一方その頃、カイは工房の店先で頭を抱えていた。
店の中、ドアのガラス越しにこちらを伺う店員の顔——見覚えがある。
酒場でジロジロと見てきたあの男。結局、何が目的か分からなかった男。
とにかく気持ち悪かったことだけは、はっきりと覚えている。
今も思わぬ再会に、驚き半分、期待半分の、ぎらついた視線を遠慮なく向けている。
「な、なあ——」
うんざりした気持ちを隠しきれないまま、案内してくれた使用人に尋ねる。
「他に店は、ないのか?」
思いもよらない要求だったのか、使用人は困ったように言う。
「他の店、ですと——少々遠方となりまして、品揃えも。いえ、どうしてもと言うことでしたら」
「いや、いい。すまない。ここでいい」
使用人は恭しく頭を下げると、房飾りのついた小ぶりな革袋を差し出してきた。見た目こそ上品だが、見るからに重そうだ。
渡した本人の目の前で数えるのも、と気が引けたが、使用人も無言でこちらを促してくるので、確認させてもらうことにする。もちろん、店には背を向けて。
——……マジか。
——いや、ちょっと、これは、その……凄いな。
ヘルメットをしていることに心底感謝するぐらい、内心のニヤケが止まらない。ありがたい、これなら当座の路銀にも事欠かなそうだ。
使用人に礼を告げ、別れる。
「よし」
深呼吸を一回挟む。
敵地でも経験しないような変な緊張を持って、ドアを開けた。
「——っらっしゃーせぇーーー!!」
間髪入れずに、待ってましたと言わんばかりの歓声。
——帰りたい。
武器を扱う店とは思えない歓迎の声と、店員の隣、初老の男性が引っ叩く音がこだました。
*
信じられるか? あの日、酒場で見た、あの伝説のマンダロリアンが。まさか自分の実家に足を運んでくる日が来るなんて。
親父から「今日は上客が来る」としか聞かされていなかった。まさかそれが、あの男だったとは。
扉が開いた瞬間、体が勝手に動いていた。
「——っらっしゃーせぇーーー!!」
我ながら会心の出来だった。低い声で、腹の底から、これ以上ないくらい元気よく。武器店にふさわしい重厚さなど、知ったことか。この一瞬に懸けていたんだ。
ばこん。
後頭部に、聞き慣れた痛みが走った。親父の平手打ちだ。
「うるせえ! やかましいんだよ、てめえは!」
「痛って!? だって、お客さんだろ!」
「マンダロリアンの前でそんな声出すんじゃねえ、びっくりされるだろうが!」
言い争う俺たちを、あのマンダロリアンは無言でじっと見つめていた。ヘルメットの奥で、一体どんな顔をしているのか、想像もつかない。
俺には、やっぱり賞金稼ぎなんて役不足だったのかもしれない。
親父の怒声を背中に浴びながら、そう思う。人と渡り合うより、炉の前で鋼と向き合っている方が、よっぽど性に合っている気がしてきた。
いつか、俺の打った武器が、あの人みたいな伝説の戦士の手に渡って、この銀河に名を残す。それでいいじゃないか。武器を振るう側じゃなく、作る側の伝説だって、悪くない。
だが、確かなことが一つある。
あの人は今、俺の実家の敷居をまたいでいる。
——今日という日を、この銀河は忘れられない一日として記憶することになる、ってな。
「
俺は思わず自分の耳を疑った。
これは、知っている奴の選択だ。
ブラスターは光る発射体と派手な発射音のせいで、撃った瞬間に位置がバレる。だが実弾は違う。発光なし、サプレッサーをつければ発射音も極限まで殺せる。着弾点も光らない。狙撃、奇襲、暗殺──静かに仕事を終わらせたい人間にとって、これほど都合のいい武器はない。
しかも、エネルギーシールドってのは高エネルギーのブラスターには強い一方、低エネルギーの物理弾にはめっぽう弱い。つまり実弾は、ブラスターが弾かれる装甲兵やシールド持ちにも普通に通る。
弾種による柔軟性も馬鹿にできない。貫通弾、亜音速弾、フラグ弾……状況に応じて使い分けられる。ブラスターは基本「熱で焼く」の一辺倒だが、実弾はそうじゃない。
——と、そこでふと目に入った。胸元に斜めに掛かったバンドリア。よく見れば、種類の違う弾丸がいくつも並んで収まっている。適当に詰め込んでいるわけじゃない、明らかに用途ごとに分けて携行している並びだ。
こいつ、本当に使い分けてるのか。座学で知ってるだけの奴とは、装備の詰め方からして違う。
メンテナンスの面でも実弾は強い。パワーパックだのエネルギーセルだの、繊細な管理を必要とするブラスターと違って、砂漠だろうと湿地だろうと安定して動く。壊れにくい。
——と、ここまで心の中で一息に語り終えて、俺は満足げに一つ頷いた。
目の前のマンドーは、渡されたライフルを黙々と検分している。構えて重心を確かめ、銃身を覗き込み、薬室の動きを確認する。武器の扱いに慣れた者の、手際の良さだった。
「他には?」
「他にも色々ありますけど——こちらは?」
「いや、サイクラーはいい」
即答だった。渋い。
「クザーカはないのか?」
「クザーカ製……ちょっと、うちの在庫だと……これしかありませんね」
「アドベンチャラーモデルが良かったな……」
小さく漏らされたその呟きに、俺は密かに感動していた。マニアだ。この人、間違いなくマニアだ。
「そっちのパルス・ブラスターを見せてくれ」
結局、満足のいくスラッグスローワーは見つからなかったらしい。マンドーは物色していた棚を最後にもう一度見渡すと、諦めたように短く息を吐いた。方向転換だ。
「これを貰おう」
大量生産品のパルス・ブラスターを掴む。マンドーの声には明らかに、もうこれでいい、という落胆が見えた。
俺も大いに落胆した。スラッグスローワーの調整は俺の担当だったのに。せっかくの見せ場が。
「あと、弾を、これと——こっちも。とりあえず一箱、いや二箱ずつ」
「スタン・グレネードとスモーク・グレネードも欲しい」
マンドーは次々と景気よく武器を買い足していく。だが、その表情——というか声のトーンからは、どれも「まあ、これでいいか」程度の渋い評価しか伝わってこなかった。
「ミサイル?──冗談だろ、使うように見えたか?」
「ダートは——まあ、無いよな。仕方ない」
俺は、意を決して申し出てみた。
「そ、そそそ、そのアーマー、塗装は如何ですか!? 塗り直しますよ!!」
「…………──は?」
返ってきた声には、強烈な殺気がこもっていた。俺も親父も、息を呑んで固まる。
ごめんよ、親父。この店は今日で廃業かもしれない。
だが、こちらの意図を察したのか、はたまた誤解が解けたのか、マンドーは低く告げた。
「いらない。二度とマンダロリアンのアーマーを剥ごうとするな」
それだけ言うと、興味を失ったように次の棚へ視線を移す。
許された。助かった。命拾いした。
棚を物色するマンドーの視線が、ふと止まった。
「これ、は——」
並んだナイフの中から、一本を手に取る。親父が打った投げナイフだった。角度を変え、光にかざし、じっくりとためつすがめつ確認していく。
「どこか試せるところ——」
声に、わずかな性急さが滲んでいた。
親父は、少し嬉しそうに店の奥の的を指し示す。
「あちらに——」
言い終わらないうちに。
シュガッ!
続けて、同じ音が響いた。二度、三度。見れば、的の急所に当たる部分に、三本のナイフが綺麗に突き立っている。
何だ、何が起こった!? 今のはマンドーが投げたのか!?
俺が状況を飲み込めずにいる間に、マンドーは興奮を隠さない様子で親父に詰め寄っていた。
「これは在庫はここにあるだけか? まだあるならありったけくれ」
そのまま、手にした4本目の投げナイフをまたじっくりと眺め始める。
「重心が、いいな……」
「重さも」
「研ぎが」
ひたすらナイフを褒め続けるその横顔は、もう完全に一人の職人業を見る目だった。
「素晴らしい仕事を見せてもらった。大事に使うよ」
*
「また、機会があれば、寄らせてもらう。世話になった」
マンドーは買った装備のうち身につけるものを手早く装着し、補充用の在庫は小脇に抱えると、そのまま退店した。
俺はその背中を、頭を深々と下げて見送ることしかできなかった。親父も同じみたいだ。
頭を上げて、俺は思わず口にしてしまう。
「親父、俺、俺……」
親父は期待のこもった目でこちらを見ている。
「『マンダロリアン御用達』ってノボリ出したらもっと客入ると思う」
今度こそしっかりとしたゲンコツの音が、店の通りまで響き渡った。
*
占い師の屋敷に戻ると、ニナは中庭で過ごしているという。
中庭に繋がるアーチを潜ると、まぶしいほどの陽射しが降り注いでいた。
雲海の上、ベスピンの空は珍しいほど澄み渡っている。整えられた庭木の葉先が、光を弾いてきらきらと揺れていた。噴水の水音が、どこか軽やかなリズムを刻んでいる。
新しい装備の重みが、肩に馴染んでいく感覚が心地よかった。指先で軽く弾薬帯に触れると、使い込んだ革の、いつもの手触り、そこにあるべきはずの膨らみに安心感を覚える。
小さな鳥——この星特有の種だろうか——が数羽、庭木の間を飛び交い、澄んだ声で鳴いている。
悪くない一日だ。
そんな気分が、自然と足取りを軽くしていた。
ニナは、噴水に腰掛け、足をゆらゆらとぶらつかせている。
その動きが、カイには年相応以上に幼く見えたが、沈んだ表情の横顔は、酷く大人びて見えた。
少女のちぐはぐな姿と、中庭の静かな佇まい。合わさって不思議な神秘性を感じさせる。
声をかけていいものか、と迷っていると、弾薬を詰めた箱の中身が、ズレてやや大きな音を立てた。
少女は、ニナがこちらを振り向く。
「カイさん、思ったより早かったですね」
ぱっと、花が咲いたような笑顔を見せた。
「——まあな。良いものも手に入ったし」
ニナの様子に先程の雰囲気は残っていない。だが、それでも気にかからない訳ではない。
「……何か、あったのか」
「いえ、その……後で、ゆっくりお話しします」
そう言うと、ニナはさらりと髪を払う。まるでそこに残った何かごと、払い除けるように。
食い下がる前に、屋敷の扉が開く音がした。
現れたのは、ティア=ソラ本人だった。使用人任せにすると思っていた見送りに、わざわざ自ら足を運んできたことに、カイは軽く眉を上げる。
「わざわざ見送りに来るとは思わなかった」
「ええ。でもお二人には、感謝してもしきれませんから」
——それに、興味も。
不穏な響きだった。
「興味?」
「ええ、例えば、そう、あなたの」
長く彩られた爪が持ち上げられ、カイの胸元を指す。
そこを指したまま、ティア=ソラは信じられない一言を放った。
「
一瞬、時が止まったような沈黙が落ちた。
先に沈黙を破ったのはニナだった。
「あ、あの、これって、さっき教えてくださった"フリ"ですよね!?」
「占い師はこうやって相手のことを見透かすって! ね、カイさん——」
隣のカイに振り返りかけて、ニナの言葉は喉の奥で止まった。
カイは、震える手を無意識に胸元のナイフへ伸ばしていた。その下に、隠したものがあることを思い出す。
「……見る機会は、なかったはずだ」
かすれた声が出た。
見せることすら思い至らなかった。
自分だって、今の今まで、そこに彫ってあることを忘れていた。
「……ニナが、話したんだろう」
自分にそう言い聞かせるように、カイは口を開いた。彼女は、俺の治療の時に装備を一度全て外している。アーマーの手入れもしてくれていた。だから、だからそれなら——辻褄は合う。合ってくれないと、困る。
「私、何も……紋章なんて、初めて聞きました——っ」
即座に、悲鳴のような否定が返ってくる。喉の奥で、何かが詰まった。
ティア=ソラは、その様子をただ静かに見つめたまま、続けた。
「その紋章は——毒に塗れる定め」
一拍の間があった。
「……何?」
低く聞き返した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
頭の芯が、熱くなる。
「俺の氏族を」
震えが、怒りが、抑えきれずに滲む。
「ヴォル氏族を、侮辱するのか」
ホルスターに添えた手に、無意識のうちに力がこもっていた。武装したマンダロリアンの怒気に、周囲に控えていた使用人たちがはっと息を呑む。
主人を守らなければ、という気配は確かにあった。けれど誰も、動けなかった。一歩近づく勇気すら出ないまま、じりじりと後ずさるだけで精一杯だった。
「カイさん、落ち着いて——」
ニナが慌てて袖を引く。だが、一度張り詰めた空気は、そう簡単には解けなかった。
誰か一人でも動けば、何かが弾けてしまいそうな緊張が、中庭に満ちていた。
それでも、ティア=ソラは怯まなかった。
泰然と佇む姿は、どこか大樹を思わせた。
「氏族を、辿りなさい」
一切の揺らぎのない、強くきっぱりとした声。
しばしの沈黙。誰も動かない、動けない、重い静寂だけがそこにあった。
やがて、カイは低く吐き捨てた。
「まやかしだ」
背を向け、大股でその場を後にする。
ニナが慌てて振り返り、ティア=ソラに向けて深く頭を下げる声が、背後から聞こえた。
「あ、ありがとうございました……! 失礼します!」
早口の礼を言い終えるなり、駆け足で追いついてくる気配。
カイは何も言わず、ただ足を止めずに歩き続けた。頭の中では、たった今言われた言葉が、何度も何度も反響していた。
——氏族を、辿りなさい。
くだらない。くだらないはずなのに、振り払えなかった。
*
「カイさん——!」
走りながら、ニナは、必死で呼びかける。
「待って、……カイさん!」
だが、カイは足を止めない。走ってもいない。なのに音も立てずに遠ざかっていく。
「——————ッ」
ついには息が切れてしまい、ニナは立ち止まる。自分の体力の無さが恨めしい。
日が翳る。
いや、膝に手をついて肩で息をするニナに、人影が落ちたのだと気づく。
「っ……はぁ、音……」
「——音?」
頭の上から声が降ってくる。良かった、もう怒ってないみたい。
「音、全然……しないん、ですね、ふぅ」
「ああ……」
カイは、どこかバツが悪そうに、明後日の方を見ている。
「……そこまで気が回らなかった。すまない。置いていったことも」
この人は、やっぱり普段は足音を立てないんだ。
私といる時は、いつも
——凄いなあ。でも。
目の前に立っているのに、マンダロリアンは目立つはずなのに。音だけではなく、気配がない。
まるで、そこに立っていないかのように錯覚する。
心なしか、輪郭が揺らいで見えるのは、きっと疲れだけじゃないんだろう。
——この人は、一体何者なんだろう。
マンダロリアンだというのは分かる。それがどういう存在なのかも、叔父様から聞いてはいた。
それでも、何故か、眼の前の甲冑姿と結びつかない時がある。
カイは、同行者の息が整うのを静かに待っている。所在なげな手が、また胸元のナイフに触れている。
「あ——」
ニナは、ふとしたことに気づいて、そのナイフを指し示した。
「紋章……」
その言葉に、またそれか、と言わんばかりに不機嫌の滲むため息をこぼすカイ。
ニナは、違うんです、と慌てて否定する。
「そのナイフの柄!革が取れかけて、その、何か紋章みたいな模様が——」
言われて、カイは首を傾げながら胸元の短剣を抜き取った。以前の戦闘で傷んだのか、グリップに巻かれた黒革が一部千切れかけ、下の地金がわずかに覗いている。
目を凝らさなければ気づかないほどの、小さく控えめな紋章がそこにあった。
しばらく、無言でそれを見つめる。
「……俺の」
掠れた声が漏れた。
「ヴォル氏族の、紋章だ」
「氏族の、紋章……?」
*
——紋章を、
お前にはまだ早いな。親父はそう言って、俺には紋章を身に付ける許可を出さなかった。
カイはバンドリアの胸元、ナイフを収めていた場所にそっと触れる。
そこには自分が見様見真似で彫った、拙い紋章が、裏地にひっそりと刻んである。堂々と身に付けさせてもらえなかった悔しさと、それでもどうしても諦めきれずにこっそり自分で彫った、その情けなさが、今更のように胸の奥で疼いた。
そして、手にしたナイフには、同じ紋章。手本にした、親父の肩甲に記されていたものと、全く同じものが。
「あの占い師は、これを見たんだろ」
グリップがいつからほどけていたのかは知らない。あの距離で視認できるほどくっきりとも思えない。
——だが、そう自分を納得させるしかなかった。
「行こう、修理もそろそろ終わったはずだ」
カイはニナの手を引いて歩き出す。今度は、ちゃんと歩調を合わせて、音を立てて。