十二月二十四日、日曜日。
凍てつくようなビル風が吹き荒れる外の寒さとは裏腹に、劇場の中はむせ返るような熱気に包まれていた。
クリスマスイブという特別な日であっても、舞台『東京ブレイド』の公演は無情なほど正確に日程通り行われる。しかし、あかねとハルトの二人は、蓄積した疲労を微塵も感じさせない圧巻の熱演で、満員の観客を完全に魅了しきっていた。
上演は二十時に終了。鳴り止まない拍手とカーテンコールの興奮の余韻を残したまま、キャスト陣はそれぞれのプライベートな夜の街へと散っていく。明日、クリスマス当日はちょうど休演日ということもあり、皆の足取りはどこか軽く、今夜から明日にかけては思い思いに羽根を伸ばすのだろう。
楽屋裏の廊下。あかねの入れ知恵でアプローチのベクトルを物理的な『実用性』へと変えたかなは、まだまだぎこちない手つきながらも、アクアの隣をキープしようと不器用に奮闘していた。
『苺プロ』の面々は、明日は事務所内でささやかな内輪のクリスマスパーティーを開くという。去り際、アクアのコートの裾をちょこんと摘まんで歩幅を合わせるかなの後ろ姿を見送りながら、あかねは内心で(かなちゃん、頑張って……!)と、推しの健闘を熱烈に祈った。
そんなかなとアクアを見送った後、あかねとハルトもまた、クリスマスイブのネオンが瞬く夜の街へと繰り出した。
すでに高校は終業式を終え、短い冬休みに入っている。明日一日は、彼らにとっても完全なオフだった。
二人が拾ったタクシーが向かうのは、都内の夜景を一望できる少し高級なホテル。「舞台期間中の役者の疲労回復・コンディション維持のため」という、ハルトの個人事務所の社長としての真っ当な名目の元で手配された、劇場近くの広々としたツインルームだ。
九時前。暖房の効いた快適な部屋へと到着するなり、二人はふぅと深い息を吐き出した。
「んーっ、疲れた〜」
あかねは背伸びをして、凝り固まった肩を回す。
「だな。あかね、先にシャワー浴びてこいよ」
ハルトが手荷物を窓際の豪奢なテーブルに置きながら、優しく促した。
「うん、じゃあ、とりあえずメイク落としてシャワー浴びてくるね」
着替えの入った鞄を持ったまま、大理石の敷かれた浴室へ向かおうとするあかね。その背中に、ハルトの声がかかる。
「あ、ちょっと待った」
「うん? なぁに?」
振り返ったあかねの前に、ハルトが綺麗にラッピングされたリボン付きの箱を差し出した。
「これ、クリスマスプレゼント。開けてみてくれ」
「えっ、今……?」
驚きつつも箱を受け取り、そっとリボンを解く。中から現れたのは、滑らかな光沢を放つ、高級シルクで仕立てられた上品なネイビーのルームウェアだった。
「わぁ……すごいサラサラ! 柔らかくて素敵な手触りだね」
指先を滑らせると、吸い付くような肌触りが伝わってくる。
「そうだろ? あかね、今日もお疲れ様。シャワーの後は、それを着てくれよな。今夜と明日は二人っきりで、ゆっくりしよう」
ハルトの山吹色の瞳が、甘く細められる。
「うんっ!」
あかねは嬉しそうに頷き、浴室へと姿を消した。
パタン、とドアが閉まり、脱衣所で一人になった瞬間。あかねの顔が、ボフッと音を立てるように真っ赤に染まった。
(これ……すごく実用的で、着心地が良くて……私が疲れをとるための、完璧なプレゼントだよね……)
鏡に映る自分の赤い顔を見つめながら、あかねは鼓動が早くなるのを感じる。
先日、かなに対して「プレゼントは圧倒的な実用性のトロイの木馬よ!」などと、さも恋愛マスターのようにドヤ顔で理屈を語っていた自分の姿が脳裏をよぎる。しかし、いざ自分がもらう側になり、これがあかねの女性としてのプライベートを優しく満たそうとするハルトからの『純粋な愛情表現』であると思い当たると、もう理屈もプロファイリングも綺麗に吹っ飛んでしまった。
さらに彼女の思考回路をピンク色に染め上げていたのは、鞄の中に忍ばせてきた、ちょっぴりセクシーな黒いレースの勝負下着の存在だった。
(この下着の上に……彼氏からもらった上質なシルクのパジャマを着て、彼の前に出る……っ)
シャワーの熱いお湯を浴びながらも、あかねの体温は別の理由でぐんぐんと上昇していく。立ち込める湯気の中で、あかねは一人、恥ずかしさに身をよじってフリーズしてしまった。
何とか冷静さを取り戻し、火照った身体をシルクのルームウェアで包み込んで浴室から出たあかね。
「お、似合ってるな。サイズもピッタリだ」
ソファでくつろいでいたハルトが、目を細めて微笑む。
「あ、ありがとう……すごく、気持ちいい……」
はにかむあかねをドレッサーの前に座らせると、ハルトはドライヤーを手に取り、彼女の濡れた長い髪を丁寧にブローし始めた。
温風とともに、ハルトの長く形の良い指先が、あかねの頭皮を優しくマッサージするように滑っていく。ハルトの体温と、ほのかに香るシトラス系の香水。二人の間でいつの間にか定着したこのルーティン。こうした何気ない日常の触れ合いが、あかねの心をじんわりと満たし、溶かしていく。
髪が乾ききると、今度はハルトが汗を流しに浴室へ向かった。その前に、彼は手際よくホテルのルームサービスを手配しておく。
シャワーの音が聞こえ始めた室内で、あかねは鞄の奥から自分の用意したクリスマスプレゼントの箱を取り出した。
シックな包装紙に包まれたその箱の中身は、上質な本革で設えられたハイブランドのビジネス名刺入れ。今年は舞台の稽古が過密で手編みのマフラーを作る時間がなかった。だからこそ、あかねのプロファイリング能力が火を噴いたのだ。
『個人事務所の顔役として、これから業界の大人たちと対等に渡り合おうとしているハルトに、今一番必要なものは何か』
出した結論は、高校生が持っていても嫌味がなく、しかし目の肥えた大人が見ても一目置くような、洗練された革小物。「社長としての武装(アーマー)」だった。
ほんの十数分で、Tシャツとスウェットというラフな姿で上がってきたハルト。お返しとばかりにあかねが彼の髪をタオルでワシャワシャと拭いているうちに、タイミングよくルームサービスのワゴンが運ばれてきた。
夜景の見える窓際のテーブルではなく、あえてリラックスできる広々としたベッドの端に腰掛け、二人は遅めのディナーを楽しむ。
クリスマス特製のブッシュ・ド・ノエルや、疲れた胃に優しい海鮮の温かいチャウダー、彩り豊かなテリーヌ。無理に大人ぶって、ノンアルコールのシャンパンが注がれたフルートグラスを打ち合わせる。
「乾杯」
「か、乾杯……」
グラスの澄んだ音が響くと、二人は少しだけ気恥ずかしくなって照れ笑いをこぼした。
食事を楽しみながら、恋人同士の他愛ない、しかし何よりも尊い会話が続く。
「……私たちが付き合い始めて、もう五カ月くらいになったね」
スープを一口飲み、あかねが目を細めた。
「早いもんだな。舞台にかまけてる間に、もう一年が終わりそうだ」
「今年は色々あったね……」
あかねがしみじみと言って、隣に座ったハルトの顔を見る。
「去年の今頃は、二十四時間耐久配信をやったよね」
「そうだな。あの時は、あかねと配信が出来て楽しかったよ」
「うん、楽しかったね。……あのときは、こうしてハルトくんと男女の関係になるだなんて、思ってもなかったな」
「ホントか?」
ハルトが意地悪そうに眉を上げる。
「……ちょっとだけ、期待してた、かも」
「正直で宜しい」
「ハルトくんは?」
「俺か? 俺はもちろん、お前を射止めるために周到に外堀を埋めてた訳だが」
「ええっ、そうだったの?」
目を丸くするあかねに、ハルトは呆れたように笑う。
「ったりめーだろ。そのつもりじゃなきゃ、自分のチャンネルに狙ってる女をホイホイ出すかよ」
「じゃ、じゃあ『今ガチ』に出ることを勧めてくれたことは? あの番組に出たら、私が出演者の誰かとそういう関係になるかもしれないって、思わなかったの?」
「あれは……」
ハルトは少しだけ視線を逸らし、グラスを揺らした。
「純粋に、お前の役者としてのキャリアを思って勧めたんだ。お前の才能が世に出る足がかりになればってな。……でも、今思っても、軽率なことだったと反省してるがな。あわや大惨事だったし」
「そうかな? 私は、結果的にすごくいい経験になったなって思ってるよ。MEMちょやゆきちゃん、アクアくんと大切な友達になれてよかったし。……それに」
あかねは膝の上で両手を組み、上目遣いでハルトを見つめる。
「あの番組に出てなかったら……こうして、ハルトくんと恋人になってなかったかもしれないし」
「そんなことないと思うけどなぁ。そのうち、俺が辛抱堪らなくなって、強引にお前を襲ってそうだ」
「ふふ、ハルトくんはそんな酷いことする人じゃないよ。すごく優しいもん」
「どうだかな。男ってのは、俺を含めてみんなケダモノだからな。気をつけろよ、特にお前は美人で可愛いんだからさ」
「う、うん……気をつけるよ」
自嘲するように笑うハルトの瞳の奥に、仄暗い独占欲が揺れたのを、あかねは見逃さなかった。背筋がゾクッとするようなその愛の重さが、あかねにとってはたまらなく心地よかった。
食事が一段落したところで、あかねは背後に隠していた箱をそっと差し出した。
「ハルトくん。メリークリスマス」
「お、サンキュ。開けていいか?」
「うん」
丁寧に包装を解いたハルトの目が、中から現れた本革の名刺入れを見て丸くなる。
「今年はマフラーを編む時間がなかったから、代わりに選んだの。これから、もっと偉い大人やスポンサーと名刺交換する機会が増えるでしょ? 足元を見られないための、私からの投資よ」
あかねは少し照れくさそうに、早口で付け加える。
「……それに、仕事中も、私が選んだものを使っててほしいし」
「……」
ハルトは名刺入れの滑らかな革の感触を指先で確かめ、フッと柔らかく破顔した。
「ありがとう、あかね。最高の実用性と、最高の愛だな。ボロボロになるまで大事に使うよ」
プレゼントを傍らのテーブルに丁寧に置くと、ハルトは少しだけ姿勢を正し、隣に座るあかねの華奢な両手をキュッと握りしめた。
その瞬間、彼の纏う空気が、甘い恋人のものから、鋭く熱を帯びたクリエイターの顔、ビジネスの顔へと切り替わる。
「ここからは、少しビジネスの話なんだが……あかねの来年一月のスケジュール、舞台が終わってから少し空くよな?」
「スケジュール? うん、特に大きな予定は入ってないけど……」
「よかった。それで、あかねも知ってると思うけど、俺、今度アルバムを出すことになったんだ」
「うん、知ってるよ! 私でも知ってるくらい大手のレコード会社から出すんだよね。ハルトくん、本当に凄いよ」
「ははっ、ありがとう。でさ、そのアルバムのプロモーション用に、『ファタール』と『真白の月』のミュージックビデオの実写撮影をすることになってな」
ハルトは足元に置いていた自分のレザーバッグから、タブレットPCを取り出し、スワイプして一つのファイルを開いた。そして、それをあかねの膝の上にそっと置く。
そこには、緻密に描かれたMVの企画書と絵コンテが表示されていた。
「あかねに、このMVで俺と共演してほしい」
「ふぇ……?」
「お前にしか演じられない。どうしても出てほしい。『ファタール』も『真白の月』も……最初から、お前と演ることを前提に、俺が絵コンテを描いたんだ」
「ハルトくんが、これを……?」
「ああ。実写は初挑戦になるが、『ソレイユ』としてアニメMVの構成ならこれまでにも何本も書いてきたしな。頭の中には、完璧な映像が出来上がってる」
あかねは震える指先でタブレットを操作し、絵コンテのページを捲った。
『ファタール』。それは、運命を狂わせる致命的な女と、彼女に魅入られ、破滅へと向かっていく男の愛を描いた、退廃的でアダルティなサスペンス。
『真白の月』。それは『鞘姫』をモチーフにした、純真さと深い悲哀、静謐さ、そして決して手の届かない光を追い求めるような、神秘的でファンタジーな画面構成。
まったく毛色の違う二曲のMV。しかし、どちらも共通しているのは、主演である男女の圧倒的な感情のぶつかり合いが主軸になっているということだ。
「あかね。お前の、あの狂気にも似た憑依的な演技力と、本来持っている真っ直ぐで理知的な美しさ。その両方の振れ幅が、絶対に必要なんだ」
ハルトの熱の入った口説き文句。
自分の役者としての才能を誰よりも深く理解し、底の底まで惚れ込んでくれている。その絶対的な信頼が痛いほど伝わってきて、あかねの頬がカッと熱を帯びていく。
「お前が欲しい。お前じゃなきゃ、絶対に駄目なんだ。……どうだ? やってくれるか?」
その言葉は、もはやプロポーズに近い熱量を持っていた。
「や、やる……っ! やりたい! 私にやらせて!」
感情の堰が切れたあかねは、身を乗り出すような猛烈な勢いでハルトに詰め寄った。
「お、おうっ、っとと!」
「きゃっ!」
勢い余ってバランスを崩したあかねの身体を受け止めきれず、二人はもつれ合うようにして、ふかふかのベッドの上へと倒れ込んだ。
沈み込むスプリング。ハルトの広い胸板の上に乗り上げる形になったあかねは、至近距離で交わった視線に、思わず吹き出した。
「ふふっ」
「ははっ、なんだよそのタックル」
おかしくなって、二人は子供のように笑い合う。
「あかね、演ってくれるよな?」
「うん。断る理由なんて、どこにもないよ」
ハルトの温かい胸板に頬を擦り寄せながら、あかねは感動で瞳に涙を浮かべた。
「やらせて。ハルトくんと、ハルトくんの作った世界を演じたいの。私の全部を使って」
「ありがとう、あかね。本当にうれしいよ」
ハルトは愛おしそうにあかねの背中に腕を回し、優しく抱きしめた。
「私の方こそ、ありがとう。こんな素敵なオファー……最高のクリスマスプレゼントだよ」
「そんなつもりはなかったんだけどなぁ。ただの職権濫用だ」
ハルトの照れたような笑い声が、耳元で心地よく響いた。
「約束、だよ?」
「ああ、約束だ」
その後は、テレビのVOD機能で名作のクリスマス映画を鑑賞したり、ハルトが持ち込んでいた家庭用ゲーム機で対戦アクションに熱中したりした。
天才クリエイターと天才役者という肩書きを忘れ、高校生らしい等身大の無邪気さでコントローラーを奪い合う姿。ベッドの上でじゃれ合い、時折甘いキスを交わすその空間は、彼らが「理想的なカップル」であることを何よりも強く証明していた。
時刻が午前一時を回った頃。
「ふぁ〜……あふっ」
あかねの口から、可愛らしい欠伸が漏れた。
「あかね、眠そうだな。明日に備えて、そろそろ寝るか」
ハルトがテレビの電源を落とし、照明を一段階暗くする。
「えーっ、まだ遊びたいのに……」
あかねは不満げに唇を尖らせ、ハルトの腕にギュッと抱きついた。
「明日は休演日で、丸一日オフだ。昼から夜までたっぷり遊べるだろ」
ハルトはあかねの額に軽くキスを落とし、耳元で悪戯っぽく囁いた。
「……そのあとたくさん可愛がってやるから、今日はもう寝ろ」
その低く甘い声と、シーツの下で腰を撫でる手の感触に、あかねの顔が一瞬で林檎のように赤くなる。
「……ハルトくんの、えっち」
照れ隠しに胸板をポカポカと叩くあかねの手を優しく包み込み、二人は深い眠りへと落ちていった。
☆ ★ ☆
十二月二十五日、月曜日。クリスマス当日。
抜けるような冬の青空の下、十一時にホテルをチェックアウトした二人は、手繋ぎで賑わう街へと繰り出す。チェックアウト時間のギリギリまでしっぽり
前夜の豪奢なルームサービスという「少し背伸びしたディナー」との対比を楽しむように、ハルトが提案したランチは、あえて気取らないアメリカンなハンバーガーショップだった。
「昨日はちょっと大人ぶりすぎたからさ。今日は普通にいこうぜ」
ハルトが笑いながら、肉汁たっぷりの巨大なチーズバーガーに齧り付く。
「ふふっ、美味しい! こういうジャンクなのも、たまにはいいよね」
あかねも口元にケチャップをつけながら、リラックスした笑顔でポテトを頬張った。
冬の冷たい北風の中を長時間歩き回るのは、舞台の疲労を考慮して避けるべきだというハルトの判断で、メインのデートスポットは品川にある暖かく薄暗い都市型水族館」に決まった。
ブルーの照明が波打ち、幻想的なクラゲの水槽や、巨大なマンタが優雅に泳ぐ海中トンネル。ロマンチックな雰囲気に包まれる中、すれ違っていく様子を眺めていたあかねの眼から、スッとハイライトが消えた。
「……この魚の群れの動き。前列がクロスして後列が広がるこのフォーメーション……舞台のアンサンブルの群舞の動線にそっくり。これ、次の立ち回りの配置に応用できるかも……」
ブツブツと呟きながら、スマホのメモ帳を開こうとするあかね。
「おいおい、ストップ」
ハルトが苦笑しながら、あかねのスマホを取り上げた。
「今日は仕事の分析は禁止。プロファイラー黒川あかねはお休みだ」
「あっ……ごめん、つい職業病が」
ハルトはあかねの空いた右手をギュッと握り、自身のコートのポケットへと引き入れた。
「ほら、はぐれないように。あっちのペンギン見に行くぞ」
「うんっ」
ポケットの中の温かい体温に、あかねは幸せそうに目を細めた。
水族館を満喫した後、二人は渋谷・原宿周辺の若者の街へと移動した。
クレープ屋の列に並び、生クリームとイチゴがたっぷりのクレープを一つ買って半分こする。「ハルトくん、クリームついてる」とあかねが笑い、ハルトが舌でそれを舐めとる。
ゲームセンターに入れば、最新の機種でプリクラを撮る。狭いブースの中で密着し、変なポーズを取ったり、ハルトが不慣れな手つきでスタンプで落書きをしたり。
「業界に名を轟かせる若きアーティスト」や「天才役者」という重い肩書きを外し、昨晩もらったシルクのパジャマや高価な名刺入れとは正反対の、数百円のチープな遊び。しかし、二人の心からの笑顔が絶えることはなかった。
冬は日が落ちるのが早い。十六時半を過ぎる頃には、街路樹を彩る青と白のイルミネーションが一斉に点灯し、街は一気に幻想的なクリスマスの夜の顔へと変わった。
吐く息が白さを増す中、二人は肩を寄せ合い、光のトンネルをゆっくりと歩きながら、クリスマスの甘い余韻を全身で味わった。
その後、寒さが厳しくなる前にイルミネーションを早々に切り上げ、駅直結の巨大なデパ地下へと向かう。
ショーケースには、ローストチキンや色鮮やかなピンチョス、高級なチーズやサラダが並び、大変な活気を見せている。
「外のレストランはどこも混んでて落ち着かないし、夜は家でゆっくり食べようぜ」
というハルトの提案に、あかねも「大賛成!」と深く同意した。二人で相談しながら、残り少なくなったクリスマス仕様のチキンや、ちょっといいお惣菜、温かいスープの材料などを楽しげに買い込んだ。
タクシーに乗り込み、二人の「日常の城」であるハルトの自宅兼スタジオへと帰還する。
暖房をつけ、コートを脱いだ瞬間、ハルトはあかねの背中をポンと押した。
「あかね、外で冷えただろ。先に風呂に入って、昨日のルームウェアに着替えてきなよ。ご飯の準備は俺がやっておくから」
「えっ、でも私手伝うよ?」
「いいからいいから。今日は俺が全部やる。お前は舞台の疲れを癒やすのが最優先だ」
そこまで言われては、あかねも素直に甘えるしかなかった。頬を染めて、花のような笑顔が咲く。
「……ありがとう、ハルトくん」
広い湯船でしっかりと体を温め、プレゼントされたネイビーのシルクを着てリビングに戻る頃には、部屋の中はガーリックとトマトの食欲をそそる香りで満たされていた。
ダイニングテーブルには、買ってきたデパ地下の惣菜が綺麗なお皿に盛り付け直され、ハルトが手早く作った魚介の温かいスープと、バジルソースのパスタが湯気を立てて並んでいた。
ホテルでの豪華なルームサービスという「非日常」とは対照的な、自宅のダイニングテーブルでの手作りディナー。部屋着のまま、他人の目を一切気にすることなくリラックスして食べる夕食は、何よりも贅沢な「日常」だった。
「美味しい……ハルトくん、本当に料理上手だね」
「買ってきた惣菜の力も大きいけどな」
笑い合いながら、二人だけの静かな聖夜が更けていく。
「昨日のホテルも、夜景が綺麗で最高だったけど……やっぱり、ここが一番落ち着くね」
食後、ハルトの肩に寄りかかりながらあかねが呟いた。
「だな。俺たちの城だからな」
ハルトがあかねの頭を撫でる。
明後日からは、再び舞台『東京ブレイド』の公演が始まる。最高のコンディションで舞台に立つためにも、今夜は早めに休むことにした。
二人は夜二十二時台には歯を磨き、同じベッドに潜り込んだ。
恋人の温かい腕の中に包まれながら、あかねは心からの安心感とともに、健全で甘い眠りへと落ちていった。