SAO 〜少女の盾を目指した者〜   作:火星の渡鴉

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25:遺物と地下墓地

「お、小さい金貨見っけ」

 

 神殿近くの広場を散策していたナイトは、目に映る発光物体を拾っては一喜一憂する。

 タルトを食べたついでで始めたような遺物拾いだが、硬貨だけでなく宝石や何かマジック効果のありそうなアクセサリを見つける度に湧き立つ思いは、本来価値の無いガラクタでも宝物のように扱っていた童心の時を思い出させる。

 想像以上の懐かしさと楽しさの前に、思わずハマってしまいそうだ。

 

「あ、綺麗な宝石……」

 

 近くで遺物拾いをしていたユウキが拾った遺物を見て呟く。その手にあるのは赤い斑点が有る濃緑色半透明の石だ。楽しげに遺物拾いをするユウキだが、時折宝石や指輪などを拾うと目を奪われたように眺めている時がある。

 

「やっぱりユウキも、そういうのには心惹かれるか?」

「むぅ。ナイトはボクをなんだと思ってるの? ……自分でも柄じゃないと思ってるけど、ボクにだってこういう綺麗な物に憧れる気持ちはあるんだよ」

 

 むくれるユウキを前にナイトもすまない、と素直に頭を下げる。ユウキも本気で怒った訳でもないから、すぐに許して遺物拾いを再開した。

 その後にいくつか硬貨を見つけた所で、バフのアイコンが点滅を経て消えた。最後にもう一度遺物らしい物が見えない確認して、二人はキリト達が居るであろう神殿跡に向かった。

 

 

 四人は合流した所で、近くにあるひび割れたベンチに腰を掛ける。それぞれ成果を畳んだ毛布などの上で綺麗に並べ、遺物という名のお宝の数々を眺める。

 

「――なるほど、確かにハマるとヤバいわね、これは」

「だろ? ベータの時なんか、レベルアップを放棄して、ここで遺物拾い専門になっちゃった奴までいたんだぜ。敬意を込めて《ヒロワー》とか呼ばれてたけど」

「それ、本当に敬称なの?」

「まぁ追及してやるな。で、これの成果は幾らぐらいになりそうだ?」

「う~ん…………」

 

 キリトは毛布の上から赤い宝石を一つ摘み上げて、掌に転がしながら唸る。

 

「宝石やアクセサリー類は鑑定してみないと解らないが、これだけあれば総額で一万はいけそうだな?」

「おぉ。お遊びの臨時収入にしては悪くないな」

「う~ん。でも……ボクたちがこんなに取ってよかったのかな? 戦えない人たちでも稼げるチャンスっぽいのに……」

 

 ユウキが悩ましげな様子で呟く。ユウキの言う戦えない人が誰を指しているのか、ナイトには想像できた。が敢えて何も言わずにいた。

 

「気に病むことはないよ。俺たちがいま拾ったのは、この街に落ちてる遺物全部と比べれば、本当にちっぽけなもんなんだからさ」

「あ、大丈夫だよ。別に後悔してるわけじゃないし、すごく楽しかったよ。けど、ボクたちはキリトから色々なこと直接教えてもらっていて、なんだか申し訳ないなって思って……」

「…………そっか」

 

 そのユウキの言葉を聞いて、キリトは神妙そうに頷く。ストレージから空の革袋を取り出し、コインやアクセサリーを全て収納しながら、いつになく優しい声で続ける。

 

「まぁ、気に病む必要ないって言ったのは、本当のことだ。街の中にはこんな神殿や広場があちこちにあるし……」

「そうね。この街、思ってるよりずっと広いものね……」

「それに、遺物が復活しないって決まったわけじゃないし……」

「検証しておきたい案件だな。街の中で稼ぎ続けれると出来ないとじゃ、大分話が違うからな」

「だな。そもそも街中の遺物拾いは、カルルインのトレジャーハントとしてはただのオマケみたいなもんなんだ」

「…………うん…………うん?」

 

 ユウキが頷きかけた頭を停止させ、横に傾ける。

 

「それって、どういうこと?」

「ほら、転移門広場でも、他の場所でも、DKBやALSの連中をぜんぜん見かけないだろ? こう言っちゃなんだけど、あの連中こそ、攻略資金の足しにって言って遺物を根こそぎ拾っちゃいそうな感じなのにさ」

「…………まあ、確かに……」

 

 これから先も攻略を続けていく上では先立つものは当然あった方が良い。横暴かもしれないが、リソースの限られているものを早い者勝ちで取っていく事に文句はあれど、責められる筋合いはないのだ。

 となると、街中でトレジャーハントを行わない。もしくは行う必要がない理由があるのだ。それは、

 

「街中がオマケって事は、他に本命があるって事か?」

「そそ。カルルインの街の下には、とんでもなくでっかい地下墓地……まあダンジョンだな、それが広がっててさ。浅いとこは圏内だからトレジャーハントはそっちが本命で、正直、街中で拾える遺物なんてたかが知れてるんだよな」

「…………へぇ?」

「だからさ、これくらいで罪悪感覚える必要なんか全くないんだよ。さ、鑑定屋に行ってから金に換えて山分けしようぜ。そのあと武器屋に行って、まずは装備のフルメンテを……」

「あなたねぇ……」

 

 アスナは心底呆れたように溜息を吐く。その右手をプラプラと振りながらキリトに近寄る。

 

「あ、アスナ……さん。何を……」

「そういう大切な事は――――先に言いなさいよねっ!!」

 

 しなりの効いたアスナの右張り手がキリトの左頬に炸裂――する寸前でアンチクリミナル・コードの障壁を発動させ、衝撃音と共に発生した紫色の閃光が神殿跡を鮮やかに照らし出した。

 

 

 

「ああ~ヒドイ目に遭った……」

「自業自得だよ。キリトってば大事なこと話しててくれないんだもん」

 

 気になる事柄があっただけに、肝心な所をもったいぶられてユウキも憤慨する思いだった。本当に何も気にする必要がなさそうだと分かって自制したが、アスナが手を出さなければ自分が手を出していたかもしれなかった。

 キリトの制裁がすんだ所で、プロパティ不明アイテムの鑑定を行う為に、鑑定スキルを取っているプレイヤーかNPCの鑑定師を探す。現状、前者に心当たりはないので、キリトの案内でカルルインの商店街に看板を出しているNPCショップに拾った遺物を持ち込み、宝石類とアクセサリーを鑑定してもらった。

 宝石類は全て換金に、効果のあるアクセサリ類を話し合って分けるかと思ったが、キリトは既にキャンペーンクエストで手に入れた指輪を両手に装備しているので辞退した。《燭光》という見慣れない効果がついている指輪がアスナの目に留まり、それをアスナが受け取り、残りをナイトとユウキで分ける事で合意した。

 鑑定屋にほど近い道具屋で残りの遺物を売り、並びの両替屋でカルルコインをコルに替えてもらうと、総額は約一万三千コルとなった。四人で割るには細かい端数が出るので一人頭三千コルで分け、アクセサリ類をほとんど受け取らなかったキリトとアスナに残りの端数分を分け合って貰う事で、配当は済んだ。

 

「ねえ、アインクラッドに魔法は存在しないのよね?」

 

 鍛冶屋に向かっている途中、アスナはそんな話を切り出した。

 

「ん? ……ああ、キズメルはそう言ってたな。エルフには《大地切断》以前のオマジナイがあるけど、俺たち人間にはそれもほとんど残ってないとか……」

「《大地切断》って、キャンペーンのバックストーリーの事だっけか? 確かストレージの事も彼らの中では人間に残された魔法って扱い、だったか?」

「ええ、そんな話よ。でも、わたしたちにすればこれを魔法って呼ぶのに疑問があるのよね」

「そうだな。……それで、俺らが考えるような魔法は無いって話だけど……」

「それなんだけど、さっきのタルトのバフは現象的には完全に魔法よね? どういう理屈なのかしらって……」

「あー」

 

 キリトは頷くと、にんまり笑う。

 

「……それ、俺も今日ようやく気付いたんだけどさ……だからブルーブルーベリータルトなのかな、って」

「それって、どういうこと?」

「ほら、ブルーベリーのアントシアニン色素って、眼にいいって言うだろ? ブルーが二個でアントシアニンも二倍、だから眼がよくなって遺物を見つけやすくなるっていうハナシなら、魔法じゃないと言って言えなくもないという……」

「ブルーベリーは眼に良いんじゃなくて、眼精疲労に効くっていうけどな」

 

 得意げに話すキリトの横からツッコミが入る。

 

「へぇ…………。でも、目の疲れが取れたくらいで急に遺物が光って見えるのも変だね」

「何でも、昔ブルーベリーを毎日欠かさず食べるパイロットが居て、そのパイロットは夜の暗い空の上でも敵の飛行機の僅かな光が見えていたって話があるらしい。その逸話からすれば、ブルーベリーを食べて硬貨の僅かな輝きでも見えるようになったと思えば、バフの効果に一応の説明は付くな」

「そうなんだ」

「フウン…………よくそんなこと知ってるわね?」

「日頃眼を酷使する事が多いもので……」

 

 眼を指差しながら苦笑して言うナイト。

 その眼を酷使する理由に目星がつくのか、あ~とキリトもボヤく。

 

「じゃあ、《トレンブル・ショートケーキ》の幸運ボーナスの方は?」

 

 同様にバフ効果のあったケーキの事を思い出してユウキは訊ねてみる。

 ナイトは首を捻りながら頭の中を絞り出し、 

 

「確か、吉兆の前兆に牛に関わるものがあったはず。それとヒンドゥー教だと牛は神の使いらしいな。その辺りを考えれば、あのケーキは牛の材料を使った特別な品って事で、縁起の良い物って位置づけにしたんじゃないか?」

「……考えてみれば、意外とちゃんとした理由が出てくるのね……」

 

 そんなバフ付き料理の理由を考えてみる。フレーバー知識だから知らなくても問題ないが、予備知識があれば効果の想像もついて悪くはない。

 不意に見上げた空――上層の底は星明りでぼんやりと光っている。現在時刻を確認すれば、夜の九時半。良い子なら就寝するような時刻だ。

 

「少し早い気もするが、今日は上がるか?」

「いや~、俺の方はちょっと四層に用がある」

「ん? 何かやり残したことあるの?」

「ああ。五層の攻略を本格的に始める前に、子爵様に――キャンペーンの報酬アイテムもらいに行かないと」

「あ、そっか。そうだったわね」

 

 聞けば、四層のヨフェル城攻防戦の後、城主ヨフィリスは二人に大変魅力的な報酬アイテムのリストを提示してくれたのだが、欲しいものを選択する直前に攻略集団がフロアボス攻略に出発したという情報が入り、報酬は後回しにして迷宮区へと急行したのだ。アイテム受け取りに時間制限はないだろうが、早めに受け取りに行くに越した事はない。

 

「とはいえ、今から行くとなると少し遅くないか?」

「ん~、そうだけどなあ……俺も、早めに次の剣を手に入れないとだしな……」

「あれ、その剣は使い続けないの?」

 

 ユウキがキリトの背中に装備された《エルブン・スタウト・ソード》を指差しながら訊ねる。

 第四層で壊された《アニールブレード》に代わって、森エルフの将軍格が使っていた剣を奪った物で、中々の業物らしいのだが。

 

「それ、かなり強いんでしょ?」

「強いんだけどさ……ただ、強化試行回数がたったの一回なんだよな。成功しても、そう長くは使い続けられない」

「そううまい話もないか。もったいない気もするが、当てがあるなら早めに変えてしまった方がいいか……」

「そういうことだ」

 

 苦笑し、キリトは勢いよく頷いた。

 

「まあ、今日の所は転移門でロービアに戻って、今夜中に素材だけ集めときたいな」

「素材……あ、あー、そうか……」

 

 四層の水路を移動するには、ゴンドラが必須だ。しかし愛船のティルネル号は、目的地のヨフェル城に係留したままになっている。後にナイト達が作った舟も迷宮区最寄りの村に係留している。主街区から闇エルフの城まで移動する為には、舟をもう一艘作らなくてはならないのだ。

 

「素材集めするならボクたちも手伝うけど?」

「いや、いいよ。俺たちの用事だから、自分たちだけで何とかするさ」

「そうね。船大工のロモロさんにもまた会いたいし……もいっちょ、頑張りますか!」

 

 アスナが気合を入れてぐっと拳を握ると、ナイトが少々呆れたような顔で口を挟んだ。

 

「ちょっと行き来するだけなんだろ? また《幻の熊脂》とかを集めて舟を作るのは非効率だぞ?」

「分かってるわよ。ちゃんとフツーので我慢するから」

 

 その言葉を聞いたキリトが露骨にホッとした。

 そんなキリトの肩をつついて足早に転移門広場に向かうアスナを、ナイト達は手を振って見送るのだった。

 

 

 

 

「さて、これからどうする?」

 

 四層に向かったキリトとアスナの姿が見えなくなった所で、ナイトはそう切り出した。

 時間的には少し早い就寝にしても良いが、あの二人がもう一仕事するのかと思うと、自分達もついでに何か始末してしまおうかなという気分になる。

 

「うん……なにか簡単に消化できそうなクエストないかな?」

 

 ユウキの言葉で寝る、という選択肢は消して、進行中のクエストログを確認する。

 その中でクエストとしては微笑ましいものを見つけ、ウインドウを可視モードに変更して、クエストタブの受注済みリストをユウキに見せる。

 

「この《迷子のジェニー》ってのはどうだ? ログを確認した所、ペットの散歩に出たっきりの女の子を探してくるやつみたいだが……」

「よし、それにしよう」

 

 即決だった。どうするか悩まなくてすむのは良いが、何かが拍子抜けしそうな気がする。

 ナイトは首を振って気を取り直し、リストからクエストをタップして内容の確認を行う。依頼主のNPC――母親との会話ログから娘のペットの散歩コースに街の北部にある地下墓地が入っているとの事。そして、うっかりその中に入ってなければいいな、という呟きが残されていた。つまり、

 

「この地下墓地が舞台だっていう誘導だよな……」

 

 大通りを五十メートルばかり移動した先の広場。中央には半ば崩れかけた大型の遺跡がそびえており、ついさっき遺物拾いをしていた神殿と比べると、幾らかおどろおどろしい雰囲気だ。

 遺跡の中に入ると、そこは薄暗い広間になっていた。前と左右はがっしりとした石壁で扉はないが、床の真ん中に大きな下り階段が口を開けている。両脇には奇怪な神像らしきものが立ち、広間の四隅に立てられた篝火に照らされて、不気味に陰影を蠢かせる。

 

「…………やっぱり、この中に入ったのかな?」

「多分な。他に迷いそうな所は無さそうだし……」

 

 念の為、《索敵》と《聞き耳》で地下墓地までの通りに件の女の子が居ないか調べながら来たが、それらしい影はなかった。

 捜す場所を間違っている可能性もあるが、まずはこの地下墓地を調べてみるのが先だ。

 街の下にはダンジョンが広がっているという話を思い出し、警戒しながら階段を下りる。すると、その先には予想外の光景が広がっていた。

 階段を下りた先は大きな広間だった。そこには何十人というプレイヤーの姿があり、広間の各所に三々五々集まった彼らはミーティングをしたり、食事をしていたり、中には壁際に寝袋を並べて仮眠を取る者たちまでいる。

 

「ここ、安地なのかな?」

 

 ユウキがポソッと呟く。

 ナイトも判断がつかず首を傾げるが、ふとある事に気付いた。

 

「いや、そもそも圏内を出た表示をまだ見ていないはず」

「え……? あ、そういえば……」

 

 肩の力を抜き、再び視線を巡らせる。

 そのつもりで見れば、広間にいるプレイヤーのほとんどは攻略集団ではない。二層、三層クラスの装備を身につけたパーティーから、非武装の観光者まで見かける。

 

「みんな、遺物を拾いにきたのかな?」

「多分そうだろうな。キリトが浅い所はまだ圏内だから、トレジャーハントはそっちが本命だって言ってたしな。地下一階がそれなんだろう」

「じゃあ、ここに来れば戦えなくてもお金を稼げるかな?」

「まぁ……稼ぐ事は出来るだろうな」

 

 ユウキの言葉に歯切れ悪そうにナイトは答える。

 その様子に首を傾げるユウキは訊ねようとするが、ナイトは後でな、と言い、広間の四方に黒々と口を開ける通路を順に見やった。

 ウインドウを開き、まだ大部分が無地のマップ画面にプロットされているクエスト目的地のマーカーを映し出す。大量に受けたクエストのマーカーは別々の方向に向かって広がっている。通路の見た目も違いはなく、どこから入ればいいのか当てもない。ユウキの方を見やると任せるよ、という答えが返ってきた。

 どうせ当てがないのならと、ナイトはベルトからナイフを一本抜き、刃を下に向けて落とした。カァン、と音が鳴り、何人かのプレイヤーの視線がこちらを向く。それに構わず、ナイトは転がるナイフに注視する。動きを止めたナイフの柄が向いた方向、西側の通路を進む事にした。

 たむろっているプレイヤーの脇を抜けて通路に入る。途端に周囲が薄暗くなった。広間は幾つもの篝火で明るく照らされていた分だけ、明かりの乏しい通路は薄暗く感じ、如何にもダンジョンらしくなった。

 プレイヤーの姿も見かけなくなり、静けさの増した通路をランタンを付けて進む。

 

「ねぇナイト。サーシャさんたちをカルルインに呼んじゃダメかな?」

 

 人気が無くなった頃を見計らって、ユウキは話を切り出した。

 時折ユウキが気にしていた事。それは先日であったサーシャという女性と彼女が保護した少年少女たちの事だ。出会った日から、何か手助け出来る事はないかと考えているのをナイトは知っている。自分達は攻略があって直接力になれないと言った以上、こういった有用な情報は無駄にしたくないのだろう。

 かくいうナイトも、使えるものは積極的に活用していきたい思いはあるのだが、これには少し様子を見たいという思いが強かった。

 

「どうして?」

 

 当然、ユウキから疑問の声が上がる。それには思い浮かんだ疑問点を述べていく。

 一番大きいのは、圏内と圏外の境目が判り難い事だった。遺跡がモチーフという事もあって大体が朽ちており、街の中と外の区別がつきづらいのだ。遺物拾いに夢中になって、気がついたら圏外に出ていたというのも考えられない事はないだろう。

 加えて、トレジャーハントの本命は今いるこの地下墓地。地下一階はまだ圏内で、危険なトラップやモンスターに遭遇する事はないだろうが、もしこの薄暗い通路の中で迷ったりしたら。その迷った先で危険なモノが待ち構えていたとしたら、どうなってしまうのか。

 安全だと思って紹介する以上は、その辺りの確認は確実なものにしておきたい。

 それ以外には他のプレイヤーとの争いになる可能性だ。ベータ時に《ブルーブルーベリータルト》のバフ効果を求めて駆け込んだが、曲がりきれずにテラスの外に転がり落ちた奴がいたという話があるように、タルトを求めて競争になってテラスから落ちた。などという姿は想像に難くない。

 それに非武装の観光者まで既に地下墓地に来ている所を見ると、《攻略本》が出回ればトレジャーハントを楽しみに来る観光者も数を増やすだろう。だが、人数が増えれば当然一人当たりの取り分は減ってくる。もし遺物が復活しないのであれば、限られた遺物を取り合って争いになる事も有り得る。そうなってくれば、レベルも体格も小さい少年少女達が不利だ。アンチクリミナルコードがあるから滅多な事はないと信じているが、元より不安な環境の中で余計な心の傷を増やすような事態は避けたい。

 実入りを考えれば一日でも早く呼んだ方が良いのだが、安全を考えれば少しでも慎重に確認をしておきたいのがナイトの考えだった。

 

「まぁ、俺達も一緒にトレジャーハントをすれば安全なんだろうが……ユウキはそのつもりじゃなかったんだろう?」

「うん……。いい話だと思ったのになあ……」

 

 ユウキはガックリと肩を落とした。良い話だと思ったのに、意外とはっきり反対の話をされてしまったのだ。そこまで心配しなくても良いとも言える事柄だが、もし何かあってしまったら取り返しなどつかないのだ。不安材料がある事に慎重になるのだから、ユウキも受け入れるしかなかった。

 

「そう落ち込むな。安全に続けられると分かったら、その時紹介すれば良い。今は俺達が代わりに拾ってアクセサリとか色々届けてやろう、な?」

「……うん、そうだね。なにもダメって決まったことじゃないもんねっ」

 

 光明を見出して気を入れ直す。それに今はクエストをしに来たのだ。ここはまだ圏内、モンスターの類は絶対に出現しないとはいえ、果たすべき目的がある。その為には落ち込んでいてはいけない。

 折角だから、何か遺物が落ちていたりしないかと床を注視しながら、目的地のマーカー目指して通路を進む。幸いというべきか、普通の広い通路を進んだ先にマーカーはあり、マーカーの近くまで来るとナイトの《聞き耳》が女の子がすすり泣く声を捉える。

 

「ねえ、どうして泣いてるの?」

 

 二股に分かれた通路の隅で蹲って泣く少女を見つけ、ユウキは優しい声音で話掛けた。

 ぐずりながらも少女は話し始めてくれた。話の内容は、少女はいつも通りペットの仔犬の散歩していたのだが、急に暴れ出した仔犬に引っ張られてこの地下墓地に入ってしまい、そしてリールを離してしまって仔犬と逸れてしまったのだ。

 それからは薄暗い通路に一人置き去りにされて動けずに泣いていた、という訳だ。

 

「分かった。ボクたちに任せてよっ」

「……ほんと?」

「うん。ボクたちが《ジェニー》も見つけて、お家に帰してあげるから」

 

 ユウキがそう話して、クエストログが進行した。後は何処かにいるはずの仔犬を見つければクリアしたようなものだろう。どうやらクエストタイトルの《迷子のジェニー》とは、少女ではなくペットを指すようだ。

 

「とりあえず地下一階を虱潰しに探すしかないか?」

「そうだね。――ジェニーが地下二階に下りてないといいね」

 

 ユウキが少女に向けて言う。NPCの少女は泣くのを堪えたような表情で二人の後ろを付いてくる。少女を注視しても特にパラメータが見えてくる事もないので要護衛のキャラではないと思うが、すすり泣く声が聞こえて居た堪れないし、もしこのまま戦闘に入れば気に掛かって集中し辛い。

 どうしたものかと悩むナイトの横で、ユウキは歩調を緩めて後ろを歩く少女と並び、手を握って大丈夫、と微笑んだ。

 それを見た少女はキョトンとするが、やがて表情を柔らかくした。よく見れば目元に涙のようなものが見えるが、さっきまでの様にすすり泣き続ける様な雰囲気ではなくなった。

 NPCの態度が変わった事に驚きながらも、やり易い雰囲気になったとナイトは思った。NPCの少女の相手をユウキに任せ、ナイトはランタンを手に仔犬の捜索に集中する事にした。

 

 

 

 仔犬の《ジェニー》を見つけたのは、地下一階のマッピングが七割ほど完了したほどだ。時間が掛かってしまって巡りが悪いと考える所か、それとも探すついでに遺物を拾えた事を喜ぶべきか。

 何はともあれ、ようやく見つけた仔犬を捕まえるだけなのだが、

 

「ナイト……もう、ちょっと右……」

「右ね……」

「あ、行き過ぎ。半分くらい戻って」

「はん――ぶん……」

「オッケー。じゃあいくよ」

 

 何がどうなったのか分からないが、ジェニーは天井近くの穴に嵌っていた。通気口か何かなのか、穴は妙に高い所にあり、ナイトがユウキを肩車してちょうどいい高さにあった。

 位置を合わせて、抜け出ようともがく仔犬を掴んで力を入れる。

 

「んっ…………ん、ん~~……」

 

 思ったよりしっかり嵌っていて簡単に抜けない。出来るなら優しく助けたかったユウキだが、仕方なく更に力を込めて引っ張る。仔犬の呻く声が聞こえてくるが、少し抜けてきた感じがしたので、心の中で仔犬に謝りながら引く力を強くする。

 そして、スポンという音が聞こえそうなほど勢いよく仔犬が抜けた。

 

「うわ……あ――――っ」

 

 抜けた勢いが余って、ユウキは身体を大きく仰け反らせる。そのまま倒れてしまいそうになるが、身体に力を込め、寸での所で持ち直した。

 

「――――大丈夫か?」

「う、うん。ごめんね、驚かせたりして」

「無事なら良いさ。それより、下ろすぞ」

 

 そう言ってナイトは膝をついて頭を下げる。

 静かにナイトの肩から下りたユウキは仔犬を抱いたまま少女の元へ向かう。仔犬を差し出すと、少女は受け取って「ジェニーっ」と言いながら嬉しそうに仔犬を抱きしめた。仔犬の方も嬉しそうに吼えていてる。

 

「めでたし、めでたし。だな」

 

 首をさすりながら言うナイトに、ユウキの満面の笑みを浮かべて頷くのであった。

 

 

 

 仔犬を抱く少女を遺跡の外まで連れ出した所で、

 

「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとうっ!」

 

 そう言って少女はお辞儀をすると、クエストクリアのリザルト画面が表示された。

 確認もそこそこに少女の方を見やると、少女はもう一度笑顔をこちら――ユウキの方へと向け、仔犬と一緒に街の中へと駆けていった。

 

「お家まで送らなくてよかったのかな?」

「ん……クエストクリアになったから送る必要はないんだろうけど……」

 

 良心的な意味でこれで良いのかという思いが浮かぶ。だからといって女の子の自宅――クエストを受けた家に確認に行こうとは言わない。行った所で、また《迷子のジェニー》を受けるかどうかの話にしかならないのを知っているからだ。

 

「さて、明日――――じゃないな、もう今日か。どういう予定でいく?」

 

 欠伸混じりにナイトは言う。捜索に時間が掛かったせいで時刻は0時を過ぎ、眠気を抑え切れないでいた。

 眠気のせいか、気の抜けた顔を晒すナイトを見たユウキはしょうがないな、と言いたげな感じで微笑んだ。

 

「そうだね……地下一階で出来そうなクエスト全部やっちゃおっか? それとも、地下二階の探索でも始めちゃう?」

「ああ、一気に下りてしまうのも良いな。まだあまり荒らされていないだろうし」

 

 『次』の予定を話し合いながら二人は帰路につく。釈然としないものはあるが、何時までもその事を気に掛けてなどいられない。

 アインクラッド第五層に足を踏み入れてまだ二日目。本格的な攻略はまだ始まってすらいないのだから。

 

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