SAO 〜少女の盾を目指した者〜   作:火星の渡鴉

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各種書籍の発売に間に合わせたかった気もするが、土台無理だった。

数日の間、書けなくなる前に急いで書き上げた。
特に終盤は駆け足で推敲が足りていない気がしてならないが、とりあえず第二層ボス攻略後編をどうぞ。




18:挑む者達の選択

 《アステリオス・ザ・トーラスキング》。

 突然現れた第三の巨大な牛男の存在。ナト大佐もバラン将軍も変更が見られないのは当然だ。所詮彼らは前座――取り巻きのMobでしかなかったのだ。あのアステリオス王がこの第二層の真のボスで、その存在そのものがベータとの変更点なのだから。

 現れた第三の敵の存在に思考が止まる。撤退か戦闘の継続か。早急に道を決めなければならないのに、思考が追いつかず、身体は動けないでいる。

 誰よりも早く動き出したのは、ネズハだった。その手に持った円月輪をバラン将軍に向けて投げる。

 

「バラン将軍は後一息です! 早く奴を倒してボスとの戦闘に集中しましょう!」

 

 放たれた円月輪はバラン将軍の後頭部を斬って、ネズハの手元まで帰ってくる。

 多少距離があっても攻撃を、離れた味方の支援が出来るのは遠隔攻撃の利点だ。戻ってきた円月輪を手に取って構え、再び投げる。

 ネズハのおかげである程度思考が戻ってくる。アステリオスがコロシアムの中心に現れ、本隊が部屋の最奥部でバラン将軍と戦っている。この位置関係では、本隊が出口に向かうのにアステリオスとの接敵は免れない。今本隊が撤退すれば、バラン将軍とアステリオスとの挟撃に遭う。何をするにせよ、後一息という所までHPを減らしたバラン将軍を倒してしまわない事には安心して行動に移せない。

 逸早くキリトとアスナがバラン将軍の元へ向かって駆け出す。少し遅れてナイトとユウキが先行したキリト達を追う。が、ナイトはすぐにブレーキをかけてストレージを操作する。それに気づいたユウキも釣られてブレーキを踏む。

 

「どうしたのナイトッ?」

「いや。あれ以上行っても人で詰まるだけだからな」

 

 ストレージを操作して取り出したのは、滅多に使わない、クイックチェンジには登録していない武器。両手で扱うようなロングスピアだ。重さを強化した虎の子の一本だ。

 

「こっから撃つ。こういう時便利だな、遠隔攻撃持ちってのは」

 

 後ろにいるネズハと視線を交わす。ネズハは困ったような、でもどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 ネズハが円月輪を投げ続ける中、ナイトは盾を下ろしてロングスピアの後端を持って狙いを定める。そこから身体を目一杯まで捻り左腕を振って勢いを付けて回り、左足を一歩踏み出してそこから一回転。勢いを殺さぬよう右、左とステップを刻み、最後に左足に体重を乗せて槍を振り抜いた。

 《スピンシュート》。基礎技の《シングルシュート》の強化発展形で、威力と射程距離が大幅に強化される。その分命中率の低下と初動動作が大きくなるので使い勝手は悪いが、味方が大型モンスターを囲んだ状態なら問題なく当てれる。

 投げ放たれた槍はバラン将軍の胸を貫き、雄叫びの様な悲鳴が響いた。

 トドメには至らなかった。だが、大ダメージを与えられて動きを止めた将軍の命は終わりも同然だ。あっちはもうキリト達や本隊に任せればいい。そう見切って、トーラス王の方を向く。

 漆黒の巨漢は一歩一歩大きく、だがゆっくりと本隊の方へ歩みを進めている。あのペースならば、本隊との接敵までまだいくらか余裕はある。そう考えた時だった。

 不意にアステリオスは歩みを止め、一杯に上体を反らし、逞しい胸を大樽の様に膨らませ始めた。

 少し離れた所で歓声が聞こえる。無事にバラン将軍を倒したのだろう。だが、それを喜ぶ僅かな時間すら、トーラス王は与えてはくれないようだ。

 

「全員横に跳べーーッ!!」

 

 その叫びが届いたかどうかは分からない。乾いた轟音を鳴り響かせながら、暴力的なまでの光が空間を迸った。それが雷だと、トーラス族が使う《ナミング》のスパークとトーラス王が登場した時の演出から連想された。

 咄嗟の叫びも空しく、トーラス王が放った雷のブレスは一瞬で本隊を呑み込んだ。視界の端に映るキリト達のHPが二割程度しか減っていないのは不幸中の幸い。だが、それを補って余りあるほど危険な状態――HPバー周囲に緑色の枠が点滅し、同色のデバフアイコンが表示されている。トーラス王の雷ブレスは広範囲の遠隔攻撃だけでなく、麻痺攻撃でもあった。

 再び歩み始めたアステリオス王の先には麻痺で倒れる十数人のプレイヤー。その中にはキリトとアスナの姿も見える。

 

「は、早く助けに行かないとっ」

「待てユウキっ」

 

 助けに行こうと急いで駆け出すユウキの手を取って止める。

 

「どうして止めるの!? 早く行かないとみんなが――」

「助けに行くな、なんて言っていない。――こいつを持っていけ」

 

 ナイトがユウキに渡したのは、ストレージから取り出した麻痺治療用の緑のポーションを詰め込んだベルトポーチ。普段からナイトが使っている者の為、回復用の赤ポーションも当然入っている。

 

「俺が奴を引き付けてくる。その間にこいつで皆を回復させてこい」

「でも、これはナイトの分も――」

「今は話してる時間はない。……早く行って、早く俺を助けに来てくれ」

「っ!? 分かった、急いで行ってくるっ」

 

 ナイトの言葉に張り切りを見せて駆け出すユウキ。

 その姿を見送る暇も無く、ナイトは両手に盾を持ち直してアステリオス王の元へ走り出す。その後をネズハもついていく。

 

「本隊の救援に行った方が安全だぞ」

「でも、囮は多い方が確実ですよ」

 

 そう言って、ネズハは円月輪を掲げる。顔が引きつっているが、わざわざ口にして気持ちを萎えさせる必要もない。

 分散して挑みたい所だが、雷ブレスという早い遠隔攻撃を持っている以上、盾を持たないネズハを孤立させるのは危険と判断して縦列隊形で当たる事にした。徹底してナイトが攻撃を受ける予定だ。

 

「行きますッ!」

 

 ターゲットを取ろうとネズハが円月輪を投げる。頭部を狙ったそれは角に当たって弾かれた。狙われた訳ではなく、偶々六本もある角が弧を描いて飛ぶ円月輪の軌道の先に在ったというだけの不運だ。おかげでターゲットは取れず、トーラス王の足取りは変わる事は無い。

 

「チッ。……一発殴ってくるっ」

 

 そう言ってナイトは右手をヘビーメイスに、左手をナイフにクイックチェンジしてアステリオス王に突撃する。見られてない事を良い事に足元に潜り込む。狙いは膝の裏。そこにナイフを投擲し、目標までジャンプして、跳躍の勢いを乗せて片手昆を《アッパー・スウィング》する。昆が先んじて放ったナイフを叩き押し、膝の裏に深々と刺さりながらナイフは砕ける。そこから更に右脚で《水月》のモーションを起こす。右脚を蹴り出しながら振り上げた右腕を素早く振り下げて勢いを作り出す。膝裏に連撃を叩き込んで膝カックンでもして体勢を崩してくれればと思ったが、相手が大き過ぎてそこまでいかない。

 それでもターゲットを引く事が出来た。アステリオス王の獰猛な瞳がナイトを捉えようと首を回す。本隊から離れる様な位置取りをしつつ、両手を武器から盾に持ち替える。アステリオス王がナイトを探している間に、ネズハは円月輪で投擲攻撃を行う。

 ネズハの投擲攻撃が鬱陶しくなったのか、アステリオス王がナイトからネズハの方を探し始める。ネズハはトーラス王の足元を回り込みつつ、遠回りでナイトと合流を果たす。もちろん、その移動の間も二人は《投剣》による追撃を緩める事はしない。

 微々たるダメージを与えつつ、アステリオス王を翻弄するナイトとネズハ。ここからは耐久戦に移る。

 

 

 

 

 

 ナイトとネズハが戦い始める裏では、ポーションが詰まったポーチを抱えたユウキが麻痺で動けないプレイヤー達の元へ駆け寄った。

 

「キリトッ。アスナッ。ポーション持って来たよ!」

 

 薄緑色のエフェクトが包み込む二人に緑のポーションを差し出すユウキ。だが、それに対してキリト達は「あ……」など、掠れ掠れの声しか出せないでいた。焦っていてポーションを受け取る事すらできない状態なのを失念していた事に気付き、ポーションの封を切る。

 

「ごめんっ。今飲ませてあげるから」

 

 ユウキは座って、キリトの頭を抱え起こしてゆっくりポーションを飲ませる。ビンが空になってポリゴン片となって消え、キリトの身体を包む薄緑色のエフェクトが薄れていく。HPバーからも枠とアイコンが消えていくのを確認すると、アスナにも同様にポーションを飲ませる。

 

「すまねぇ! オレとしたことが竦んじまった!」

「エギル……」

 

 エギルが駆け寄ってきてその豪腕でキリトとアスナを抱え上げると、東の壁際まで運んでいく。彼のパーティメンバーも麻痺で動けないプレイヤーを退避させている。それに触発された無事なプレイヤーも残りの麻痺者に駆け寄っていく。

 協力して麻痺者を一退避させる。その裏では激しい戦闘音が、叩きつけられた巨大なハンマーが起こす地響きが伝わってくる。それがユウキを焦らせる。抱えてきたポーチからポーションを取り出して封を切り、消耗したプレイヤーに飲ませようとするが、中々上手くいかない。

 それでも傷ついた皆を癒そうとユウキは頑張る。だが、それを嘲笑うかのように強烈な光がユウキの背後で迸った。思わず背後を振り向くと、いっぱいに開かれたトーラス王の口から純白の稲妻が吐き出されていた。稲光が過ぎ去った後、二枚の盾を翳すナイトとその背中にネズハが隠れるようにしていた。ナイトには黄色のスパークエフェクトが包み込み、ネズハは来ていたケープのフードが焼けて捲れてその顔が露わになっていた。

 

「あっ――――」

 

 ナイトがスタンしていると気付いた瞬間、ユウキはポーチを投げ捨てて駆け出そうとした。が、何かがユウキを掴んでそれを差し止めていた。

 

「助けに行く前にチョォッと話を聞いていかないカ?」

 

 ぼぉっと影が歪んで、小柄な姿が虚空から湧き出るが如く出現した。ユウキは口をポカンと開けて、両頬にクッキリと三本ヒゲをペイントしたプレイヤー、情報屋《鼠のアルゴ》を見つめた。

 

「ナーちゃんを助けれる大事な話ダ。特別に、タダで良いヨ」

 

 アルゴの言葉を聞いて、ユウキは力強く頷いた。

 

 

 

 

 雷ブレスを受けたナイトは《スタン》に陥った。防具を優先強化したナイトのデバフ耐性も高く、本来《麻痺》になる所を《スタン》にまでは抑えてた。だが、ボスの前で動けないのは致命的であるのに変わりはない。

 アステリオス王がハンマーを振り上げる。今攻撃を受けるのも、《デトネーション》を食らって麻痺に上書きされるのか、それともデバフ耐性のおかげで《スタン》止まりになるのか。どうなるにしろ、危険な事に変わりはない。

 ナイトは歯を食いしばって攻撃に耐えようと備える。けれど、代わりに来たのは自分の身体を掴まれて浮く感覚。痺れる手が盾を取りこぼして、その場から飛び退かされる。

 

「…………助かった」

「はい。何とかギリギリ間に合いましたね」

 

 ネズハが動けない身体を抱き抱えて飛び退いてくれたおかげで、アステリオス王の攻撃から共に逃れる事が出来た。盾を落としてしまったが、追撃を食らうよりマシだと考える。そうしている間に《スタン》から回復する。

 散開して、ハンマーの振り下ろしの一撃を避けて距離を取りつつナイフを投げる。盾を落として正面から受け止めて張り付く事が出来ない今、攻撃に捉えられないよう動き回って《投剣》で牽制を続ける。時間を稼ぐだけならそれだけでも十二分にこなせる。

 しかし、それが順調に行った事で、ネズハが問題なく戦えていた事でつい忘れてしまった。FNC判定を。ネズハが敵との距離を正確に把握できない障害がある事を。巨大なトーラス王がゆっくりとだが大きい一歩で距離を詰めた事にネズハが気付けないのを忘れてしまっていた。

 

「逃げろネズハッ!?」

 

 トーラス王を挟んだ対角上でナイトは叫んだ。

 だがそれも空しく、叩きつけられたハンマーから放つスパークがネズハを呑み込むのが見えた。ネズハの身体がビクッと震えて硬直する。再び振り上げたアステリオス王のハンマーが稲妻を纏っているのが見えた。もう一度食らえば《スタン》から《麻痺》に上書きされる。そうなればネズハの命は無い。

 急いでネズハのカバーに向かおうとするが、位置が悪い。ナイトの脚では到底カバーに間に合いそうになかった。そこに――

 

「我ら――――《伝説の勇者達》也!!」

 

 ネズハのカバーに入る部隊が現れた。ネズハにとって既知の仲間であるはずの《レジェンド・ブレイブス》だ。

 予想してなかった事態にナイトは思わず足を止める。だが、ネズハが未だに《スタン》状態から復帰できていないのでは彼らも迂闊に動く事が出来ない。僅か数秒間の事とはいえ、あまりにも危険な数秒間だ。

 ナイトは慌てて動き出す。少しでもターゲットをこちらに寄せようと両手に三本ずつナイフを持ち、背中を反らして大きく振り被った。

 

「――――――――王冠を狙って!!」

「――ッ!?」

 

 耳に届いた声に反射的に身体が動いた。相手の巨体さ故に距離が遠く、的が小さくて狙いにくいが、そこに狙いを定めて投げた。輝線を引いて飛ぶナイフは吸い込まれるようにアステリオス王の額の王冠に当たった。甲高い金属音が響くと、アステリオス王の巨体がぐらりと上体を揺らした。

 そこに、赤い光がアステリオス王のハンマーを振り上げた手に襲い掛かった。爆発にも似た衝撃音が聞こえ、アステリオス王のハンマーを振り上げた手が下ろされた。

 さらに赤い光から出て来た影がナイトの方に向かって落ちてきた。ナイトは慌ててその影を受け止めた。

 

「ゴメン、着地失敗しちゃった」

「ユウキ――――本当に、良い所に来てくれるよ、お前」

「?」

 

 聞こえなかったのか、首を傾げるユウキをナイトはそっと下ろす。

 

「それよりユウキ、さっきの指示は一体?」

「さっきのはアルゴさんが教えてくれたんだ」

 

 本隊の方を見れば、見覚えのある小柄な影が手を振っている。わざわざこんな危険な場所に来てまで情報を伝えてくれた事に感謝しなければならない。

 

「A隊C隊、前進! 攻撃を始めるぞ!」

 

 リンドの指示に従って、麻痺から回復したプレイヤーが戦線に参加し始めた。

 それによって戦況はほぼ確定した。

 アルゴがもたらしてくれた情報はボスのアステリオス王の弱点だけでなく、最大の武器である雷ブレスの対処法にまで及んだ。一撃で壊滅的被害を被る攻撃の対処さえ確立してしまえば、後は他のトーラス族のスケールアップ程度でしかなかった。

 そして何より、投擲攻撃で王冠にヒットさせると『必ずディレイする』という下方修正物のメタを扱える者が二人も居た事が、この戦いを決定的なまでに有利に運ぶ。ボスがどれだけ暴れようと、《麻痺》がどれだけ脅威であろうと、畳み掛ける事が出来なければその脅威度は落ちていく。

 ボスの脅威は、既に有って無い様なものだった。

 

「……どうかしたか?」

「別に……なんだか複雑な気がするだけよ」

 

 そう言うアスナが視線を向けていた方を見れば、大詰めに来て主力であるリンド隊やキバオウ隊よりも活躍している《レジェンド・ブレイブス》が奮闘していた。

 《ナミング・デトネーション》で他の隊が退避を余儀なくされる中、彼らだけはボスに張り付き続けて猛攻撃を繰り出している。それを可能としているのは頭から足までガチガチに強化した防具を装備しているからだ。その防具が用意できたのも、ネズハが強化詐欺によって稼いできたからだ。功を稼ぐのは構わないとしても、それが不当な方法で稼いだものだと知っていれば、胸中に複雑なものが浮かぶのも当然だろう。

 

「なら、最後にちょっと抵抗してみないか? タイミングが合えば、だけど」

 

 キリトは意地の悪い笑みを浮かべて言った。ユウキも呼んでこしょこしょと内緒話を始める。ナイトとネズハだけは投擲攻撃でボスをディレイさせる仕事があるので話に混ざらないでいる。

 

「E隊、後退準備! H隊、前進準備!」

 

 話が終わる頃にリンドの指示が挙がる。ローテーション通りだが、公平に出番を与えるリンドのリーダーとしての働きぶりに感心する。

 

「よし、行くぞ……ゴー!」

 

 タイミングを計って、一気に駆け出す。

 E隊と入れ替えで接近し、キリト、アスナ、ユウキが単発のソードスキルを叩き込む。それに起こったアステリオス王がハンマーを薙ぎ払うが、ナイトがスイッチで前に出てガードする。

 王が眼を光らせ、一際恐ろしい雄叫びを上げて大量の空気を吸い込み始める。雷ブレスのモーションに入ったが、すかさず飛来した円月輪が王冠を撃ち、仰け反った王の鼻面でバフッと雷が暴発する。

 

「今だっ!!」

 

 キリトが叫び、思い切り跳んだ。それに遅れることなく、アスナとユウキも地面を蹴っている。ナイトも意図を察し、拾っておいたロングスピアを取り出して投擲する。跳んだ三人が空中で突進技のソードスキルを発動させた。スキルアシストによってほとんど垂直に近い角度で飛翔する。

 投擲した槍も含めて、四色の光の軌跡が一つに合わせってアステリオス王の王冠ごと額を深々と貫いた。

 硬質なサウンドを振り撒いて、王冠が粉々に砕け散り、次いでアステリオス王の巨体もコロシアム一杯に広がるほどの規模で爆散したのだった。

 

 

 

 

 第二層のボスの撃破が確認され、大きな歓声が沸く。前回と違い、一人の犠牲も出さないその戦果に喜びも一入だ。

 

「やったな」

 

 ナイトは少し離れた所に一人立ち尽くすネズハの元に歩み寄って声をかける。

 ネズハは円月輪しっかり握ったまま、コロシアムの天井付近に未だ漂うボス消滅のエフェクトの残滓を眩しそうに見上げていた。

 

「――――はい。これで僕も、この本当の名前に負けない勇者に成れた気がします」

 

 ネズハの言葉にナイトは少し考えて、なるほどと頷く。ネズハの本来の読みである『ナーザ』が登場する物語には、乾坤圏という円環状の投擲武器を用いて戦う姿も描かれている。金属の輪っかの形をしている円月輪をネズハが扱った事は、名前が呼んだ運命的な偶然なのだろう。

 

「それなら、向こうに混ざって来ても良いんじゃないか?」

 

 ナイトがそう言って指差した先には、笑顔で周りと固く握手を交わす《レジェンド・ブレイブス》の姿がある。 ネズハも彼らの姿を見て、そっと被りを振った。

 何故、と問おうとした所に他のプレイヤー達と喜びを分かち合ってたユウキが駆け寄ってきた。

 

「二人ともお疲れ様!」

「お疲れ様です、ユウキさん。最後の空中ソードスキル、凄かったですよ」

「そ、そんなことないよ。それよりネズハだって、使い始めたばかりなのに完璧に使いこなしていて凄かったよ」

「い、いいえ。全部、スキルアシストのおかげですよ」

 

 そう言って照れくさそうに頬を掻くネズハ。

 ユウキに続いてキリトとアスナも来て労いの言葉をかけていく。

 

「皆さん、本当に……ありがとうございました。これで、もう……思い残すことはありません」

「なに言ってんだ? これから先は、まだまだ長いんだぞ」

「いえ。僕には……やらなきゃならないことがありますから」

「あなた……一体何を……?」

 

 ネズハの言葉に不安が膨らむ。が、それを追及する事は出来なかった。

 何故なら、レイド本隊から数人のプレイヤーがこちらに近づいてきていた。それが労いに来たのではないのは、彼らの表情が険しい事から想像がつく。

 ネズハはそれから逃げず、自らそちらに歩み寄っていった。

 

「アンタ……何日か前まで街で営業してた鍛冶屋だよな?」

「はい」

「なんで、いきなり戦闘職に転向したんだ? しかも、そんなレア武器まで手に入れて……鍛冶屋はそんなに儲かるのか?」

 

 その会話を聞いて察する事が出来た。彼らは、ネズハの――強化詐欺の被害者なのだ。武器すり替えのトリックにまでは辿り着けなくとも、何らかの詐欺行為があったと怪しんでいるのだろう。

 円月輪はキリトが持っていた物を譲った事を――真実を話した所で意味はないだろう。彼らにそんな事を話しても何にもならないし、何よりネズハが詐欺を働いたという事実は変わらない。

 ナイトが何を話したらいいか分からず立ち尽くしている間に、ネズハは先に動いた。

 円月輪をそっと床に置き、その隣に両膝を突く。続けて手も床に押し当て、深く頭を垂れた。

 

「……僕が、皆さんの武器を、強化直前にエンド品にすり替えて騙し取りました」

 

 土下座をしたネズハの告白に、耳が痛くなるほどに思い静寂が広間を満たした。

 ネズハの正面に立つプレイヤーは眉間に深い谷を刻んでいただけだが、その周りのプレイヤー達は今にも激発寸前といった雰囲気だった。

 

「それを……お金に変えたのか?」

「はい。全て……」

「そうか…………金での弁償ならできるか?」

「いえ、もうできません。お金は高級レストランの飲み食いとか、高級宿屋とかで残らず使ってしまいました」

 

 その言葉で、ネズハは何をする気なのか理解した。

 ネズハは、罪の全てを自分一人で請け負う気なのだ。詐欺の実行犯として、彼を利用したはずの仲間達の分まで、その怒りを自分に向けさせるつもりなのだ。

 

「お前…………お前、オマエェェッ!!」

 

 ついに堪え切れなくなったプレイヤーがネズハに詰め寄る。

 大事に育てたモノを奪われ、それで苦しい思いをさせられ。その大事なモノを売って得たお金を、一時の欲望の為に浪費したと言われて。それで黙っていられる訳がない。まだ抜いてはいないが、その手が剣に掛けられ、今にも抜いてネズハを斬りそうな者もいる。

 詰め寄った彼の叫びを契機に、成り行きを見守っていた他のプレイヤー達にも延焼した。口々に叫ぶ数十人の声が合わさり、轟音となって部屋を震わせる。

 

「覚悟の上です。恨みもしません。どうか、お気の済むように……」

 

 巨大な怒りを受け止めるネズハは、背中を震わせながらもそう言った。

 その言葉は、燃えかけの火に油を注いだ。何人かの怒りの火が一気に燃え上がり、ネズハの頭を掴んで床に押さえつけて囲む。

 ネズハの危険な状態に、ユウキが止めに入ろうとした。だがそれを、ナイトは肩を掴んで止めた。ユウキはどうして、と非難の表情を向けるが、止めたナイトもどうしたら良いか分からず苦悩の表情を浮かべる。

 ネズハの意を汲み取れば、他の誰にも矛先が向かずに彼一人が犠牲になる事でこの事態を収める事だろう。だがそれが正しいとは思っていない。そも誰かが犠牲になるのは間違いであるべきだ。かと言って真実を、ネズハが《レジェンド・ブレイブス》の一員である事を告げた所で何になるのだろうか。システム的に確たる証拠も無い上に、彼らがそれを否定すれば余計な所に被害が飛び火しかねない。下手に事態をややこしくして被害が増えてしまっては意味がないのだ。

 元々は関係者だけを集めて内密に話をつける予定であった。今回戦闘に連れて来たのも、戦力になる事を証明する為でもあった。遠隔攻撃である利点を生かして遠間からチクチクとやるだけで、目立たず、顔を晒さずに済ませるつもりだったのだが、何の因果か顔を晒した上に大立ち回りをする羽目になってしまった。活躍した代わりにこんな事態になってしまったのは、皮肉としか言いようがない。そして――

 

「――お前の命だけで済むわけないだろうが」

 

 思いも寄らぬ所から、新たな火種が飛んできた。

 

「お前と一緒に美味しい思いをしたお仲間がいるだろ? 出て来いよ、《卑怯者》」

 

 集団の中から、緑色のポンチョを着た痩せた男がそう言って指を差した。その先に居たのは、ナイトだった。

 他のプレイヤー達もざわつく中、突然の事にナイトも困惑した。彷徨った目がユウキと合い、彼女に向かって一瞬だけ微笑んで、憮然とした表情で前に出た。

 

「どういう事だ?」

「どうもこうもないだろ? 同じパーティーで、そいつと親しく話してんのは皆見てんだぜ。そいつの詐欺の事を知らないはずないだろ?」

「――確かにな。生憎だが、俺も被害者側に関係している。詐欺に関しては、むしろ手口を暴いて止めさせた側だ」

「ハッ。なんだそれ? 証拠はあんのかよ?」

「残念だけど、証明できるものは持ち合わせていない」

 

 ナイトの言葉にも周りは耳を傾ける。だが、多くの者が瞳の中に不信の色を抱いている。

 事態は好転しないと想像できているが、それでもナイトに出来るのは事実を口にする事。弱気を見せて付け込まれないようにするのが、せめてもの抵抗だった。

 

「第一層でもそうだっ。テメェが情報を隠したせいで大将は死んだ。今度は仲間に詐欺を働かせた上に、自分達だけ《投剣》スキルなんて隠しボスにメタはってヒーロー気取りか。ふざけんなよっ!」

 

 《卑怯者》呼ばわりといい、第一層の時の悪意が追ってきたかのような気分だ。ただあの時と違って、怒りを発散させる側だったのが、怒りを向けられる側に変わっている。

 屈するつもりはないが、最も重要な点であるネズハが詐欺を行ったという事実。彼らの怒りの源が正当なものであるという事が、ナイトに発するべき言葉を与えない。そこに追い打ちをかける事態が告げられた。

 

「それだけじゃねぇぞ! そいつに武器を騙し取られたプレイヤーは他にもたくさんいる。その中に一人が店売りの安物で狩りで出て、今までは倒せてた雑魚Mobに殺されちまったんだ!?」

 

 主なき大広間がシン、と静まり返る。

 ネズハもナイトも心の底から言葉を失う。それだけはあって欲しくなかったと願っていた。命だけは償いのしようがない。ましてや、デスゲームと化した今のSAOで命が失われる事は、現実の殺人と同義だ。

 

「ひ、人が死んだ…………それなら……こいつはもう、詐欺師じゃねぇだろ……ピッ……ピッ……」

「そうだ!? こいつらは、人殺しだ! PKなんだ!!」

 

 PK。プレイヤーキラー。すなわち、プレイヤーを殺す者を指す言葉だ。

 頭の中に引っ掛かるものがあったが、それがなんなのか考える事が出来なくなるほど、胸の奥に深く刺さる言葉だった。

 

「おい、それはヤベーだろ。第一層の時とはワケが違うぞ……」

「どうやって、責任を取るんだよ」

「――――命で償えよ、詐欺師ども」

 

 きぃきぃというノイズの混じる声が、膨らんだ風船に針を刺す役割を果たした。

 

「そうだ……死んだ奴に謝ってこい」

「死んでケジメつけろよ!」

「そのクソ詐欺師どもを、殺すしかない!!」

 

 口々にプレイヤー達が叫び始める。詐欺行為への怒りだけでなく、今の理不尽にも等しい状況への憎しみが加わり、詐欺師であり殺人者という生贄を得て、その思いをぶつけだしたのだ。

 

「やめてよ……」

 

 怒号が飛び交う中、ナイトも拘束しようと数人が掴みかかってくる。ここで拘束されれば、そのまま首を刎ねられかねない。そうさせない為にもナイトは必死で抵抗する。

 

「――――やめてっ!?」

 

 悲痛な叫びが、広間に木霊した。水を打ったかのように飛び交っていた怒号は収まり、ナイトを拘束しようとしていた力が抜けて解放される。

 

「やめてよ、みんな。せっかく、みんな無事で、ボスに勝つことが出来たのに、どうしてこんなことしなきゃいけないの?」

「…………ユウキ……」

 

 涙を流して言うユウキの姿に、浮かされていた熱は急速に引き、困った様に近くのプレイヤーと互いの顔を見合わせる。

 それでも、話さなければいけない事はあると、レイドリーダーのリンドが進み出た。

 

「しかし、彼らの罪はハッキリさせなければならない。彼らのカーソルはグリーンで、どんなクエストをしてもその罪を雪ぐ事は出来ない。弁償ももう出来ないというなら、別の方法で償ってもらうしかない」

「だったら――――ボクにも言いたいことがある。ボクも詐欺で剣を奪われた一人だし。それを助けてくれたのは、ナイトだから」

 

 ユウキの言葉に驚くリンドだが、ユウキに事情を話すように、周りにもそれをしっかり聞くように促す。

 ユウキは涙を拭い、リンドの促しを受けて話し始める。強化を依頼したユウキの剣が砕けたのを目の当たりにして始まった、強化詐欺との関わりを。一度奪われた剣の回収から、その詐欺の手口。ネズハのFNC判定から、詐欺から足を洗って償ってもらう為に、円月輪を譲って戦闘職に復帰してもらった事を。途中、《レジェンド・ブレイブス》の事で少し言い淀んでしまうが、特に気にされる事もなく、キリトとアスナの補足も交えて最後まで話し切った。

 中には信じられないといった表情を浮かべる者もいるが、最年少の美少女の話に口を挟むような者は居なかった。

 ユウキの話で熱に浮かされたようにネズハ達に制裁を加えようとする者は居なくなったが、やり切れないものは残る。同情する余地のある話でも、肝心の罪が消える訳ではない。彼らが受けた辛い思いだけが晴らされない。

 それでもリンドはリーダーとして、ネズハの処遇を考え、決める必要があった。どうするべきか悩む彼の横で、重装の金属防具を鳴らしながら進み出る面々がいた。急に動き出した彼らに注目が集まる。

 彼ら――《レジェンド・ブレイブス》がナイトとユウキの前に立ち、兜を脱いで「ありがとう」と頭を下げた。突然の礼の言葉に困惑するが、次に彼らは首を垂れるネズハの元に歩み寄る。彼らは床に置かれた円月輪の隣にそっと各々の武器を横たえた。数歩動き、ネズハを真ん中に挟む形で彼らは横一列で並び、脇に兜を置いて床に跪いた。

 

「ネズハは……こいつは俺たちの仲間です。ネズハに強化詐欺をやらせていたのは、俺たちです」

 

 リーダーのオルランドの告白に、広間は騒然とした。

 オルランドの口から強化詐欺にまつわる全ての事柄が吐露され、それによって得たお金で強化された装備が全てレイドの前に並べられた。彼らが自分達で稼いだ分も含めたお金を注ぎ込まれた装備を換金、もしくは誰かが買い取る事で詐欺の被害を弁償する事が可能となったのだ。加えて、次層ボス攻略のポーション代を捻出する事をリンドは言い渡した。

 それでこの話は、火は収まるはずだった。責任の所在も、怒りの収め所も得る事ができたはずだった。だと言うのに、火種はまだ消えてなかった。

 

「そんな事だけで許されるわけねぇだろ!?」

 

 そう叫んだのは、また緑色のポンチョを着た痩せた男だった。

 

「そいつらの強化しまくったご立派な装備品で金銭的な弁償はできるだろうよ!? でもなぁ、それじゃ死んだ奴が浮かばれないじゃねぇかっ?」

 

 その言葉で、置きかけた暗い感情が呼び起される。

 再びざわつき出す中を軽くも鋭い声が通った。

 

「ちょっと良いかイ?」

 

 そう言って前に出て来たのは、今まで成り行きを静観していたアルゴだった。その手には幾つもの冊子が握られていた。

 

「なぁお前さん、剣盗られて死んだプレイヤーはどこの誰だい? それから、どこで何にやられたのか、詳しく教えてくれないか?」

「え? それは……」

 

 普段と様子が違う。その瞳を鋭くして、緑のポンチョの男を問い詰める。

 

「……俺も人から聞いた話なんで……名前までは……」

「じゃあ、誰から聞いた? お前に教えてくれた奴に話を聞きに行くから教えてくれ」

「いや……それは……」

 

 緑のポンチョの男は言い淀むばかりで何も語らない。

 やがてアルゴはフッと笑って、いつもの調子で言った。

 

「まぁ無理な話だネ。オレッちが確認してる限りじゃ、詐欺の被害者のリストの中に死亡者はいない。それ以前に、今日まで第二層で死んだプレイヤーは――いないヨ」

「そ、そんな……」

「生憎、オレッちは《情報屋》だから、情報の精査には人一倍気を遣っているつもりダヨ。お前さんの言っている事が正しいというのなら、オレッちが超特急で調べてきてあげるヨ」

 

 アルゴはいやらしい笑みを浮かべて、緑のポンチョの男にそう言い放った。

 そのままアルゴはリンドとキバオウの元へ行き、その手に持っていた冊子を手渡した。

 

「今日まで調べた強化詐欺関連の資料と被害者のリストダヨ」

「なんでこない大事なもん、今まで黙ってたんや?」

「ボス戦が控えてたからナ。余計な事に囚われて攻略に失敗して欲しくはないヨ。それに、第三層が開放されたら注意書きを配布する予定だったサ」

「情報提供ありがとう、情報屋。引き続き、この件に関して調査を進めてくれ。詳しいことが判明するまで、この問題はリーダーのオレが預かる。いいなっ!」

 

 そのリンドの言葉を最後に、ネズハの強化詐欺の問題は収束に向かったのだった。

 

 

 

 

「危ない所だったな」

「ああ。正直、生きた心地がしなかった」

 

 次層へと通じる階段を上るキリト、アスナ、ナイト、ユウキの四人は、事後処理を行うリンドに頼まれて、一足先に第三層に行ってゲートを開放してくるよう頼まれた。

 

「でも、みんな無事にすんでよかったよ」

「ええ。おかげで心置きなく先に進めるわね」

 

 第一層の時とは違い、仲間四人で歓談をしながら緩く湾曲する階段を上っていく。何でもない事のはずなのに、不思議と心は弾む。

 

「ブレイブスのみんなは、これからどうなるんだろう?」

「流石に分からないな。でも、今度こそ本当の勇者を目指して頑張るのは、確かなんじゃないか?」

 

 彼らの力を支えてきた装備は無くなってしまうだろう。だが、せめてもの餞別として、ナイトは円月輪を競売で三倍の値を付けて買い、その上でネズハに譲渡した。二度と悪事に手を染めないよう、そして再び肩を並べる日が来るよう願いを込めて。

 

「…………」

 

 ナイトは窮地にいつも力をくれる少女の顔を見つめる。

 

「――どうかしたの? ボクの顔なんかジッと見て……」

「いや……ありがとうな、いつも助けてくれて」

 

 照れくさそうに言うナイトに、ユウキは破顔して言った。

 

「お礼なんていらないよ。だってボクたち、パートナーでしょ?」

「――そうだな。……それでも、ありがとう、だ」

 

 最後のは聞こえないように呟く。

 少女の笑顔を守りたい。その為にもっと強くなりたいと、毅然と皆の前で言葉を発したユウキの様に強くありたいと、そう望めるようになった。

 

「さて……ある意味、この第三層からが、SAOの本番だ……」

「そうなの? なんで?」

 

 前を歩いて解説を始めるキリト達と追いつく。

 節くれ立った古木の中で剣を交差させる二人の剣士のレリーフが施された分厚い扉まで後十数メートル。

 第二層最後の階段を、一歩一歩踏みしめるように上った。




これにて第二層編、つまりはプログレッシブ一巻終了となります。
以降のプログレッシブ分は、閑話の様な形でお送りする予定です。(本編があまり目新しく書ける要素が思い浮かばないので)

・システム外スキル《楔打ち》
ナイフ等が刺さった状態に、さらに打撃を加えて追い打ちをかける技。
既に武器が刺さっている状態に追撃する為、高確率で《装甲貫通》等を引き起こす。
しかし、予め武器が刺さっていないと出来ない。上から打撃を加える必要がある。と複数の条件を要する為、使用できる状態がかなり限定されている。また、刺した武器の耐久度の減少が著しいというデメリットがある。
主にナイフと体術による打撃で行われるが、《楔となる物》を打ち込んで、《それを打つ事》が可能ならば、物を選ばすに出来るという要素もある。
二枚盾を扱うようになるナイトにとって、貴重な高威力技として扱われる。

※システム外スキル添削中。大事な事は急いで書き上げるもんじゃないね
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