帝都大学・文科系研究棟、考古学研究室。
静まり返った室内で、訔は一人、パイプ椅子に腰掛けたままデスクの上の装置――ハードスピーカーをじっと見つめていた。
クリアパネルの奥に鎮座する、重厚な一文字。
【強】
だが、訔は変身しようとはしなかった。バイトドライバーも腰に装着していない。ただ、手の中に冷たく収まるそのデバイスと、そこに刻まれた文字の構造を、魂の深層から見つめ直していた。
ハードスピーカーの隣には、これまで訔が激闘の末に手にしてきたライドワードたちが整然と並べられていた。
【咬】
【燃】
【切】
【流】
【吹】
【走】
訔は傷だらけの指先で、まず【燃】のライドワードを手に取った。不燃性のクリア素材越しに伝わる、かすかな熱の残響。
「……燃える」
呟き、それを元に戻すと、次は【切】のライドワードへ触れる。
「切る」
続いて【流】。
「流れる」
【吹】なら「吹く」、【走】なら「走る」。それらの文字は、それ単体で明確な事象と動作の「意味」を完結させていた。世界に対してどう作用するか、その定義が最初から確立しているのだ。
最後に、訔は再びハードスピーカーの中央に沈黙する【強】の文字を見つめた。
「……強い」
その言葉を口に乗せた瞬間、胸の奥に引っかかっていた異物感が、明確な疑問となって形をなし始めた。
そこへ、廊下から足音が近づき、研究室のドアが静かに開いた。
「まだ起きてたの?」
疲れた様子で入ってきたのは響だった。眼鏡を外し、目元を指で軽く揉みながら訔へ歩み寄ってくる。
「……音羽」
訔はハードスピーカーを持ち上げ、彼女へ向けて見せた。
「これ……本当に【強】のライドワードなのか?」
響は眉をひそめ、首を傾げた。
「どういう意味?」
「くだらない疑問かもしれない。……だっておかしいだろ」
訔はハードスピーカーと【燃】のライドワードを並べてデスクへ置いた。
「【燃】は燃える」
「【切】は切る」
「【吹】は吹く」
「全部、何をするかが最初から決まってる。単体で動作として完結してるんだ」
そして、指先で【強】の文字を示す。
「でもこいつだけ――」
訔は息を吸い、はっきりと口にした。
「何を『する』言葉なのか分からない」
響の動きが止まった。眼鏡をかけ直し、彼女の知性溢れる瞳が、デスクの上の二つのデバイスを凝視する。
「……【強】だけでは、動作が完成しない……?」
「ああ。『強い』だけじゃ、何が起きるのか定義されてないんだ。強くなれと言われても、何をどうすれば強くなるのか分からない。だから俺も、あの少年も、『強くなければならない』っていう言葉の重みに縛られて潰れかけた」
訔の思考が、古代音響文字の真理へと急速に近づいていく。
「もしかしてこいつ……単体で使うものじゃないんじゃないか?」
訔は【燃】のライドワードを取り、ハードスピーカーの拡張スロットへゆっくりと近づけた。
その瞬間――
《
システム音とともに、クリアパネルの波形が劇的な変調を起こした。二つの過剰文字の波形が交差し、一つに統合されていく。モニター上の解釈ログが書き換わる。
=====
SEMANTIC EXPANSION:HARD FLARE
=====
「……!」
訔の瞳が大きく見開かれた。
響も息を呑み、デスクへ両手を突いて身を乗り出した。
「これ……!」
訔は衝撃を受けながらも、手当たり次第に隣のライドワードを次々とハードスピーカーへ近づけていった。
【切】をセットする。
=====
SEMANTIC EXPANSION:HARD SPADA
=====
【流】をセットする。
=====
SEMANTIC EXPANSION:HARD HYDRO
=====
【吹】をセットする。
=====
SEMANTIC EXPANSION:HARD VACUUM
=====
【走】をセットする。
=====
SEMANTIC EXPANSION:HARD DASH
=====
画面上で、あらゆる概念の動作が「強化・拡張」されていくログが次々と弾き出されていく。
響が震える声で言葉を紡いだ。
「【強】そのものが、独立した力なんじゃないのよ……!」
訔が力強く頷く。
「他の言葉を……強くするための言葉だ」
その時、二人の確信に応えるように、メインモニターにハードスピーカーの真の機能定義名称が自動的にホログラム表示された。
=====
SYSTEM NAME:HARD SPEAKER
SEMANTIC AMPLIFICATION DEVICE
=====
響は画面を指差し、歓喜と驚愕の入り混じった声を上げた。
「スピーカーが、音そのものを増幅して遠くへ届かせるみたいに……」
響が訔を見つめる。
「この装置は――ライドワードの『意味』そのものを増幅する装置なんだわ!」
「意味の増幅……」
訔は手の中のハードスピーカーを見つめ直した。
バインド・ジャークと遭遇し、己の無力さと【強】の呪縛に苦しみ続けて抱いてきた問い。
『強いとは何か』
その答えの端緒が、今、明確な形となって目の前に現れていた。
強さとは、単体で存在する絶対的な暴力や孤高の標榜ではない。他者や、己の持つ小さな意志(言葉)に寄り添い、それを「強く」増幅させて広げるための触媒なのだ。
だが――その真理に辿り着いた余韻を破るように、研究室全体に真っ赤な警告ランプが狂ったように旋回し始めた。
画面には、市街地に不気味な黒紫の網目を広げるバインド・ジャークの広域過剰フォントの反応が映し出された。
「訔!」
響が叫ぶ。
訔は迷いなく立ち上がった。
デスクの上から【咬】のライドワードを掴み取る。
そして――もう片方の手で、真の役割を解き明かしたハードスピーカーを力強く握りしめた。
己の弱さを認め、言葉の真義を掴んだ男の瞳に、もう迷いも恐怖も存在しなかった。
「……試してみるか」
夜霧が不気味に立ち込める帝都の市街地。街灯の光さえも呑み込む漆黒の影が、大通りを、路地裏を、そして人々の生活の営みを隅々まで侵食していた。
今回の標的は、特定の個人ではない。
街、そのもの。
「がはっ……!? 鎖……っ、鎖が……!!」
夜勤へ向かう途中の会社員が、路上で突如膝をついた。その首元と両手首へ、空間を砕いて伸びた漆黒の文字の鎖が容赦なく巻きつく。
「社会人なんだから、休まず働け」
歩道橋の上では、泣きじゃくる幼子を抱きかかえた母親が、胸を激しく締め上げられて悲鳴を上げた。
「母親なんだから、弱音を吐かずに我慢しろ」
深夜の塾帰りの高校生が、アスファルトへ叩きつけられる。
「学生なんだから、遊ばずに勉強しろ」
コンビニの入口では、路上に座り込む若い男が拘束された。
「男なんだから、メソメソ泣くな」
公園のベンチでは、老人が胸を押さえて悶絶する。
「大人なんだから、見っともなく取り乱すな」
父親なんだから。母親なんだから。社会人なんだから。教師なんだから。
「――でなければならない」
言葉の鎖。期待という名の拘束具。正解という名の檻。
街中に溢れ返る無数の「役割」が、寛容さを失った凶悪な過絶の言霊へと変質し、人々の肉体と精神を同時に噛み砕いていく。悲鳴と絶叫が、逃げ場のない夜空へと広がっていた。
その地獄の中心、街を見下ろす歩道橋の頂点に、黒と白の幾何学装甲を纏った裁判官――バインド・ジャークが静かに佇んでいた。
顔面の中央に刻まれた【縛】の文字が、暗闇の中で厳格かつ冷酷に明滅する。
「ハハハハ……不憫だと思わないか?」
バインド・ジャークは両手を広げ、街中で悶絶する人間たちを見下ろしながら、悦に入った声で語りかけた。
「人間は……自由などハナから望んではいない」
怪人は片手をかざし、また一つ、逃げ惑う人々の群れへ黒紫の鎖の奔流を解き放った。
「役割を与えられ、正解を与えられ、その通りに機械のように生きる……それこそが、愚かな彼らにとって最も楽な生き方なのだ」
その絶望の宣言を打ち破るように――重厚な足音が、アスファルトを力強く踏みしめた。
「そこまでだ……っ!」
歩道橋の麓、夜霧を切り裂いて姿を現したのは、傷だらけの私服を纏った訔であった。その手には、真の役割を解き明かした重厚なデバイス――ハードスピーカーが力強く握られている。
同時に、背後の闇から滑らかな足取りで歩み出てきたのは、アイアンブルーのコートを羽織った律であった。
律はシンタックスドライバーを腰へ装着しながら、横に立つ訔へ冷徹な視線を向けた。
「音無」
「正木」
訔が短く応じる。律は端末のホログラム画面に指を走らせ、感情を削ぎ落とした声で告げた。
「先に言っておく」
「ん?」
「俺の最新解析では……あの
律の言葉を遮るように、訔が不敵な笑みを口元に浮かべた。
「じゃあ、一緒にやろうか」
「……まだ言い終わっていない」
律は眉をひそめ、不快そうに眼鏡の奥の瞳を細めた。
「どうせ低いんだろ?」
「……17.4%だ」
「十分だ」
「どこがだ」
一歩も譲らない押し問答。だが、そこには以前のような拒絶や孤立の影は一切存在しなかった。互いの欠落と弱さを認め合い、背中を預ける者同士の、静かな信頼の熱が宿っていた。
歩道橋の上から、バインド・ジャークが二人を見下ろす。その幾何学的な鉄仮面の奥で、冷酷な嘲笑が漏れ出た。
「来たか」
バインドの視線が、傷だらけのまま立つ訔へと注がれる。
「――強者よ」
「……」
訔は無言のまま、静かにバインドを見返した。
バインド・ジャークは整った鋼鉄の指先を掲げ、不寛容な断罪の言霊を突きつけた。
「お前は強い」
「だから戦え」
「お前が救え」
「お前が背負え」
空間を切り裂いて出現した太い黒紫の文字の鎖。そこに刻まれたのは、かつて訔を死の淵まで追い詰めた残酷な呪縛――
【強くあれ】
鎖は蛇のように鎌首を持ち上げ、訔の右腕へと激しく巻きついた。肉が軋み、服が破れ、血が滲み出る。
バインドは勝利を確信したように不気味に喉を鳴らした。
「さあ……自らの強さという名の鎖に、再び押し潰されるがいい!」
だが――
「……悪いな」
訔の口から漏れたのは、悲鳴でも絶望でもなかった。
訔は血の滲む右腕をそのまま動かし、自らを縛り上げる黒い鎖を、逃げることなくその手で力強く掴み取った。
「な……!?」
バインドが不審に眉をひそめる。
訔は激痛に顔を歪めることすらなく、澄み切った瞳で歩道橋の上の怪異を射抜いた。
「その【強】は――もう咬み砕いた」
「ぬ……っ!?」
訔の生身の腕力が、自らの「弱さ」を受け入れた男の意志が、空間を支配していた【強くあれ】の鎖を、力任せに粉々に引き千切った!
黒い砂となって散っていく鎖の破片。
訔は呼吸を整えると、胸元のバイトドライバーを力強く掴み直し、ポケットから無骨な【咬】のライドワードを引き抜いた。
「変身!」
《咬む》
《
《
爆発的なフォント粒子が訔を包み込み、黒とパールホワイトの生体装甲が完璧な精度で噛み合っていく。胸部には不屈の牙、バイザーの奥には激しい闘志の紫光。
仮面ライダーバイト。
同時に、隣の律も一切の迷いなくシンタックスドライバーのレバーを押し開いた。
《
「変身」
《
《
《
白銀とアイアンブルーの閃光とともに、仮面ライダーシグナルが並び立つ。
「ハアアアアッ!!」
バイトとシグナルは同時に地面を激しく蹴り崩し、夜霧を切り裂いてバインド・ジャークへ向かって躍進した。
「ハァァァァァッ!!」
跳躍したバイトの右拳と、地上から一気に加速したシグナルのシンタックス・サーベルが、歩道橋の頂点に佇むバインド・ジャークへと同時に襲いかかる。
激しい火花が散り、激痛を伴う衝撃波が夜霧を吹き飛ばした。だが――
「無駄だ」
バインド・ジャークの幾何学的な鉄仮面から、一切の揺らぎがない冷酷な声が放たれる。怪異の生体装甲の隙間、そして背後の空気の亀裂から、蛇のように蠢く数千、数万の不気味な黒紫の鎖が一斉に噴出した。
「ぐっ……!?」
バイトの両腕に太い鎖が絡みつき、その圧倒的な剛力を力任せに封じ込める。
シグナルがすかさずサーベルを閃かせ、バインドの頸椎を狙って振り抜くが――
シグナルの刃の軌道上へ滑り込んだ無数の鎖が、まるで強固な拘束具のごとくサーベルの刀身を固く固定し、その動きを完全に停止させた。
バインド・ジャークは静かに両手を広げ、捕獲した二人のライダーを見下ろした。
「無駄だと言っている」
冷たい不寛容な断罪の言霊。
「どれほど強かろうと――」
バインドの指先が軽く動くと、鎖が一気に収縮し、バイトとシグナルの装甲を激しく噛み砕いた。
「縛ってしまえば動けない」
「誰が……動けないって……ッ!!」
バイトは装甲の隙間から不屈の怒りを吐き出し、胸元のホルダーから素早く【燃】のライドワードを引き抜いた。
バイトドライバーのスロットへ叩き込む。
《燃える》
《
《
バイトの右腕から高熱の炎が噴き上がり、腕を絡め取る黒い鎖を焼き切ろうと燃え盛る。
しかし――
「なに……!?」
炎の熱量が、鎖の表面を舐めるだけで消滅していく。バインド・ジャークの持つ【縛】の原典文字の密度は、通常形態のライドワードが放つ単体のエネルギー量を遥かに凌駕していたのだ。鎖は溶けるどころか、より一層強くバイトの肉体へ食い込んでいく。
「くそっ……!!」
スロットを素早く差し替える。
《切る》
《
《
前腕のブレードから鋭利な高周波斬撃が放たれるが、断裂した鎖の断面から即座に新しい鎖が再生し、何重にも折り重なって刃を受け止めてしまう。
「ならば……!!」
《吹く》
《
《
猛烈な竜巻が巻き起こり、周囲の夜霧と街灯を薙ぎ払うが――バイト自身を縛り上げる重厚な鎖の質量そのものを吹き飛ばすまでには至らない。
研究室のインカム越しに、陸の悲痛な叫びが狂ったように響き渡る。
『ダメだ! 今までのライドワードじゃ出力が足りねえ! あいつの鎖を突破できねえぞ!!』
バインド・ジャークは静かな歩調で、身動きの取れないバイトへと歩み寄った。その幾何学装甲の内部から、嘲笑うような高圧的な声が漏れ出る。
「結局――お前には力が足りない」
バインドの手が、バイトの胸元へ向けられる。
「もっと強くならなければならない。でなければ……誰一人として救えはしない」
『強くなければならない』という、かつてバイトを苛み続けた呪縛の言葉。
しかし――
バイザーの奥で、バイトの瞳が揺らぐことはなかった。
「……違う」
バイトの声は、驚くほど静かで、どこまでも澄み渡っていた。
バイトは拘束された両腕の隙間を縫い、左手に握り締められていた重厚なデバイス――ハードスピーカーをそっと持ち上げた。
「俺が……強くなるんじゃない」
バインド・ジャークが微かに首を傾げる。
「何?」
バイトは手の中のハードスピーカーを見つめ、不敵な笑みを口元に浮かべた。
「こいつらを――強くするんだ」
バイトは迷いなく、右手の【燃】のライドワードを、ハードスピーカーの拡張スロットへと叩き込んだ。
ハードスピーカーのクリアパネルが爆発的な黄金の光芒を放ち、戦場全体へ地鳴りのような重低音の音声が轟いた。
《強く》《燃える》
《
《
《
その瞬間、バイトの全身の生体装甲から噴き出したのは、これまでの【燃】とは根本から異なる、空間そのものを焦がす超高熱の
「……!?」
バインド・ジャークの複眼が驚愕に揺れた。
バイトの全身を強固に縛り上げていた無数の黒紫の鎖が、超高熱の紅蓮の炎に包まれた瞬間、叫び声を上げる暇もなく一瞬で黒い砂へと蒸発し、破砕されたのだ。
インカムの向こうで、陸が跳ね起きる音が響く。
『うおおお!? 鎖が……鎖が燃え尽きていくぞ!?』
響もまた、モニターの数値を注視しながら歓喜と驚愕の声を上げた。
『通常の【燃】の数倍……いいえ、比較にならないエネルギー密度よ! スピーカーがライドワードの『意味』そのものを極限まで増幅してるんだわ!!』
自由を取り戻したバイトは、紅蓮の炎を纏う己の拳を見つめ、深く頷いた。
「そういうことか……ッ!」
これが、ハードスピーカーの真の機能。自分を「強者」として孤立させるための力ではない。自分がこれまで積み重ねてきた小さな言葉、仲間たちの
「次はこれだ……!!」
バイトは素早く【吹】のライドワードを引き抜き、ハードスピーカーへ装填しバイトドライバーに装填する。
《強く》《吹く》
《
《
《
バイトが前腕を突き出した瞬間、大気を破砕するほどの凄まじい超高圧の
さらに、バイトは間髪入れずに【走】のライドワードをハードスピーカーに装填した。
《強く》《走る》
《
《
《
爆発的な推進力がバイトの脚部にみなぎる。バイトの姿が、バインド・ジャークの視界から一瞬にして完全に消失した。
「ぬ……消失した……!?」
バインド・ジャークが素早く周囲へ不快な波形を走らせる。
しかし、その瞬間にはすでに、バイトはバインドの背後――死角へと旋回を完了させていた。
「遅い!」
バイトの超高速を乗せた猛烈な後ろ回し蹴りが、バインド・ジャークの背中へ叩き込まれた。
凄絶なスパークが弾け飛び、歩道橋のコンクリート床が粉々に粉砕される。あの絶対的な不寛容を誇っていたバインド・ジャークの巨体が、地面を激しく転がり、何十メートルも吹き飛ばされた。
「クッ……ガ……ッ!」
煙が上がる瓦礫の中から、バインド・ジャークがゆっくりと体勢を立て直した。その幾何学的な胸部装甲には、はっきりと凹んだ傷痕が刻み込まれている。
バインドは立ち上がると、不気味な静寂とともにバイトを見据えた。
「……理解した」
怪人の声から、嘲笑の色が消え去り、底なしの悪意と警戒が宿る。
「その装置……言葉の意味そのものを増幅させる触媒か。ならば――」
バインド・ジャークは己の鋼鉄の手を、地面へと力任せに叩きつけた。
「……なに!? 地面へ……!?」
シグナルが刃を構えて警戒する。
バインドが地面へ打ち込んだのは、原典呪言【縛】の核心エネルギーであった。
次の瞬間、市街地全体の路上、建物、そして悲鳴を上げる人々へ巻きついていた数百万本の黒い鎖が、一斉に怪異へ向かって逆流を始めた。
ズズズズズズズズズズッ……!!
街中の『〜でなければならない』という不寛容な呪縛が、巨大な嵐となってバインド・ジャークの肉体へ一点集中していく。
【縛】
怪人の全身が黒紫の過剰フォントの奔流に呑み込まれ、その巨体が二倍、三倍へと不気味に膨張し、巨大な言霊の魔神へと変貌を遂げていく。
バインド・ジャークは膨れ上がった巨躯から、天地を揺るがす地鳴りのような咆哮を轟かせた。
「その『意味の増幅』ごと――街もろとも、お前たちを縛り潰してくれよう!!」
バインド・ジャークの巨躯から発せられる黒紫の波形が、大気を、空間を、そして世界を構成する言葉の文脈そのものを歪めていく。
「無駄だと言ったはずだ」
バインド・ジャークが膨れ上がった鋼鉄の腕を振るうと、ハードスピーカーのクリアパネルに禍々しい紫黒のエラーログが狂ったように奔流となって雪崩れ込んだ。
《
ピキィィィン!
バイトの手の中で、ハードスピーカーのクリアパネルが激しく明滅し、装填されていたライドワードが次々と黒いフォントの鎖によって不気味に沈黙していく。
インカム越しに、陸の悲鳴のような絶叫が響き渡る。
『ライドワードがロックされてる!? なんだよこれ、ライドワードの反応が全部消えていくぞ!!』
響がキーボードを叩きつけるように操作しながら、青ざめた顔で解析画面を凝視した。
『バインドが……それぞれのライドワードの意味の構造そのものを固定化してるんだわ! 概念の自由度を奪って、システムを無力化させてる……!』
バインド・ジャークは膨張した巨躯の胸元から、裁判官の判決のように厳格な声を轟かせた。
「燃えるものは、燃えるだけ」
「切るものは、切るだけ」
「走るものは、走るだけ」
バインドの複眼が、冷徹に二人のライダーを見下ろす。
「言葉には――正しい意味が一つあればいい」
その不寛容な断罪の言霊。
その言葉に――それまで無言でシンタックス・サーベルを構えていた仮面ライダーシグナルが、微かにバイザーを動かして反応した。
「……」
バインド・ジャークはその視線に気づき、不敵に喉を鳴らす。
「そうだろう?」
バインドの指先が、白銀とアイアンブルーの装甲を纏うシグナルを指し示した。
「正木律。貴様なら理解できるはずだ」
不気味な過絶フォントがシグナルの足元を不気味になぞる。
「言葉の意味が自由に変化すれば、誤解が生まれる。不寛容が生まれ、争いが生まれる。ならば……意味を一つに固定し、正解のみを敷き詰めればいい」
「正解のみを敷き詰める……」
シグナルのバイザーの奥で、アイアンブルーの瞳が静かに光を宿す。隣に立つバイトが、思わず息を呑んでシグナルへ視線を向けた。
「正木……?」
かつての正木律であれば、その論理に一定の首肯を示していたかもしれない。世界を正しく統制し、言葉の誤謬を排除することこそが、彼の信じる「正しさ」であり「文理」であったからだ。
だが――シグナルは静かにシンタックス・サーベルの刃を正し、バインド・ジャークへと向けた。
「……確かにな」
「そうだ」
バインドが深く頷く。
「言葉には定義が必要だ。曖昧な解釈など、世界を乱す毒でしかない」
「だが――」
シグナルは一歩踏み出し、サーベルの先端をバインドの胸元へ突き突きつけた。
「意味と使い方は……同じではない」
「……!」
バインド・ジャークの幾何学装甲が、不快そうに微かに歪んだ。
シグナルは冷徹だが、どこか確かな熱を帯びた声で言葉を重ねる。
「同じ言葉であっても……誰が、誰に、何のために使うかで、生まれる結果はいくらでも変わる」
シグナルは横に立つ、ボロボロの傷痕を隠さずに構えるバイトを、チラリと視界の端に収めた。
「少なくとも――彼を見ていれば、嫌でも分かる」
バイトはバイザーの奥で苦笑いを浮かべた。
「それ……褒めてるのか?」
「事実を述べているだけだ」
シグナルは迷いなく地面を蹴り崩し、バインド・ジャークの巨大な巨躯へと一直線に突撃した。
「ハアアアアッ!!」
シンタックス・サーベルが青白い光芒を描き、バインドの巨体を縛り上げる巨大な鎖の結び目へと深く突き刺さる。
《
サーベルの刀身から青白い解析データが走り、バインドが展開する過絶言語の構造式をミリ単位で走査していく。シグナルが激しいスパークの中で叫んだ。
「音無!」
「何だ!?」
「固定されているのは……ライドワードそのものの機能じゃない!」
「なに……?」
シグナルはサーベルを支点にして跳躍し、鎖の干渉波形を指し示しながら叫んだ。
「奴は――【燃えるだけ】【切るだけ】【流れるだけ】……後ろに付いた『解釈の意味』を固定している!」
「後ろに……付いた意味……!?」
その瞬間、バイトは己の手の中にあるハードスピーカーを凝視した。
【強】という言葉の構造。
【強】は、【燃】や【切】という言葉の元の意味を別の何かへ書き換えたわけではない。ただ、【燃】や【切】の前に「強く」という修飾を付加し、元からある意思を押し広げただけなのだ。
「そうか……!」
バイトの頭の中で、全ての文脈が一つへと繋がった。
バインド・ジャークが巨大な拳を振り上げ、シグナルを叩き落とさんと振り下ろす。
「何がおかしい!! 意味を固定し、役割の中に閉じ込めることこそが正義だ!!」
「お前は言葉を縛り、一つの意味の中に閉じ込める!」
バイトは右手に握り締められたハードスピーカーを、バインドの巨体に向かって力強く掲げた。
「でもこいつは――言葉を変えるんじゃない!」
バイトはポケットから【切】のライドワードを引き抜き、迷いなくハードスピーカーのスロットへ叩き込んだ。
《強く》《切る》
《
《
《
「今ある意味を――もっと強くするんだ!!」
《
バイトの前腕ブレードから解き放たれたのは、空間の文脈そのものを超絶な出力で切り裂く、幾何学的な巨大光刃であった。
光刃がバインド・ジャークの【縛】の核心を捉え、意味を強制固定していた黒紫の鎖の結び目を、一瞬にして完璧に切断・両断した。
世界を縛り付けていた不寛容なエラーログが粉々に砕け散り、ハードスピーカーのクリアパネルに宿る全てのライドワードの輝きが、一斉に鮮やかに復元された。
「あり得ない……!」
【縛】の核心を繋いでいた鎖を両断され、バインド・ジャークは膨張した幾何学装甲を歪ませながら、激痛と困惑の混ざった咆哮を上げた。
「私の……私の絶対的な言霊の領域が……壊されるなど……っ!!」
バインド・ジャークの幾何学的な鉄仮面の中央に刻まれた【縛】の文字が、滅びの予兆のように不気味な赤黒い明滅を始める。怪異は逆上し、その体内に残された全ての過剰フォントエネルギーを暴走させるように両腕を天へと掲げた。
空が割れた。
夜霧を切り裂き、市街地の上空全体を埋め尽くすように、数百、数千という太く凶悪な黒紫の鎖が、まるで巨大な網のように展開される。
「ならば全て縛る! 街も、人間も、言葉も、概念も、この世界の文脈そのものを根底から繋ぎ止め、沈黙させてくれる!!」
空を覆い尽くす絶望の檻。地上が黒紫の陰影に呑み込まれていく。
バイトはバイザーの奥で牙を食いしばり、隣のシグナルへ叫んだ。
「正木!」
「分かっている!」
シグナルはシンタックスドライバーのレバーを即座にスライドし、上空に展開された巨大な鎖の網目の波形データをミリ秒単位で高速走査した。
《
インカム越しに、研究室の響の切羽詰まった声が叩きつけられる。
『訔! 敵の広域過剰フォントの干渉波形を解析したわ! 数千の鎖が出現してるけど、バインド本体へ直接繋がっている核の鎖は――たったの一本だけよ!!』
陸が叫ぶ。
『けど周りの鎖が多すぎる! 直進しようにも、途中に何百本もの壁があって届かねえぞ!!』
「だったら――!!」
バイトは迷いなくホルダーから【吹】のライドワードを引き抜き、ハードスピーカーのスロットへ叩き込んだ。
《強く》《吹く》
《
《
《
「吹っ飛べぇぇぇッ!!」
《
バイトの前腕から解き放たれたのは、大気を破砕し、空間を揺るがすほどの超絶な暴風であった。正面の空間を塞いでいた何百本もの黒紫の鎖が、悲鳴を上げてまとめて破砕・吹き飛ばされていく。
一瞬にして、バインド・ジャークの本体へと続く一直線の「道」が切り拓かれた。
「道ができた! 行け、音無!」
シグナルが叫ぶ。
「あぁ!!」
バイトは素早く【走】のライドワードをセットした。
《強く》《走る》
《
《
《
《
脚部に爆発的な超推進力が充填され、バイトは衝撃波を置き去りにして一直線に踏み出した。視界の景色が流星のように後ろへと流れていく。
しかし――バインド・ジャークもただ指を咥えて見ているわけではない。
「逃がさん!!」
バインドが地表へ手をかざすと、バイトの進行方向のアスファルトを突き破り、何重にも重なり合った不気味な黒い鎖の多重防壁が立ち塞がった。物理的な衝撃では突破不可能な、概念の壁。
正面衝突すれば一瞬で減速し、再び囚われる。
だが、バイトの瞳に迷いはなかった。
「まだだっ!!」
バイトは勢いを殺さぬまま、ハードスピーカーのライドワードを瞬時に【流】のライドワードへと差し替えた。
《強く》《流れる》
《
《
《
《
バイトの運動軌道が劇的に変化した。直線的な突進から、滑らかで抵抗の存在しない超絶な水流の軌道へ。
正面から突き破るのではない。鎖の防壁の僅かな隙間、隙間の文脈を滑るようにすり抜け、一切の摩擦を起こさずに壁の向こう側へとすり抜けていく。
「なに……!? 物理法則を無視した旋回だと……!?」
バインド・ジャークの複眼が狼狽に大きく揺れる。
すり抜けたバイトの眼前に、バインドの巨体が迫る。
「止まれぇぇぇぇぇッ!!」
バインドは最後の抵抗として、胸部を守るために残された最も太く強固な【縛】の核心の鎖を蛇のように鎌首持ち上げさせ、バイトの喉元へと突き出した。
バイトは冷静に【切】のライドワードを引き抜いた。
《強く》《切る》
《
《
《
《
一閃。
前腕の閃光刃が黄金の軌跡を描き、バイトの喉元へ迫っていた最後の核心の鎖を一刀両断に切断した。
バインドの胸部装甲が剥がれ落ち、内部で赤黒く明滅する核心の一文字――【縛】が、無防備に夜空の下へと露出する。
「しまっ……!?」
勝負はついた。このまま【切】の強力な一撃を叩き込めば、バインド・ジャークを粉砕できる。
だが――バイトはそこで【切】のライドワードをスロットから外した。
「……何?」
シグナルが思わず声を漏らす。
バイトが手にしたのは、攻撃用の属性カードではない。彼が戦いの最初に手にし、仮面ライダーバイトという存在の原点である、不屈の牙――
【咬】
バイトは微笑むようにそのライドワードを凝視すると、躊躇なくハードスピーカーのスロットへ叩き込んだ。
ガシャン!
《強く》《咬む》
《
《
《
それは、かつてバイトを自分自身で縛り上げ、崩壊させかけたハードバイトの姿。
しかし――今の姿は、あの苦痛に満ちた絶望の重装甲ではない。
通常バイトの洗練された生体装甲の上に、顎を模したパーツ群が強固に、そしてしなやかに展開・噛み合い、胸部の白銀の顎アーマーが正当な光を放ち、額の【強】の文字が不屈の意志となって眩しく輝いていた。
ハードバイト本来の、真の完成形。
バインド・ジャークは剥き出しになった【縛】の核心を押さえながら、絶望的な叫びを上げた。
「何故だ……!? 何故お前は縛られない!? 何故その『強さ』の言葉に呑み込まれないのだ!!」
ハードバイトは静かに右足を下げ、必殺の構えをとった。バイザーの奥の紫光が、静かに怪異を見つめる。
「言葉は……誰かに決められた通りに使わなきゃいけないもんじゃない」
「何……!?」
「燃やしたい時は燃やす」
胸の炎が強く芽吹く。
「切りたい時は切る」
腕の刃が冴え渡る。
「流したい時は流す」
全身のしなやかさが満ちる。
「吹き飛ばしたい時は吹き飛ばす」
大気が振動する。
「走りたい時は走る」
脚に力が宿る。
そして――バイトは拳を固く握り締め、心からの本心を言葉に乗せた。
「強くしたい言葉は――俺が選ぶ!!」
ハードスピーカーとバイトドライバーが共鳴し、ハードバイトは連続でバイトドライバーのフロントレバーを二度、素早く押し引きした。
《強く》《強く》
《強く咬む》
過絶な重低音の必殺シークエンスが起動する。
右脚のハードアーマーへ、紫・白・金色のフォントエネルギーが密縮されながら集束していく。エネルギーは幾重にも重なり合い、巨大で強固な何重もの牙の概念を形成していった。
戦場全体に天地を揺るがすフィニッシュ音声が響き渡る。
「
《
バイトは空中へと高く跳躍し、バインド・ジャークの露出した【縛】の核心へ向けて、渾身のセッションエンドを放ちながら下降した。
「言葉は……言葉は縛らなければ……いつか必ず不寛容を生み、世界を破壊する……ッ!!」
死に瀕したバインド・ジャークが、呪縛の妄執を叫ぶ。
その叫びに対し、バイトは直撃の刹那、まっすぐに言い放った。
「その口を閉じろォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」
劇烈な衝撃波と黄金の文字粒子が爆発的に拡散した。
バイトの右脚に纏われた巨大な「光の顎」が、バインド・ジャークの胸部に刻まれた【縛】の過剰文字を、文字通り真っ二つに噛み砕き、粉砕した!
「ガあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!?」
バインド・ジャークの過絶な悲鳴が夜空に木霊し、巨大な幾何学装甲が内側から崩壊。激しい爆炎とともに、不寛容な言霊の刺客は跡形もなく爆散した。
街を覆っていた黒紫の鎖が、朝日のような光の粒子となって一斉に消滅していく。拘束されていた人々が解放され、街に平和な呼吸が戻っていった。
着地したバイトは、静かに変身を解除した。
煙が立ち込めるアスファルトの上。
バインド・ジャークが爆散した跡地に、一つの小さな漆黒のライドワードが静かに落ちていた。
過絶なる悪意を失い、本来の正常な音響文字へと戻ったライドワード――【縛】
訔は歩み寄り、そのライドワードを静かに拾い上げた。
通信インカム越しに、研究室の響が恐る恐る尋ねてくる。
『……訔? 今度は……その【縛】のライドワードも使うの?』
「使うさ」
訔は迷いなく答えた。
『人を縛り、苦しめる言葉なのに……?』
「だからだろ」
訔は手の中の【縛】の文字を見つめ、静かに言葉を重ねた。
「縛ることが……全部悪いわけじゃない。約束で人と人を結び止めることだってある。自分で決めたルールを守るために、自分を縛ることだってある」
言葉そのものに罪はない。使う人間の意志こそが、その意味を決めるのだ。
その言葉を聞き、シグナルの変身を解除した律が、アイアンブルーのコートの襟を整えながら歩み寄ってきた。
「……ようやく理解したか」
「何がだ」
訔が振り返る。律は冷徹だが、どこか呆れたような顔で言った。
「言葉そのものに善悪はない。どのような文脈で置かれるかだ」
「……お前に言われたくはない」
「事実を指摘しているだけだ。何故怒る」
インカムの向こうで、響と陸の楽しそうな笑い声が弾けた。過酷な戦いを乗り越えた二人の間には、不器用ながらも確かな絆が芽生えていた。
*
その夜。深夜の帝都大学・考古学研究室。
皆が帰り静まり返った室内で、言導宗一は一人、メインモニターに記録された昼間の戦闘ログを凝視していた。
画面に並ぶ、ハードスピーカーによって拡張された言語の接続シークエンス。
=====
HARD + BYTE = HARD BYTE
HARD + FLARE = HARD FLARE
HARD + SPADA = HARD SPADA
HARD + VACUUM = HARD VACUUM
HARD + DASH = HARD DASH
=====
宗一は煙管の煙を深く吐き出し、皺の刻まれた顔を歪めた。
「……副詞化」
宗一はデスクの上に広げられた、羊皮紙の古代文献へと視線を落とした。
そこには――古代の仮面ライダーバイトが、複数の音響文字を組み合わせて戦っている様子を描いた、風化しかけた壁画の写本が存在していた。
宗一の指先が、解読された古代文字の羅列をなぞる。
「まさか……ライドワードは……一文字だけで完結するシステムではない……?」
宗一は静かに羊皮紙のページをめくった。
【強】+【咬】の記述。
しかし、その先に残された壁画の記述は、宗一の想像を遥かに超える過絶な様相を呈していた。
文字が二つではない。
三つ。
四つ。
無数のライドワードが、鎖のようにどこまでも複雑に接続され、巨大な文脈を形成している図形。
そして――羊皮紙の最深部に描かれた、最後の古代壁画。
そこには、天を覆うほどの巨大な「顎」が描かれていた。
その巨大な顎は、世界に存在するあらゆる文字、あらゆる言語、あらゆる概念を、抵抗を許さずに丸ごと呑み込み、咀嚼し、一つの肉体へと取り込んでいた。
その巨大な顎の中心に刻まれた、漆黒の一文字。
【喰】
宗一の手に持っていた煙管が、震えて小さく揺れた。
「……訔」
宗一の掠れた声が、暗い研究室に静かに落ちる。
「君がやっているのは……本当に……『強化』だけなのか……?」
言葉を繋ぎ、意味を重ね、過絶な概念へと拡張していくプロセス。それは見方を変えれば――新たな文字を自らの内に「取り込み、喰らっている」ことに他ならないのではないか。
暗澹たる異空間の奥深く。
黒い革ジャケットを羽織った絶対の暴君――ライオット・ジャークが、高台の玉座から眼下の闇を見下ろしていた。
「……気づいたようだな」
ライオットの手には、古代の黒い石板が握られていた。
そこには、深々と刻まれた禍々しい一文字――【喰】
ライオットは石板の表面を愛おしそうに撫でながら、暗闇に向かって悦に入った声で語りかけた。
「【強】など……始まりに過ぎん」
ライオットの複眼が、狂気と歓喜の紫光を放つ。
「言葉と言葉を繋ぎ――意味を重ね――より巨大な言葉…概念へと変えていく」
石板が過絶なフォント粒子を放ち、一瞬だけ異空間の闇の中に、古代の異形のバイトのシルエットを浮かび上がらせた。
山のごとき巨大な顎。その体内に渦巻く、何千、何万という言葉の残骸。
ライオットは凶悪な笑みを深め、絶望の言葉を言い放った。
「喰え、バイトドライバー」
「もっと言葉を喰い……その果てに、すべてを一つの絶望へと変えてみせろ」