黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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第一部、最終話です。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

【ご注意】
・ドラマ『マンダロリアン』の二次創作です。オリジナルキャラクターが主人公です。
・公式設定の独自解釈、捏造を含みます。
・流血、銃撃による負傷、薬物による錯乱など、暴力的な描写があります。
・性暴力未遂の描写があります(6ページ目冒頭、最初の◆まで)。直接的な行為の描写はありませんが、苦手な方はご注意ください。

※カイの左肩のポールドロンは、設定上「元から着けていない」ものです。2話の装備描写とずれている箇所は、完結後に修正予定です。

第二部も、構想中です。
よろしければ、もう少しだけお付き合いください。



最終話 蓋を開いて 1/12

 薄暗い一室。壁一面に投影された報告書の羅列が、唯一の光源だった。

 

 いくつもの断片——酒場の目撃証言、帝国残党狩りの戦闘記録、賞金ギルドの仮登録データ。どれも別々の場所、別々の日付に記された、些細な報告に過ぎない。

 

 それを一つずつ並べ替える指先だけが、静かに動いていた。

 

 カウチに深く沈み込んだ影が、報告書の一点を指でなぞる。

 ——ヴォル氏族の生き残り。

 傍らに立つ部下が、僅かに身を固くする。

 ——随分と、遠回りをさせてくれた。

 どこか懐かしむような声。それが誰に向けたものかは、部下には分からない。

 

「殺さず、生け捕りで」

 命令は、あくまで淡々としていた。

 

「ただし——」

 そこで初めて、声に色が乗る。

「傷つけるのは、構わない」

 

 部下は一礼して、部屋を出た。

 

 報告書の中の一枚だけを残して、他の光がすべて消える。

 そこに残るのは、ヘルメットの意匠と、氏族の紋章、断片的な目撃証言だけ。

 素顔は、まだどこにもない。

 

  ◆

 

 宙域図には何もなかったはずだ。索敵にも、掛かっていなかった。

 

 衝撃と共に、警告音が鳴り響く。

 シールドが弾いた——それだけで済んだのは、運が良かっただけだ。

 

「後ろ、二機!」

 ニナの声が、点滅する後方センサーと共に飛んでくる。

 振り返る余裕はない。振動と光の残滓だけで、十分だった。

 

「ドク、計算開始しとけ!」

 びょっ、と即座に電子音が返る。モニターにハイパージャンプ計算開始の表示が現れる。

 操縦桿を握り直すが、狙いを定める前に機体が横に振られる。応射は、狂って空を切るばかりだった。

 

「当たりません……!」

「分かってる」

 舌打ちを堪える。狭い戦闘機同士の空戦は、性に合わない。

「——よし、逃げるぞ」

 ちょうど、計算完了を示す音が鳴った。迷わず、レバーへ手をかける。

 

 その直前、機体後部に軽い衝撃が走った。

 被弾。だが、航行上の数値には異常は出ていない。

 

 レバーを引く。星々が、白い線に引き伸ばされて消えた。

 

 ようやく落ち着いた船内、ニナが小さく息を吐く。

「……カイさん、あの、もしかして空戦が——」

「——悪かったな、苦手で」

 マンダロリアンの男はコンソールの端をコツコツと叩いた。

 

  ◇

 

 ようやく落ち着いた船内、ニナは故障箇所のリストを片手に、大きく息を吐く。

 幸い、被弾箇所は武装のみで済んだようだ。だが——

 ニナは、タブレットの画面をそっとカイに見せる。

 ——数値があまりよろしくない。これは今に始まったことじゃない。

 

「これ……もう、いっそ全部見直しませんか?」

「全部?」

「はい。だましだましで、ずっとやってきたので……ちょっと私だけだと限界かな、って」

 言われて、思い出す。この船に、まともな整備を受けさせたことなど、一度もなかった。

 ずっと付きっきりで見てきたニナがこう言うのだから、恐らく自分が今更見たところで何も変わらないだろう。

 

 カイはたっぷりと天を仰いでから、深く鼻から息を吐く。

「——ベスピンに、行きたいってこと、か?」

「ええ、トリンさんにも聞きたいことありますし」

「うーん……」

 腕を組んで目をつむり考え込む——フリをする。正直、行きたくない。というか、会いたくない。

 だが、目論見がバレたのかは分からないが、ニナは諭すような口ぶりで切り出した。

「——私の船なんですよ」

「そうだな」

「でも弄ったの私じゃなくて——」

「……」

「それで改造した整備士(トリン)さんに話を聞かないとなんです」

「……」

 

「会いたくないのは分かりますから」

「それは——」

 両手がそっとヘルメットの側面に触れて、正面を向かせられる。

「——ちゃんと、こっち見て、話してください」

 少し怒ったような、だが眉尻が下がり気味のニナの顔が、こてん、と傾く。

「ワガママ、ですか?」

 

「————っ!……分かった、分かったから!!」

 両手を上げて降参の意を示す。

 ——くそ、色々と手強い。

「おい、ドク! 聞いてるんだろ! ベスピンまでの航路、算出しといてくれ!!」

 ぴろろろ、と軽快な電子音が聞こえた。その返答に、カイは鼻を鳴らす。

「——笑うなよ!」

 隣でニナがたまらずに吹き出した。

 

  ◇

 

「おう、嬢ちゃん! 元気してたか!」

「トリンさん!」

 

 油と焼けた金属の匂いを引き連れて、工場の奥から老いた男が出てくる。

 駆け寄るニナの背を見送りながら、カイは半歩下がった。

 ——来る。

 身構える。この男の口から次に何が出てくるかは、嫌というほど知っている。嬢ちゃんがどうの、若い男と女が船で二人きりでどうの——

 

「船、見せてみろ。どこがいかれた」

 

 ……あれ。

 

「はい、あの、まず出力系なんですけど。巡航中に数値が落ちる時があって」

「落ちるってのは、ゆっくりか、がくんとか」

「がくん、です」

 トリンはニナを促して、さっさとタラップの方へ歩き出した。カイの横を、挨拶もなしに通り過ぎていく。

 

 ——え。

 

「あ、そうだ。これ、ありがとうございました」

 タラップの手前で、ニナが背嚢から一冊取り出す。

 あのマニュアルだった。角が丸くなって、厚みが倍近くに膨れている。

 受け取ったトリンが、ぱらぱらとめくる。余白という余白が、細かい字と矢印と、消した跡で埋まっていた。

 

 しばらく、何も言わない。

 

「……お前さん、これ全部やったのか」

「はい。あの、間違ってるところもあると思うんですけど、もし見てもらえたら——」

「見せてくれ」

 即答だった。

 

 それから先は、早かった。

 配管がどうの、冷却系の取り回しがどうの、圧の逃がし方がどうの。ニナが食い下がり、トリンが答え、答えの途中でニナがまた食い下がる。

 カイは口を挟もうとして、挟む場所がないことに気付いた。

 

 ——いつの間に、こんなに通じ合ってるんだ。

 会ったのはあの一度きりだ。それだけで、こうも噛み合うものなのか。

 

 手持ち無沙汰に、壁際の作業台に目をやる。工具の下に、丸めもせず広げられた図面が一枚。

 どこかの船の設計図らしい。線が細かく、余白には数字と矢印がひたすら書き込まれている。じっくり睨んでも、カイにはさっぱり読めない。

 ——これ、さっきの。

 ニナのマニュアルと、同じ書き込み方だった。

 二度見してしまった。

 

「——なあ」

「それで、ここの継ぎ目のところなんですけど」

「……いや。何でもない」

 

 誰も見ていないのをいいことに、カイは壁にもたれて腕を組んだ。

 ヘルメットの下で、思い切り顔をしかめてやる。

 誰にも、見えないが。

 

 その時だった。

 タラップの向こう、キタツグミの中から、短い電子音が二度。

 通信だ。

 

「ニナ、船に戻ってる」

「はぁい」

 返事はあった。こちらを見もしなかったが。

 

 タラップを上がる。背中では、まだ二人の声がしている。

 ——楽しそうで、何より、だ、な。

 カイは短くひっそりと鼻を鳴らす。

 

 操縦席に腰を下ろすと、脇のドロイドが何か言いたげな電子音を鳴らした。

 無視して、コンソールに手を伸ばす。

 

『——カイか。俺だ』

 聞き慣れた親友(ロウガン)の声。

 だが、いつもの軽い調子ではなかった。

「ああ、ロウガンか」

『今、どこだ』

「ベスピンだが——どうした?」

『分かった。そっち行くわ。行くまで出るなよ』

「は? それってどういう——」

 

 通信はもう切れていた。

 言葉が、届く先のない空を漂うような感覚だけが残る。

 

 ——真剣な声、だったな。

 

 何に向けての真剣さなのか、見当もつかない。

 だが、あの男が茶化さない時は、大抵——

 

「カイさーん! 降りてきてくださーい!」

 外から、ニナの声が飛んでくる。

 考え込む間もなく、操縦席から腰を上げた。

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