七月の終わり、まとわりつくような湿気と夜になっても退かない熱気が、東京の街を包み込んでいた。
八月六日に開催を控えた
『苺プロダクション』の事務所を兼ねる斉藤家に、有馬かな、星野ルビー、MEMちょの三人は泊まりがけの合宿を行っていた。リビングには衣装のサンプルやフォーメーションが書き込まれたノートが散乱し、冷房の風がかすかにそれを揺らしている。
あの高級グランピングへの小旅行を経て、アクアの態度には明らかな変化が生じていた。ハルトに対話からの逃亡と鋭く一喝され、自らの傲慢さを突きつけられた夜から、アクアはかなを露骨に避けるような真似はしなくなった。もちろん、アイの悲劇を繰り返さないための警戒心や、かなにスキャンダルの火の粉を飛ばしたくないという頑なな防衛本能が完全に消え去ったわけではない。しかし、彼女を突き放すことで解決しようとする冷淡な拒絶は影を潜め、一歩引いた位置から不器用ながらも対話に応じる姿勢を見せるようになっていた。
そんな変化を感じ取ってか、かなのレッスンへの打ち込みようは凄まじかった。
「ちょっとルビー、そこステップの歩幅が広い! 私の位置と被ってるじゃない!」
「ええーっ、先輩厳しすぎるよお! もう足がパンパンで動かないってば!」
「甘ったれないの! 私たちが歌うのはあの『ソレイユの曲なんだからね。あんなバケモノみたいなパフォーマンスを見せつけられて、生半可なステージで満足できるわけないでしょ!」
鏡張りのスタジオで声を荒らげるかなの瞳には、かつてないほどの烈火が宿っていた。ハルトが即興で見せた、完璧かつ妖艶な女性アイドルとしての圧倒的な肉体表現。そして、アクアに自分の輝きを認めさせたいという、一人の少女としての執念。それらが彼女を突き動かす原動力となっていた。
ハルトと黒川あかねの二人も、自分たちの過密なスケジュールの合間を縫っては、技術面と精神面の両方からサポートに回っていた。ハルトは『ソレイユ』としての冷徹なプロの視点から、音程のわずかなズレや視線の配り方をミリ単位で修正し、あかねは持ち前の深いプロファイリング能力を駆使して、三人が最も魅力的に見える表情の作り方を的確にアドバイスしていく。
完璧なハードウェアとソフトウェアが噛み合うように、新生『B小町』という器は、ファーストライブに向けて急速に、そして着実に完成へと近づいていた。
☆ ★ ☆
そして迎えた、ライブ前日の夜。
日付が変わり、決戦の朝が数時間後に迫る午前二時。斉藤家の静まり返った廊下に、かすかな足音が響いた。
リビングのソファに腰掛け、ノートパソコンの画面で当日のタイムスケジュールと映像演出の最終確認を行っていたアクアは、暗闇から現れた人影に目を留めた。
「……起きてたのか」
声をかけると、パジャマ姿の有馬かながビクッと肩を揺らした。手には水の入ったグラスが握られているが、その指先はかすかに震えているように見えた。
「な、何よ。アクアこそ、こんな夜中まで何やってんの。明日、朝早いんだから早く寝なさいよ」
いつものように強気な口調を作ろうとしているが、声のトーンがわずかに高い。その瞳は心細げに揺れ、睡眠不足とプレッシャーのせいで、心なしか顔色も青白い。
「明日の動線の最終チェックだ。お前こそ、顔色が悪いぞ。緊張で眠れないのか」
「ち、違うわよ! ちょっと喉が渇いたから起きてきただけ。私が緊張なんてするわけないでしょ、元天才子役を舐めないでよね」
かなはフンと鼻を鳴らしてソファの端に腰掛けたが、グラスを持つ手はやはり落ち着きがなかった。
アクアはパソコンの画面を閉じ、小さく息を吐いた。かつての彼であれば、ここで「そうか」とだけ言って部屋に戻るよう促したかもしれない。恋愛が原因で破滅へと向かった母・星野アイの記憶が、彼の胸の奥で常に冷たい警告の鐘を鳴らしているからだ。有馬かなの自分に対する真っ直ぐな恋心に気がつきながらも、それに正面から向き合うことへの恐怖と躊躇いが、常にアクアの足を止めていた。
だが、ハルトの言葉が脳裏をよぎる。――『有馬かなはアイじゃない。お前の傲慢さであいつのパフォーマンスを殺すな』。
今、目の前にいる少女は、明日という巨大な舞台の重圧に押し潰されそうになっている。センターとしての責任、そして何より、自分自身がこれまでに積み上げてきた役者としてのプライドと、新境地への恐怖。そのメンタルケアを行うことが、今の自分にできる、そしてすべき裏方としての役割ではないか。アクアは腹を括り、感情を押し殺したビジネスライクな仮面をあえて外し、一人の仲間として向き合うことを決めた。
「有馬。嘘をつくのが下手だな」
「な、なんですって?」
「手が震えてる。グラスの水が波打ってるぞ」
指摘され、かなはハッとしてグラスをテーブルに置いた。そして、誤魔化しきれないことを悟ったのか、膝の上で両手をきつく握りしめ、深くうつむいた。
「……うるさいわね。わかってるわよ。自分でも信じられないくらい、心臓がバクバク言ってるの。子役時代から何度もステージには立ってきたはずなのに、今回は全然違う。だって、今回は私が〝センター〟なんだから」
かなの声が、静かな部屋にぽつりぽつりと落ちる。
「ルビーはあんなに真っ直ぐアイドルを目指して、物怖じもしないで前を向いてる。MEMちょだって、やっと掴んだチャンスだって必死にしがみついてる。なのに、一番キャリアがあるはずの私が、足を引っ張ったらどうしようって……もし、誰も私たちのことなんて見てくれなかったら、私、今度こそ立ち直れないかもしれない」
かつて「十秒で泣ける天才子役」と持て囃され、そこから落ちぶれていく過程で味わった、あの猛烈な孤独と拒絶の恐怖。それが、明日という光の舞台を前にして、再び彼女の足元から黒い泥のように這い上がってきているのだろう。
アクアは静かに立ち上がり、キッチンの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出してグラスに注ぎ、かなの前に置いた。
「お前がそんなタマかよ」
その声は冷淡ではなく、どこか呆れたような、だが確かな信頼を含んだ響きを持っていた。
「え……?」
「有馬かなは、泥水をすすりながらでも現場に残り続けてきた役者だ。どんなに小さな役でも、どんなに劣悪な環境でも、お前は常に『プロ』としての仕事をこなしてきた。そのお前が、たかが数千人の観客を前にして日る(ひる)むな」
アクアはかなの目を真っ直ぐに見据えた。
「それに、お前が歌う曲を誰が作ったか忘れたわけじゃないだろう。『ソレイユ』――日野ハルトだ。あの男が、妥協で他人に曲を渡すと思うか? ルビーを容赦なく撥ね退けて、お前をセンターに指名したのは、お前にそれだけの価値があるとあの怪物が認めたからだ」
かなの目に見る見ると光が戻っていく。アクアの言葉は、彼女の傷つきやすいプライドに優しく、しかし強固な芯を与える特効薬だった。
「アクア……」
「明日は、俺も観客席から見ている。裏方の仕事が終わり次第、お前たちのステージをな。だから、お前は余計なことを考える必要はない。ステージの上で、ただ圧倒的に輝いて、お前の言う
アクアの不器用ながらも真っ直ぐな言葉に、かなの頬が微かに赤く染まる。彼女は唇を噛み締め、涙を堪えるように何度も深く頷いた。
「……そうね。あんたにそこまで言われて、無様な姿は見せられないわ。ソレイユの曲を完璧に乗りこなして、あんたの目を釘付けにしてあげる。覚悟しなさいよ、星野アクア」
「ああ。期待している」
ようやくいつもの不敵な笑みを取り戻したかなを見て、アクアは胸の内で静かに安堵の息を漏らした。この対話が、彼女の心を救う鍵になったことを確信しながら。
☆ ★ ☆
八月六日、
幕張の会場は、真夏の太陽がもたらす熱気と、全国から集まったアイドルオタクたちの凄まじい熱量によって、文字通りの狂乱の渦と化していた。いくつものステージから重低音の効いた楽曲が響き渡り、色とりどりのサイリウムが真昼の光の中でさえ鮮やかに揺れている。
その一般客席のやや前方、ステージ全体を見渡せる絶好のポジションに、日野ハルトと黒川あかねの姿があった。周囲の喧騒から浮き立つような、圧倒的なオーラを放つ二人だが、ハルトはアッシュグレーの髪を揺らしながら、どこか楽しげに腕を組んでいる。その山吹色の瞳には、すでにこれから起こる奇跡を確信したような、傲慢とも言える絶対の自信が漲っていた。
「いよいよだね、ハルトくん」
隣に立つあかねが、緊張に満ちた面持ちでステージを見つめながら呟いた。青髪のボブカットが風に揺れ、胸元ではハルトから贈られた茜色のガラス細工のペンダントが、照明を浴びてキラキラと輝いている。彼女の手は、無意識のうちにハルトのシャツの裾をぎゅっと握りしめていた。
「ああ。あいつらが、俺の作った
ハルトは不敵に笑い、あかねの肩を優しく抱き寄せた。
「大丈夫だ。あの有馬かながセンターに立ち、アクアが裏で手綱を引いているんだ。退屈なステージになるわけがない。お前はただ、特等席で新しい時代の幕開けを見ていればいいんだよ、あかね」
「うん……そうだね。かなちゃんの、本当の覚醒……私も、この目で焼き付けたい」
あかねの瞳の奥に、役者としての、そして一人のライバルとしての鋭い光が宿る。
同じ頃、舞台袖の薄暗いスペースでは、出番を数分後に控えた『B小町』の三人が、張り詰めた空気の中にいた。
有馬かなは、昨夜の緊張が嘘のように、極めて澄んだ、集中しきった表情をしていた。アクアとの対話によって彼女のメンタルは完全に融解し、今は圧倒的なパフォーマンスを見せつけるという純粋な闘志だけが彼女を満たしている。コンディションは間違いなく過去最高だ。
その傍らで、ルビーは興奮と緊張が入り混じった様子で拳を握りしめ、MEMちょは深呼吸を繰り返して鼓動を落ち着かせようとしていた。
マネージャーの斉藤ミヤコが、三人の衣装の乱れを最終チェックしながら、力強い声で告げる。
「いい、三人とも。これまで血の滲むようなレッスンを重ねてきたわ。日野くんやあかねちゃん、そしてアクアが支えてくれたすべてを、あのステージにぶつけなさい。新生『B小町』の名前を、この会場の全員の脳裏に刻みつけるのよ!」
「はいっ!」
ルビーとMEMちょが力強く応える中、かなはただ静かに、だが確固たる意志を込めて頷いた。
アクアは三人の前に立ち、一人一人の目を真っ直ぐに見つめた。
「MEMちょ、いつも通りのトークで客を巻き込め。ルビー、お前のダンスの躍動感は本物だ、思い切り暴れてこい」
そして最後に、かなの前で足を止める。
「有馬。昨夜言った通りだ。お前がセンターだ。誰もがお前に目を奪われる瞬間を、後ろから見届けてやる」
かなは不敵に微笑み、アクアを小突くように言った。
「言われなくても、あんたの目を離させないようにしてあげるわよ。行ってくるわ」
アクアは短く頷くと、そのまま踵を返し、関係者席を通じて観客席の後方へと移動を始めた。裏方としての仕事を完璧に終え、あとは一人の観客として、彼女たちの行く末を見守るために。
ステージのブザーが鳴り響き、MCの呼び込みの声が聞こえる。
「それでは登場していただきましょう! 新生――B小町です!」
眩いばかりの照明が照らし出すステージへと、三人が一歩を踏み出した。
客席の後列に陣取ったアクア、そして前方のハルトとあかねが見守る中、会場のスピーカーから静寂と喧騒の狭間を引き裂くように、センターに立った有馬かながの声が響く。
『無敵の笑顔で荒らすメディア♪』
『ソレイユ』がアレンジを手掛けた『アイドル』。
『知りたいその秘密ミステリアス♪』『抜けてるとこさえ彼女のエリア♪』
ルビーとMEMちょの声が続く。
『完璧で嘘つきな君は――』
原曲のキャッチーさを残しつつも、よりポップで、聴く者の耳を強制的に支配するような変則的なリズムと、B小町の三人を表した明るく美しいピアノの旋律。その音が会場の空気を一瞬で変質させた。観客たちが「これ、『アイドル』か……?」とざわめき始める。
『『『天才的なアイドル様!』』』
その瞬間、会場の空気が爆発した。かつて天才子役と謳われた有馬かなの天性の華と地道な努力によって得た歌声、発展途上のルビーとMEMちょの歌声、そして『ソレイユ』の楽曲が見事にシンクロし、観客たちの視線が一斉にステージのセンターへと吸い寄せられていく。
ひときわ際立つかなの歌声が、幕張の空をどこまでも高く突き抜けていった。
☆ ★ ☆
ライブは、文字通りの大成功に終わった。
一曲目『アイドル』での圧倒的な先制パンチ、二曲目の『それいけ!コケコッコー』での親しみやすさと会場の一体感、そしてラストの『サインはB』。客席の後方で、アクアが自身のカラーである白いサイリウムを振った瞬間、かなのパフォーマンスは限界を超えて覚醒した。その光景は、観客の心に新生『B小町』の存在を強烈に焼き付けることに成功したのだった。
その日の夜、興奮冷めやらぬまま、一行は都内の高級焼肉店の一室で打ち上げを行っていた。
網の上でジュージューと音を立てて焼ける肉の香ばしい匂いと、タレの甘辛い香りが部屋を満たしている。
「カンパーイ! みんな、本当にお疲れ様ー!」
MEMちょの音頭で、ジョッキやグラスがカチンと音を立てて合わさる。
「いやー、マジで最高だったね! 最初のソレイユの曲が流れた時の、あの会場の『え、何これ、ヤバっ』て空気、鳥肌立っちゃった!」
「本当にね。日野くんの楽曲の力はもちろんだけど、三人のパフォーマンスがそれに負けていなかったわ。社長として、最高のスタートが切れたと誇りに思うわよ」
ミヤコが嬉しそうにビールを煽り、ハルトはあかねに肉をトングで取り分けながら、満足そうに微笑んでいる。
「まあ、俺のプロデュースに狂いはねえよ。特に有馬、お前のあの後半のブーストは、計算以上だった。やるじゃねえか」
「ふ、ふん、当然でしょ! 誰がセンターだと思ってるのよ!」
かなはハルトの言葉に大威張りで応えながらも、チラチラと、何度も対面に座るアクアの方へ意味深な視線を向けていた。その瞳は潤み、頬は肉の熱気か、あるいは別の理由からか、林檎のように赤くなっている。
アクアはウーロン茶のグラスを傾けながら、その視線を受け止めつつ、昼間のステージの光景を脳裏に回想していた。
――白く光るサイリウムの海の向こうで、自分を見つめながら、全力の笑顔で歌い踊っていた有馬かな。彼女の唇が、歌の合間に、確かに自分に向けてこう動いたのを、アクアははっきりと記憶している。
『あんたの推しの子になってやる!』
その強烈なセリフと、彼女の放った圧倒的な光は、アクアの凍りついた心の奥底を、今もなお微かに揺らし続けていた。アイの影を追い続ける自分の人生に、強引に割り込んできたひたむきな少女の輝き。それを完全に無視することは、もう今の彼には不可能だった。
賑やかな宴が続く中、アクアはふと、自分の隣で静かに箸を動かしているルビーの様子に気がついた。
ルビーは、いつもなら誰よりも大騒ぎして肉を頬張っているはずだった。だが今の彼女は、網の上の肉をぼんやりと見つめたまま、時折、無理に作ったような小さな笑顔を浮かべるだけで、明らかに元気がなかった。その瞳の奥には、昼間の大成功の裏に隠された、深い、暗い影が落ちている。
ハルトに『お前じゃこの曲に殺される』と切り捨てられ、大好きな母の曲である『アイドル』のセンターの座をかなに譲らざるを得なかった現実。ステージの上で、圧倒的な輝きを放つかなの背中を、一歩下がった位置から見つめるしかなかった時間。その時に味わった強烈な挫折と悔しさが、今になって彼女の胸を激しく締め付けているのだろう。
アクアは静かに立ち上がり、ルビーの肩を軽く叩いた。
「ルビー、ちょっと付き合え」
「え……? あ、うん……」
周囲がハルトとかなの言い合いで盛り上がっている隙に、二人は静かに部屋を抜け出した。
☆ ★ ☆
店を出ると、夜の繁華街のネオンが、二人を五彩の色で照らし出した。行き交う人々の喧騒、車の排気音、どこか遠くから聞こえる音楽。真夏の夜の空気は、まだ重く肌にまとわりつく。
星野兄妹は、並んでしばらく無言のまま歩いた。ルビーはサンダルのつま先を見つめながら、トボトボとアクアの後ろをついてくる。
やがて、繁華街の喧騒から少し外れた、ビルの隙間にある小さな公園のベンチの前にたどり着いた。街灯の鈍い光が、二人の影をアスファルトに長く伸ばしている。
「座るか」
アクアが促すと、ルビーは力なくベンチに腰掛けた。アクアは自動販売機で冷たい缶の緑茶を二つ買い、一つをルビーの頬に押し当てた。
「ひゃっ! つめたい……何すんのよ、お兄ちゃん」
「少しは頭が冷えたか。……昼間のライブ、不満だったか?」
アクアがストレートに切り出すと、ルビーはハッとして緑茶の缶を両手で強く握りしめ、再びうつむいた。その小さな肩が、微かに震え始める。
「……不満なわけ、ないじゃん。ライブは大成功だったし、ファンのみんなもすごく喜んでくれてた。
「お前の本心を訊いているんだ、ルビー」
アクアの声は優しく、しかし誤魔化しを許さない兄の響きを持っていた。
ルビーは唇を強く噛み締め、堪えきれなくなった涙が、ぽつり、ぽつりとローファーの足元に落ちていった。
「……悔しかった」
絞り出すような声だった。
「悔しくて、悔しくて、仕方がなかったの! あの曲は……『アイドル』は、ハルトさんがアイの、ママのために作った曲でしょ? アイの光も、影も、嘘も、全部が詰まった曲なんだよ!? なのに……ママの娘である私が、アイを誰よりも大好きな私が、センターで歌えなかった!」
ルビーは顔を上げ、涙で濡れた瞳をアクアに向けた。その瞳の奥には、強いハングリー精神と、己への激しい怒りが燃え盛っていた。
「有馬先輩の背中を見てた。ステージの上で、誰よりも輝いて、アクアの目を奪っていく先輩を見てた。その時、私、気づいちゃったの。今の私の歌じゃ、『ソレイユ』の曲に負けてる。アイの足元にも及ばないって。それが、本当に情けなくて、悔しくて……っ」
大好きな母の影を追うがあまり、自分の実力不足という冷酷な現実に直面し、打ちひしがれるルビー。その姿は、かつて前世でアイを失い、無力感に苛まれた彼女の魂の叫びそのもののようでもあった。
アクアはルビーの隣に腰掛け、その細い肩を引き寄せた。
「ルビー。お前は下手くそだ。日野の言う通り、今の歌唱力じゃあの曲の持つ狂気に押し潰されていただろう」
「な、何よ、慰めてくれないの……!?」
「だが」
アクアは言葉を続けた。
「お前のダンスは、ステージの誰よりもアイの躍動感を引き継いでいた。観客の何割かは、確かにお前の動きにアイの面影を見ていたはずだ。お前は決して、かなに負けていたわけじゃない」
アクアはルビーの目を真っ直ぐに見据える。
「日野はお前を切り捨てたんじゃない。お前という原石が、今の実力不足で壊れるのを防いだんだ。あいつはプロだ。お前がいつか、かなを追い抜き、本当の意味でアイを超える瞬間を待っているんだよ」
「……アイを、超える……?」
「ああ。かなの背中を見て、それだけ強い悔しさを抱けたなら、お前はまだ強くなれる。いつか、誰の力も借りず、お前一人の歌声とパフォーマンスで、あの日野ハルトに『お前がセンターだ』と言わせてみせろ。俺も、裏方としてお前がそこへ行くための道はいくらでも作ってやる」
アクアの確固たる言葉に、ルビーは涙を拭い、大きく息を吸い込んだ。
兄の不器用な優しさと、自分への確かな期待。それが、彼女の胸の奥で燻っていた不甲斐なさを、完全な闘志へと昇華させていく。
「……うん。そうだよね。私、ここで立ち止まってたら、ママに顔向けできないもん」
ルビーはベンチから勢いよく立ち上がり、夜空に浮かぶ月に手を伸ばすように、拳を強く握りしめた。その瞳からは涙が消え、星野アイが持っていたあの絶対的なカリスマの片鱗が、爛々と輝き始めていた。
「見ててよ、お兄ちゃん。私、もっともっと練習して、歌もダンスも完璧になって、有馬先輩も、ハルトさんも、全員驚かせてあげる。そして、アイみたいな……ううん、絶対にアイを超える、本物のトップアイドルになってみせるから!」
高らかに宣言したルビーの笑顔は、真夏の夜の闇を完全に照らし出すほどに、眩しく、そして力強かった。
アクアはその姿に、未来の『推しの子』の真の覚醒を予感し、静かに口元を綻ばせるのだった。
特殊タグのテストがてら。
でも有馬先輩のカラー白だから文字消えてしまうん(´;ω;`)
仕方ないのでグレーで代用しました。
フォントとかもいじってみたいけどアイデアが浮かばない。
トップのあらすじはきちんと書いたほうがいい?
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今のまま
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真面目に書け