俺は孤高の賞金稼ぎ(自称)。これからこの銀河に名を轟かす存在だ。
実家は代々続く武器工房。親父も、そのまた親父も、来る日も来る日もブラスターの銃身を磨いていた。俺だって跡を継ぐはずだった──去年までは。
だが断言しよう。俺には向いてなかった。工具を握るより、腰のホルスターに手をかける方がよっぽど性に合ってる。そう思って三日前、工房を飛び出してきたわけだ。
そして今日、ついにその時が来た。賞金稼ぎ、初仕事の日だ。この手の情報収集にはまず酒場だと相場が決まっている──何かの本で読んだ。
意を決して足を踏み入れたのだが、正直、想像していたのと違う。もっとこう、殺気立った猛者たちが睨み合っているものだと思っていた。実際は、疲れた顔の商人たちが安酒を片手にくだを巻いているだけだった。
「注文は?」
ウェイターに無愛想に聞かれ、一瞬言葉に詰まる。手配書に載っていた賞金首の名前は淀みなく言えるのに、飲み物ひとつ選べない。結局、一番安いスポチュカを頼んだ。孤高の賞金稼ぎとしては些か景気の悪い注文だが、路銀は大事にしなければならない。
隅の卓を見渡す。誰も俺を見ていない。俺がここに座っていること自体、誰も気に留めていない。まあいい。今に見てろ。今日という日を、この銀河は忘れられない一日として記憶することになる——たぶん。
その時、酒場の扉が開いた。
入ってきた男を見て、俺は思わずスポチュカのグラスを持つ手を止めた。
……マンダロリアン?
そいつが入ってきた瞬間から、俺の目は勝手に装備の品定めを始めていた。工房育ちの性というやつだ。
まず塗装。黒基調のアーマーは、艶が一切ない完全なマット仕上げだ。しかもジェットパックの外装まで寸分違わず同じ塗料で揃えてある——これは相当なこだわりだ。塗膜の質感を統一するのは、見た目以上に手間がかかる。ただ、肩や腰の縁のあたりが所々薄く剥げているのが、正直ちょっと惜しい。使い込んでいる証拠ではあるんだが、あの塗料の配合を知っている身としては、もったいなくて仕方がない。
シルエットは驚くほど体に吸い付いている。装甲は厚すぎない——薄すぎて心もとない、というギリギリの手前で止めてある。あの厚みなら、可動域を犠牲にせず全力で動けるはずだ。さぞ身軽なんだろう。資料で見たことあるごついマンダロリアンアーマーとは、明らかに設計思想が違う。
胸元から斜めに掛かった
前腕がふと動いた拍子に、袖口から何か鈍い光が覗いた。あれは
ついでに
腰回りにある前開きの布は何だ⁉︎ あの素朴な織物だけが漆黒のアーマーの中で異質を放っているが……そうか、消音か‼︎ ブラスターにポーチ、どうしても腰回りは小物や装備が増えがちだが、あの織物が手頃な緩衝材になってやがる。布は何かと使う機会も多い。正に一石二鳥ってヤツか‼︎
……気づけば、賞金稼ぎとしての警戒心はどこかに消え失せて、ただの装備品評家になっている自分がいた。
そのマンダロリアンの後ろから、もう一人入ってきた。フードを目深に被った小柄な人影だ。顔はほとんど見えない。連れだろうか。まあ、それはいい。
促されるようにして、フードの人影は空いた卓に腰を下ろした。俺の興味はそちらには向かなかった。
問題はマンダロリアンの方だ。連れと同じ卓には着かず、そのままカウンターへ足を向けた。おい、離れるのか。俺は思わず身を乗り出しそうになる。
カウンターに肘をつく仕草すら様になっている。無駄のない動き、重心のブレのなさ。ただ歩いてカウンターに向かっただけなのに、なぜこうも目が離せないんだ。
「そっちの卓に、あれと同じものを一つ。あと、何か包めるか? 適当でいい」
低い、くぐもった声。ヘルメット越しでもよく通る。店主が一瞬手を止め、「適当でって……何でもいいのか?」と聞き返すと、マンダロリアンは短く「ああ」とだけ答えて、それ以上の説明はしなかった。
俺は思わず眉をひそめる。連れは一人だけ。頼んだのは卓の分と、持ち帰りの分。合わせて二人前——つまり、あの持ち帰りは自分用か。連れの分と自分の分、きっちり二人分だけ。
メニューも指定しない、量も聞かない。よほど食にこだわりがないのか、それとも今はそれどころじゃないのか。どちらにせよ、妙に気になる。
そういえば——マンダロリアンは人前でヘルメットを脱がない。掟か何か知らないが、有名な話だ。ということは、あの持ち帰りはこの店で食うつもりがないってことか。どこか別の場所で、こっそり済ませるつもりなんだろう。
律儀なことだ。腹を満たすだけなら、もっと楽なやり方だっていくらでもあるだろうに。わざわざ人目のない場所を探してまで、掟を通す。
……正直、気持ち悪いくらいまじまじと見てしまっている自覚はある。だが仕方ないだろう。掟を律儀に守りながら、装備の隅々まで実戦仕様で固めている。それでいて所作の一つ一つに無駄がない。
カッコいいじゃないか、畜生。
マンダロリアンは、そっと首の後ろをひと撫でした。ただの仕草だ。それだけのことなのに、様になっている。
俺が内心で唸っていたところに、酒場の隅で下品な笑い声を上げていた連中の一人が、ふらふらとマンダロリアンに近づいていった。誰かに絡みたくてうずうずしていたんだろう、悪い酔い方をしている顔だ。
「よぉ兄ちゃん、その鎧、見せもんじゃねぇんだろ? ちょっと拝ませて——」
「騒ぎたくない」
マンダロリアンは短く遮った。声に苛立ちを隠す気配すらない。
「連れの食事がまだ終わってない」
その一言で、卓のフードの人影が慌てたように匙を動かす速度を上げるのが見えた。はわ、と口の中で慌てているのが伝わってくるような、せわしない食べ方だ。連れも大変だな。
ならず者はなおも肩に手をかけようとする。マンダロリアンはそれを煩わしそうに一瞥しただけで、視線をカウンターの向こうに戻した。
「後で表に出てやるから」
まるで小言をあしらう親のような口ぶりだった。相手をする気すら惜しんでいるのが丸わかりだ。
俺は固唾を飲んで見守る。表に出る、だと? これは——見物だ。
だが、ならず者は絡むのをやめなかった。しつこく肩を小突き、聞くに堪えない軽口を重ねてくる。
マンドーはしばらく無言を貫いていた。反応しないことこそが最大の警告だと言わんばかりに。
そして──大きく、ほんの少しわざとらしいほどのため息をついた。
次の瞬間、視界からマンダロリアンの姿が消えた。
瞬きよりも短い間だった。何が起きたのか、俺の目は追えなかった。
鈍く重い音が響いた瞬間、気づけばならず者は床に組み伏せられていた。首筋には小さな振動音を立てるヴァイブロブレードが、皮膚に触れるか触れないかの距離で添えられている。左手には抜き放ったブラスターが握られ、銃口はならず者の仲間たちへ迷いなく向けられていた。
俺には、そこに至るまでの動きが一切見えなかった。ただ、結果だけがそこにあった。
酒場中が水を打ったように静まり返る。誰も彼も、固唾を飲んでその光景を見つめていた。
「まだやるか?」
組み伏せたまま、マンダロリアンが低く問う。ならず者は青ざめた顔で、否定の言葉を何度も繰り返した。声が震えている。
マンダロリアンはゆっくりと、組み伏せた男から刃を離そうとする。
その瞬間だった。左手のブラスターが、何もない明後日の方向へ一発、無造作に放たれた。
「ぎゃっ!!」
短い悲鳴とともに、乾いた金属音——誰かの手から銃が転がり落ちる音がした。見れば、こっそりと背後から銃口を向けようとしていた仲間の一人が、手首を押さえてうずくまっている。振り向きもせず、狙いもつけず、それでも正確に銃だけを弾き飛ばしていた。
マンダロリアンは組み伏せていたならず者から身を起こすと、無言で首を振った。出てけ、それだけで十分だった。
ならず者たちは転がるようにして酒場を飛び出していった。落とした銃を拾う余裕すらなかったようだ。
俺は、体の芯から震えていた。
カッコいい──!! なんだあれは、見えてたのか⁉︎ 全然気付かなかった‼︎ どういう反射神経してやがる、どういう索敵能力だ、あのヘルメットにはいったい何が入っている?
もう賞金稼ぎとしての矜持もへったくれもない。ただの一人のオタクとして、俺は今、目の前の男に完全に心を撃ち抜かれていた。
「騒がせた、すまない。……足りるか?」
マンダロリアンはカウンターに手を乗せた。硬貨がぶつかり合う、重みのある金属音が響く。
俺は目を凝らした。知ってるぞ、あれは絶対に多めに払ってる。騒ぎの詫び料込みだ。伊達に賞金首の相場を頭に叩き込んでるわけじゃない、金の匂いには敏感なんだ。
マンダロリアンはちらりと卓の方を見た。フードの人影は、パンを喉に詰まらせかけているのか、必死に飲み込もうと胸を叩いている。皿の上にはまだ料理が半分近く残ったままだ。ずいぶん急いで食べたものだ、それでいて食べきれていない。
「これ貰ってくぞ」
マンダロリアンはそう言うと、カウンターの端に置かれていた、この店には妙に場違いなほどカラフルな菓子の袋を一つ掴み取った。そのまま卓へ戻り、フードの肩を軽く叩いて外を促す。
菓子の袋を少女に渡すと、二人は言葉少なに、そのまま酒場を後にした。
残された俺は、しばらく扉を見つめたまま動けなかった。