野武士面の兄さん出番は、遥か彼方に。
広場の喧騒から離れた《始まりの街》の路地。
ユウキを連れたナイトは一つ5コルのドリンクを二つ購入し、一つをユウキに手渡す。
口にしたそれは甘く冷たい。思っていた以上に喉が渇いていたのか、ナイトは一気に半分まで飲み干す。
「……ボク達、これからどうなるのかな?」
ユウキはポツリとそんな事を漏らす。
不安からか、ドリンクを持つユウキの手は未だに震えている。
「その事についてなんだが……」と、一つ前置きを置いて、ユウキと目線を合わせる。
「これから俺は、この街を出ようと思う」
「えっ?」
ユウキは驚きで目を見開く。
「茅場晶彦は言った。ゲームをクリアすれば解放されると。だったら俺は、それに挑む。このアインクラッドの制覇を目指す為に動こうと思う」
「で、でも、死ぬかもしれないんだよ。それに外から助けが来るかもしれないし」
外部からの救助を待つ。おそらくそれが一番安全で賢い選択だろう。
けれどナイトは、その選択を首を横に振って拒否する。
「残念だけど、俺は待てない。救助が来るまで、俺はきっと耐えられなくなると思う」
「耐えられ、ない?」
おそらく予想外の言葉だったのだろう。ユウキはきょとん、とした表情で首を傾げた。
「救助が来るのは何時になるだろう? 明日か。明後日か。それとも一週間後か。一か月か。半年後。一年後。……もしかしたら、もっと後かもしれない」
ナイトは空を見上げる。
釣られてユウキも空を見上げた。見えるのは夕焼けに染まった空。けれど目に映っているのは仮想の空。この空の向こう側には、こことは違う世界――現実世界があるはずなのだ。
「……そっか。ボク達には、今外で何をしているか分からないもんね」
「ああ。何時来るのか分からないものを待ち続けていられるほど、俺は辛抱強くないんだ」
いつか。またいつか。と待ち続ける日々を想像する。
出口の無い迷路を彷徨うかのような時間。光のない暗闇の中で佇むような時間を、ひたすらに耐える日々。想像するだけで気が滅入ってくる。
「だから、『ゲームクリア』という目標に向かって進む方が、このゲームに集中する方が何倍も気が楽だ。そうしている間は、余計な事も考えなくて済む」
目的があれば、それに没頭できる。
例え小さくても目指す光がある限り、それに邁進し続けれる。
前を向いて、歩き出す事が出来る。
「『これはゲームであって遊びではない』か。その意味が、今ハッキリと分かる気がする」
全百層で構成される城の攻略。それも死ねば終わる環境下で行われる究極のノーコンテニューゲーム。こんな鬼畜なものに挑むには、一生を掛ける必要があるのかもしれない。
「クリアするしかないというのなら、全力で挑もう。
死ねば終わるというのなら、死ぬ瞬間まで足掻いてやろう。
この世界から出られない今、此処が現実そのものなんだ。
だったら、俺は生きる。最後まで、生き抜いてみせる!?」
言葉を重ねる毎に、ナイトは自分が興奮していくのが分かる。
それは熱となって心を、身体を動かす力となっていく。
「だから俺は、この街を出て戦う。そう決めたんだ」
ナイトの瞳が、前髪に隠れていても輝いているのが分かる。
――すごいな。とユウキは素直に思った。
あの広場の出来事で戸惑う事しか出来なかった自分に比べて、目の前にいる彼はとても強いと思った。
絶望でうずくまってしまいそうな事を告げられたはずのに、もう次の事を考えて動き出そうとしている。
その瞳は、すでに次を目指して前を見ている。
「”生きる”……か」
ユウキは自分の体の事を思い返す。
例え目覚めても、ユウキ自身が現実世界で目を覚ますことはほとんど叶わない。
仮想世界に囚われるというのなら、すでにそうなっているのも同然の状態なのだ。
なら、何に怯える必要があるというのか。
「なら”生きてみなきゃダメだね”、この世界で」
このソードアートオンラインをどうしてもやってみたくて無理を言った。
先生がすごく困った顔をしたけど、手に入れてきてくれた時は心の底から感謝した。
憧れた世界に来る事ができて、命一杯自分の体を動かす事ができて本当に楽しかった。
デスゲームと化した今でも、その思いは不思議と変わらない。
「ボクも行くよ、ナイト」
ナイトが驚いた顔をする。その表情を見たら、何だが楽しくなってきた。
「決めたんだ、ボクも”生きて戦う”って。だからボクはナイトと一緒に行く。ナイトだって、本当はそのつもりだったんでしょ?」
「あ~~うん……その方が心強いとは思ってた。ただ、こんな危険な我が儘に他人を付き合わせるのはどうかと思って……」
「それならボクも一緒。ナイトが何を言っても、ボクはナイトに付いていくよ」
「……」
ナイトは頬を掻きながらそっぽ向いてしまった。
照れたのかなって思うと、なんだか口元が緩むのが抑えられない。
「……何か、スゴク楽しそうだな?」
「そうだね。もう遊びじゃないけど、これもゲームじゃない。だったら、楽しまなきゃ損だよ」
「……だな。SAOがやりたくて苦労して買ったもんな。それが楽しめないのはもったいねぇな」
手を上げようとして、今ドリンクのグラスを持っていることを思い出した。
まだ口をつけていないドリンクを見て、ナイトの手にもまだグラスがあるのを見て、やってみたいことが思いついた。
木製のグラスを目の前に掲げてみせる。ナイトは最初キョトンとしたけど、すぐに同じようにグラスを掲げてくれた。
「ゲームクリア目指して頑張ろう、ナイト!」
「必ず、生きてクリアしてみせような、ユウキ」
コツッ、と木製のグラスから軽い音が鳴る。
初めて飲んだ仮想世界のジュースは、とてもおいしいと思った。
ユウキの事を、ちゃんとユウキっぽく書けているのだろうか。
それが一番の悩み所。