あかねのたいよう   作:かぜのこ

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第28回:『コラボ 準備編』

 

 リビング&ダイニングへ足を踏み入れた瞬間、そこが単なる住宅ではなく、現代のトップエンターテイナーの前線基地であることを全員が肌で理解した。

 広々とした空間の中心には、メインチャンネル『HARU』の生配信で誰もが一度は目にしたことのある重厚なローソファーが鎮座している。

「うわぁぁっ!これ、本物だーっ! いつも画面越しに見てるやつ!」

 MEMちょが真っ先に駆け寄り、ぽすんとソファーに身体を預けて目を輝かせた。そのまま壁際の飾り棚に視線を遣ると、息を飲んでその一角を指差す。そこには、YouTube運営から贈られた〝銀の盾〟と、登録者数百万人を突破した者だけに与えられる光り輝く〝金の盾〟が誇らしげに並べられていた。

「金盾……! やっば、生で見ちゃった! 私だって銀盾は持ってるけど、やっぱり金は放つオーラが違うわ……!」

 登録者数三十万人を誇る現役YouTuberとしての敬意と興奮を隠せないMEMちょの横で、ルビーとかなは別の部分に視線を奪われていた。

「ねえ、有馬先輩……あそこ見て。キッチン横の食器棚」

「……見たくなくても目に入るわよ。色違いのお揃いマグカップ……」

 洗面所に並ぶ二本の歯ブラシ、クローゼットの端に掛けられたあかねの私服。端々に残された明確な生活痕に、かなは引きつった笑みを浮かべ、ルビーは「わー、リアル……」と感嘆の声を漏らす。

 一方、アクアの興味はまったく別の場所に向いていた。部屋の隅に配置された電動昇降デスクの上、探して天井から吊り下げられた無段階アーム。そこには、まだ一般市場には出回っていないはずの国外メーカー製の4K対応シネマカメラや、専用のスイッチングシステム、防音パネルに囲まれた配信機材群が整然と組み上げられていた。

「……DaVinciの最新コントロールパネルに、特注の音声ミキサーか。個人で組む機材の規模じゃないな」

 アクアが感心交じりに機材を覗き込んでいると、廊下の奥から足音が近づいてきた。

「ふぁ〜あ……おはよーっす……」

 欠伸をしながら現れたのは、部屋の主である日野ハルトだった。

 明らかに寝起きといった体で、山吹色の瞳の下には薄っすらとクマが残っている。シャワーこそ浴びてきたようだが、アッシュグレーのウルフカットは濡れたままボサボサに跳ねていた。

「もう、ハルトくんたら! ちゃんと髪乾かしてから来なきゃダメでしょ」

 あかねがすぐさま駆け寄り、甲斐甲斐しくタオルを手渡しながら、手慣れた手つきでハルトの頭髪を整え始めた。ハルトは「んー……サンキュ」と素直にあかねに頭を預けている。

 その光景を見たかなが、たまらずハルトへと詰め寄った。

「ハルト! あんたね、黒川さんと軽々しく同棲なんてしてんじゃないわよ!」

「あん? なんだ、もうバレたのか」

「そりゃ、黒川さんの恋愛ウカレポンチっぷり見てたら一発でバレるわよ! 隠す気が一切ないでしょ!」

「ウカレポンチ……」

 あまりの言われように、あかねがタオルの手を止めて半眼になる。

「つーか、俺ら付き合ってんの公言してんだから別にいいじゃん。あ、もしかして有馬、お前あかねのキャリア心配してくれてんの?」

「は、はぁ!? い、いや、そんなわけないじゃない! なんで私がこんな女の心配を……っ!」

 ハルトの鋭い指摘にしどろもどろになるかな。その横から、アクアが厳しい視線をハルトに向けた。

「だが、実際に特大のスキャンダルに発展すれば、黒川の女優としてのキャリアに致命的な傷がつくぞ。事務所との関係はどうなっている」

「まあ、星野ならそう言うだろうけどさ。別に俺だって考え無しに公言したり、泊まらせたりしてるわけじゃねえんだぜ? ちゃんとビジネス的に利点があるから交際宣言したんだって」

 ハルトはタオルを受け取って自分の首に掛けると、ソファーの背もたれに深く腰掛け、ニヤリと笑った。

「あの『今ガチ』最終回の時点じゃ、俺の知名度と数字があかねを遥かに上回ってた。だから炎上してダメージを受けるのは俺の方なんだよ。実際、交際宣言した直後はウチのチャンネルの登録者数とメンバーシップが盛大に吹っ飛んだぜ! ガハハ!」

「笑い事じゃないでしょ……!」とかなが引き詰めるが、ハルトはカラカラと笑い続ける。

「俺が燃えるだけであかねが圧倒的な話題性と知名度を得られるなら、安いもんだろ。それに、あの時に減った登録者なんて、ほとんどが粘着質なガチ恋勢だ。話題性で新規が入ってくりゃすぐにプラスに転じる。厄介なリスナーを綺麗に淘汰できたんだから、完全に俺の計算通りだよ」

 すべてを織り込んだ上でのロジックに、アクアは眉をひそめつつも反論の糸口を失う。ハルトはさらに言葉を重ねた。

「それにさ、仮に交際や同棲をコソコソ隠し続けたとするだろ? 隠せば隠すほど、その〝秘密〟には世間的な価値が生まれちまう。あかねが今よりずっと大物になった後で週刊誌に撮られてみろ。一発で沈む特大の時限爆弾になる。傷が浅いうちにとっとと天下に晒して陳腐化させちまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「……そういう捉え方もあるのか」

 アクアは感心したような、だが自らの境遇を思えば素直には頷けない複雑な表情で呟いた。

「私はハルトさんの考え方が正しいと思う!」

 一方、「嘘が嫌い」と公言するルビーが目を輝かせて賛同を示した。

「ありがとなー、ルビーちゃん。あー、でも、星野とかアイドルの有馬の場合じゃ、また事情が変わってくるけどな?」

「なっ!? なんで唐突に私とアクアの話が出てくるのよっ!?」「何故そこで俺の名前が出る」

 真っ赤になって怒鳴るかなと不本意そうに眉を顰めるアクアの息の合った様子に、ハルトはゲラゲラと楽しそうにからかった。

「ちなみに言っておくが、俺とあかねはお互いの両親公認の交際だから心配すんなよ。あかねの所属事務所の社長さんには『お願いだからデキ婚だけはしないでくれ』って土下座気味に頼まれてるけどな!」

 ハルトが放ったブラックじみたジョークに、アクアとルビーの表情が一瞬で凍りついた。自分たちの出生と母の悲劇に直結する内容であり、二人にはあまりにも身に覚えがありすぎて笑えないのだ。

「……?」

 自分の渾身のギャグが思いのほか重い静寂を生んだことに首を傾げつつ、ハルトは「まあいいや、そろそろ本題に入ろうぜ」と雰囲気を切り替えた。

 

 ☆ ★ ☆

 

 ローテーブルの上には、あかねが手際よく並べたポテトチップスや海外の高級チョコレート、そして冷たい麦茶が所狭しと並んでいた。

 全員がクッションやソファーに思い思いの姿勢で腰掛け、お菓子をつまみながら和気あいあいとした雰囲気が広がる。

 ハルトはポテトチップスを口に放り込みながら、本題を切り出した。

「さて、今回のコラボだが、前提として第1弾は俺の『HARUチャンネル』で打ち出す。知名度と登録者数の圧倒的な差を利用して、こっちから『B小町』のチャンネルへ一気に新規ファンを流し込むためだ。で、生配信の座談会は基本として、メインの企画は俺が持ってきたこのドローン撮影だ」

 ハルトがダイニングテーブルの下から黒い箱を持ち出す。その箱から取り出したのは、アメリカの先端ITメーカーから先行テスト権を得て持ち帰った、ハリウッドでも使われている最新・AI追尾型自律運航ドローンカメラだった。手のひらサイズの漆黒の機体が、静かな駆動音とともにホバリングし、高精度なレンズを全員に向けた。

「この最新AIドローンを使った一発撮り超高画質MV&撮影裏側メイキング。これが今回のコラボの主軸だ。……だがな、ただ俺の企画に乗っかるだけじゃ意味がねえ。現代のタレントに必要なのは『セルフプロデュース』だ。というわけで、ここからは全員で持ち寄り企画の案出し合戦といこうぜ」

「案出し合戦! いいねー、そういうの大好き!」

 MEMちょが真っ先にポテトチップスを指でつまみながら、事もなげに口を開いた。

「私はもう決まってるよ! 『トップYouTuber HARUの自宅スタジオ&超高額機材&年間総収入ガチ査定!』! 視聴者はHARUの生活感とお金の話が大好物だからね。私が突撃役として視聴者の下世話なニーズを代弁するブランディングで行くわ!」

「おお、スラっと決めてきたな。流石プロYouTuber、ニーズの捉え方が的確だ」

 ハルトが感心して頷くと、アクアもすかさず自分のノートを開いて淡々と続けた。

「俺も決まっている。『生配信中のハルトの煽り×アクアの冷めたツッコミ集・Shorts/TikTok爆速編集&拡散戦略』だ。コラボ本編の裏で俺がリアルタイムで映像を切り出し、縦型動画として最適化して爆速投稿する。SNS上でバズをループさせるアルゴリズムを組む」

「おいおい、裏方と演者を完璧に両立させるロジックかよ! お前ら二人、仕事が早すぎて助かるわ」

 ハルトが笑う中、あかねは手際よくみんなのお茶を注ぎ足し、「みんなすごいね」とどこか他人事のように微笑んでいた。自分はあくまでサポートでありアシスタントだ、という顔をしている。

 それを見たかなが、おでこに青筋を立てて噛みついた。

「ちょっと黒川あかね!なに『私関係ありません』みたいな顔して甲斐甲斐しくお茶注いでるのよ! あんたも出演者の一人でしょ! 何かないわけ!?」

「えっ、私……? 私はハルトくんの引き立て役というか、お手伝いができればそれで……」

 控えめに答えるあかねの肩を、ハルトがポンと叩いた。

「あかね、有馬の言う通りだぞ。お前も何か出してみろよ。お前が本気で企画出したらどうなるか、見てみたいしな」

「ええっ、ハルトくんまで……」

 あかねは困ったように眉を下げ、うーんと唸りながら顎に指を当てた。数秒の思考の後、彼女の瞳の奥に役者特有の静かな狂気が宿った。

「……じゃあ、『ドローン一発撮りによる、数秒ごとの人格「憑依演技」パフォーマンス』はどうかな? トークやバラエティでは私はみんなに勝てないから、ドローンカメラが迫る数秒の間に、全く別人の思考と感情を憑依させる『女優・黒川あかね』の圧倒的な凄みを見せたいの」

「さらっと恐ろしい企画出してきたわねこの女……!」とかなが引きつる中、ハルトは大爆笑した。

「最高だあかね! ドローンの一発撮りと完璧に噛み合う!」

 一方、ルビーはお菓子のチョコレートをつまみながら、うーんと頭を抱えていた。

「う〜ん……どうしよう。私、面白い企画とかセルフブランディングとか、よくわかんないよぉ……。何をやればみんなが喜んでくれるのかなぁ……」

 頭を悩ませるルビーを見て、ハルトは優しく微笑むと、そっと助け舟を出した。

「ルビーちゃん、難しく考える必要はないんだぜ。お前の一番の強みはなんだ? 見る人を無条件で笑顔にする明るさと、真っ直ぐな可愛さだろ。例えばさ、あかねと俺が普段どれだけバカップルか言ってみて、そこに『B小町』がアイドルとしての〝可愛さ〟で真っ向勝負を挑む……なんてどうだ?」

「あ! それすごく楽しそう! 『あかね&ハルトのバカップル日常再現 vs B小町の究極の胸キュン告白対決』だ!」

 ルビーはパッと顔を輝かせ、ハルトを見上げて無邪気に笑った。

「わあ、ハルトさんってすごいなぁ! なんでも包み込んで教えてくれて……なんか、お父さんみたい!」

「お、お父さん……!?」

 十七歳のハルトがショックで固まり、あかねが「お父さん……ハルトくんがお父さん……」と妙な壺に入って口元を押さえている。アクアは「言い得て妙だな」と小さく鼻を鳴らした。

 そんな中、一人真剣な面持ちで腕を組み、黙り込んでいたのはかなだった。

(どうしよう……。私が本当にやりたいのは、過去の自分を超えること……。『モルモのやくそく』みたいな子役時代の黒歴史ドラマを自分からネタにして、即興エチュードでハルトに挑む企画……。でも、そんなの自分から黒歴史を晒すようなものだし、スベったらただの痛い奴じゃない……?)

 かなが頭を抱えて巡心していると、隣に座っていたアクアが冷たい麦茶のグラスをコトンと目の前に置いた。

「有馬。迷う理由が()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

 かながハッとして顔を上げると、アクアは淡々とした眼差しで彼女を見つめていた。

「お前が元天才子役の肩書きに縛られ、それをトラウマに感じているうちは、いつまでも過去の自分を超えられない。自分からその黒歴史に踏み込み、エンタメとして昇華できた時、お前は本当の意味でその呪縛から解き放たれるはずだ。……それに、ハルトと真っ向から演技でぶつかり合いたいんだろう?」

 アクアのアドバイスは、かなの心の奥底に眠っていた迷いを一瞬で吹き飛ばした。

 かなはぎゅっと拳を握りしめ、力強く頷いた。

「……そうね。あんたの言う通りだわ。私、逃げない!」

「よし! じゃあ全員案が出揃ったな!」

 ハルトがパンと手を叩き、全員を見渡した。

「発表といこうぜ! メインの『AIドローン一発撮りMV』を軸に、MEMの『スタジオ・年収突撃ガチ査定』、ルビーの『バカップル日常再現vs胸キュン告白対決』、あかねの『数秒ごとの憑依演技パフォーマンス』、有馬の『黒歴史ドラマ再現&即興エチュードバトル』、そして星野の『Shorts/TikTok爆速拡散戦略』!」

 ハルトは全員の企画を網羅したホワイトボードを背に、ニヤリと不敵に笑った。

「完璧だ!バラエティ、胸キュン、本格演技、そして裏方戦略まで揃った。撮影は明日からだ。お前ら、腹括ってついてこいよ!」

「「「おおーっ!!」」」

 お菓子を囲んだ微笑ましい作戦会議は、大きな歓声とともに締めくくられた。現代の芸能界を生き抜くための、新たな挑戦の幕が今、上がろうとしていた。

 

 

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