黒刃と寄る辺なき花   作:アサナシケイ

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最終話 蓋を開いて 4/12

 裏路地を抜けても、屋根に飛んでも、どこへ逃げても同じだった。

 一人一人の動きは、正直、大したものじゃない。むしろ雑だ。連携が取れているようにも見えない。

 なのに——毎回、決まって誰かが先に回り込んでいる。

 

 ——妙だ。

 

「っ…………はぁ」

 目前の敵を昏倒させたところで、息を吐く。細い裏路地の向こうは繁華街なのか、夜に向けて往来が徐々に増しているのが分かる。

「カイさん……」

 下ろして控えさせていたニナが不安そうに呼ぶ声が、少し遠い。疲労が溜まっていることを自覚して、ぐっと目を瞑ってから開く。

 

「少し、作戦を、考えないとな」

 安心させたくて、吐いた言葉だった。何も思いついていないのがもどかしかった。

 ニナは黙ってこちらを見つめているが、不安を押し殺しているのが伝わってくる。

 その時——

 

「あっ」

 ニナが繁華街側を指さした。

 腰のブラスターに手が伸びるが、止まる。

 ——あいつは。

「行こう、着いてきてくれ」

 少女の手を引いて走り出す。靴は、いつの間にか片方失っていた。

 

  ◇

 

「おい! あんた!」

 カイが呼び止めると、通りを歩いていた保安官が振り返る。

 

 ——やっぱりか。

 この街に来て早々、世話になった相手だった。占い師の使いに救われた、あの時の。

「ひっ、あなたは——!?」

 向こうもこちらを覚えていてくれたらしい。話が早くて助かる。

 

 ニナの肩を掴むと、半ば押し付けるように預けた。

「彼女を、保護してやってくれ」

 二人の困惑する声が重なる。

「は、はい?」「え、え?」

 だが、丁寧に説明している時間がない。

「ティア=ソラの客人だ——分かるな?」

 トーンを落とした発言に、保安官は震えながらも首を縦に振る。

 ——残るは。

 

 瞳を揺らす彼女と、目が合った。

「ニナ——」

「カイさん、あの——」

「ちょっとだけ待っててくれ。すぐ戻る」

「私——」

 その手を取って、握りしめる。冷たく、震えていた。

「大丈夫だから、な?」

 ニナは、しばらく黙って握り返すと、やがて——

「気をつけて、くださいね」

 まだ震える声で、それでも気丈に笑ってみせた。

 カイもまた、ヘルメットの下で微笑んで頷く。きっと、見えなくても、彼女には。

 

「任せたからな——っ!!」

 保安官に言い残し、黒ずくめのマンダロリアンは夕闇に向かって駆け出した。

 

 少女の影が何処までも伸びていた。

 

  ◇

 

 裏路地の奥、通りの明かりが漏れ込む辺りで、ふらりと人影が近づいてくる。

 酔客か、それとも単に近道を選んだだけの誰かか。判断する暇はない。

 

 ブラスターを一度だけ、頭上の壁に向けて放つ。

 弾が跳ねる音と、崩れ落ちる漆喰の欠片。

 それだけで十分だった。人影は悲鳴一つ上げて、逆方向へ駆けていく。

 

 傷付けるつもりはない。ただ、この場から遠ざけるだけでいい。

 カイは、また視線を暗がりの奥へ戻す。

 

  ◆

 

 裏路地のとある一角。四人のならず者が、マンダロリアンを探していた。

「なあ、ここにはもう居ねえんじゃねえか」

 手にしたスタンバトンで肩を叩きながら、面倒くさそうにならず者の一人が声を上げる。

「うるせえな、こっちに向かってるって通信が入っただろうが」

 同様に気だるげな返答が返される。

 

「けどよう、そんなこ——」

 最初に口を開いたならず者の言葉が中途半端に途絶える。

「?」

「おい——」

 残り三人の内二人が声をかけるが、返答が止まった男は黙ってわずかに痙攣すると——そのまま崩れ落ちた。

 

 背後に立っている人物の姿を見たものは、それが最後の景色だった。

 銃声が二発、続けて夜の喧騒に紛れて消える。額から血を吹き出しながら、絶命して倒れ伏す。

 

「ひっ——」

 事態を察したならず者は、逃げ出そうとするが、しゅるっと蛇が忍び寄るような音とともに、身体の自由を奪われる。そのまま引き摺り寄せられ、壁に叩きつけられた。

「あぅっ、がっ——!」

 息の詰まった音が喉から漏れた。それが自分の首を締める腕のせいだと気付くのに時間がかかった。

 

「——通信、と言ったな」

 耳元で、微かに何かが振動する音がする。

「案内しろ」

 有無は言わせない響きに、ならず者は頷くことしかできなかった。

 

 ふと、整った息の冷たさに気付く。

 ——加減を、忘れていた。

 気付いた頃には、もう遅い。今は、それでいい。

 

  ◆

 

 日が沈みかけた街を、ニナは保安官に連れられて歩く。

 時折、胸に下がるペンダントに触れながら、押し殺したため息を漏らしつつ。

 

 繁華街から離れていくためか、人通りはどんどん疎らになっていく。

 終いには、人気が全くなくなってしまった。

 

 本当にこの先に保護できるような施設があるのだろうか。

「あの——」

 不安になって振り返った瞬間、衝撃が走った。

 世界が暗転して、意識が何処までも落ちていく感覚。

 

 ——カイさん。

 

 その場に、少女は倒れた。

 

  ◆

 

 古びた昇降機は、軋みながらもゆっくりと沈んでいく。

 壁面の照明は半分近くが切れており、点滅する光がならず者の顔を不規則に浮かび上がらせていた。

 上層の喧騒は、もう聞こえない。

 代わりに、低く響く駆動音だけが、絶えず足元から伝わってくる。

 

 ——ここまで来ると、もう街の一部とも思えない。

 

 どれくらい下ったのか、見当もつかなくなった頃、ようやく籠が止まった。

 

「進め」

 拘束したならず者を蹴って促す。心の何処かで、冷静な計算が走った。

 ——もう、これはいらないかもしれない。

 

 入口は把握した。後は方向さえ分かればいい。

 自分の命のカウントダウンが始まったことを知らないまま、ならず者は倒けつ転びつ進む。

 

 前方に、人影が見えた。

 

 武装はない。足取りも重く、俯いたまま、何かから逃げるようにこちらへ歩いてくる。

 ——戦える相手じゃない。

 警戒は緩めないまま、拘束したならず者を壁際へ押しやる。

 

 人影が、顔を上げた。

 

「——」

 互いの声が、同時に詰まった。

 

「何でアンタが、ここにいる……」

 敵陣の真っ只中。それでも思考が停止した。

 

 ニナを預けたはずの保安官が、そこにいた。

 

 保安官は、マンダロリアンの姿を認識した途端に、震え上がる。顔から血の気が引くのがはっきりと分かった。

 しかし、飛び出した小声は意外なものだった。

 

「息子が、いるんだ——」

 

 ——ああ。そうか。……ダンク・ファリック。

 

 カイは大きく息を吸って吐く。

 そして、手にしたブラスターを床に落とすと、両手を上げた。

 未だ震えの止まらない保安官を前に、怒りを押し殺した声で告げる。

「——拘束が目的なんだろ。早くしろ」

 保安官が何も答えないうちに、カイは膝を折り、両手を頭の後ろで組んだ。

 

  ◇

 

 武器は全て取り上げられていた。アーマーとヘルメットは、辛うじてそのまま。

 手足に、縛めはない。ただ牢に放り込まれただけだった。

 ——妙だ。

 これだけ好機を与えられて、動けないでいる自分に、少し呆れる。

 

 動けば、ニナがどうなるか分からない。

 だが、動かなければ——もっと悪くなるかもしれない。

 どちらの答えにも、確信が持てない。

 考えるほど、選べなくなる。

 

 冷たい壁に、背中を預けたまま動かない。

 ——トリンは。

 考えかけて、止める。今は、無理だ。

 

「……ニナ」

 

 声に出しても、返ってくるものはなかった。

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