FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
窓の無い部屋の中、端末のアラームが静かに鳴る。
四時間の休息が終わりを告げた。
「――時間だ」
短く告げれば、それぞれが身体を起こす。眠っていたのか休んでいただけなのか、判然としない顔つきで、四人がこちらを見た。
「準備はいいか」
「いつでも」
クラウドが大剣を担ぎ直しながら頷く。ティファも拳を確かめるように軽く握り込んでいた。バレットは無言のまま腕の銃を点検している。ザックスだけが、いつもの調子で軽く肩を回していた。
「今回の侵入経路は、地下駐車場を突破する正攻法ではない。俺が使っていた裏の水路から、ビルの地下二階、非常用の設備区画に直接入る」
グリモアを操作し、経路を簡潔に示す。空間に浮かび上がった蒼白い光の線が、地下からビル内部へと続いていた。
「正面から突っ込むよりは遥かに静かに済む。とはいえ油断はするな。協力者から得た情報も、あくまで末端の権限で拾ったものだ。想定外の事態は常に起こりうる」
「分かってる」
クラウドが短く頷く。
「エアリスの居場所は、まだはっきりしないんだよな」
「科学部門のフロアだと当たりはつけている。だが断定はできていない。踏み込んでから慎重に詰めていく必要がある」
淡々と告げる。過信は禁物だ。
「一つだけ言っておく」
グリモアを懐に収めながら続ける。
「ここから先、俺の指示には極力従ってもらう。命の懸かった場面で独断専行されるのは困る」
「あんたの言う通りにしてりゃ勝てるって保証があるのかよ」
バレットが皮肉げに問い返す。
「保証は無い。ただ俺の方が、ここの構造を知っている。それだけだ」
短く応じれば、バレットはそれ以上何も言わず小さく頷いた。
「エアリスを取り戻したら、その後はどうするんだ」
ふと、クラウドが問いかけてくる。
「まずは脱出だ。先のことは、それからでいい」
短く答える。正直なところ、その先の算段まで明確に詰め切れているわけではなかった。だが、それを今口にする必要は無いだろう。
「――行くか」
バレットが低くそう言って立ち上がる。それぞれの表情に緊張と覚悟が入り混じっていた。
五人は無言のまま、セーフハウスを後にした。
地下水路の終点、鉄製の扉の先は、ビル地下の駐車区画へと繋がっていた。
(――ここから先は、想定通りにはいかないか)
内心で僅かに覚悟を決める。搬入口を経由する裏経路は、あくまで警備の密度が薄い時間帯を狙ったものだ。だが、駐車区画そのものを完全に迂回することはできなかった。
扉の隙間から中の様子を窺う。広大な駐車区画には幾つもの車両が並び、その合間を巡回の警備員が行き来していた。
「――数は」
小声でバレットが問う。
「視認できるだけで八。恐らく死角に、もう数名」
義手を通じ、周辺の熱源反応を素早く走査する。数値を頭の中で組み立て直した。
「正面突破は避けたい。だが、この区画を抜けなければ先には進めない」
「――なら話は早い」
バレットがニヤリと笑う。
「暴れりゃいいんだろ?」
「最小限にしろよ」
釘を刺しながらも、内心では既に演算式を組み上げ始めていた。
「クラウド、ティファ、無理はするな。数で押されたら、すぐ俺に言え」
小声でそう告げれば、二人はそれぞれ無言のまま頷いた。ザックスも大剣の柄に手をかけ、静かに頷く。
扉を開け放ち、五人は駐車区画へと踏み込んだ。
「――何者だ!」
いち早く気づいた警備員の誰何に、答える代わりにグリモアへ魔力を叩き込む。
「演算開始――擬似エアロ!」
放たれた無数の風刃が、先頭の警備員達を薙ぎ払う。
「侵入者だ! 迎撃しろ!」
けたたましい警報が駐車区画に鳴り響く。もはや隠密行動は不可能だった。
「派手にやるしかねぇな!」
咆哮とともにバレットの銃腕が火を噴く。ザックスも大剣を抜き放ち、駆け出していた。
上級警備兵、続いて増援の擲弾兵とガードハウンドが、次々と姿を現す。
「クラウド、右!」
「分かってる!」
背中を合わせるように、クラウドとティファが迫る敵を次々と打ち倒していく。ザックスの剣閃が閃くたびに、複数の敵が同時に吹き飛んでいった。
(――やはり、ソルジャーの地力は桁が違うな)
内心で僅かに舌を巻きながらも、自らも後方支援に徹する。広域を薙ぎ払う雷撃で、密集する敵をまとめて無力化していく。
激しい戦闘の末、駐車区画の敵影がようやく絶える。
「――思ったより、あっさりだったな」
肩で息をしながら、ザックスが軽口を叩く。
「油断するな。これで正面の警戒は確実に跳ね上がった」
短く釘を刺す。遠くから複数の足音が、こちらへと向かってくるのが聞こえた。
「増援か…… 急ぐぞ」
短く促し、五人は通用口へと走り出した。
背後で慌ただしい怒声と足音が響く。だが追いつかれる前に、通用口の扉を固く閉め切った。
「これで多少は時間が稼げる」
義手を通じ、扉の電子錠を強制的に封鎖する。
「長くは持たないだろうがな」
小さく息を吐き、先を急いだ。
社員通用口を抜け、たどり着いたエントランスフロアは、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
天井から吊るされた豪奢なシャンデリア。展示された神羅製の車両やバイク。この巨大企業が、いかに繁栄を誇っているかを、これでもかと見せつけるような空間だった。
「……趣味が悪いな」
バレットが吐き捨てるように呟く。
「同意見だ」
短く返しながら周囲を見渡す。深夜のフロアには幸い人の気配は無かった。だが天井の各所には、監視カメラが絶えず稼働している。
「死角を選んで進むぞ」
小声で指示を出しながら、中央の端末へと歩み寄る。フロアの奥、エレベーターホールへの道は、ホログラムの受付端末による認証バリアで封鎖されていた。
「カードキーが要るのか」
「そのようだな」
義手を端末にかざす。グリモアを介し、内部の制御系統へとアクセスを試みる。
「――少し待て」
慎重に痕跡を消しながら、認証プロセスを探る。数分の後、バリアの制御信号が解除された。
「よし…… 開いたぞ」
ホログラムの壁が静かに消え失せる。
「ジュリアスって、ほんとに何でもできるんだね」
感心したように、ティファが呟く。
「褒め言葉として受け取っておく」
軽く応じ、五人は開かれた道の先へと進んだ。
エレベーターホールにたどり着き、上へ向かう手段を確認する。
「エレベーターと非常階段、どちらを使う」
「計画通り、非常階段だ」
「時間はかかりそうだけどな」
「贅沢は言えん」
短く返す。安全と速度、両方を満たす手段は無かった。
「――何階まで上がるんだ」
ティファが僅かに不安げに問う。
「五十九階だ」
「――は?」
バレットが素っ頓狂な声を上げる。
「声がでかい」
低く窘める。バレットは慌てて口を押さえた。
「文句を言うな。行くぞ」
延々と続く階段を黙々と上る。
十階を過ぎた辺りから、ティファの息が僅かに上がり始めた。バレットも額に汗を滲ませている。
対して、クラウドとザックスは涼しい顔のまま、会話を交わしながら階段を上り続けていた。
「なぁクラウド、思い出すなぁ。初めて一緒に行った任務の道中、他のやつらだけ遅れがちで、俺たちだけスイスイ登ってたよな」
「懐かしいな……。田舎育ち仲間だーって盛り上がった」
「ほんとだな! しっかし相変わらず、クラウドは体力あるよなー」
「ザックスほどじゃない」
軽口を叩き合う二人の背中を、後方から冷めた目で眺める。
(体力バカが揃いも揃って……)
ソルジャーの身体能力とは、こうも理不尽なものかと内心で僅かに辟易する。自分自身は演算魔法による身体強化で、どうにか同じ速度を維持しているに過ぎない。
「ジュリアスも……いや、バレットほどじゃないけど疲れ気味か?」
前を歩くザックスが、ふと振り返って問いかけてくる。
「体力勝負は本来専門外だ。演算魔法による後方支援と広域制圧が、俺の役割だった」
「へぇ…… 器用貧乏ってやつか」
「言葉を選べ」
短く返せば、ザックスが楽しげに笑う。
三十階を越えた辺りで、ようやく小休止を取る。壁に背を預け、荒い息を整えるティファとバレットを横目に、義手で周辺の警備状況を再確認する。
「……あんた、疲れないのか」
息を切らしながら、バレットが問いかけてくる。
「魔法で多少は補っている。それでも、あいつらほど余裕は無いがな」
クラウドとザックスに視線を向けつつ、素直に認める。強がる意味も無かった。
「魔法だけで、こんな階段上り続けられるもんなのか」
感心と呆れの入り混じった声で、バレットが続ける。
「消耗はしている。ただ、身体の痛みを直接感じにくくしているだけだ。無理をしている自覚はある」
正直に答える。実際、義手の付け根には既に鈍い疲労が蓄積し始めていた。それでも弱音を吐く気は無かった。
「大丈夫か、ティファ」
クラウドが心配そうに声をかける。
「うん…… ちょっと休めば」
息を整えながら、ティファが力なく笑う。その様子にクラウドが僅かに眉を寄せた。
「無理はするな。時間には多少の余裕を持たせてある」
短く告げれば、ティファは小さく頷いた。
短い休憩を挟み、再び階段を上り始める。
「ジュリアス」
歩きながら、ふとティファが声をかけてくる。
「なんだ」
「あなたは何のために、こんな危険を冒してるの? エアリスとは、そこまで親しいわけでもないのに」
その問いに、内心で僅かに言葉を選ぶ。
「クラウド達との貸し借りだ。それに――神羅の内側を引っ掻き回す機会は、多いに越したことはない」
半分は本音だった。だが、それが全てでもない。
「そう、なんだ」
それ以上深追いはせず、ティファは小さく頷いた。
(――勘の良い女だな)
内心で僅かに苦笑する。何かを見透かされているような、そんな気配を感じずにはいられなかった。
五十九階、非常階段の扉の前で足を止める。
「ここから先は一般社員のフロアだ。表向きの動線に紛れる」
変装用の帽子を深く被り直す。他の面々も、それぞれ目立たない格好へと身なりを整えていた。
扉を抜ければ深夜にもかかわらず、フロアには僅かながら人の気配があった。清掃員か、あるいは夜勤の社員か。
六十階、メモリアルフロアと案内板に記された区画には、大型のスクリーンが幾つも設置されていた。神羅カンパニーの歴史を誇らしげに紹介する映像が、無人のまま繰り返し流れている。
「……誰も見てねぇのに、律儀に流し続けてるのか」
呆れたように、バレットが呟く。
「企業イメージってやつだろ。中身がろくでもないのに、体裁だけは立派に整えてる」
冷めた声で応じる。歴代の統括の顔写真が麗々しく並べられていた。宝条、ハイデッカー、スカーレット――見慣れた顔ぶれに、内心で僅かに苦笑する。
「ジュリアスはタークスだったんだから、お偉いさんとも顔馴染みか?」
ザックスが興味深げに、スクリーンを覗き込む。
「まぁな。一通り護衛任務で話したことはある。揃いも揃って、イカれて腐った連中だ」
短く答えれば、ザックスが小さく噴き出した。
六十一階、ヴィジュアルフロアと呼ばれる区画は、各部門の紹介ブースが点在していた。ホログラムの案内係が無人のフロアで、延々と部門説明を繰り返している。
「これが全部、クラウド達がいた会社なんだ……」
ティファが複雑そうな表情で呟く。
「表向きはな。裏側は、もっと醜悪だ」
クラウドの代わりに短く答え、先を急がせる。観光気分に浸っている時間は無かった。
六十二階、図書フロアの奥、目的の一室にたどり着く。
案内板には市長室と記されていた。神羅の統治下にあっても形式上、ミッドガルには市政が存在する。もっとも、その実態は神羅の意向に逆らえない、傀儡に近いものだったが。
扉をノックすれば、しばしの間の後、静かに開かれた。
出迎えたのは初老の男だった。神経質そうな面立ちに、疲労の色が濃く滲んでいる。その一方で、瞳の奥はギラギラとしており、強い執念が感じられた。
「――時間通りだな」
抑えた声でそう告げる。
「ご協力頂き感謝いたします、市長殿」
ジュリアスの言葉が本当であれば、この老人はミッドガル市長である。そのことに、クラウド達は言葉が出ない。
短く応じ、部屋の中へと五人を招き入れる。
男は、こちらの顔を確かめるように見つめた後、静かに口を開いた。
「――貴様が自ら動くのだ。なら、協力するのは当たり前だ。当然、見返りも期待させてもらう」
その一言に、傍らのクラウド達が、僅かに息を呑むのが分かった。
「なんだ、知らなかったのか? 市長であるこの私がアバランチと通じていることも。そこの元タークスが、アバランチどころか数多の反神羅活動に通ずる男、“ゼロ”であることも?」
「ゼロ……だと!?」
ゼロという単語に、バレットが反応する。
ザックスも、目を見開いてジュリアスを見る。対照的に、クラウドとティファは、頭の上に疑問符を浮かべていた。
「バレット、知ってるの?」
「アバランチ本流にとって、最も信頼性の高いスパイだ。ただ、俺たち追放組みたいに、危険性が高いってんで、疎遠になっているって話を聞いたことがある」
「ソルジャーでも噂になってた。アバランチだけじゃない、他のテロ組織のリーダー格の尋問で、ゼロって名前が共通して上がってくるってな」
そのやりとりを訝しげに見る市長が、呆れたように話す。
「なんじゃ、その様子だと、狙いはプレジデントではないのか?」
「彼らにとっては、ですが」
存外に、自分の狙いはその通りだと答えれば、市長が初めて、薄く笑みを浮かべる。
「ほうほう……。まぁ、ゼロに任せようじゃないか」
市長は引き出しを開け、カードと端末を取り出す。
「これが、上層階用のカードキーだ。それと、巡回のシフト表もまとめておいた。安心しろ、お前達の監視カメラ映像は、こちらで細工してある」
差し出された端末を受け取る。
「エアリスという娘が囚われている場所は」
「――科学部門、六十六階以降だと聞いている。詳しい階層までは私にも分からない。あの階から先は、宝条以外ほとんど立ち入りが許されていないからの」
「宝条という男については、何か知っていることは」
念のため問いかける。
「……関わらない方がいい、としか言えない。あの男が何を研究しているのか、私のような立場の人間には窺い知ることすら許されていない」
男は、そう言って僅かに視線を落とした。
「だが、事態は動く。そうだな?」
ニヤリと市長が笑う。それに同調するように、こちらも微笑み返す。
市長が、一拍置いて続ける。
「見返りの話、忘れるなよ。この待遇が、少しでもマシになるならな」
「――善処しましょう」
短く応じる。
「行くぞ」
短く促し、部屋を後にする。
「まさか、市長までアバランチに関わってたとはなぁ……」
「権力のことしか考えていない傀儡だ。奴にとって、神羅は大きな障害だからな」
ザックスの呟きに答える。彼らの関心は、自分へと向いているようだ。
「なぁ、ジュリアス。後でで良い。全部教えてくれ。ゼロが何なのか。お前の目的が何なのか」
「……いずれな」
クラウドの問いを、今は誤魔化すしかなかった。
図書フロアを抜け、エスカレーターで六十三階、リフレッシュフロアへと降りる。
社員食堂や休憩ラウンジが並ぶ、その一角で複数の警備員が巡回しているのが見えた。壁際には、社員向けの戦闘訓練用シミュレーターらしき設備も設置されている。
「――ここも、抜けるのは骨が折れそうだな」
物陰から様子を窺いながら、バレットが呟く。
「このフロアには社員向けの戦闘訓練施設もある。人の出入りが多い」
小声で告げる。慎重に巡回の間隙を読み切りながら、フロアの奥、次の非常階段へと続く経路を目指す。
夜勤の社員だろうか、休憩ラウンジの隅で雑談に興じる人影も見えた。緊張感のかけらもない、その様子に内心で僅かに複雑な感情を覚える。
(この平穏の裏で、あの惨劇が起きているというのにな)
自嘲気味にそう思いながらも、それを口には出さなかった。今は感傷に浸っている場合ではない。
物陰を選びながら進んでいく。エレベーターホールを遠目に通り過ぎた、その時だった。
案内板の表示に視線が止まる。
「――六十四階、ミーティングフロア」
小さく読み上げる。
「そこから先が科学部門への直通経路になる。協力者の情報では、正規のルートは宝条直属の警備が固めているらしい」
「つまり」
クラウドが先を促すように、こちらを見る。
「正面からは行けない。別の経路を探す必要がある」
短く告げる。
案内板の隅、僅かに記された空調設備の管理区画の表示に目を留める。
(――あそこか)
内心で独りごちる。表向きの動線を避け、目立たぬ場所から忍び込む。手間はかかるが、他に選択肢は無さそうだった。
腕時計代わりの端末で時刻を確認する。深夜も、そろそろ折り返しに差し掛かる頃合いだった。
(――急がないとな)
夜が明ければ社員の出入りが一気に増える。それまでにエアリスを取り戻し、この建物から脱出する必要があった。
「大丈夫、みんな?」
ティファが、それとなく皆の様子を窺う。
「まだ、いける」
クラウドが短く答える。バレットも無言のまま頷いた。ザックスだけが、いつも通り軽く肩を回している。
「行くぞ。次で最後の関門だ」
短くそう告げ、五人は六十四階へと続く階段へと足を向けた。
気がつけば、ミッドガル編(リメイク版)も終わる勢い。
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