FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
Side ツォン
執行役員フロアの奥、防音の施された一室で、ツォンは、私用回線の電話を、静かに耳に当てていた。
「――以上が、内偵の結果です」
抑揚のない声で、報告を締めくくる。電話の相手は、内偵を任せていた人物ではない。それを通じて得た情報を、更に、上へと伝えるための通話だった。
『スペンサー、ジャック、そして、その上位に位置する“ゼロ”。全て、ジュリアス・キングスレイに繋がっている、と』
回線の向こうから届いた声に、ツォンは、僅かに、目を細めた。低く、静かな、しかし、有無を言わさぬ響きを持った声。ルーファウス・神羅のものだった。
「はい。偽名同士の繋がりは、通信記録の解析と、行動パターンの照合から、裏付けが取れています。加えて、先日、こちらで拘束したアバランチ本流の工作員の尋問からも、符合する証言が得られました」
『本社地下に潜入した、スパイらしき2名を手引きした奴らか』
「はい。意外な収穫でした。本流及び分流への情報提供を担っていた仲介者について、断片的にではありますが、証言を引き出せています。人物像、活動時期、いずれも、ジュリアス・キングスレイの経歴と、矛盾しません」
『……そうか』
「ですが、決定的だったのは――兵器開発部門統括、スカーレットの私室から発見された、盗聴・記録装置です」
『スカーレットの部屋、か』
「定期的な義手整備の際、彼が仕込んだものと見て、ほぼ間違いないでしょう。装置の技術水準からしても、彼の手によるものだと判断できます」
『……わかった。しかし、ジュリアス・キングスレイ、か』
その名を、ルーファウスが、繰り返し口にする。声色に、意外なほど、動揺は無かった。むしろ、どこか、確信めいた響きすら、感じられた。
「――副社長。何か、彼について、ご存知でしたか」
思わず、問いかける。だが、返ってきたのは、はぐらかすような、短い沈黙だけだった。
『……いや。優秀な男だという評判は、以前から耳にしていた。それだけだ』
「左様ですか」
深くは、追及しなかった。ルーファウスという男が、必要以上のことを語らないのは、いつものことだ。
「一点、ご相談が。この一件、スカーレットの私室が盗聴されていたという事実は、ここだけに留めるべきかと」
『理由は』
「彼女の性格を考えれば、知れば、大騒ぎになります。それだけでなく、独自に報復まで仕掛けかねません。今、事を荒立てれば、こちらの内偵そのものが、露見する危険があります」
『……分かった。その判断に任せる。他の人間には、通信記録と行動パターンの一致のみを、証拠として伝えておけ』
「承知しました。それと、もう一点」
『何だ』
「状況証拠は、揃いつつありますが、本人を追い詰めるには、まだ、決定的な物証が足りません。彼の私室を捜索し、証拠を押収します」
『……踏み込む、ということか』
「はい。今夜のうちに、手勢を送ります。本人が不在の間に、決着をつけるのが、最も確実かと」
短い沈黙の後、ルーファウスが、静かに、答えた。
『――構わない。好きにしろ』
「承知しました」
短いやり取りの後、ルーファウスが、続けて、告げた。
『あとは、こちらで対応する』
「――かしこまりました」
一礼するように、頭を下げてから、通話を切る。
窓の外に広がる、ミッドガルの夜景を眺めながら、ツォンは、しばらくの間、動かなかった。
(副社長は、何を知っている……)
先程の、僅かな間。あの反応は、単なる評判を耳にしていた、というだけのものではないように思えた。だが、これ以上、詮索したところで、答えは返ってこないだろう。
(さて――どう動くか)
ジュリアスという男の、これまでの働きを、頭の中で、思い返す。優秀な部下であったことは、間違いない。だからこそ、その裏切りは、組織にとって、決して小さくない損失だった。
だが、今は、感傷に浸っている時間は無い。
執務室へ戻って電話を取り、次の指示を、淡々と出し始めた。
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五番魔晄炉の一件から、数日が経った。
デスクで、いつも通りの業務をこなしていると、ツォンから、新たな任務の通達が届く。
「ジュリアス、次の任務だ」
「なんでしょうか」
「都市開発部門統括、リーブ・トゥエスティの護衛だ。魔晄炉爆破の被害状況を、直接視察したいそうだ」
淡々と告げられた内容に、内心で、僅かに眉を寄せる。
(都市開発部門、か……)
治安維持部門や科学部門とは、毛色の違う部署だ。神羅の中でも、比較的、まともな仕事をしている印象がある。
「了解しました」
短く答え、資料を受け取る。
リーブという男は、噂に聞いていた通りの、実直な人物だった。
くたびれたスーツに、いつも眠そうな目。だが、視察中の立ち振る舞いには、確かな責任感が滲んでいた。
崩れた建材の隙間を、慣れない足取りで歩きながら、リーブは、時折、手元の資料に何かを書き込んでいく。復旧に必要な資材、人員、概算の費用。地道な作業を、黙々とこなしていた。
「――酷いものだな」
瓦礫と化した五番街の一角を見渡し、リーブが、重い声で呟く。
「これだけの被害を出しておいて、上は、何を考えているんだか」
独り言のようなその言葉に、思わず、耳を傾ける。
護衛として付き従いながら、リーブの表情を、それとなく観察する。
常に、どこか、暗い影が差している。単なる激務による疲労とは、また違う種類のものだった。
「――統括。何か、気にかかることでも?」
思い切って、声をかけてみる。
「ん? あぁ、いや……」
リーブは、一瞬、言葉を濁したが、すぐに、力ない笑みを浮かべた。
「タークスの君に、愚痴を言っても仕方ないな」
「聞くだけなら、いくらでも」
意外そうな顔をするリーブに、小さく頷いてみせる。タークスという肩書きに、警戒心を抱かれるのは、いつものことだ。だからこそ、少しでも、心を開いてもらえるよう、努めて、穏やかな声色を心がけた。
「……そうか」
リーブは、しばらく黙り込んだ後、ぽつりぽつりと、話し始めた。
「私はね、この街を、良くしたいと思って、この会社に入ったんだ。都市開発というのは、本来、人々の暮らしを、豊かにするための仕事のはずだった」
瓦礫の山を見つめながら、自嘲気味に、続ける。
「だが、現実は、この有様だ。私が設計に携わった街が、こうして無残に破壊される。しかも、その復旧計画すら、まともに議論されないまま、別の話が、勝手に進んでいく」
「別の話、というと?」
さりげなく、水を向ける。
リーブは、一瞬、こちらを見た後、諦めたように、小さく息を吐いた。
「――どうせ、いずれ命令として下りてくる話だ。君にも、無関係ではないだろう」
声を潜め、リーブが、続ける。
「上層部は、7番街のプレートを、落とすことを検討している」
その一言に、内心で、大きく動揺する。表情には、決して出さないよう、細心の注意を払いながら。
(――プレートを、落とす……?)
「支柱を破壊し、プレートごと、下のスラムを潰す。アバランチの拠点を、根こそぎ叩く、という名目でね」
「……住民ごと、ですか」
「そうだ」
リーブの声に、隠しきれない苦渋が滲む。
「テロリストの撲滅を大義名分に、何千人という、無関係な住民を巻き込む。私には、正気の沙汰とは思えない。だが、上は、本気だ」
その言葉に、頭の中が、一瞬、真っ白になる。
(そこまでやるか……!)
込み上げる怒りを、必死に抑え込む。今、この場で、感情を露わにするわけにはいかない。
「私が、こんな話を君にするのは…… どこかで、誰かに、知っておいてほしかったのかもしれない。すまないな、こんな愚痴に付き合わせて」
「――いえ」
短く答えるのが、精一杯だった。
リーブは、それ以上、何も語らず、再び、瓦礫の山へと視線を戻す。その背中に、孤独な責任感のようなものが、色濃く滲んでいた。
(この男は、恐らく、抵抗する術を持たない)
内心で、冷静に、分析する。都市開発部門という、決定権の薄い部署の統括では、上層部の決定を、覆すことはできない。それでも、こうして、誰かに真実を語らずにはいられなかった。その葛藤が、リーブという人間の、不器用な誠実さを、物語っているように思えた。
視察を終え、本社への帰路につきながら、頭の中では、激しい思考が渦巻いていた。
(正気か、神羅は……)
これまでも、この会社の狂気は、嫌というほど理解していたつもりだった。だが、今回の話は、これまでの比ではない。
住民ごと、街を消し去る。それも、テロ対策という、大義名分の下で。
(こんな任務が、もし下りてくるとすれば……)
内心で、冷静に、計算を巡らせる。実行部隊として、真っ先に候補に挙がるのは、恐らく、タークスだろう。汚れ仕事を一手に引き受ける組織として、これ以上ないほど、適任だ。
(自分に、命令が下る可能性も、十分にある)
その想像に、腹の底から、冷たいものが込み上げてくる。
もし、自分がその任務を拒否すれば。あるいは、実行の際に、明らかな不審な動きを見せれば。
(――もう、猶予は無いかもしれないな)
覚悟を、静かに固める。
本社に戻り、ツォンへ、視察任務の終了報告を済ませる。
「ご苦労だった。リーブ統括の様子は、どうだった」
「特に、変わった様子はありませんでした」
淡々と、嘘を告げる。表情筋一つ、動かさずに。
「そうか。下がっていい」
素っ気ない返答に、一礼し、執務室を後にする。
帰路につきながら、頭の中では、既に、今後の算段が動き出していた。
(念のため、クラウドに警告しておくか……)
七番街のプレートが落とされる計画がある以上、一刻も早く、伝える必要がある。だが、今、この瞬間に、迂闊な行動を取れば、こちらの正体そのものが、危うくなりかねない。
(慎重に、だが、迅速に)
矛盾する二つの要求を、頭の中で、必死に整理する。
その時だった。
懐の私物端末が、けたたましいアラートを鳴らした。
足を止め、画面を確認する。
『――自宅侵入を検知。侵入者、端末への不正アクセスを試行。設置プログラム作動。自宅、爆破処理完了』
無機質な通知文を、二度、三度と、読み返す。
(――バレたか)
冷静に、状況を分析する。誰かが、自分の自宅に侵入し、端末を探ろうとした。そして、事前に仕込んでおいた自爆処理が、証拠隠滅のために作動した。
つまり、既に、内偵の手が、自分の身元にまで、届いていたということだ。
(想定より、早いな)
いつかは、こうなると分かっていた。だが、まさか、こんなにも早く、その日が来るとは。
自宅に残していたものを、頭の中で、素早くリストアップする。私物としての形跡は、極力残していなかったはずだ。侵入者が、どこまで情報を得られたかは、分からない。だが、少なくとも、決定的な証拠までは、辿り着かせていないはずだった。
内心で、皮肉げに呟きながらも、同時に、身体は、既に、次の行動へと動き出していた。
雑踏に紛れ、目立たないルートを選びながら、足早に、その場を離れようとする。
「――おい、ジュリアス」
背後から、聞き覚えのある声が、かかる。
足を止め、振り返る。
そこにいたのは、レノと、ルードだった。
いつもの、飄々とした雰囲気は、レノの表情から、既に消えていた。
「レノ…… それに、ルードも」
「悪いな、と。お前を尾行させてもらってた、と」
スタンロッドを手に、レノが、静かに告げる。
「お前の自宅、派手にやってくれたじゃねぇか、と。証拠隠滅、上等だよ。だが、それが、何よりの証拠になったんだ、と」
ルードも、無言のまま、こちらへと、拳を構える。
「――何故だ」
レノの声に、これまで聞いたことのないような、真剣な響きが、混じっていた。
いたとの口癖が出なくなるくらい、今のレノは怒りに飲まれていた。
「お前、なんで、裏切った。俺達を、騙してたんだ」
その問いに、思わず、自嘲めいた笑みが漏れる。
「裏切った、というのは、正確じゃないな」
「――は?」
「最初から、こちら側だった。お前達が、勝手に、同僚だと思い込んでいただけだ」
淡々と告げる言葉に、レノの表情が、怒りに歪む。
「ふざけるなよ……! 何年、一緒にやってきたと思ってんだ! 飲みに誘って、断られて、それでも、お前のこと、ちゃんとした仲間だと思ってたんだぞ!」
普段の軽薄な口調が、怒りに震えている。その様子に、胸の奥が、僅かに、軋んだ。
「悪いが、その年月も、全て、目的のための手段でしかない」
冷たく言い放ちながら、義手に、魔力を込める。
「お前らを騙していたことに、罪悪感が無いと言えば、嘘になる。だが、俺には、譲れないものがある」
「……何が、目的だ」
低く問うレノに、静かに、答える。
「神羅も、ウータイも―― この世界全てを、壊す。それまでは、死ねない」
その言葉に、レノの目が、大きく見開かれる。
「――正気か、お前」
「正気だとも。ずっと、正気のまま、ここまでやってきた」
言い終えると同時に、義手を通し、グリモアへと、魔力を流し込む。開いたページが、蒼く発光した。
「悪いが、ここで、大人しく捕まるわけにはいかない」
「そりゃ、こっちの台詞だ、と!」
レノが、スタンロッドを構え、地を蹴る。
ルードもまた、無言のまま、拳を振りかぶって、突っ込んでくる。
咄嗟に、演算を組み上げる。展開した障壁で、二人の初撃を受け止め、間髪入れずに、反撃の魔法を放つ。
「――くだらない感傷は、後にしろ!」
自分に言い聞かせるように叫びながら、風の刃を、幾重にも放つ。レノが、スタンロッドで、それを弾き飛ばす。ルードも、巧みな体捌きで、直撃を避けていく。
長年の同僚との、本気の戦闘。予想していたはずなのに、いざその瞬間が訪れると、身体の奥に、鈍い痛みが走った。
「ふざけんなよ……! こんなんじゃ、お前を庇って死んだリーシャが浮かばれねぇ!」
態勢を立て直しながら、レノが叫ぶ。
『一度くらい、失敗したから何よ? 大事なのは、これからどうするか、でしょ?』
脳裏に、記憶の奥底に封じ込めていた映像が、フラッシュバックする。
左腕を失った自分を庇って、彼女は致命傷を受けた。
死ぬな、死ぬな! と何度も叫んだ。
それでも、彼女は、笑いながら、自分を励ましながら、息絶えた。
タークスとしての生き方を教わり、一度は怨讐から身を引こうとまで思わせてくれた彼女は、自分のせいで死んだ。
自分の未熟さを呪った。
それ以上に、こんなにも思い通りにならない世界を、壊さなければと決意した。
「その名を……その名を口にしたな」
瞬時に思考が沸騰する。
逃げるために、足止めに専念するつもりだった思考が消え去り、あるのは激情の炎のみ。
一挙に魔力を練り上げ、乱暴な演算による暴風を起こす。
魔力の応酬の中、僅かな隙を見出す。レノの体勢が、大きく崩れた、その瞬間。
(――ここだ)
グリモアに、限界まで魔力を込める。この一撃で、決着をつける。躊躇なく、そう判断した。
高密度に圧縮した雷撃の演算式を、組み上げる。放てば、恐らく、致命傷は免れない。
だが、術式が、完成する、その寸前。
視界の端で、何かが、蠢いた。
朝靄のような、輪郭の朧げな、人型とも呼べない影が、幾つも、幾つも、突如として、湧き出してくる。
(――なんだ、これは)
見たことのない、異様な気配だった。半透明の、影のような姿。実体があるのかすら定かではない、掴みどころのない存在感。
思わず、演算の手を止める。
影の群れは、まるで、意志を持っているかのように、レノと、ルードを、庇うように取り囲んだ。
「な――」
驚愕に固まるレノ達を、まるで守るように、影の輪が、静かに、閉じていく。
(――好機だ)
予想外の事態に、冷静な思考が戻る。正体を考えている暇は無かった。理由は分からない。だが、この状況は、間違いなく、自分にとって、都合が良い。
影の群れが、完全に、こちらとレノ達の間を、隔てる。
その隙を突き、身を翻し、路地の奥へと、駆け出す。
「待てっ、ジュリアス――!」
レノの叫び声が、影の向こうから、くぐもって聞こえてくる。だが、影の壁に阻まれ、追ってくる気配は、無い。
振り返らず、ただ、走り続ける。
(地下だ。地下に、潜る)
かねてから準備していた、地下の潜伏先。そこへ、たどり着くまで、決して、足を止めるわけにはいかなかった。
暗い路地を、幾つも、駆け抜ける。
呼吸が、荒くなる。だが、止まることはできない。
(あの影は、一体……)
走りながらも、頭の片隅で、僅かな疑問が渦巻く。あれは、一体、何だったのか。だが、なぜ、あのタイミングで、レノ達を庇うように現れたのか。理由は、皆目見当がつかなかった。
(――今は、考えている場合じゃないな)
疑問を、頭の隅に押しやる。今、優先すべきは、一刻も早く、身を隠すことだった。
背後から追ってくる気配は、感じられなかった。恐らく、あの影の群れに阻まれ、レノ達も、すぐには動けないでいるのだろう。だが、いつまでも、猶予があるとは限らない。
(時間との、勝負だな)
内偵の手が、自分にまで及んだ以上、次の展開は、目に見えている。全社的な指名手配、そして、七番街のプレート落下計画の、前倒しの可能性。
(クラウド…… 無事でいてくれ)
祈るような気持ちを抱えながら、闇の中へと、姿を消していった。
自分が消えたことで、神羅がどう動くのか。そして、七番街の運命が、どうなるのか。
まだ、何一つ、分からなかった。だが、立ち止まっている時間は、もう、残されていない。
地下へと続く、錆びついた扉に手をかけながら、静かに、決意を固めた。
そう、一度の失敗で、諦める必要はない。
怨讐の彼方で、燃え尽きるまで。
リーシャというキャラは、オリジナル(故人)です。
今まで各ゲーム等で出てきたキャラじゃないので、あしからず。
彼女については、主人公の過去に関わるキャラなので、後のストーリーで説明します。
だーいぶ先になるとは思うので、「あ、オリ主は過去の任務失敗で左腕を失い、その時に恩人が死んだんだ」程度に読んでもらいたいです。