叫び声――いや、悲鳴がボス部屋を満たす。これほど絶望に満ちた声は、『あの日』以来かもしれない。
リーダーが真っ先に倒れる。いや、死ぬという状況はあまりに想定外で、どうすべきなのかほとんどが判断できないでいた。
それはキリトも同様だった。逃げるか、戦うか。
今までの――利己的なソロプレイヤーとしての行動規範を貫くなら、まだ多くのレイドメンバーが立っている内に出口に向かってひた走るべきだ。仲間が何人殺されようと、むしろ積極的に盾にして、自分の安全を確保するべきだ。
けれど、不思議とそんな思考は微塵も浮かばなかった。
「B隊はC隊を安全圏に……」
「オ、オウ。急げ、ボスの追撃が来る前に負傷者を助けるぞ!」
気を取り戻したエギルが隊に指示を出して、倒れたC隊の面々を避難させる。
ボスの前から人が掃けていく中、キリトは人知れず決意を固めていく。炎にも似た何かが、両の脚を生死の際へと向かわせようとする。一体それは何か。もしかしたら、ディアベルが言い残そうとした一言かもしれない。
ボスを――――倒せ。最後まで言い切る事ができなかったが、最も近くにいたキリトには、そう言った気がした。指揮官である彼が最期に下した決断は、『撤退』ではなく『血戦』。ならば、レイドの一員としてその遺志に従おう。
しかし、あくまでレイドの一員でしかないキリトにはその決断を他人に下す権限は無く、同時にそれに付き合わせていいのかという迷いを消し切れなかった。
「――――アスナ。後方に下がって、やばいと思ったらすぐに離脱しろ」
迷った末、傍らに立つパーティーメンバーにそれを告げる。だが、アスナは動かない。
その間にも、ディアベルを仕留めた《ロード》はゆっくりと近づき、日本刀――野太刀を腰だめに構えた。
「早く!! ――ッ!?」
キリトも右手の剣を左腰に据え、地を這うような低さから右足を全力で踏み切る。
同時に、《ロード》も視認不可能な速度で野太刀を斬り払った。
左から突き上げるキリトの剣の軌道と、《ロード》の野太刀の軌道が交差する。甲高い金属音と共に火花が弾け、キリトと《ロード》は互いの剣技を相殺させて数メートルはノックバックした。
そこで生まれた隙を――アスナは逃さず捉え、《ロード》の右脇腹を打ち抜いた。
「一人で恰好つけないで。――私も行くわ」
構えるレイピアの切っ先が微かに震えているが、アスナはきっぱりと宣言した。それに、
「そうだよ! それに、ボクたちはパーティーなんだから……」
薄青い光に包まれた小柄な影が、技後硬直中の《ロード》の胸を打ち抜き、キリト達の元まで飛び退いてくる。
続けて、複数の赤い光が飛来し、《ロード》の顔面を刺す。
「一人で背負い込むなよ。やるぞ、みんなで」
剣を構えて明るく笑いかけるユウキと、左手に盾を持つナイトがその場に駆け付けた。
少し、時間は遡り……
《事前情報と違う》《リーダーの喪失》という大き過ぎるアクシデントを前に、冷静な思考では『撤退』の選択肢しかない。
しかし、身体はいう事を聞いてくれない。目の当たりにした『死』という光景に、心が委縮してしまっていた。
だが、事態は刻々と変わる。
もう湧かないはずの《センチネル》が再び湧いてきた。委縮し、恐慌状態に陥りかねない中での敵の増援。冷静に対処できず、どんどん押し込まれていく。
駄目か。と諦めが過ぎった時、腕にかかる圧力が消えた。
目の前の《センチネル》が散っていく先には、ユウキがいた。
「ユウキ……?」
いつもと変わらない――いや、いつも以上に険しい表情をしている。
呆然と見ていると、ユウキは左拳を上げ、ナイトの胸を打った。
「しっかりして、ナイト。いつもなら大したことない相手だよ?」
「ユウキ……」
「大丈夫。ボクたちならやれる。だから……」
ユウキが浮かべる笑顔は、こんな時でも変わらない。明るく、力強い。
それを見れば、力が湧いてくる。戦う理由が生まれる。だから、
「サンキュ……おかげで落ち着いた」
ユウキが差し出した手を取り、立ち上がる事ができる。
「行こう、みんなを助けに!」
「ああ……行くぞ」
ナイトは、ユウキと共に奮闘する仲間の元へ駆け出した。
レイドのH隊として組んだ四人が、今初めてボスであるコボルドの王と正対した。
「うわぁ。初めて近くで見たけど、すごい迫力」
「そりゃ第一層とはいえボスだからな。生半可なものを据えたりはしないだろうさ」
「あなたたち……何暢気に話してるのよ……?」
「いや、変に身構えるよりいいさ」
唸りを上げて四人を睨めつけるコボルドの王。
対する四人は、各々の体勢を整える。キリトは剣の握りを確かめる。ナイトは足場を確かめるようにならし、ユウキは軽く跳ねる。アスナは邪魔だと言わんばかりに、ケープを引き剥がした。
「手順は《センチネル》と同じだ! ……行くぞっ」
キリトの言葉を皮切りに、四人は各々のポジションへと動き出す。
ユウキとアスナが《ロード》の左右にそれぞれ分かれ、ナイトが正面、キリトはその後方に付く。
「無理に相殺は狙うな。技の軌道は指示するから、受け切ってくれよ」
「了解っ!」
相対する《ロード》と視線が交わり、嗤う《ロード》に哂い返すナイト。
それを合図に野太刀の刀身が輝き出す。後ろから飛ぶキリトの指示に従い、盾を翳して受け止める。派手なサウンドエフェクトが何度も炸裂する。HPの減少をゼロに防ぐ事はできないが、ガードに徹している以上劇的に減らされる事は無い。
《ロード》のソードスキルを防いだ後の技後硬直の隙を狙って、キリトの合図でナイトを除く三人が同時に攻撃を仕掛ける。ボスはその巨体故に複数人で同時攻撃ができるというプレイヤー側の利点を生かし、《ロード》の最後のHPバーを削る。
「下がれっ!」というキリトの指示で、キリト達三人がボスから離れ、入れ替わりでナイトが前に出る。同時にナイトは右手に二本のナイフを持ち、弱点である首元を狙って二本のナイフを一緒に投擲――《ツインシュート》を放つ。弱点とその付近の顔面を狙ったナイフに《ロード》の注意と僅かにHPを奪う。追加でもう二本投げるが、それは野太刀に弾かれる。
けれど、《ロード》の視線がナイトを捉える。交わされる視線にナイトは嗤い返す。《ロード》が雄叫びを上げ、刀身を輝かせてナイトに猛然と斬りかかった。
「左斬り下ろし!!」
「あいよっ!」
高速の斬撃に意識を集中して、盾で受け止める。
カタナの圧倒的な速さに初見のスキル。少し気を抜くだけで抜かれる攻撃に冷や汗が流れるが、盾を持つ手に力を込めて、斬撃を防ぎ続けた。
「アイツら……」
E隊を立て直し、《センチネル》の相手を続けていたキバオウは、スイッチで代わった僅かな合間にボスとの戦闘の様子を見ていた。
「スゲェ……」
「あの子たち……ただもんじゃねぇ!?」
「それに――あいつ、ボスの行動を全て見切ってるのか?」
キバオウの他、ボスとの戦闘に目を奪われたプレイヤー達は感嘆の声を漏らす。
「アホッ! 気を抜くなや。取り巻き共はどんどん湧いてくるんやぞ!!」
キバオウが叱責を飛ばし、プレイヤーは自分達の戦いに戻る。
もう一度ボスとの戦闘を見て、キバオウは「フンっ!」と鼻を鳴らして自分の戦いへ戻った。
実際には僅か数分でも、全力で集中する中では永遠に等しい感覚だ。
ポーションを飲みながら、投剣で牽制しつつヘイトを必死に稼ぎ、ボスの攻撃のほとんどを引き受けるナイト。ポーションによる回復を行う僅かな間だけキリトに防御を任せるが、気の休まる時など無いに等しい。それでも、
「水平の二連撃!!」
「――ッ!?」
「……アタックっ!!」
キリトの指示で戦闘は順調に推移している。《ロード》のHPはとうに三割を下回り、バーは赤く染まっている。
スイッチの一言でアタッカーと入れ替わり、投剣で注意を引き付ける。すでに何度となく繰り返した行動。このままいけば勝てると思った、その矢先の事だった。
袈裟懸けと思われた斬撃は、くるりと半円を描いて刃が翻り、逆袈裟に変化した。
「しまっ……!? ランダムの……」
キリトの読みを外され、下から潜り込む様な斬撃がナイトを襲った。下から跳ね上がるような衝撃がナイトの身体を浮き上がらせる。
だが、そこで終わりではない。宙に浮いたナイトを《ロード》は追い、自らも跳ぶ。野太刀を両手で持ち、打ち下ろしの一撃を放った。
「冗談――――だろぉっ」
声を絞り出しながら、ショックで痺れる身体を必死に動かし、盾の中に隠れるように丸くなる。
打ち下ろしの一撃は、ナイトを床に強烈に叩きつけ、二度三度とナイトの身体が跳ねる。
「ナイトッ!?」
誰かが悲鳴のような声でナイトを呼ぶ。
それに応えたかのように、ナイトは身体を震わせながら上半身を起こす。HPは奇跡的にドット単位で残っていた。
けれど、ナイトの目の前に《ロード》が降り立った。盾を落とし、無様に床に這うナイトを見て嗤う。
ナイトが顔を上げると、《ロード》と視線が交錯する。絶体絶命と言える状況。それでも、ナイトは意地で笑みを崩さなかった。
《ロード》が、唸りを上げて野太刀を振り下ろした。
「ナイトォォォォ――――――ッ!!??」
終わる寸前のナイトを救ったのは、横から野太刀を突き飛ばした剣だった。
「ユウ……キ?」
「おいで。今度はボクが相手になるよっ!」
倒れたナイトを庇い、剣を構えて《ロード》と正対するユウキ。
巨漢の獣人と小柄な少女。傍から見ても絶望的な構図だ。
「よせっ、無茶だユウキ!!」
「危険よっ!? あなただけでも逃げなさい!!」
「――――――――」
周囲の言葉が聞こえていないかのように、深く静かに呼吸を繰り返しながら《ロード》を睨めつけるユウキ。
《ロード》もユウキを睨めつけながら、ゆっくりと野太刀を構え、刀身に光が集約されていく。
溜まった光が解放された瞬間、ユウキと《ロード》の間でエフェクトが炸裂し、その空間を呑み込んだ。
二人と一体を呑み込むほどのライトエフェクトと、広間に響き渡るサウンドエフェクト。
おそらくボス部屋に居た誰もが、その光景を固唾をのんで見守っていた。
「…………」
徐々に収まりつつあるエフェクトの中からいち早く抜け出したのは、
「……目の前で見たのに信じられねぇな」
左手にポーションの瓶を持ったナイトだ。動ける程度まで回復し、近くに転がっていた銀の長剣を拾い上げる。
ナイトは先の中心から距離を取って、長剣を大きく振り被った。
「行けえぇっ!!」
《スイングシュート》――腕を勢いよく振り抜いて長剣を投げ放った。
エフェクトが晴れた所に、《ロード》が技後硬直で棒立ちになっている。そこにナイトが投げた長剣が《ロード》の首元を貫いた。
「グゥルゥォォォ――――」
《ロード》が苦悶の声を上げた。
「っ!? 続け、アスナ!!」
「――了解!!」
キリトとアスナが《ロード》に向かって駆け出す。
それに合わせるように、エフェクトが晴れた中で硬直から回復したユウキが動き出した。
「「ハアアアァァッ!!」」
《リニアー》と《レイジスパイク》。アスナとユウキの渾身の突きが《ロード》を前後から挟む様に撃ち込まれる。
僅かに遅れて、青い光芒を纏ったキリトの剣が、右肩口から腹までを斬り裂いた。
勢いよく減少するHPバーは……僅かに一ドット残して止まった。
獣人の王が、ニヤリと嗤った。それに対し、キリトは獰猛な笑みを返し、素早く手首を返した。
「これで……終わりだぁっ!!」
全身全霊の気勢で剣を跳ね上げる。刃が《ロード》の左肩口から抜け、先の斬撃と合わせてV字の軌跡を描いた。
コボルド王の巨躯が、不意に力を失ってよろめく。
狼に似た顔が天を仰ぎ、細く高く吼える。その体に、ピシッと音を立てて無数のヒビが入る。手から滑り落ちた野太刀が、床に突き立つ。
直後、第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》は、その体を硝子片へと変えて盛大に四散した。
呆然とその光景を見守る者達の前に、獲得経験値、獲得コル。そして【congratulations】の文字が映し出される。
それを皮切りに、ボス部屋に今までで一番の歓声が生まれた。
「よっしゃあああアアッ!!!」
「勝ったんだァ――ッ!!!!」
ボスの《ロード》が消滅したと同時に、《センチネル》もまた消滅していた。また部屋の松明が明るくなり、ボス部屋を覆っていた薄暗さが払われていた。
終わった。そう思った瞬間、ナイトは自分の身体がドッと重くなった感覚に襲われ、その場に座り込む。近くにいた人に声をかけ――拳を突き合わせ――肩を借りて、この勝利の立て役者達の元へ向かう。
騒ぎの中心――集まったプレイヤー達に揉みくちゃにされるキリト達。
「コングラチュレーション。見事な指揮と剣技だったぞ」
「いや……」
ニッと太い笑みを浮かべる黒人の巨漢――エギルと拳を合わせるキリト。
駆け寄ってきた人達と笑顔でハイタッチを交わすユウキ。
それらを少し離れて見るアスナも、微笑みを浮かべている。
その中でいち早くナイトに気づいたユウキが、輪から抜け出てくる。
「やった勝った! ボクたち勝ったよナイト!!」
「ああ。やったな。……お疲れ、ユウキ」
飛び込んでくるユウキを受け止め、安堵の息を吐くナイト。はしゃぐユウキの笑顔を見て、色々な重荷が肩から下りた気がした。
「ねぇ。あの時、どうしてユウキは無事だったの? あなた、どう見ても動けるようには見えなかったし……」
「ああ。正直俺も気になったんだ。何があったんだ?」
ああ、と少し遠くを見るような目をして、あの時目の当たりにしたものをキリト達に話す。
「言葉にすれば簡単だ。ボスの攻撃を全て捌いた。それだけだよ」
「はっ?」
「おいマジかよ?」
「目の前で見ていた俺も信じられないさ。でも、あのボスの剣技を、ユウキは全て見切って払い除けた。だからユウキも、俺も生きている。いくら感謝してもし切れないな」
「ありがとう」と最後に加え、ユウキの頭を撫でるナイト。
手放しで皆に褒められ、頭を撫でられるユウキは顔を赤くして俯いてしまった。
多くの者が、先程までの死闘を忘れるかのように互いを褒め称えた。
勝利の立て役者として祭り上げられる四人の元に複雑そうな顔をしたキバオウが近付いてきた時、その場は静かになった。どうなるのかと注目が集まる中、ナイトが微笑んで握り拳を持ち上げると、キバオウも頭を掻きながら拳を持ち上げた。
安堵の空気が流れ、ナイトとキバオウの拳が打ち合わされようとした。その時だった。
「なんでだよっ!?」
歓喜を割く悲鳴が広間に響き渡った。
「俺たちのリーダーは……そこで讃えられているべき人はっ、ディアベルさんだったはずだ!! よりにもよって、なんでソイツなんだ!?」
続く言葉の元へ視線を向けると、軽鎧姿のシミター使いの男が叫んでいた。彼の背後にも四人が、顔をくしゃくしゃにして立っていた。中には泣いている者もいる。
それで察した。きっと彼らは、ディアベルの元からの仲間なのだろうと。
「ソイツは……ディアベルさんを見殺しにした、張本人じゃないか!!!」
シミター使いが指差したソイツとは、キリトだった。
「見殺し?」と、ナイトは呟く。キリトが罵りを受ける理由が純粋に理解できなかった。
「そうだろ! だってソイツは、ボスの使う技を知ってたじゃないか!! ソイツが最初からその情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」
血を吐くような叫びに、残りのメンバーがざわつき出す。
「そういえば、そうだよな……」
「なんで? 攻略本にも書いてなかったのに……」
キリトを訝しむ声が生まれ、それは徐々に広がっていく。
キリトを――ベータテスターを毛嫌いしていたキバオウの様子を見ると、とても苦々しい顔で俯いていた。『あの時』のやり取りが関係しているのだろうか、キバオウは口を引き結んだまま立ち尽くしていた。
不穏な空気が漂う中、「ラストアタックボーナス」と舐めつくような声が響いた。
「ディアベルさんにLAが取られるのが嫌だったんだ。だから、ボスのソードスキルを隠してディアベルさんを見殺しにしたんだ。――――図星だろ、ベータテスターさん?」
ベータテスターという言葉にざわめきが大きくなる。キリトに向けられる視線に、不審以上の色が募っていくのが感じられた。
「アンタ……本当にLAボーナス欲しさに、ディアベルさんを見殺しにしたのか?」
「…………」
「何で黙ってんでだよっ!?」
シミター使いがキリトに憎しみの視線を滾らせていく中、ユウキが律儀に手を挙げ、冷静な声で言った。
「でもさ、昨日配布された攻略本に、ボスの攻撃パターンはベータ時代の情報だ、って書いてあったよ? キリトがベータテスターでも、知ってることはあの攻略本と同じなんじゃないの?」
「そ、それは……」
幼い女の子に言われ、シミター使いも返す言葉を失う。しかし、
「あの攻略本が嘘だったんだ。アルゴって情報屋も元テスターだ。ベータテスター同士共謀して、俺たちを騙して美味しい所を掠め取ったんだよ。まったく、善人の振りして嘘情報をばらまくなんて、ヒドイ奴らだよ」
「そんなっ!?」
人込みの中から投げかけられた言葉。それは会議でキバオウが行った糾弾が問題にならなほど、悪意に満ちていた。
ユウキが否定の言葉を投げるが、不審を抱いてる時ほど、悪意は早く浸透する。疑心が憎悪に変わるのに、そう時間はいらない。
ナイトの噛みしめた奥歯がガリッと鳴る。顔も出さずに投げられた悪意に心底腹が立った。
「ムカつく茶番は止めろよ、卑怯者」
ナイトは静かに、けれど腹の底から怒気を堪えた言葉を響かせる。
「茶番? 何を言ってるんだ、これは……」
「本当に攻略本の情報が嘘なら、訂正したはずだ。そうだよな、ベータテスターの人達?」
シミター使いの言葉を遮って、周囲を見回して言う。
しかし、誰かが出てくる気配は無い。
「……ダンマリかよ。正しい事は正しいって言え。何もせずに黙ってるのは見殺しにしたのと同じなんだよ、馬鹿が」
「おいお前っ。いきなり出てきて何を――――ッ!?」
シミター使いがナイトに詰め寄ってくる。
そのシミター使いの襟を掴んで引き寄せ、言葉を続けた。
「俺はな、ボスが武器を変えた時に、コイツが『退け』と叫んでいるのを傍で聞いていた。それに誰よりも早く救援に向かった。……他の奴らはどうだ? あの時、動けた奴はどれだけ居た?」
「それは……」
ほとんどの人が顔を俯かせる。C隊が《ロード》の一撃で半壊させられた事態に混乱した者は少なくない。例え意地を張ったとしても、周囲にいた仲間が証人になる。下手な嘘など通りはしない。
「戦線が崩れそうになるのを、真っ先に何とかしようとしたのもアイツだ。アイツの行動が無きゃ、今頃はお前達も塵になってたはずだ。命の恩人に対してする事が、言うに事欠いて『八つ当たり』か貴様は!?」
「……くっ」
歯噛みするシミター使いを投げ捨て、次は周囲を見回すナイト。
「お前らも……今までどれだけ『攻略本』に助けられてきた! 本当に嘘かどうかも分からないくせに決めつけて、責任を押し付けてんじゃねぇ!!」
「でも、実際にボスの情報は間違ってたし……」
「確かに、今回と攻略本の情報は違った。でもな、誰も攻略本を訂正しなかった。それはつまり、ベータと製品版は違う仕様だったって事だ。考えればそれぐらい分かるだろ?」
「も、もしかしたら、他の奴はベータのボス戦に参加してなくて知らなかったってことは……?」
「そんなにベータテスターを『悪者』にしたいのか? 自己申告以外で確かめる術もないのに……」
呼んでも出て来ない。印が付いている訳でもない。アバターの顔が自分のものになった以上、名前以外に一致するものは無い。システムでベータテスターと見分ける術は、今のこの世界にはない。
特別な理由があって、心当たりでもなければ、ベータテスター調べなどあまりにも不毛だ。
「リーダーが死んだ。それは悲しい。……だがな、LAボーナスを取った事に託けて、その責任と勝手な悪評をソイツに押し付けんな。妬み嫉みで人を貶めるな。やり方が醜いんだよ、下衆がっ」
そう吐き捨て、ナイトは憮然とした表情を浮かべる。
「チッ。ベータテスターとグルのくせに、偉そうに……」
そう誰かが呟いた瞬間、一団の中を赤い光が通過して、石が壁に当たって弾けた。
ナイトの右手には、拳大の石が握られていた。
「今言った奴、出て来いよ。いくらでも相手になってやる。それと言いたい事があるなら、みんなの前でハッキリ言え」
石を手の中で遊ばせながら、一分ほど待つ。が誰も出てくる事はなかった。
誰の目にも分かるほど、呆れたと大きな溜息を吐いて踵を返す。
「待て!! ディアベルさんは……どうしてディアベルさんが死ななきゃならなかったんだっ!?」
「……一人でボスに突っ込んだからだ。救援を待つか、突入前に自分で言った通り『人命優先』で一時撤退すれば、死なずに済んだはずだ。ディアベルが死んだのは他でもない、ディアベル本人の判断ミスだよ」
「くっ……うっ……うぅ……うわあぁぁあああぁぁぁぁぁぁん!?」
シミター使いが泣き崩れる。他の四人も同じように崩れ落ちた。
怒りの行き場を失くした五人の慟哭が広場に響く。大半が泣き叫ぶ五人を慰めようとしているが、一部が睨むような視線をナイトへ向ける。
ナイトはそれを酷く冷めた目で見返し、転がっていた盾を拾い、背中に提げて歩き出した。
「な、ナイト……」
引き止めようとユウキが手を伸ばすが、ナイトはそれを避けた。
「えっ?」
手が空を切った事を信じられないという風に見つめ、呆然とするユウキ。
それに見向きもせず、ナイトは大股で歩を進める。
「待ちなさい! ユウキに何か言う事があるでしょ?」
無言で背を向けたまま、ナイトの右手が動く。続けて現れたのは、ナイトのパーティー脱退の知らせだった。
「ちょっと!」と食い下がろうとするアスナをキリトが引き止め、首を横に振る。
止めるものがなくなったナイトは、主を失った玉座に設けられた第二層へと続く扉を押し開けた。
「いいの、これで?」
「良くはないさ。でも付いていくのは俺だけで良い。それよりも……」
キリトは呆然と扉を見つめるユウキに視線を向ける。
それを見たアスナも分かった、と頷く。
「でも、納得なんてしてないから覚えてなさい」
「伝えとくよ」
「オレからも頼めるか?」
エギルが苦笑を浮かべて伝言を頼む。
「ちょい待ち…………」
キバオウがキリトを呼び止めた。意外な人物に呼び止められ、キリトは身構える。
「…………伝言、ワイからも頼む」
キバオウからの頼み事をされた事にキリトは目を丸くした。
扉を開けた先は絶景だった。急角度の断崖の中腹に設けられた出口から第二層の全景が一望できる。テーブル状の岩山が端から端まで連なり、山の上部は柔らかそうな草で覆われている。眼下のテーブルマウンテンには、丸ごと一つ掘り抜いて作られた街がある。
岩肌に沿って延びるテラス状の階段をゆっくりと下る。暇潰しに石段の数を数えてみると、四十八段で折り返しになった。フルレイドなら踊り場から踊り場までを埋める事が出来るな、と思いながら石段を見上げると、一人である事が余計に意識させられる。本当なら、『誰か』と一緒にこの景色を見ているはずだったのに。
「言い過ぎだったかな? ……でも」
世話になったアルゴやキリトを悪く言われるのは許せなかったし、それを黙って見過ごすような真似はしたくなかった。反省はしているが、後悔はしていない。
多くの攻略プレイヤーから目の敵にされるだろうが、一人ならば余計な思いに他人を巻き込まずに済む。置いてきた事は気を咎めるが、頼りになる人が居るのだから、そちらに任せた方が良いだろう。
色々と思い返しながら、景色を眺めていると、
「黄昏てるな」
「……キリト」
石段の上に、さっきまでとは違う艶のある黒いロングコートを纏ったキリトが居た。
静かな足取りで、隣まで下りてくる。
「まずは伝言。アスナは『納得なんてしてないから覚えてなさい』って。エギルは『次のボス攻略も一緒にやろう』だと。それと――」
ゴホン、と喉の調子を整えるように咳払いをする。
「キバオウからは『ワイはワイのやり方で戦う。それをよう見とけ。ツマランとこでくたばったら許さへん』だってさ」
慣れない関西弁を言って照れたのか、キリトは頬を掻いて顔を背ける。
「キバオウからは意外だったな。……で?」
「で? 後は無いぞ」
「……そうか」
ナイトは寂しそうに呟く。
それを見たキリトは少し意地悪な笑みをうかべて、
「ユウキの奴は……泣いてたぞ。今頃はアスナが慰めててくれるはずだ」
「……そうか」
それを聞いたナイトは石段を下り始める。
キリトもその後に続く。
「落ち着いたら謝りに行った方がいいぞ」
「分かってる」
「後、アスナがカンカンだったから、会う時は気を付けろよ」
「――圏外で鉢合わせないようにしよう」
山風が背中を叩く。《転移門》が開かれるのを今かと待ち望む人に押されるように。
眼下の街にある向かって歩を速めた。
《ビーター》誕生せず。
難産だった。ラストの展開は理屈っぽく責め続けたり、キバオウが間に入ってきてなぜか穏便に収束させたりと、書いてると色々思い浮かぶ。結局は勢いと感情で押し切ったけど。
否定的な意見も多いだろうけど、一本調子で収束させずに少し荒らす形に。
次回からは、第二層攻略編です。
一部修正