とも言える。その問題をソレによってケリをつけてしまえば、今後も何か問題が起きた時、平然とソレを認めてしまうようになるかもしれない。モラルの面でも、実利の面でもソレは避けたいと思った。

 

「ソレってもしかして……PK?」

「……」

「PKって、何?」

 

 ユウキがソレを言い当てた事に少し驚いた。やはりというべきか、何も知らないアスナに教える為にキリトが口を開いた。

 

「プレイヤーキルの略。プレイヤーがプレイヤーを殺すこと。つまりこの場合は、鍛冶屋ネズハの《処刑》だ」

「そっ、そんな! だって今のSAOでそんなことしたら……それは……」

 

 自分が今言おうとした言葉を呑んで、身体を震わせるアスナ。ユウキも同様に表情を暗くする。

 その二人の間にアルゴが入り、二人をグッと抱き寄せて優しい声音で言った。

 

「そうさせない為にハ、まず真相を知らなきゃナ」

「そして『取り返しのつく形』で償う方法を考えないとな」

「パーティーで解ってやってるなら、そっちも詰めないとな。トカゲの尻尾切りもマズイが、複数人なら償う方法も増えるだろう」

 

 目標が見つかれば、自ずと方針も固まってくる。

 情報収集がメインになるから大半の仕事がアルゴ任せになるが、むしろ腕が鳴るねとでも言いたげな笑顔を浮かべている。

 ある程度やる事が決まると、一段落に各々テーブルに広げた者に手を付けた。

 少々長い話し合いだったが、饅頭など買い立てはアツアツの湯気を放ってた物は程よく温もりを残していた。

 

「うにゃあ!」

 

 突然アスナが奇声を上げた。見れば、両手で饅頭をホールドし、粘度の高いクリーム色の流動体が顔から首許までベットリと付き、首筋を伝って胸元へゆっくり流れ落ちていく。

 アスナは泣きそうな顔になりながらもくちゅくちゅと口に含んだ分を呑み込んでいく。

 

「ほれミルク。あと饅頭をこっちに寄越せ」

 

 アスナはほとんど放り投げるように饅頭を渡し、カップを取ってミルクを流し込む。カップの中身を空にして口の中が自由になると、「タオル」と差し出された物とカップを交換してクリームを拭い落とす。

 一心地がつくと、アスナはか細い声で言った。

 

「……中身、あったかいカスタードクリーム……その中に、何か甘酸っぱい果物が……」

「変化球だな、クリームまんって。てっきり肉まんかと思ってた」

 

 中身が飛び散らないようにクリームまんを丁寧に切り分けながらナイトは言う。牛がテーマの層だけに牛の食材が使っているのだろうが、饅頭の具が『肉』ではなく『乳』が使われているとは想像してなかった。

 アスナのレイピアの様に鋭い視線がベータ経験者の二人を貫く。二人揃ってぶるぶるかぶりを振る所、これはベータ時には無かった物のようで、完全に不意打ちを食らった。 

 

「でもこれ美味しいね。ん~と、イチゴ入りのクリームパンみたいな感じかな?」

 

 ユウキの感想を聞き、それぞれクリームまんを口にする。

 皮はしっとりとした歯応えで、甘さ控えめのクリームと甘酸っぱいフルーツがベストマッチな味を作り出している。街の名前であるタランの名が付いているだけに中々美味かった。

 スタッフの設定ミスか、はたまたシステムの悪戯か。予想外の犠牲の元に、新たな味覚を味わいながら夜は更けていった。




投稿ペースが落ちると思います。ご容赦ください。
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