ネズハの強化詐欺を暴いた翌朝。一行はネズハの護衛を兼ねてある場所へと向かっていた。
強化詐欺を暴き、鍛冶屋を止めさせる方向で話はついたが、それで終わりではない。自らの行いを告白し、謝罪するだけならば簡単な話だ。けれど、それで詐欺を行った事への償いが済む訳がない。被害者たちへの弁償も必要になる。しかし弁償したからといって、それで許しを得られるとは限らない。何より弁償しようにも騙し取った品物も無ければ、それを売り捌いて得た金もネズハの元にはほとんど残されていない。返すものが無ければ、被害者たちはもちろん、アインクラッド解放の為に真剣に戦っているプレイヤーも話の落とし所が無い。
そこで考えたのが、ネズハを戦闘職に復帰させる事だ。一つは弁償代を稼ぐ手段を得る事。一つは攻略の戦力として成長してもらう事を見込んでだ。
前者は罪を告白した先を見越してだ。事実を公開すればネズハの鍛冶屋としての信用は落ちるのは想像に難くない。例え二度と詐欺を行うつもりが無いのだとしても、一度失った信頼と詐欺を行った事への猜疑心から、ネズハは鍛冶屋業を続けてもロクな稼ぎを得る事も出来なくなるだろう。
後者はSAOで使い手が限られている間接攻撃スキルの持ち主だからだ。しかし、ネズハが一度戦闘職を諦めた事からも分かる通り、《投剣》を主体に戦うには問題がある。第一に手数が限られている事。武器を投げるという性質上、攻撃回数はストックしている武器の数に限られてしまう。次に総火力の無さだ。通常の剣士ならば強力なメイン武器が一本でもあれば事足りるが、《投剣》はある程度以上の攻撃力を持った武器を「複数」用意する必要がある。ただでさえ攻撃回数に制限あるのに、火力のある攻撃が限定されているようではメインの攻撃手段として据えるのには厳しいものがある。それに投げる武器を揃えようとすれば、それだけランニングコストも掛かる。
弾数無制限の武器でもなければ、それ一本で独り立ちできそうにない。というのが《投剣》スキルを扱う者の感想だった。
だが、SAOにはちゃんと《投剣》用とも言える武器カテゴリが存在していた。そして偶然にも、キリトがその武器を入手していた。ネズハに出世払いの形でそれを譲り渡し、その武器を扱うために《投剣》スキルと併せて必要なエクストラスキル《体術》を取得してもらうために、そのクエスト場所を目指していた。
目的地へ向かう山道の途中、ネズハは息を呑んだ。
前を歩く女子三人は親しげに会話を交わしているが、その後ろに続く男三人は特に会話もなく沈黙が続いていた。キリトとナイトの間に挟まれて歩いているネズハだが、己の立場的なものもあってとても肩身が狭い思いをしていた。いつ目的地に着くか分からない中で続く沈黙に耐え切れず、ネズハは何か話題は無いかと必死に考えを巡らせ、目の前を歩く女子三人に目を留めた。
「えっと……お二方……」
「ん?」
「なんだ?」
デリケートな話題だけに、ネズハは一つ深呼吸を挟んで慎重に切り出した。
「あの…………どちらがアスナさんとお付き合いを――――」
「付き合ってませんッ!!!!」
ネズハが最期まで言い切る前に、アスナが閃光の如き速度で否定した。
「えっ? ああッ、すみません! SAOで数少ない女性プレイヤーの話題が世間話の鉄板でしてッ。お耳に届くとは思わず……」
アスナの反応に驚きながらネズハは慌てて謝罪する。
しかし話題が話題だけに誰かは楽しげに笑ったり、誰かは顔を赤くしたり、誰かは頭を抱えたりと様々な反応を見せていた。
「――――ハッ。ちょっと待て! もしかして、そういう噂が立ってるのか?」
「イヤイヤ、噂どころか持ち切り話題の一つです。キリトさんは仲良くコンビを組んでる姿が大勢のプレイヤーに見られてますし、ナイトさんは先日一緒に宿屋に出入りする所を見た人がいると話題になってます」
「そ……そんな事になってたの……?」
「他にもある事情通の証言らしいですが……ある夜、そのプレイヤーがキリトさんの宿を訪ねると、浴室から一途纏わぬアスナさんが現れたとか!」
「「ッ!!!」」
そのある事情通に突き刺さるような視線が向けられる。向けられた当の本人は「ニャハハハハ――」と乾いた笑いを浮かべていた。
「ハハ……ハ……ちょっと落ち着いてヨ、アーちゃん。ホラ、アーちゃんって今巷で大人気の有名人なんだヨ?」
「たしかに! その美しさは壊滅寸前のボス攻略隊に死の恐怖を忘れさせるほどと言われています。中には女神の様だという人も!」
「ひいッ!?」
あまりの持ち上げっぷりにアスナは悲鳴を上げて震え上がった。
アスナの本気で嫌そうな姿にネズハは慌てて話を変える。
「それから……一層の頃から人気のあるユウキさんですが、ボス攻略戦の活躍ぶりからファンが増えたらしく、今や妖精などと呼ぶ人がいるとか……」
「や、やめてよ。恥ずかしい…………」
ユウキは顔を赤くして俯いてしまった。
次第に熱を帯びていく話題に、キリトは外野になって「へぇ……」と感心したように頷く。しかし、
「「へぇ」じゃないゾ。そんな娘らを君らが独占してるんダ。自覚のはあるのカ?」
「待て。その前に事情通の情報に対して聞きたい事があるぞ。誤魔化せると思うな」
「ニャハハハハハハ」
「………………後で覚えておけよ」
キリトは観念したようにぼやく。
それからあっ、と何かに気づいたネズハはナイトの方を見て、
「そういえば、以前までナイトさんはユウキさんと組んでたんですよね? なのにどうしてアスナさんとそういう噂が……」
「…………」
その問いにナイトは言い難そうに顔を逸らし、ユウキは複雑そうな表情で顔を俯かせ、アスナが険しい視線でナイトを見た。
それを見てたネズハは色々な想像を働かせ、ある答えを導き出した。
「す、すみません。僕、そういうのに気が回らなくて……」
「ちょっと待てっ。お前は何を想像した?」
「大丈夫です。分かってますから……」
「絶対盛大に間違えてるだろっ。何も聞かねぇから話を聞けよコラ」
ナイトはネズハの首根っこを摑まえて噂の原因を話す。
それを聞いたネズハは顔面を蒼白にして、見事なまでの土下座をして謝るのであった。
第二層の東の端に一際高く聳える岩山の頂上近く。そこは、周囲をぐるりと岩壁に囲まれた小空間となっており、辺りに巨大な――高さ二メートル、差し渡し一メートル半はあろう岩が転がっていた。
その端の一回り大きい岩の上にNPCが一人存在していた。ローブを着た老人で、頭は綺麗な坊主で顎髭を長々と伸ばした仙人といった風だ。頭の上には、クエスト開始地点の証である金色の【!】マークが浮いている。
「フォフォフォ。なんじゃ小童ども、入門希望か? 我が試練を見事果たせば、オヌシらに我が部の真髄を伝授しよう。フォフォフォ」
「よ……よよよ、よろしくお願いしますッ」
「修業の道は長く険しいぞ? 覚悟はあるか?」
ネズハの目の前にyes/noのウインドウが現れる。yesを押そうとするが、急に不安になり押すのを躊躇ってしまう。一度躊躇ったらどんどん不安が高まり、中々yesを押す踏ん切りがつかない。
「な……何をさせられるんですか?」
「安心しナ。コレを割るだけだかラ」
「ん~《破壊不能オブジェクト》一歩手前くらいの硬さみたいだけど……」
「無理ではないわね。こんなのにキリト君たちは三日も掛かったの?」
「ま……まぁね」
歯切れ悪そうにキリトは頷いた。
慣れは必要だが、感触で大体の耐久度が解るようになる。想像以上の硬度ではあるが、所詮は動かない的。ソードスキルで攻撃し続ければ意外と早く壊れると考えていたアスナだが。
「条件が素手だからな。補正もアシストもロクに乗らないから、どうしたって時間はかかるさ」
「「す、素手っ!?」」
「そう。素手で……」
予想外の条件に驚きの声が上がる。岩の超絶的硬度も合わさってネズハは完全にビビってしまい、助けを求める様にじぃ~っと周りを見つめる。
「わ、私はやらないわよ? 戦術の幅は広がりそうではあるけれど、今の私は少しでもレイピアのスキルを上げたいし……」
「ボクも無理。筋力はあまり高くないから、ちょっと厳しいよっ」
「――――――――なんじゃおなごら……逃げるのか?」
今まで黙っていたNPCの老人が喋りかけてきた。
過去に来た事のある三人は老人の見た事のない行動に「新パターンだ」と驚き、事の成り行きを黙って見ている。
「フォフォ。それがよかろうて。所詮惰弱なおなご如きに我が武の真髄を究める事などできなかろうて」
「なん……ですって?」
老人の挑発的な言動に、アスナは思わずカチンときた。
「なんじゃ不満か? それとも――――」
今まで岩の上に居た老人をが下に飛び降りてくる。ぬるり、と滑るような動きでアスナの傍に近寄り――。
「ワシがもっと、有用な《体術》を伝授してやろうかのぅ?」
老人の手がアスナの胸のふくらみに触れた。
完全に予想外のNPCの行動に、その場にいた全員が言葉を失った。
いち早く正気を取り戻したアスナが神速でレイピアを抜き放った。
「フォフォフォ。なかなか活きが良い」
閃光の如きアスナのレイピアを老人は事も無げに手に持った杖で弾く。
攻撃を弾いてアスナとの距離が開いたと思ったら、今度は老人はユウキの背後に回った。
「どうじゃ? 我が武の真髄、とくと授けて進ぜようぞ。手とりぃ、足とりぃ、順繰りにじゃぁ」
「――――っ!?」
ユウキの肩を抱いて、囁くように言う老人。
馴染みのない感触にユウキは声もなく震え上がった。
完全に老人にペースを握られ、怒りのボルテージが上がっていくアスナ。勢いに任せてクエストを受注しようとした瞬間、老人の顔を赤い光が貫いた。
「――――いい加減にしろ、セクハラジジィ」
《体術》スキルの一つ、拳による攻撃スキル《閃打》で老人を殴り飛ばしたナイトがユウキの傍に立っていた。
「……老人の細やかな楽しみを奪うでない、この馬鹿弟子がっ」
「――――やめてしまえ、そんな娯楽」
NPCが過去に会ったことがあるのを認知して会話をしている事に驚きながらもバッサリと切り捨て、ユウキの手を引いてアスナ達の元へ歩くナイト。
アスナはその光景に呆気に取られ、クエストの受注ボタンを押す直前で手が止まった。
「頭を冷やせ。今《体術》を取得したって、枠に余裕無いんだろ?」
「あ……うん……確かにそうね」
「ネズハも。このクエストは何人いたってやる事は変わらないんだ。やる気があるならさっさと始めろ」
「は、はいっ」
アスナは落ち着きを取り戻して慎重にNOを押し、ネズハは慌ててyesを押した。
老人の頭上の【!】が【?】へと変わり、老人の口から岩を徒手空拳で砕く事が告げられた。そして。
「岩を割るまでこの山を下りることはならんぞい。じゃから、オヌシにはその証を立ててもらうぞい」
そう言って老人は懐から大振りの筆を取り出した。
何をされるのかと思った瞬間、老人の手が閃き、筆がネズハの顔を撫でた。瞬く間にネズハにドワーフの様な口髭が描かれたのだ。そして超速乾性なのか、顔を拭ってももう落ちる様子はない。
「その証は、オヌシが見事岩を割り修業を終えるまで決して消えることはない。信じておるぞい、我が弟子よ。フォーッフォフォフォフォフォ!!」
そして老人は、元居た岩の上に戻って座り込んでしまった。
今起きた事に唖然としながら縋るような視線でヒゲを消すことが出来ないか訊ねるネズハに、アルゴが無情な回答を告げた。
「ムリ。それがベータテストでオレっちの《鼠》キャラが定着した理由サ。あっ、今の情報料は特別にタダで良いヨ」
その答えにネズハは愕然とする。
クリアすれば無事に落として貰えるからと、このクエストを攻略した二人が慰めてネズハの気を取り直させる。
その最中、ユウキある事に気づいた。
「このクエストを受けるとヒゲが描かれるんだよね? じゃあナイトたちもあんなヒゲを描かれたの?」
「うーん、だいぶ違うナー」
「へぇ。じゃあ二人はどんなヒゲだったの?」
その問いに、アルゴはとても楽しそうな表情を浮かべて言った。
「一言で表現すると…………《キリえもん》と《夜男爵》だナ」
「「その名で呼ぶなぁッ!!!」
アルゴの思い出し笑いとそれをかき消すほどの男二人の悲痛な叫びが岩壁に囲まれた空間に響き渡った。
その日の夜。ナイトは街の広場で物思いに耽っていた。
ネズハを送り届けた後は各々の本来の仕事――攻略と情報収集に戻った。
ナイトは初のトーラス族との戦闘だが、防具の方を重点的に強化しているナイトにとってデバフ攻撃の《ナミング》はさほど脅威にならなかった。文字通り気をつけてさえいればトーラス族との戦闘は苦労しないものだった。戦力が増えた事で一行の攻略ペースは上がった。順調に進めば三日ほどでボス部屋に辿り着けそうな勢いだ。適度な所で攻略を切り上げて街に戻り、稼ぎを均等に分配して今日の所は解散した。
一人で簡素に夕食を済ませたナイトには、暇な時間が出来ていた。そう。今夜はナイトが二層に上がって以来、初めて自由と言える時間が出来たのだ。休息もほどほどに試練に時間を費やす事も、急いで情報を集めなければいけない事も無い。以前ユウキとした約束を果たす絶好の機会と言えた。しかし、いざ話そうとすると踏ん切りがつかない。何を話したらいいか思いつかないのだ。
「…………何やってんだか…………」
必要な事だったとはいえ、かなり身勝手な真似をした自覚がある。だからこそ、半端な謝罪の言葉で許してもらえるものとは思えない。
昼間、試練のアドバイスがてらネズハと会話した事を思い出す。
ネズハは、悪事を働いた事はもちろん、それを流されるまま続けていた事を悔んでいた。それだけに、本心を誰にも打ち明けられなかった己を恥じていた。
その思いを聞いて、今の状態が自分が思い描いていた通りのものか考え直してみた。
今の攻略組の中のナイトの立場は悪者もしくは嫌われ者といった感じだ。
対してユウキは攻略組の中で希少な女性プレイヤーで、腕前もそうだがその容姿も注目を浴びる要因となっている。言い方を変えれば、攻略組のアイドルのようなものだ。
アイドルと悪者。良い意味と悪い意味、それぞれで注目を浴びる者が一緒に居ればどんな化学反応を起こすのか。
それは実際に起こってみないことには分からない。もし悪い方向に注目を浴びるようになって、誰かを傷つけたりするような事になるのは避けたい。だから、そういう事態にならないように先んじて離れる事を選んだはずだったのに、また一緒に行動するようになっている。
なら、また一緒に行動するようになって嫌かと言えば、そんな事は無い。離れて活動している間も心のどこかで気になっていた。何か起きた時も、真剣になって動く自分がいた。
――つまり、そういう事なんだろうな。
答えが見えてくれば、自然と笑いが込み上げてくる。
本当に身勝手だ。行動も、その理由も、きっと全てはその思いに起因するというのに。一番肝心なモノが見えてなかった。一番大事にしなきゃいけなかったモノを蔑ろにしていた。
「間抜けだな。本当に…………」
慣れていない感情に振り回されて、悲しませたりして。間抜けな自分の姿が嘲笑えてくる。下手に注目を浴びないように、ナイトは声を押し殺して笑い続けた。
落ち着くまで一頻り笑い、大きく息を吸って天を仰いだ。
すると、目が合った。
誰かが後ろに立ってナイトの事を見下ろしていた。
「……なに笑ってたの、ナイト?」
目が合った瞬間は驚いたが、それが見慣れていた――今見たかった人だと分かると、自然と顔が綻ぶのであった。
ほどほどな文量なのでこの辺で。
原作のユウキの二つ名は《絶剣》ですが、それがALOのデュエル戦績が由来だと思えば、SAOの攻略組である場合は違う二つ名が付けられたりしたのでしょうか?
それとなく考えていたりはするのですが、アンケートを取ったりすれば誰かもっと相応しいものを考え付いたりしないでしょうか?
ある意味次話が第二層編の本番かもしれない。
では、また次回。