「ひええええ!!」
舌打ち一つ、カイはペックスの首根っこを掴んで引き寄せる。矢のように飛んできた光条が、直前まで彼の頭があった空間を貫いた。
「——喋る前に動け」
最後の通路——恐らく、この先に隊長がいる。
直前までの緩みが嘘のように、帝国シンパの抵抗が激しくなっていた。ブラスターの光条が幾筋も飛び交い、壁の一部が焼け焦げていく。
それでも、カイは焦らなかった。
——これだけ守りを固めてるってことは、間違いなさそうだな。
独りごちながら、物陰から様子を窺う。
「あの、隊長——マンダロリアンなら何か、センサー的なものはないんですか?」
後詰めの一人が、身を屈めたまま尋ねてきた。ペックスではない、別の兵だった。
「——まあ色々、だな」
適当な言葉で、はぐらかす。マンダロリアンの装備の中身を、部外者にべらべら喋る趣味はなかった。
だが、ふと思いつく。
——ここらで一つ、"講義"でもしてやるか。
脳裏に、かつて聞いた声が蘇る。
——カイ、いいか。センサーで敵を把握するのは、確かに大事だ。
「……だけどな」
カイは、口に出しながら続ける。
「センサーだけで把握した気になるのは、ダメだ」
そっと、ヘルメットの熱源感知を起動する。
視界に浮かぶ、複数の反応。敵の数、位置、おおよその配置。
——だが、一つ。
一つだけ、あまりにも小さい反応が混じっていた。
「五感を研ぎ澄ませ。全てを疑え」
シオウの受け売りを、そのまま口にする。装備を構え直しながら。
「見逃せば——待ってるのは、死だ」
言い終えると同時に、腰のポーチからスタングレネードを引き抜く。
「じゃ、そこで待ってろ」
投擲。
閃光が、通路いっぱいに弾けた。
視界を焼かれた敵の悲鳴が、幾重にも重なる。
カイは、その中へ躊躇なく踏み込んだ。
一人目。怯んだ体の懐に入り、当て身一つ。崩れ落ちる。
二人目。振り向きざまのブラスターを弾き、返す手で首筋へ。声もなく沈む。
三人目。距離を取ろうとした背中へ、迷わず踏み込む。逃がす気はなかった。
四人目、五人目——閃光の残滓の中、次々と敵影が崩れていく。動きに無駄がない。迷いもない。ただ、目の前の反応を、一つずつ丁寧に消していくだけの作業だった。
最後の一人が膝から崩れた時には、通路にはもう、立っている者はいなかった。
——センサー上は、これで全部のはず。
そう思った、次の瞬間。
背後に、殺気。
振り向きざま、突き出された何かを、片手だけで受け止める。膂力も、間合いの読みも——造作もない。
手首を捻り上げ、得物を落とさせる。あとは、崩れた体勢を利用して引き倒すだけだった。
あっさりと、地に伏せさせる。
「……っ」
呻き声を上げる相手を、カイは冷静に見下ろす。
——やっぱり、これか。
あの小さな熱源反応が、答え合わせされた瞬間だった。
ふと、視線が男の着ているものに留まる。艶のない、それでいて妙に上質な生地だった。
カイは、男の襟首を掴んで軽く持ち上げる。
「やっぱり、着てたか——」
襟首を掴んだまま、ヘルメットすれすれの距離まで、男の顔を引き寄せる。
「良いもん着てるじゃないか——ちょっと脱いでみろよ」
*
基地に降り立つと、手続きが終わったのかニナが待っていた。
「おかえりなさい!」
駆け寄ってくる足取りは、軽い。カイの姿を認めると、ぱっと表情を明るくした。
だが、その笑顔が、すぐに戸惑いに変わる。
「……何か、あったんですか?」
「? 何がだ」
「いえ、その……妙に、機嫌が良さそうというか」
自覚はなかった。だが、言われてみれば、口元が緩んでいる気がする。
「気のせいだ」
誤魔化すように言う。ニナは、まだ何か言いたげだったが、それ以上は追及してこなかった。
*
「——お疲れさん、無事に片付いたな!」
少佐が、部隊の面々を労いながら歩いてくる。一人一人に声をかけ、肩を叩き、いつもの気の抜けた調子で締めくくっていく。
やがて、カイの前で足を止めた。
「——お前には、特に礼を言わせてくれ」
声のトーンが、わずかに変わる。
「部下を一人も欠けさせずに、帰してくれた。それも怪我もなく」
真っ直ぐな言葉だった。カイは、少し面食らう。
「……最優先事項、だったろ」
「そうだな。甘く見てたことを詫びたい。——大したもんだ、正直」
少佐は、それだけ言うと、すぐにいつもの調子に戻った。
「——にしても、"講義"までしてくれたそうじゃないか!」
弾けるように、笑い出す。
「お前ら、良かったな。マンドー直々の授業だぞ。滅多にあることじゃない」
からかうような口調に、後ろに並んだ隊員たちが、気まずそうに目を逸らした。
「別に、大したことは教えてない」
「謙遜すんなって」
少佐は、片手に提げていた包みを、こちらへ差し出した。
布に包まれた、あの特殊なインナーだった。体表の熱を吸収・拡散し、赤外線反射を抑える——サーマル・ダンプニング・スーツと呼ばれる代物だ。
「これ、本当に残りの報酬代わりで良かったのか?」
「ああ」
カイは、包みを受け取りながら頷く。
「——こいつは、その辺の品じゃない。体温を丸ごと誤魔化す代物だ。熱源感知の類なら、まず引っかからない。潜入や隠密行動向けの装備で、市場に出回ることも滅多にない」
あの隊長の、頭部以外の熱をほとんど遮断していたのだから、熱源感知の反応の小ささにも納得がいく。
——思わず、口が滑らかになっていることに、カイは気付かず続ける。
「前に、市場で似たようなものを見かけたことがある。欲しかったが、値札を見て諦めた。それくらいの品だ」
だから、無断で持ち去るのも気が引けて、わざわざ確認を取ったのだ——そう続けようとしたが、少佐の反応は、思いのほか薄かった。
「へえ」
興味なさそうに、鼻を鳴らす。
「そんなに欲しかったんなら、黙って持ってきゃ良かったのに」
「——え?」
「律儀な奴だな、お前も」
呆れ半分、面白がる様子が半分。少佐は、それだけ言って肩をすくめた。
カイは、何とも言えない気分で、受け取った包みを抱え直す。
最後に、少佐が振り返りながら言った。
「——世話になったな、『追い剥ぎマンドー』」
「……………………は?」
思わず、動きが止まる。
その言葉の意味を測りかねているうちに、周りの隊員たちの囁き声が耳に入ってきた。
「——敵の幹部の下着、引っぺがしたんだってな」
「いや、聞いた話だと、その場で隊長本人に脱がせたって」
「お、俺は、そんな事してない——」
思わず、声が上ずる。
——いや、待て。
確かに、あの時。少しばかりテンションが上がって。
——「ちょっと脱いでみろよ」とは、言った。言ったが。
その一言が、こんな形で広まっているとは、想像もしていなかった。
すると、どこからともなく、勝利を祝う雄叫びが上がった。
「うおおおお! やったぞ!」
拍手と歓声。だが、その中に——明らかに毛色の違う声が混じっている。
「追い剥ぎ! 追い剥ぎ!」
「——おい、ちょっと待て!」
カイは、思わず低い声で呻いた。だが、コールはすぐに広がる。
「追い剥ぎ! 追い剥ぎ!」
「やめろ! 頼むから、勘弁してくれ!」
声を張り上げても、止まる気配はなかった。むしろ、面白がるように輪が広がっていく。
「——お、いいコールじゃねぇか」
少佐までもが、悪ノリして手拍子を刻み始める。
「あんたもかよ!」
「いやぁホント良くやってくれたわ! なぁ、追い剥ぎ!」
「——あんた、階級持ちだろうが!!」
抗議も虚しく、周囲の熱気はますます高まっていく。
その渦の端、少し離れた場所で、ニナが小さく首を傾げていた。
「……追い剥ぎ?」
その一言が、耳に届く。
「——違う! 誤解だ! 誤解なんだ、ニナ!」
カイの悲鳴じみた否定が、ソレイン基地の空に響き渡った。
*
ようやく騒ぎが落ち着いた頃、担当官が小走りに戻ってくるなり、
「すまん、手続きの方でちょっと不備が見つかって、時間食っちまった。あと少しかかる」
そう言って、ニナを再び基地の奥へと連れて行ってしまった。
その背中を見送りながら、ようやく一人になれた——
と、息をつく間もなく。
けたたましい駆動音が、こちらへ近づいてくる。
小柄な、丸みを帯びた白い機体——R2タイプのアストロメクドロイドが、勢いよく転がってきた。
「——何だ?」
見覚えのない機体だった。だが、その機体は、迷わずカイの足に突進してくる。
「わっ——」
ゴンッ、と鈍い音。カイの脛に、しっかりと頭部をぶつけてきた。
「な、何だこいつ」
振り払おうとするが、機体は執拗に足元へまとわりつく。まるで、何かを訴えかけるように、繰り返し体当たりを続けていた。
その様子を見て、傍らのメカニック(基地付きの技術者)が、笑いを堪えるような顔で歩み寄ってくる。
「お預かりしたドロイドですが、修理が完了したのでお連れしました」
「——は?」
「外装の指定がございませんでしたので、こちらで勝手ながら選ばせていただきましたが宜しかったでしょうか」
「いや、宜しいも何も——」
言葉を上手く継げないカイの足元を、ドロイドは未だ小突き続けている。
「お渡しいただいた
「医療……」
——え?
——は?
——こいつ、まさか。
「ドクちゃん、か?」
「? ドクちゃん、ですか?」
きょとん、と返すメカニック。
「あの、俺が任せた、医療ドロイド……」
ごつん、と一際大きくぶつかるドロイド。
「ですよ?」
影も形もない、白い丸っこいフォルム。
「いや、いやいや——待ってくれ!」
カイは、思わず辺りを見回す。だが、ニナの姿はどこにもなかった。
「それが何で
「え!?私、てっきりアストロメクが必要なのかと——」
メカニックの顔が青ざめる。多分、カイの顔も。
「お連れ様が、アストロメクがそろそろ必要だと仰られてましたので……」
——マズい、どうする。
今更、メカニックを責めても仕方ない。痛みそうな頭を抑えながら、カイは絞り出す。
「外装の——交換は」
「医療ドロイドですか――? そのような高価なパーツは、何分、うちの基地では……」
埃の被った機体が目に入る。整備が止まったままの、他の廃棄部品と並んで。
——つまり、ないと。
カイが、頭を抱えかけたその時。
「あの、カイさん」
声が、背後から飛んできた。
振り返ると、手続きを終えたらしいニナが、こちらへ歩み寄ってくるところだった。
「その子、何ですか?」
足元でまとわりつく白いドロイドを見て、不思議そうに首を傾げている。
カイは、言葉に詰まった。どこから説明すればいいのか、分からない。
「その、これが——」
「? どうしました?」
きょとんと見上げてくるニナに、カイは覚悟を決める。
「——ドクちゃん、です……」
「——え?」
ニナの表情が、固まった。
「これが? ドクちゃんが?」
「ハイ……」
ニナの視線が、ゆっくりと足元へ落ちていく。
丸みを帯びた白い機体。見慣れた面影は、どこにもない。
数秒の沈黙。
やがて、ニナがしゃがみ込んだ。丸い頭部に、そっと手を触れる。
「——ワァ、可愛い!」
声は、確かに明るい。
だが、こちらを見上げた、その目は——笑っていなかった。
「あの、ニナさん……?」
「可愛い、です」
もう一度、同じ言葉を、同じ温度で繰り返す。
歴戦のマンダロリアンは、背筋にじわりと嫌な予感が這い上がるのを感じた。最早、先程の活躍の威厳はかけらも残っていない。
それでも、表向きは何一つ咎められないまま、ニナとメカニックの会話は続いていく。
「内蔵データですが、医療分野はそのまま移植されています」
「わあ、助かります」
「会話機能ですがアストロメクですので搭載の方は——ですが、拝見いたしましたところ元々故障されておりましたので……」
「ええ、仕方ないです」
「モジュールの方は——」
——逃げたい。
もちろん逃げる場所はないのだが、そんな考えがカイの頭をよぎった瞬間。
「——カイさん?」
「——ッ!」
「後で、話があります」
「はい、すいませんでした……」
*
「——マンドー、少佐がお呼びだぞ」
項垂れたまま突っ立っていたところに、別の隊員から声がかかる。まだニナの一件から立ち直りきれていないまま、カイは重い足取りで詰め所へと向かった。
扉を開けると、少佐はデスクに足を乗せたまま、気だるげにこちらを見た。
「よお。ちょっと、確認したいことがあってな」
「——今度は何だ」
げんなりした声が、そのまま出た。
「あんたの、その周波数——暗号帯まで貰っちまったが、今後どうする?」
差し出されたのは、輸送船内のやり取りで渡した、あの周波数の記録だった。
「返してもらった方がいいか? それとも——」
「——いや」
カイは、少し考えてから答える。
「持ってていい」
「いいのか」
「ああ」
深い意味があったわけではなかった。ただ、この気さくで頼りない基地が、少しだけ信用できる気がしていた。
「へえ」
少佐は、意外そうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。
「まあ、悪いようにはしないさ」
そして——
「あー、しまったなぁ」
酷く棒読みの声だった。
「通信記録だけ消えちまったぞ。全くそこもかしこも古くて参るわ」
ハハハ、と少佐が笑う。
あっけに取られたカイは、意味を飲み込むまで一拍を要した。
「——いいのか?」
カイは、しばらく言葉に詰まる。
——データが消えるのは困る、というより。
どこか、ほっとしている自分がいることに気付いた。周波数そのものは、まだ少佐の手元に残っている。だが、正式な記録として基地のどこかに保存され続けるわけではない——それだけで、随分と気が楽になった気がした。
「まあ、“直通番号”はもう受け取ったしな」
少佐は、
「それと——もう一つ」
「あんたの連れ、ニナちゃんだったか、医務官から報告が上がっててな」
「ニナが——?」
カイの中で、最悪の想像がいくつも駆け巡る。何か重い病気でも見つかったのか。あるいは——もっと悪いことか。
「ああ、違う違う。そんな深刻な顔すんな」
片手を振って、否定される。
「——発育不良気味だ、ちゃんと栄養のあるもの食わせてやれ、と」
「発育……かぁ」
カイは親指と人差し指で、ほんのわずかな幅を示してみせる。誇れるほどではない、というのは自分でも分かっていた。
「一応、あれでも前よりは肉付き良くなった方なんだ」
"気味"が付いただけでも良しとしたい。
少佐は、小さく一息吐くと続ける。
「歳の割にな」
「歳の……」
カイは、そこで初めて引っかかった。
「——何歳なんだ、あいつ」
「知らなかったのか」
少佐が、意外そうに眉を上げる。
「十六だそうだ」
——十六。
——え? 十六って言ったか?
頭の中で、何かが音を立てて崩れた。
「十六、って……」
「お前さんとあんま変わらんってこった」
あっさりと言われる。
脳裏に、これまでの日々が次々とよぎった。子供だからと気を遣ってきたつもりの、様々な場面。
危ないことからは遠ざけようとしたこと。何かにつけて、勝手に判断して先回りしてきたこと。何一つ気にもとめなかったスキンシップ。
——そういえば。
ふと、うなじのイメージが頭をよぎる。ちゃんと肉がついてきたか、それとなく確かめていた自分がいた。
——全部、子供相手にしていたわけじゃ、なかった。
「お、おい、大丈夫か」
少佐の声が、遠くに聞こえる。
カイは、机に手をついて、しばらく動けなかった。
*
詰め所を出ると、廊下の壁際に据えられた古びたベンチが目に入った。塗装の剥げた金属製、座面だけ布張りの補修痕がある。
その端に、十六歳の少女が所在なさげに腰掛けていた。
白いアストロメクに身体を預けるようにもたれかかっていたが、カイの姿を認めると、無言で隣の座面を叩いて座るように促す。
その表情に、いつもの笑顔はなかった。かといって、怒りが浮かんでいるわけでもない。ただ、真剣な色だけがある。
カイは促されるまま、隣に腰を下ろす。顔を向けられないまま、足元に視線を落とした。合わせた指が、所在なげにくるくると回る。
——地獄か、ここは。
ついさっき、ほぼほぼ単騎で基地を制圧し、『追い剥ぎマンドー』の異名まで頂戴してきた男とは思えない、しおらしさだった。
「——キタツグミの登記、正式に切り替わりました」
先に口を開いたのは、ニナだった。
「そう、か」
答えた瞬間、カイはがばりと勢いよく頭を下げる。ほとんど、土下座に近い角度だった。
「勝手に、直した! 悪かった!」
「あ、いや、そこまで畏まらなくても……」
「ドロ……ドクちゃんのことも! 本当に、悪かった!!」
もう一度、さらに深く。額が膝につきそうな勢いだった。
通りかかった隊員が、二度見していく。
ニナは、そのあまりの勢いに、逆にたじろいだ様子だった。
「——あの、頭、上げてください」
「上げられない」
「え」
「合わせる顔がない」
「上げても合わないでしょう!」
「それはそうなんだが」
あの隊長を、片手で軽々と組み伏せた男の台詞とは思えなかった。
しばらく、ニナは呆れたようにその様子を眺めていたが、やがて、諦めたように息を吐く。
「——分かりました。もういいので」
その一声で、ようやくカイは頭を上げる。まだ、目は合わせられなかった。
「——ニナの、歳のことだが」
「はい」
「知らなかった。ずっと、子供だと思ってた」
言いながら、また少し姿勢が縮こまる。
「今まで、子供扱いしてきたこと——悪かった」
三度目の、深い謝罪だった。
「——今更ですか」
「——え?」
「私、薄々気付いてましたよ。年相応に扱われてないなって」
あっさりと言われて、カイは言葉に詰まった。
「——いくつだと思ってたんですか」
「え……八、九歳、とか?」
「——は?」
ニナが、あっけに取られた顔で固まる。
「いくらなんでも、それは……。孤児と触れる機会が多いお仕事してて、それなんですか?」
もっともな指摘だった。
「——女の子は、元々そんなに孤児にならない。なったとしても、大抵は他の奴に任せてたから」
我ながら、苦しい言い訳だと思った。
「——十六歳、だったんだな」
カイは肩を落とした。
それを聞いて、ニナはぽつりとこぼす。
「もうすぐ——」
「え?」
「いえ、何でもないです」
ニナは、ふう、と一つため息をつく。言うべきことは言い切った、というような顔だった。
「色々言いたいこともありましたけど、もういいです」
「——そうか」
「それより」
真剣な顔で、こちらへ向き直る。
「どうして、置いて行ったんですか」
一瞬、何の話か分からなかった。
「危険な所に行くなら、一言くらい言ってほしかった」
ニナの声が、少しだけ強くなる。
「依頼を聞いて、私がどれだけ心配したか」
——ああ。
ようやく、今回の任務のことだと思い至る。
だが、「危険」という言葉が、うまく飲み込めなかった。確かに不安要素は多かった。それでも、あの程度——苦にもならない範疇だ。
マンダロリアンにとって、死ぬ確率が二割を切れば、上出来な任務だった。
なのに、「心配」という言葉には、いささか軽んじられているような響きがあった。
——そんなに、頼りなく見えてるのか。
情けない姿ばかり見せている自覚はある。それでも、これまで一人で戦い抜いてきた自負くらいはあった。
内心、やる方ない気持ちが渦を巻く。
「俺だって——伊達に、生き残ってきたわけじゃない」
「じゃあ、あの時——」
ニナが、一拍置く。
「ベスピンの時は、私がいたから危ない目に遭ったってことですか?」
カイを責めるような口調ではなかった。
「——そういう意味じゃない」
「——」
「そういう意味じゃ、ないんだ」
自分でも、うまく言葉にできなかった。
気まずい沈黙が、廊下に落ちる。
その空気を変えるように、先に口を開いたのは、ニナだった。
「ところで——カイさんは、いくつなんですか?」
「俺か? ——確か、二十くらいだったはずだ」
「え、若い!」
「……いくつに見えてたんだ」
不満げに聞き返すと、ニナは、少し動揺したように視線を泳がせた。
「もっと、ずっと年上かと……」
言いかけて、慌てたように付け足す。
「だって、しっかりしてますし、何でもできるし、すごく強いですし!」
言い訳めいた口調だった。
思っていたより年上に見られていたことは、正直、ショックだった。それでも、その言い訳の中に、間接的な称賛が混じっている気がして、少しだけ、くすぐったい気分になる。
ニナが、軽く笑った。
「私たち、本当にお互い、何も知らなかったですね」
その一言に、何かが、胸の奥で小さく動いた。
「——それは」
カイが、続きを切り出そうとした、その時。
「——あー、そろそろ、その、いいか?」
詰め所の扉から、少佐が顔を覗かせた。
*
再び招かれた詰め所の中、若者二人を前にして、少佐は後頭部を掻いていた。
その表情は、何とも形容し難いものだった。若者同士の空気を邪魔してしまった気まずさと、それでいて「お、青春じゃねぇか」とでも言いたげな面白がる色、そこに——何かを警戒するような硬さが混じっている。
カイとニナは、同時に固まった。
——今の、聞かれてたか。
二人とも、穴があったら入りたい気分で、視線を合わせられずにいた。
「——あー、まあ、それはそれとして」
少佐は、咳払い一つで空気を仕切り直すと、一枚のホロディスクを差し出してくる。
「これ、あんた宛に届いてる」
「——は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
「俺、宛に? この基地に?」
あり得ない事態だった。誰も、自分の居場所など知らないはずだ。
ヘルメットの下、怪訝な表情を浮かべる——ものの、もちろんそれが少佐に伝わることはない。
差し出されたディスクを受け取り、表面の署名に目を落とす。
——ああ。
一目で、腑に落ちた。
「——問題ない。知り合いからだ」
「そうか。まあ、そういうことなら」
少佐は、あっさりと引き下がる。
差出人の名は——ロウガンだった。
「——え、何でロウガンさんから?」
ニナが、驚いたように声を上げる。
だが、カイの方はといえば、いつも通りの平然とした様子だった。むしろ、日常茶飯事だと言わんばかりに。
「あいつの"顔の広さ"は、異常なんだ。俺たちがここにいることも、どうせ筒抜けだったんだろうな」
「——顔の広さ、で片付くもんか、それ?」
少佐が、片眉を上げながら呟く。
「マンダロリアンって、よく分かんねぇな」
*
キタツグミのコックピットに、荷物を積み終えたところだった。
ニナが操縦席に座り、出発前の点検リストを確認している。カイは、その後ろで何度目かの深呼吸をしていた。
——言うなら、今しかない。
「——ニナ」
「はい?」
振り返る顔に、特に身構えた様子はない。それが、余計に切り出しにくかった。
「——ハイネスティアでの、あの話なんだが」
「? はい」
「お前、俺に……『もっと深く知りたい』って——言っただろ」
ニナが、きょとんとした顔になる。
「言いましたけど……それが?」
「いや、あの、その」
カイは、視線を明後日の方へ逃がした。
「マンダロリアンの間じゃ、あの言葉——『深く知る』っていうのは、その、告白の、定型句、みたいなもんで」
「——は?」
「愛してる、みたいな、意味で使うやつで」
しばらく、沈黙が落ちる。
ニナの顔が、じわじわと赤く染まっていくのが分かった。
「わ、私、そんなつもりじゃ——」
「分かってる! 分かってるんだ、それは!」
慌てて、両手を振る。
「ただ、今後もし、他のマンダロリアンにあの言葉を使ったら、誤解される可能性があるから——一応、注意しておこうと思って」
「——な、なるほど」
ニナは、まだ赤い顔のまま、こくこくと頷いた。
「じゃ、じゃあ、気をつけます」
「ああ、そうしてくれ」
カイもまた、ヘルメットの下で、いくらか気まずい顔をしていた。
しばらく、二人とも無言のまま、操縦パネルの点検作業に戻る。
やがて、ニナがぽつりと呟いた。
「——でも」
「?」
「深く知りたいって思ったのは、本当ですよ」
朱の差した顔で、上目遣いで。
大きな青灰色の瞳が、こちらに真っ直ぐ。
カイの手が、一瞬、止まる。
「……そうか」
短く、それだけ返す。
それ以上、続く言葉は見つからなかった。
*
薄暗いコックピットに、ホロの光が浮かび上がる。
投影されたロウガンは、片手を挙げて軽く笑いながら話し出した。
『よお、元気そうだな——って、まあ、これ録画だから、返事聞けねぇんだけどな』
一方的な喋りだと分かっていても、目の前で話しかけられているような錯覚があった。
『ソレイン基地とやらに、無事着いたみたいで良かったよ。まあ、色々あったんだろうけどな。想像はつく』
ロウガンは、そこで一度、真面目な顔になる。
『例の件、色々調べてみた。贖罪については——マンダロアの鉱山、その地下にある"生ける泉"で沐浴すれば良いらしい』
『昔からある言い伝えでな。あそこで身を浄めれば、教義の上でもう一度、ウォッチの一員として認められる——そう伝わってる。まあ、伝承レベルの話だから、話半分に聞いてくれてもいいけどな』
『ただ、正確な場所までは、俺の伝手じゃさすがに辿れなかった。誰も、はっきり覚えちゃいねぇんだよ。あそこは、そういう星だ』
『知っているとしたら、そうだな、"ウォッチの外"の連中だろうな』
『座標が分かり次第、また送る。悪いな、期待させといて』
少し、間が空く。
『——無理すんなよ。お前がいなくなったら、俺が困る』
最後に、ぐっと親指を立てて。
『じゃあな。また連絡する』
映像が途切れ、光が消える。
静寂だけが、コックピットに残った。
カイは、しばらく黙り込んだまま、消えたホロの残像を見つめていた。
「——マンダロア、か」
誰にともなく、ぽつりと呟く。