黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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最終話 蓋を開いて 3/12

 昼下がりの公園で、カイは一人ベンチに腰掛けていた。手持ち無沙汰に、ひとひら落ちてきた葉を、指先でくるくると回している。

 

 ——来る途中に公園があったでしょう? そう、あの大きな樹が生えている。そこで待っててもらえるかしら。

 

 占い師との話を終えても、ニナの支度はまだこれからかかりそうだった。終わり次第向かわせるから、と追い出されるように言われて今——

 

「あっちが、招待してきたくせに——」

 思わず溢れた愚痴は誰にも拾われない。

 とは言っても、香炉が焚きしめられた密室より、爽やかな風が吹き抜けるここは、居心地が良かった。

 遠くで家族連れが賑わう声がこちらにも届いてくる。

 物々しいマンダロリアンが近くにいては怯えさせるだけだろう、とかなり離れたベンチを選んだつもりだが、降り注ぐ陽光はここですら大樹の枝葉に遮られている。

 本当に巨大な木だった。

 

 ——平和、だな。

 柄にもない事を考える。そして、暇なんだな、と気付く。

 気付いて、苦笑いをこぼして、そして思い出す。

 ——分かった。そっち行くわ。行くまで出るなよ。

 いつになく真剣だった、ロウガンの声。

 あいつがああいう態度の時は、大抵——

「嫌な予感が、するな」

 一人言と共に、落ち葉を弾いて飛ばす。馬鹿な考えごと、笑い飛ばす代わりに。

 

「カイさーん! お待たせしましたぁ!」

 

「ニ——」

 ニナの声がして、振り返って——言葉に詰まった。

 

 見慣れた作業着とも、旅の間中着ていた服とも違う。

 生成り色の布が、緩やかに膝の下まで広がっている。裾も袖も、何かの模様が縁を這っていた。

 だが、そんなものは、二の次だった。

 

 結い上げられた髪に、見覚えのある一点の青が、光を弾いている。

 ——あの、髪飾り。

 

 自分が選んだはずの物が、今、まるで初めて見るもののように収まっていた。

 

「あ、あの……変じゃ、ないですか?」

 控えめに、裾の端をつまんでみせるニナ。

 カイは何も言えない。何を言えばいいのか、分からない。

 

 ——似合ってる、とか。

 ——綺麗だ、とか。

 言葉なら知っている。だが、どれも、口から出そうとすると詰まって出てこない。

 

「あの、その——似合っ……いや、その服、走れるのか、それ」

 言った後で、自分でも何を言っているのか分からなくなった。

 

「そうなんですよ、靴も、ほら——」

 ニナは、クルッと回りながら足元を見せる。浅めの靴、そして細くて白い足首が覗いた。

「だから、お待たせしちゃって……あの、カイさん?」

 固まってしまったカイを、ニナはヘルメット越しに覗き込む。

 

 知らない花のような香りと共に、胸元のペンダントがさらりと揺れた。

「あ、ああ——大丈夫だ」

 何が大丈夫なのか、さっぱり分からない。

 ベンチから少し腰を浮かしてズレてやると、ニナは黙って隣に腰を下ろした。

 ——やけに近くないか? いや、いつも通りか?

 考えがまとまらない。さっきまで何を考えていたのかすら。

 

「カイさん」

「ん、ああ」

「今、変な顔してる」

「は!? し、してない」

「ほら——」

 ふふ、と笑い出す少女が、かつて氷に閉ざされた基地の痩せこけた姿と重ならない。重ならないことに、少し、ホッとする。

 

 ふと、カイは自分の手首に触れた。館から去り際、占い師が咄嗟に掴んだ感触が、まだ薄く残っている。

 あの時、どこか必死そうな顔で、しかし何かを言い出そうとして、口をつぐんでいた。そして結局——

 ——頑張って。

 それだけ言い残して見送られた。

 

 これって、つまり、この事だったのか?

 いや違うような。

「何がです?」

「まだ何も言ってないだろ」

「カイさん、黙ってる時、絶対頭の中は騒がしいんだろうなって」

「そんなこと——あるけど」

「認めるのは、ちょっと意外でした」

「何だよ……」

 

 笑いの余韻が収まる頃、カイは思い出したように背嚢を探る。

「そういえば、これ」

 取り出したのは、道中で買っておいた軽食の包み。ニナの分と、自分用の携行ドリンク。

「わあ、ありがとうございます」

 包みを開けながら、ニナはふと手を止める。

「あの——カイさん。変なこと聞いてもいいですか?」

「……何だ」

 

 少し、間があった。

「シオウさんが昔、言ってたことなんですけど」

 突然の親父の名前に肩が強張る。

 ニナは、ヘルメットの下の表情に気付かないのか続けた。

「顔を、マンダロリアンは顔を見られたら、見た人を、その」

「その?」

「——殺す、って」

 

 重々しく告げられた言葉が、最初分からなかった。

 物騒な単語がニナの口から飛び出た驚きで理解が遅れた。だが——

 

「ぶはっ!」

 思わず吹き出してしまう。見なくても隣でニナが困惑しているのが分かる。片手で制して、まだ込み上げる笑いを押し込める。

「親父の、ふふ、与太話、信じてる奴がまだいたんだな、くっ」

「笑っ……え、与太話?」

「ああ、よく新入りとかにしてた、与太話」

「じゃあ、私は——」

「根本から違うっていうか——」

 

 はーっ、と息を吐いて整える。さて、とんでもないとこで土産を残したな、親父。

「見た奴をどうこう、じゃなくて、見られたその事が問題だろ」

「そうなんですか」

「だから、見た奴全員手にかければ良いって話じゃないんだ。少なくとも——俺はそう考えてる」

「でも——」

 

 ニナは手にした軽食に口を付けていない。微かに手が、震えていた。

「ヘルメットを、外したのは——」

 呼吸が荒い。握りしめる力が強くなる。

 

 ——ああ、きっと。

 庇うつもりだ。この子が、自分を後回しにする顔を、俺は知っている。

「わた——」

「親父だろ?」

 最後まで言わせなかった。予想通りだった。

 思わず深いため息がこぼれた。

 

「知ってるよ」

「なん、で——」

「最期に、な」

 ニナはうつむいたまま、その表情は見えない。だが、細かく震える肩や指先が、如実に物語っていた。

 その頭を撫でようとして、流石に止める。綺麗に整えられた栗色の髪の中で、青い石が揺れていた。

 

 カイは、ベンチに深く座り直す。ギシッという音を、わざと、大きく鳴らすように。そして視線を遠くへ外す。

「……で? だから何だ、俺がお前を口封じするとでも思ってたのか」

「そ……なことっ!」

 顔が上がる、気配がした。

「心外だな、ああ心外だ」

「そうですね。ごめんなさい」

 ニナが——微かに笑う声がした。

「カイさん、ずっと、私のこと守ってくれてたのに。——ありがとうございます」

「いや、まあ、うん——」

 改めて、はっきりと礼を言われると、返答に困ってしまう。そんなだいそれた事をしていたつもりはなかった。ただ、当然のつもりで。

 俺は、彼女を——

 

「あの、じゃあ……」

 ニナが、そこで言葉を止める。

 ——分かっている。何を聞かれようとしているか、なんとなく。

 答えられる、言葉を、持っていない。

 息を、大きく吸う。何か言わなければ。

 

 ——風向きが、変わった。

 

 葉の匂いに混じって、鉄と油の匂い。かすかに。だが、間違えるはずがない。

 複数、四——いや五。距離はまだある。だが、囲むように広がっている。

 

 家族連れの声が、まだ風に乗って——ここまで届いている。

 撃てば、届く距離。

 

 考える間もなく、体が動いた。

 軽食の包みを放り出し、ニナの手を取る。

 

「え、カイさん——」

「動くぞ」

 

 問答は挟まなかった。

 ベンチを蹴って、木立の奥、公園の外へ向かう。

 

  ◇

 

 相手は、迷いなく追ってくる。狙いはこちらだと合っていたらしい。——忌々しいことに、しかし幸いなことに。

 

「っ! ごめんなさいっ!」

 ニナの悲鳴に近い声が聞こえて足を止める。

 やはり走れる様な服装じゃない。舌打ちを堪えて背中に庇うと同時に、"襲撃者"は姿を表した。

 

 ——どういう事だ?

 予想した姿よりも、いくぶんか、まとまりがない。もっと組織だった姿を想像していただけに、肩透かしを食らった気分だ。

 

「よぉ、坊主。まだ根に持ってるやつがいたとは思わなかったろ?」

「——は? 何の話だ」

「あんたのせいで、こっちは随分痛い目見たんだよ」

「おい、話が見えない」

「ギルドに入りもしねえで、散々俺等のシマぁ荒らしてくれてよぉ!」

 

 ——ああ、なるほど。少し見えてきた。

 つまり賞金稼ぎの、逆恨みか。

 入ったのは、つい最近の話だ。今更それを持ち出されても——面倒なだけだった。

 こういう手合いは——

 

「おい! 何とか言ったら——ぐえっ!!」

 相手の言葉が終わるのを待たずに、カイのブラスターがその膝を撃ち抜いた。

 大げさな悲鳴を上げながら、激痛にのたうち回る姿を確認して、様子を窺う。

 

 ——引かない。

 仲間の泣き叫ぶ姿に少し躊躇は見せたものの、それでもなお囲いを狭めようと迫ってくる。

 

「ニナ、ごめん」

「え?」

 ポーチからグレネードを引き抜き、ピンを抜いて放る。

 炸裂と同時に、視界が白く塗り潰される。

「掴まってろ」

 答えを待たず、ニナの体を肩に担ぎ上げる。悲鳴のような息が漏れたが、構う暇はない。

 煙の中を、足だけを頼りに走り抜ける。

 

 晴れる頃には、追っ手も撒けるはずだ。

 今のうちに、退避したほうが賢明だろう。

 ——ロウガンには悪いが。

 

  ◇ 

 

「カイ、さん、ちょ、待っ」

「悪い。待てない。もう少し堪えててくれ」

 肩で揺らされるニナの声がリズミカルに途切れている。

 途中で道から屋根に飛び移ったので、より落ち着かないのは分かるが仕方がない。

 建物を飛び移る度に、わ、とか、ひゃ、とか短い悲鳴が聞こえる。

 

「ニナ——」

「は、はいっ!」

「ちょっと、重くなったな」

「はぁ!?」

「安心した」

「今言います!? 今それ、言います!? っわわわ」

 ウィップコードを使って屋根から滑るように落ちる。このまま進めばキタツグミまですぐのはずだ。

 

「船に着いたら、すぐに出よう。あいつらも宙域までは追ってこれないはずだ」

「は、はい……」

 一旦、ニナを下ろして怪我がないかだけ確認する。少しふらついているが無事なようだ。

 そのまま手を引いて、角を曲がる。その先には見慣れた船が——

 

「は……?」

「嘘——」

 二人同時に言葉を失った。

 

 キタツグミは、傾いでいた。

 着陸脚の一本が根元から折れ、船体が斜めに沈み込んでいる。船腹の装甲は焼け焦げ、開いたハッチからは配線が剥き出しのまま垂れ下がっていた。

 

 エンジン周りは特に酷い。冷却フィンが叩き潰され、外殻に大きく歪んだ痕が残っている。飛べない。今すぐには、絶対に。

 

 だが——爆発した跡はない。

 燃やされたわけでも、粉々に砕かれたわけでもない。

 まるで、飛べなくすることだけを目的にしたような、正確な破壊だった。

 

「トリンさん……!」

 ニナが声を上げて駆け寄る。カイも続くが、辺りに人の姿はない。

 工具箱が横倒しになり、油の染みが広がった床に、赤黒い一筋が伸びていた。

 

「トリン! どこだ、返事し——」

「——残念、ここにはいないよ」

 声は、頭上から。

 振り返る間もなく、屋根の破れ目から数人が降り立った。先程の連中とは、明らかに雰囲気が違う。

 

 ——どういう事だ。

 問いただしたい気持ちを、押し殺す。

 優先順位をつけろ。全部は無理だ。

 

「ニナ——!」

 叫ぶように彼女を呼び戻す。だが、それでもなお探すのを止めようとしない。

 ——くそっ!

 ニナの腕を掴んで引き寄せる。短い悲鳴とともに、彼女の居た場所に棒状の物が投げつけられた。

 電棒(スタンバトン)。殺傷力はそれほどない。

 見れば、敵がこれ見よがしに構えた武器もおかしい。拘束、昏倒、麻痺——殺傷性の武器がほとんどない。少なくとも、見る限り。

 まるで、生け捕りが目的のような。

 

 ——ただの報復じゃない。

 背筋を冷ややかな物が伝う。

 殺しに来ていない。それが、今はかえって不気味だった。

 

 スタン・グレネードを抜いて放つ。

 閃光が炸裂し、対処が取れなかった全員の目に刺さる。

 声をかける暇がなかった。敵同様に目を押さえるニナを再び抱え上げる。

 

 逃げないと。とにかく。

 でもどこへ——?

 

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