黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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第六話 いしの在り処 1/5

 警報音が、三重に重なってコックピットを塗り潰した。

 

「高度、落とすぞ——掴まってろ!」

 叫ぶような声で、カイは操縦桿を握り直す。窓の外は白一色。稲光が何度も走るせいで、視界という言葉そのものが意味をなさない。

「こ、高度計、追いつかないです……!」

 背後からニナの声。震えている。無理もない、とどこか他人事のように思う。だが今は宥めている暇はない。

 

 風が船体を横殴りにする。機体が軋み、警告灯が赤く明滅する。

「くそ——」

 短く舌打ちが漏れた。想定より、荒れている。遥かに、容赦なく。

 読み間違えた、という自覚が冷や汗となって、背中を濡らす。

「カイさん、船体が——!」

「分かってる!」

 

 言葉が短くなる。いつもより早口になっている自分に、半分も気付いていない。手のひらが、汗ばんでいた。

 高度を落とすたび、警告音のトーンが変わる。上がる。上がる。もう、下げられる余地がどこにも見当たらない。

 

 ——だめだ。まだだめだ。まだ、行ける。行けるはずだ。

 自分に言い聞かせる声が、自分でも分かるくらい早口になっていた。

 

 そのとき。

 

「……カイさん」

 不思議なくらい、落ち着いた声だった。

 

 さっきまで震えていたはずのニナの声が、いつの間にか凪いでいる。

 

「無理、ですよね」

 震えていない。まっすぐ、こちらを見透かすような声。

 

 ——ああ、そうか。

 自分がどれだけ余裕を失っていたか、その静けさで初めて自覚した。

 

 一拍。息を吐く。肺の中の空気を、無理やり入れ替えるみたいに。

「……ああ。無理だな」

 声が、自分でも驚くくらい落ち着いていた。

「上昇する。掴まってろ——今度は、本当に」

 

 操縦桿を力いっぱい、今度は引く。機体が唸りを上げて、白い渦の中から強引に抜け出していく。

 

 警報音が、少しずつ収まっていく。

 

 嵐が、遠ざかっていく。

 

  ◇

 

 成層圏まで機体を浮上させる。

 

 ——早く、着きたかった。

 

 カイはそこでようやく操縦桿から手を離すと、シートに身体を深く預けた。短く浅かった呼吸を整えるように大きく吸い込む。

 吐き出す段階で、ようやく手の震えが止まった。

 

 隣りにいるはずのニナへ、無意識に伸ばしていた腕に、今更気付いた。手は、いつの間にか彼女の肩を押さえていた。

 ——いつの間に。

 

 数秒、そのまま瞳を閉じて気分を落ち着かせる。

 ——ダメだ、ここから離脱しないと。

 

 数日前のソレイン基地の少佐の言葉が過る。マンダロア周辺で帝国残党の目撃報告がある、と。規模も目的も不明のまま、律儀に警告だけ寄越してきた男の声。

 

 軌道上で待つ手もあったが、それこそ的だ。動かない船ほど見つけやすいものはない。

 

「——ドク、進路を、進路を……」

 

 そこまで言って、初めて退避先の星すら決めていなかったことに気付く。

 ホルスターを指先で叩く。段取りの悪さは、今に始まったことじゃない。分かっていても、胸のささくれは治まらなかった。

 ——くそ、ヘルメットの修理もまだだった。

 

 ピー、と、間の抜けた電子音が一つ。

 

 見ると、副操縦席のドロイドがコンソールのモニターにでかでかと表示していた。

《進路は?》

「……分かってる。分かってるから、少し待て」

 苛立ち混じりに返す声が、我ながら情けない。

 

 電子音が、また一つ。今度は、どこか呆れたような響きだった。表示が切り替わる。

《提案:ヴァント星系。治安良好。距離、近い。補給も可》

 続けて、簡単な星図と数値まで添えられる。几帳面な提案だった。

 

 ——さっきまで、こっちを急かすような音を出していたくせに。

 苦笑いが漏れる。

 

「……ああ、そこでいい」

 助けられた、という自覚はある。だが素直に礼を言うには、まだ心臓が落ち着いていなかった。

 

 進路を打ち込み、ハイパースペースへの跳躍準備が始まる。船内に、ようやく静けさが戻ってくる。

 

 ニナが、ふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば……最初にプローブ、使っておけば良かったんじゃ、ないですか?」

「……」

 的確過ぎる指摘だった。カイは何も言い返せず、ただ「……次からは、そうする」とだけ絞り出す。

 ドロイドが、電子音でぴろぴろと笑うような音を鳴らした。

「お前は黙ってろ」

 短く返す声には、いつもの調子が戻り始めていた。

 ニナもようやく、といった素振りでベルトを外す。

「プローブ投下、私がやりましょうか?」

「——いや、大丈夫。俺がやる」

 気遣うようなニナの声に、苦笑いを交えて返す。

 

 操縦席から立ち上がると、後部のカーゴスペースへ向かった。目当ては、出発前から念入りに梱包しておいた円筒形の小さな装置——観測プローブだ。

 

 出所は、ヴェスパーから渡された座標データに添えられていた助言だった。

 マンダロアは大気圏を境に、双方向の通信波がまるごと遮断される。だが、外から一方的に雲の様子を撮って送るだけの簡易カメラ衛星なら、話は別だ、と。

 実物自体は寄港先で急遽買い揃えた品で、値は張ったが、迷っている余裕はなかった。

 

 ——ニナに指摘されるまで気付かないとはな。

 苦い自覚を噛みしめながら、プローブを抱えてエアロックへ向かう。

 

 投下自体は、拍子抜けするほど単純な作業だった。安全な軌道上まで機体を上げ、進行方向へ向けて放り出す。あとは向こうが勝手に、大気の様子を撮り続けて信号を飛ばしてくれる。

 

 ——次にここへ来る時は、晴れているといいが。

 祈るような、独り言だった。

 

  ◇

 

 機体をハイパースペースに潜り込ませ、後はドクに任せることにした。

 

「お茶にしませんか。私、淹れてきますよ。カフで良いですか?」

 と立ち上がるニナを、カイは手で制す。

「俺は——大丈夫。ちょっと部屋に籠るから、しばらく開けないで貰えると——」

 意外な発言に少し戸惑ったニナだが、やがて。

「分かりました。用があったらそちらから呼んでくださいね」

 と立ち去った。

 

 遅れてカイも立ち上がると、自室に入る。

 

 武器の類は先日ニナに、半ば強制的にカーゴに移動させられた。

 広さを確保された寝台に、今すぐ横になりたかったが。

 ——まずはやるべきことから、だな。

 

 ヘルメットのロックを外すと、一気に脱ぎ去る。押さえつけられた髪がバラバラと散らばるようにほどけた。

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