SAO 〜少女の盾を目指した者〜   作:火星の渡鴉

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プログレッシブ編に突入。


05:迷宮の奥で煌めく光

朝の5時。まだ陽も昇らぬ早朝に少年は寝床にしている宿屋の前で佇んでいた。

少年は欠伸をかみ殺す。決して寝心地の良いと言えないベッドに、いつも以上に早く起きたせいも相まって眠気があまり取れていない。システムのおかげで疲れは残っていないのだが、代わりに気力が湧いてこない。

だからと言って、パートナーと相談して決めた事を気分で蔑ろにする訳にもいかない。

 

「遅れてごめんね。待たせちゃった――よね?」

 

そう少年に声がかけられたのは、眠気覚ましに行っていたさる体操の二番がもうすぐ終了するかという所だった。

 

「気にするな。…………朝早いんだから、少しくらいしょうがない」

 

少年は体操の締めに深呼吸をしてパートナーの少女に言う。身体を動かしていたおかげである程度は眠気も覚めてきた。

 

「う~~ん、でもやっぱり早過ぎるよ。ボクまだ眠い」

「今さら文句言うな。どうしても眠かったら、迷宮近くの安全地帯で仮眠でも取るから」

「は~い」

 

眠たそうにしているせいか、少女は気の抜けた返事をする。

これから向かう場所を思うとこれで良いのかと頭を悩ませるが、考えるだけ無駄だと少年は悩みを切り捨てた。

 

二人の目的地は最前線。今最も活発で、最も危険な場所だ。

 

 

 

亜人型モンスターのルインコボルド・トルーパーの振りかざす無骨な斧をギリギリの間合いで避ける。

三回連続で回避した直後、コボルドは大きく体勢を崩す。その隙を逃さずにレイピアの単発突き技《リニアー》を全力で叩き込む。

コボルドの攻撃を三回避ける。反撃の《リニアー》を叩き込む。そんなパターン化された攻防を三回繰り返し、武装獣人を無傷で屠ってみせる。

 

迷宮に入ってから、武装獣人が現れては攻撃を三回避ける。反撃のソードスキルを撃ち込む。それをひたすらに繰り返す。コボルドが現れてる間は続け、現れなくなれば休憩する。また現れては、同じ事を繰り返し始める。

延々と繰り返す。何時まで、と考えれば、”死ぬまで”という答えが浮かぶ。

デスゲームと化した仮想世界に囚われ、外部からの救出を諦め、内部からのゲームクリアも無理と悟った今、残された事は”死に方”だった。

故に、己の能力を振り絞り、学び、鍛え、戦う。その果てに力尽きて倒れる。過去の気まぐれを悔んだり、失われた未来を惜しまずに済むように全てを燃やす。

走れ。突き進め。そして消えろ。大気に焼かれて燃え尽きる一瞬の流星のように。

その一念を胸に抱き、迷宮の奥底で戦い続ける。

 

しかし、肉体的な疲労から解放されても精神は疲弊していく一方で、時折意識が遠のくことがある。

そんな注意力が散漫になる状態で化け物だらけの中にいれば、当然攻撃を回避し損ねてしまう。

HPバーが目に見えて減り、さらにその下に一時行動不能を示すアイコンが点灯した。

身体が動かない。目の前の武装獣人が斧を振りかぶる。死が、間近に迫っていた。

 

――これで終わる。

 

これで人生という名の道が途切れ、生命活動が終わりを告げる。

はじまりの街の《黒鉄宮》に鎮座する《生命の碑》に書かれた名前に滑らかな横線が刻まる。――はずだった。

何時まで待っても終わりは訪れない。

代わりにきたものは、コボルドの雄叫びと、

 

「大丈夫? ボク達が来たからもう安心だよ!」

 

力強い少女の声だった。

 

 

 

目を開けると、そこに居たのはまだ幼さを残す少女。マントをなびかせて、悠然と剣を構えている。

その向こうでは、コボルドの頭を短槍が貫いており、その身体はポリゴン片となって四散していく。

 

「余計な……事を」

 

思わず漏らした本音。

彼女もそれを聞き取ったのか、ビクッと体を震わせた。

自分より幼い子に聞かせる気はなかったが、出てしまった言葉は今さら引っ込めれない。

変な事になる前に離れようと、スタンから回復した身体を必死で立ち上がらせるが、

 

「とりあえずはポーション飲んで休めよ」

「うわっ!?」

 

突然後ろから差し出された薬瓶。その先には目元が前髪で隠れた少年。

混乱で目が回りそうだが、目の前に差し出されるポーションを受け取ってその中身を飲み干す。

 

「じゃ、アンタは安全圏に回復するまでそこで待機。ユウキ、そっちの二体頼む」

「任せてよ!」

「無理はすんなよ」

 

いつの間にか五体のコボルドに囲まれていた。

私を間に挟んで少年は三体、ユウキと呼ばれた女の子は二体のコボルドと対峙する。

そして、ユウキは二体のコボルドに向かって飛びかかった。

 

「ちょ、ちょっと!? ねえあなた、あの子一人に任せていいの!?」

 

まだ小さな女の子に二体のコボルドの相手を任せるなど信じられなかった。

慌てて、盾を構えて三体のコボルドと対峙する少年に詰め寄る。

 

「落ち着けよ。今は消耗したアンタを守る方が先だ」

「私の事なんていいわよ!? それよりあの子を――」

「だから落ち着いてよく見ろ。ユウキ……あの子は強いよ。あの程度なら、俺の助けなんか必要無いくらいにな」 

「えっ?」

 

見れば彼女は、二体のコボルドの攻撃を全て躱し、逆に僅かな隙を的確について剣を振るう。

戦う姿はまるで舞っているようで、明らかに余裕と自信が窺える。

 

「だから安心してアンタは休んでろ。こっちの犬っこも、一体も通しはしねぇから」

 

そういう少年は身体を覆えるほどの盾を構えている。武器である片手棍は腰に提げたまま。

空いた右手の指が微かに動くと、いつの間にか石が握られていた。赤いライトエフェクトを放って石が投げられ、コボルドの顔面を撃つ。さらに続けて二つ、対峙する全てのコボルドに石を投げつけていた。

だけど、石ころなんかでコボルドに大したダメージなんて与えられない。ただ怒りと敵意を買い、猛然と斧を振りかざして襲い掛かってくる。

それを事も無げに盾で防ぎ、逆に押し返してコボルドの体勢を崩し、いつの間にか抜いていた片手棍で一体を殴り飛ばす。

コボルド達が少年を囲う様に次々と襲いかかるが、少年は躱し、盾で防ぎ、時折不思議と持ち替えられている石つぶてと片手棍を駆使して三体のコボルドを同時に相手取る。

 

「レイピア使いさん、そろそろ動けるか?」

 

赤いライトエフェクトを放つ石つぶてを顔面に投げつけてコボルドを怯ませた隙に、少年は駆け寄って声をかけてきた。

言葉に反応してついHPバーを確認する。HPバーは全体の4分の3まで回復している。

 

「動けるけど、それが何?」

「じゃあ、一体隙作って寄越すから、トドメよろしく」

「ちょ、ちょっと!?」

「合図はするから安心しろ」

 

少年は再びコボルド達の前に躍り出て攻撃を盾で防ぎ、躱し、合間に石つぶてで牽制を加える。

三週目の攻防。少年は盾を構えて自らぶつかりに行き、コボルドを盾で突き飛ばす。さらに片手棍のライトエフェクトを放つアッパースイングでコボルドを一体遠くに弾き飛ばした。

 

「今っ!?」

「もう!? なによこのっ!!」

 

弾き飛ばされて体勢を崩したコボルドに全力で《リニアー》を叩き込む。

無防備な状態でレイピアに貫かれたコボルドはあっさりと四散する。

 

「――ナイスキル」

「……」

 

相も変わらず少年はコボルド達の壁になるような立ち位置で盾を構えている。

こちらを守るような戦い方に、苛立ちが募る。

 

「そろそろ向こうも終わるな。さっきと同じように行くから、頼んだよ」

「……」

 

返事をするのも億劫になり、無言で首肯だけする。

ちらっとユウキと呼ばれた女の子の方を見ると、すでにコボルドを一体倒しており、もう一体を攻め立てて今にも倒しそうだ。

 

「今だ!」

「っ!?」

 

反射的にたたらを踏むコボルドに向かって《リニアー》を放ったが、余所見をしていたせいもあって半端なモノを撃ち込んでしまった。今の《リニアー》はコボルドを突き刺すだけに止まり、僅かにHPを削り損ねる。

仕切り直しだ。今まで通り攻撃を躱し、隙をついて《リニアー》を叩き込む。距離を取ってコボルドとの戦いに集中する。つもりだったが、その必要はなかった。

仕留め損ねたコボルドの首にナイフが突き刺さっており、それがトドメの一撃となってコボルドは四散していく。

一体どこから?と思ったが、心当たりはすぐ近くにいる。

それは、目立つはずの盾がその左手から無くなり、コボルドの斧の一撃を躱し、反撃の棍棒の振り下ろしでコボルドの頭蓋を叩き潰していた。

 

 

 

「ナイト、お疲れ様!」

「お疲れ、ユウキ」

 

戦いが終わったら、二人は晴れやかな表情でハイタッチを交わす。

こんなゲームの、化け物がいる迷宮の奥で暢気なものだ。

 

「お姉さんもお疲れ様。さっきは危なかったね」

 

ユウキと呼ばれた女の子が手を差し出してくる。

差し出された手も、胸の奥で疼く罪悪感も無視して、ユウキから背を向ける。

 

「余計な事しないで。あなた達の助けなんて必要なかった」

「――っ」

 

女の子が息を呑んだのが分かる。

自分より幼い子を傷つけたくはなかったけど、一度漏らしてしまった本音を今さら隠せるほどの余裕も無かった。

 

「でも、あの時助けに入らなければ死んでたぞ、アンタ」

「そうね。でも……どうせ、みんな死ぬのよ」

 

”死”。人にとって最も冷たい言葉の一つが、迷宮の中で響き、肌寒い空気をより一層冷やす。

 

「……」

「……」

「……」

 

沈黙による冷たい静寂が空気を満たす。

もうこの二人に付き合う事などない。さっさとこの場から離れよう。

そう一歩目を踏み出した時、強烈なめまいに襲われ、足から力が抜ける。

どうして仮想空間で失神するのだろう、なんてどうでもいいことを考えながら、冷たいダンジョンの床に倒れ込んだ。

 

 

 

意識が覚醒して最初に感じたのは、心地良さだった。

固い石畳に倒れたはずなのに、今は妙にふにふにと柔らかいものを枕にしている。体もぽかぽかと温かく、穏やかな微風が頬を撫でていく。

ぱちっ、と音がしそうな勢いで両の瞼を開いた。

 

「あっ、良かった起きたよ。急に倒れるからビックリしちゃった」

 

誰かが上からこちらの顔を覗いていた。

逆光で顔が見辛かったが、聞こえてくる声は女の子――ユウキのものだ。

首を動かして周りを見ると、そこは分厚い壁に覆われた迷宮の中ではなかった。金色の苔をまとう古木と、小さな花をつけたイバラに囲まれた森の空き地だ。

迷宮区から遥か離れた外のフィールドに移動していた。

そして、横になっている事。ユウキに見下ろされている事。頭に感じる柔らかい感触から自分が今どんな状態でいるか推測できた。

私――アスナは、森の空き地でユウキに膝枕されて眠っていた。

 

「ご、ごめんなさい!? こんな……重かったでしょ?」

 

慌てて、少し頭がふらつくが身体を起き上がらせる。その時に、大きめのコートが自分に掛けられていた事にも気付いた。

 

「ううん。全然平気。それよりはい、お水」

 

「いくら仮想空間でも、水分補給とかはちゃんとした方が良いよ」と、水の入った水筒を差し出してくる。

憎い事に喉は渇いていたし、声もかすれている自覚はあったので、ここは素直に水筒を受け取る。偽物のはずなのに、喉を通る水が体に沁み渡っていく気がする。

ゆっくり水筒の中身を飲み干して、一心地ついた所でユウキに声をかける。

 

「ねえ、どうして私を助けたりしたの?」

「えっ? それは、やっぱり見捨てるなんてしたくなかったから……」

 

本来なら「優しいね」なんて、当たり障りのない言葉で流すところだけど、”死に方”を探していた身としては余計なお世話だった。落ち着いた今は言葉に出したりなんてしないが。

 

「ありがとう。でも、もう十分に休んだから、私行くね」

「あっ、お姉さん」

 

呼び止めようとする声に、笑顔で手を振って断る。

もう一度、あの黒々と伸びる迷宮区へ戻るために歩を進め始めた。そこで、

 

「また、死ぬ為に行くのか?」

 

声の主は古木の裏で武具の手入れをしていた。

ユウキにナイトと呼ばれた少年は盾を磨きながらこちらを見ている。

 

「死にに行くつもりなら、さすがに止めようと思ってるけど……」

 

無視して歩を進める。今さら命を大事に、なんて話に付き合うつもりはない。

 

「……一つしかない命なんだから、つまんない事に安売りするなよ」

「っ!?」

 

まさか”死に方”の方にイチャモンつけられるとは思わなかった。

思わず少年を睨みつけるが、少年のどこ吹く風といった感じが苛立ちを膨らませる。

 

「あなたには関係の無い事です」

「無くは無いさ。何せ……」

 

その時、大きな鐘の音が響いた。鐘の音は”あの時”を彷彿させるようであまり聞きたくない。

すぐそばで二人が「今の鐘は……」「三時の鐘だね。そろそろ行かないとマズイかも……」と何か相談をしている。その中で、

 

「行くって何処に?」

 

訊ねてみると、二人は一度顔を見合わせ、少年がある方向を指差す。

 

「近くに《トールバーナ》って町がある。今日の四時に、そこで『会議』が行われる予定なんだ」

「『会議』? 何の?」

 

少年の指が、今度は迷宮のある方角の天上を指差す。

 

「『第一層フロアボス攻略会議』」

「!?」

 

ピクッ、と体が反応してしまった。その様子を見て笑みを作る少年の顔が腹立たしい。

 

「どうせ死のうとするなら、そこらの雑魚よりもっと大物を相手にしないか? でないと、つまらないだろ?」

 

その提案は、不思議と抗えない魅力を持っていた。




趣味スキルやロマン武器なんて言われるモノは活用方法を考えてみたくなる。
……上手く出来てるかは置いといて。

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