「よ、ようやく着いたぁ~」
村に辿り着いた頃には、眠気と疲労でへとへとだった。
まだ空は薄暗い。だが一般的な夜明けの時間を考えれば、あと2時間もしない内に日が昇るだろう。
《始まりの街》を出たナイトとユウキが目指したのは、森の方に存在する村《ホルンカ》。
ナイトがネットでβテスト時の書き込みなどから集めた情報を思い出し、とあるクエストの報酬を目当てにしてこの村に来たのだ。
予定では夜の内に着いて睡眠を取り、クエストを受ける予定だったのだが、ある理由で村の到着が夜明け直前となってしまった。それは、
「慎重に敵を避け続けたら道を見失うなんて……」
デスゲームと化した事で必要以上に慎重になり、ユウキに取得してもらった《索敵》のスキルを駆使して、二人では対処が厳しそうな数の敵を避けて進んできた。
その道中、《呼び寄せ》の能力を持つ狼型モンスターが道を塞ぎ、それを避ける為に森の中を進む事になったのだが、いつの間にか道を見失ってしまったのだ。
夜通し歩いてようやく森を抜けた時には、日付が変わってから大分過ぎていた。
「でもほら、こうして無事に着けたからいいじゃん」
「…………まぁそうなんだけど」
ナイトは若干ブルーに入っていたが、励まそうと笑うユウキを見て気を取り直す。顔を叩いて活を入れ、クエスト発生を示す!が浮かぶ女性を手分けして探す事にした。
だが、10分ほど探し回ってもそれらしいNPCが見つけられなかった。
さほど広くない村だからすぐに見つかると思っていたから、記憶違いかβ版から変更されたのかと考え始めた時だった。
村の奥側から中世的な黒髪の人が歩いてきたのだ。
NPCではない。視界に表示されるカーソルのカラーが緑である事がそれを示している。ナイト達と同じプレイヤーなのだと。
「ちょっとすみません!」
ナイトは急いでそのプレイヤーを呼び止める。
こんなに早くこの村にいるという事は、β経験者で何か知っている可能性が高いと思った。
「えっと、何か用?」
「はい。この村で結構強い片手剣が報酬で貰えるクエストがあるって調べてきたんだけど、どこで受けれるか知りませんか?」
「ああ。それならこの奥にある民家がそうだよ。ちょっと話を聞くのに待つ必要があるけど」
「そうですか。ありがとうございます。それから――」
多少図々しくとも、目的のクエスト”森の秘薬”についての情報を聞く。
幸い黒髪の少年は質問に答えてくれた。クエストを攻略するにあたって、”実付き”のリトルぺネントの危険性について話をしている時に少年の表情が微かに歪んでいたのに気付いたが、あえて訊ねなかった。
「本当にありがとう。おかげで安全にクリアできそうだよ」
「参考になったら幸いだよ。……ソロか?」
「いや、コンビだよ。今は手分けしてクエストを探している最中だったんだ」
「そうか。……じゃ、気をつけてな」
「ああ。――そっちも気を付けて」
話が終わると黒髪の少年はさっさと行ってしまった。呼び止めて手伝って貰おうかとも思ったが、どこか人を拒絶するような雰囲気に言い出せなかった。
仕方ないか、とも思う。彼に付いてきてもらえれば心強いだろうが、それはこちらの都合。究極的には、彼には関係のない話だ。先駆者にとって新参は足手纏いにもなる。実際に死ぬ危険性のある今、余計なリスクなど誰だって負いたくはないだろう。
互いの事を考えれば、今は別々の道を行く方が良い。今は自分達の速さで、一つ一つ進む事にしよう。
そう考えて少年の背を見送り、合流の為にユウキにメッセージを送った。
クエスト”森の秘薬”。内容を簡単に言えば、病気の娘を治す薬の材料となるモンスターのアイテムを取ってくる。というものだ。
クエスト受注の際、病気で苦しむ少女の姿を見たユウキが逸って飛び出そうとしたが、何とか押し留める。
その後、まずは睡眠を取ろうと宿で一部屋ずつ取り、昼まで床につく。
ナイト側の事情で予定より一時間過ぎてしまったが、二人で宿を出てアイテムの補充と装備の新調の為に店に入る。
「ねぇ、本当に剣は変えなくて良いのかな?」
「ああ。腐食液とか耐久力にダメージを与える攻撃を持ってるらしいから、耐久力の低いブロードソードだと相性が悪いらしい」
武器は初期装備のスモールソードまま。念の為に予備を一本買う。
「ん~盾か金属鎧が欲しいが、スキル枠も懐も厳しい。防御は固めておきたいんだがな……」
「お金の足りない分はボクも出していいけど」
「いや……今の所はコートとかで重ね着して補うか」
今や命に直結する以上、身を守ってくれる防具の選択には時間が掛かった。
ユウキは動きの邪魔にならないよう、新しい革製の胸当てにフード付マントと軽装に。
ナイトは革製の胴鎧とコートを重ねた厚着に。盾は諦めて、取得していた《投剣》スキル用の短剣と差しておく為のベルトを購入した。
残りの所持金で解毒ポーションも含めて回復アイテムを揃える。
「じゃ、行こうか」
「おぉー!」
入念に確認も済ませて、クエストの目的のアイテムを出すリトルネペントが居る森へ向かった。
リトルネペント。狩り始めた当初はレベルが上で慎重になったが、意外と早く慣れ、単独で対処できるようになった。
厄介なのは武具の耐久力を大きく削る腐食液と、リーチの長い蔓による攻撃だけ。蔓を剣で切断してしまえば懐に入るのは容易く、後は鈍重で脆い的があるだけだった。
ひたすらリトルネぺントを狩って、特殊な個体である”花付き”を狩って胚珠をゲットする。そんな簡単なお仕事。
問題なのは大量の仲間を引き寄せる”実付き”の存在と、”花付き”が1%以下の確率で現れるレア物である事だった。
ナイトは一体のリトルネぺントが口から吐き出す腐食液を飛び退いて避け、続く別の個体が伸ばしてくる蔓の鞭を剣を翳して防ぐ。
引き戻される蔓に合わせて踏み込み、蔓の根元の方を斬り飛ばす。さらに返す刃で茎を斬り裂く。
四散するリトルネぺントの陰から蔓が伸びてくるが、鞘を抜いて払い、残るもう一体に向かって駆け出す。蔓が行く手を阻む様に襲いかかってくるが、交差して翳した剣と鞘で直撃を防ぎ、残りは新調した防具で受け、致命傷へとつながるダメージを避ける。
向かってくるナイトに合わせるように腐食液を吐き出してくるが、サイドステップで横に避けながら、剣を構えてソードスキルの発動体勢に入る。
水平斬りの《ホリゾンタル》で茎を両断し、残るリトルネぺントはその姿をポリゴン片に変えて散っていった。
「――――ユウキ。そっちの調子はどうだ?」
「ダメ。さっきの一個だけでまだ出て来ないよ」
時刻は17時を過ぎ、赤焼けの空が暗くなり初めている。
狩りを始めたのが15時過ぎだったはずなので、2時間はリトルネぺントを狩り続けている事になる。にも関わらず、手に入った胚珠はまだ一個だった。
中々出ないとは聞いていたが、本当に”花付き”は出て来ない。通常のリトルネペントを倒し続けると確率ブーストが上がると聞いたので、効率を上げる為に手分けして狩る量を増やしたが、POPした”花付き”はたったの一体だけ。
正直な話、この作業に大分厭きてきていた。
「……もう少し続けるか。ポーションもまだ余裕あるし」
「う~ん、そうだね。もうちょっとやったら出るかもしれないしね」
後少しで出るかもしれない。
そう願いながら、回復を済ませて次に湧き出てくるリトルネぺントに備えた。
それからさらに二時間が経過した。日は落ち、森の中が暗くなってもまだ胚珠は手に入っていない。
ユウキに損害は無いが、ナイトは腐食液を受けた剣一本がポリゴン片となって砕け散っていた。いい加減に厭きと疲労で集中力で維持しきれなくなってきていた。
胚珠は一個は手に入っている。四時間も狩り続けたせいで経験値も金も十二分に稼げた。そう考え、次のインターバルで狩りを止めようと思った。
その時ユウキが「見つけたっ!」と叫んだ。
視線の先にある茂みの向こうに、茂みに隠れきれていない花の影が見えていた。
「ちょっと行ってくる!」と、ユウキは勇んで飛び出した。
狩りでレベルが上がった影響か、今まで以上の速さで駆け出すユウキの後をナイトは慌てて追った。
《索敵》スキルの効果で、ユウキの目にはハッキリと”花付き”の姿が見えていた。
茂みを飛び越えて”花付き”の姿を射程内に捉える。
――ようやく終わる。そう思って、逃げようとする”花付き”に向かって斜め斬りの《スラント》を放った。
その時起きた事は、不幸が重なった事だ。と、後にナイトは言った。
ユウキも焦れていた事もあって、ようやく出てきた待望の存在しか見えていなかった。
”花付き”のリトルネぺントはユウキから離れようと鈍い足を動かしていた。同時に”花付き”の陰から別のリトルネぺントがユウキに向かって動いていた。よりにもよって、それは”実付き”であった。
もしユウキが放ったソードスキルが水平斬りの《ホリゾンタル》だったら別の結果になったかもしれないが、その時選択したのは使い慣れた斜め斬りの《スラント》。
結果、”実付き”と”花付き”の位置が入れ替わり、ユウキが放った《スラント》は”実付き”のリトルネぺントを実ごと斬り裂いた。
「あっ?」
切り裂かれた実から、ユウキの嗅覚を刺激するほど甘い匂いが立ち込める。
その匂いがユウキに自分がやってしまった事を自覚させる。顔を上げると、口の上に大きな花を咲かせたリトルネぺントが、その花弁を大きく揺らしていた。
――笑われている。なぜかそう思わせられ、歯噛みしてしまうほど悔しい気持ちになる。
「ユウキ!?」
急いで後を追ってきたナイト。
顔を伏せるユウキの姿を見て、”花付き”に体当たりをぶちかましてユウキと”花付き”の間に割って入る。
「ユウキ、どこかやられたのか?」
「……ゴメン。間違って実を斬っちゃった」
「そうか。この匂いが――っ!?」
体当たりを受けても体勢を崩さなかった”花付き”が腐食液を吐き出してきた。
それを鞘で受けるが、そこで鞘は耐久力が限界を迎えて四散する。
「ちっ……立てユウキ!! ここから逃げるぞ!?」
「でも”花付きが”――」
「それはもういい!? 匂いに惹かれて他の奴らが集まってくる。囲まれる前に逃げないとマズイ!」
ユウキの手を引いてナイトはその場から駆け出す。
ユウキも走りながら気を持ち直し、ナイトの手を離して走り出す。
敏捷値で勝るユウキが先行する形で森の中を疾走する二人。行く手を阻むように現れるリトルネぺントを、ユウキが突進突きの《レイジスパイク》で弾き飛ばして道を作り、横合いから飛んでくる蔓や腐食液をナイトが剣と《投剣》用に買った短剣を両手に持って、損耗を度外視で盾代わりにして防ぐ。
ほとんどスピードを緩めずにリトルネペントの群れの中を駆け抜ける。
息も絶え絶えになった頃、森の外に出た。どうにか群れを振り切る事に成功したのだ。
「はぁ……森の……外まで……はぁ……追ってこないよね……?」
「多分――な…………ふぅ」
息を整えながら状態を確認する。
ユウキはHPバーがオレンジ色に。ナイトに至っては残り僅かなHPバーが赤く輝いている。
武器の方もユウキの手にはスモールソードの予備のみ。ナイトは未使用のナイフが一本と今にも限界を迎えそうなスモールソードが残るだけだった。
後少し何かが長引けば、丸腰同然で群れに囲まれるしれない所だった。
「…………ゴメン、ナイト。ボクのせいで”花付き”逃がしちゃって」
呼吸が落ち着いてきたせいか、ユウキはさっきのミスを思い出してしまう。
落ち着いて対処すれば、今頃は安全にクエストクリアできたかもと思うと、どうしても落ち込んでしまうのだろう。
「……もういいんだよ。今日の所は生きて無事に帰ってこれた。――って事で十分だ」
「でも――痛っ!? ――ナイト?」
なおも言い募ろうとするユウキの頭を一度叩き、それから撫で始める。
「良いんだよ。生きてればこういう失敗の一度や二度はあって当然だ」
「……」
「だから、これ以上気にしたって仕方ない。一々気に病んでたら、心がもたないぞ」
「……道に迷ったくらいで沈むナイトに言われたくない」
「うぐっ。そう言うなよ」
ナイトはユウキの頭を優しく撫で続ける。
「まぁ……嫌な事があった時はおいしい物でも食べて、早く寝てしまおう。それが長生きの秘訣だって祖母ちゃんが言ってた。今日は稼いだし、村に帰ってレストランで一番高いのでも食べて寝るぞ」
「……一番高いのっておいしいのかな?」
「それは食べてみないと分からないだろ? じゃ、帰ろうか」
最後にユウキの頭をポンポンと優しくたたいて、ナイトは村に向かって歩き出す。
顔を上げたユウキの表情に、少しだけ笑顔が戻っていた。
ユウキが少しネガティブ過ぎる気がするが、状況と当時11歳と考えればそこまでおかしくないはず。と理論武装してみる。
……うん、もっとキャラ作りを頑張んないと駄目だよね。