「明日から一ヶ月、海外ロケ行ってくるわー。北欧とアメリカ。お土産何がいい?」
終業式の日の夜、日野ハルトからの電話は相変わらず軽かった。
「気をつけてね。お土産はなんでも嬉しいよ」
あかねは悩みに悩んだ末、そう教科書通りのそっけない返事をして通話を終えた。
ツーツーと無機質な音が響くスマホをベッドに放り出し、あかねは小さくため息をつく。
「……水着、すてきなのを選んだのになぁ」
視線の先、勉強机の上には、まだ開けていないお洒落なアパレルショップの紙袋が乗っている。中に入っているのは、ハルトに見せるためだけに奮発して買った、少し大人っぽいデザインの水着だった。
誘ってくれるかも、なんて淡い期待は、彼の「一ヶ月の海外遠征」という言葉で木っ端微塵に砕け散った。あかねはお気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめ、長い夏休みの始まりにそっと目を閉じた。
それからの四週間、二人の夏休みは、完全に異なる二つの軌道を描いて過ぎ去っていく。
【七月後半:北欧 ✕ 都内スタジオ】
ハルトは北欧の深い森の中にいた。鬱蒼と茂った森の中でナタを振るい、あるいは土を掘り返して即席のバンカーを作り、火を起こしてブッシュクラフト動画を撮影していた。また現地の有名料理系YouTuberとコラボでは、現地の言葉を完璧なネイティブ発音で操り、大自然の中で豪快な料理を作っていた。
一方、日本に残されたあかねは、都内のテレビ局でドラマの撮影に臨んでいた。子役時代に朝ドラでバズった実績があるため、舞台役者としてはともかく、映像の仕事もそこそこ舞い込む。だが、現在は知名度が伸び悩んでいる時期でもあった。マネージャーからは「夏休みが勝負どころだから」と、容赦なくスケジュールを詰め込まれていた。
【八月上旬:ヨーロッパ ✕ 郊外のハウススタジオ】
ハルトがヨーロッパ最大級のコミコンに潜入し、その圧倒的なエンタメ力で現地を沸かせている頃。
あかねは照りつける太陽の下、雑誌のグラビア撮影に挑んでいた。普段の劇団でのシリアスな芝居とは違い、カメラの前で男子高校生が喜ぶような、分かりやすく可愛い女子高生の笑顔を求められる。
(こういう『嘘』の笑顔、難しいな……。ハルトくんの笑顔は、いつもあんなに自然に周りを明るくするのに)
慣れない水着や浴衣の撮影に肌を火照らせながら、あかねは心の中で、遠い異国にいる彼を想っていた。
【八月中旬:アメリカ・NY ✕ 劇団ララライ稽古場】
ハルトの進撃は止まらない。NYでのパルクール動画、大規模ゲームイベントでの無双、そして世界的ダンスイベントへのゲスト出演。本場アメリカのプロダンサーを相手に、1ピクセルもブレないステップを披露し、世界中からスタンディングオベーションを浴びていた。
その頃あかねは、連日メディアの取材を受けつつ、劇団ララライの夏期ワークショップ(短期集中講習)に参加していた。代表の金田一敏郎からの厳しい怒声が飛ぶ中、汗を流し、自身の演技の殻を破るために必死に泥に塗れていた。役者として上を目指すために。彼に追いつくために。
八月二十二日。深夜。
電気の消えた黒川あかねの自室。
夏休みも、残すところあと三日か四日ほど。この過酷で孤独な一ヶ月を駆け抜けたあかねの心には、疲労と共に、限界に近い焦燥感が満ちていた。
ベッドに横たわったあかねは、ぼんやりとスマホの画面を見つめている。画面に映し出されているのは、SNSで何万回もリツイートされている、ヨーロッパのコミコンでのハルトの画像だ。
今度ララライで舞台化も噂されている『東京ブレイド』のコスプレをしたハルトが、現地の有名な金髪美人コスプレイヤーの細い腰をぐっと引き寄せ、密着している。
仕事だ。ハルトくんはただ、キャラクターを完璧にトレースして演じているだけ。プロファイラーのあかねには、ハルトの瞳に下心なんて一滴も含まれていないことが分かっている。
分かっているのに、胸の奥が狂おしいほどに痛む。
世界中で自分だけが彼の特別だと思いたかった。なのに、彼は自分の知らない遠い世界で、たくさんの人に囲まれ、あんなに眩しく輝いている。
あかねはスマホの画面に映るハルトの顔を、指先でそっと撫でた。暗闇の中、彼女の瞳から一筋の涙が、シーツへと吸い込まれていく。
「あなたのひまわりみたいな眼差しが恋しいよ……ハルトくんのばか」
会いたい。声が聞きたい。ただの高校生に戻って、また屋上で私の作ったスープを美味しいって笑って食べてほしい。
残されたわずかな夏休みの時間を想い、あかねは切なさに胸を締め付けられながら、眠りについた。
☆ ★ ☆
翌日。八月二十三日。劇団ララライのワークショップ最終日。
稽古場は、連日の猛特訓による劇団員たちの疲労と熱気で満ちていた。あかねもまた、髪を振り乱し、自身の殻を破るためのエチュードに没頭していた。
「――そこまで!」
金田一の声で、ようやく張り詰めた空気が緩む。
「よし、今年の夏のワークショップはここまでとする。解散!」
「ありがとうございました!」
劇団員たちが一斉に礼をし、床にへたり込む。あかねも荒い息を吐きながら、タオルで汗を拭おうとした――その時だった。
コンコン、と稽古場の重い防音扉が叩かれ、ゆっくりと開いた。
「チワース。金田一さん、お久しぶりです。ちょっと差し入れ持ってきました」
その、聞き馴染みのある、底抜けに明るい太陽のような声に、あかねの身体がびくんと跳ね上がった。
現れたのは、白いTシャツに少し日焼けした肌、首に黒いパーカーを引っ掛けた、日野ハルトだった。
「え……? ひ、日野くん……!?」
あかねは驚きのあまり、タオルの手を止めて硬直した。
「おう、あかね。お疲れ。アメリカのイベントが思いのほかサクサク巻いてさ。予定詰め詰めで終わらせて、一週間早く帰ってきたんだわ」
ハルトはケラケラと笑いながら、あかねの目の前で立ち止まった。
「それにさ、」
ハルトは少しだけ声を落とし、あかねの目を見つめた。あの、あかねが焦がれてやまなかった、ひまわり色の瞳がいたずらっぽく揺れる。
「一ヶ月もあかねのスープ飲んでないと、なんか調子狂うんだよな。早くお前のスープ、飲みたかったし」
「な、ななな……ッ!?」
あかねの顔面が、一瞬でトマトのように真っ赤に染まった。周囲の若い劇団員たちが「おい聞いたか?」「スープって何!?」「結婚!?」と色めき立つ。
あかねの脳裏に、昨夜スマホで見た金髪美人の姿や、募りに募った一ヶ月分の寂しさが一気に決壊した。
あかねはハルトのTシャツの裾をぎゅっと力いっぱいつかみ、顔を伏せたまま叫んだ。
「日野くんのバカ!! 綺麗な人とデレデレ写真撮ってたクセに……! もう知らない、明日、すっごく美味しいスープ作ってやるんだから……っ!!」
泣きながら怒るあかねと、「ええ!? コスプレ仕事の話!? っていうか今ハルトくんって呼んだ!?」と本気でうろたえるハルト。
夏休みの残りは、あとわずか三日。
劇的な再会を果たした二人の、最高に儚くて愛おしい「最後の夏休み」が、ここから始まろうとしていた。
☆ ★ ☆
八月三十日。夏休みが残り二日となったその日。
朝七時の駅前、雲ひとつない快晴の空の下に、日野ハルトは立っていた。
首元にサングラスを引っ掛けた、爽やかな白いリネンシャツにオレンジのTシャツ、デニムという気取らない格好。だが、見上げるほどの長身と、海外遠征でさらに引き締まった体躯は、ただ佇んでいるだけで周囲の目を引いていた。
「おはよう、日野くん! 待たせちゃった、かな……?」
人混みをかき分けて走ってきた黒川あかねは、少し息を切らせながらハルトの前で足を止めた。
夏らしい清楚なノースリーブの白いワンピースに、つば広の麦わら帽子。今日という特別な日のために、鏡の前で何度もやり直した勝負のコーディネートだ。
「おう、あかね。おはよう。全然待ってないよ。っていうか予報の曇りどこ行ったんだろ、めっちゃ快晴じゃん」
「ふふ、ハルトくんが晴れ男だからだよ。……ねえ、本当に海、行くんだよね?」
「行く行く。片瀬東浜。こういう時は、等身大の高校生らしく混んでるトコ行くのが一番楽しいんだって」
ハルトはそう言ってケラケラと笑う。
不思議なことに、あれだけ世界を騒がせている『HARU』が駅前で大声をプロデュースしているというのに、すれ違う人々は誰も彼に気づかない。あかねがプロファイラーの目で観察すると、ハルトは歩き方、視線の落とし方、全体の空気感を完璧にその辺にいる普通の男子高校生へとペラペラと切り替えていた。
(……やっぱりこの人、意識的に〝モブ〟を演じてる。本当に、底が知れない怪物なんだから)
あかねはそんな彼の凄みに密かに戦慄しつつも、並んで歩く距離の近さに、胸を高鳴らせて電車へと乗り込んだ。
江ノ島、片瀬東浜海水浴場。
夏の終わりとはいえ、ビーチはまだまだ大勢の海水浴客で埋め尽くされていた。
海の家の脱衣所で着替えを済ませたあかねは、四話でハルトに見せるためだけに奮発して買った、少し大人っぽいネイビーのビキニに身を包み、緊張で心臓をバクバクと鳴らしながら砂浜へと足を踏み出した。
「ひ、日野くん。お待たせ……」
パラソルの下で待っていたハルトが、あかねの声に振り返る。
その瞬間、ハルトの全身の動きが、一瞬だけ完全にフリーズした。
あかねの鋭いプロファイラーとしての目が、彼の肉体の微細な変化を捉える。ハルトの呼吸が一瞬で浅くなり、首筋の血管の脈動が跳ね上がった。
「あかね、それ……」
ハルトは喉を鳴らし、真面目な顔で言った。
「その水着、お前の骨格とパーソナルカラーに合ってる。っていうか、ちょっと破壊力が高すぎて、俺の視覚野の処理が追いつかないわ。……直視していいか本気で迷うレベルで綺麗だ」
「な、ななな……っ!?」
ストレートすぎるハルトの称賛に、あかねの顔面が一瞬で沸騰した。
ハルトの中では、あかねに一度告白してフラれた――と本人は思い込んでいる――ため、自分に脈はないと思っている。だからこそ、下心のない純粋な好意として真実を口にしてしまうのだ。
だが、そんなハルトの格好に、今度はあかねが釘付けになる。
シャツを脱いだハルトの身体は、百八十六センチの長身に、無駄な脂肪が一切ない、彫刻のように美しく鍛え上げられた筋肉の塊だった。着痩せするタイプだとは知っていたが、一ヶ月の海外サバイバルとパルクールを経て、その肉体美は完全に高校生の領域を逸脱している。
(な、なにあれ……。筋肉、すごすぎる……。胸筋とか、腹筋とか、割れて……っ)
真面目な顔をしながらも、あかねの脳内はむっつりとしたスケベ心とドギマギ感でいっぱいになり、目のやり場に困って砂浜を見つめるしかなくなっていた。
「冷たっ! でも気持ちいい!」
「だろー? アメリカのプールも良かったけど、やっぱり夏は日本の海じゃなきゃな!」
はしゃぎながら波打ち際で水を掛け合う二人。だが、浅瀬で大きな波がうねりを上げて押し寄せてきた。
「きゃあっ!?」
砂に足を取られ、あかねの身体が大きくバランスを崩す。
「っと、危ねぇ!」
ハルトが長い腕を伸ばし、咄嗟にあかねの腰を抱き寄せた。
ザパーン、と波が二人の身体を叩く。水飛沫が収まった時、あかねはハルトの引き締まった胸板に、文字通り隙間なく抱きついた形になっていた。
ハルトの硬い筋肉の感触、そこから伝わる熱い体温に、あかねの心臓が飛び出そうになる。しかし、それ以上の異変にあかねは気づいてしまった。
波の衝撃で、あかねの水着のブラトップの紐が完全にほどけ、海中に脱げ落ちてしまっていたのだ。
「あ……」
あかねの生まれたままの豊かな胸が、ハルトの素肌の胸板に、ダイレクトにぐにぃ、と押し付けられる。
「え……っ!?」
さすがのハルトも、その肉体操作の天才ぶりを完全に忘れて硬直した。胸元に伝わる、柔らかくて、温かくて、圧倒的な女性の肉体の質量。
「ハ、ハルトくん、見ないで!! 見ちゃダメぇ!!」
あかねは真っ赤になってハルトの首にしがみつき、さらに胸を押し付ける形になる。
「お、おう! 見ねぇ! 俺は今、視覚情報を遮断した!」
ハルトはあかねの頭越しに快晴の空を見つめ、首まで真っ赤にしながら、浮いている水着を片手で手探りで回収した。
「……あかね、そのまま動くなよ。ト書きの衣装直しだと思って、今から後ろの手探りで結び直すからな」
「う、うん……っ」
ハルトは超絶技巧の指先の感覚だけで、あかねの豊かな胸を潰さないよう、細心の注意を払って水着の紐を背中の後ろで固く結び直した。
ようやく身体が離れた時、二人はお互いに顔を真っ赤にして、気まずそうに視線を逸らした。
「……やべー。危うく立っちまうとこだったぜ」
ハルトが、緊張をほぐそうといつものノンデリ気味なトーンで感想を漏らす。
「立つ……? っ!!? 日野くんのバカ! 変態! スケベ!!」
あかねは顔を爆発させながら、海水をハルトの顔面に思い切り引っ掛けた。ビンタはしなかったが、台本で顔を隠すように、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
ハルトが「ちょっと飲み物買ってくる」とパラソルを離れて数分後のことだった。
あかねが一人で留守番をしていると、ガヤガヤとした品のない笑い声と共に、大学生風の男五人組が近づいてきた。
「ねえねえ、お姉さん一人? めっちゃ可愛いじゃん」
「その水着、超似合ってるよ。俺たちとあっちの海の家で一杯飲まない?」
「え、あ……あの、連れがいるので……」
急に囲まれた恐怖と、劇団以外では元々引っ込み思案な性格が災いし、あかねは上手く声を張ることができない。ナンパ男たちはあかねの困惑を「押しに弱い」と判断したのか、さらに距離を詰めてくる。
「いいじゃん、連れってどうせ女友達でしょ? 合流しちゃいなよ」
「ちょっと、離して……っ!」
一人があかねの細い手首を強引につかんだ。
(ハルトくん、助けて……!)
あかねが恐怖で目を瞑り、心の中でその名前を叫んだ――その瞬間だった。
「――ソイツ、俺の連れなんで手ぇ離してくんねぇ?」
低く、地を這うような、いつもより明らかにドスの利いた声。
ナンパ男たちがビクッとして振り返ると、そこにはストローの刺さったパインジュースを両手に持ったハルトが立っていた。
衆目を集める圧倒的な長身。そして、シャツを脱いだことで剥き出しになった、海外の過酷なサバイバルとパルクールに耐えられる極限まで鍛え上げられた分厚い胸板と、鋭い筋肉のライン。
「あ? なんだお前――」
男たちの一人が威嚇するように一歩前に出ようとしたが、ハルトの山吹色の瞳と視線が合った瞬間、その言葉が喉に詰まった。
ハルトは一切声を荒らげていない。しかし、その瞳の奥にある本物の怪物の凄みが、男たちの本能的な恐怖を呼び起こしていた。体格の差だけでなく、積んでいるエンジンの格が違いすぎる。
「あ、いや……ちょっと声掛けただけだって」
「行こうぜ、マジでヤバいタイプだろコレ……」
ハルトが一歩足を踏み出しただけで、五人組の男たちは完全に気圧され、蜘蛛の子を散らすように一瞬で砂浜の彼方へと逃げ去っていった。
「ふぅ……あいつら、ジュースふたつで両手塞がってる俺をよく脅そうと思ったな」
男たちが見えなくなった瞬間、ハルトの纏っていた刺すようなオーラが霧散し、いつものケラケラとした少年の笑顔に戻った。
「ほら、あかね。冷たいパインジュース。手首、大丈夫だったか?」
「ハ、ハルトくん……」
差し出されたジュースを受け取りながら、あかねはまだドクドクと鳴り響く心臓を押さえていた。
恐怖のせいではない。いつもは太陽みたいに笑う彼が、自分のために見せたあの男らしい凄みのギャップに、胸が苦しいほどにときめいてしまったからだ。
「……うん、平気。助けてくれて、ありがとう」
あかねは真っ赤になった顔を隠すように、ストローをきゅっと咥えてジュースを喉に流し込んだ。
お昼時。パラソルの下に並んで座り、あかねが早起きして作ってきたお弁当を広げる。
ハルトが海外に旅立つ前から約束していた、冷めても美味しいあかね特製の薬膳冷製スープと、色鮮やかなおかずたち。
「うっま……! マジでこれ、一ヶ月間ずっと恋しかったわ」
ハルトが幸せそうにスープを飲み干すのを見て、あかねの機嫌は一瞬で直り、隠しきれない優越感で胸がいっぱいになった。
そんな中、砂浜のスピーカーからアナウンスが流れる。
『本日、海の家主催・カップル限定ビーチバレー大会を開催します! 優勝賞品は、特大江ノ島タコさんぬいぐるみです!』
「ねえ、ハルトくん。あれ、出たい……!」
あかねが目を輝かせて、ハルトの腕を引っ張った。
海外で大無双してきたハルトに対し、日本で知名度に悩み、劣等感を抱えかけていたあかね。だからこそ、ハルトと一緒に何かを成し遂げる共同作業がしたかったのだ。
「おう、いいぜ。あかねが欲しいなら、世界一精密なトス上げてやるよ」
大会が始まると、二人の規格外の才能が完全に噛み合った。
ハルトのアメリカ仕込みの身体能力と、一ミリもブレない精密な身体操作。それだけでも無双できるが、砂浜という不確定要素の多い足場では、あかねの
「ハルトくん、次は右奥の人が動けない! そこに落として!」
「了解!」
あかねの完璧な戦況分析による指示を受け、ハルトが砂を蹴り上げ、ドンピシャのタイミングでスパイクを叩き込む。
「やったぁ!!」
決勝戦のホイッスルが鳴り響き、見事に優勝。ハルトに対して劣等感を感じがちだったあかねの胸に、二人で勝ち取ったという最高の達成感と、心地よい一体感が満ちていった。
夕方。海水浴客もまばらになった、オレンジ色に染まる片瀬東浜。
波打ち際に並んで座り、あかねはハルトの隣で、大きなタコさんのぬいぐるみを抱きしめていた。
「楽しかったなぁ……。もう夏休み、終わっちゃうね」
「だな。でも、最高の最後の一日だったわ」
ハルトがそう言って、首に掛けていたパーカーのポケットから、小さな小さな小箱を取り出した。
「あ、そうだ。これ、お土産」
「え……?」
箱を開けると、中には、フランスのサン・トゥアン蚤の市で見つけたという、アンティークのネックレスが入っていた。その中央で、夕日の光を浴びて妖しく輝くのは、美しい〝茜色〟のガラス細工のトップだった。
「これ、現地で見つけた時、なんかお前の名前みたいだなと思ってさ。……でも、この夕日じゃ、ちょっと色がわかりにくいか?」
ハルトが少し照れくさそうに頭を掻く。
あかねは、そのネックレスを両手でそっと受け止め、胸にきゅっと抱きしめた。
異国の地で、あんなにたくさんの綺麗な人に囲まれながらも、彼は自分の名前を思い出し、この茜色の輝きを私のために選んでくれたのだ。
「ううん、そんなことない。……とってもキレイだよ、ハルトくん。ありがとう、本当に、うれしい……」
あかねの目から、嬉しさで涙がじんわりと滲む。
夕日に照らされたハルトの〝ひまわり〟の瞳が、あかねのその涙を、世界で一番優しく、真っ直ぐに見つめ返していた。嘘の星など宿らない、真実だけの温かい眼差しが、あかねの激重な恋心を、どこまでも深く、深く満たしていくのだった。
【登場人物・設定紹介】
黒川あかね:ヒロイン。警察官の父と専業主婦の母の三人家族。家族仲は良好。
日野ハルト:オリ主。両親と兄、妹の五人家族。実家が太い。ピアノの上手な従姉妹がいるらしい。
※作中の時系列・日付はアニメ版ベースです。