「——まずは、一人」
振動で切れ味を増したブレードが、
貫ける場所を選んでいる余裕はない。
「次——クソっ」
二人目、と掛かる前にブラスターの熱線が降り注ぐ。
反応が早い。
統率も高い。
隙が突けない——
「親父——」
物陰に身を隠しながら武器を構え直す。
脳裏に過る父親の姿。
掠めた自分の火傷の痛み。
——集中しろ。
一発撃ち返せば、一人倒れる。だが、その一人の分だけ、こちらへの反撃が跳ね上がる。
左目が見えない。きっと一緒に焼かれている。
回り込もうと駆け出して、別働隊の前に躍り出てしまう。
「しまっ——」
咄嗟に身を隠すが、腹腔に突き刺すような激痛が走った。
痛い。
熱い。
思考が苦痛に塗りつぶされる。
一人でどうにかできるとは端から思ってはいなかった。
それでも、これは、あまりにも——
「——煙幕だ! 警戒しろ!」
誰かの怒鳴り声が響いた直後、視界が白く塞がる。混乱した兵士たちの声が連鎖する。
直後、信じられないほど強い力で引っ張られた。
「親父——!?」
「——十分だ。頑張ったな。撤退するぞ」
焼け焦げた腕に掴まれたまま、半ば引き摺られるように走り出す。
抑えた腹から、なおも生暖かいものが滴り落ちる感触。
視界が、一瞬、ぐらりと揺らいだ。
*
そこからは、無我夢中で、記憶も曖昧になる。
撃たれ、切られ、ぶつかり、また撃たれ。
何処が動いて、何を痛めたのか、もはや分からなくなり。
——それでも、足だけは止めなかった。
*
守備は薄い。今頃、部隊のほとんどが市街地の掃討に回っているのだろう。それがせめてもの幸いだった。
シオウがシャトルのハッチ制御を強引にこじ開ける。片手しか、まともに動かせていない。それでもその手は正確だった。
「乗れ」
そう言って、シオウはカイを引き寄せる。
——ゲホッ。
返事の代わりに、咳き込む声が出た。
シオウが、カイの身体を抱えようとした瞬間。
着弾。
コックピットのキャノピーに、一筋の亀裂が走る。同時に、何かがカイの側頭部を掠めた。
——いや、掠めた、というには重すぎる衝撃。
視界が、白く弾ける。
膝から力が抜けていく感覚。遠くでシオウが何かを叫んでいる。声が、水の中で聞くように歪んでいた。
——立って、親父を。
そう思うのに、体が言うことを聞かない。
最後に見えたのは、傾いていく視界の中、必死にレバーを操作するシオウの横顔だった。
それから——
何も、覚えていない。
*
——カァン。
槌の音が、また響く。
意識が、水面に浮かび上がるように戻ってくる。目の前には、静かに燃える炉。溶けていく二つのアーマー。そして、槌を振るい続けるアーマラーの姿。
どれだけの間、意識を飛ばしていたのか分からない。数秒か、数分か。
カイは、詰めていた息をゆっくりと吐き出す。額に、じっとりとした汗が滲んでいた。
槌の音が止まる。
アーマラーが、静かに振り返った。
「——思い出したか」
問いかけというより、確認するような口調だった。
カイは何も答えなかった。答える代わりに、喉の奥に残った苦さを飲み込む。
「親父を、庇わせました」
やっと出た声は、掠れていた。
「俺が力不足だったから、親父は……」
言葉が続かない。
アーマラーは、それ以上を急かさなかった。ただ、炉の中で形を失っていくアーマーへと視線を戻す。
「お前が背負ってきたのは、その傷だけじゃないだろう」
静かな声だった。
カイは、はっと顔を上げる。
「——ご存知、なんですか。俺が」
「教義に背いたことか?」
アーマラーの声に、動揺はなかった。
「ロウガンから聞くまでもない。お前の目を見れば分かる」
言葉に、カイは何も返せなかった。
「話してみろ」
その一言に、堰を切ったように、カイは全てを話し始めた。
拾った少女がいたこと。記憶を失っていたこと。連れて行くはずだった仲間の宛が見つからないまま、二人で旅を続けてきたこと。
そして——少女に、自分の顔を見られたこと。
「隠すつもりでした。でも、それどころじゃなかった。それに、彼女は俺の命を救ってくれた」
言葉を選びながら、カイは続ける。
「その時に、継いだんです。父の、使命を。彼女を、守ると。後悔はありません。ただ——」
言葉が、止まる。
「教義には、背いた」
アーマラーが、静かに引き取る。
「はい」
カイは頷いた。迷いはなかった。ただ、その先にある重さだけが、肩にのしかかっていた。
「だから、俺はもう」
大きく、深く、息を吸う。炉の熱が、胸を焼く。
「マンダロリアンを名乗る資格はない。そう思ってます」
アーマラーは、しばらく何も言わなかった。炎の音だけが、二人の間を満たしていた。
「——お前は、少し急ぎすぎている」
アーマラーが、静かに言う。
「教義を破ったことを、私が裁くことはできない。それは、あなた自身と教義の間の話だ。私に赦せるものじゃない」
カイは、何も言えなかった。予想していた言葉と、違った。
「でも」
アーマラーの視線が、炉の中の——形を失いつつある二つのアーマーへと移る。
「氏族を背負うかどうかは、別の話だ」
「——別の、話」
その言葉に、カイは顔を上げる。
アーマラーは、炉から二人分のベスカーの塊を取り出す。まだ熱を残したそれを、鍛冶台へと運ぶ。
「アーマーは、魂の器だ」
そう言いながら、金床の上に置く。
「一人分の魂を、もう一人が背負う。それがどういうことか、分かっているな」
「——分かっている、つもりです」
「つもりでいい。分かっていく」
槌が振り上げられる。今度はさっきとは違う、確かな意志を持った音だった。
——カァン。
——カァン。
金属が、少しずつ形を変えていく。カイのアーマーだった輪郭に、シオウのアーマーだった重さが溶け込んでいく。
カイは、それをただ見つめていた。何も言えなかった。何を言っていいのかも分からなかった。
しばらくして、槌が止まる。
新しく形作られたアーマーが、炉明かりを受けて鈍く光っていた。かつてのものより、わずかに大きい。カイの今の体格に合わせて。
「肩を出せ」
アーマラーが言う。
カイは、言われるがまま右の肩を差し出した。
小さな彫刻刀のようなものを手に、アーマラーが
彫られていくのは、ヴォル氏族の紋章だった。
「——お前が、最後の一人だ」
彫りながら、アーマラーが言う。
「だから、これは託すだけ」
紋章が完成する。まだ彫ったばかりの溝が、炉の明かりを受けて浅く影を落としていた。
カイは、それを見下ろす。
言葉にならない何かが、喉の奥でせり上がってくる。
「——ありがとう、ございます」
やっと絞り出した声は、震えていた。
だが、その礼の言葉に、アーマラーは小さく首を振る。
「——勘違いしてはならない」
静かに、しかしはっきりと。
「私が渡したのは、氏族の証しだけ。教義に背いたことを、赦したわけではない」
カイの喉が、詰まる。
「それは、私に赦せるものではない」
新しいアーマーへと視線を落としたまま、アーマラーは続ける。
「——それでも」
一拍置いて。
「ヴォル氏族の名を継ぐ者は、もう、あなたしかいない。それは、あなたがマンダロリアンとして正しくあるかどうかとは、関係がない」
カイは、何も言えなかった。赦されたわけではない。それでも、何かを託されたことだけは、確かだった。
「背負うかどうかは」
アーマラーが、最後にもう一度だけ、カイの目を見る。
「——あなたが、決めるの」
*
木箱の上で、ニナは静かに待っていた。
傍らの壁で、ロウガンが腕を組んでもたれ掛かっている。
時折、カイと色違いのヘルメットがこちらを見て、何か声をかけたそうにするが、結局また元の姿勢に戻ってしまう。
槌を打つ音だけがこちらに響いてきて、何かを口に出すのも憚られる。
——私、何でここにいるんだろう。
場違いな気まずさで、身じろぎ一つ緊張する。
今まで、留守番を言いつけられたことは度々あった。
その度にニナはツグミの自室で、じっと本を読んでいた。
一人でいるのは我慢できた。一人にするのは我慢できない。
それでも、危険だから、と言われてしまえば、以前の事件を思い出して逆らえない。
だから今回も留守番すると思っていた。
なのに——
『一緒に来てほしい』
と、わざわざ。
悩みを口にする人じゃない。
不安を頼る人じゃない。
だから——。
言い知れない疑問が、心に陰を落とす。
*
鍛冶場を出ると、湿り気のある冷えた空気が肺に沁みた。
水の中にいるように頭の中が揺らめいてまとまらない。
アーマラーの言葉だけが、焼き付けられたようにはっきりと刻まれている。
扉の脇、木箱に座っていたニナが真っ先に顔を上げる。
その目は、何かを言おうと泳いでは、やがて床に落とされた。
ロウガンも、壁に寄りかかっていた姿勢を起こす。
視線が、カイの新しいアーマーに吸い寄せられる。特にポールドロン——そこに刻まれたばかりの紋章に。
「それは……」
「新調してもらった」
短く答える。多くを語る気にはなれなかった。
「……親父さんのだな」
ぽつりと、そう言っただけだった。
何かを察したように、それ以上は踏み込まなかった。
カイは頷き、視線を落とす。慣れない重み。それでも、不思議と馴染む感覚もあった。
「戻ろう。皆が待ってる」
ロウガンの声に、カイは一瞬だけ躊躇した。
——今度こそ、言わなければ。
胸の中で、その決意だけを固く握りしめて、カイは歩き出した。
*
拠点の中庭のような広場に戻ると、また人だかりができていた。
「——お、戻ってきたぞ!」
「見ろよ、あのポールドロン!」
「継いだのか、良かったな!」
歓声が上がる。誰かが背中を叩き、誰かが肩を組もうとする。
カイは、その輪の中心で立ち尽くした。
——今度こそ。
拳を握りしめる。喉の奥、さっきまで引っかかっていた言葉を、今度は最後まで押し出す。
「——待ってくれ」
その一言に、場がわずかに静まる。
「聞いてほしいことがある」
「おい——」
背後で制止する声。ロウガンが動き出す気配。それを遮るつもりで声を張り上げる。
「俺は——」
息を吸う。
「教義に背いた。俺は、背教者だ」
沈黙が落ちた。
誰かが息を呑む音。誰かが、隣の顔を見る。空気が、目に見えて変わっていく。
カイは、目を逸らさなかった。
誰も、何も言わなかった。
その沈黙を破ったのは——ロウガンだった。
「バッ……バカやろう!!」
怒鳴り声だった。だが、その声には怒りだけではない、複雑な色が滲んでいた。
「そんなこと、今更、お前——何で」
言葉に詰まる。肩が震えている。
それきり、ロウガンも何も続けられなかった。
広場に、重い沈黙が落ちる。
誰も、すぐには何も言えなかった。無理もない。この場にいる者の何人が、カイとシオウに命を救われたか。何人が、あの日から今日まで、ウォッチの名の下に生きてきたか。
それでも——背教者は、背教者だ。
誰かが、小さく息を吐く音がした。
「……何故」
呟くような声。それが、最初の一言だった。
続いて、ぽつりぽつりと。
「あのカイが、まさか——」
「——信じられない」
「シオウさんは——」
声は、決して多くはなかった。だが、一度こぼれ出すと、止まらなかった。誰もが、まだこの事実をどう扱えばいいのか分からず、その戸惑いが言葉を刺々しくしていた。
カイは、その一つ一つを、ただ黙って受け止めた。
だが、一つだけは、譲れなかった。
「――親父は、背教者じゃない」
声を、張る。
「最後まで、教義を貫いた。俺を守って、戦士として、誇り高く死んだ。それだけは——間違えないでくれ」
その一言に、広場が、また静まり返る。
それ以外は、反論しなかった。できなかった。彼らの疑問に、答える言葉が見つからなかった。
——視界の端で、ニナが不安げにこちらを見上げているのが分かった。
カイは、何も言わずにその手を取る。
握った手は、少し震えていた。カイの方の手かもしれないし、ニナの方かもしれない。もう、どちらか分からなかった。
「……行こう」
小さく、それだけ言った。
誰とも目を合わせず、人垣の間を縫うように歩き出す。半ば、逃げるように。
困惑する声、否定する声、説明を求める声。背中に、いくつも突き刺さる——それでも、足を止めなかった。
*
背中に刺さる声を、ニナも聞いていた。
握られた手が、震えている。カイの手だと思っていたのに、いつの間にか自分の手も同じくらい震えていることに気付く。
誰も彼も、あんなに温かかったのに。
あの歓声も、あの温もりも、全部本物だったはずなのに。
背教者。
たった一つの言葉だけで全て崩れ去ってしまった。
ニナは、繋いだ手を見つめる。カイの足取りは、速すぎるほど速かった。振り返らない。振り返れないのだと分かった。
人だかりを抜け、拠点の出口が見えてきたところで、カイの足が唐突に止まった。
振り返らないまま、その手が離される。
「——ロウガン」
名前を呼ばれて、後を追ってきていたロウガンが足を止める。
息が詰まるような音がした。カイに向けられた手が宙で止まる。
それが何故かニナには、振り上げた拳に見えた。
「悪いが、この子を頼む」
カイの声は、平坦だった。感情を、無理やり押し殺したような平坦さ。
ニナの背に、軽く手が添えられる。それは、優しさではなく、何かを押し付けるような動きだった。ロウガンの方へ、体ごと寄せるように。
「——え」
声が出た。自分でも、驚くほど小さな声だった。
「カイさん——?」
「孤児として、ここで面倒を見てもらえ」
その言葉に、ニナの息が止まった。
——置いていくために、連れてきたんだ。
カイの声にも、態度にも、戻ってくるつもりの気配が欠片もなかった。決別を告げる声だった。
カイの手が離れる。その瞬間、ニナの中で何かが弾けた。
「ダメ!」
叫び声が、拠点の入り口に響き渡る。
「ダメです、ダメ! 置いていかないで!」
両腕を振り回し、ロウガンの手を振りほどこうとする。小さな体のどこにそんな力があるのか、というほどの勢いだった。
「カイさん! カイさん、待って——!」
カイは、振り返らない。
ニナは、地面を蹴ってカイの方へ駆け出そうとする。だが、その体はロウガンの腕にあっさりと捕まった。
「——ちょっ、暴れるな! 危ないから!」
ロウガンが慌てて抱え込む。ニナは構わず、その腕の中でもがき続けた。
「離して! 放してください!」
「駄目だ、あいつに頼まれ——くそっ!」
はなして、いかないで、と叫びながらロウガンの腕の中で、ニナは全身の力を使って抵抗する。蹴り、爪を立て、叫び、涙をまき散らしながら。
「カイさんを、一人にしちゃダメです! 私が、いなきゃ駄目なんです、あの人は!」
その叫びに、カイの足が一瞬だけ止まる。
だが、それも一瞬だった。すぐにまた、歩き出す。
「——カイ! おい、ちゃんと話——」
ロウガンが呼びかけようとするが、腕の中のニナが渾身の力で暴れ、それどころではなくなる。
「うわっ、待て、本当に待て!——カイッ!!」
カイを止めるつもりだったはずのロウガンが、いつの間にか、ニナを取り押さえることだけで手一杯になっていた。
その間にも、カイの背中は、どんどん遠ざかっていく。
やがて、暗闇の向こうに消えた。
ニナの叫びだけが、しばらく拠点に響き続けた。
*
遠ざかる背中を見送りながら、ロウガンは腕の中で力を失った少女の重みだけを感じていた。
——話も、ろくにできなかった。
教義を破ったなら、いずれ誰かがそれを問わなければならない。分かっている。分かっているからこそ——せめて、まず本人の口から聞きたかった。
何があったのか。何を思って、そこまでの決断をしたのか。
それを聞かないまま、こんな形で終わらせたくは、なかった。
——お前は、そうやって全部投げ捨てて、終われると思うのか。
腕の中でもがく少女を抱え直しながら、ロウガンは奥歯を噛みしめた。
*
ニナが連れて来られた部屋は、小さかった。石を積んだだけの壁に、粗末な寝台がひとつ。
ニナはその隅に座り込んだまま、動かなかった。
カイの背中が人垣の向こうに消えた瞬間から、体の中の何かがぷつりと切れてしまったようだった。あれほど暴れたのが嘘のように、今は指一本動かす気力もない。
「——大丈夫か?」
扉の脇に立つロウガンが、遠慮がちに声をかけてくる。
ニナは、首を横に振っただけだった。
「水、飲むか?」
また、首を振る。
「……何か、食うもの持ってこようか?」
三度目も、同じだった。
ロウガンが、小さくため息をつく気配がした。困り果てているのが伝わってくる。ニナの方も、それは分かっていた。
分かっていて、それでも言葉が出てこない。
——さっきまであれだけ暴れていたのに。
ほんの少し、擦れて赤くなった手首をさする。
怪我も厭わず暴れたつもりだった。骨の一本ぐらい折れても構わなかった。
力一杯押さえつけられたように思えたのに、擦り傷一つで済んでいる。
雰囲気に流されそうになるけど、そこは
きっと自分ごときが無理に出て行こうとしても同じ事の繰り返しだろう。
それでも。
ニナの頭の中では、諦めるという選択肢だけが、頑なに浮かんでこなかった。
項垂れたまま、考え続ける。
カイの元へ行く方法。それだけを、ずっと。
——仲間。使命。
ふと、頭の中に浮かんだ言葉があった。
何度も、あの人の声で聞いた。
アーマー。氏族。孤児を仲間の元へ届ける、という話。今日、聞いたばかりの言葉たちが、頭の中でひとつに繋がっていく。
ニナは、勢いよく立ち上がった。
「——ん?」
驚くロウガンには目もくれず、扉へと向かって強い足取りで歩き出す。
「な、なんだ急に。おい、どこ行くんだよ」
「責任者は、ここをまとめる方はどちらですか」
慌てたロウガンが、後を追う。
「責任者? アーマラーのことか? 一体、あの人に何の用が——」
「アーマラーさんって言うんですね」
振り返らずに、ニナは言った。
「話を、聞いてもらいます」
「——待て待て待て!」
ロウガンが慌てて回り込み、扉の前に立ち塞がる。
「そっちは鍛冶場だ! 勝手に入ってもらっちゃ困る!」
「私の——ッ‼︎」
張り上げた声を落ち着かせるように、大きく息を吸い込んだ。
「私の、仲間は、カイさんだけです」
ニナは、ロウガンを真っ直ぐに見上げた。
「あなたたちは、孤児を仲間の元へ返したいんですよね。だったら、私がここを出ていけるように、そのアーマラーって方に話します」
自分でも驚くほどはっきりと言葉が紡げた。
気迫に押されたのか、ロウガンが一瞬、言葉を詰まらせる。
しばらくの沈黙。
「……ちょっと待ってろ」
ロウガンが、そう言って踵を返す。
「動くなよ、絶対に! すぐ戻るから‼︎」
念を押して、足早に部屋を出て行った。
残されたニナは、扉を睨みつけたまま待つ。一分、二分。時間が、やけに長く感じられた。
——これ以上待たされるなら、無理にでも。
鼻息荒く、拳を握り締めたところで、扉が開いた。
「——赦しが出た」
ロウガンだった。息が少し上がっている。
「一緒に行くぞ」
「……え?」
思いがけない言葉に、ニナは目を丸くする。
「一緒に、って」
「俺もあいつとは、積もる話があるんだよ」
ロウガンはそう言って、少しだけ悪戯っぽく笑った。
*
手早く支度を済ませたロウガンと手ぶら——であることを示すと「全くあいつは……」とロウガンは頭を抱えた——のニナは、排水路のアジトを出ると、真っ直ぐキタツグミを停めたポートに向かった。
「は? もう出た⁉︎」
そこには既に知らない宇宙船が停泊していた。
呆然と立ち尽くすニナの隣で、スタッフを呼び止めると、どうやら10分程前に出航してしまったらしい。
——参ったな。
内心、ロウガンは頭を掻く。
やりようはある。やりようならまだある、が。
先程、暴れに暴れて項垂れた少女の姿が脳裏によぎる。
また気落ちしてなきゃいいんだが。
声をかけようと振り返ると、そこには口元に手を当てて考えこむ少女の姿があった。その顔には疲れこそ浮かんでいるが、まだ眼に火が灯ったまま。
——良い子に会えたんだな、カイ。
ヘルメットの下、笑みをこぼすと、ロウガンは少女に声をかけた。
*
——民間ポートである以上、出航するなら最低限の飛行計画を申請してるはずだ。
そう言われてニナが連れ出されたポートの窓口。
管制室の小窓の前で、ロウガンは笑顔のまま切り出した。
「すみません、ちょっと確認したいことがあって」
愛想の良い声だった。大柄な全身鎧に怖気付いていた管制官も、その声色に絆されたのか、最初は普通に応対していた。
だが、記録の閲覧権限がない、と断られた瞬間——
ロウガンの手が、腰のホルスターへと動いた。
「——協力、してもらえますよね?」
声のトーンは変わらない。ただ、握られたブラスターの先だけが、雄弁だった。
管制官が、青ざめた顔で頷く。
「え、あの、ちょっと待っ——」
ニナが割って入ろうとするが、その声は誰にも届かない。あっという間に、記録が引き出されていく。
「——ありました。街外れの雪原、ここですね」
「よっし。宇宙まで追いかけなくて済んだか」
満足げに頷くロウガン。何事もなかったかのように、ブラスターをホルスターに戻す。
「な、なな……」
ニナは、あんぐりと口を開けたまま固まっていた。
「……なんで、そうなるんですか」
「ん?」
「どうしてマンダロリアンは、何でもかんでもブラスターで解決しようとするんですか!」
思わず、声が裏返る。
ロウガンは、きょとんとした顔で振り返った。ヘルメット越しでも、その戸惑いは十分に伝わってきた。
「——早いだろ?」
「早いとか、そういう問題じゃなくて!」
抗議も虚しく、ロウガンはもうポートの外へと歩き出していた。
*
スピーダーが速度を上げると、風がまともにぶつかってきた。
視界が滲む。頬が痛いくらいだった。
「――名前!」
ロウガンの声が、風にちぎれて届く。
「――はい⁉︎」
「名前! 聞いてなかった!」
「ニナです!」
叫び返す。それでも、届いたかどうか怪しい。
「――んー?」
「ニナ、です!」
もう一度、声を張り上げる。今度は届いたらしく、ロウガンが振り返らずに頷くのが分かった。
「ニナな! 俺はロウガン! ——って、もう聞いてるか!」
「はい!」
「歳は!」
「十六です!」
「——へ?」
「じゅーうーろーくー!」
三度目でようやく通じたらしい。ロウガンが、露骨に体を強張らせたのが、風の音越しでも伝わってきた。
「マジか! もっと下かと思ってた!」
「よく、言われます!」
風のせいで、悔しさも何もかも吹き飛ばされて、投げやりな明るさで返す。
「カイとは、どこで会ったんだ!」
「——助けて、もらったんです! それから、ずっと一緒に!」
「——は? 何て!」
もう一度言い直す羽目になったが、今度は聞こえたらしい。ロウガンは、それだけ、と言うように短く頷いた。
しばらく、会話はそこで途切れた。
風と、スピーダーのエンジン音だけが響き続ける。
「——ところで!」
ニナは、思い出したように声を張った。
「このスピーダー、どこから!?」
「——すまん! 聞こえないな!」
「スピーダー‼︎ どーこーかーらー⁉︎」
「聞こえないな‼︎」
嘘だ。
あからさまに聞こえなかったふりで、ロウガンは前を向いたまま器用に受け流す。
(マンダロリアンって……)
ニナは、内心で盛大に呆れた。都合の悪い質問だけ、綺麗に聞こえなくなる。さっきまでの聞き返しの多さは何だったのか。
仕方なく、ニナは口を噤む。
風と、スピーダーのエンジン音だけが、また続いた。
*
人目を避けたかった。
それだけの理由で、カイはキタツグミを公共スペースポートから移動させていた。街外れ、人の気配もまばらな雪原に降ろし、エンジンを切る。停泊料など、頭になかった。ただ、誰の目にも触れない場所が欲しかった。
艦内は、静かだった。
いつもなら、この静けさの中にニナの気配があった。ページをめくる音、小さな鼻歌、何気ない足音。今は、それが何一つない。
カイは、目的もなく艦内を歩き回った。
副操縦席の傍、読みかけのまま置かれた本が目に入る。栞代わりのホロカードが、ページの間からわずかに覗いていた。
——あ、カイさん。どうしました?
見上げる顔を思い出して、少しだけ喉の奥が締め付けられる。
カーゴスペースに立ち寄れば、ニナが使っていた小さな作業台。筆記用具の一部が、几帳面に並べられたままになっている。彼女らしい几帳面さだった。
その隅、部品の山に紛れて、動かなくなったドクちゃんの残骸が置かれている。カイは、それをしばらく見下ろした。
——しまった、と思う。
これも、届けるべきだったのかもしれない。ニナにとって、家族同然の存在だったはずだ。それすら、考える余裕がなかった。
カイは、その場に座り込む。
艦内のどこを見ても、ニナの痕跡ばかりが目についた。それが、今はひどく重く感じられた。
——これで、良かったはずだ。
自分に言い聞かせる。だが、その言葉は、いつまで経っても腑に落ちなかった。