SAO 〜少女の盾を目指した者〜   作:火星の渡鴉

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少々遅いですが、新年明けましておめでとうございます。
これからも鋭意執筆を続けたいと思っているので、お付き合い願います。


24:遺跡の街 カルルイン

 街に戻ってきたのは、午後七時を回った頃だった。

 アインクラッド第五層主街区《カルルイン》は、フロア南部に広がる巨大な遺跡の中央部に築かれている。遥か昔に滅んだ街を、後からやってきた人達が再利用しているイメージだろうか。

 青みがかかった岩のブロックを積み上げて作られた建物はあちこち崩れかけているが、NPCが毎日掃除でもしているのか、崩れた瓦礫が溜まってるような感じはしない。街の中心部では革や布の天幕が道の両側に張り巡らされ、猥雑な活気を呈している。

 

「……この街、どこから圏内なのか解りづらいわね」

 

 突然視界に現れた【Inner Area】の表示を眺めながら、アスナは呟いた。

 表示が消えると同時に振り抜いて確認すると、半壊した石塀に囲まれた道が真っ直ぐ延びているだけ。境目と判別できそうなアーチやら柱の様な物は見当たらない。

 

「覚えておかないと、いざって時に混乱しそうだね」

「よっぽど切羽詰まってなきゃ問題は無いだろうけど……ベータの時はどうしてたんだ?」

「適当なプレイヤーが木箱とか積み上げて目印にしてたけど、そういうのって放置アイテム扱いだからそのうち腐って消えちゃうんだよなぁ……」

「へぇ……。じゃあ、安くて簡単には腐らないものを積んでおけばいいんじゃないの? 何かないかしら」

「あるよ。そのへんに落ちてる崩れたブロックとか」

 

 キリトが指差した方には、四角い石材が道端に幾つも転がっている。しかし、当然ながら左右の塀と全く同じ材質なので、積み上げてもさして目立ちそうにはない。

 

「……適当に積んだくらいじゃ気づきそうにないね」

「どっかからか自称芸術家でも来て、目に付きそうな前衛的なアートでも作ってくれないかな?」

「前衛的なアートってどんなのよ?」

 

 歩みを進めながら、この街の入口に相応しい門のデザインはどんなものか話し合う。誰もスキル枠は空いていないので、自分の手で作ろうという気はないのだが。

 

 転移門をアクティベートしてから既に一日以上が経過し、下層からも少なからぬ数のプレイヤーが移動してきているらしい。カルルカインの街の中心部では、ヨーロッパの民族音楽を思わせる笛の音が聞こえ、賑やかな人の声がそれに続いていた。

 そんな賑やかな中心部を離れ、怪しげな露店が軒を連ねる裏通りを右に左に曲がりながら四人は歩き続ける。先導するキリト以外は迷路のような道成りに現在位置が解らなくなっていた。メニューウインドウから地図を開いて確かめるが、まだ足を踏み入れていないエリア故に周囲はグレーアウトしていて、街の南側に居る事くらいしか解らない。

 それに対してキリトは迷路のような隘路を進む足取りに躊躇いは無い。ベータテストから四か月も経つ事を考えれば、大した記憶力である。

 

「もしかして、十層までの全部の街の地形を暗記してるわけ?」

 

 歩きながらアスナが問いかけると、キリトはひょいと肩を竦めた。

 

「全部って訳じゃないよ。四層のロービアとかは大分うろ覚えだったし……。けど、カルルインはなんか気に入って、十日くらい拠点にしてたからさ」

「ええー? どうせならロービアにすればよかったじゃない。あっちの方がずっと綺麗……あ……

「ベータの時は水が無かったって言ってたっけな。その時の景観なら、四層も五層もそう差は無いか」

「でも、ホームにするには、今のロービアも微妙だけどな……」

「そっか。水路だから、舟が無いと移動しづらいもんね。そう考えると、ちょっと面倒かも」

 

 そう談笑を交わしていると、辺りの雰囲気は大分変わっていった。露店は姿を消し、街頭代わりの篝火も少なくなってきて、あたかも街から遺跡へ戻ってしまったかのようだ。通りにはプレイヤーどころかNPCの姿もない。

 仮にここが現実世界なら、こんな薄暗い裏通りの道などに足を踏み入れようなどとはまず思わないだろう。ガラの悪いどころか、どんな得体のしれない輩と遭遇するか分かったもんじゃない。そんな所をアスナとユウキという美が付く少女達と迷わずに入っていく事が出来るのも、自分達が高いLVを有している事とアンチクリミナル・コードというこの世界における絶対の法があるのが理由にあるのだろうと、ナイトは今更ながらに分析していた。

 

 キリトのナビに従って、更に五分ばかり路地裏を歩き、木戸やらアーチを幾つか潜り抜けると、行く手に暖かな色合いの灯りが見えた。

 細い道の突き当りの石壁には、両側にランタンがぶら下がる木製の扉があり、その手前に小さな看板が立っている。

 それを見たユウキが歩くペースを上げ、アスナもそれに続く。先行した女子二人が見たのは、黒っぽい石材を薄板上に切り出したそれに【Tavern lnn BLINK&BRINK】と店の名前が浮き彫りになっていて、その下にチョークで本日のおすすめメニューが同じく英語で手書きされていた。

 

「ブリンク・アンド・ブリンク……?」

「Lのブリンクは「まばたき」のことだっけ……Rの方はなんだったかな……」

 

 二人が呟きながら看板のメニューを辿ると、一番下に日本語の注意書きがある事に気付く。

 曰く、【注意! お店に駆け込まないでください】

 それを見たアスナとユウキは顔を見合わせて首を捻っていると、キリトとナイトが追いついてきた。

 

「Rは「崖の縁」とか「瀬戸際」って意味だったと思うが……店に付けるにしては不吉な単語じゃないか?」

「その意味は、入ってみれば解るよ。ほい、どうぞ」

 

 キリトは手を伸ばし、扉に取り付けられた鋳鉄のリングを握ってグイッと引っ張った。途端、扉の向こうから冷たい風が吹き寄せてきた。

 風はすぐに止み、先頭にいたユウキから順に中に入る。

 扉の先は、四角いテラスになっていた。正面と右側は鉄製の手すり、左側はレストランの建物に接している。石造りの遺構を木材で巧みに補修してあり、カントリースタイルの大きな窓と相まって中々素敵な雰囲気を生み出している。

 しかし、内装を知っているキリトを除く三人の視線は正面のテラスに吸い寄せられていた。石敷きのテラスを横切り、正面の突き当りまで移動し、腹の高さ程度の手すりの先に広がる光景に言葉を失う。

 

「…………なに、これ…………」

 

 アスナが掠れ声で独りごちる。

 

「まあ、空だな」

 

 手すりの前に立つキリトがそう言ったように、空、それ以上にこの光景を表現する言葉は存在しない。

 右手は墨のような漆黒、そこから濃紺、藍色、青紫を経て左手にほんのり残る夕焼けの茜色に至る広大な夜空が視界いっぱいに広がっている。見上げれば、今にも光の雨が降ってきそうなほどの星空。そして見下ろせば、星明かりを受けて淡く輝く無限の雲海。

 頭のつむじから爪先までが痺れ上がるほどの絶景に、声もなく見入り続ける。

 

「……なるほどね。こんな景色が見れるのも、崖の縁にあればこそ、か」

「……ボク、外周にこんなに近づいたの、初めてだよ」

 

 感激から帰ってきたユウキが胸に手を当てながらそう言葉を漏らす。

 素晴らしい景色と引き換えに、現実では問題しかなさそうな立地だなとナイトは思ったが、感動に水を差すと思ってその言葉を呑みこむ。

 テラスの左右は高い塀がゆるく湾曲しながら延び、その奥で巨大な支柱がそびえ立っていて、百メートル上空の次層底部に繋がっている。つまりこの店は、BRINKの店名の通り、アインクラッドの崖っぷちぎりぎりに立っているのだ。

 

「俺も、ベータテスト以来かな……。一層の《はじまりの街》にもこんなふうに外周に突き出した展望台があるんだけど、あそこにはほとんど戻ってないからな」

「……念のため聞くけど、ここから飛び降りたらどうなるワケ……?」

「うーん……」

 

 キリトは即答せず、手すりから上体を乗り出して真下を覗き込もうとした。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 その行動に驚いたアスナが反射的にコートの襟首を掴み、思い切り引っ張る。ぐえっ、という声を出しながらテラスに戻ったキリトは、大きな苦笑いを浮かべた。

 

「いくらなんでも試したりしないよ」

「あ……あたりまえでしょ! 危なっかしいことしないでよね!」

 

 悪い悪い、とキリトは言って、ベータの時には外周部から落ちたら、落下中に《You are dead》の表示が出て、はじまりの街の黒鉄宮で蘇生された事。この柵もテラスも破壊不能オブジェクトだから、現実世界の似たような場所よりずっと安全だと話す。

 

「まあ……そう言われればそうかもだけど」

 

 そうアスナは頷き、握ったままだったキリトのコートを離す。すると片手剣使いは、指を一本立てて付け加える。

 

「あ、そうそう。ベータ時代に、この店のバフつき限定メニューを注文するために開店と同時にさっきのドアから全力ダッシュで駆け込んで、曲がりきれずにテラスの外に転がり落ちた奴がいたから、それもいちおう注意な」

「…………注意書きの意味を理解した。既に前例があった訳ね……」

 

 景観を損ねるが、安全の為に何か施した方が良いんじゃないかとナイトは考える。尤も、注意書きを守り、危険な行いをしないのが、景観も守る事が出来て一番なのだが。

 

「さあ、ごはんにしよ。せっかくだからテラス席で食べたいな」

 

 アスナは相棒の片手剣使いの革コートを、今度は軽く引っ張りながら言った。

 

「もちろん。ベータの時はこの外テーブルも大人気だったんだぜ、主にデート目的の連中に。そんな奴らに混じってバフ目的で早食いする時のわびしさったら……」

 

 外周に一番近いテーブルの椅子に座ったキリトがそんな風にぼやく。それに、

 

「じゃ、偶然にもダブルデートみたいな形で座る事が出来た訳か? 良かったな、キリト」

 

 と茶化す様にナイトが答えた。

 その時、テラスから冷たい風が吹きつけた。気がした。

 場が凍りついたかのように沈黙が訪れる。ナイトとしてはにべもなく払い除けられると思っていたが、予想外の反応に戸惑いを隠せない。

 

「ちっ、違うわよ! 別にこれ、デートとかそういうんじゃないからね!」

「あ、ああ、分かってる。軽い冗談のつもりで言って悪かった」

 

 アスナが鋳鉄のテーブルをドスンと叩きながら否定の言葉を言う。顔が赤くなっていたが、今その理由を聞こうと思う者はいなかった。

 そこで、テラス西側の店舗の扉がおもむろに開かれた。

 おそらく、テーブルを叩く行為が店員を呼ぶアクションだと判定されたのだろう。黒のエプロンドレスを着たNPCウェイトレスが足早に歩み寄ってきて、いらっしゃいませ、と一礼してからテーブルにお冷やのグラスを置く。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「あっ、ちょっと待って……」

 

 アスナは急いで卓上から、銅板に羊皮紙を貼ったメニューを取り上げた。隣の席に座るユウキも一緒にメニューを覗き込む。行儀が悪くて気が引けるが、ナイトは隣のテーブルからメニューを拝借してキリトにも見えるように広げる。

 

「えーと、この《シュブル・リーフと十種チーズのサラダ》と《あつあつグラタンスープ》と《ポロポロ鳥のロースト、丸パンつき》を下さい」

 

 英語と日本語併記のメニューを、アスナは視覚と直感をフル回転させて五秒で決断を下し、メニューをユウキに渡す。

 他に客も来てないのでNPCを待たせるくらい問題ないだろうが、メインディッシュを牛や豚など別の肉料理に変えただけで他はアスナと同じものを頼んだ。

 

「あと、《フィックルワイン》のボトル一つ。食後に《ブルーブルーベリータルト》四つとコーヒーを……」

「俺は紅茶で」

「あ、ボクも紅茶の方がいいな」

「じゃあコーヒー二つと紅茶を二つ」

 

 最後にキリトが追加で告げた。ウェイトレスが注文を完璧に復唱してから立ち去ると、アスナはふうっと息を吐いた。

 

「……新しい層に上がってすぐは初めて見る食べ物ばっかりだから、オーダーするのもギャンブル感覚よね」

「素材の事はいっそ開き直るしかないが、調理法が分かればそうそう外しはしないだろ」

「それよりさ、さっき追加で頼んでたのがバフつき限定メニューなの?」

「もちろん」

「ね、それってどんな効果?」

「それは後のお楽しみということで」

 

 にやにやするキリトをアスナは軽く睨み、絶対最初に毒味をさせようと決意する。

 そうしている間、早くも料理が届き、テーブルの上に並べられる。

 サラダとスープ、メインディッシュはどれもおおよそ予想した通りの雰囲気だった。キリトが指でワインの栓を抜き、まずアスナの前のグラスにほんのり金色がかった液体を注ぐ。

 何やら奇妙な名前だったが見た目は普通の白ワインなので再びホッとした。のも束の間、キリトのグラスに注がれた液体はピンク色で、しかも泡立っている。

 

「……どういうトリック?」

「種も仕掛けもございません」

 

 キリトは再びにんまり笑って言う。

 ボトルをナイトが受け取って目の前のグラスに注ぐと、赤い液体がグラスを満たす。次いでユウキのグラスに注がれたのは、ほんのり金色がかった液体が泡立っていた。

 

「このワインは、注ぐたびに赤・白・ロゼと甘口・辛口・スパークリングがランダムに変わるんだよ。フィックルってのは《気まぐれ》って意味らしい」

「なら、そっちのはロゼのスパークリングね。わたしのは……」

 

 グラスを持ち上げ、キリトのそれと軽く触れ合わせてから一口含む。きりりとした冷たさとすっきり引き締まった味わいが味覚を心地良く刺激する。

 

「……白の辛口だった。うん、おいしい」

「へええ~……」

 

 そう呟くキリトの、何やら探るような目つきにアスナは軽く眉を寄せる。すると片手剣使いは慌てたように目を逸らし、咳払いしてから言う。

 

「いや、その……ワインとか飲み慣れてるのかなーって」

「まあ、ちょこっと味見くらいはね……」

「へえ、なんか意外だな。アスナってそういうことしそうにないって思ってたから……あ、思ってたより飲みやすいや」

「そ、そうしから?」

「まぁ規律をしっかり守ってそうな委員長なイメージがあるからな。未成年の内から酒を嗜んでるとは思わないわな……甘い赤。ボージョレヌーボーみたいなもんか?」

「ほ、ほんとにちょびっと。興味で舐めてみた程度よ。あなた達だって、お父さんのビールをちょっと飲んでみたりしてたでしょ」

 

 ついムキになってしまったのか、アスナは顔を赤くして男子二人を指差して言う。

 

「まあ、な。正確には母さんのビールを、だけどな……」

「水と間違えて日本酒を呷ったのが初めてだったな」

 

 そう答え、男子二人はカラカラと笑った。

 

「もう……わたしが真面目なのは認めるけど、そんな四角四面な人間ならSAOに手を出したりしてないわ」

 

 その言葉を聞いて、三人は一様に頷いた。

 そう話してから、これらがリアル情報であるとアスナは気付いた。しかも、かなりセンシティブなものだ。

 

「ご、ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ……」

「――――はぁ。気にし過ぎだ。ちょっとした世間話くらいで一々咎めたりしないよ」

 

 失言を気にして恐縮するアスナに、ナイトは目に見えて呆れた溜息を吐いてみせる。

 

「そうだな、本当に話したくない事ならこっちから言うからさ。そんな難しく考える必要ないよ」

 

 そう答えたキリトは視線を右側の夜空へと向けた。アスナもつられて空を見上げ、しばらくしてからハッと両眼を見開く。

 

「あそこに斜めに並ぶ三連星って、もしかしてオリオン座の三つ星? だとすると左上の赤い大きな星はベテルギウスで、そこからずっと左に離れた場所で輝く星はこいぬ座のプロキオン。二つの星の真下にある青白い星はおおいぬ座のシリウスね。つまり、あの空に浮かんでるのは冬の大三角……」

「……現実世界と同じ星座があそこに見えるんだ。作った人はスゴイね……」

 

 アスナの説明を追いながら星空の鑑賞をするユウキの呟きに、アスナは強く両眼をつぶり、俯いた。

 何か胸を鋭く突き刺すものがあったのか、アスナは右手をブレストプレートに強く押し当てていた。それを見ていたキリトが何か口を開こうとしたが、アスナは素早くかぶりを振り、囁いた。

 

「何も言わないで」

「…………」

「……わたしは、レベル16フェンサーのアスナ。……そのことは、ちゃんと分かってる……大丈夫だから……」

 

 アスナの喉から出てきた言葉は聞き取り難いほど微かだったが、少しして落ち着いた声が響いた。

 

「うん……解った。ごめんな」

 

 それを聞いたアスナはもういちど首を横に振った。しばらくすると、深呼吸して顔を上げる。

 

「わたしこそ、変な空気にしてごめん。……さ、ご飯たべよ。冷めちゃうわ」

 

 アスナの言葉を気に、食事が始まった。

 メインだけだが、それぞれ違うのを頼んでいるだけに少しずつシェアして料理を味わう。少々慌ただしく食べた料理だが、総じてちゃんと美味しく、楽しい食事だった。

 テーブルに並べられた料理が無くなったタイミングで、ウェイトレスがデザートを運んでくる。

 

「……見た目は、普通のブルーベリー・タルトね。これが例の……?」

「そそ。バフつき限定メニュー」

「……ブルーブルーベリーって、名前にブルーが一つ多いからかな? 現実のブルーベリーより青色が濃い気がする……」

 

 テーブルに置かれたタルトを観察しながら口々に言う。照明がテラスの四隅に吊るされたランタンだけなので仔細には解らない。

 とりあえず、三人の視線がキリトに集まる。アスナがキリトに毒味を提案して、それにのったのだ。

 キリトは苦笑を浮かべながら最初の一口をあんぐりと頬張る。その様子を観察し、毒だの呪いだのにかかる気配が無い事を確かめると、三人もフォークを手に取り、思い思いにタルトを切り取って口に運ぶ。

 

「あ……おいしい」

「……いいね。《トレンブル・ショートケーキ》の様なインパクトは無いけど、味の方は甲乙付け難いな。好みで言えば、こっちの方が上かもな」

 

 と呟いてしまうほど、タルトは美味だった。爽やかに甘酸っぱいフレッシュブルーベリーの下は濃厚なカスタードクリームで、さくさくしたタルト生地と実によく合う。

 飲み物で舌を洗い、大満足の溜め息を吐く。その瞬間、視界左上に支援効果アイコンが点灯した。

 

「バフ付いたね。目のマークっぽいけど、どんな効果なの?」

 

 点灯した四角い枠の中には、ぱっちりした目のマークが描かれている。視覚に作用するバフだと思われるが、さして視力が上がったようにも、夜目が利くようになったようにも思えない。

 

「テラスの床をじっくり見回してみな」

 

 キリトにそう言われ、首を傾げつつもテーブルの下の石畳に視線を落とす。あちこちきょろきょろと検分していると、テラスの隅で何かがぼんやり光っている事に気付く。

 

「……あそこに、何か……」

「あ……あっちでも何か光ってる」

 

 足の速いユウキが飛びつくように発行物体に近付いて拾い上げると、それは一枚の銅のコインだった。もう一つの方を拾い上げてみると、そっちは銀のコインだった。

 ユウキは椅子に座ってテーブルにコインを置く。

 

「……百コル銀貨かと思ったら図柄が違うな。裏も……見た事のない紋章だけで、数字は無いな。銅の方は……一回り小さいだけで同じ図柄か」

 

 テーブルに置かれたコインを手に取って検分するナイト。日頃見慣れた図案化された浮遊城ではなく、横に並ぶ二本の樹という図柄が、今アインクラッドで流通する物とは違う事を物語っているのではと考える。つまり、

 

「使えるのか、これ?」

 

 そんな疑問がナイトの口から漏れる。その疑問にキリトは、そのままでは使えない、と答えた。

 

「じゃあ、これってゴミ?」

「まさか……《遺跡》っていうのは、カルルインの街を作ってる道や建物みたいな《遺構》と、他にもういっこ重要な要素から成り立ってるんだけど、なんだと思う?」

 

 いきなり歴史の教師みたいな質問が出される。久々にお勉強脳を起動したアスナが、それっぽい言葉をひねり出す。

 

「……出土品?」

「惜しい! だいたい合ってるんだけど、正しくは《遺物》だな。遺構と遺物、合わせて遺跡……つまり遺跡の街カルルインには、大昔の道やら塀だけじゃなくて、そういうちっちゃい遺物があちこちに落ちてるんだ。いまはまだ話が広まってないけど、あと一、二日もすれば下層からプレイヤーがいっぱい上ってきて、街じゅうで遺物拾い祭りになると思うよ」

「へえええ…………」

 

 その説明を聞いたユウキが目を輝かせた。そして目聡く新たに輝く光源を見つけて、シュパッと移動して拾い上げる。

 

「……今度のは、イヤリングかな?」

 

 特に飾り気のない金属製の輪っかをテーブルの上に置く。

 

「なんか宝探しみたいでワクワクするね」

 

 その言葉通りワクワクと、目に見えてユウキの身体が逸り出している。それを見たキリトがにんまり笑った。

 

「ここで遺物拾いにハマるとヤバいぞ。普通のゲームなら小マップにアイテムの位置が表示されたり、画面内で光ったりしてくれるけど、SAOは単に落っこちてるだけだからな……。こんなちっちゃいコインを見つけようと思ったら、どんだけ大変か想像できるだろ?」

「え? でも、今わたしたちにはちゃんと光って見えるよ……」

「――ああ、そういう事か。つまり《ブルーブルーベリータルト》のバフ効果って、この落ちてる遺物が見えるようになるのか」

「イエス。それは《遺物発見ボーナス》で、カルルインの街中でしか効果がないけど、落ちてるコインとか宝石とかがぼんやり光ってみえるという大変お得な……」

「宝石?」

 

 キリトの解説を遮って、アスナは問い質した。

 

「う……うん。まあ、金貨とか宝石とかは相当にレアだから、発見バフかかっててもなかなか見つからないけどな……。更にレアなとこだと、マジック効果つきの指輪とかネックレスとか……」

「指輪? ネックレス?」

「…………う、うん」

 

 何やら微妙な表情を浮かべるキリトから視線を外し、卓上のコインと推定イヤリングを見据えたアスナは、五秒ほど内なる葛藤を繰り広げてから言った。

 

「…………わたしも、遺物拾い祭りやりたい」

 

 レディーの行いとしては如何なものかと思わなくもないが、さして気にするような事でもないのだろう。それに、せっかく金を払って食べたタルトの支援効果を無駄にするのももったいない。

 

「俺も賛成だ。タルト食べた記念ついでにプチ宝探しにでも興じないか?」

 

 それを聞いたキリトはいっそう微妙な顔をする。それを見て不思議に思ったユウキは訊ねた。

 

「ねぇキリト。もしかして、遺物拾いしちゃマズイの?」

「い……いや、そんな事はないけど……」

「ていうか、あなたはどうしてそんなにやる気なさそうなの? むしろ、街が混む前に根こそぎ拾いまくるぜー、みたいなタイプだと思ってたけど」

「し、失礼な……まあ、まったくその通りだけど……」

 

 片手剣使いは、歯切れの悪い口調でもごもご答える。

 

「俺もこういうのは大好きだけど、ベータの時にちょっと悲しい記憶が……。んー、でもまあ、街中でやってるだけなら大丈夫か……」

 

 何かが自己解決したらしく、キリトはよし、と言いながら立ち上がった。

 

「ちなみにこいつは?」

「その通称《カルルコイン》とかは、街のNPC両替商でコルに交換して貰えるよ」

 

 それを聞いてナイトがテーブルに置かれた遺物を回収する。

 食器を片付けにきたNPCウェイトレスに、ほとんど無意識に「ごちそうさま」と挨拶してから、再び大きな扉を開けて外の通りへ出る。まだプレイヤーの姿は見えないが、この店のバフつきタルトの事が《アルゴの攻略本》に載ったら、ベータの時のように行列ができるのだろう。

 

「このバフって、有効時間どれくらい?」

 

 アスナが歩き始めながら訊ねると、キリトはなにやら子供をあやす大人じみた表情と口調で答えた。

 

「焦らなくても大丈夫だよ、たっぷり一時間もあるから」

「街の広さを考えると十分なのか判らないな。……あのタルト、テイクアウトできないのか?」

「残念ながら、お店で食べないとバフが付かないんだよな。しかも一人一個限定、一日三十個限定」

「ふうん……じゃあ、買い占めて転売みたいなことは不可能なわけか」

 

 アスナが呟くと、隣を歩いていたキリトがわざとらしく体を引く。

 

「うわぁ~、さすがの俺もそこまでは考えなかったなぁ~」

「ちょ……わたしがやるなんて言ってないでしょ! 不可能でよかったって意味よ!」

 

 アスナは黒コートの肩を小突きながらも、視線を地面に走らせるのは忘れない。しかし今の所、光る物は発見できない。

 

「……意外と見つからないね。さっきのテラスだと簡単に見つかったのに……」

「あれはかなり珍しいよ。道路は遺物が少ないし、NPCの店や住宅の屋内はほぼゼロ。狙い目はあちこちの広場とか神殿、あとは住民に利用されてない、ほんとの遺跡っぽい場所だな」

「ふうん……。――遺物って、いったん拾われたらそれっきりなの?」

「ベータの時は、サーバーメンテが入るたびに復活してたけど……正式サービスになってから、サーバーが止まるようなメンテって一度もないからなあ……」

「だとすると、一度拾われた遺物はそれっきりの可能性もある訳か………………使えないかもな」

 

 遠くを見ながら、ナイトは溜息を吐いた。最後の呟きは小さく、誰の耳にも入る事は無かった。

 

「まあ、そうかもな」

「じゃあ、のんびりしてる場合じゃないね! 広場とか神殿だっけ? 早く行こう!」

「そうね。バフの時間もあるし、時間は有効に使わないとね」

「へいへい、了解。確かそこの角を左に曲がってしばらく行ったところに、よさげな神殿跡が……あっ、こら、危ないので走らないでくださーい!」

 

 とキリトは叫ぶが、まだ見ぬ遺物に思いを馳せた少女達は、仲間を置き去りにしてダッシュする。

 楽しそうに駆け出すその背を見て、ナイトは肩を竦めながら苦笑する。

 そして、ナイトとキリトも互いに顔を見合わせると、頷き合い、自分達も遺物を探しに走り出すのであった。

 




これで約一万字。思ったより話の進みが遅い。
今のペースだと少々話数が嵩張りそうなのが気がかりだが、一先ずは変に気にするのは止めておく。

次回はぼちぼち遺跡の中を堪能できるようにしたい所。


感想、指摘、その他色々お待ちしております。
では、また次回。
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