FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
一通りの情報を洗い終え、集めたデータを頭の中で整理していると、懐の端末が鈍く震えた。
画面には、短い一文だけが、表示されている。
『着いた』
ザックスからの連絡だった。
(早いな)
内心で僅かに感心する。裏経路の在り処は、大まかにしか伝えていなかったはずだが、迷わずたどり着いたらしい。
端末をしまい、集めたデータを一旦退避させる。これから、五人分の作戦を詰めていくことになる。今のうちに、頭の中を整理しておく必要があった。
(エアリスの居場所、警備の配置、内通者との連携――伝えるべきことは、多いな)
限られた休息時間の中で、どこまで詰められるか。頭の中で、優先順位を組み立て直しながら、合流地点へと足を向ける。
指定していた合流地点へ向かえば、路地の陰に見覚えのある人影があった。フードを目深に被り、周囲を警戒するように、視線を巡らせている。
「ジュリアス」
小さく、声をかけてくる。
「思ったより、早かったな」
「カンセルの伝手で、ある程度のルートは教えてもらってたからな。……にしても、本当にあんな地下道が繋がってるとはな」
感心したように、ザックスが周囲を見渡す。
「タークス時代の裏の遺産だ。褒められたものではないがな」
短く応じ、セーフハウスへと案内する。
久方ぶりに顔を合わせる、その姿は、以前と変わらず、快活さを失っていなかった。もっとも、目の奥には、隠しきれない緊張の色も見える。変装で、髪型と服装は以前とは大きく違うが、纏う雰囲気までは隠しきれていない。
「その恰好、悪くないな」
「カンセルの知り合いに、見繕ってもらったんだ。似合ってるか?」
軽口を叩きながらも、ザックスの視線は、絶えず周囲を警戒していた。この短期間で、随分と身のこなしが変わったものだと、内心で密かに感心する。
「エアリスの話、詳しく聞かせてくれ」
「歩きながら話す。時間が惜しい」
淡々と答えながら、内心で、僅かに、安堵していた。
(無事、だったか)
顔を合わせるまでは、どこかで拭いきれない不安があったことを、今更ながら自覚する。
考えてみれば、この短期間で随分と多くのものを、失いかけた。タークスとしての地位、同僚達との関係、そして、命そのもの。それでも、こうしてまだ繋がっている縁があることに、内心で僅かな安堵を覚えずにはいられなかった。
(――柄でも、無いな)
自嘲気味に内心で呟きながら、セーフハウスと化した部屋への道を急いだ。
セーフハウスに着いたところで、ザックスにこれまでの経緯を伝える。エアリスの連行、マリンに関する取引の可能性、そして神羅ビル侵入の計画。
一通りを聞き終えたザックスは、拳を握りしめ、苦い表情を浮かべた。
「……エアリスが、そんな目に」
「今は、感情に振り回されている場合じゃない。頭を、切り替えろ」
「わーってる。分かってるけど…… くそっ」
短く吐き捨てながらも、ザックスは、自分を落ち着かせるように、深く息を吐いた。
「なぁ、ジュリアス」
「なんだ」
「お前は、エアリスのこと、どう思ってるんだ。ずっと、監視してたって話だっただろ」
ふと、問われた言葉に、内心で僅かに言葉を選ぶ。
「監視対象、以上でも、以下でもない。個人的な感情は無い」
「……ほんとかよ」
疑わしげな視線を向けられるが、努めて表情を変えずに受け流す。今は、余計な詮索に付き合っている場合ではなかった。
「それより今は、彼女を取り戻すことに集中しろ」
話を逸らすようにそう告げれば、ザックスはそれ以上、追及してこなかった。
クラウド達の到着を待つ間、集めた情報を、再度精査する。だが、いつまで経っても、連絡は無かった。
(遅いな……)
予定していた時刻を、大幅に過ぎている。焦燥が、内心で僅かに頭をもたげ始めた。
「大丈夫か。何かあったんじゃ……」
隣でザックスも、落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていた。
「今連絡を入れても、逆に危険を招くだけだ。待つしかない」
自分に言い聞かせるように、そう答える。焦って動けば、かえって事態を悪化させかねない。分かってはいても、募る不安は拭いきれなかった。
(もし、途中で、何かあったなら――)
嫌な想像が、頭をよぎる。それを、意識の外へ押しやりながら、ひたすら時計の針が進むのを見つめ続けた。
そうして、焦燥が限界に近づき始めた頃、ようやく、端末が震える。
『着いた』
短いメッセージに、内心で、小さく息を吐く。
最低限の連絡でしかないのは、ソルジャー故かと、ひとり苦笑する。いや、クラウドはソルジャーでは無かったか。
指定していた場所へ向かえば、三人の姿が、路地の隅に見えた。だがその様子が、想定していたものとは、明らかに異なっていた。
土埃にまみれ、あちこちに擦り傷を作っている。息も、まだ整いきっていない。
「――遅かったな。何があった」
問いかければ、クラウドが決まり悪そうに、頬を掻いた。
「いや…… 途中の検問が、思ったより厳重で。回り道するくらいなら、外壁を登った方が早いと思って」
「――は?」
思わず、素っ頓狂な声が漏れる。
「ビルの外壁だよ。ワイヤーガンで、足場を固定しながら、よじ登ってきた」
事も無げに、バレットが補足する。
「三人がかりで、支え合いながらな。途中で妨害もあったが。まぁ、なんとかなったぜ」
得意げに、笑うクラウド。その隣で、ティファも、苦笑を浮かべている。
「……お前ら、正気か」
呆れを、隠しきれなかった。検問を避けるにしても、他に、いくらでも手段はあったはずだ。それを真っ先に、外壁をよじ登るという選択肢に至る思考回路が、理解に苦しむ。
「危険度で言えば、一番低い選択肢だっただろ? 検問なら、下手すりゃ正体がバレる」
悪びれもせず、そう言い切るクラウドに、これ以上何を言っても無駄だと、内心で諦める。
「落ちたら、どうする気だったんだ」
「その時は、その時だ」
あっけらかんと答えるクラウドに、ザックスが隣で、腹を抱えて笑い出す。
「くく…… お前、ほんとに、変わらねぇな。相変わらず、無茶しやがる」
「お前も、大概だっただろ」
「否定はしねぇよ」
「そもそも、ワイヤーガンなんて、どこで手に入れた」
「アバランチの必需品だ!」
最後にドヤ顔で答えるバレットに、頭が痛くなる。
(体力バカが、揃いも揃って……)
この手の連中に、常識的な判断力を期待するだけ、無駄なのかもしれない。せめて、次からは事前に相談するよう、釘を刺しておく必要があるだろう。
「まぁいい。無事なら、それでいい。中へ入れ」
短く促し、セーフハウスへと、五人で、足を踏み入れる。
狭い部屋の中央、簡素なテーブルに、グリモアを置く。
「時間も無い。作戦の説明を始める」
義手を通じ、魔力を流し込む。幾何学的な文様が、蒼く発光し、グリモアの表紙が、独りでに開いていく。
「――なっ!」
途端に、空間に光の粒子が、次々と浮かび上がる。それらが、瞬く間に、輪郭を帯び、立体的な建造物の姿を、映し出していく。
神羅ビル――その全容を、縮尺そのままに再現した、蒼白い光の模型だった。
「な、なんだこりゃ!?」
ザックスが、素っ頓狂な声を上げる。クラウドも、ティファも、目を見開いたまま、動きを止めていた。バレットに至っては、口をぽかんと開けている。
「魔晄濃度と演算による、空間投影だ。ビルの構造データを、事前に洗ってある」
淡々と、説明を続ける。慣れた手つきで、光の模型を、指先で操作する。フロアごとに、光の色が切り替わっていく。
「正面ゲートの警備は、通常通りだ。だが、侵入事案の影響か、地上フロアの巡回頻度は、以前より、やや厳重になっている」
指先で、地上階の一角を示せば、そこだけが、赤く発光する。
「表からの突破は、間違いなく見つかる。使うのは、こっちの非常階段になる」
光の模型の側面、目立たない一角を、指先で辿る。細い光の筋が、地上から上層階まで、一直線に延びていく。
「地上階から、非常階段を使って、上層フロアまで上がる。その後は、内部の協力者に、外側からの手引きを頼んである」
「協力者……?」
クラウドが、怪訝そうに、問いかける。
「詳しい素性は明かせない。ただ、信頼できる筋だ。通信で連携を取る以上、多少の漏洩リスクはあるが、短時間の作戦であれば許容範囲だと判断している」
「エアリスは、どこに」
「――おそらく、ここだ」
模型の上層、一角を、指先で示す。
「科学部門のフロアだと当たりをつけている。断定はできていないが、可能性としては最も高い」
「そこまで詳しく、よく分かるね……」
呆然とした様子で、ティファが、光の模型を見つめている。
「タークスの端末には、それなりの権限を持たせてもらっていたのでな。もっとも、上層フロアの詳細までは、完全には掴み切れていない。踏み込んでからも、慎重に、状況を見極める必要がある」
淡々と補足する。過信は禁物だ。情報が、全て正確とは限らない。
「協力者ってのは、信用できるのか」
バレットが、低い声で問いかけてくる。
「今のところ、裏切る動機は無い。あちらにも旨みがあるからな」
一連の説明を聞き終え、五人はしばし無言のまま、光の模型を見つめ続けていた。
「……改めてだけど、ジュリアスは一体何者なんだよ」
呆然とした様子で、ザックスが、呟く。
「ただの復讐者だよ。タークス、アバランチ内通者、情報屋……仮面は多いがな」
自嘲気味に、そう答える。それ以上深入りされる前に、グリモアを閉じる。
光の模型が、瞬く間に消え失せた。
「移動と突入の準備を含めれば、深夜が頃合いだろう。それまでは約四時間か。各人、身体を休めておけ」
「……分かった」
クラウドが、小さく頷く。
「にしても、こんな短時間で、よくここまで調べ上げたね」
感心したように、ティファが、呟く。
「準備期間は限られていた。褒められた出来では無いがな」
謙遜するでもなく、事実を淡々と告げる。まだ、詰めきれていない部分は多い。過信は禁物だ。
それぞれが頷き合いながら、部屋の隅に身体を落ち着けていく。
しばらくして、バレットが、一人、部屋の隅で壁に背を預けているのが見えた。
腰を下ろし、隣に、並ぶ。
「――何の用だ」
低く探るような声で、バレットが問いかけてくる。
「そろそろ、話しておくべきだと思ってな。俺が、何者か」
淡々と、切り出す。
「俺は、タークスに所属しながら、裏でアバランチに情報を流していた。ジェシーとやり取りしていた“スペンサー”という名を、聞いたことは無いか」
バレットの目が、僅かに、見開かれる。
「――スペンサー、だと」
「ああ。壱番、五番の魔晄炉爆破計画に関わる情報や、その他いくつかの情報も、俺が流したものだ。他にも伝手はあるだろうが、な」
淡々と、告げる。誤魔化す気は無かった。今更、隠したところで、意味は無い。
バレットは、しばし無言のまま、こちらを、睨みつけていた。その拳が、僅かに震えているのが分かる。
「……お前、タークスにいたんだよな。それだけの立場にいて、あの計画――プレートを落とすって話、事前に、知ってたんじゃねぇのか」
低く、絞り出すような声だった。
「知っていた」
素直に、認める。誤魔化す理由は、無い。
「なら、なんで、止めなかった。お前になら、できたはずだ」
責めるような視線が、突き刺さる。
「止める気は、無かった。それだけだ」
淡々と、答える。
「――ッ! ふざけんな! 止められたのに、止めなかったってことか!? それで、何人、死んだと思ってやがる!」
激昂した声が、狭い部屋に、響く。
「バレット」
低く、遮る。
「お前の目を見ればわかる。お前も、俺と同じ、復讐者だ」
静かに、しかし、はっきりと、告げる。
「神羅を憎み、壊すために、全てを投げ打つ覚悟をした。その果てに待つのが、地獄だということも、薄々、分かっているはずだ。復讐の果てにある地獄を歩む覚悟が無いなら、戦いなんてやめてしまえ」
突き放すような、言葉だった。
バレットの表情が、凍りつく。しばし、無言のまま、こちらを、睨みつけていた。拳は、白くなるほど、強く、握りしめられている。
「……クラウドを勘違いしていた時以上に、優しくねぇやつだな、あんた」
やがて、絞り出すように、そう呟いた。
「お前の生き方は、修羅だぞ? そこまで、割り切れるもんかよ」
「今更だ。分かった上で、選んだ道だ」
短く、答える。感情を、極力、排して。
「……俺も、同じだよ」
バレットが、低く、そう続ける。
「分かってる。この先、どれだけの犠牲を払うことになるかも、覚悟してる。それでも、俺は、この道を歩くと、決めたんだ」
その声には、先程までの激情とは、違う種類の、静かな覚悟が滲んでいた。
「――なら、それでいい」
短く、応じる。それ以上、何を言う必要も無かった。
言葉を交わし尽くしたのか、バレットは、それ以上、何も言わず、視線を、逸らした。こちらも、それ以上、深追いはしない。
===========
Side ザックス
部屋の反対側、クラウドとティファが、並んで座っているのが見えた。
その隣に、腰を下ろす。
「――なぁ、クラウド」
「……なんだ」
「お前、アバランチの活動、してたんだな」
努めて、軽い口調で、切り出す。だが、内心では、複雑な感情が、渦巻いていた。
確信はないが、指名手配されていた人物と行動をしているのだ。頭のいいジュリアスじゃなくとも、考えれば分かる。
「魔晄炉の爆破にも、関わってたって、聞いた。テロ行為だぞ、それ」
「……悪いとは、思ってる」
クラウドの声は、静かだった。
……できれば、否定して欲しかった。
「私が、頼んだの」
割って入ったのは、ティファだった。
「クラウドを、アバランチに引き込んだのは私。だから、責めるなら、私を責めて」
「ティファ」
咎めるように、クラウドが名前を呼ぶ。だが、ティファは、視線を逸らさなかった。
「本当のことだもん」
「……言い訳は、しない」
クラウドが、静かに、続ける。
「巻き込まれたんじゃない。俺が、選んだ道だ。だから、罪は、俺自身が背負う」
その言葉に、ザックスは、思わず口を噤んだ。
(――こいつ、変わったな)
内心で、独りごちる。以前のクラウドなら、こんな風に、はっきりと、自分の意志を口にすることは、無かったはずだ。ニブルヘイムでの一件から今までを経て、何かが大きく変わったのだろう。
「……そうかよ」
しばし、間を置いてから、ザックスが、小さく、息を吐く。
「正直、複雑な気分だぜ。テロなんて、褒められたもんじゃねぇ。でも、お前が、そこまで、腹括ってるなら…… もう、四の五の言うつもりはねぇ」
「ザックス」
「怒ってねぇよ、もう。ただ、心配なだけだ」
ぶっきらぼうに、そう言い切る。その言葉には、隠しきれない、不器用な優しさが、滲んでいた。
「それに――」
クラウドが、一度、言葉を切る。
「俺には、戦う理由が、ある。それだけは、譲れない」
真っ直ぐな視線が、ティファへと僅かに向けられる。その一瞬の視線に、ザックスは全てを悟った。
(――そういうことか)
内心で、独りごちる。クラウドが、何のために、戦っているのか。誰のために、危険を承知の上で、飛び込んでいるのか。
聞くまでもない。答えは、既に、明白だった。
「……分かった。もう、何も言わねぇよ」
小さく、笑う。
「その代わり――次は、俺も、ちゃんと巻き込めよ」
「ザックス……」
「水臭ぇんだよ、お前は。一人で、全部、背負い込もうとするな」
軽く、クラウドの肩を、小突く。
「俺だって、お前の親友のつもりだ。危ない橋を渡るなら、一緒に渡ってやる」
その言葉に、クラウドは、一瞬、驚いたように、目を見開いた後、小さく、笑った。
「……ああ。頼りにしてる」
「よし、決まりだ」
満足げに、頷く。
隣で、ティファも、静かに、微笑んでいた。その表情には、安堵と、僅かな決意が、滲んでいるように見えた。
「ザックス、ありがとう。あと、改めて、ごめんなさい」
「なんだよ、改まって」
「ニブルヘイムで、私、貴方にひどいことを言った。それを、謝りたかったの」
「気にしてねぇよ、そんなこと。それより、ティファも元気そうで良かったぜ!」
ニッカリと笑いながら、ザックスはティファにサムズアップをする。
その様子を見たティファは、あっけらかんとするザックスの様子に、思わず苦笑した。
===========
部屋の隅、壁に背を預けながら、その光景を、遠目に、見やる。
(――上手くやっているようだな)
内心で、独りごちる。それぞれが、それぞれの形で、覚悟を固めている。この面子であれば、無謀な賭けにも、多少は、望みが持てるだろう。
(バレットとの会話、聞かれていなければいいが)
ちらりと、視線を向ければ、クラウド達のいる一角までは、声が届いていなかったようだった。バレットも、こちらの意図を、汲んでくれたのか、それ以上、蒸し返す様子は無い。
(――修羅、か)
バレットの言葉が、頭の中で、反芻される。自分でも、分かっていたことだ。今更、指摘されるまでもない。
(それでも、他に、選べる道は、無かった)
自分に言い聞かせるように、内心で繰り返す。復讐を諦めれば、この十年、積み上げてきたもの全てが無意味になる。それだけは、絶対に、認められなかった。
義手の付け根に、鈍い疲労が滲んでいた。休めるうちに、休んでおくべきだと、頭では分かっている。だが、思考はなかなか鎮まってくれなかった。
(協力者は、どこまで動いてくれるか。エアリスは、本当に、科学部門にいるのか。予定外の事態が起きた時、どう対処するか……)
洗い出すべき懸念は、まだ幾つも残っている。だが、今、これ以上頭を悩ませたところで、状況は変わらない。
(今は、休め。動くのは、それからだ)
自分に言い聞かせ、目を閉じる。
窓の無い部屋の中、四時間の休息が、静かに、過ぎていった。
部屋のイメージは、リメイクにあった地下鉄道エリアの部屋をイメージしてます。