翌朝。
カーテンの隙間から差し込む朝光は冷たく、帝都大学・言語考古学研究室の重苦しい空気をいっそう際立たせていた。
中央の作業台の上には、昨夜宗一が取り出したあの古びた文献が広げられたままだ。黒ずんだ革装丁の開かれたページには、見る者の視線を不安に揺さぶる四つの異形文字が並んでいる。
【暴】
【偽】
【黙】
【縛】
そしてその下部、掠れた音響古代文字で刻まれた明瞭な一言。
『
訔は、椅子にも座らず、ただ無言でその記述を見つめ続けていた。彼の影が落ちる羊皮紙の上で、黒い文字がまるで生体反応を示すかのように不気味な静寂を保っている。
響が端末のホログラムモニターを指で打ち払い、複雑に絡み合った3D波形グラフィックを空間に投影した。昨日、ファルス・ジャークから取得したわずかなデータと、過去の【暴】のデータを照合した比較図だ。
「通常のライドワードとは、根本的に波形構造そのものが違うわ」
響の声は硬く、かすかな戦慄を含んでいた。
「人間の感情や歪んだ意志を取り込んで暴走した感染体じゃない。ジャークが人間に取り憑いたんでもないわ。彼らは最初から、意思を持ち、自律して思考する“言葉”そのものとして存在してる」
腕を組み、壁に背をあずけていた陸が顔を上げる。その表情には隠しきれない苛立ちと困惑が滲んでいた。
「なにか? あのファルスとかいう女も、昨日の【暴】の野郎も……俺たち人間が文明を作る何千年も前から生きてるってことかよ?」
「生きている、という表現が正しいかも分からないけれど。概念として淘汰されず、歴史の影で存在し続けてきたのは確かね」
響の回答に、陸は深く吐息をついて頭を掻きむしった。
「冗談じゃねえぞ……そんな化け物ども相手に、俺たちは言葉の意味だの真実だので戦ってたのか」
静かな議論が交わされる中、宗一だけは作業台の端で沈黙を守っていた。古びたメガネの奥の瞳は焦点が合わず、手元の温まりきったコーヒーカップを見つめたまま微動だにしない。
訔は、その異常なほどの沈黙にふと目を向けた。
「教授」
静かだが、研ぎ澄まされた刃のような声が室内を射抜く。
「……この文献、いつ見つけたんですか」
宗一の指先が、わずかにピクリと跳ねた。
彼はゆっくりと視線を上げ、訔と目を合わせようとはせず、ただ広げられた文献の余白へ視線を落とした。
「……随分前だ」
「随分前?」
訔が一歩、前へ踏み出す。
「どれくらい前です」
宗一は一度深く息を吸い込み、噛み締めるように言った。
「……お前たちが、あの遺跡を発掘するより……前だ」
室内を支配していた微かな機械音すら、一瞬で途絶えたかのような錯覚。
空気が、目に見えるほどの速さで凍りついていく。
響が操作していた端末から手が離れ、目を見開いた。
「待ってください教授」
響の声が引きつる。
「それって……原典呪言の存在を……あの発掘事故の『前』から知っていたということですか?」
「……可能性として、だ」
宗一は絞り出すように答えた。
「古代文献の解読は常に曖昧さを伴う。当時、この四文字が意味するものが実在の脅威なのか、単なる神話上の隠喩なのか……私にも確信が持てなかった」
訔の表情から、一切の感情が消え去った。
彼の目が、冷たく宗一を捉える。
「なら……どうして俺たちに教えなかったんです」
「言ったはずだ。確証がなかったと」
宗一は諭すように声のトーンを整えようとした。
「確証もない断片的な記述だけで発掘調査を中止させれば、研究者として――」
「確証?」
訔の声が低く落ちた。地の底から響くような、重苦しい響き。
「……俺たちは、仲間を失ったんですよ」
その言葉は、研ぎ澄まされた楔となって研究室の真ん中に打ち込まれた。
あの日。
帝都大学の言語考古学チームが未確認遺跡で直面した壊滅事故。言葉の暴走、崩落する石柱、悲鳴、そして消えていった仲間の命。訔が古代言語を読み間違えたことが原因だとされ、彼は今日までその罪の記憶を血を吐く思いで背負い続けてきたのだ。
宗一は、唇を強く結んだまま何も答えられなかった。
反論のための言葉を探そうとする彼の口元が、虚しく微かに震えるだけだった。
静寂の中、訔の脳裏に、昨夜ファルス・ジャークが耳元で囁いたあの冷ややかな嘲笑が鮮明に蘇る。
『本当に……あなたの「誤読」だったのかしら?』
『あの日、あの場所で歪められたのは言葉かしら? それとも、あなたの認知の方かしらね?』
(……俺の誤読じゃなかった……?)
(教授は……最初から何が起きるかを知っていて、俺たちをあの遺跡へ……?)
胸の奥から湧き上がる不気味な疑惑と、足元から崩れ去っていくような喪失感。今まで自分を支えていた「言語考古学研究室」という場所の前提が、音を立てて軋んでいく。
訔はゆっくりと手を伸ばし、作業台の上の文献をパタンと閉じた。
「……少し、外します」
「訔――」
響が引き止めようと手を伸ばしかける。
だが訔は一度も振り返ることなく、足早に研究室の重い扉を開け、そのまま出て行った。
カツン、カツンと廊下に響く足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
残された研究室の中で、陸がぽつりと呟いた。
「……まずいな」
「ええ……」
響の表情は陰り、抱え込んだ端末を強く胸に押し当てた。
言葉の力を信じ、言葉によって繋がっていたはずの者たちの間に。修復不能なほど深く、冷たい“信頼の亀裂”が、確かに走り始めていた。
*
都内の片隅、薄暗い路地の奥に佇む小さな町工場――
長年、職人たちの威勢の良い声と油の匂い、そして金属を削る鈍い音が響いていたその場所は今、冷え切った静寂と諦念に包まれていた。
工場内では、数少ない社員たちが黙々と機械にカバーを掛け、工具箱を片付けている。倒産、そして廃業。長引く経営難と主要取引先の相次ぐ離脱が、この伝統ある町工場の命運を完全に断ち切っていた。
その工場の事務所前で、激しい怒号が飛んだ。
「お前が顧客データを競合に流したんだろ! 隠すな直人!」
声を荒らげているのは、亡き父の跡を継ぎ、若くして社長となった
「違う! 何回言えば分かるんだよ兄ちゃん!」
「じゃあなんで契約先が全部向こうへ移った!? うちの技術力と価格設定、納期のスケジュールまで完全に把握されてなきゃ、あんなピンポイントで横取りなんてできるわけないだろ!」
「俺じゃない! 俺がそんなことするわけないだろ!!」
直人の叫びに対し、悠真はポケットからくしゃくしゃになった一枚のプリントアウト用紙を取り出し、叩きつけるように直人の胸元へ突きつけた。
「じゃあこれは何なんだよ!」
用紙に印刷されていたのは、社内システムのアクセスログとメール送信履歴だった。直人の個人のシステムアカウントから、競合企業である大手金属加工会社へ向けて、水城精機の全顧客リストと機密見積書が送信された明確な記録。
「アカウントも、IPアドレスも、タイムスタンプもお前の使用時間と完全に一致してる! 証拠は全部揃ってるんだよ!」
「そんなの……何かの間違いだ! 俺はアカウントのパスワードだって誰にも教えてないし、そんなメール送信した覚えもない!」
「もういい……もういいよ直人」
悠真の声から激昂が抜け、代わりに底なしの虚無と悲痛が滲み出た。彼は力なく視線を落とし、掠れた声で呟く。
「親父が死んでから二人でこの工場を守ろうって、二人で踏ん張っていこうって言ったよな」
「兄ちゃん……」
「……俺は、お前を信じてた」
過去形にされた言葉。それが何を意味するのかを悟り、直人の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「だったら今も信じろよ! 証拠がどうとかログがどうとかじゃなくて、俺の目を見て言えよ! 俺が兄ちゃんを裏切るようなヤツに見えるのかよ!?」
「証拠があるだろ!!」
悠真が怒りを爆発させ、足元の工具箱を蹴り飛ばした。金属音が虚しく工場内に響き渡る。
「客観的な事実があるんだ! 感情論で誤魔化せるレベルじゃない! お前の言っていることと、現実のデータが食い違ってるんだよ!」
「……ッ!」
直人は悔しさに唇を噛み締め、拳を強く握りしめた。これ以上、何を言っても兄の心には届かない。積み重ねてきた兄弟の時間が、冷たい一枚の紙切れによって全否定された瞬間だった。
「じゃあ何言ったって無駄じゃねえか!!」
直人は叫びながら翻車し、工場の敷地から飛び出していった。
夕闇が迫る路地へと走り去っていく弟の背中を、悠真は追おうともせず、ただ立ち尽くして見送った。
静まり返った工場前。
社員たちも片付けを終え、一人また一人と気まずそうに頭を下げて去っていった。
残されたのは、傾きかけた西日に照らされる悠真一人だけだった。
「信じる、か……」
悠真は地面に落ちたログ用紙を踏みつけ、乾いた笑いを漏らした。
「そんなもん……何の役に立つんだよ。信じたって裏切られる。信じた分だけ、馬鹿を見るだけだ……」
胸の奥が冷たく冷えていく。誰も信じられない。弟すら、真実すら、己が歩んできた時間すら。
その時だった。
耳の奥を直接刺すような、不快な高周波の金属音が響いた。
――――キィィィィン
「……ぐっ!?」
悠真が耳を押さえてうずくまる。
彼の目の前、何もない空間の歪みから、ドロリとした黒紫色の光が溢れ出した。光の塊は徐々に形を成し、一つのライドワードとして空中に結像する。
そこに着刻されていたのは、あまりにも皮肉な一文字。
【信】
だが、その文字は禍々しく歪み、黒いノイズの触手を周囲へ撒き散らしていた。
「……信……じる……?」
悠真が虚ろな目で見つめる。
黒紫のライドワード【信】は、吸い寄せられるように悠真の顔面――その口元へと飛びついた。
《信じろ》
頭の中に、おどろおどろしい歪んだ音声が直接打ち込まれる。
「がっ……あ、あぁぁぁぁっ!!」
悠真の口から、目から、全身の毛穴から、紫黒の文字――フォントの群れが噴出する。『信』の文字列が旋風となって彼の肉体を呑み込んでいく。
皮膚が変質し、金属的な装甲へと変わる。
顔面の中央には、あらゆる「嘘」と「疑い」を監視し、強制的に他者の意思を暴くための巨大な一眼状の眼球センサーが形成された。胸部と両肩には、決して他者を拒絶し、己の閉じられた歪んだ『信念』を解錠させないための無数の黒い南京錠が蠢くように取り付いている。
人間としての水城悠真は消え去り、そこには歪んだ言葉の怪物が生み出されていた。
クレド・ジャーク
怪人は巨大な一眼を怪しく発光させ、掠れた金属音の交じる声で咆哮した。
「信じろ……! 俺を信じろ……!!」
胸の南京錠が重々しく噛み合い、強烈な衝撃波が周囲のガラスを粉々に砕く。
「俺が正しい! 誰も信用できない……だから、俺だけを……『俺だけを信じろぉぉぉっ!!』」
歪んだ信条を撒き散らす怪人が、街へと踏み出した。
*
同じ頃。帝都大学・言語考古学研究室。
重苦しい沈黙が続いていた室内に、突如として甲高い警報音が鳴り響いた。
響が素早くメインモニターに飛びつき、キーボードを叩く。画面に描かれた周波数マップの一部が、毒々しい紫黒色に跳ね上がっていた。
陸が壁から身を起こし、画面を覗き込む。
「ジャーク反応だ! どこだ音羽センセー!?」
「場所は南地区! 工場街の一角よ! 波形パターン……昨日までのジャークとは違う、原典由来の歪みが混ざってる!」
「ちっ、よりによってこんな時に……!」
一方、宗一はデスクの通信端末に手を伸ばし、訔のプライベート端末へコールを試みた。画面には『呼出中』の文字が点滅するが、一向に接続される気配はない。
「出ない……」
宗一が苦渋の表情を浮かべる。先ほど研究室を飛び出していった訔は、意図的に連絡を拒絶しているようだった。
「私から掛けてみるわ」
響が専用の緊急回線へ切り替え、訔の通信機へとアクセスする。
コール音が十数回室内を満たし、誰もが諦めかけたその時――カチリと接続音が響いた。
『……何だ』
スピーカーから聞こえてきたのは、冷たく、感情を極限まで押し殺した訔の声だった。背景には、強い風の音が混ざっている。
「訔! ジャークよ!」
響はすがるような声で叫んだ。
「城南地区の工場街に現れたわ! 波形から見て、放置すれば被害が広がる! あなた今どこに――」
『向かう』
「え……?」
短くそれだけを言い捨てると、こちらの返答を待たずに通信は一方的に切断された。ツートーンという無機質な切断音が研究室に虚しく響く。
「訔……」
響は受話器を握りしめたまま、言葉を失った。
いつもの訔なら仲間としての連携を意識した言葉があったはずだった。今の「向かう」という一言には、ただ怪人を倒すという作業的な冷徹さしか含まれていなかった。
陸は苦々しげに息を吐き、近くにあったテーブルを叩いた。
「……突っ走る気かよ、あいつ。一人で抱え込んで戦えるような相手じゃねえってのに」
「陸、あなたも追って! 私も後方サポートのバックアップ体制を急いで整えるわ!」
「おう!」
陸が足早に研究室を飛び出していく。
一人残された宗一は、作業台の上に置かれた原典呪言の文献と、誰もいなくなった入り口の扉を交互に見つめた。
メガネを外し、深く刻まれた眉間のシワを押さえる。
「私の…過ちなのか…」
かつて「真実」を秘匿したことが、今や若者たちの信頼を切り裂き、戦場へ向かう足取りすら孤立させている。
宗一は苦しそうに深く目を伏せ、ただ研究室の静寂の中に沈んでいくのだった。
*
黒煙と悲鳴が激しく立ち上る城南地区の工場街。
静まり返った鉄くずの山を踏み越え、訔が現場へ到着した。
その視線の先で、巨大な一眼の頭部と全身の南京錠を揺らめかせた怪人――クレド・ジャークが暴れ回っていた。だが、その暴虐は単なる物理的な破壊にとどまらない。異様な光景が、路地全体を覆い尽くしていた。
『信じろ……! 俺の言葉を信じろぉぉぉっ!!』
クレドが叫び、額の巨大な眼球センサーから怪しい紫黒色の波動が円環状に放たれる。
波形を浴びた周囲の避難遅れの人々、そして駆けつけた警察官たちが、一瞬にして虚ろな目へと変わっていく。
「そうだ……この人の言うことは正しい!」
「間違っていない……! 俺たちはこの人を信じるべきだ!」
「警察官! 銃を下ろせ! この怪人さんは悪くないんだ!!」
警察官たちが躊躇なく拳銃を下ろし、自ら武器を地面へ投げ捨てていく。人々は互いに頷き合い、クレドを崇めるように群がり、その足元へ跪いていく。思考の放棄。疑念の欠如。怪人の発する言葉によって、脳の認識回路が力任せに塗り替えられていた。
『信じろ! 疑うな! 俺の言葉だけを聞けぇぇぇっ!!』
狂乱する群衆を前に、訔は冷ややかな目を向けた。
「これは……信頼じゃない」
拳を固く握りしめる。
「ただの服従だ」
訔は腰にバイトドライバーを装着し、ポケットからライドワードを取り出した。ドライバーの装填口へ深く突きたてる。
《咬む》
重厚な駆動音とともに、紫の音響波形が訔の全身を包み込む。
「変身」
《
《
「ハァッ!」
バイトは踏み込みと同時に地を蹴り、クレドの胸元へと突進した。鋭い前蹴りがクレドの装甲を捉え、重厚な金属音が響き渡る。
「グオッ!? 邪魔をするな!!」
クレドが腕を振るい、反撃の打撃を放つ。バイトは間一髪でそれを滑り込むように回避し、ゼロ距離から拳を叩き込んだ。
しかし、クレドの強みは単純な格闘能力ではない。
この怪人の持つ原典由来の能力――それは『絶対信用』。
発した言葉を聞いた者の脳内にダイレクトに干渉し、どんな荒唐無稽な内容であっても「これは紛れもない真実だ」と強制的に思い込ませる絶対的な言語汚染。
クレドの額の一眼が毒々しく発光する。
『俺はお前の仲間だ!』
不可視の波動がバイトのヘルメットを透過し、訔の聴覚と脳神経へ直接届く。
「……ッ!?」
バイトの振り下ろされかけた拳が、激突の数センチ手前でピタリと止まった。
(何だ……!? 敵だ……目の前にいるのは倒すべきジャークだ……!)
頭では完璧に敵だと理解している。だが、思考の奥底から理不尽な感情が逆流してくる。「この男は味方だ」「傷つけてはならない」「言っていることは全て正しい」――脳が、神経が、強制的に『信用』を命じてくるのだ。
身体が痺れたように動かない。
『そうだ……良い子だ! そのドライバーを外せ! 変身を解除しろ!!』
「ぐっ……あ……っ!」
バイトの右手が、自分の意思に反して勝手にバイトドライバーのレバーへと伸びていく。自分で自分の変身を解除しようとする凶行。バイトは左手で自身の右腕を強引に掴み、必死に抵抗した。
(動け……! 俺の体だ……動け!!)
『訔! 聞いちゃダメ!』
耳元の通信機から、響の悲鳴のような警告が飛ぶ。
『あいつの音声には、相手の認識そのものを書き換えるフォント波形が乗ってる! 言葉の意味を脳が理解した瞬間、強制的に信条が上書きされるのよ!』
「……だったら!」
バイトは歯を食いしばり、外部の音を完全に断ち切る。そして、全神経を己のインナー音響だけに集中させる。
『疑うのか!? 俺を疑うのかぁぁぁっ!』
言葉が届かなくなったことに苛立ったクレドは、巨大な金属の拳を振るい、無防備になったバイトの胸腔を激しく殴りつけた。
「ガハッ……!」
バイトの巨体が吹き飛ばされ、道路沿いの店舗のシャッターを打ち破って瓦礫の中に激突した。
瓦礫を押し退け、バイトが膝をついて立ち上がろうとしたその時。
「兄貴ーーッ!!」
悲痛な叫び声が工場街に響き渡った。
路地の向こうから走り込んで来たのは、先ほど水城精機を飛び出していった弟・直人だった。
暴れる怪人の姿を目にし、直人は足を止めて絶句する。
「やっぱり……やっぱり兄貴なのか……!?」
クレドの動きがピタリと止まった。巨大な一眼が、ゆっくりと直人の姿を捉える。
「お前が……お前が俺を裏切ったんだ……!」
「違う! 俺じゃないって言ってるだろ!言っただろ兄ちゃん!」
「証拠がある! ログが残っている! お前のアカウントからデータが送られたんだ! 現実のデータが……お前が犯人だと証明しているんだよ!!」
クレドの叫びに合わせ、全身の南京錠がガチャガチャと激しく鳴り響く。
「だから違うって言ってんだろ!!」
直人はボロボロと涙をこぼしながら、叫び返した。
「俺のパスワード……誰かに盗まれたんだ! 先週、変な不審メールのリンクを開いちゃって……絶対その時に盗まれたんだよ! 俺はそんな顧客リストのメールなんて送ってない! 兄ちゃんを裏切るわけないだろ!!」
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!」
クレドの咆哮とともに、黒紫色のオーラが爆発的に膨れ上がっていく。その圧倒的な圧力に、立ち上がったバイトすら一歩後退りを余儀なくされた。
(なんなんだ……このエネルギーの跳ね上がり方は……!?)
バイトは遮断されたノイズの奥で、クレドの周波数波形を注視した。
怪人の波動は、単なる攻撃衝動や悪意によって強くなっているのではない。
信じたい。たった一人の弟を、心の底から信じたい。けれど、目の前にある「証拠」という現実がそれを許さない。信じたいのに、信じられない。裏切られたと思い込むことでしか、壊れそうな自分を保てないという凄絶な絶望と葛藤。
その膨大な「心の引き裂かれ」こそが、原典の力と惹かれ合い、クレド・ジャークという怪人の出力を異常なまでに跳ね上げていたのだ。
『信じられない……誰も……誰も信じられない!! だからお前も……俺と同じ言葉を喋れぇぇぇっ!!』
クレドは直人に向けて腕を突き出し、絶対信用の波動を放とうと狙いを定めた。
「させるか!」
バイトは激痛を押し殺し、二人の間に割って入るべく跳躍した。