黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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だいぶ強めの流血表現があります。ご注意下さい。


第三話 紅い記憶、白い誓い 1/3

第三話 紅い記憶、白い誓い

 

 ——ハイネスティア・プライム——地上は絶望、地下は天国。

 少女が持つ観光用ホロカードから映し出された映像人物は、その後『観光名所? ありません。でも湯気は本物です』と締め括って消える。

 

 少女、ニナはそのカードを栞がわりに、読んでいた本に挟むと、顔を上げる。

 

 ここはハイネスティア・プライムの公共スペースポート。キタツグミは指定された枠に大人しく留まっていた。エンジン音はもう鳴っていない。静かなものだ。

 

 副操縦席の窓からは、規則正しく並んだ一般宇宙船停泊所と、ひっきりなしに行き来する船。そしてそこを慌ただしく行き交う人々の白い息。

 

 遠くを見やれば、荒涼とした氷と雪と岩山。

 ここはまだ人の生存域に近いからか、まばらな針葉樹もいくつか見えるのは、故郷のホスとはちょっと違うな、と思う。

 

 ポートの停泊許可を取って早々、カイは下船前に修理を終わらせたいから、とカーゴに籠ってしまった。

 

 そちらに今日何度目かの視線を送るが、工具と金属の触れ合う音が微かに聞こえるだけ。時折、ため息とも唸りともつかない声が聞こえてくるので進捗はあまり宜しくないようだ。

 恐らく先日また故障したとぼやいていた手首の隠し武器と格闘しているのだろう。

 

 ここのところ、慌ただしい日々が続いていた。

 少し申し訳ない気持ちもあるが、ゆっくりさせてもらおう。

 ニナは読書を再開した。

 

         *

 

 同じ場所を、また同じように弄っている。

 

 振動子の基盤を摘まみ直して、カイは唸る。ため息とも唸りともつかない、独り言のような声。

 

 一度は直したはずだった。あの賞金首を捕らえた夜、土壇場でこいつが唸りを止めた瞬間まで、確かに直っていたはずなのだ。

 

 ——殺すなよ、生かして連れてこい。

 

 依頼はそう言っていた。だから元々、この刃を使う予定などなかった。なかったはずなのに、標的が思ったより粘って、選択肢が削られていって、気づけば手首を振っていた。

 

 動かなかった。

 振動が来なかった。

 ただの刃を、そのまま振り回す羽目になった。

 

 結果だけ見れば、何も問題はない。生け捕りには成功した。だが、あの一瞬。振動機構が仕事をしなかったあの一瞬の感触は、今も指先のどこかに残っている気がする。肝が冷えた、というやつだ。

 

 まあ、それでも。あの依頼を受けたのは正解だった。

 

 金じゃない。情報だ。

 ここしばらく、金より情報を探して回っていた。仲間の噂、痕跡、何でもいい。手がかりになりそうなものを漁っては空振りする日々に、正直うんざりしかけていた頃。あの依頼主が、対価の代わりに一つ寄越してきた話——この星でマンダロリアンを見かけた、と。

 

 それでここに来た。

 

 で、今、直らない。

 

 カイはもう一度、振動子に指を這わせる。

 

 振動子の位相を、ミリ単位でずらす。もう何度目かも分からない微調整。金具を締め直し、カバーを戻す前に一度だけ試しに起動する。

 

 ——低い唸り。安定は、している。

 

 カイは息を止めていたことに気付いて、ゆっくり吐き出す。今度はため息とも唸りともつかないものではなく、ただの息だった。

 

 カバーを閉じ、工具を片付ける。ネジの一本まで、決まった位置に。

 

「……よしっ」

 

 カイが手甲を装着する。手首を返し、拳を握る。もう一度開いて、閉じる。構えを取ってみる。何度か。感触を確かめるように。

 

「大丈夫そうですか?」

 

 ニナが本から顔を上げずに聞いた。

 

 カイは答えない。しばらく黙ったまま、再度、手甲を握ったり開いたりを繰り返す。ヘルメットの下で、渋い顔をしているのが——もちろん彼女には見えない。それでも、間の悪さだけは十分伝わったはずだった。

 

「……直ったは直った」

 歯切れが悪い。手甲の甲部分を軽く叩いて、カイは唸る。

「振動子の位相がまだ微妙に合ってない。斬れ味はある。ただ、多分あと十回も使えば、また同じところが緩む」

 

「それ、大丈夫って言います?」

「……言わない、かもな」

 

 親父ならこの音を聞いただけで直しただろうな、と思う。思って、少し嫌になる。比べても仕方がないのに。

 

 そっけなく顔を上げる。できるだけ、心の内を悟らせないように。

「行こう、待たせた」

「大丈夫ですよ」

 

         *

 

 地下だと分かっていても、目の前の光景がそれを裏切る。広大な空洞いっぱいに、街がひとつ育っていた。

 

 そこには膨大な量の温泉水が流れ、街路に張り巡らされた水路から薄く湯気が立ち上る。

 暖色のランタンが並ぶ路地を抜けて、二人は薄暗い排水路へと進む。

 

 しばらく二人分の足音を響かせながら、カイはぽつりぽつりと語りだした。

 

「俺たち——いや、マンダロリアンにとってアーマーっていうのは『魂と名誉の器』だ」

 いや、と自ら否定する言葉に、カイの胸に小さな針が刺さる。

「親父の、シオウ・ヴォルのアーマーは、氏族に引き継がれる。この場合、俺しかいないんだが——」

 

 一旦区切り、深く息を吐く。

 

「その前に、炉……マンダロリアンにとっての聖地に"連れて行って"やりたいんだ」

 立ち止まり、壁の手触りを確かめるように撫でる。そこに響く何かを感じようとするかのように。

「親父は、マンダロリアンとして正しく死んだ」

 続く言葉を吐き出すのが、少し苦しい。

「背教者、の手でも、せめて正しく弔ってやりたい」

 

 付き合わせて悪いが、そう付け足すカイの手を、ニナはそっと握る。

「分かりました、大丈夫。私も一緒にいますから。でも——」

 

 排水路はまだまだ続く。道中、枝分かれもしている。薄暗く、注意して進まないと帰り道すら分からなくなりそうだ。ニナの顔が曇る。

 

「こっちで、合ってるんですか」

「分からない」

「え!?」

 

 意外な言葉に振り返る。両肩をすくめてみせるカイ。

 おどけているだけだと分かっていても、宛のない道を歩かせるような真似はしない人だ。

 今までずっと、そうだった。

 

「だから、聞かせてたんだ」

「聞かせる? 何を」

 

 ——もしかして、足音?

 

 一歩踏み出し、音もなくニナの前に立つ。まるで背に庇うように。何か言いかけるニナを手で制し、その手は下げられて腰のブラスターに添えられる。

 

 微かな足音が近付いてくる。徐々に大きく。水路の奥、暗闇の中から人影が現れた。人影もこちらに気付き、駆け足になる。

 

 マンダロリアンだった。

 

 大柄なマンダロリアンが、大股で騒々しく駆け寄ってくる。「ロウ——」と言いかけたカイの言葉を遮るように。

 

 ガツンッ!

 

「ひえっ!」

 

 ヘルメット同士を打ち合わせる音と、ニナの悲鳴が水路に響き渡った。あまりに衝撃が強かったのか、カイが半歩よろめく。

 

 頭突きをかましたマンダロリアンは、両肩を掴んで離すと、今度はじっとその顔——ヘルメットを睨みつける。しばらくの硬直状態の後、右手をゆっくりと持ち上げた。

 カイも同じように応える。

 

 ガァンッ!

 

 またも激しく打ち合わせる音が響いた。がばりと両手を広げ、抱きつく大男。押し倒されまいと踏ん張りながら、その背を優しく叩くカイ。

「——ッ! 生きて……生きてたんだなっ!!」

 ヘルメットの下は涙声だ。

「ああ、心配かけた。お前も無事で——」

 カイの声も湿り気を帯びて、そこで止まる。

 

 しばらく大柄なマンダロリアンのすすり泣きを交えながら、無言で抱き合う二人。あっけに取られて固まるニナの方を振り返りながら、カイは言う。

「ニナ、こいつはロウガン。俺の昔馴染みの——友人だ」

「親友だろ!!」

 ロウガンの叫び声が流れる水音に負けじと響き渡った。

 

       *

 

 ロウガンの笑い泣きがひとしきり収まった頃、彼の視線がふと、カイの片手に留まった。

 

 布に包まれ、少しだけ輪郭がはみ出したそれを、手に下げている。

 

 ロウガンの視線が、そこに留まる。

 

 その視線がゆっくりと固まっていく。

「……それ」

 

 カイは何も言わず、両腕で抱え直し、そのままロウガンへと差し出した。

 

「渡しておく」

 短く、それだけ言った。

 

 ロウガンはすぐには受け取らなかった。ヘルメットの向こうで、視線がアーマーの上を這う。誰のものか、疑う余地もない。

 

 両手が伸びて、受け取る。

 

 特に何も言わなかった。震えもしない。ただ、重さを確かめるように一度持ち直し、丁寧に自分の脇へと寄せる。それだけだった。

 

 ——淡々としていた。

 

 悲しんでいないわけではないはずだ。ただ、教義(マンダロアの道)には、戦士の死を大袈裟に嘆く習わしはない。

 死んだ、なら死んだ。その事実だけを、静かに受け取る。

 カイもそうやって育てられた。

 

 だから、ロウガンのその態度に、驚きはなかった。むしろ、こうであるべきだと分かっていた。

 

 数秒の沈黙の後、ロウガンが顔を上げる。

 

「……で、お前は」

 その先を、言葉にするのを迷っているようだった。

「今、どういう立場だ」

 

 カイは一度だけ息を吸って、吐く。

 

「背教者になった」

 

 迷いのない声だった。迷いがないふりをした声、と言った方が正しいかもしれない。

 

 ロウガンは何も言わなかった。ただ、アーマーを抱えた腕に、少しだけ力が入ったのが分かった。

 ロウガンは、しばらく包みを見つめたまま動かなかった。

 

 中身を確かめるでもなく、ただ抱えた腕の重みを測るように。

 

「……お前が背教者だってこと、他の連中は知ってるのか」

「知らない。伝えようがなかった」

「そうか」

 

 短い返事だった。それだけで、ロウガンが何を悩んでいるのか、カイにも分かった。

 教義を破った者を、氏族の拠点に入れる。それがどういう意味を持つか、知らないわけがない。カイ自身、それを承知の上でここまで来た。

 

 だからこそ、拠点の中までは入るつもりがなかった。

 

「別に、中まで案内しなくていい」

 カイは先に言った。

「そいつを預かってもらえれば、それで十分だ」

 

 ロウガンがヘルメットを上げる。カイの方を、真っ直ぐに見る仕草。

 

「——何だよそれ」

 声に、明らかな苛立ちが滲んだ。

「お前、それだけ言って、このままどっか行くつもりか」

 

「行くつもり、というか」

「ふざけんな」

 鋭い声だった。昔から何度も聞き覚えのある苛立ちの色。

 

 ロウガンは包みを一度、自分の胸に抱え直す。まるで、それだけは絶対に離さないというように。

「これを渡された時点で、俺はもう、お前を放っておけない立場になったんだよ」

 その言葉に、カイは何も返せなかった。

 

 ロウガンは深く息を吐く。ヘルメットの奥で、視線が地面へと落ちる。逡巡している。教義と、目の前にいる幼馴染と。天秤にかけていいものではないと分かっていながら、それでもかけざるを得ない。

 

 長い沈黙だった。水の流れる音だけが、やけに大きく響く。

 

 ——ふ、と。

 

 ロウガンの肩から力が抜けた。

 

「……教義どうこうの、話じゃねえわ」

 吐き捨てるように、それでいて、どこか吹っ切れたように。

「お前が背教者だろうがなんだろうが、俺の親友だってことは変わんねぇだろ」

 

 顔を上げるロウガン。ヘルメット越しでも、その奥で何か決意めいたものが浮かんでいるのが分かる気がした。

 

「来い。うちの連中に紹介してやる」

 

        *

 

 声が、次々に降ってくる。

 

「無事だったのか」

「生きてたんだな」

「アンタ達のおかげでどれだけ助かったか」

「カイ兄ちゃん!」

「今までどうしてたんだ」

「子供たちは無事だぞ」

 

 手が伸びてくる。肩を叩かれ、腕を掴まれ、誰かの手が兜の上から頭を撫でようとして、慌てて止められる。声と声が重なって、もう誰の言葉か分からなくなる。

 

 その一つ一つに、ああ、とか、そうだな、と戸惑いながら返すのが精一杯だった。

 

 見覚えのある声もあった。まだ声変わりも済んでいないような、幼い声も混じっていた。あの子だ、と誰かの顔に見覚えが浮かぶ。名前までは、すぐに出てこない。それが余計に、胸を締め付けた。

 

 ——生きていた。みんな、生きていた。

 

 自分たちが命懸けで稼いだ時間の先に、こんなにも多くの声があったのだと、今更ながらに実感が押し寄せてくる。喉の奥が、熱くなる。

 

 だが同時に、その輪の中に、いない声があることにも気付いてしまう。

 

 あの人の声だけが、どこにもない。

 

 この歓声を、あの人が浴びるはずだった。稼いだ時間の分だけ、あの人こそが感謝されるはずだった。それなのに、ここにいるのは自分だけで——

 

 自分は——

 

 喉が、勝手に動いた。

 

「俺は、背きょ——」

 肩を強く掴む手。

 振り返ればロウガンがこちらを見つめながら、ゆっくりと首を振る。

 

 それだけで、何も言えなくなってしまった。

 

 周りの声は、まだ止まない。誰もカイの言葉尻に気付いた様子はなかった。喜びの声にかき消されて、届く前に消えたのかもしれない。

 

 ロウガンだけが、聞いていた。

 

 肩に置かれた手に、少しだけ力がこもる。今はまだ言うな、というように。あるいは、言わせてやりたくない、というように。

 

 ——いつまでも言わないままで、いられるわけがない。

 

 そう思いながらも、周りを埋め尽くす歓声の中で、その一言だけがどうしても、出て行き場を失っていた。

 

 仕方なく、口を噤む。代わりに視線を巡らせる。囲む顔、顔、顔——その隙間、少し離れた位置に立つニナが目に入った。

 

 胸に両手を当てて、祈るような仕草でこちらを見つめている。その目は潤んでいた。

 

 場違いなことを思う。囲まれて戸惑っているのはこっちなのに、なんでお前が泣きそうな顔をしてるんだ、と。

 

 ニナと目が合う。彼女は慌てたように、袖口でぐいと目元を拭った。それから、少し照れたように笑ってみせる。

 

 ——ああ、そうか。

 

 良かったですね、とでも言いたげな顔だった。

 

「——さあ、すまない! ちょっと通してやってくれ」

 ロウガンの良く響く声が通る。

 

 皆、なおまだ口々に喜びの言葉をかけながら、それでも奥へと続く道を開けてくれた。

 

「アーマラーが、お待ちだ」

 その言葉に、無言のカイの背がすくむ。胃の底に鉛が沈んでいるような感覚がした。

 

        *

 

 ロウガンが先に立って歩き出す。カイは布に包んだアーマーを抱えたまま、その後に続いた。

 

 開けられた道の両脇、まだ何か言いたげな顔がいくつも並んでいる。それでも、誰も追ってはこなかった。空気を読んだのか、ロウガンが目で何か合図でも送ったのか。カイには分からない。

 

 奥へ進むほど、けたたましかった水音が遠のいていく。代わりに聞こえてくるのは、金属を打つ音。規則正しい、鍛冶場特有の響き。

 

 その音に近付くにつれ、胃の底の鉛がまた重さを増す気がした。

 

「——ここだ」

 

 ロウガンが足を止める。

 

 目の前には、炉の熱で赤らんだ空間。壁に飾られるは我ら(マンダロリアン)紋章(ミソソー)。中央では、カイより一回り小柄な人影が、金床に向かって槌を振るっていた。

 

 規則正しい音が、ふと止まる。

 

 振り返った人影——アーマラーは、槌を置き、こちらへ向き直った。ヘルメットの奥から向けられる視線が、まっすぐカイを捉える。

 

「……お前が、来たか」

 

 その声には、驚きも、咎めるような響きもなかった。ただ、待っていた、というだけの淡々とした声。

 

 カイは一歩前に出る。抱えていた包みを、静かに差し出した。

「これを——」

 そこまで言って、言葉が止まる。

 

 アーマラーの視線が、包みからカイへと移る。値踏みするような、それでいて何かを見透かすような目だった。

 

「お前の口から聞きたい。ロウガン、下がっていい」

 有無を言わせない口調だった。

 

 名指しされたロウガンが、束の間、戸惑ったように立ち尽くす。それから、諦めたように一礼する。

 

「……分かりました。俺は外にいます」

 

 そう言って踵を返そうとしたところで、視線が入り口の外——遠慮がちに立っていたニナの方へと向く。

 

「お嬢さんは悪いが、ここで待っててもらえるか」

 ニナが、少し驚いたように瞬きをする。それから、カイの方を一度だけ見た。大丈夫か、というように。

 

 カイは小さく頷く。大丈夫だ、というつもりで。

 ニナも頷き返し、大人しく鍛冶場の入り口から離れた。

 

「すぐ終わる話じゃないだろうしな。適当に座って待ってなよ」

 ロウガンがそう言いながら、ニナの近くにあった木箱を軽く蹴って寄せる。ニナは礼を言って、そこに腰を下ろした。

 

 最後にもう一度、心配そうな視線がカイに向けられる。カイは何も言わず、ただ頷き返すだけだった。

 

 扉代わりの重い布が下ろされ、外の音が一段遠くなる。

 

 鍛冶場の中に残るのは、カイとアーマラーだけになった。

 

 炉の熱が、じわりと肌を焼く。

 

「——さて」

 視線が包みへと落ちる。

「——先に、それを」

 

 カイは頷き、布に包んだシオウのアーマーを差し出す。アーマラーはそれを両手で受け取り、丁寧に台の上へ横たえた。手袋越しに、傷の一つ一つをなぞるように触れていく。

 

 しばらくの沈黙の後、顔を上げる。

 

「お前のも、外せ」

 

「——え?」

 

「お前のアーマーだ。それも、寄越せ」

 

 突然の要求に、カイは戸惑う。だが、アーマラーの目に迷いはなかった。

 仕方なく、留め具を一つずつ外していく。胸当て、肩当て、腕の防具。

 

 外し終えたアーマー一式を、台へと置く。

 

 アーマラーは何も言わず、シオウのものとカイのもの、二つを並べて眺めた。

 

 ——何をするつもりなのか、聞く間もなかった。

 

 二つのアーマーは、そのまま炉の傍らへと運ばれていく。手際よく、迷いなく。やがて、炉の中で燃え上がる青い炎に沈められた。

 

 金属が熱を受け、色を変えていく。艶消しの黒が、じわりと橙に染まり、輪郭を失っていく。親父の面影を残していたはずのその形が、溶けていく。

 

 カイは、それを黙って見ていることしかできなかった。

 

 ——ああ、そうか。

 

 胸の奥で、静かに何かが腑に落ちる感覚があった。

 

 自分は背教者になった。教義に背いた。なら、アーマーを纏う資格も、もうないのだろう。だから、こうして溶かされる。形あるものとしては、これで終わる。

 

 当然のことだ、と自分に言い聞かせる。

 

 それでも、赤く溶けていくその輪郭を見つめる視界が暗く沈む。

 

 溶かされた金属(ベスカー)は、アーマラーの手で板状に固められる。それから、槌を手に取る。

 

 振り上げられた槌が、静かに、しかし確かな重さで打ち下ろされる。

 

 ——カァン。

 

 高く澄んだ音が、鍛冶場に響いた。

 

 説明はない。ただ、音だけが続く。

 

 二度目。

 

 ——カァン。

 

 三度目。

 

 ——カァン。

 

 その音を合図にしたように、意識の奥の方から、何かがせり上がってくる。金属を打つ音。似ている。あの日聞いた、別の音に。

 

 ライフルの、破損した部品を叩く音。

 

 ——ああ、そうだ。あの日も、こうして何かを直そうとしていた。

 

 視界が、暗く沈んでいく。

 

       *

 

 久々に降り立つネヴァロの土だった。

 

 輸送船のタラップを下りながら、カイは背負ったライフルばかり気にしている。それは部品の一部が取り外されていた。先の仕事で受けた無理な負荷で壊れたのだ。

 

「——また壊したのか」

 後ろから降りてきたシオウが、呆れたように言う。

 

「壊したっていうか……ちょっと、無理させただけだ」

「カスタマイズも程々にしろ。でないとその場で整備し辛いし、換えもきかない」

 

 その通りだと分かっていながら、カイは口を尖らせる。

「ブラスターはちゃんと整備だけに留めてる」

「ライフルの話をしてる」

「分かってる」

 

 二人分の足音が、ネヴァロの乾いた土を踏む。少し歩いたところで、シオウが不意に足を止めた。

 

「なあ」

 その声のトーンが、いつもと違った。

 

「お前は、マンダロリアンになれて良かったと思うか」

 

 唐突な問いに、カイは面食らう。

「それは……良い悪いの判断にかけていいものなのか?」

 

 聞き返すと、シオウは何かを言いかけて、やめた。ヘルメットの奥で、小さく息を吐く音がする。

 

「……そうだな。時期尚早か」

 それきり、シオウは口を噤んだ。カイもまた、何と続ければいいのか分からず、黙って隣を歩く。

 

 根本的なところで、話が噛み合わない。二人の間に、そういう空気が流れていた。

 

 どうしたものか、と考えあぐねていたところに——

 

 通信機が、鋭く鳴った。

 

「——注意せよ! ネヴァロが襲われている! 敵は帝国軍!」

 

 その一言で、思考を挟む余地はなくなった。

 

      *

 

 アジトに駆け付けると、そこはもう戦場の様相を呈していた。

 

 怒声が飛び交う。慌ただしく武装を整える者、子供たちを抱えて走る者、通路のあちこちで指示が飛ぶ。積まれていた荷が、避難のために片端から運び出されていく。

 

 誰も彼も、余裕がなかった。

 

「シオウ! こっちだ!」

 

 声を上げたのは、輸送任務を割り振っていた仲間の一人だった。駆け寄りながら、状況を早口でまくし立てる。

「帝国軍だ、正規の部隊だぞ。数も装備も、こっちとは桁が違う」

 

「時間は」

「——もう保って、十分か十五分」

 

 その数字に、周囲の空気がさらに張り詰めた。

 

 カイは、逃げ惑う孤児たちの列に目をやる。まだ小さい子もいる。歩くだけで精一杯の足取り。誰かが抱きかかえ、誰かが手を引いていた。

 

 その光景を見て、シオウが動いた。

 

「俺の船を使え。積めるだけ積んで、すぐに出せ」

 

 迷いのない声だった。

 

 カイは背負ったライフルに手をかける。部品交換は、まだ済んでない。これを担いだまま動けば、いざという時に足を引っ張る。

 

 近くで荷を運んでいた仲間に、押し付けるように渡した。

「壊れてる。頼めるか」

「——お、おう」

 

 戸惑いながらも受け取る仲間。カイはそれ以上何も言わず、背を向ける。

 

 振り返る余裕は、なかった。

 

     *

 

「——行くぞ」

 

 シオウの声に迷いはなかった。

 

「俺たちは出来る限り敵を惹きつける。孤児を逃がす時間を稼ぐ」

 

 カイは息を吸って、吐く。恐怖がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に拭えない疑問。

 

 アジトが何でバレた。

 俺たち(マンダロリアン)がいることが何故バレた。

 兵だってすぐに揃えられるものじゃない。

 あまりに早い。あまりに——時間がない。

 

「親父……」

 どうしても堪え切れずに投げかける。

「何で急に奴らは——」

 

「しっ——」

 疑問はその一言で押し戻された。

 

 地下水路特有の反響が、足音を何倍にも増幅させて伝えてくる。壁の向こうから、重い足音が近付いてくる。統率の取れた、規則正しい足音。帝国軍だ。

 

 武器を構え直す。ブラスター・ピストルの重みだけが、今の自分の手にある全てだった。

 

 シオウが低く言う。

「来る。まずは散開して惹きつける」

 

 カイは頷き、水路の側道へと走った。淀んだ水の匂いが、鼻の奥にこびりつく。この入り組んだ地下水路の構造は、隠れ家としては悪くない。

 だが、逃げ場としても、追い詰められる檻としても機能する。どちらに転ぶかは、これからの立ち回り次第だった。

 

 ——ここから先は、時間との勝負だ。

 

 武器を構え直したところに、最初の一団が姿を現す。

 

 白い装甲、統一された歩調。数は十を超えていた。カイたちは、水路の側道に散開して身を隠す。

 

 小さな頷き。

 

 シオウの合図で、ブラスターの応射が始まった。狭い水路に、光条と反響音が飛び交う。

 

 最初の数分は、悪くなかった。地の利はこちらにある。入り組んだ通路、死角の多い構造。数の差を、地形で埋めることはできる。

 

 だが、そう長くは続かなかった。

 

「——マズいな」

 苦々しいシオウの声。

 

 通路の奥、水路の合流地点から、新たな一団が現れる。今度は、背に燃料タンクを背負った兵士がいた。

 

 ——火炎放射器。

 

「伏せろ!」

 

 シオウの怒鳴り声と同時に、橙色の炎が水路を舐めるように噴き出す。

 

 カイは咄嗟に体を捻った。それでも、完全には避けきれない。熱が、頬をかすめる。

 

 その時——視界の端に、影が割り込んできた。

 

 シオウだった。

 

 カイを庇うように、その身を炎の正面へと投げ出す。

 

「——ッ!!」

 悲鳴に近い呻きが、ヘルメット越しに漏れる。

 

 炎が引いた後、シオウのアーマーの一部が、無残に焼け焦げていた。

 

「親父——!」

 駆け寄ろうとするカイを、シオウが手で制す。

「大丈夫だ」

 

 声が、明らかに大丈夫ではなかった。呼吸が浅い。動きが鈍い。それでも、立とうとする。

 

 カイの喉が、詰まった。

 

「た……立てるか?」

 カイの問いに、シオウは答えなかった。答える代わりに、震える手でホルスターから鎮痛剤の注射器を取り出す。躊躇なく、自分の太腿に打ち込んだ。

 

 一拍置いて、呼吸が少しだけ整う。

 

「立てる」

 

 嘘だ、とカイは思った。だが、それを咎める時間はなかった。

 

 通路の奥で、また新たな足音が重なっていく。数が増えている。このままでは、二人とも囲まれる。

 

「俺が——」

 

 ——できるのか? と、問いかける声が、己の中で膨らむ。

 

 頭を振り払ってかき消すと、先程焼けた跡が痛む。

 

「俺が、行くから。親父はここで休んでてくれ」

 

 手首のブレードを引き出しながら、カイは駆け出す。

 

 その背に向けられた、父親の手に気付かないふりをして。

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