SAO 〜少女の盾を目指した者〜   作:火星の渡鴉

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今までで最長です。
分割しようかと思いましたが、話がほとんど進まないので一話に統括。
ツッコミ所のある場面故にアプローチを仕掛けましたが、それがどう見られるのか。

本編をどうぞ。



06:抱えた思い、それぞれの主張

この『ソードアート・オンライン』の正式サービスが開始してから、一月もの時間が経った。

その間に出た犠牲者の総数は二千人。SAOに囚われた一万人の内、たった一ヶ月で全体の2割が犠牲になったという事になる。

それだけの犠牲者が出ながらも、ゲーム内に囚われたプレイヤー達にとって唯一の解放条件であるゲームクリアは遅々として進んでいない。

しかし、ついにゲームクリアに向けての楔を打つ行動、『第一層フロアボス攻略会議』が迷宮区最寄りの町《トールバーナ》にて行われようとしていた。

 

 

 

「じゃ、中央の噴水前広場に四時ね」

 

それだけ言い残し、森から微妙な距離で付いてきたレイピア使いは町の雑踏の中に消えていった。

その後ろ姿をユウキはじっと見つめている。

 

「……気になるなら行ってこい」

「えっ? でも……」

「心配なんだろ? まだ時間はあるから話でもしてくれば良い」

 

ナイトはストレージを操作して、オブジェクト化された壺をユウキに手渡す。

 

「良いの? これナイトの分だよ?」

「餞別だ。彼女に奢ってやれ。美味しいもの口にすれば、話しやすくなるだろ」

「ナイト……女の子がみんな甘い物で釣られると思ってるの?」

「……ノーコメントで」

「もう――。でも、ありがとう。ボク行ってくるね」

 

レイピア使いの姿を探しに駆け出すユウキの背を見送る。

その一部始終を見届ける影が一つ。

 

「年上の度量を見せつけたネ、ナーちゃん」

「……そういうつもりじゃないんですがね、ネズミさん」

 

音も無くナイトの背後に近づいた影。小柄な体格を革製の防具とフード付マントで身を覆い、語尾に特徴的な鼻音が被さる甲高い声。

 

「というか、いい加減ナーちゃんは止めてくれ」

「他に良い呼び名が無いかラ、仕方ないネ」

 

何より特徴的なのは、その通り名が示すように両の頬に描き込まれた動物のヒゲを模した三本線。通称《鼠のアルゴ》。おそらくアインクラッド初の情報屋を営む女性だ。

 

「で、何か用? こっちは売るような情報無いんですけど」

「用は無いヨ。ただ珍しい子を連れてるなと思ってネ」

「知ってるのか、あのレイピア使いの事?」

 

つい訪ねてしまい、しまったと思う。

思った通り、アルゴはニンマリと笑って手の平を差し出し「五百コルだヨ」と言った。

 

「払いません。買いません」

「何で一緒にいたのか教えてくれれバ、噂くらいは答えてあげるヨ」

 

ナイトは数秒、頭の中で情報の不利益を勘定に入れて思案する。結果、それくらいならと先の出来事を話した。

 

「さすがユーちゃん。危ない所を助けに入るなんてカッコいいネ」

「そうだな、俺には真似できないよ。で、どこまで話してくれる?」

「――最近、迷宮区で昼も夜もなくオオカミさんを狩り続ける赤頭巾ちゃんがいるってフロントランナー達の間でウワサになってるのサ。おまけに、声をかけた男達もかたっぱしから切り捨てられてるそうだヨ。ちなみに言葉でネ」

「……ちょっとマジで斬りつけてんのかと思った」

 

真面目な顔で言うナイトにアルゴは苦笑いを浮かべた。

 

「デ、一緒に戦ったナーちゃんの目から見て彼女の戦いぶりはどうだイ?」

「……いくら?」

 

さっきの意趣返しと言わんばかりに、今度はナイトがアルゴに向けて手の平を差し出す。

アルゴは目聡いね、と漏らすが、その顔はニシシと楽しそうに笑っている。

 

「貸し1だネ。一度だけ情報をサービスする権利をあげヨウ」

「オーケー。そうだな……間違いなく技はキレる。スピードもある。あの時は疲弊し切っていたけど、それでもソードスキルの完成度は俺より上だな。悔しい事にね。体調が万全なら、実力は上から数えた方が早いんじゃないか?」

「随分高く出たネ。ユーちゃん以外にそこまでべた褒めなのは初めてじゃないカ?」

「茶化してるだろ? ……《リニアー》の撃ち損ないですら見失いかけたなんて初めてだ。というより、半端な《リニアー》であの速度が出るなんて恐れ入ったよ。ただ余裕が感じられない。まぁそれ以前に、”あんな理由”で戦ってるんなら余裕なんてあるとは思えないが。つまるところ、ソードスキルの完成度を除けば、危ういネトゲ素人くさいな。って感じかな?」

 

こんな話が何になるのだろうかと思うが、アルゴは思いのほか真剣に耳を傾けていた。

 

「随分真剣に聞いているけど、彼女には何かあるのか?」

「ちょっと縁があってネ。――これ以上は有料だヨ」

 

指を五本立てるアルゴに、「払わん」と突っぱねる。

アルゴは一度愉快そうな声を上げて、表情を改める。

 

「それじゃオレっちは一仕事あるから行くゾ。またナ、ナーちゃん」

「だからナーちゃんは止してくれよ」

 

ひらっと手を振り、身を翻すと、一瞬で人波に紛れて表通りを去っていく。

一人通りに残されたナイトは空を仰ぐ。

話題に上がっていた少女の元に向かったユウキへ思いを馳せた。

 

 

 

アスナは三日ないし四日ぶりに食事にありついた。

町外れのベンチで、NPCベーカリーで1コルで買える黒パンとタダで汲める泉の水一瓶を口にする。偽物であっても感じてしまう空腹感を満たす為に食べずにはいられない。それを悔しいと――パンがそれなりに美味しいと思う事も含めて――思いながら、黙々と口を動かし続ける。

わりと大きなパンが半分ほど消滅した頃、

 

「隣、座っていい?」

 

顔を上げると、そこに居たのは黒髪の女の子――ユウキだ。

何も言わずにユウキの顔を見ていると、「失礼しまーす」と笑顔でベンチの隣に腰を下ろした。

無言でベンチを離れ、振り向きもせずに立ち去ってもいいシチュエーションだが、年下の少女相手にそれをするのも何だか大人げなく、見過ごすことにした。

ユウキは抱えていた袋から瓶のミルクとアスナが食べているのと同じ黒パンを取り出した。

 

「あなた、それ美味しいと思ってるの?」

「ボクは好きだよ、このパン。それに……」

 

ユウキはポケットから小さな素焼きの壺を取り出した。ことん、とベンチの真ん中に置く。

 

「それを使うとすっごく美味しいんだ! 使ってみてよ」

 

使う、という意味を図りかねてから、アスナはおそるおそる右手で壺の蓋をタップする。浮き上がったポップアップメニューから『使用』を選び、指先が紫色に光る。それを左手に持った食べかけの黒パンに触れる。

すると、微かな効果音と共にパンの片面が白く染まる。ゴッテリと盛られた見覚えのあるもの、それは――

 

「クリーム? こんなもの、どこで……?」

「いっこ前の村で、《逆襲の雌牛》ってクエストの報酬だよ。ちょっと大変だけど……」

 

ユウキは苦笑いを浮かべながら、慣れた手つきでクリームをパンに塗る。それで内容量が使い尽くされたのか、壺は小さな音と光を放って散った。

ユウキはクリームを山盛りに塗った黒パンにかぶりつく。もぎゅもぎゅ、と笑顔で咀嚼する姿に、アスナは自分も物凄く久しい健全な空腹感に襲われた。

左手に持ったままのクリーム乗せ黒パンにおそるおそるかじる。

いつもぼそぼそと粗いだけのパンが、どっしりとした質感のある田舎風ケーキに変身したかのような味が口中に広がった。頬の内側がきゅうっと痺れるような充足感に打ちのめされ、アスナは夢中でパンを頬張る。

気付くと、両手の中の食料アイテムは欠片一つ残さず消滅している。ハッと隣を見れば、ユウキがニコニコとアスナの顔を覗いていた。

 

「ね、美味しいでしょ?」

 

クリームの存在に心が動いたが、今は羞恥心の方が勝った。この場から逃げ出したい気分だが、ご馳走になっておいてそれは礼儀知らずな行いだ。

何度も呼吸を繰り返して心を鎮めて、アスナはどうにか消え入りそうな声で言った。

 

「…………ご馳走様」

「どういたしまして」

 

ユウキは「クリームはまだあるよ」と、新しい壺を取り出すが、アスナはかぶりを振った。

 

「……いい。私は、美味しいものを食べる為に、この町に来たわけじゃないもの」

「じゃあ、どうして?」

 

その時、どうして心の裡を吐露したのか分からない。後になって思えば、ユウキの前では素直にさせてくれる雰囲気があったのかもしれない。

 

「私が……私でいるため。最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム……この世界に負けたくない。どうしても」

 

アスナの独白をユウキは黙って聞いていた。切れ切れで、首尾一貫していないであろう独白を――やがてアスナの声が風にさらわれるように途切れると、ユウキは一言呟いた。

 

「なら、勝とうよ」

 

アスナは一瞬、ユウキの言った言葉の意味が理解できなかった。けれどすぐにその無意味さを、その行いを否定する。

 

「百層よ? 二ヶ月かかってもまだ最初の一層さえ突破できてないじゃない! その間に何人死んだか知っているでしょう? 二千人よ!」

 

ただのプレイヤーの五分の一が退場した訳ではない。MMORPGで腕に覚えのある経験者たちが退場してしまったのだ。残された戦力は少ないのに、目指す場所は余りにも遠い。

 

「無理よ……私たちはもう帰れない」

 

目指す道の困難さ。何よりも、ルールも文化も全てが未知の世界であるという事。それがアスナに勝利の道を諦めさせるには十分だった。

 

「でも、ボク達はまだ生きてるよ。ボクも、お姉さんも、他のみんなも……」

 

そう言うユウキの表情はどこまでも真剣だ。まっすぐな瞳が、アスナの瞳を見ている。

 

「頑張れば何とかなる、なんて簡単な話じゃないのはボクにも分かる。でも、立ち向かわないとどうにもならないって事ぐらい、考えればすぐに分かるんだよ?」

「無駄よ。そんな事したって、どうせ死ぬしかないもの」

「ダメだよお姉さん! さっき『この世界に負けたくない』って言ってたけど、そんな気持ちじゃ勝てっこない! ううん、もう負けてるよ!?」

「っ!? 勝手なこと言わないで。あなたに、私の気持ちなんて分かるわけないでしょ!」

 

ユウキの言葉は、アスナの胸の痛い所を突き刺す。

最後の心の拠り所を、自分の行動を否定された怒りが叫びとなって口から出る。

 

「気づいてお姉さん。お姉さんは、もう帰れないって思ってる。このゲームはクリアできないって、勝てないって思ってる。戦う前から『勝つ気が無い』のに、どうやって『負けない』でいるの?」

「そ……それは……?」

「クリアを諦めてたら、どんなに頑張ってても戦う前から負けを認めてるのと同じだ、って。お姉さんは、それでいいの?」

「それは……そんなこと…………」

 

アスナは今まで戦い続けてきた。大小無数の試練を全て勝ち抜いてきた。だからこそ、この試練に挑む事すら諦めた今の状態が何を意味するのか、理解してしまう。

目指していたはずの道が、また無くなってしまった事を悟った。

 

「……だからって……今さら、何をしたらいいの?」

「――生きて、探そう。この世界でさ」

「えっ?」

「生きてれば、きっと何か見つかるよ。ボクも手伝うよ」

「こんな、偽物の世界で……」

「作り物だけど、ボク達は今この世界で生きてるんだよ。だったら、仮想か現実かなんて関係ないよ」

「……」

 

眩しい。目の前で笑顔を浮かべる少女が、今まで見てきたものの中で一番眩しく輝いている。

SAOに囚われてから、アスナはずっと迷宮のように薄暗い何かの中を歩いている気がしていた。その中に初めて光が差し込んだ気がした。フードで隠してジッと下げ続けていた目線を、初めて上に向ける事ができた。

目の前に映る笑顔と、差し出された手がとても暖かい。

 

「あ……大変だ!? 急がないと『会議』の時間に間に合わない」

「そうね……早く行きましょう」

「――うん!」

 

 

 

噴水広場の端っこで、ナイトは一人腰を下ろして会議が始まるのを待っていた。

ほんの一分前に四時になったのだが、会議はまだ始まらず、それに来るはずの相棒とおそらくもう一人が姿を現さない。

心配になってメニューを開いた所で、

 

「――もう、会議始まっちゃった?」

 

隣に小柄な影が、文字通り飛び込んできた。ユウキである。

 

「んや、まだ。……一緒に来たか」

 

後ろに赤いフーデッドケープを被ったレイピア使いもいた。急いできたのか荒い息を吐きながら膝に手を当てている。それはユウキも同様だ。

 

「はーい! それじゃ、ちょっと遅いけどそろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に……」

 

広場中央の噴水の縁にひらりと飛び乗った青年が、堂々とした喋りで会議の始まりを告げた。

その言葉に従って、ナイト達は少し前に出て腰を下ろす。

 

「よかった、間に合って」

「予定の時間は過ぎてるけどね」

「うぅ」

「――意地悪ね。間に合ったからいいでしょ」

 

ユウキに軽いトゲをさすと、レイピア使いから援護射撃が飛んできた。

それに驚き、ナイトは目を瞬かせる。

 

「なによ?」

「ん……何でもない」

 

レイピア使いは何か言いたげだったが、広場の中央に立つ青年が話を始めたので口を噤んだ。

 

 

 

この攻略会議のリーダーに名乗り出たのは、ディアベルという青髪の青年だ。「気持ち的に《ナイト》やってます」という言葉を示すように、金属鎧、大振の直剣に盾という騎士の様な装備。

おまけに、噴水近くの一団――おそらく彼の元々の仲間――からの「ほんとは《勇者》って言いてーんだろ!」などという野次が飛ぶが、あながち間違いでないと思えるほどのイケメンだ。

最初に彼の口から告げられたのは、彼のパーティーがついにボス部屋を発見した事だった。

ディアベルは言う。ボスを攻略し、このゲームがクリアできるものであることを伝えるのが、自分たちの義務である、と。

その言葉に、広場に集まったプレイヤー達から拍手と歓声が上がる。彼の言葉に皆の士気が上がる。やる気を出させる言葉を投げかけてくれる者がリーダーとなってくれて良かったと、ナイトは思った。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

低いだみ声が、歓声を割って入る。

その声の主は人垣を割って飛び出し、噴水の前まで躍り出る。

 

「仲間ごっこする前に、こいつだけは言わしてもらわんと気がすまん」

 

とても特徴的な――頭がモヤッとした時に投げるとスッキリできそうな――尖ったスタイルの髪型をした茶髪の男。

ディアベルに促された彼は「わいはキバオウってもんや」と名乗り、広場にいる全員を睥睨し、低くドスの利いた声で言った。

 

「元βテスターの卑怯者ども! 出てこい!!

 こん中に五人や十人はいるはずや。正直に名乗り出い!」

 

彼が言い出した言葉は、元βテスターを糾弾するものだった。

キバオウ曰く、この一ヶ月で出た二千人の犠牲者は元βテスター達の責任である。彼らが見捨て、ウマい狩場やボロいクエストを独占したせいで、ビギナー達はろくにレベル上げも出来ずに危険な狩場へ赴いて死んだのだ。その中には他のMMOではトップ張ってたベテランもいて、アホテスターの連中がちゃんとやっていれば、今頃は二層や三層まで突破できていたに違いないと。

だから、ここに居るはずの元βテスターは土下座して、貯め込んだ金とアイテムを差し出せ。それができなければ攻略メンバーとして認めない。

キバオウはそう主張した。

だが、誰もそれに応じる姿は無い。誰だってそんな無茶に従う気も無ければ、出て行って糾弾される対象になどなりたくなんてない。

 

「発言、いいか?」

 

そんな暗い沈黙を、豊かな張りのあるバリトンが破った。

声の主は身長百九十はありそうな体躯。頭もスキンヘッド、肌はチョコレート色だ。もしプレイヤーカーソルが無ければ、NPCだと思えるほどその姿は嵌っている。

そんな筋骨隆々な巨漢が前に進み出て、広場に居る他のプレイヤーに頭を下げると、キバオウに向き直った。

 

「オレの名前はエギルだ」

 

自己紹介の後、エギルはキバオウの主張を確認し、一冊の本を取り出した。

彼が取り出したのは、今や道具屋で無料配布している『攻略本』だ。この本の世話になった者も多い。というより、今この『攻略本』を持たないプレイヤーはいないだろう。それくらい、この本には重要な情報が載せられている。

エギルは、この『攻略本』に載ってる情報の提供者はキバオウが糾弾する元βテスター以外には有り得ないと主張した。今このゲーム内で最も早く情報が提供できる者は、常に先を行く者たちだけだと。

情報はあったにも関わらず、たくさんのプレイヤーが死んでしまった事を、引き際を見誤ってしまったからだとエギルは言った。けれど、この会議ですべきことは責任の追及などではない。自分たちがどうすべきかだ。と、エギルは締め括った。

 

「……勝負あったわね」

 

レイピア使いが、横でため息を吐きながら言った。

 

「まったく……いるのよね。不幸になったらみんな一緒に不幸になろうっていう人」

「先に行ってくれた人のおかげで、ボクたちは安心して戦えるのに、どうして……?」

「誰もがあのエギルさんみたいな大人になれない、ってことだろうな」

 

探せば、複雑な顔をして『攻略本』を見ているプレイヤーは少なからずいる。

広場の中央では、ディアベルが元βテスターの力は必要なものだと主張してキバオウを説得していた。

会議が本題に入ろうかという時、誰かがディアベルの名を呼びながら手を振って駆け寄ってきた。

 

「これは……攻略本のボス編!?」

 

それは、広場の隅のNPC露天商の元で委託販売されていた。もはや当然の如く、値段は0コル――無料だ。

まだ見てもいないボスの情報がどうして、と広場はざわめくが会議を一時中断し、攻略本を取りにプレイヤー達は露店に並ぶ。

 

「ボク取ってくる」

 

ユウキがその身軽さを活かして、早々と攻略本を三人分取ってきてくれた。

本――というよりはパンフレット――の内容は、見事の一言に尽きた。

ボスの名前から、推定HP量、武装とその間合い、使用するソードスキルにダメージ量がびっしりと書き込まれている。さらに取り巻きのMobの解説からPOP回数までも書かれている。

それを読んだプレイヤー達――ディアベルはいけると、数値的に攻略は問題ないと言い、安堵の息が広がる。

だが、最後に書かれた一文がまた一波乱を呼んだ。

 

「あぁん!? ちょおまてまてまてぇ! これ見てみぃ!」

 

キバオウが叫んである一点、『情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります』と書かれた赤い注意書きを指した。

 

「あの情報屋、誰がβテスターか知っとるんや。いや、あの鼠女自身がβ上がりに違いないで。これは一度、話を聞かなあかんなぁ?」

 

キバオウのその一言が、明確な対象を得たことで波紋が急激に広まった。

この情報を鵜呑みにして良いのか。大事な情報だけ省いて罠にはめるのではないか。この情報が正しいと、元テスターが先頭に立って証明すべきだと。

一度は収まったはずの糾弾問題が、再び起き上がった。それもさっきよりも大きなものとなって。

 

「……クソがっ」

 

ナイトは呆れ半分、いや苛立ちの方を多く含んで吐き捨てた。

ユウキが「ナイト?」と心配そうな声をかけてきたが、今はユウキの顔を見返すのを憚れた。

ナイトは手で顔を半分隠して立ち上がり、言った。

 

「発言、俺からも良いですか?」

 

広場中の視線がナイトに集まる。

その数に気圧されそうになるが、それを払い落とす様に隠した手で顔を撫でる。

広場の中央――キバオウと向き合える場所まで進み出た所で、ディアベルから「まずは名前から」と促された。

 

「俺の名前はナイト。ちなみに夜のNightですよ、騎士《Knight》さま」

 

軽い冗談を入れて、肺の中に詰まった余計な息を吐き尽くす。

軽い失笑が起きたが、これから言う事を思えばむしろ優しい。

 

「本音を最初に言いますが……キバオウさん、アンタは攻略メンバーから外れて下さい」

「な、なんやてぇ!!??」

 

キバオウがナイトに詰め寄る。

広場に居たプレイヤー達もナイトの発言に耳を疑った。広場が沈黙に包まれ、息が詰まっていく。

数十秒間、ナイトとキバオウの睨み合いが続くが、いち早く正気を取り戻したディアベルが間に入り、ナイトに説明を求める。

ナイトはもう一度大きく息を吐き、ゆっくりと語り始めた。

キバオウが求めた賠償によって失われる戦力。それは、おそらくこのゲームで最大の戦力にあたるという事。その戦力を、この攻略に集まったプレイヤーの約一割以上を早急な復帰不可能にするという事。それに伴う今後の攻略の遅延。例え賠償によって得られた物から他のプレイヤーの強化を行っても、失われた戦力を取り戻すに至らないであろうという事。デメリットが大き過ぎる事を語る。

対して、キバオウ一人が抜けて減る戦力。失われるのは第一層のボス攻略に挑む人数が一人減るだけ。どちらがより攻略に必要か、広場に居る者達に問いかける。

当然の如く、キバオウはくだらない事をぬかすなとばかりに噛み付くが、ナイトはさらに論を重ねる。

まずはエギルの主張を肯定する。情報を発信してるのは元テスターであるという推測。先に進んだ彼らが他を見捨てた事は否定できない。利己的な行動故に非が無いとは言えないが、先を行くが故に、彼らこそが最も危険な道を進んでいるであろう事。そういった彼らの中にも犠牲者は存在するであろう事。そんな当たり前の事実を無視して、一方的に悪を押し付けるのはただの逆恨みだと。

もしそれが違うのであれば、この町にはキバオウの言う卑怯者――自己強化に成功した者達で溢れ、それこそ攻略が進んでいたのでは、という可能性。

ナイトは淡々と語り続ける。最後に、自己強化に成功し、なおかつここまで生き残った実力と幸運。そして、何の為であれ、ボスに挑もうとする気概。それらを持ち合わせた者の力が、この攻略において頼りになるのだと。ナイトはそう締め括った。

広場の中には微妙な表情をして聞く者もいるが、納得したように肯く者もいた。

 

「そういうあんたこそ、元βテスターやろう!? 偉そうに仲間を庇いしくさって!」

 

キバオウが憎々しげに吐き捨てる。その言葉に広場はまたざわめくが、それだけだった。

ナイトの主張、元βテスターが卑怯者でもなんであろうとも、その戦力は大きく、頼りになるものである事は――たとえ否定したくても――認めざるを得ない事実なのだ。それを除く事とボス攻略に挑む事はどうしようもない矛盾をはらんでいる。どちらを呑みこむべきかは、自分達の目的を考えればおのずと決まる。

 

「なんなら俺は抜けてやろうか? ただし、アンタも同じ立場になってくれるならな」

「なっ!? なんやとぉ……」

 

あえてナイトは自身のタワーシールドとヘビーメイスを床に置いてみせた。

それを見たキバオウは呻く。自身の命を預ける大事な武具を手放そうとするのは、誰だって躊躇われる。

ナイトとキバオウの無言の睨み合い。再び広場は沈黙に包まれ、今まで以上に冷たい空気が流れる。

それをディアベルが大きな柏手の音を立てて破る。誰もが、これから告げられるリーダーの言葉を固唾をのんで待った。

 

「みんな、今オレたちに必要なのはボスを攻略するための力だ。思うところはあるだろうけど、今だけはこの第一層を突破するために力を合わせて欲しい。ボス戦ではチームワークが大事だ。どうしても一緒に戦えないって人は、残念だけど抜けてもらうしかない」

 

特に諍いの元の二人には、とディアベルは告げた。危険のタネは最悪切り捨てると。

語り尽くしたナイトはもちろん、キバオウもこれ以上続けるつもりはなく、ディアベルの言葉に従って集団の中に下がる。もちろん、置いた装備を忘れずに。

 

「――意外ね。あなた、自分からケンカを売りに行く人には見えないのに」

 

元の位置まで戻ったナイトを出迎えたのは、そんなレイピア使いの言葉だった。

 

「色々あるけど……嫌いなんだよ。キバオウの言い分もだけど、それ以上に賛同して勝手な事を言う奴が」

「ふーん。まっ、あまりハラハラする真似は止してちょうだい。最後なんか、お隣は心配して震えてたわよ」

「あっ――――それは……」

「――そう、だよな。ごめんユウキ。頭に血が上り過ぎてかなり勝手な、危ない真似をした」

 

ナイトは素直に頭を下げる。

ディアベルが穏便な形で済ませてくれたからよかったが、場合によってはこの攻略だけでなく長期間の前線からの離脱。最悪、それ以上の可能性だってありうる。

勢いでやっていい事ではなかった。

 

「ボクは……許さないから。だから、次からは気を付けてよ」

 

ユウキは絞り出すような声で言う。

普段見せない――ナイトは見たことのない姿に、ユウキの怒りをナイトは窺い知る事ができない。

 

「ユウキ――――」

「それじゃ、改めてボス攻略の話を始めよう! まずは――」

 

ユウキに何か言わないといけなかったが、それはディアベルの呼びかけで遮られる。

掛けるべき言葉は見つからず、しかし他のプレイヤーにもこれ以上迷惑をかけたくはない。今は腰を下ろし、会議を進行させるディアベルの言葉に集中したのだった。




内容が内容だけに手直しが多かった。
会話形式で進めると話が間延びして、最後はこのような形に。

続々と原作キャラが増え、次回でついに彼も正式に登場。
またも会話に悩みそうな流れ。でも一番の悩みの種はユウキ達女性キャラの心情。女心は男にはいくら考えても分かりません。
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