黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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第二話 ツグミと占い師 8/8

 修理は、ちょうど完了したところのようだった。

 

「微調整するから、ちぃっと待ってろ!」

 

 ガハハ、とトリンが笑う。続いて、また何か言おうとしたようだが、カイは拳を軽く振り上げて牽制する。

 少し、こいつの扱いも分かってきたかもしれない。

 

 ニナが宇宙船に歓声を上げながら駆け寄る。途中、トリンの「危ねえぞ!」と怒声が飛んできて立ち止まりはしたが、それでも感嘆の声は止まらない。

 船体を少し遠巻きに見つめながらも、触りたそうに周囲を歩き回っている。

 

 ——そういえば、これは彼女の持ち物だった。

 

 また"相談"もせずに進めてしまったことに気付く。カイは天を仰いだが、後悔しても今更遅い。

 

 改めて見渡した船体は、塗装が一新されていた。白を基調に、上部は明るくも落ち着いたブラウン。取り付けられたパーツの黒が、白い機体をまだらに彩っている。

 

 パーツは全て綺麗に整備され、エンジンに至っては丸ごと交換した形跡すらあった。それに——簡素だが、実用的な武器も新しく付けられているようだ。

 

 武器か……。

 

 カイの血が、勝手に騒ぎ出す。船は専門外だ。分かってはいるが、気になる。いや、正直に言えば、かなり気になる。

 

「武器を、見てもいいか——?」

 

 トリンに声をかけると、間髪入れずに怒声が飛んできた。

「壊すんじゃねえぞ!!」

 

 許可は、出たらしい。

 

 固定式のブラスター砲。船体の下、ちょうど心臓の位置あたりに埋め込まれている。

 連射はできない分、一発の重さがある。

 狙いさえ外さなければ、十分だ。

 

 カイは配線図を指でなぞりながら、口元だけで小さく笑う。誰も見ていない。

 

 後部の旋回タレット。

 振り返る必要がない、というのが気に入った。背中を任せられる相棒が増えたようなものだ。

 

 これなら追われても、逃げながら殴り返せる。

 

 装甲プレート。

 ベスカーじゃない。分かってる。分かってるが、悪くない仕上がりだ。

 船体の前面とエンジン周り。重くなりすぎない、ぎりぎりのライン。

 

 悪くない。

 

 ミサイルポッド、左右に一基ずつ。

 過剰武装はやめとけ、と自分に言い聞かせる。言い聞かせながら、指先はもう発射レバーの位置を確かめている。

 

 ——初撃、一発。それだけでいい。

 

 カイは、はっと我に返り、咳払いをひとつ。

 興奮していたわけじゃない。

 

 断じて。

 

「気付いたか?」

 

 背後から声がした。振り返ると、トリンがニヤついて立っている。いつからそこにいた。

 トリンが、油に塗れた指先で示した先。

 

 ——チャフ・フレア、妨害装置。

 

「電子戦装置があんのか!?」

 

 思わず食いついてしまってから、しまった、と思う。もう遅い。

 

「いや、でも——これはいくらなんでも積みすぎだろ……?」

 カイは配線図を睨みながら唸る。ブラスター砲、タレット、装甲、ミサイルポッド。そこへさらに妨害装置。

「重量が……そしたら速度も——」

 

 スパナがヘルメットを叩いた。乾いた音。

 

「バカヤロー!! 俺を誰だと思ってやがる!!」

 

 押しつけられた端末を、渋々受け取る。

 数値に、目を疑った。

 

 軽い。それでいて、出力は落ちていない。とてもじゃないが、信じられる数字じゃなかった。

 一瞬、盛った数字かと疑う。

 

 だが、思い直す。

 

 親父が信頼した腕だ。誇張じゃない。

 

        *

 

 さらに、コックピット全体の遮光・静音化についても説明を受ける。外の光を必要以上に取り込まない加工、機体の駆動音を内部に響かせない防音材の追加——

 

 ——夜間に飛ばしても、これなら視界が安定するだろうな。

 

 どれも、自分の戦闘スタイルを熟知しているとしか思えない細部の作り込みだった。

 

 握った操縦桿の感触を確かめていたカイは、ふと気づいた。手甲(ガントレット)を装着したままでも、指の掛かりが全く違和感なく馴染んでいる。

 細かなスイッチ類の配置も、分厚い手袋越しの操作を前提にしてあるとしか思えない間隔だった。

 

「……これ」

 

 思わず振り返る。

 

 トリンは何も言わず、したり顔でうんうんと頷いていた。

 

 カイは内心、唸っていた。

 

 要望は一切出さなかった。もちろん、アーマーを脱いで渡した覚えもない。

 

 見た目の下品さや口の悪さとは裏腹に、腕前だけは本物らしい。渋々ながらも、その実力は認めざるを得なかった。

 

       *

 

 スラスターの静音性、姿勢制御の強化、反応速度の高速化。配線図を見ながら、その細やかさと、まるで"自分好み"に調節されているかのような仕上がりに、思わず感嘆のため息が漏れる。

 

「坊主! 紙ペラ見てねえでこっち来な!」

 

 船のずっと後ろの方から、そう呼ばれた。

 

 船底、カーゴ区画の床に、トリンがしゃがみ込んでいる。

 

「ここをな、こうするとな」

 トリンが床の一部を操作する。

 

「──こうよ」

 

 小型のハッチが、床から音もなく現れた。

 

操縦補助ドロイド(アストロメク)をさっさと買うんだな、嬢ちゃんじゃ運転代われねぇだろ?」

 

 これなら、目的地へ即座に降下することもできるし、緊急時の離脱も容易だろう。想定される場面が、次々と頭の中に浮かんでは消えていく。

 

 カイは膝をつき、そのハッチをしげしげと確かめた。動きに一切の無駄がない。トリンの言う通り、自分たちの旅の形をよく理解した上での設計だった。

 

 やがて立ち上がると、カイは短く頷いた。

 

「参った。あんたは、最高のメカニックだ」

 

 ——腕だけな、とはさすがに飲み込んだ。

 

       *

 

 カイが船底から中央に戻る途中、居住区代わりのカーゴスペースで佇むニナと目が合った。

 

 ——マズイ。

 

 生まれ変わったHWK-290に浮かれていた気持ちが、スッと冷めていく。

 

 これは彼女の船だ。それなのに、散々自分専用のように改造してもらってしまった。彼女がこれをどう思うか——頭の中で、慌てて言い訳を組み立て始める。

 

 頼む……操舵とハッチと電子は許してくれ——!

 

 だが、ニナの目はキラキラと輝いていた。

 

「カイさん! 部屋が! 私たちの部屋まであるんですよ!」

 

 言われてみれば、カーゴスペースの左右に、狭く簡素な個室ができている。施錠もできる上、片方は電子と物理の二段構え。

 ニナの反応を見るに、こっちの厳重な方が俺の部屋らしい。それは、それで助かる。

 

「おう、これで一人でシ——」トリンが言いかけたところを、カイが鋭く睨みつけて遮った。

「……まあ、若ぇ奴は色々必要だろ」

トリンが誤魔化すように言い直した。

 

「それに、これ! 見てください!」

ニナが抱えていた本を広げる。図鑑らしい。近づいてよく見れば、そこに書かれているのは一羽の鳥の説明だった。

 

 ——ツグミ?

 

「船の塗装、この子ですよね!? もしかしてって思ったんです!」

 

 すごく素敵で、と図鑑を抱きしめて微笑むニナ。気づけば、トリンはもう下船していた。少女の純真さは、どうやら苦手だったらしい。

 

「……気に入ったか?」

 

 おずおずと尋ねると、

 

「もちろん!」

 

 元気な即答が返ってくる。

 

 船外から「当然だるぉ!!」とトリンの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

       *

 

 ベスピンの遙か上空、少し日の傾いた晴れ空を、一隻の宇宙船が飛んでいる。試運転として、カイ一人で操縦しているのだ。

 

 その様子を、ニナとトリンは黙って見上げていた。

 

 加速、旋回、急上昇、急降下。ニナには宇宙船のことはマニュアル程度しか分からないが、改めて見ると、驚くほど静かで滑らかに飛んでいる。

 

「あの……」

 

 船を見せてもらってから、ずっと抱えていた不安を切り出す。

 

「修理費、これ、とっても高くなっちゃったんじゃないですか……?」

 

 五年間、マニュアル片手にずっと付き合ってきた船だ。専門的なことは分からない。分からないが、五年の月日なりに気付くこともある。夜、一人で船底に潜り込んで、直し方も分からない不具合を前に途方に暮れたことが何度もあった。

 あの頃の頼りなさが、そっと胸をよぎる。

 

「多分、船一隻、新しく買ったほうが安いんじゃ」

 

 ほとんど新調に近い改修が施されていたようにも見えた。

 

「お? 嬢ちゃんも分かる口か?」

 

 トリンは片眉を上げて見せる。いつもの下品さは若干鳴りを潜めている。彼なりに少女に気を使っているらしい。

 

「いや~、マンドーの仕事はやっぱ楽しいわな! あいつら、俺がいじった船みたら、どいつもこいつも目がキラキラしやがる。ったく、ガキみてえによぉ!」

 

 心から嬉しそうに笑うトリン。そして、ふとニナに振り返る。

 

「代金な、ロハでいいぜ」

「ろは……?」

 

 聞き覚えのない響きに、ニナは戸惑いながら首を傾げた。

 

「──68、ですか?」

 的外れな数字を、おそるおそる口にしてみる。

 

 トリンは一瞬、目を丸くしたかと思うと、盛大に噴き出した。

「はっ、はは! 何だそりゃ、可愛いこと言うじゃねえか! ロハってのはな、タダってことだよ」

 

 ニナの顔が、かあっと赤くなる。占い師にはメカニックの方でも世話になっているから、というのがその理由らしい。

 

 それなら、と安堵するニナに、トリンが続ける。

「ま、修理代とは別に、色つけて多めにもらった分もあるがな。足りねえ足りねえ」

「ええ!?」

 

 お金あったかな、カイさんが受け取ってたかな、いくらだろう。金の算段に頭の中が回りだすニナ。

 

「ロハっつったのは変えねえ、安心しな嬢ちゃん」

「けどよぅ」

 トリンが付け足す。

 

「一個、代金代わりに条件つけようじゃねえか」

「じょ、条件ですか?」

 

「おうよ。あいつに、名前を付けてやってくんな」

 

 意外な条件に、ニナは面食らう。

 

「マンダロリアンはどいつもこいつも型番だの製品名だので良いとか抜かしやがる。それじゃあロマンが足んねえ」

 

 るぉぉぉまん、がな! と、念を押すように言うトリン。彼にとって、とても大事なポリシーらしい。

 

「えっと、じゃあ──」

 

 ニナは、目線を遠くへやる。

 

 空の彼方へ、今にも飛び去っていきそうな一隻の船。いや、渡り鳥。

 図鑑で何度も見た、北へ、北へと渡る鳥。

 

「──────キタツグミ(Northbound Thrush)

 ぽつりと、浮かんだ言葉を口にする。途端に、照れくささで顔が熱くなった。

 

 しばらくトリンはその言葉をぼそぼそと口の中で転がすと、

「~~~~最高じゃねぇか!!」

 太鼓判を押してくれた。

 

 そして、

「あいっつ、操縦下手だな」

 と唾を吐き捨てた。

 

 二人の前に、キタツグミがふわりと着陸した。

 

       *

 

「俺ぁ寝るからよ」

 そう言い残してトリンは寝床代わりのガレージの奥へ引っ込んでしまった。自分たちがここに来てからの短い期間を思えば、この仕上がりは尋常じゃない。

 余程、急いで仕上げたのだろう。

 

 日も暮れてきた。宿を今から探すより、せっかくだからと船に寝泊まりすることにした。

 

 カイは、ベッドで静かに目を閉じていた。機内の電力は最低限を残して落としており、とても静かで居心地も悪くない。

 

 それでも——

 

 何度目かの寝返りをうつ。疲れはあるのに寝付けない。

 

 ——氏族を、辿りなさい。

 

 あの占い師の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

 まやかしだと切り捨てたところで、振り払えるはずもなかった。

 ——バンドリアの裏、短剣の柄。昼間の自分の誤魔化しを、本能が否定してくるのが分かる。

 

 辿ろうにも、何を、何処を?

 

 宛のない問題がまた一つ、増えてしまった。

 

 微かな少女の寝息が、扉二つ挟んで聞こえてくる。

 

「親父ならどうする——?」

 

 室内に備え付けられたアーマー掛け。そこが今の”親父”の定位置だった。

 棚に佇むヘルメットは何も答えない。親父の肩甲には、氏族の紋章。

 

 ——アーマー、そうだ、返さないと。

 

 カイは再び天井を見上げる。

 

 明日、相談しないとな。今度こそ。

 

      *

 

 翌朝、格納庫代わりのカーゴスペースで、ニナと向かい合って座った。

 

「話しておきたいことがある」

 

 改まった声に、ニナが姿勢を正す。

 

「親父のアーマーを、返さないといけない」

 

 カイは、ゆっくりと言葉を選びながら続けた。

 

「マンダロリアンの決まりだ。誰かが死んだら、そのアーマーは……ちゃんとした形で、仲間に返す。俺一人が持っていていいものじゃない」

 

「返す、って……どこに?」

 

 もっともな問いだった。カイ自身、答えを持っていない。

 

「分からない。だが、かつての仲間を探さないといけない。ここも、あそこも、当てはまだない」

 

 情けない話だ。まだ何一つ手がかりがない。ただ、やらなければならないことだけは、はっきりしていた。

 

 ニナは少し考え込むように俯いたが、やがて顔を上げた。

 

「じゃあ、探しましょう」

 

 あっさりとした返事だった。

 

「行き先が決まってなくても、私は構いません。カイさんが行くところに、ついていくだけですから」

 

 その言葉に、カイは一瞬、何と返せばいいか分からなくなった。

 

「大丈夫です。きっと見つかります」

 

 そう言ったニナの声には、確かな芯があった。強がっているようには見えない。ただ、これまでよりも少しだけ、自分の言葉で立っているような響きだった。

 

 カイは、その顔をしばらく見つめた。

 

「……そうか、そうだな」

 

 背を押され、それだけ返すのが精一杯だった。

 

 窓の外、雲海の上に浮かぶベスピンの街並みが、静かに朝日を照り返している。

 

 行き先は、まだ何も決まっていない。それでも、隣に彼女がいることだけは、確かだった。




お付き合いいただきありがとうございました。
第二話はこれにて閉幕。続きは第三話開幕までお待ちください。



いちゃいちゃは、どこ!!!!!!!
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