地区予選のリーグ戦は、思いのほかあっさりと進んだ。
1戦目、速攻気味のデッキを《静かなる誓い》で足止めしている間にNILを育て切って圧殺。
2戦目、コントロール同士の長期戦になったが、相手が息切れした隙にNILがワールドブレイカーで押し切った。
3戦目は、駆と似た速攻ビートに序盤削られたが、《番人の壁》と除去で耐え、これも最終的にNILの連続アタックで沈めた。
4戦目は、相手が早々に投了に近い形で折れた。天我の淡々とした対応に、心を折られたらしい。
4連勝。最終戦を残して、既に本戦出場はほぼ確定していた。
その最終戦の対戦相手が、妙な男だった。
「よぉ坊主、俺は鴉間、鴉間ヅラってんだ。よろしくな」
制服のボタンを開けきり、髪を派手に染め上げた男が、片手を軽く挙げてみせる。同じ高校生とは思えないほど堂に入った不良の出で立ちだが、デッキケースだけは妙に几帳面に整理されていた。
天我は反射的に、彼の心を読む。
――マジで勝ちてぇんだよなあ。これ勝ちゃ『境界喰らい』の兄貴らにも一目置かれるし。噛ませでもいいから目立たねぇと。
組織、という単語が引っかかった。
「……お前、何者だ」
「へへ、鋭いな坊主。まあいいだろ、教えてやるよ。俺は『境界喰らい』って組織の下っ端でな」
悪びれもせず、あっさりと明かしてくる。天我はさらに心を読もうとしたが、そこから先――組織の目的そのものについては、驚くほど何も知らないようだった。ヅラ自身、末端の使い走りに過ぎないらしい。
「対戦よろしくな坊主。手加減はしねぇぞ」
試合が始まる。ヅラのデッキは赤青黒。
序盤、ヅラはやたらとマナを伸ばすことに執着していた。手札から重そうなカードを次々とマナゾーンに置いていく。コストの軽いカードを飛ばして、明らかに高コスト帯ばかりを埋めていく動きに、天我はヅラの心を読んだ。
――これで下準備は済んだ。あとはあの一枚を通すだけだ。
いずれ大物を通す下準備だということが、はっきりと伝わってくる。
天我はマナを3枚に伸ばしたところで、盤面に《番人の壁》を立てる。ブロック時にパワー3000として扱われる壁役だ。ヅラの序盤の攻めを、これで一旦受け止める算段だった。
「よく守るじゃねぇか、坊主」
ヅラは自分のクリーチャーで軽く小突く程度の攻めに留め、無理に押し込もうとはしなかった。むしろ、盤面を荒らすことよりも、マナと墓地を整えることのほうに時間を使っている。天我にはそれが、静かな予兆に見えた。
「さぁって、そろそろ本番だ」
6ターン目、ヅラは満を持して《知識の破壊と蘇生》を唱えた。
「バトルゾーンに青と黒、揃ってるからな。2つとも選ばせてもらうぜ」
カードを3枚引いて1枚捨て、さらに墓地からコスト8以下のクリーチャーを1体呼び出す――両方の効果が重なる。ヅラの墓地から、あの巨躯が姿を現した。
「次元を超える悪意、龍転!」
パワー13000、トリプル・ブレイカー。そして、出た瞬間に発動する能力が、天我を襲う。
「自分以外の手札、全部墓地行きだ」
天我の手札が、一枚残らず消えた。
「これで詰みだろ、坊主」
「……いや」
天我の場には、既にNILと、先ほど立てた《番人の壁》がいた。構成カードは6枚――育ちきってはいないが、手札の有無はNILにとって、致命傷にはならない。
「龍転、アタック」
トリプル・ブレイカーが動き出す。天我はここで《番人の壁》をブロックに回した。パワー3000扱いの壁ごときでは、パワー13000には到底及ばない。壁は一撃で砕け散ったが、それでもブロックした分、ブレイクされるシールドは2枚で済んだ。天我の残りシールドは、4枚。
だがブレイクされた2枚のうち、1枚がシールドトリガーだった。
「――発動」
白の呪文、《絶対封印》。相手のクリーチャー1体を、そのクリーチャーの持ち主のシールドゾーンに置く効果だ。さらに、自分の山札の一番上のカードを1枚、そのままシールドとして加える。手札を必要とせず、シールドから直接発動できる数少ない札だった。
「は……!?」
龍転が、ヅラ自身のシールドゾーンへと吸い込まれるように消えていく。ヅラの盤面から、最大の脅威が取り除かれた。しかもただ除去されるのとはわけが違う。自分のシールドに埋まったカードに、ヅラ自身が容易に触れる手段は無い。
「くそ、まさかそっちにシールドトリガーが仕込んであったとはな……!」
「運が良かっただけだ」
実際には、運だけではなかった。ヅラの龍転が手札を全て墓地に叩き落とす能力を持つことは、心を読んだ時点で分かっていた。どうせ手札はいずれ吹き飛ぶ――それなら最初から、受けをシールドの中身に賭けておくほうが理に適っている。天我にとって、それが最も合理的な受けだった。
龍転を封じられたヅラは、方針を切り替えた。マナに眠っていた二枚目の龍転を通す悠長な余裕は、もう無い。とはいえ静かなる誓いで封じられているのはあくまで「アタック」だけだ。ならば、動けない間に墓地から中型のクリーチャーを次々と蘇生させ、封じが解けた瞬間にまとめて攻撃を重ねる――そういう腹積もりらしかった。
「一体一体は大したことなくても、まとめて殴りゃ関係ねぇんだよ!」
封じが解けたターン、盤面に並んだ複数の蘇生クリーチャーが、一斉にアタックを仕掛けてくる。天我は今度はマナに逃げなかった。ドローで引いた札は片端から、除去とブロックに変えていく。パワーの低い蘇生クリーチャーを呪文で撃ち落とし、止めきれない分は壁役で受け止めてシールドを守る。手札を溜め込む余裕は、もう無かった。
その中で、天我は一枚のクリーチャーを場に出す。
「……《叡智の蓄積》」
青黒5コスト。出た瞬間、自分の墓地に眠っていた呪文――先ほど使い切ったはずの《静かなる誓い》を、もう一度唱える。相手の全クリーチャーのアタックを一時的に封じるあの呪文が、再び発動した。しかも、この能力で唱えた呪文は、使い終わった後にまた手札へと戻ってくる。
「またかよ、しつけぇな……!」
封じられればまた次のターンに向けて蓄積し、封じが解ければまとめて攻めてくる。その繰り返しをもう一度、静かなる誓いが押しとどめる。手札を失っていても、墓地にあるカードを使い回せるなら、まだ止め続けられる。
それでも守り切れない分は、盤面が動くたびに――ヅラの蘇生したクリーチャーが除去され、あるいは天我の壁役に当たって砕けるたびに――NILの下には静かに構成カードが積まれていった。
8枚。9枚――。
「そろそろ限界だろ、坊主。手札もねぇのに、何ができるってんだ」
天我は答える代わりに、盤面に並んでいた自分のクリーチャーたちに手をかざした。
「……《刻まれる終末》」
白6コスト。自分のクリーチャーを全てシールド化する呪文。壁役や叡智の蓄積が、次々とシールドへと姿を変えていく。バトルゾーンを離れたクリーチャーの数だけ、NILの下にはその場で構成カードが積まれた。同時に、シールド化した枚数分だけ、墓地からカードが手札に戻ってくる。
「なんだそりゃ、一気に……!」
構成カードが、一息に14枚へと到達する。
「14」
二度殴るには、十分すぎる数だった。
「アタックする」
NILがアタックを宣言する。ブレイクが起こる、その直前――天我は静かに告げた。
「構成カードを1枚使う」
天我が使ったのは、《終末の日》――青白黒10コストの呪文だった。次の自分のターンの始めまで、相手はクリーチャーでアタックもブロックもできず、インスタントもシールドトリガーも使用できなくなる。本来なら重すぎて簡単には通せないはずの一枚が、コストを支払うことなく、構成カードとしてそのまま発動した。
「は……? 10コストだぞ、それ。なんで払わずに出せんだよ……!」
「NILの能力だ。使う対象が、たまたまこれだった」
淡々と告げる天我に対し、ヅラは絶句するしかなかった。構成カードとして消費される一枚一枚は、コストなどとうに関係ない領域にある。
ロックが敷かれたのを確認してから、ワールドブレイカー本来の仕事を果たす。ヅラの残りシールドが、ZERO。
そしてNILは、構成カードを使ったことでアンタップする。
二撃目が、防御手段どころか行動手段そのものを封じられたヅラに直撃した。
「……負けた、かぁ」
ヅラは呆気に取られたように、その場に座り込んだ。悔しさよりも、どこか納得したような表情だった。
「まあ、噛ませなりに頑張ったほうだと思っとくか」
天我は何も答えず、静かにデッキをしまった。ポケットの中で、NILがぽつりと呟く。
――勝ったな。
「……ああ」
これで、本戦出場が正式に決まった。
だが天我の中には、勝利の実感よりも、ヅラの心の奥にちらついていた「組織」という言葉のほうが、色濃く残っていた。