瞬かない星々が浮かぶ宇宙の何処か、航行中の古い軍用船の中、一人の男が通信ログを再生していた。
『お久しぶりです、ロウガンです』
薄青いホログラムが、少し丁寧な言葉で口火を切る。
男は操縦席に深く腰掛けたまま、何も言わない。ログはただ流れ続ける。
操縦席の傍ら、何かが小さく鳴くのを、男は静かに制した。
ロウガンは拠点の近況や今後の方針を丁寧に説明した後、一瞬言葉を止め、声を落とした。
『——カイのこと、何か聞いていますか』
『俺の口から、あんまり詳しくは言えないんですけど。あいつ、色々あって今、ウォッチの外にいます』
『あんたも、大事な誰かのために、色々手放したこと、あったんじゃないですか。だから——一回、話してやってもらえませんか』
通信ログが終わっても、男はしばらく操縦席から動かなかった。
◇
行き止まりとなる自室で、賞金首はブラスターを握りしめながら震えていた。
賞金稼ぎが来ることは予見できていた。だから備えていた。
それが、眼の前で、尽く、無意味と化していく。
賞金首はその事実を飲み込めないまま、両隣の部下に怒号を飛ばす。
三発。ほとんど間を置かずに響いた。
怒号で動き出す前の部下二人が、狙い違わず肩を撃ち抜かれて同時に崩れ落ちる。
自分の肩にも衝撃が来た。痛みが走って、息が詰まる。
だが、貫通はしてない。弾いた。大枚はたいた装甲が仕事をした。
「——装甲、か」
感情の乗らない声が、やけに近くから降ってきた。
安堵の声が悲鳴で塗りつぶされる。自分の喉からだった。
狙われたのは、肩の継ぎ目。装甲そのものではなく、その隙間だった。
右腕から、肩とは比べ物にならない激痛。遅れて、熱が来た。ブラスターが手から落ちる。拾おうとした膝が、今度は内側から砕けた。
崩れ落ちる。地面が近い。
足音が、少しわざとらしく近付いてくる。
「早く帰りたいんだ」
声には何もこもっていなかった。荷物の数を数えるような。
「自分で歩くか、引き摺られるか、さっさと選んでくれ」
◇
まだ壁から建材の匂いがしそうなほど真新しいギルド窓口の中、疎らな声が、しん、と静まり返った。
黒ずくめのマンダロリアンが、縛り上げられた賞金首を引き摺りながらカウンターまで向かう。
——カイだった。
賞金首は丁寧に巻かれた包帯を、庇うように歩いていた。
自分で歩くと答えたはずが、実際には引き摺られているのと大差なかった。片足を大きく庇い、もう片足だけで進むような、みっともない足取り。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れている。
カイは、のそのそと進む賞金首をカウンターへ向かって蹴り飛ばす。
「ひえっ」
事務作業を行っていた青い肌の
カイはその様子を意に介さず、不要になった
「これでいいのか?」
「あ、はい、お早いお帰りで」
ひいひいと泣き声を上げる賞金首と、マンダロリアンのヘルメットを交互に確認しながら、ミスロルは急いでコンソールを叩いた。
「ギルド加入の初仕事、お疲れ様でした。こちら報酬になります」
すっと差し出された報酬に、カイは視線を落とす。
——うわ……これは。
ヘルメットの下、ミスロルは彼がどんな表情をしているのか分からない。だが、もし彼がマンダロリアンでなければ、恐らくこう疑問に思われていただろう。
何故こんな、失敗したような顔をするのだろう、と。
カイはしばらく報酬を見つめた後、かっさらうように掴んで仕舞う。
そして、足早に立ち去ろうとする背に、ミスロルは急いで声をかけた。
「次からは連絡いただければ、船まで受け取りに向かいますよっ!」
「——次からはそうする」
先に言ってくれよ、と言いたくなるのは堪えた。
出入り口の外、すぐ側の壁にもたれかかるように、ニナは待っていた。
「悪い、待たせた」
「いえ、全然」
カイはバツが悪そうに、手のひらを開く。そこには先程の賞金稼ぎの報酬が乗っていた。
その硬貨の枚数を数えて、ニナも目を丸くする。
「多く、ないですか?」
「多い。いや——」ため息一つ。「これが普通だったんだろうな」大きく肩を落とす。
先に路銀を稼いでから、と街唯一の受付口を当たったものの。
——ギルド未加入でしたら仕事は出せませんよ!
と断られたのである。
それから、未加入の咎めから始まり、仮加入手続き、試験代わりの賞金首の情報、と思った以上に時間を取られてしまった。
だが、時間を取られた甲斐は確かにあった。買い叩かれる心配も、支払いを渋られる心配も、もうしなくていい。
報酬を再びポーチに戻すと、ニナの肩を軽く叩いて市場の方へ促す。
「せっかくだから、ちょっと贅沢するか」
「え、良いんですか? カイさんの報酬なのに」
「ニナだって、役に立ってくれてる、色々と」
二人揃って、市場に並ぶ露店を眺める。
そこはカイの記憶よりも、ずっと賑やかで新しい喧騒で溢れていた。
記憶にある、ネヴァロよりずっと。
◇
——時間は少し遡る。
瞬かない星々が浮かぶ宇宙の何処か、行く当てもなく宙を漂うだけのキタツグミ。駆動が最低限の静けさの中、ニナは船体の整備に勤しんでいた。
床板を一枚剥がし、剥き出しになった配管の中に身体を潜り込ませている。慣れた様子で、工具片手にマニュアルと配線を見比べている。
船の整備はもっぱらニナの仕事だった。そこだけはカイも無理に奪おうとしなかった。
手にしたマニュアルには、細かく丁寧な字で書き込みが繰り返され、それが長い時間をかけたものだと一目で分かる。
「トリンさん、やっぱり凄いな……」
整備を担ってから、もう何度繰り返したか分からない独白が漏れた。
繋ぐべき配線が明後日の方向へ束ねられ、配管は信じられない位置を走り、しかしどれも結果を見れば恐ろしい程の合理性をもって簡略化と効率化を成していた。
——このマニュアルが無かったら、とてもじゃないが整備は詰んでいただろう。
おかげで生半可な港付きの整備士には簡易的な範疇を超えて頼めない代物になってしまった。だが結果的にこうして自分が整備を買って出ることで費用の節約になっていると思えば、良かったのかなとも思う。
確認し終えてカバーをかける。締める工具が一本、手元にない。
——上に置きっぱなしだったかも。
横着して穴倉から腕だけ出す。床を叩いて探すも見つからない。
思いつきと、期待を込めて——
「……カイさん? そこにいますか?」
呼んでみる。聞こえなかったとしても、言い訳のききそうな声量で。
「レンチ、細いのがそこにありませんか——?」
返事は、ない。
穴の縁に手をかけ、踏み台を一段登って顔を出す。
誰も、いない。
レンチは意外なほど手前に転がっていた。
そういえば、今日は朝から姿を見てすらいなかった。
◇
一方、二つ向かい合わせに並んだ居室、カイにあてがわれた部屋の中。
朝からカイは細かい電子作業に没頭していた。
いつの間にか作業台と化しつつある寝台の上、ロウガンから押し付けられた白いコムリンク
頭の中で、構想はできていた。経験上、いけるとは踏んでいた。
が、やはり初めてやる作業は難航するものだと痛感する。
何度か想定外のトラブルを乗り越えながらも、最後の溶接作業に入る。
ここで失敗したら全て水の泡。工具を持つ手が少し震えるのを、深呼吸して抑える。
集中して慎重に火花を走らせる、その時——
「……?」
呼ばれたような、気がした。
気のせいかもしれない。多分、願望か何か。
マンダロアの一件以来、二人の間には距離ができていた。
それも無理のないことだと後悔している。あの日、ニナの前で振るった暴力の記憶が、いまだに自分を責め続けている。
だから、自分から声をかけるのは極力避けるようになってしまった。
ニナもこちらを気遣う素振りは見せるが、話しかけるほどではない。
元より自分が口下手な性分なのは分かってはいたが、艦内で彼女の話し声がこれほど大きい役割を果たしていたとは思ってもみなかった。
出来上がった代物を持ち上げ、しばらく眺める。
——今更こんなもので挽回しようと考えるのも浅ましいか。
ため息一つついて、ポケットにしまった。
思えば、ずいぶんと彼女を振り回してしまった。氏族の手掛かりを、自分の都合で追いかけていた。ニナの行きたい場所も、聞きたいことも、後回しにし続けてきた気がする。
——いいかげん、そろそろ彼女の希望も聞かないと。
強張った足腰に難儀しながら立ち上がろうとした時。
控えめなノックの音がした。
心臓が大きく跳ねて、聞かれるかと思った。
「——カイさん、ちょっと良いですか?」
遠慮がちで小さな彼女の声が、今度こそ聞こえる。
「ん……ああ、大丈夫だ。今、開ける」
自分でも声が上擦ったのが分かった。
◇
「次の目的地なんですけど……私が決めても、いいですか?」
「え?」
ニナの提案は意外なものだった。
早速、自分から聞こうと思った所に出鼻を挫かれた形である。
肩透かしを食らって受け流せないまま、ずいぶんと間抜けな返答がカイの口から飛び出る。
「えっと、次?」
「あ! もしもう決まってなかったら、で良いんですけど!」
ニナは慌てて、引っ込めようとするかのように両手を振る。
——好機が。
眼の前にぶら下がる人参が、引っ込められようとして、思わず声が出てしまう。
「いや、待った! 大丈夫だ! 行こう! どこでも行くから!!」
あまりに食い気味過ぎたのか、ニナはぽかんと固まってしまった。
いや、無意識のうちに彼女の両肩を掴んでしまっていたらしい。「ご、ごめん」と急いで離すが、まだ固まったまま。
——また、やらかした。
ヘルメットの下で、血の気が引くのを感じる。
「——大丈夫、です」
少し掠れた声で、ニナが呟く。
「今のは、ただ驚いただけで……あの時とは、違いますから」
あの時、とは何を指すか、言うまでもなかった。
「……怖かったよな。すまなかった」
問いというより、確認だった。
「はい。少しだけ、怖かったです」
ニナは小さく笑う。
「でも、もう、大丈夫ですから」
だが、まだ気持ちを切り替えきれないのか、ぎこちない笑顔のままゆっくりと口を開いた。
「えと、それじゃあ、ネヴァロに行きたいのですが——」
——ネヴァロ?
◇
「何にもない所なんだ」
そうカイは切り出す。
ネヴァロへの航路を入力し、後はドクに任せる。
簡易ギャレーに向かうと、ニナも後ろから付いてきた。
「新共和国にも加盟してないし、帝国シンパの支配下でもない。だから隠れ住む
手に持ったカフのパックを、開けるでも仕舞うでもなく、ただ弄ぶ。
「暑くて、岩と溶岩しかない。治安も、悪い。何より——」
お湯が沸いた。二人分のカップを取り出して並べる。そこにカフの粉を入れる。ギャレーのスイッチを切って、ケトルを手に取り——
「どこまで話したっけ?」
「えっと、治安が悪くて、何より?」
「ああ、そうそう……ブラックで良かったよな?」
ニナは黙って頷く。カイはカップの片方だけ砂糖を二杯入れて混ぜる。
「帝国にアジトを襲撃される前、ちょっと地元の賞金稼ぎとウォッチの連中でやり合ったみたいでな。それで——マンダロリアンに対する風当たりが強いかもしれない」
ブラックのカップをニナに渡し、砂糖入りのカップを手に取る。飲まない。ただ、まだ渦を巻いている水面を見つめるだけ。
何かを言おうとして、少し首を振る。
「——危なくなったら、即離脱できるようにエンジンは切らないでおこう。……それでも、いいか?」
「ええ、大丈夫です」
ニナはカップの中のカフを一口すすった。
◇
——何もない所。
確かにそう言った。記憶の上では何もなかったはずだった。
大気圏に突入した時の景色は、記憶と寸分たがわず一致する。
岩と溶岩、そして荒野。
——問題は、街だった。
「ドク……座標、間違えてないか?」
ドロイドが即座に、心外だ、と言わんばかりの電子音を返す。
「賑やかですね」
外を見下ろしたニナの感想も自分の記憶と一致しない。
眼下に広がる街並みは、あの賞金稼ぎが跋扈する薄暗く寂れた街ではなかった。
何隻もの船が停泊し、人通りも活発。
建材の継ぎ目がまだ新しい。塗装も途中で放り出したような、剥き出しの壁がそこかしこに残っている。舗装の切れ目から、赤茶けた地面が覗く区画も少なくない。
それでも、露店の数だけは異様に多い。所狭しと連なる天幕の下、色とりどりの商品が並び、行き交う人々の声が遠くまで届く。
剣呑な視線も、隠れて伺うような気配もない。何より、以前より、ずっと——
「あんな治安の良さそうな街、知らないぞ、俺……」
困惑が思わず口をついて出た。
よくよく見れば確かに見覚えのある所もある。停泊スペースの古びた案内板や、何度か世話になった小間物屋とか。
「本当にネヴァロなんだろうな?」
往生際悪く、着陸制御に勤しむドロイドに確認する。
びーっ!という電子音と共に、コンソールのモニターに表示されたのは、惑星ネヴァロの現在地、それも正確な座標。
間違いない、見覚えがある。親父と何度も見た数値。
びょろろろ、とバイナリ言語で流される抗議とも悪態とも分からない反論に、カイはため息を付きながら返した。
「悪かったよ。ここが今のネヴァロなんだな」