自分のクリーチャーがアタックした時、かわりにそのクリーチャ
ーをアンタップしてアタックを中止してもよい。そうした場合、手札またはマナゾーンから、この能力を持つクリーチャーを指定コストを払って召喚する。
キリフダッシュ強化版
その日の空は、朝から様子がおかしかった。
カードの雨――時空の歪みから生まれるエネルギーが、指向性を持ってカードの形をとり、天から降り注ぐ現象だ。普段は数枚、多くてもひとひら程度で終わるそれが、今日に限って勢いを増し続けていた。窓の外では、無数のカードが横殴りの雨のように吹きつけている。
下校時刻になっても止む気配がなく、生徒たちは校舎に足止めを食らっていた。天我も渡り廊下の窓際で、ぼんやりと降り続くカードを眺めていた。
「――そこの拙者、待つでござる」
背後から、聞き覚えのない声がかかった。振り向くと、剣道の防具袋を背負った少女が、腕を組んでこちらを睨みつけている。制服の胸元には、天我より一つ下の学年章。
「拙者、東堂灯。単刀直入に聞くでござるが、そなた、変な臭いがするでござるよ」
「……臭い?」
「腐った未練の臭いでござる。婚約者気取りの、うっとうしい女の気配」
灯の顔が、露骨に歪んだ。心底気持ち悪いものを見るような目だった。天我は少し驚いた。アテネのことを、直接会ったこともないはずの相手に、そこまではっきりと言い当てられるとは思っていなかった。
「――拙者、ああいう手合いが心底嫌いでござる。相棒に依存して、自分の意思まで相棒任せにする輩がな」
「それは、俺への文句か?」
「そなたじゃない、そなたに巣食ってる残り香への文句でござる。……いや、待てよ、実際そなたにも多少責任あるでござるな。捨てるならもっと綺麗に捨てるでござるよ」
言うだけ言うと、灯はデッキケースを取り出し、天我の目の前に叩きつけるように置いた。
「勝負でござる。拙者、退屈しのぎに丁度いい相手を探していたところでござるゆえ」
「……別に、断る理由もない」
天我は静かに頷いた。渡り廊下の隅、降りしきるカードの雨を横目に、即席の対戦が始まった。
灯のデッキは赤緑。序盤から《雉の一撃》で盤面を荒らしにかかる速さと、《忠犬の一撃》でマナを伸ばす堅実さを併せ持つ、隙のない構成だった。
「行くでござるよ」
灯は先攻を取ると、マナを1枚チャージし、《身軽な猿》を展開した。助太刀持ちの1枚だが、今はまだ普通に召喚しただけだ。パワー1500、山札の上を覗いて低コストのクリーチャーを拾う堅実な一手。
天我の番。マナを1枚置き、《番人の壁》で守りを固める。
「甘いでござるな」
灯は2ターン目、《雉の一撃》をマナ2枚で展開。スピードアタッカーでそのまま突貫し、パワー2000以下のクリーチャーを破壊する効果で壁役を吹き飛ばした。がら空きになった天我のシールドが、そのまま1枚割れる。
「ここからが本番でござるよ」
3ターン目、灯は《忠犬の一撃》でマナを伸ばし、盤面を耕していく。天我はマナを3枚に伸ばしつつ、《静かなる誓い》で灯の全クリーチャーを一時的に封じた。
「またその手か、卑怯な……!」
「ゲームの一部だ」
封じが解けた頃には、互いのマナは5枚を超えていた。灯はここで動く。
「行くでござるよ。因果の収束、桃太郎!」
盤面にいた雉の一撃がアタックを宣言した、その瞬間――灯はアタックを中止し、代わりにそのクリーチャーをアンタップした。助太刀。手札から赤緑6コストを支払い、そのままバトルゾーンに、あの巨躯が降り立つ。
「――ちと、記憶が曖昧でござるが。拙者、桃から生まれたと聞いておる」
舌足らずな口調で、桃太郎自身がそう呟いた。パワー12000、トリプル・ブレイカー、選ばれない。天我のシールドはあと3枚――このままアタックを許せば、一気に半分近くまで持っていかれる。
「アタックでござる」
だが天我はここで動いた。
「……インスタント」
手札から一枚、相手のターン中にも使える呪文を切る。アタックしているクリーチャー――桃太郎そのものではなく、援護についていた別の小型クリーチャーを狙い撃ちにし、盤面を一枚薄くする。桃太郎自身は「選ばれない」ため直接は止められない。トリプル・ブレイカーがそのまま天我のシールドを3枚まとめて刈り取った。
残りシールド、0。
「これで詰みでござるよ」
「……まだだ」
シールドが尽きても、即座に敗北するわけではない。次の一撃を受けなければ、まだ続けられる。天我はマナを5枚に伸ばし、ついにあのカードを場に出した。
「……出す」
「求める機械、NIL」
灯の顔が露骨に引きつった。
「そのテキスト量、規約違反でござろう……」
NILは何もせず、ただそこに立つ。構成カードはまだ0。だが、盤面が動くたびに――桃太郎の助太刀で退けられた雉の一撃が離れた時も、天我の壁役が破壊された時も――NILの下には静かにカードが積まれていく。
消耗戦がさらに続いた。灯は《団子の増援》で助太刀持ちを次々とマナに埋め、二体目、三体目の展開を狙う。天我はその都度、構成カードを稼ぎながら耐え続けた。
構成カードが、8枚。9枚――。
「あと少しでござるな、拙者が押し切るのが先か、そちらが育つのが先か」
灯が最後の勝負手を仕掛けようとした、まさにその時。
「……10」
NILの下に、10枚目の構成カードが積まれた。
「ワールドブレイカー、アタック」
「《終末の日》を使う]
《終末の日》を使われた灯に、防御する手立てはなかった。直撃が突き刺さり、勝負が決まった。
「……負けたでござる」
灯は肩を落とし、しばらく黙り込んでいた。それから、ぽつりと言う。
「認めるでござる。強い……いや、正確には、そなたの相棒が強い、でござるが」
「NILが、か」
「そうでござる。あの残り香の女より、よほどマシな相棒だと思うでござるよ」
褒めているのか貶しているのか分からない口調だった。だが灯は続けて、防具袋の中からもう一枚、別の紙を取り出す。
「拙者、これでも一応、全国高校エピタフ大会の地区推薦枠を持っているでござる。今の一戦、拙者の目に狂いがなければ、そなたも出場する資格があるでござるよ」
「……全国大会?」
「そうでござる。……べ、別に、そなたを誘いたいわけではないでござるからな。ただ、拙者が負けたまま黙っているのも癪というだけで」
差し出された紙には、大会の要項が印刷されていた。天我はしばらくそれを見つめ、ポケットの中のNILの気配を確かめる。
――行くのか?
NILの声が、静かに問いかけてくる。天我はまだ、はっきりとは答えなかった。
窓の外では、カードの雨が、まだ勢いを緩めずに降り続いていた。