「あの道、右に行くとすぐに主街区。左に行くとしばらく森が続いて、抜けると次の村がある」
キリトが指を差した先、第二層に繋がる階段がある四阿から延びる石敷きの古道がY字に分岐している。
「まず主街区に行って転移門を有効化すべきところなんだけど……俺は左の森で先に済ませておきたい用事があるんだ……」
歯切れ悪くキリトが口にした事は、放っておいても有効化される転移門の事は後に回して、『先に済ませておいた方がお得』なクエストに行こう。というものだった。
それ自体はさして問題ではなかった。効率的に動く事はむしろ正しいと思うし、頼まれていた用事も変に急がねばならないというものではないからだ。早いに越したことはないだろうが。
「俺は先に街に行って補給したいんだが……」
ナイトはキリトの誘いに否定的だった。
ボス戦でポーチごと大量のポーションを渡したおかげで手持ちがあまり残っていないのだ。おまけに投擲用のナイフも大量に消費したから残弾も心許ない。
「もし行ってすぐに終わるなら付き合えない事もないけど……どうなんだ?」
「いや……下手をすると野宿する可能性もあるな」
「じゃぁパスだ。俺は門を有効化するついでに補給しに街に行ってくる」
ナイトは正式にキリトの誘いを断った。
その後も話し合った結果、キリトは自身の目的に従って森の方に向かい、アスナは効率良く行動しようとするキリトに付き合う事にした。ナイトは当初の目的通り街に向かい、ユウキもそれに倣うのだった。
「……向こうに付き合っても良かったんだぞ?」
森に向かう二人を見送る中、ナイトはユウキにそう言った。
「ん~向こうにも興味はあるけど……ボクはナイトのパートナーだから、ナイトと一緒に行くよ。それに……」
「それに?」
「ナイト、今お金あんまりないでしょ? ネズハの為にチャクラム高いお金で買ったから」
「あ~~ん~~……足りなかったら貸して下さい、お願いします」
「――――いいよっ」
素直に頭を下げてお願いをするナイトに、ユウキは満面の笑みで答えるのだった。
第三層が開通されて一日近く経った頃、『第三層攻略会議』が主街区《ズムフト》の町で行われた。
それまでの間に正式に結成されたSAO二大攻略ギルド、《アインクラッド解放隊》と《ドラゴンナイツ・ブリゲード》の両ギルドから勧誘という名の『要請』があったが、それは衆目の前で断った。言外にギルドを結成するなという警告を感じ取ったが、当面はその気は無かった。
両ギルドの面々に要らぬ反感を買った気がしないでもないが、ユウキが「気にしない」と言い、またそういう素振りも見せないので、ナイトも気にする事を止めた。
その後に起きた事で気にする事を忘れてしまったとも言えるが。
キリト達と合流して今後の方針を話し合おうとしたら、圏外の人目付かない道外れに連れてこられる。キリトは辺りを確認し、何も無い筈の空間に顔を向けて、
「…………いるんだろ、キズメル?」
そう声を掛けた。
すると、小鳥のさえずりと木々の葉擦れだけが聞こえる中で、不意にぱさりと布が擦れる音が聞こえた。音の元を探せば、そこには黒い肌と紫の髪を持つ黒エルフの女性が居た。そんな人が《隠蔽》状態で付いて来ていたのにも驚いたが、何者なのかカーソルを確かめた瞬間、総毛立つような感覚が襲ってきた。
「――ッ!?」
ナイトは息を呑みながら一歩跳んで距離を取って構える。ユウキも隣に跳んできていつでも斬りかかれるように剣を構えた。
カーソルの色は赤黒かった。カーソルの危険色を示す赤を通り越したその色は相手が完全に格上だと直感させられる。現在の自分達のレベルでは看破できないほど高レベルの人型モンスターの存在に警戒と、恐怖が頭をよぎった。
「ま、待って二人とも!? キズメルは敵じゃないわっ」
アスナが黒エルフとの間に割って入る。
アスナは黒エルフが敵でないと主張し、また黒エルフも未だに腰の剣を構えようともしなかった。それどころか「すまぬ。驚かせてしまったようだ」と、頭を下げる始末だ。
その姿に毒気を抜かれて構えは解いてしまったが、警戒は解かずにどうしようか考える。
「とりあえず……彼女は何者なのか? その事から説明してくれ」
まずは、この騒ぎを起こした張本人のキリトに説明を求めた。
曰く、キャンペーンクエスト開始の負けイベントで、まさかの勝利という結果から彼女の同行は始まったという。彼女は本来そのイベントでプレイヤーを庇って死亡し、死亡するNPCの使命をプレイヤーが受け継ぐのがキャンペーンシナリオの始まりだ。
その話をしている最中に黒エルフの女性――キズメルは「あの時のアスナの剣は鬼気迫るものがあった」と感想を語る。アスナは顔を赤くして否定するが、誰もがキズメルの言葉の方に笑って肯く。会話は弾み、和やかな雰囲気が出来上がっていた。
いつの間にか、警戒も何もしなくなっていた。ナイトはそれを思い出した時、ふと気づいた。NPC《キズメル》が普通に会話に参加している事に。先日、体術の仙人が以前と違った対応をしているのを目の当たりにしたが、キズメルはそれ以上に自然にプレイヤーの会話に混ざっていた。本来決まったルーチンで動くはずのNPCが、まるでプレイヤー――生きている人間の様に動いている。自然過ぎて見過ごしてしまいそうだが、これは異常だとナイトは思った。
何故キズメルがここに居るのか尋ねてみると、キリトとアスナの世話と警護という任務に就いていると言う。そんなNPCはベータ版の時には居なかったと、キリトに確認を取る。これがベータ版の時には有り得なかった展開だと知って、ナイトの頭にある考えが浮かんだ。
――キリトとアスナは、このキャンペーンクエストに専念してもらう事を。
理由は単純だ。この状況が正式版に追加された要素なら、それに合わせて追加情報を得られる可能性が高いと思うからだ。過去の二層でもボスの変更点について情報を得るポイントが存在していたと言う。この第三層にもそれが在るとして、それが得られる可能性が高いのはベータ版には無かった要素が関係していると考えるのが自然だ。
それならば、ナイトとユウキも協力してキャンペーンをクリアしにいった方がいいかもしれないが、もし同じギルドに組んでもいないプレイヤーが途中参加して、ルートから外れる――つまりキズメルの協力を仰げなくなってしまったら意味がない。下手に状況を変えるのには不安があった。
その事を四人で話し合った。その結果、キリトとアスナの組でキャンペーンのクリア。ナイトとユウキの組で通常の攻略に挑む事を決めた。
二人組に分かれたのだが、キズメルという追加戦力のいるキリト組と違って、ナイト組は二人のままだ。戦力バランスから不安の声がアスナから上がったが、キリトの持つベータ版の第三層の情報も共有させてもらい、決して無茶はしないと約束した。
互いの無事とクリアを目指して、手を交わす四人だった。
キリト達と別れてから三日が経った。
キリトから貰った情報のおかげで攻略は順調に進み、迷宮区に通じる洞窟に巣くうフィールドボスに攻略集団総出で挑み、一人の犠牲者も無くボスを撃破した。その時はキリト達もこちらに合流し、見事キリトがLAボーナスを掻っ攫ってキャンペーンの方に戻っていった。それについては流石と言おうか、何とも言い難いモノがあるが。
ナイトとユウキは迷宮区最寄りの町に向かおうかと思ったが、ズムフトの宿の滞泊期間がまだ残っていたのでもう一晩ズムフトで過ごすことにした。その夜の事だった。
「これで明日からは迷宮区の攻略だね」
「ああ。キリト達の方のクエストが完了する前に、宝箱根こそぎ取るつもりで行くぞ」
「そんなことすると、またみんなに文句言われるよ?」
「それならこう言い返すだけだ。遅い方が悪い、ってね」
広場の空いたベンチに二人並んで座り、夕食の木の実のパイと果物のジュースを口にしながら談笑する。キリトから貰った情報の確認も済ませ、しばし無言で食事をする時間が流れる。
静かな時間の中で、ナイトはとある会話を思い出す。パイに噛り付いたまま固まったナイトにユウキは気付き、声をかけた。
「ナイト、何か心配なことでもあった?」
「え? ああ……いや……大した事じゃない。…………三層に上ってくる時にこのゲームを話しをした事を思い出してさ……」
「ん、なんだっけ? え~と、「ここからがSAOの本番だ」ってやつ?」
「もうちょっと先。茅場晶彦の雑誌インタビューの話だ」
ああ、とユウキも思い出したように頷く。
SAOを特集した記事の中で茅場晶彦は「『ソードアート』とは、ソードスキルとソードスキルが織りなす光と音、正と死の協奏曲(コンチェルト)」だと語っていた。その話をした時、アスナは引っ掛かりを覚えていた。プレイヤー対モンスターの形式にそぐわないのではないか、と。
協奏曲とはオーケストラと独奏楽器とが合奏する曲。つまり多対一の形式の演奏曲だ。このSAOというゲームでは、プレイヤーはあまり多数の敵との戦闘を想定していない。ナイトは多数の敵を相手取る事はあるが、それはあくまで耐え凌ぐ事が目的。決して戦って勝つ事を考えていない。
協奏曲に例えるならボス戦がそれらしいが、それだとボスが主役で攻略プレイヤーは伴奏――引き立て役の様な扱いになる。時に伴奏は主奏と役割が逆転するものもあるが、何かがしっくりこない。だが、
「あくまでこのゲームを作った茅場晶彦が主奏で、俺達プレイヤーは彼の創った世界を彩る伴奏だと考えれば、しっくりきそうな気がして……」
「う~ん。何か納得できない。ゲームってプレイヤーが主役だと思うのに」
「まぁな。ただ、ゲームの世界に閉じ込められて、無理矢理デスゲームに挑まされた事を思えば、主導権は向こうにあるんだよな」
「うん……今茅場って人は、何してるんだろうね?」
「さぁ? この世界にとって神様みたいな人だから……ラスボスになって頂上からこっちを見下ろしてたりしてな?」
「ははっ――――だったら、てっぺんまで行って何か言いに行かないといけないね」
笑うユウキと顔を見合わせ、それも悪くない、とナイトも笑う。
二人仲良く談笑する中、その声は背後から掛けられた。
「仲良く話してるところ悪いが、少々良いかな?」
「「っ」」
突然声を掛けられた事に驚いて、慌てて後ろを振り返る。
そこに居たのは赤いコートを着た青年だった。ユウキには見覚えが無い顔だが、ナイトはつい最近会った事のある顔だった。
「ヒースクリフ……さん」
「やあ。数日振りだね、ナイト君。君達に頼みたい事があって声を掛けさせてもらったよ」
数日前、アルゴの誘いで会い、ネズハの名の意味を教えてくれた男がそこに居た。
「驚きました。ソロで行動していると伺ったあなたがここまで来ているのは……」
「第三層で戦えるレベルにはなったが、まだ最前線で戦えるほどではないよ。君達の方こそ、フィールドボスの攻略おめでとう」
ヒースクリフの誘いで適当な酒場に入り、彼の奢りでドリンクを飲みながら近況を話す。悪い人ではないと知っているが、彼と顔を合わせた状態でいるのは据わりが悪いナイトであった。
「それで、頼みというのは?」
「それなんだが……私もいずれギルドを立ち上げようと考えているのだ。それでギルドの結成クエストを受けたいのだが、第三層に来たばかりの私では無事にクリアできるのか不安があってね。そこで、君達に助力を頼みたいのだ。もちろん、助けてくれた礼はすると約束しよう」
「……ギルドを組む予定なら、ギルドに入る予定のプレイヤーと共に行くものでは?」
「ギルドは作るのだが、発足させるのはまだ先の話でね。私自身が力を付け、然るべき時が来たときに、改めてギルドメンバーを募ろうと考えているのだ」
「…………今急いでギルドを作る必要が無いように思いますが……」
「何事も早いに越したことはないと、私は思うのだよ」
一息つけるように、ヒースクリフは自分のドリンクに口を付けて喉を潤した。それに合わせてナイトも自分の喉を潤す。
「いや、素直にもう一つの目的を話そう。私は君達の力を見てみたいのだ。先日結成した二つの攻略ギルドの何れにも属さぬプレイヤーの力をね」
「……御自分が築くギルドに誘うメンバーの品定め、ですか?」
「そう思ってくれて構わんよ」
話す事は言ったとばかりに、ドリンクを一口飲むヒースクリフ。
困惑、とまではいかないがナイトは悩んだ。お礼は請求できるだろうが、特にメリットはない。が、デメリットもさほどない。明日から行く予定の迷宮区下層の攻略とそこにあるであろう他人に宝箱を取られてしまうだろうが、逆に言うとそれだけだ。一日自分達が行かなかったからといって攻略全体に大きな支障はないだろうし、少しくらい宝を取られるのも目くじら立てるような事ではない。
行っても行かなくても、ナイトには困るような事はない。だから、
「ユウキは、どうする?」
今まで一度も口を挟んでこなかったパートナーの意見を聞いてみる。
「ボクは…………構わないよ。困っている人の力には、なりたいし…………」
珍しく躊躇いがあるような感じだったが、ユウキから否定的な返事は来なかった。
それならばとナイトはしばし考えて答えを出した。
「分かりました。引き受けます。代わりに、報酬の方は弾んでもらいますね」
「ありがとう。それでは、詳しい話をしよう」
集合時間や行動予定のルート、アイテムの確認などをして、今日の所は解散した。
ヒースクリフが席を立ったのを見送ってから、ナイトはユウキに声をかけた。
「珍しいな。ずっとダンマリなんて」
「ゴメン。気を悪くさせちゃったかな?」
「今さらだから気にしてもしょうがない。それより、何かあったか?」
「ううん。ただ……あの人と顔を合わせると、何だか無性に落ち着かなくて……」
「……そうか」
戸惑いながら答えるユウキの頭を撫でる。言葉に出来ない苦手意識はナイトも抱いていたので、深く追及はしなかった。代わりに、あまり気に病んだりしないように言い、ユウキの気分が落ち着くまでナイトはユウキの頭を優しく撫で続けたのだった。
副題、原作組と別行動した理由(こじつけ)
原作組とは別イベントの小話だけで済ませるはずだったけど、なぜかダイジェスト感覚で第三層の攻略も付け足していた。
書きにいって言うのもなんだが、原作で軽く触れた程度のクエストの肉付けに四苦八苦している。まぁ頑張って書くんだけど、時間は大分掛かりそう。
では、また次回よろしくお願いします。
諸事情――ぶっちゃけ新作のスパロボ買ったんでそっちに集中してきます。