今回は、いわゆる準備・強化回のようなもの。
それでは本編をどうぞ。
トールバーナの町の東に位置する牧草沿いに在る農家。その二階に四人のプレイヤーが集まっていた。
その後の攻略会議にて、ボス攻略に集まった計四十六人のプレイヤーでパーティーを組み、役割を分ける事に決まった。SAOではワンパーティー六人の計八パーティーでワンレイドが構成される。広場に居る人数ではわずかにフルレイドに満たない。一ないし二パーティーがフルメンに満たなくなるのだが、その唯一のフルに満たなかった四人がここに集まったのだった。
「ん……美味いな。飲み放題なら、瓶にでも詰めて持ち歩きたいね」
「残念だけど、宿から持ち出すと五分で耐久値が全損。その後は激マズな液体だけが残るという……」
「それは……。タダより高いものはないってか」
四人パーティーの内の男の一人――ナイトは、タダで飲める牛乳の味に舌鼓を打っていた。
「そういえば、メイスを使ってるんだな。《アニールブレード》はどうした?」
そう問いかけたのは、パーティー内のもう一人の男――キリトだ。
「運が無いうえにヘマしてね。一本しか手に入んなかったんだ。その一本も相方――ユウキに任せたから、俺は変化を付ける為に、メイスをチョイスしてみたんだ」
「なるほど。悪くないな」
「……ああ、そうだ。《アニールブレード》で思い出したけど、ホルンカの時は助かった。おかげで死なずに済んだよ」
以前ナイトがホルンカでクエストの情報を仕入れた相手が、他ならぬキリトだった。
「よせよ。俺は何もしてない」
「いや、『実付き』の話を聞いてなかったら、今頃は逃げ切れずに八つ裂きになってた。だから礼を言わせてくれ。ありがとう、キリト」
かつて見送った背中と、肩を並べて戦う時が来た。そう思うと、奇縁を感じずにはいられない。
「しかし、この部屋凄いな。普通の宿のプラス三十コルでこの広さに牛乳飲み放題付き。おまけに……」
ナイトは部屋の奥にある扉を一瞥する。
「風呂付の部屋が実装されてるとは知らなんだ」
「液体環境はナーヴギアも苦手らしいし、男はあまりそういうの気にしないからな。知らないのも無理ないさ」
「けれど、女子はそうはいかない。ってか?」
「やめてくれ。実はちょっと怖かったんだ」
この部屋は今キリトが借りている部屋である。ここに集まったのは他でもない、風呂があるからだ。
会議が終わった後、本隊と離れてPT内で交流を兼ねた話し合いをしようと提案し、話し合いをする場所として宿屋が挙がった時にキリトのこの部屋の仕様を聞いた途端、パーティーメンバーの女子二人がキリトに詰め寄ったのだ。それはもう、神速のソードスキルもかくやという勢いで。
そして今、その女子二人は部屋にいくつかある扉の内の一つの向こう――風呂場に居るのであった。
「まっ、良い部屋を貸し切っていた役得と思えば?」
「今は罰ゲームのような気分だよ。……なんでお前はそんなに余裕なんだ?」
「やましい真似する気無いから」
「ヘタレめ」とキリトが小声で言うが、ナイトは「緊張してガチガチなのは誰だ?」と返す。互いに不毛だと思い、すぐにこの話題は止めにする。
その時、外に繋がる方のドアから小刻みにコン、コココン、となった。ノックっぽいが、ナイトには心当たりがない。キリトの方は、びくーんと体を竦ませていた。さらにアタフタと周囲を見回している。
どうすればいいか悩むが、ノック?の主を外で待たせるのもどうかと思い、ナイトはドアを開けた。「あっ!?」とキリトは声を上げるが、ドアは既に開かれている。その先に居たのは《鼠のアルゴ》だった。
「アルゴ? どうしてここに?」
「やぁナーちゃん。今日は大活躍だったネ」
「嫌味か? それより……キリトに用か?」
後ろを向いて、いつの間にか姿勢を正したキリトの方を見やる。
「珍しいなアルゴ、あんたが部屋まで来るなんて」
ナイトとアルゴが顔を見合わせ、怪訝そうに首を捻るが、アルゴにはやる事があった。
「クライアントがどうしても今日中に返事を聞いてこいっていうもんでサ」
それが彼女の副業でもある『伝言屋』の話だと気付くと、ナイトは「席を外そうか?」と問うが、アルゴは「おかまいなク~」と手をひらひら振った。
とはいえ多少は気を遣うもので、ナイトは椅子を一つ借りて部屋の端に場所を移し、ボス編の攻略本を開く。だが、やはり少しは気になるもので、会話こそ聞こえないが攻略本の端から様子だけ盗み見る。キリトが驚きを呑みこんだり、アルゴが「わけ解らん」と頭を抱える珍しい姿が見える。
何度かメニューを操作しながら話し合いは続き、やがて商談が終わったのか、アルゴは音もなく席を立った。
「っと、帰る前に、悪いけど隣の部屋借りるヨ。夜装備に着替えたいカラ」
「ああ…………」と気のない返事をするキリトに構わず、アルゴは身を翻して外に繋がるメイン以外のドアに歩み寄る。
見ていないキリトは気付かなかったが、部屋の端にいたナイトにはしっかり見えていた。アルゴの表情が、とても楽しそうに笑っていたこと。そして、彼女が手にかけようとしたドアには、《バスルーム》と書かれたプレートが下がっていることに。
「待てよ、ネズミさん」
「なんだイ、ナーちゃん」
「着替えるだけならそっちのベットルームが空いてるぞ」
ギリギリの所でフードを掴んでアルゴを引き留めるナイト。今は誰も居ない寝室を指し示す。
「ナーちゃん、仮にもオレっちも女だヨ。人並み程度に風呂は気になるのだヨ」
「そうか。それならちゃんと家主のキリトに許可を取って入ってくれ」
「着替えるついでに、ちょっと確認するだけだヨ」
「アンタが笑ってるのが見えて安心できるかっ。っていうか、今人が入ってるから、少し待っててくれ」
ナイトの正直な告白により、アルゴは「仕方ないナァ」と諸手を上げる。
それを見たナイトも一息ついて、フードから手を離す。
「デ、今入ってるのはユーちゃんとアーちゃんかイ?」
「…………ああ。元々は、ボス攻略と明日の空き日の予定について話し合うつもりだったんだけど……」
「まずはお風呂だト。ところで鍵がないようだけド、ナーちゃんは覗いたりしないのカ?」
「するか、アホゥ!!」
反射的にナイトは叫んでしまう。結構な大音量だったらしく、アルゴは耳を塞ぐ。基本的にSAOは扉を閉めれば音はシャットアウトされてしまうので、被害にあったのは部屋にいるアルゴだけだった。
そこで、ナイトは一人の姿が見えない事に気づいて部屋を見回す。
「もったいないネェ。SAO内でトップクラスに可愛い美少女二人だゾ。その艶姿を見たいとは思わないのカイ?」
「あ? ……そりゃ、俺だって元は健全な高校生だ。興味無いって言ったら嘘になる――けど、だからってそれが覗きをする理由になるか!? 良識的に考えてしない――――あ゛っ」
その時、どうしてあんなに無防備だったのか。ナイトは深く後悔する。夕方に張り詰め過ぎたせいだとか、アルゴが来てから半端に張ってた気を一度緩めたせいだとか。言い訳したい事はあるが、問題になる一言を漏らし、それを”複数”の人に聞かれた事実に変わりはなかった。
「えっと、ユウキ……さん? 何時からお上がりに?」
いつの間にかバスルームへと続くドアは開かれており、武装を解除して部屋着になった少女――ユウキが顔を赤くして出ていた。
「その……アルゴさんが『もったいない』って言った時には……」
「あ~……アウトか?」
ユウキの後ろには、見慣れてきたフーデッドケープを脱いだレイピア使い――アスナがレイピアをオブジェクト化させながら立っていた。
「しないと言った根性は認めてあげなくもないわ」
「なら、やられる理由はないですよね?」
「でもね、ケジメは必要だと思うの」
ナイトが返事をするよりも早く、ナイトの視界が光に包まれた。圏内ではダメージが発生しない事が、唯一の救いだった。
翌朝、四人は森に蜂狩りに来ていた。
キリトの提案で初めたこのクエスト、内容はいたって単純で『大量発生した蜂を駆除して欲しい』との事だ。《ウインドホーネット》と名付けられた蜂型モンスターを五十匹ほど狩るというもので、現実世界ではまずお見えにならない見た目を除けば、低級モンスターを狩るだけの簡単なものだ。パーティーの連携戦闘を確認するのにも丁度いいという事で、朝から蜂狩りに勤しんでいた。
ユウキの目の前までホーネットは突進してくると、そこで短くホバリングした。そこからホーネットは巨大な毒針を尻から伸ばして攻撃してくるのだが、それよりも速くユウキの《レイジスパイク》がホーネットに炸裂した。技の威力自体は低めだが、ユウキの速力とカウンターで決まった突進突きが、多量のダメージと共にホーネットを大きく突き飛ばす。
「アスナ、スイッチ!」
「分かってるわ!」
そこに、アスナの《リニアー》がホーネットの弱点である腹の付け根を貫き、ギイイッ、という金属質な悲鳴を上げて巨大な蜂はポリゴン片となって四散する。
「くそっ。昨夜は一人だけこっそり逃げやがって……」
「そりゃ嫌な予感がしたからな。まさかお前があんなうっかり屋だとは思わなかったけど」
「くっ。返せる言葉が無い」
ユウキとアスナが奮闘する中、キリトとナイトは――すぐにカバーには入れる距離で――暇を持て余していた。
「しかし……やることないな」
「流石というべきか、予想通りというべきか? やっぱ同性の方が気が合うのかな?」
元々大した敵ではないが、十も倒した頃には攻撃パターンを見切り、苦戦はおろか手間取りもしない。動作の大きい毒針攻撃がこようものなら、ユウキはカウンターを、アスナは隙をついて弱点を、正確に突いてくる。後は体勢を崩した巨大蜂を、手が空いてる方が追撃して終わりだ。
高速突きからの高速突きによる二連攻撃。二人とも敏捷の高い高速タイプだ。大概の敵は逃げれるような時間など与えてもらえない。
「……四人一組で戦うより、2・2で別れた方が動きやすいかもな」
「男二人、女二人でか? でも俺たちの相手は取り巻きの《番兵》だ。鎧で固めた奴と二人の相性は良くはないな」
「なら、俺達が受け役として別れた方が安全か?」
「まぁ……無理に分ける必要はないだろ。俺たちはあくまで取り巻き専門部隊のサポートだ。四人でローテ組んでやれば充分だろ」
「……それもそうか」
暇な男二人、ボス攻略にあたってのプランを固める。与えられた役割は取り巻き相手のサポートだが、本隊が本命に集中する為には疎かにする訳にもいかない。
そうこうしている内に、蜂狩りは終わっていた。つまらなさそうな顔をしたアスナが、提案者のキリトに詰め寄る。
「この程度の敵、今さら相手するほどでもないんだけど」
「まぁまぁ。スイッチを使った連携戦闘はパーティー戦で必須。流れを確認しとくのは重要だ。それより、ドロップアイテム確認してみな」
キリトに促され、アスナは自分のストレージを確認すると「剣?」と呟いた。
「そ、《ウインドフルーレ》。レアドロップだけど、一回で出るなんて運が良いな」
キリトが目的の品《ウインドフルーレ》の解説をする。キリトの説明を聞きながら、アスナは剣をオブジェクト化させる。
「うわぁ、スゴク綺麗な剣」
ユウキの感嘆の声が示すように、淡い色合いの鮮やかな拵えに美しく澄んだ刀身が日の光を反射して輝く。
手にした新たな得物に見惚れるアスナ。そこには一つの芸術品ともいうべきものがあった。
「コホン。後は街で強化だナー」
見惚れる四人の活動を再開させたのは、どこからともなく現れたアルゴの声だった。
アルゴの紹介で訪れたNPC鍛冶屋でアスナの《ウインドフルーレ》の強化を初め、ユウキの《アニールブレード》の強化、キリトとナイトの武器の補修が行われた。
無事に強化は成功し、現状で最高の武装が用意できた。
アスナは買いたい物がある、と一足先に鍛冶屋を出ていく。ボス攻略部隊の集合時間は翌日の朝十時。それまでやっておかなければいけないものはないという事で、今日の所は解散。自由行動となった。
自由行動と決まった後のキリトは、ポーションなどの消耗品の確認と暇潰しを兼ねて商店を回っていた。
その途中、最近知り合った顔――買いたい物があると先に行ったアスナと偶然出くわした。
「……よう」
「……なに?」
フードに隠れて表情は見えないが、その声音は不機嫌さを孕んだものだった。出会ったばかりで親しいとは言えないが、それでもパーティーを組む者と険悪な雰囲気なのはやり辛い。
何か話題はないものかと視線を彷徨わせ、キリトはアスナの足元に目を引かれた。ブーツが目に見えてボロボロ――かなり損耗した状態になっていた。良く見ればフーデットケープも裾の方が綻びている。キリトはゲーマーとして、経験者として、何より同じ敵に挑む仲間として、ゲーム初心者と知る彼女に口を出さずにはいられなかった。
「そのブーツ、新しいのに買い換えた方がいいな。確か近くに良い店があったはず。それからそのケープも損傷が見られるから、修理か何かした方がいい。ついでに防具の方も見繕った方がいいか……」
そう言ってキリトは、アスナの手を引いて頭の中に浮かべたマップに従って歩き始める。
「ちょ、ちょっと……」
「明日はボスに挑むんだ。ダメになりかけの装備で行って、戦闘中に何かあったら目も当てられないぞ」
「わ、分かったからっ、手を離してちょうだいっ」
「あ……悪い」
大切な事だと思った事だが、少し強引な真似をしてしまったと後悔する。
軽く落ち込むキリトに、アスナは「気にしていないから」と声をかけ、
「ちょっと驚いただけ。ちゃんと行くから、案内してちょうだい」
アスナの言葉に、キリトは「分かった」と答えて気を取り直す。
それからアスナはキリトに薦められて新品のブーツやレザーグローブ。それからブレストプレートも以前の物より良い物に買い替え、フーデットケープも修復に出した。金の方は今朝を含めた今までの稼ぎと必要ないアイテムを換金したおかげで問題なく払う事が出来た。
装備が新調され、少なからずアスナの心も浮き立つ。
その後も二人一緒に消耗品の確認と補充をし、それが終わると黒パンを買って適当なベンチに座った。
「……ありがとう。思いのほか為になったわ」
「そうか。それはよかった」
「あなた、このゲームに詳しいのね。一家に一台あると便利、って感じ」
「ああ、それは――――このゲームって言うより、MMORPGってジャンルに詳しいって言った方が正しいかな?」
反射的にYESと。このSAO経験者であるベータテスターである事を明かしそうになって慌てて訂正するキリト。
話題を変えようとキリトはある壺を実体化させたら、アスナも同じ物を実体化させた事に驚く。
「珍しいな。あんたも《逆襲の牝牛》のクエストを受けたのか。あれは実入りも効率も良くないのに」
「違うわ。あの子から譲り受けたの。自分達の分はまだあるからって」
「あの子って……ユウキのことか?」
アスナは「そうよ」と言って、黒パンにクリームを付けてかぶりつく。
キリトは「美味いよな、これ」と言って、自分の分のクリームをつけてかぶりつく。アスナはその言葉に素直に頷いてクリームパンを食べ進める。
特に会話も無くクリームパンを食べ終わり、その後も沈黙が続く。
キリトはその沈黙の時間が落ち着かず、何か話題はないかと視線を彷徨わせる。
「ねえ。あなたは……このゲームをクリアできると思ってる?」
そんな所在なさげなキリトの様子を気にせず、アスナは話を切り出した。
キリトは向こうから話しかけられた事に驚きながら、その質問の内容を吟味する。
「そう――だな…………正直分からない」
「あんなに詳しいのに?」
「このゲームはとっくに普通じゃなくなってる。普通のゲームなら死んでもペナルティを受けるだけで、生き返ってやり直す事が出来るけど、このゲームは一回死んだら終わりだ。今までの常識を当て嵌めてたら、この世界には通用しない」
ゲームの進行度合は未だ百分の一。それに対してプレイヤーは全体の五分の一が犠牲になっている。
ゲームだからクリアできないはずないと思うが、今のペースで進めば全100層をクリアする前にプレイヤーが全滅する未来が目に見える。
「なら、あなたは何の為にボスに挑むの?」
「俺は……生き残るため、かな? それと、弱くならないため」
「弱く?」
「MMORPGっていうのは、レベルが上がればその分強くなれる反面、そのためのリソースが限られている。常に強くあり続けるためには、危険な最前線に身を置き続ける必要がある」
「ふーん。まるで試験みたいね。順位や偏差値をキープする為に、ずっと勉強し続けなきゃいけないみたい」
「まあ……そんなもの、かも……」
ネットゲームビギナーには分からないモチベーションかと思ったが、意外な角度から納得されてしまった。
「そういうあんたは?」
「私? …………分からないわ。今回のこともあの子たちに誘われてだし」
「そっちには聞いたのか?」
「いいえ。でも、少しユウキと話をして、あの子は『この世界で生きてる』からって。『仮想か現実かなんて関係ない』って言ってたわ」
「羨ましいな。俺はそこまで前向きに考えれそうにない」
自己の安全と強化の為に他人を置き去りにして走ったキリトには耳が痛い話だ。生き残る為と言えば正しいが、言葉を変えればそれは死なない為の行動。『生きよう』とするそれと比べれば遥かに後ろ向きに感じる。
「そうね。眩しかったわ、とても」
生きようと言った時のユウキの笑顔の眩しさを思い出す。その眩しさに顔を逸らすどころか、手を翳してでもその輝きに目を向けようとした事を。
新しく手に入れた細剣《ウインドフルーレ》を抜いて、その美しい刀身を眺める。
「よっぽど気に入ったんだな、そのレイピア」
「――そうね。剣がこんなに美しいものだなんて知らなかったわ」
ゲームという、アスナにとって未知の世界で出会った目を奪われるほど美しい物。これほどの物に出会える世界なら、この偽物の世界もそんなに悪くないのかもしれない。そう思えた。
「明日、あの空の向こう側を目指すのね?」
「ああ。あの空の先には、アインクラッド第二層の大地が待っている」
《ウインドフルーレ》の切っ先が空を指す。
キリトとアスナは、その先にある大地を想像しながら、空を見上げた。
自由行動と決まった後、ナイトとユウキは動きやすく、なるべく人目に付かない場所を探して、町外れの牧草地帯まで足を運んだ。
ユウキの強化された《アニールブレード》の感覚を確かめるため、デュエルをする事にしたのだ。
モードは《初撃決着》。間違ってもHPを全損させたりはしないが、これから行うのはボス戦に向けての最終調整を兼ねた真剣勝負。自然と二人の表情は険しくなる。
カウントが進むにつれて増していく緊張感を、呼吸を整えながら集中力へと変えていく。
カウントがゼロになった瞬間――ナイトが動き出すよりも早く――ユウキが一気に間合いを詰める。ユウキの剣の間合いから後二歩の距離から、強烈な踏込で《レイジスパイク》を放つ。
筋力も体格も小さいユウキが、スピードと勢いでそれらを補って余りある力を生み出した一撃。システムアシストによって強烈なエフェクトを放つ攻撃は、ナイトの盾によって防がれる。
「ちぃっ」
ナイトからしてみれば、開始と同時に視界の端っこから光る弾丸が飛び出してきたようなものだった。下から突き上げてくる勢いに押され、押し上げられそうになる足を踏ん張って堪える。
その間にユウキは左に回り込み、盾に守られていない隙間――ナイトの右側から突きで攻め込む。
ナイトは腋を引き締め、腕で体を、棍棒で顔を守る。数撃腕や肩を突かれるが、ポイントアーマーが阻み、クリーンヒット判定にはならない。
棍棒を横に払ってユウキの剣を弾き、ステップで距離を取りつつ体勢を立て直す。
ユウキもすぐに立て直し、距離を詰めて斬撃で攻め立てる。強化によって《速さ》が上がった《アニールブレード》の前に盾が押し返されていく。
押し切られる前に、と一歩だけ下がり、蹴り足に力を溜め、盾を突き出して踏み込む。筋力と体格が上だからこそできる強引な攻め。盾による体当たりでユウキの剣を弾き返し、体勢が崩れた瞬間を狙ってソードスキルを発動させる。
「ハアァッ!」
渾身の振り下ろしの《ストライク》。ユウキが翳した《アニールブレード》を打ち払い、地面を叩いた。
――すかされた。と気づいたのは、目の前で独楽のように回りながら剣がライトエフェクトを放った時だった。
「てぃりゃあぁぁっ!!」
遠心力を加えて放たれた横薙ぎの一閃は、硬直で無防備なナイトの背中を斬り裂いた。
「あぁ~楽しかった。ありがとね、ナイト!」
「それはよかった。で、剣の具合は?」
「うん! すごく振りやすくなったよ! 前より軽くなって、別の剣かと思っちゃった」
剣の強化はユウキの手に合っていたようだ。そのはしゃぎっぷりから疑うまでもない。
「それより大丈夫? 背中、思いっきり斬っちゃったけど……」
「問題ないだろ。痛覚は無いし、この後圏外に出る予定もない。正直、今朝は暇で物足りなかったんだ。デュエルでその鬱憤を晴らせたから良いよ」
「うん。おかげで、ボクもスッキリできたよ」
ふと、ユウキに斬られてでもスッキリしてもらう事案が頭をよぎる。
「……もしかして、まだ怒ってるのか?」
「えっ? ボクが何を……?」
「あぁ……ほら昨夜の事とか……色々と……な?」
「うぇっ!? そ、その話は、もういいよ」
ユウキは赤くなって俯いてしまう。ナイトにとっても蒸し返したい話ではないので止めにする。
上を見上げると、青空が広がっている。だが、その先には第二層の大地がある。
空を仰ぐナイトに倣って、ユウキも空を見上げる。
「ボク達、これからあの空の向こうを目指すんだね」
「そうだな。明日、ついにボス戦が――本格的な攻略が始まるんだ」
今の時刻は十三時を過ぎた所。明日の今頃はボスと戦っている頃か、第二層に足を踏み入れているか。それとも目に映る空へ散っていくのか。
運命の時が迫ってきている。
「ユウキ……」
「うん……?」
「明日は、勝つぞ」
「うん。勝とう。みんなで一緒に、第二層に行こう」
目指すものが一緒なら、何も恐れる必要はない。
決戦を前に決意を新たにし、二人は拳を打ち合わせた。
入浴シーンがあると思ったか? 残念だが俺には書けん!? ……はい、期待してた方はいたらごめんなさい。カットです。
諸事情で練習がてら、ナイトとユウキのデュエルを挿入してみました。
が、個人的には軽量ブレーダーと軽タンの一騎打ちって、片方があんまり動けないから描写映えしねぇなぁ、と中々に難儀。
次回はオーソドックスにボス攻略戦。
・備考
《ストライク》
片手棍の基本技。片手で持って上から叩きつける単発攻撃。