黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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第七話 伝説の賞金稼ぎ 3/3

 地上に出た瞬間、光と喧騒がどっと押し寄せる。

 熱気なのか、熱波なのか、まとわりついていた地下の湿気ごと吹き飛ばしていった。

「喉、乾いたな」

 ぼそりと呟く声に、「ええ」と短くニナが笑いながら応える。

「何か買って、涼しいところにでも行こう。ここじゃ暑すぎるんじゃないか?」

「あはは……実は、そうですね」

 ニナは、じわりと浮き出た汗を拭うと、歩き出したカイの隣に並ぶ。

「でも、カイさんは涼しい所に行っても、その——」

「ん?」

「その、飲み物とか。ヘルメットのままだと、飲めないので」

 言われて、初めて思い出す。ここへ来て随分と当たり前になっていたので、忘れていた。

「そうだな……いや、飲める。一応」

「え?」

「ここに、飲み口が付いてるんだ」

 顎下、目立たない一角。小さな開閉式の接続口(ポート)を指でなぞる。

「これで、水分と、簡単なものなら摘める」

「初耳です! みんなそうなんですか?」

「いや……多分、ないんじゃないかな。親父の提案で付けたやつだから」

「え?」

 目を丸くしたままのニナに、肩をすくめて返す。

「何でも、強くアーマラーに直談判したとか何とか。まあ、長期間待機とか、そういう事も見据えて、とか何かだろ。よく知らないが」

「そうなんですか……あ」

 何か思いついたのか、ニナは若干わざとらしく人差し指を立てて見せる。

「それなら、ヘルメットを少しズラしたらどうですか? 顔が見えないように、こう——」

 こう、と言いながら、顎を下げる。恐らく彼女の脳内では今ヘルメットが装着されているのだろう。

 その仕草に思わず吹き出しそうになる。きっと本人はいたって真面目なつもりなんだろうが。

 だからこそ、こちらも茶化さずに返すべきだと思った。

「……そういうズルは、良くない」

「……駄目ですか」

「教義、だからな。裏技みたいに回避しようとするのが、特に」

「うう……」

「それにそんな事アーマラーに言ったら、ハンマーで叩かれるかも」

「ええ、そんなに厳しい人なんですか!?」

「そんなに厳しいんだよ……」

 今度こそ本気のため息が溢れた。何度、ロウガンとセットで叱られたことか。

 

 通りに並ぶ店、その一つに目が留まった。

 鮮度の良さそうな果物が並び、『搾りたて!』『新鮮!』『ジュース』と書かれた販促物があちこちに貼られている。

 ニナも気になるのか、目を輝かせている。

 ——ここにするか。

「ニナ」「カイさん」

 ほぼ同時だった。少し待って、ニナから、と促す。

「あの、これならカイさんも飲めますよね?」

「——え?」

「ほら、ストローが付いてますし」

 カウンターに見本として置かれた容器には、確かにストローが用意されている。

「いや、俺は——」

「どれにしますか!?」

 口籠ったカイの声は届かなかったのか、ニナは興奮気味に果物を指差す。

 その笑顔に何と言い訳したものか考えて——諦めた。

「——ニナが選んでくれ」

「じゃあ、これにしますね! ——二つ、下さい!」

 あいよ、と果物を搾り始める店主。渡す硬貨をポーチから弄りながら、カイは呻きともため息ともつかない声を零した。

 

 ◇

 

 高台を吹き抜ける風は乾いていて、ネヴァロの地熱にほてった体に心地良かった。

 少し息を切らせながら階段を上り切ったニナは、手すり越しに見える街の景色に歓声を上げる。

「大きな街だったんですね——!」

 二人が目指したのは、街を見下ろせる程の高さに設けられた見晴らし台。

 涼しい所はないかとドリンクバーの店主に聞いたら、それならと教えてくれた。

 

 通りに飾られた色とりどりの日除け布がはためいている。その下を行き交う人は多く、喧騒だけが、風に乗ってこちらまで届いてきた。

 ひと足先に見下ろしていたカイが、誰に聞かせるでもなく呟く。

「——見晴らしがいいな」

 狙撃には人目につき過ぎるかな、と付け足して、ニナが口を尖らせる。

「職業病……」

「悪かったな」

 街はまだ道半ばのようだった。骨組みだけの建物があちこちに突き出ている。線路でも引くつもりか、遠くの丘陵まで地面が均されていた。

 

「結構、体力付いてきたな」

「えへへ」

 隣に追いついたニナへ、抱えていた紙袋からドリンクを一本取って渡す。

 ニナは礼を言って受け取るが、口をつけもせずに、カイとドリンクを交互に見比べる。

「? 飲まないのか?」

「えっと——カイさんは?」

 カイは、紙袋から出してもいない。

 不安そうな顔でニナはカイをうかがう。

「ポート、あるって——」

「あるけど……」

 軽く息を吐いて、渋々といった体でドリンクを取り出す。まだひんやりとしたボトルに結露が滲んでいる。

 

 高台には、他にもまばらに人がいた。

 ほとんどが観光客のようだったが、マンダロリアンが珍しいのか、ちらちらとカイに視線を送っている。

 こうやって見られることには慣れている。

 けど——

 

「……やっぱり俺はいいよ」

「え」

 目を丸くするニナの方を見られないまま、手の中のボトルを持て余す。

 ぐっ、と喉に力を入れる。言葉を、切りながら、白状する。

「人前で、食事を取るのは、抵抗がある——ごめんな」

「あ……」

 残念がるのではなく、気付かなかったことを悔いる声が、却って胸に深く刺さった。

「ごめんなさい——」

「いや、謝るのは俺の方だから——」

 カイは軽く体勢を変える。

 ポケットの中の、しゃらり、と滑るような細い感触。

 ——違う、今じゃない。

 

「ニナは……どうして、一緒に飲み食いしたがるんだ?」

 ——しまった、直球過ぎたか。

 後悔しても今更遅い、とカイは固唾をのんで様子をうかがう。

 ニナは、口を固く結んでうつむいていたが、やがて——

「……美味しいから」

「——え?」

「一緒に、食べたり、飲んだり、するのって、美味しいじゃないですか——」

 ——意味が、分からない。

 怒りでも、呆れでもなく、本当に意味が理解できなかった。

 それは今までの人生で、感じたことのない感覚——

 

 違う。

 

「あー……確かに、美味かった、かも——」

 頭の中に、ホスの基地で囲んだ食卓の風景が、まざまざと蘇る。

 いくら記憶がなかったとはいえ、我ながら何の疑問も持たずに食事をする姿は、どこか他人の経験のように遠く感じた。

「あの、ワガママでしたよね。無理なら無理で、しょうがないですから——」

「いや、大丈夫、待ってくれ」

 放っておけば、どんどん自責に駆られそうな少女の言葉を、半ば強引に断ち切る。

 

 教義に背いている訳では無い(多分)

 単純に、自分の気分の問題である(きっと)

 

 腹を括れ——

 

 おおよそ飲み物に臨むものではない覚悟を決めて、ヘルメット接続口を開ける。

 そこへ、ストローを差し込む。

 

 唇に、慣れない感触。咥える瞬間、ニナの息を飲む音が聞こえた気がした。

 

 ——ずっ。

 

 口の中に果実の香りが広がる。

「…………甘いな……」

「だ、大丈夫です、か——?」

「多分、あ、いや——」

 ニナへ振り返って見せる。ポートにストローを差したまま。

「美味いよ」

「っ——! 本当ですか!?」

「うん」

 もう一口飲む。

 ニナも釣られるように飲む。

「美味しい——!」

「だろ?」

 

 しばらく二人で舌鼓を打つ静かな時間。

 時折、風が少女の髪をさらう。そこに留められた髪飾りに、カイはそっと視線を寄せる。髪飾りの石と少女の瞳が、陽光を反射して、眩しさに目を細めた。

 手にしたドリンクを飲み干して握り潰すと、包装の紙袋に放り込む。

 ——踏み込んでみるものだな。

 さっきまでの怖気が、嘘のように軽くなっている。この調子なら、次も。

 

「ニナ——」

「はい?」

「もう、手掛かり探しは、切り上げようと思う」

「……」

 何の、とは言わなかった。それでも彼女には伝わったようだ。

 ニナの視線が、右肩の印から、次いで胸元の短剣まで彷徨ってから、カイの顔に戻る。

「——そうですか」

 静かに返ってきた声に、落胆も、安堵も、含まれない。ただただ肯定するだけの返事。

 カイもまた静かに頷く。

「ニナが、アジトに行きたい、って言ってくれたおかげだ。俺一人じゃ多分、親父の手紙にすら、辿り着けなかったと思う」

 ニナの方へ、体ごと向き直る。

「——ありがとう」

 ニナは何かを言いたげに口を開くが、少し息を吐いて、首を横に振る。

「私こそ、無理させちゃったみたいで、心配で——」

「待ってくれ」

 続く言葉を遮る。

「謝らなくていい。というか、謝らないでくれ。こっちは感謝してるんだから」

「————っ、ごめ……あっ」

 思わず口をつきかけた言葉に、少女は慌てて口を押さえる。その仕草に、カイは吹き出した。

 笑わないで下さい、とふくれる彼女に、カイは「だから——」と切り出す。

「今度こそ、ニナが本当に行きたいこと、いや、やりたいことでもいい。何でも付き合わせてくれ」

 

 ニナの顔から——笑顔が消えた。

 風に吹き払われたように、そこには元々無かったかのように。

 

 ——ひゅ、と喉の奥で小さく音がした気がした。

 ……気のせいだろうか。

 

 ——ああ、またこの顔。

 カイはヘルメットの下で奥歯を噛みしめる。

 彼女は気付いているのだろうか。これまで何度も、ふとした時、同じ様に表情が漂白されるのを。

 

 待つべきか、と思ったが、カイはあえて踏み込むことにした。

「——ニナ、たまにそうなるよな」

「——え?」

「表情が消えるっていうか、心が塞がれるっていうか——悪い、上手く言葉にできない」

「……」

 ほんの僅か、彼女の肩が震えた。だが、それっきり。

 顔色一つ変えず、うつむいてしまう。

 やがて——

 

「不快にさせてしまったなら、ごめんなさい」

 ニナは、取り繕った笑顔を貼り付けて謝る。

 ——失敗だった。

 勢いに任せてしまったことを後悔する。そんな表情をさせたかったわけじゃない。

 結局、自分にできるのはこの程度なのか。

 爪先に、ぐっと力が入る。ブーツの中で、意味もなく踏み締めるように。

 ——踏み込めなかった分だけ、せめて届く物を。

 

 ポケットの中で、指先が硬い感触を探り当てる。一度だけ、確かめるように握り込んでから、取り出した。握った拳ごと、ニナへ差し出す。

 ポケットの中の、しゃら、という微かな金属の擦れる音とともに、開いた手のひらから現れたのは——

 

 一本のペンダントだった。

 

 しずく型をした銀色の金属の表面に、控えめな花の意匠。花弁は薄青く着色されたものが五枚。他には僅かな茎と葉のみのほとんど装飾のないものだった。

 

「これ、ニナに——」

「え?」

 差し出された少女の両手に滑り落とす。

 ニナは受け取ると、しばらく、ぼうっとした面持ちで眺めている。

「ペンダント、ですか?」

「迷子札、かな——」

 言ってから、しまったと思う。

「はい?」

「いや……何でもない。ペンダントだ」

「はあ——」

 意味を測りかねているのか、ニナからは気の抜けた返事。

 それが何ともいたたまれなく、カイは少し早口で言葉を継ぐ。

「もしはぐれたり、何か困ったりしたら、多分役に立つと思って。お守りみたいなものだけど」

「お守り——」

 そう言葉を拾うと、ニナはようやくペンダントを包むように手のひらを握りしめた。

「——ありがとうございます」

 こちらを見る顔には、まだぎこちないながらもいつもの笑顔が灯っていた。

「重かったり、邪魔なら、ポケットにでも——」

「付けてみて、良いですか?」

「——どうぞ」

 

 ニナは後ろ手にペンダントの金具を留めようとする。しかし、中々難しいのか、苦戦しているようだ。

 カイは少し様子を窺っていたが、ふ、と微かに笑って自分の手袋を外す。

「こっち向いてくれ。手伝うよ」

「え、でも」

「いいから——」

 少女は後ろを向くと、おずおずと髪を持ち上げる。うなじが覗いて、髪飾りの石と、目(・)が合った。

 カイは髪をかき分け、留め金を探る。

 指先が、彼女の肌に触れて、その肩が強張るのを感じる。

 金具を留め終わった時、ようやく少女の首筋が、耳が、朱く染まっていることに気付いて——慌てて手を離す。

「——留まった」

 平静を装ったつもりでも、気持ち上擦った声が出た。気付かれたか分からないが、思わず口元に手を当てて、視線を明後日の方向へ逃がしてしまう。

 

 ニナは振り返ると、まず胸元のペンダントに触れた。そして顔を上げる。

 ——まだ少し、顔が赤い。

「……似合い、ますか」

 しばらくこちらを伺うような、上目遣いの視線。

 ペンダントの事を聞かれているのに、カイは何故か、どこを見たら良いのかわからなくなった。

 ようやく。

「……分からない」

「え」

 違和感はない。長さも問題ないように思える。ただそれだけ。

「その、俺なんか(マンダロリアン)に、美醜の判断をさせても——」

 我ながら情けない言い訳が出てきたものである。

 ニナは呆れたのか、それとも怒ったのか、どちらともとれない盛大なため息をついた。

「あの、ですね……」

「しょうがないだろ」

「こういう時は、嘘でも『似合ってる』って言っておけば丸く収まるんです」

「嘘は駄目だろ」

 今度は笑い出した。照れたり、呆れたり、怒ったり、そして笑ったり。

 ——そっちの方が、ずっと良い。

 胸が軽くなる。緩んだ心のまま、カイは少し首を傾げてみせた。

「主観でいいなら」

「そもそも主観で良いんです」

「そうか、なら——」

 

 ニナが、笑っている。

 その胸元で、空色の花が、揺れている。

 

「可愛いとは、思ってる」

「——え」

 あけすけな物言いに、一瞬、ニナが固まる。

 そして——両手で顔を覆ってしまった。

「え、あ、俺、また何かマズイこと言ったか!?」

「ち、違——」

 ニナは片手を振って誤魔化すが、もう片手は顔に張り付いたまま。

「悪かった」

「そうじゃなくて!」

 カイが一歩近づくと、ニナも一歩下がる。

「ニナ、言ってもらわないと、正直分からなくて——」

「ああもう、こっち見ないで!!」

「はぁ!?」

 

 高台の上、沈み始めた日。二人の傍らを、風が吹き抜けていった。

 

 ◇

 

 少し離れた岩陰、双眼鏡越しに一部始終を見ていた者がいる。

 

 ——思っていたのと、違う。

 

 自分と同じ、はずだった。

 堕ちて、壊れて、それで初めて、使い物になる——

 そういう、計算のはずだった。

 

 なのに、今のあの姿は。

 

 そこで思考を止める。まだ、早い。

 双眼鏡を下ろし、踵を返す。

 

 ◇

 

 ネヴァロの空を、一隻の船が飛び去っていく。

 その様子を、一人の監督官——グリーフ・カルガが、自分の執務室から見送っていた。

 

 やがて、彼の元を一人のマンダロリアンの男が訪ねる。

「遅かったじゃないか」

 挨拶も省いて、カルガは大きく両手を広げて歓迎の意を示す。男も、頷いて返す。

 カルガは男の手元、次いで足元を見て、残念そうに肩をすくめる。

「あの子はどうした?」

「船で寝ている。それより——」

 男は少し声を落とした。

「俺以外のマンダロリアンは訪ねてこなかったか」

「ああ、黒ずくめの奴か? そいつなら、もう発っちまったぞ」

 男は、ふむ、と腕組みをしてしばらく考え込む。

 その様子に苦笑しながら、カルガは手元のコンソールを操作した。

 軽く手招きをして、表示されたものを見せる。その顔には悪巧みのようなものが浮かんでいた。

「次の行き先だそうだ」

 本来、開示されるはずのない情報だ。だがカルガにはそれが可能だった。

 男が画面をじっと見つめる。しばらくして、カルガが声をかけた。

 

「ベスピンか。すぐ出るのか?」

「——ああ」

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