裏路地を抜けても、屋根に飛んでも、どこへ逃げても同じだった。
一人一人の動きは、正直、大したものじゃない。むしろ雑だ。連携が取れているようにも見えない。
なのに——毎回、決まって誰かが先に回り込んでいる。
——妙だ。
「っ…………はぁ」
目前の敵を昏倒させたところで、息を吐く。細い裏路地の向こうは繁華街なのか、夜に向けて往来が徐々に増しているのが分かる。
「カイさん……」
下ろして控えさせていたニナが不安そうに呼ぶ声が、少し遠い。疲労が溜まっていることを自覚して、ぐっと目を瞑ってから開く。
「少し、作戦を、考えないとな」
安心させたくて、吐いた言葉だった。何も思いついていないのがもどかしかった。
ニナは黙ってこちらを見つめているが、不安を押し殺しているのが伝わってくる。
その時——
「あっ」
ニナが繁華街側を指さした。
腰のブラスターに手が伸びるが、止まる。
——あいつは。
「行こう、着いてきてくれ」
少女の手を引いて走り出す。靴は、いつの間にか片方失っていた。
◇
「おい! あんた!」
カイが呼び止めると、通りを歩いていた保安官が振り返る。
——やっぱりか。
この街に来て早々、世話になった相手だった。占い師の使いに救われた、あの時の。
「ひっ、あなたは——!?」
向こうもこちらを覚えていてくれたらしい。話が早くて助かる。
ニナの肩を掴むと、半ば押し付けるように預けた。
「彼女を、保護してやってくれ」
二人の困惑する声が重なる。
「は、はい?」「え、え?」
だが、丁寧に説明している時間がない。
「ティア=ソラの客人だ——分かるな?」
トーンを落とした発言に、保安官は震えながらも首を縦に振る。
——残るは。
瞳を揺らす彼女と、目が合った。
「ニナ——」
「カイさん、あの——」
「ちょっとだけ待っててくれ。すぐ戻る」
「私——」
その手を取って、握りしめる。冷たく、震えていた。
「大丈夫だから、な?」
ニナは、しばらく黙って握り返すと、やがて——
「気をつけて、くださいね」
まだ震える声で、それでも気丈に笑ってみせた。
カイもまた、ヘルメットの下で微笑んで頷く。きっと、見えなくても、彼女には。
「任せたからな——っ!!」
保安官に言い残し、黒ずくめのマンダロリアンは夕闇に向かって駆け出した。
少女の影が何処までも伸びていた。
◇
裏路地の奥、通りの明かりが漏れ込む辺りで、ふらりと人影が近づいてくる。
酔客か、それとも単に近道を選んだだけの誰かか。判断する暇はない。
ブラスターを一度だけ、頭上の壁に向けて放つ。
弾が跳ねる音と、崩れ落ちる漆喰の欠片。
それだけで十分だった。人影は悲鳴一つ上げて、逆方向へ駆けていく。
傷付けるつもりはない。ただ、この場から遠ざけるだけでいい。
カイは、また視線を暗がりの奥へ戻す。
◆
裏路地のとある一角。四人のならず者が、マンダロリアンを探していた。
「なあ、ここにはもう居ねえんじゃねえか」
手にしたスタンバトンで肩を叩きながら、面倒くさそうにならず者の一人が声を上げる。
「うるせえな、こっちに向かってるって通信が入っただろうが」
同様に気だるげな返答が返される。
「けどよう、そんなこ——」
最初に口を開いたならず者の言葉が中途半端に途絶える。
「?」
「おい——」
残り三人の内二人が声をかけるが、返答が止まった男は黙ってわずかに痙攣すると——そのまま崩れ落ちた。
背後に立っている人物の姿を見たものは、それが最後の景色だった。
銃声が二発、続けて夜の喧騒に紛れて消える。額から血を吹き出しながら、絶命して倒れ伏す。
「ひっ——」
事態を察したならず者は、逃げ出そうとするが、しゅるっと蛇が忍び寄るような音とともに、身体の自由を奪われる。そのまま引き摺り寄せられ、壁に叩きつけられた。
「あぅっ、がっ——!」
息の詰まった音が喉から漏れた。それが自分の首を締める腕のせいだと気付くのに時間がかかった。
「——通信、と言ったな」
耳元で、微かに何かが振動する音がする。
「案内しろ」
有無は言わせない響きに、ならず者は頷くことしかできなかった。
ふと、整った息の冷たさに気付く。
——加減を、忘れていた。
気付いた頃には、もう遅い。今は、それでいい。
◆
日が沈みかけた街を、ニナは保安官に連れられて歩く。
時折、胸に下がるペンダントに触れながら、押し殺したため息を漏らしつつ。
繁華街から離れていくためか、人通りはどんどん疎らになっていく。
終いには、人気が全くなくなってしまった。
本当にこの先に保護できるような施設があるのだろうか。
「あの——」
不安になって振り返った瞬間、衝撃が走った。
世界が暗転して、意識が何処までも落ちていく感覚。
——カイさん。
その場に、少女は倒れた。
◆
古びた昇降機は、軋みながらもゆっくりと沈んでいく。
壁面の照明は半分近くが切れており、点滅する光がならず者の顔を不規則に浮かび上がらせていた。
上層の喧騒は、もう聞こえない。
代わりに、低く響く駆動音だけが、絶えず足元から伝わってくる。
——ここまで来ると、もう街の一部とも思えない。
どれくらい下ったのか、見当もつかなくなった頃、ようやく籠が止まった。
「進め」
拘束したならず者を蹴って促す。心の何処かで、冷静な計算が走った。
——もう、これはいらないかもしれない。
入口は把握した。後は方向さえ分かればいい。
自分の命のカウントダウンが始まったことを知らないまま、ならず者は倒けつ転びつ進む。
前方に、人影が見えた。
武装はない。足取りも重く、俯いたまま、何かから逃げるようにこちらへ歩いてくる。
——戦える相手じゃない。
警戒は緩めないまま、拘束したならず者を壁際へ押しやる。
人影が、顔を上げた。
「——」
互いの声が、同時に詰まった。
「何でアンタが、ここにいる……」
敵陣の真っ只中。それでも思考が停止した。
ニナを預けたはずの保安官が、そこにいた。
保安官は、マンダロリアンの姿を認識した途端に、震え上がる。顔から血の気が引くのがはっきりと分かった。
しかし、飛び出した小声は意外なものだった。
「息子が、いるんだ——」
——ああ。そうか。……ダンク・ファリック。
カイは大きく息を吸って吐く。
そして、手にしたブラスターを床に落とすと、両手を上げた。
未だ震えの止まらない保安官を前に、怒りを押し殺した声で告げる。
「——拘束が目的なんだろ。早くしろ」
保安官が何も答えないうちに、カイは膝を折り、両手を頭の後ろで組んだ。
◇
武器は全て取り上げられていた。アーマーとヘルメットは、辛うじてそのまま。
手足に、縛めはない。ただ牢に放り込まれただけだった。
——妙だ。
これだけ好機を与えられて、動けないでいる自分に、少し呆れる。
動けば、ニナがどうなるか分からない。
だが、動かなければ——もっと悪くなるかもしれない。
どちらの答えにも、確信が持てない。
考えるほど、選べなくなる。
冷たい壁に、背中を預けたまま動かない。
——トリンは。
考えかけて、止める。今は、無理だ。
「……ニナ」
声に出しても、返ってくるものはなかった。