SAO 〜少女の盾を目指した者〜   作:火星の渡鴉

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13:燻る思い

 二メートルを超える筋骨隆々の体躯。逞しい人型のシルエットとは裏腹に、その頭は人ではなく短い角と金属の鼻輪を備えた牛だった。牛頭人身の化け物の手には無骨な両手用ハンマーが握られており、その姿と相まって相対するものを威圧する。

 対峙するのは小柄な少女。その手に片手剣を持っていても、対峙する化け物の前では危険極まりない構図に映るだろう。けれど、少女の表情には恐れなどない。愛剣を握り、油断なく牛頭の化け物を正面から見据える。

 すぅ、っと息を吸うと、牛頭の化け物に向かって猛然とダッシュした。その動きに反応して牛頭もハンマーを振り被るが、その軌道が頂点に達するよりも早く少女の右手が雷光の様に閃く。無言の気合と共に放たれた突き技が、牛頭の胸板に炸裂。純白の光芒が飛び散り、ハンマーの速度が鈍ったのを確認して、少女はさらに深く踏み込む。剣を引き戻さず、踏み込んだ足を軸に一回転。遠心力を加えた横薙ぎの斬撃が胸板を深く斬り裂く。

 牛頭が苦悶の雄叫びを上げる。キッ、と眼前の少女を見下ろすと、振り上げた状態のハンマーを強く握り締めて一気に振り下ろした。

 少女は見下ろされた瞬間に危険を感じて飛び退く。が、ハンマー本体は躱しても地面に叩きつかれたハンマーから円状に広がる波から逃げ切る事が出来なかった。波が少女を捉えた瞬間、少女の身体にピリッとした感覚が襲い、身体が硬直してしまう。視界の端に映るHPバーの下にスタンを示すアイコンが点灯する。

 あっ、と少女は息を漏らす。一時的と言えど、身体が痺れて動く事が出来ない。敵である牛頭の目の前で決定的な隙を晒してしまう。

 牛頭は悠然と少女に近づき、ハンマーを振り上げる。

 少女は黙ってそれを見ていた。今まさに自分の身が無骨な鉄塊で押し潰されそうになっているのにも関わらず、少女は渇いた瞳で、まるで他人事のようにそれを眺めていた。

 

「――――ユウキッ!!」

 

 閃光が、少女の傍を駆け抜けた。

 光が牛頭の剥き出しの胸板を貫く。純白の光芒が飛び散り、ハンマーの速度が鈍る。続けて、さらに二回光が閃き、分厚い胸板を上下を穿ち、半裸の巨体がぐらりと揺らいだ。

 断末魔の悲鳴をまき散らしながら、牛頭はゆっくりと後傾し、滑らかな筋肉が硬質のガラス状へと変えながら次々にひび割れていき、爆散した。

 

 

 

 

 朝早くからアインクラッド第二層迷宮区に足を踏み入れ、粗方の内情を知るキリトを軸に迷宮の攻略を進めていく。数々の宝箱を開けて進む合間にも戦闘をこなし、順調に進んでいった先でこの迷宮の主たる住人であるトーラス族と遭遇した。

 コボルドを遥かに上回る力とタフネスを前に手間取りながらも、危なげなく対処していった――のだが。

 

「どうしたのユウキ。戦闘中にボーっとしたりして?」

「もしかして、ラグでもあったのか?」

「…………」

 

 キリトとアスナは浮かない表情をするユウキを心配そうにのぞき込む。

 ユウキは一度顔を上げて二人の顔を見て、再び顔を下げる。そして、大きく息を吸って勢いよく立ち上がった。

 

「大丈夫だよ。朝が早かったからかな? ちょっと疲れちゃって。心配かけてごめんね」

 

 笑顔で、だが捲し立てる様に早口で言うユウキ。

 二人とも、ユウキの様子を見て大丈夫だと言われても説得力を感じなかったが、それを追及したりはしなかった。

 

「じゃあ、もう少し進んだ先にモンスターがあまり通らないスペースがある。そこで休憩にしよう」

「そうね。私も疲れてきたから、一息つきたいわ」

 

 代わりにダンジョンの内情を知るキリトが提案し、アスナもそれに乗っかる。ユウキも反対するような理由は無いので、キリトの提案に従う。

 改めて三人は、休憩場所を求めてダンジョン内を進んだ。

 

 

 

 

「アスナ。ユウキの様子をどう見る?」

「そうね、心ここに非ずって感じかしら? 私が知る限りじゃ、あんなに気の抜けた様子を見せるのは初めてね」

 

 今ユウキは、壁に寄りかかって眠っていた。

 キリトの示した休憩場所に落ち着くや否や、腰を下ろしたユウキはそのまま寝付いてしまった。戦闘中に呆けた様子を見せるだけでなく、普段は元気いっぱいな姿を見せる少女がこうも疲弊した様子を見せるのはやはり珍しいと二人は思った。

 

「ところで……今日の攻略をドタキャンした誰かさんは、今何処で何をしてるか知ってる?」

 

 アスナは一転して、剣呑な様子で誰かさん――ナイトの事をキリトに訊ねる。

 本来なら、ナイトも今日の攻略に一緒に参加してるはずだったのだが、出発前に「用が出来たから行けない」というメッセージだけを残して集合場所に来る事もしなかった。

 

「いやぁ、今どこに居るのかはさすがに知らないなぁ。用事の方は心当たりが無くは無いけど……」

 

 アスナの雰囲気に気圧されて、口元を引き攣らせながらもキリトは何とか答える。

 

「ふーん。それで、その心当たりは?」

「今急ぎで調べたい事と言ったら、多分『詐欺』の事だろう。何か思いついて、慌てて飛び出した可能性はあると思うぞ」

「そうね。それについては早めに何とかしたい所だけど……」

 

 アスナはユウキの方を振り向く。キリトも釣られる形で振り返ると、今ユウキは横になって丸くなっていた。

 

「やっぱり、ナイトの事を気にしてるのか?」

「きっとそうでしょうね。ようやく仲直りのキッカケがつかめたと思ったら、すぐにこれでしょ。メッセージ一つだけで別行動なんてされたから、また避けられたって思ったのかも」

 

 先日、和解に一歩近づいたと思ったのに、騒動が起きた途端にナイトは一人で行動を起こした。それは一層のボス攻略後の騒動によって、独りで第二層に進んでいった時の事を彷彿とさせる。

 

「ナイト君の気持ちは理解できる。でも、どんな理由があってもこんな勝手な真似、いつまでも許す訳にはいかないわ」

 

 ナイトが何の為に行動を起こし、それが誰がキッカケになっているかなど、考えてみればすぐに想像がつく。しかし、その行動そのものが誰かを悲しませているようでは本末転倒だ。落ち込む親しい少女の姿を見て、どうにかしなければとアスナの気持ちが奮い立つ。

 

「うっかりアイツがやられないように、フォローくらいはしないとな」

 

 熱く燃え上がっているアスナを横目に、周りを顧みずに頑張る仲間に思いを馳せるキリトだった。

 

 

 

 

 一方、街のとある空き家で。

 

「大体こんな感じか?」

 

 ナイトは空っぽだった部屋にカーペットを広げ、その上に立て板と台座を置かれている。それは露店の店構えといった感じだ。

 

「悪いな。急に頼み事して」

「そう思っているなラ、報酬は弾んでもらうヨ」

 

 朝一に注文したにも関わらず、アルゴは午前の内にこの『空き家』や立て板等、必要な物を手配してくれた。おまけにマジックアイテムである『ベンターズ・カーペット』まで用意してくれた。独立したストレージを持つ魔法の絨毯で商人や職人となったPCが使う代物だ。ナイトは必要ないと思っていたが、アルゴは念の為にとわざわざ用意してくれたのだ。

 

「でも良いのカイ。今日はキー坊達と攻略に行く予定じゃ無かったカ?」

「今は攻略より、この詐欺事件を解決する方が重要だろ」

「それより優先しなきゃいけない事がナーちゃんにはないか?」

 

 アルゴのその一言は、普段と違って真剣な――叱責するような声音だった。

 それを聞いたナイトは本来行く予定だった迷宮を、行動を共にするはずった者を思い浮かべ――首を振って頭から追い出す。

 床に広げた物を整え、露店の鍛冶屋――ネズハの店の造りに似せたものを用意する。

 

「この件は先延ばしにして良い事じゃない。だから、今日の頼み事を引き受けてくれたんだろ?」

「……今日の所はそれで良いサ。それよリ、本当に例のすり替えトリックのタネが解けたのカイ?」

「それを今から検証するんだ。――見ててくれ」

 

 ナイトはカーペットに腰を下ろし、仕掛け側として左手に武器のメイスを、右手に強化素材の代わりのコル入りの袋を用意する。右手でウインドウを弄りながら炉の代わりの台座の上に袋の中のコルを広げる。チャリンチャリーン、と音を立ててコルが転がっていく中、商品棚の代わりの立て板の裏で左手を隠してウインドウを操作して武器のすり替えを行う。メイスがエフェクトを放って消えていき、メイスがストレージの文字列になった瞬間、メニューの短槍をタップし、エフェクトを放って短槍が実体化される。完了と同時に、それを表に出した。

 

「……どうだ?」

「それじゃ駄目だネ。遅すぎるヨ」

 

 最初こそ強化素材――に見立てたコルに目を惹かれるが、視線を戻せば武器をすり替えてる時のエフェクトが見える。と、客側で見ていたアルゴが言う。

 普通にウインドウを操作して武器をすり替えたを行ったのでは、収納と取り出しの二つの操作にかかる時間とエフェクトを誤魔化すのが難しすぎる。それがアルゴの見解だった。

 

「やっぱりこのトリックを成立させるには、如何にエフェクトを抑えつつ武器の取り換えを素早く行う事がキモか」

「けれド、そんな都合の良い魔法みたいな方法なんテ……」

 

 アルゴが頭を悩ませる横で、ナイトは再度検証の準備を進める。左手を取り出した短槍を持って立て板の後ろに隠し、右手はコルを詰め直した袋を握り、台座にいつでも広げれるように構える。

 

「もう一度いくぞ。試したいのは、これからだ」

 

 その言葉を聞いて、アルゴはナイトのする事――詐欺のトリックを見破ろうと目を光らせる。

 ナイトは一度深呼吸を挟んで、再びコルを台座の上にぶちまける。さっきよりも盛大に転がっていくコルにアルゴの視線が吸われたのを確認した瞬間、閃くように左手でウインドウをタップした。

 アルゴの視線がコルからナイトの方に戻る頃には、左手の短槍はナイフにすり替わっていた。

 

「……一体どうやったんだイ? さっきと同じ事をやった様にしか見えなかったんだけド」

「分かってしまえば簡単な話だった。ただそれを詐欺に利用しようなんて、普通は考えもしない」

 

 呆気に取られたアルゴにトリックのタネを話す。それを聞いたアルゴは感心したとしきりに頷く。

 

「これを考えた奴は天才かもナ。出来るなら詐欺よりもっと有意義なものを考えて欲しいヨ」

 

 そんな皮肉がアルゴの口から出てくる。

 検証を終えて即席の露店を片付ける。アルゴに色を付けて報酬を支払い、ついでにストレージに収容できないカーペットをナイトが持つ。

 

「そうダ。そいつを返した後、人と会う約束をしてるけド、ナーちゃんも付き合うカイ?」

「ん? 一体どんな奴と会う予定なんだ?」

「色々と詳しい事を知っている人でネ。ナーちゃんも何か聞いてみると良いヨ。面白い話が聞けるかもしれないゾ」

「なるほど」

 

 少し考えて、アルゴに付いて行く事にした。

 結論から言えば、その人と話をしたおかげで詐欺事件について確証に近いものを得る事が出来た。だが、その人が纏っていた雰囲気に、ナイトは言い表しようのない苦手意識を抱いた。出来るならば、あまり会いたくないなと思ったのだった。

 

 

 

 

「強化を頼む」

 

 ぶっきらぼうな言葉と共に、僕の前に大型のナックルガード付の片手剣が鞘ごと突き出された。剣を突き出してきた客を見て、思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。

 その理由は街中なのに顔を隙間なく覆う無骨なグレートヘルムを被っているからだ。防御力が高く、主に壁役が装備したりする兜だが、とても視界が狭いので平和な街中で被っているのは珍しいを通り越しておかしいくらいだ。

 それでもお客はお客。しっかりと応対しないといけない。

 

「はい。ご注文は強化……ですか?」

「何か問題か?」

「いえっ、大丈夫です!」

 

 不審がられてしまうほど、変な顔をしてしまっただろうか。《強化》と聞いて、憂鬱な気分になってしまう。

 慎重に剣を受け取ってプロパティを見せてもらう。《スタウトブランド+4》。強化の内訳は鋭さ+2と丈夫さ+2。注文の速さの強化に成功すれば、きっと凄い剣になるだろう。

 

「――確認します。ご注文は《速さ》の強化。確率ブースト九十パーセントですので、料金は手数料込で二千七百コルとなります……」

 

 言葉を発するたびに口の中がカラカラになっていく。料金を聞くと、グレートヘルムの彼は「それで良い」と言って、すぐに料金を支払った。

 これでもう後戻りは出来ない。

 受け取った剣をカーペットに所狭しと並ぶ商品の上に持って行ってメニューを操作する。商品棚から取り出した強化素材を炉にくべて、視界の右端で緑色の光が生まれるのを確認する。

 その瞬間――。

 左手の指をすっと伸ばしてカーペットに並ぶ剣と剣の隙間に開いたメニューを操作した。これで左手に握ったスタウトブランドが別のスタウトブランドのエンド品にすり替わった。

 ふっ、とグレートヘルムの彼を視線だけ動かして盗み見る。顔は隠れてて表情は確認できないけど、あの視界の狭いヘルムを被っていては今の行為は見られていないはずだ。

 グリーンの光が炉に満ちた所で剣を抜いて、携行炉に横たえる。緑色の光が刀身を包み込んだ所で、剣を隣の鉄床の上に移動させる。スミスハンマーを握り、息を吸って「行きます」と心の中で呟き、慎重にハンマーを剣に向かって振り下ろす。

 スミスハンマーで叩くとカン、カン、と澄んだ音がする。その綺麗な音を聞く度に胸の奥が痛む。この行為が悪い事と知りながら、目の前の人が悲しむと知りながらも行う事を、己の末路と引き換えにした武器の最後の叫びの様に聞こえる。

 いや、最近はずっと武器が責めていると思ってならない。

 それでも僕は仲間の為、友人の為と言い聞かせてハンマーを振るう。 

 定められた工程の最後の一叩きを打ち込んだ瞬間、剣が眩い輝きを放って、砕けて散った。

 

「すみません!」

 

 深々と土下座をして謝罪する。幸か不幸か、謝罪したいという気持ちは嘘偽りないもので、それが一度たりとも疑われたことは無い。ただし、これが本当に謝りたい事ではないのが余計に胸を痛めつける。

 いつもなら責められたり悲しまれたりしたところを謝り通してやり過ごすのだが、今回は不気味に思うほど静かだった。不思議に思って顔を上げると、グレートヘルムの彼は上を見上げて、頷いた。

 視線がこちらを向くと、彼は「謝る必要はない」と言った。そして彼は右手を上げてメニューを開いた。

 それを見た瞬間、胸がドキンと跳ね、冷や汗が出てくる。

 まさかという思いを抱いて彼の動向を見ていると、彼はメニューをクリックし、その右手に光が現れて剣の形を成す。それはさっき僕が受け取ったスタウトブランドで間違いないだろう。続いてグレートヘルムが消えて、隠れていた顔が曝される。前髪で目元が隠れたその人相はつい最近にも見た顔だ。それに彼が何者なのか、その噂も聞き及んでいる。

 

「話が聞きたい。……ついてきてくれるな?」

 

 その言葉を聞いて、ついにという思いが僕の胸中を占める。

 同時に、背中がフッと軽くなった気がした。




作品に没頭する事が出来ず、執筆が進みませんでした。申し訳ありません。

前半部分を改稿修正しました
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