ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
【ご注意】
・ドラマ『マンダロリアン』の二次創作です。オリジナルキャラクターが主人公です。
・公式設定の独自解釈、捏造を含みます。
・流血、銃撃による負傷、薬物による錯乱など、暴力的な描写があります。
・性暴力未遂の描写があります(6ページ目冒頭、最初の◆まで)。直接的な行為の描写はありませんが、苦手な方はご注意ください。
※カイの左肩のポールドロンは、設定上「元から着けていない」ものです。2話の装備描写とずれている箇所は、完結後に修正予定です。
第二部も、構想中です。
よろしければ、もう少しだけお付き合いください。
薄暗い一室。壁一面に投影された報告書の羅列が、唯一の光源だった。
いくつもの断片——酒場の目撃証言、帝国残党狩りの戦闘記録、賞金ギルドの仮登録データ。どれも別々の場所、別々の日付に記された、些細な報告に過ぎない。
それを一つずつ並べ替える指先だけが、静かに動いていた。
カウチに深く沈み込んだ影が、報告書の一点を指でなぞる。
——ヴォル氏族の生き残り。
傍らに立つ部下が、僅かに身を固くする。
——随分と、遠回りをさせてくれた。
どこか懐かしむような声。それが誰に向けたものかは、部下には分からない。
「殺さず、生け捕りで」
命令は、あくまで淡々としていた。
「ただし——」
そこで初めて、声に色が乗る。
「傷つけるのは、構わない」
部下は一礼して、部屋を出た。
報告書の中の一枚だけを残して、他の光がすべて消える。
そこに残るのは、ヘルメットの意匠と、氏族の紋章、断片的な目撃証言だけ。
素顔は、まだどこにもない。
◆
宙域図には何もなかったはずだ。索敵にも、掛かっていなかった。
衝撃と共に、警告音が鳴り響く。
シールドが弾いた——それだけで済んだのは、運が良かっただけだ。
「後ろ、二機!」
ニナの声が、点滅する後方センサーと共に飛んでくる。
振り返る余裕はない。振動と光の残滓だけで、十分だった。
「ドク、計算開始しとけ!」
びょっ、と即座に電子音が返る。モニターにハイパージャンプ計算開始の表示が現れる。
操縦桿を握り直すが、狙いを定める前に機体が横に振られる。応射は、狂って空を切るばかりだった。
「当たりません……!」
「分かってる」
舌打ちを堪える。狭い戦闘機同士の空戦は、性に合わない。
「——よし、逃げるぞ」
ちょうど、計算完了を示す音が鳴った。迷わず、レバーへ手をかける。
その直前、機体後部に軽い衝撃が走った。
被弾。だが、航行上の数値には異常は出ていない。
レバーを引く。星々が、白い線に引き伸ばされて消えた。
ようやく落ち着いた船内、ニナが小さく息を吐く。
「……カイさん、あの、もしかして空戦が——」
「——悪かったな、苦手で」
マンダロリアンの男はコンソールの端をコツコツと叩いた。
◇
ようやく落ち着いた船内、ニナは故障箇所のリストを片手に、大きく息を吐く。
幸い、被弾箇所は武装のみで済んだようだ。だが——
ニナは、タブレットの画面をそっとカイに見せる。
——数値があまりよろしくない。これは今に始まったことじゃない。
「これ……もう、いっそ全部見直しませんか?」
「全部?」
「はい。だましだましで、ずっとやってきたので……ちょっと私だけだと限界かな、って」
言われて、思い出す。この船に、まともな整備を受けさせたことなど、一度もなかった。
ずっと付きっきりで見てきたニナがこう言うのだから、恐らく自分が今更見たところで何も変わらないだろう。
カイはたっぷりと天を仰いでから、深く鼻から息を吐く。
「——ベスピンに、行きたいってこと、か?」
「ええ、トリンさんにも聞きたいことありますし」
「うーん……」
腕を組んで目をつむり考え込む——フリをする。正直、行きたくない。というか、会いたくない。
だが、目論見がバレたのかは分からないが、ニナは諭すような口ぶりで切り出した。
「——私の船なんですよ」
「そうだな」
「でも弄ったの私じゃなくて——」
「……」
「それで改造した
「……」
「会いたくないのは分かりますから」
「それは——」
両手がそっとヘルメットの側面に触れて、正面を向かせられる。
「——ちゃんと、こっち見て、話してください」
少し怒ったような、だが眉尻が下がり気味のニナの顔が、こてん、と傾く。
「ワガママ、ですか?」
「————っ!……分かった、分かったから!!」
両手を上げて降参の意を示す。
——くそ、色々と手強い。
「おい、ドク! 聞いてるんだろ! ベスピンまでの航路、算出しといてくれ!!」
ぴろろろ、と軽快な電子音が聞こえた。その返答に、カイは鼻を鳴らす。
「——笑うなよ!」
隣でニナがたまらずに吹き出した。
◇
「おう、嬢ちゃん! 元気してたか!」
「トリンさん!」
油と焼けた金属の匂いを引き連れて、工場の奥から老いた男が出てくる。
駆け寄るニナの背を見送りながら、カイは半歩下がった。
——来る。
身構える。この男の口から次に何が出てくるかは、嫌というほど知っている。嬢ちゃんがどうの、若い男と女が船で二人きりでどうの——
「船、見せてみろ。どこがいかれた」
……あれ。
「はい、あの、まず出力系なんですけど。巡航中に数値が落ちる時があって」
「落ちるってのは、ゆっくりか、がくんとか」
「がくん、です」
トリンはニナを促して、さっさとタラップの方へ歩き出した。カイの横を、挨拶もなしに通り過ぎていく。
——え。
「あ、そうだ。これ、ありがとうございました」
タラップの手前で、ニナが背嚢から一冊取り出す。
あのマニュアルだった。角が丸くなって、厚みが倍近くに膨れている。
受け取ったトリンが、ぱらぱらとめくる。余白という余白が、細かい字と矢印と、消した跡で埋まっていた。
しばらく、何も言わない。
「……お前さん、これ全部やったのか」
「はい。あの、間違ってるところもあると思うんですけど、もし見てもらえたら——」
「見せてくれ」
即答だった。
それから先は、早かった。
配管がどうの、冷却系の取り回しがどうの、圧の逃がし方がどうの。ニナが食い下がり、トリンが答え、答えの途中でニナがまた食い下がる。
カイは口を挟もうとして、挟む場所がないことに気付いた。
——いつの間に、こんなに通じ合ってるんだ。
会ったのはあの一度きりだ。それだけで、こうも噛み合うものなのか。
手持ち無沙汰に、壁際の作業台に目をやる。工具の下に、丸めもせず広げられた図面が一枚。
どこかの船の設計図らしい。線が細かく、余白には数字と矢印がひたすら書き込まれている。じっくり睨んでも、カイにはさっぱり読めない。
——これ、さっきの。
ニナのマニュアルと、同じ書き込み方だった。
二度見してしまった。
「——なあ」
「それで、ここの継ぎ目のところなんですけど」
「……いや。何でもない」
誰も見ていないのをいいことに、カイは壁にもたれて腕を組んだ。
ヘルメットの下で、思い切り顔をしかめてやる。
誰にも、見えないが。
その時だった。
タラップの向こう、キタツグミの中から、短い電子音が二度。
通信だ。
「ニナ、船に戻ってる」
「はぁい」
返事はあった。こちらを見もしなかったが。
タラップを上がる。背中では、まだ二人の声がしている。
——楽しそうで、何より、だ、な。
カイは短くひっそりと鼻を鳴らす。
操縦席に腰を下ろすと、脇のドロイドが何か言いたげな電子音を鳴らした。
無視して、コンソールに手を伸ばす。
『——カイか。俺だ』
聞き慣れた
だが、いつもの軽い調子ではなかった。
「ああ、ロウガンか」
『今、どこだ』
「ベスピンだが——どうした?」
『分かった。そっち行くわ。行くまで出るなよ』
「は? それってどういう——」
通信はもう切れていた。
言葉が、届く先のない空を漂うような感覚だけが残る。
——真剣な声、だったな。
何に向けての真剣さなのか、見当もつかない。
だが、あの男が茶化さない時は、大抵——
「カイさーん! 降りてきてくださーい!」
外から、ニナの声が飛んでくる。
考え込む間もなく、操縦席から腰を上げた。