M.M.Trione 昼下がりのルーチンワーク   作:四乃宇内

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キュバン

加茂修次郎が文句を言い出す前に、メイ・リオ・エムノートは手のひらを掲げた。修次郎の瞳を覗き込んでみれば、今にも爆発しそうな不平不満が見て取れる。が、男の泣き言なんぞ、聞きたくもない。

メイは、ふんと一つ鼻を鳴らして、かざした手の小指を折り曲げた。親指から薬指までの四本の指が、伸ばしたまま残る。

 

「炭素原子の結合手は四つある。その内三つの結合角度を、直角に加工する。分かると思うが、この状態は自然になるものではない。非常に不安定な状態だ。つまり、大きな歪みエネルギーを有している」

 

小指に続いて薬指をたたんだ。そして説明どおり、親指と人差し指、中指をそれぞれ直角に交わるように折り曲げた。ちょうど電磁誘導の向きを示す右手の法則の格好である。

 

「この形状の炭素原子を八つ用意する。そして八つの原子が角になるよう配置し、結合手同士をつなぎ合わせ、立方体構造の分子を作成する。この状態になると、存外に安定するそうだ。さて各原子には、後一つ結合手が余っているが、ここにニトロ基を結合させる。八つの炭素原子に、八つのニトロ基。サイコロの各頂点に、ニトロ基がくっ付いている様子を想像してくれたまえ。以上、理論上最強の爆薬オクタニトロキュバンの完成である。最強の爆薬。良い響きだ。何せ大きな歪みエネルギーを内包した立方体分子に、八つもの爆発物がぶら下がっているんだからね」

 

正立方体の分子構造を、メイは夢想した。キュバン(cubane)とは、正立方体を意味するキューブ(cube)に由来する。膨大な数の立方体が複雑に飛び回る光景は、最奥に深遠なる法則を隠しているようで、いかにも美しく感じられる。

ただし――と言って、メイは親指をたたんだ。右手の法則の次は、ピースサインである。

 

「ただし、問題が二つある。一つ目は、精製にべらぼうな手間を要するため、非常に高価であるということ。グラム単価は火竜の逆鱗と同等、あるいはそれ以上か。もう一つは、技術的な問題。今の人間の技術水準じゃ、精製は不可能だろうさ」

「絵に描いた餅の話を延々として、いったい何だというんだ」

 

さすがに引っ張りすぎたか、修次郎が我慢の限界を迎えつつあるようだった。顔のあちらこちらが、沸き立つ怒りに打ち震えている。猿のごとき面体が、ことさら不細工に歪んでいるのだから、たまらない。

 

「修の字や。落ち着いて聞いておくれ。人間に精製不可能ならば、余所から持ってくれば良いだけさね」

 

一つ提案があるという風に、メイは中指を折り曲げて、人差し指一本を修次郎の鼻先に立てた。

 

「ところで爆発とは何ぞや」

「火薬やガスの急激な膨張、だろ」

「教科書みたいな答えだね。まぁ、いっか。その通り。だけど厳密に言うと、爆発にはいくつか種類があってね。その内の一つに、急激な膨張によって衝撃波を伴う爆発がある。これを爆轟(ばくごう)と言う。さて調査隊の報告によると、今ここいらの樹海に、火炎と爆発を操る古龍がいるらしい。資料によれば、爆発に巻き込まれたハンターの多くが、気を失うほどの衝撃を受けたとのこと。先に述べた、衝撃波を伴う爆轟だろうとアタシは考えているのだが」

 

さすがに勘の鈍い修次郎でも気付いたか、怒気一色だった表情に困惑が交じり始めたようだった。嫌な予感を払拭するために、ない知恵を絞ってあれこれと考えをめぐらせているに違いない。しかし往々にして現実とは、至極単純なものだ。

メイは、判決を下すように、下知した。

 

「修次郎や。古龍テオ・テスカトルはキュバンを精製し、爆轟を起こしている可能性がある」

「い、いやだ!」

「既にフォンウが先行している。急ぎ合流し、協力するように」

「おい、こら。ひ、人の話を聞け!」

「研究にフィールドワークはつきものだ。さ、行って観て確かめてきておくれ。さあ」

 

ちょうどその時、二匹のアイルーが押す台車に乗せられて、緑鳳舞(リュウ・フォンウ)が戻ってきた。気絶したフォンウが、戦闘区域から運ばれてきた、と言った方が正確か。

台車から乱雑に放り出されたフォンウが、地面との激突で目を覚ましたようだった。

 

「ちっ。油断した」

「フォンウや。やられっちまったかい」

「ん、ああ。悪い、メイ・リオ」

「なに、謝るこたないよ。次は修次郎も連れて行っておくれ」

「何だ、やっぱり来るのか、修次郎」

「いやいやいや。行く訳ないだろ! フォンウをやっちまうようなモンスターのところに! どうして! 俺が!」

「だって仕事じゃん」

 

有無を言わさぬ膂力でもって、修次郎をフォンウが引き摺っていった。悲壮な修次郎の声が、少しずつ遠のいて行く。

消え行く声をメイはただ、微笑みながら聞き流すだけだった。

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