黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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第四話 ソレイン基地にて 1/3

第四話 ソレイン基地にて

 

 治療室の扉を、静かに閉める。

 

「お嬢ちゃん、少しだけ、あいつと二人きりにしてくれないか」

 

 死期を悟った戦士の言葉に、小娘一人が逆らえるわけもなく、ニナは頷くしかなかった。頷くしかできなかった。

 

 それでも何かできることがあるはず。

 

 ——今更、何ができるというの?

 

 父の書斎に駆け込む。棚の隙間、薬品庫の奥、埃を被った医療書の間。手当たり次第に漁った。頭部の外傷、意識不明、これに効きそうな処置は——何でもいい、一つでも見つかれば。

 

 ——もっと前から勉強していれば。

 

 時間だけが、無情に過ぎていく。

 

 ——父さんが生きていれば。

 

 息を切らして戻った時、廊下の空気が、変わっていた。

 

「——叔父様?」

 

 治療室の扉を開ける。

 

 ——あなたには何もできなかったじゃない。

 

 シオウは、ベッドの傍らに座り込んでいた。動かない。呼びかけても、応えない。

 

 その体に縋り付いて泣く。

 

 ——その涙は誰に見せるためなの?

 

       *

 

 ——目が、覚めた。

 

 艦内の薄暗い天井が、視界に入る。

 腕だけを持ち上げて、眼前に持っていく。

 

 まだ、腕の中に重みが残っている気がした。あの日、シオウの体を抱えた時の。

 もう何度目か分からない夢だった。慣れることなど、ないのかもしれない。

 脳裏に、別の声が重なる。

 

 ——戦士として、死なせてくれれば良かった。

 

 あの日、記憶を取り戻したカイが叫んだ言葉。

 自分が孤児である限り、カイには使命が残る。使命が残る限り、あの人は死なない。

 

 ——本当に?

 

 そう思い込もうとしてきた。

 だが、ベスピンでのことを思い出すと、その理屈は急に頼りなくなる。

 

 ——カイを生かすための私が、逆に、カイの命を危険に晒しているんじゃないか。

 

 考え出すと、止まらなくなる。

 

 ——自分じゃなくて、カイが仲間と残れれば。

 

 叶いそうもない妄想を思うのは、これで何度目だろうか。

 答えられるはずもなく、瞼が重くなり、ニナはそのまま、まどろみに落ちていった。

 

          *

 

 私の心の中には箱がある。

 鍵のかかった無数の箱。

 今日も新しい箱に気持ちをしまう。

 そして鍵をかける。

 

 ——ガチャン。

 

 決して見られないように。

 決して見せないように。

 

       *

 

 ——コン、コン。

 

 控えめなノックの音に、夢から引き上げられた。

「……あ、はい」

 まだ悪夢の余韻で、頭がぼんやりする。

 

「起こしてすまない。話し合わないといけないことができて——コックピットまで来れるか?」

 少し硬い声だった。硬さは、伝染する。こちらの喉も、勝手に強張った。

 

「コックピットですか?」

「ああ。ここだと、ちょっと難しい」

「す、すぐ行きま——痛ッ!」

 慌てて起き上がろうとして、肘を思い切りぶつけた。船倉に無理やり作った居室は、ニナにとっても手狭だ。

 

 扉の向こうから、笑いを噛み殺したような声が返ってくる。

「大丈夫か? そんなに急がなくていい、支度があるなら待つよ」

 ——笑ってる。絶対、笑ってる。

「大丈夫です。すぐ行けます」

 まだ痛む肘のまま、居室の扉を引いた。

 

       *

 

 コックピットに戻る直前、カイは「待った」とニナに手招きした。

 ニナのフードの端を掴んで、しっかりと下げる。

「ま、用心だから気にしないでくれ」

 

 操縦席にそれぞれ着席したところで、カイはニナの左側を黙って指差した。

 船外に目を向けてニナは固まる。

「わ、戦闘機ですか?」

「新共和国の巡回艇(おまわりさん)だな」

 

 そこには一機の戦闘機がキタツグミと並走している。ニナは慌ててフードを深く被り直した。後ろめたいことは咄嗟に思い付かないが、カイの"用心"が気になったのだ。

 

「ど、どういう事ですか——!?」

 意味もないのについ小声になる。

「大丈夫、ちゃんと順を追って説明する」

 

 ——大丈夫。

 

 そうは言っても、カイの右手は操縦桿から離れる気配がない。

 初めての事態に、ニナは不安が拭えなかった。

 

       *

 

 事はニナが起こされる15分程前——

 

 ハイパースペースから抜けたキタツグミのコックピットで、カイは深いため息を吐いた。

 もう大丈夫だとは分かっているが、やはりハイパースペースは慣れそうにもない。かつて、重度の意識障害(ハイパーラプチャー)を患ったことがある身には、未だに薄っすらとした恐怖が拭えなかった。

 

 何とか我慢は出来るけど、そろそろ整備士(トリン)の指摘通り操縦補助(アストロメク)・ドロイドの購入も検討した方がいいかもしれない。

 

「金が飛ぶなぁ……」

 懐は寂しい訳ではないが、余裕がある訳でもない。

 燃料代、整備代、停泊料、船の維持がこんなに金がかかるものとは思わなかった。

 この上、ドロイドも追加購入したら、しばらくレーションのランクを下げざるを得ない。

 

 ——さすがにニナにそろそろ相談、しないとか。

 若干、気が重い。

 

 そっと熱感知センサーを起動して振り返る。

 身じろぎ一つしない横たわる影。

 先程まで微かな少女の唸り声が聞こえていた。うなされているのか気になったが、今は熟睡しているようだ。

 

 お金がありません、と相談するのは気が引けるが、自分の安いプライドを秤にかけても仕方ない。

 さて、どう切り出そう——

 

 ——ピリリリリリ……——

 

 バシンッ!!

 

 船内に響き渡るアラートを、平手打ちで止める。

 ——起きるだろ、バカ。

 それは、キタツグミに通信許可を求める別の船のシグナルだった。

 すぐに通信機から知らない声が流れる。

 

『HWK-290、こちらB-1-02。応答せよ』

「……B-1-02、こちらHWK-290。何だ」

 うっかり不機嫌が滲んだ応答をしてしまう。

 

 左舷に戦闘機がつく。X-ウイング……新共和国(NR)か。この辺りは管轄だったらしい。

 カイは面倒くさそうに肩を回す。

 

 ——それにしても一機? 普通、二機一組(ツーマンセル)じゃないのか?

 

『そちらの信号に少し確認したいことがあってな』

 戦闘機のパイロットは、どこか気の抜けた声色だった。

「信号? ビーコンは発信出来ているはずだが?」

『そっちじゃなくて、発信音(シグナル)を送って欲しい』

発信音(シグナル)? ちょっと待ってくれ」

 急に慣れない操作を指示されて焦る。

 

 向こうといえば呑気に続ける。

『何かあったらしくてなぁ。お上から厳戒令で、手間かけるよ。迷惑だろうが我慢してくれ』

 ——全くだ。

 

「あった。今送る」

 それらしきスイッチを見つけた。

 しばしの沈黙。

 

 随分と待たせるな、とカイが苛つき出した頃——

『あー……誠に申し訳ないが、識別番号に——その、すまないが』

「何か問題でも?」

『航行履歴を確認したい。基地まで同行願えるか?』

 

 ——はぁ?

 

 急な要請に文句を言いたくなるのを堪えて返す。

「——乗組員(クルー)に確認したい。少し待ってもらえるか」

 

       *

 

「そんなに急がないって……凄く急ぎの用事じゃないですか!!」

「待たせときゃいいんだ、NRなんて」

 寝起きで頭が回っていないのか、ニナは呆れ半分に声を尖らせる。それを聞き流し、カイは指を二本立てて見せた。

 

「提案は二つ、一つは基地に同行する」

「基地に……」

「多分、すぐ解放されるとは思うが、されない可能性も、んー……」

 言い淀む自分の声に、カイ自身が一番戸惑っていた。想定できる面倒事を、いちいち数え上げる気にもなれない。

 

「されなかったら?」

 ニナが続きを促す。

「色々と、まあ、面倒なことにはなるだろうな」

「面倒なこと……カイさんの事だから、本当にすごい面倒事になりそう」

 

 ——俺を何だと思ってるんだ。

 

 内心で鼻を鳴らしたが、顔には出さない。無視して先を続けた。

「もう一つの提案は何ですか?」

「逃げる」

「逃げる!?」

 キッパリと言い切ってやった。

 

「逃げるって、逃げて大丈夫なんですか!?」

「この場だけなら——けど、後々面倒だろうな」

「どっちみち面倒じゃないですか……」

 ニナは呆れて肩を落とす。

 

「ニナはどっちにする?」

「……選択肢、ありませんよね、それ」

「そうか?」

 あっけらかんと、通信スイッチに手を伸ばす。

「一つ目でいいか?」

「……はい」

 

 通信を再度入れると同時に、待ち疲れたのか少しため息混じりの声が入ってきた。

『随分と待たせるじゃないか』

「ああ、説得に時間がかかってな」

「——しれっと嘘つきますよね」

 背後から聞こえた苦情に、しっ、と仕草で止める。

 何の問題があるのだろうか。

 

「基地に同行する事にした。座標が欲しい」

 コンソールをしばらく操作すると、キタツグミは自動操縦に入った。これで基地着陸までは操縦桿は触らなくてよくなる。

 

「さて——」

 向き直ったところで、カイはずっと気にかかっていたことを口にした。

「ニナ、顔色が悪いが、大丈夫か?」

 差し迫った問題——基地への連行——はともかく、これから相談するにしても、そんな青い顔をされたままでは切り出せる話も切り出せない。原因はおおよそ見当がついたが、あえて聞かない。

 

 ニナは少し口ごもってから、

「……夢見が悪かっただけです」

 とだけ言った。

「お茶、淹れてきます。カイさんも飲みますか?」

「それじゃあ、頼む」

 退室するニナの背中を見送りながら、カイは内心でひとりごちる。

 

 ——ああやって心の壁を作ったニナは、手強いんだよなぁ。

 

 きっとお茶を持ってきたら、カイがヘルメットを外して飲めるように、さりげなく気を利かせてくれるだろう。そういう子なのだ。

 今まで何人もの孤児に接してきたが、大抵はヘルメットの中身を見たがる子ばかりで、正直辟易していた。だから、ニナのこの気遣いには何度も助けられている。歳の割に、よく気が利く。

 

「歳の割に——」

 口に出してみて、初めて気付く。

 

 ——ニナは、いくつだ?

 

 考えてみれば、聞いたことがなかった。保護した時の記録があれば、そこに書いてあるはずだが……。

 ——と、そこで一つ引っかかる。

 記録。そんなもの、どこかに取っただろうか。

 

 役所に届けたわけでもない。ウォッチの正式な保護対象に登録したわけでもない。強いて言うなら、あの日ニナが差し出した手を握り返した、それだけで。

 

 ——何にも、残してないな?

 

 今更ながらの発覚に、カイは軽く天を仰いだ。今度、聞いておくか、で済ませていたはずの話が、思いのほか大きな抜け穴だったことに気付いてしまった格好だった。

 

 ——と、そこまで考えたところで、カイは今更ながら重大な見落としに気付く。

 

 ここは、コックピットだ。

 サイドガラス一枚隔てた向こうには、律儀に並走を続けるX-ウイングがいる。あのパイロットの目に、ヘルメットを外した素顔が映らない保証はどこにもない。

「……まずいな」

 独り言が漏れる。

 

 カフを淹れて戻ってきたニナが、湯気の立つカップを両手に、コックピットの入り口で足を止めた。

「? どうしました?」

「いや……ここじゃ、ちょっとな」

 親指で窓の外——涼しい顔で編隊のふりをしているX-ウイングを指す。

「あ……」

 ニナも合点がいったのか、カップを両手に持ったまま、気まずそうに視線を泳がせた。

「じゃあ、後ろで飲みますか?」

「そうしよう」

 立ち上がりかけたところで、通信機がまた鳴る。

 

『——HWK-290、そろそろ着陸態勢に入ってもらう』

 間の悪いことに。

 

「了解した」

 短く答えて、結局、腰を浮かせたまま座り直す羽目になった。

「——ニナが飲んでくれ」

「お腹ちゃぽちゃぽになっちゃいますよ……」

 存外、可愛らしい表現が返ってきた事に苦笑いする。

 

       *

 

「もうすぐ着陸だ」

 カイの声に、ニナは居住まいを正した。

『——こちら管制、ソレイン基地への進入を許可する』

 通信機から届いた一言に、ニナがふと眉を寄せた。

 

 ——ソレイン。

 

 何かが、引っかかる。喉元まで出かかった気がするのに、掴めない。もどかしさだけが残った。

「? どうした」

「いえ……何でもないです、多分」

 言葉を濁す。自分でもよく分からないものを、無理に説明する気にはなれなかった。

 

 窓の外、氷と岩ばかりの荒涼とした地表が近付いてくる。その只中に、ぽつんと灯りの並ぶ施設が見えてきた。

 

「——軍事基地、なんですよね」

 声のトーンが、少し落ちる。カイはその横顔に気付いて、努めて軽い調子で言った。

「心配なら、船倉あたりに籠っといてもいい。対応は俺がする」

「……」

「なるべく、早く済ませる」

 安心させるつもりの一言だった。だが、返ってきたのは通信機からの、別の声だった。

 

『すまないが——着陸したら、全員降りてもらう』

 

 カイは、束の間、無言になる。

 

「……悪い。当てが外れた」

「外れちゃいましたね」

 

        *

 

 タラップが下りる。

 

 冷えた外気が、船内に流れ込んできた。

 カイが先に足を踏み出す。すぐ後ろに、ニナが続いた。

 

「——マンダロリアン!?」

 誰かの声が上がった、その直後だった。

 

 周囲に散らばっていたNRの隊員たちが、一斉にこちらへブラスターを向ける。囲まれるまで、数秒もかからなかった。

「抵抗するな! 大人しくしろ!」

 鋭い命令が飛ぶ。

 

「カイさん……」

 ニナが、疑惑の眼差しで隣を見上げる。

「やっぱりまた何かしたんですか——?」

「やっぱり、とか、また、とか何だよ」

 抗議したいのに、囲まれた状況では大声も出しづらい。両手を挙げたまま、声だけを潜めて返す。

「俺は、何もしてない」

「本当に?」

「本当に」

 

 食い下がられるのは心外だった。だが、こうも疑われると、逆に自分の記憶の方が信用できなくなってくる。

 ——ニナ寝てる間に、何かやらかしてたか、俺。

 いや、応対に不審な点を見せたのは事実だが、それ以前の記憶まで疑われる筋合いはない。多分。

 それか以前にNRと揉めたことがあったか。——駄目だ、こちらも思い出せない。心当たりがない訳ではなく、いちいち覚えていないのだ。

 

「マンダロリアンって、大体そうやって話をこじらせるものなんじゃないんですか、ロウガンさんだって——」

 意外なタイミングで出てきた名前に鼻白む。

 ——あいつ何したんだよ!?

「それは——」

 言いかけて、カイは口を噤む。

 

 ——いや、待て。あいつ、なんでハイネスティアで俺に追いつけた。

 

 居場所を教えた訳でもないのに、人気のない雪原に駆け付けられた男の顔が、脳裏をよぎる。あと、やけに真新しかったスノースピーダーも。

 ——それにあいつ、俺に銃口向けてきたな。冗談のつもりで。

 あの時は勢い余って撃ち返した自分の反応の方が問題だった気もするが、そもそも先に銃を向けてきたのはロウガンだ。あれのどこが穏便な男の所業なのか。

 

「……否定はしないが、マンダロリアン代表として引用するのはやめてくれ」

「え、じゃあ本当なんですか?」

「発言はしてない。行動はしてた」

「同じことじゃないですか!」

 ニナの声が、思わず大きくなる。

「違う。似て非なるものだ」

 自分でもよく分からない理屈を、それらしく言い張る。

 

 ——別に、破ったところで良心が痛むわけじゃない。ただ、面倒なだけだ。

 規則というものに、そもそも重みを感じたことがあまりない。破れば誰かが飛んでくる、程度の認識でしかなかった。今、その”誰か”に囲まれているわけだが。

 

「静かに! 動くな!」

 鋭い一喝が飛んだ。ニナが、慌てて肩をすくめる。

 ——ほら見ろ。飛んできた。

 

 と、そこに。

 人垣を割って、聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「——待て待て待て! 何を揉めてる?」

 

 駆け寄ってきたのは、先ほど通信で応対していた、あの気の抜けた声のパイロットだった。ヘルメットを外した素顔は、思いのほか年季の入った顔つきをしている。

 

「ん? 二人だけか? "クルーに確認する"とか言うから、てっきり何人か乗ってるのかと思えば……お嬢さん一人か。それに——あんたマンダロリアンだったんだな」

 視線が、ニナとカイを交互に往復する。

 

 ——いや、俺はもうマンダロリアンじゃ……。

 

 カイは訂正する気力もなかった。今、そんなことを言ったところで事態がややこしくなるのは明白だ。

 

 男の胸元、階級章が目に入る。マンダロリアンには縁のない知識だが、親父との旅と賞金稼ぎ稼業で自然と覚えさせられた記号だった。

 ——少佐?

 わざわざ自ら巡回に出るような階級ではない。今更ながら、違和感が輪郭を持ち始める。

 

 男は、隊員たちの構えを見て眉をひそめた。

「おい、何でまだ囲んでるんだ。もういいだろ」

「は、しかし少佐——」

「しかしも何も、俺が確認してくる、って言っただろうが」

 気だるげに手を振ると、隊員たちの緊張が、目に見えて緩んでいく。

 カイは、その光景をぼんやり眺めながら思う。

 

 ——待てよ。

 少佐が、自ら巡回に出る。しかも一機だけで。二人一組ですらない。

 ——人が、足りてないのか。

 

 視線を巡らせる。見張り塔の一つは明らかに稼働していない。整備中らしき機体は、埃を被ったまま放置されている。詰め所の看板は、色褪せてほとんど読めない。

 これは、異常事態ではなく——日常なのだ、この基地では。

 

「——すまなかったな、お前ら」

 少佐が、ばつが悪そうに頭を掻く。

「うちは、まあ、その、色々と足りてなくてな」

 悪びれもせず言い切るその態度に、カイは毒気を抜かれた。

 

「で、結局——」

 少佐が、手元の端末を覗き込みながら、独り言のように呟く。

「マンダロリアンってだけで反応しちまったが……よく見りゃ、手配の顔と全然違うな、これ」

 画面を、隊員の一人に見せつける。隊員も戸惑った様子で頷いている。

「アーマーの色も形も違う。船も——お前ら、これに乗ってきたのか?」

 顎で、キタツグミを示す。

「そうだが」

「手配のはもっとゴツい、輸送船仕様の代物だ。こっちは……何だ、随分と、欲張りな船だな」

 ——欲張り。

 カイは内心、微妙な顔になる。褒められているのか、けなされているのか、判断がつかない評価だった。

 

「別人だ、別人だな、こりゃ」

 少佐が、あっさりと結論を出す。

「悪かった。人違いだ」

 銃口は、とうに下がっていた。突っ立ったまま両手を挙げていたのが、急に馬鹿らしく思えてくる。

「——そういうことらしい」

 誰へともなく、カイはそう呟いた。

 隣で、ニナが胸を撫で下ろしている。安堵と困惑が、半分ずつ滲む顔で。

 

「じゃあ、まあ……」

 少佐が、頭を掻きながら続ける。

「一応、形式的な確認だけさせてくれ。チェーンコードを、提出してもらえるか」

「……ああ」

 気の抜けた返事しか返せなかった。両手を挙げっぱなしだった時間の分、体のあちこちが強張っている。

 

 少佐が顎で示した先、簡素な受付台に案内される。担当官が端末を構え、面倒くさそうにボタンを叩いた。

「マンダロリアンの方は——そこの読み取り機に、鎧のチップを」

 言われるまま、カイは籠手をかざす。ピッ、と味気ない電子音。

「……問題ない。すんなり通ったな」

 担当官の声に、微かな意外さが滲む。

「新調したばかりなんだが」

「へえ。ちゃんと移植できてんならそれでいい。稀にズレてる奴もいるからな」

 ——ズレてる奴。

 自分の鎧の中身がそんな杜撰な扱いを受けている個体もいるのかと思うと、少し複雑な気分になる。とりあえず、自分は当たりだったらしい。

 

「はい、次——お嬢さんは?」

 担当官の視線が、ニナに移る。

「——え、私も、ですか?」

「一緒に来た以上は、規則でな」

 当然のように言われ、ニナがカイの方を見た。カイも目を逸らす。それどころではないのは自分も同じだ、という顔をして。

「持ってるチップとか、埋め込まれてる感じの……ある?」

 担当官の問いに、ニナは首を横に振る。

「……ないです」

「じゃあ、直接読み取るしかないな。奥に連れてくぞ」

 担当官が指し示した先、廊下の奥には、いかにも物々しい機材の並んだ部屋が見える。

 

「……ニナをどこへ——」

 カイは、思わず口を挟んだ。自分でも、少し驚くくらい、間の悪いタイミングで。

「ん?」

「その、離れるのは、あまり——」

 言いかけて、うまく続かない。理由らしい理由なんて、何も浮かんでこなかった。ただ、なんとなく、目の届かない場所に行かせたくないと思っただけだ。

 

「なんだ、心配性だな、兄さん」

 担当官は、特に気にした様子もなく笑う。

「すぐ済むから。体、スキャンするだけだ。痛くもない」

 あっさりと流されてしまうと、それ以上食い下がる理由もなくなる。

「……分かった」

 カイは、それだけ言って、渋々引き下がった。

 

「行ってきます」

 少し不安げな声で、ニナがちらりとこちらを振り返る。カイは小さく頷き返すことしかできなかった。

 

 二人の背中が、廊下の奥へ消えていく。

 

 残されたカイは、その場に突っ立ったまま、しばらく手持ち無沙汰だった。

 ——何を心配してたんだ、俺は。

 自分の反応に、自分で戸惑う。理由を探そうとして、うまく見つからないまま、カイはその感覚をひとまず脇へ置くことにした。

 

       *

 

 残されたカイは、その場に突っ立ったまま、しばらく手持ち無沙汰だった。

 

「暇そうだな、兄さん」

 少佐が、配給用のカフ缶らしきものを片手に近づいてくる。もう一本、こちらへ放って寄越した。反射的に受け取ってしまう。

「……ありがとう」

「なあに。付き合わせた詫びだ」

 

 少佐は近くの荷箱に腰を下ろすと、缶を呷った。

「しっかし、辺境まで来てとんだ災難だったな。恨むなら、仲間を恨んでくれ」

「仲間?」

「知らんのか? 最近、この界隈を派手に引っ掻き回してるマンダロリアンがいてな」

 少佐は、面倒くさそうに肩をすくめた。

 

「新共和国の囚人輸送船、襲ったらしくてなあ。しかも一匹逃げちまったらしい」

 

 ——は?

 

 カイは、思わず缶を持つ手を止めた。

 

「囚人輸送船を?」

「ああ。おかげでお上が本気で怒っちまってな。管轄内は片っ端から、それらしい船を止めろってお達しだ」

 少佐は、心底うんざりした様子でため息をつく。

「正直、うちみたいな辺境まで巻き込むほどのことかね、とは思うんだが」

「俺の、仲間はそんな事をするとは、思えないんだが——」

 

 傭兵稼業に勤しむ奴らの話なら聞いた事はある。

 だが、そいつらは俺たち(ウォッチ)とは違う奴らのはずだ。

 

 ——賞金稼ぎなら。

 

 脳裏をよぎった名前を、カイは鼻で笑い飛ばす。

 

 いや、あり得ない。複雑な思いは拭えない。それでも——あの教義への忠実さと、誇りも見境もない行動は、どうにも結び付かない。

 ()()()はそんなことしない。

 

「——困った奴がいたもんだ」

 カイは手の中の缶カフをくるくると回す。

「ああ、災難だったな、全く」

 少佐が、他人事のように返す。

「マンダロリアンってだけで反応しちまうのも、正直こっちも本意じゃないんだ。だが上が煩くてな」

「……分かるよ、それは」

 カイは、心の底から同意した。

 

 ——どこのどいつだよ、全く。

 顔も知らない、名前も知らない。それでも、こっちが割を食っているという事実だけは、はっきりしている。

 

「にしても、よくそんな話、俺なんかにペラペラ喋るな」

 思わず、そう漏らした。少佐は、決して低い階級ではないはずだ。にしては、口が軽すぎる気がする。

「あん? 別に、機密でも何でもねぇだろ」

 少佐は、きょとんとした顔でこちらを見た。

「みんな知ってる話だ。むしろ、お前さんが知らなかったことの方が驚きだよ」

 その屈託のなさに、カイは何と返せばいいか分からなくなった。

 ——この人、この階級で大丈夫なのか。

 内心の疑問は、口には出さないでおいた。

 

「まあ、そういうわけだ。今回の仕事も、実を言うと、この一件のとばっちりでな」

 少佐は、缶をくしゃりと潰しながら続けた。

「厳戒令が出てる今のうちに、普段は後回しにしてる面倒事も、一気に片付けとけって話も出ててな——っと」

 そこまで言うと、口をつぐむ。何か言ってはいけない事を口走りかけたようだ。

 ——どうやら普段からこの調子らしい。

 

「……なるほど」

 やっと、腑に落ちた。

 金も人も足りない基地が、なぜ今回だけはやけに仕事熱心なのか。理由は単純だった。上からのお達しで、渋々尻を叩かれているだけだったのだ。

 

「まあ、そうだな。後でまた話があるかもな、マンダロリアンさん」

 少佐は、そう言って軽く肩を叩いてくると、缶を放り投げて立ち去っていった。

 

 残されたカイは、しばらくその背中を見送っていた。

 

 ——何だか、嫌な予感がする。

 

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