警報音が、三重に重なってコックピットを塗り潰した。
「高度、落とすぞ——掴まってろ!」
叫ぶような声で、カイは操縦桿を握り直す。窓の外は白一色。稲光が何度も走るせいで、視界という言葉そのものが意味をなさない。
「こ、高度計、追いつかないです……!」
背後からニナの声。震えている。無理もない、とどこか他人事のように思う。だが今は宥めている暇はない。
風が船体を横殴りにする。機体が軋み、警告灯が赤く明滅する。
「くそ——」
短く舌打ちが漏れた。想定より、荒れている。遥かに、容赦なく。
読み間違えた、という自覚が冷や汗となって、背中を濡らす。
「カイさん、船体が——!」
「分かってる!」
言葉が短くなる。いつもより早口になっている自分に、半分も気付いていない。手のひらが、汗ばんでいた。
高度を落とすたび、警告音のトーンが変わる。上がる。上がる。もう、下げられる余地がどこにも見当たらない。
——だめだ。まだだめだ。まだ、行ける。行けるはずだ。
自分に言い聞かせる声が、自分でも分かるくらい早口になっていた。
そのとき。
「……カイさん」
不思議なくらい、落ち着いた声だった。
さっきまで震えていたはずのニナの声が、いつの間にか凪いでいる。
「無理、ですよね」
震えていない。まっすぐ、こちらを見透かすような声。
——ああ、そうか。
自分がどれだけ余裕を失っていたか、その静けさで初めて自覚した。
一拍。息を吐く。肺の中の空気を、無理やり入れ替えるみたいに。
「……ああ。無理だな」
声が、自分でも驚くくらい落ち着いていた。
「上昇する。掴まってろ——今度は、本当に」
操縦桿を力いっぱい、今度は引く。機体が唸りを上げて、白い渦の中から強引に抜け出していく。
警報音が、少しずつ収まっていく。
嵐が、遠ざかっていく。
◇
成層圏まで機体を浮上させる。
——早く、着きたかった。
カイはそこでようやく操縦桿から手を離すと、シートに身体を深く預けた。短く浅かった呼吸を整えるように大きく吸い込む。
吐き出す段階で、ようやく手の震えが止まった。
隣りにいるはずのニナへ、無意識に伸ばしていた腕に、今更気付いた。手は、いつの間にか彼女の肩を押さえていた。
——いつの間に。
数秒、そのまま瞳を閉じて気分を落ち着かせる。
——ダメだ、ここから離脱しないと。
数日前のソレイン基地の少佐の言葉が過る。マンダロア周辺で帝国残党の目撃報告がある、と。規模も目的も不明のまま、律儀に警告だけ寄越してきた男の声。
軌道上で待つ手もあったが、それこそ的だ。動かない船ほど見つけやすいものはない。
「——ドク、進路を、進路を……」
そこまで言って、初めて退避先の星すら決めていなかったことに気付く。
ホルスターを指先で叩く。段取りの悪さは、今に始まったことじゃない。分かっていても、胸のささくれは治まらなかった。
——くそ、ヘルメットの修理もまだだった。
ピー、と、間の抜けた電子音が一つ。
見ると、副操縦席のドロイドがコンソールのモニターにでかでかと表示していた。
《進路は?》
「……分かってる。分かってるから、少し待て」
苛立ち混じりに返す声が、我ながら情けない。
電子音が、また一つ。今度は、どこか呆れたような響きだった。表示が切り替わる。
《提案:ヴァント星系。治安良好。距離、近い。補給も可》
続けて、簡単な星図と数値まで添えられる。几帳面な提案だった。
——さっきまで、こっちを急かすような音を出していたくせに。
苦笑いが漏れる。
「……ああ、そこでいい」
助けられた、という自覚はある。だが素直に礼を言うには、まだ心臓が落ち着いていなかった。
進路を打ち込み、ハイパースペースへの跳躍準備が始まる。船内に、ようやく静けさが戻ってくる。
ニナが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……最初にプローブ、使っておけば良かったんじゃ、ないですか?」
「……」
的確過ぎる指摘だった。カイは何も言い返せず、ただ「……次からは、そうする」とだけ絞り出す。
ドロイドが、電子音でぴろぴろと笑うような音を鳴らした。
「お前は黙ってろ」
短く返す声には、いつもの調子が戻り始めていた。
ニナもようやく、といった素振りでベルトを外す。
「プローブ投下、私がやりましょうか?」
「——いや、大丈夫。俺がやる」
気遣うようなニナの声に、苦笑いを交えて返す。
操縦席から立ち上がると、後部のカーゴスペースへ向かった。目当ては、出発前から念入りに梱包しておいた円筒形の小さな装置——観測プローブだ。
出所は、ヴェスパーから渡された座標データに添えられていた助言だった。
マンダロアは大気圏を境に、双方向の通信波がまるごと遮断される。だが、外から一方的に雲の様子を撮って送るだけの簡易カメラ衛星なら、話は別だ、と。
実物自体は寄港先で急遽買い揃えた品で、値は張ったが、迷っている余裕はなかった。
——ニナに指摘されるまで気付かないとはな。
苦い自覚を噛みしめながら、プローブを抱えてエアロックへ向かう。
投下自体は、拍子抜けするほど単純な作業だった。安全な軌道上まで機体を上げ、進行方向へ向けて放り出す。あとは向こうが勝手に、大気の様子を撮り続けて信号を飛ばしてくれる。
——次にここへ来る時は、晴れているといいが。
祈るような、独り言だった。
◇
機体をハイパースペースに潜り込ませ、後はドクに任せることにした。
「お茶にしませんか。私、淹れてきますよ。カフで良いですか?」
と立ち上がるニナを、カイは手で制す。
「俺は——大丈夫。ちょっと部屋に籠るから、しばらく開けないで貰えると——」
意外な発言に少し戸惑ったニナだが、やがて。
「分かりました。用があったらそちらから呼んでくださいね」
と立ち去った。
遅れてカイも立ち上がると、自室に入る。
武器の類は先日ニナに、半ば強制的にカーゴに移動させられた。
広さを確保された寝台に、今すぐ横になりたかったが。
——まずはやるべきことから、だな。
ヘルメットのロックを外すと、一気に脱ぎ去る。押さえつけられた髪がバラバラと散らばるようにほどけた。