FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
六十四階へと続く階段を上りながら、背中に視線を感じていた。
ちらりと振り返れば、バレットが何か言いたげな顔でこちらを見ている。だが口を開くことはなかった。
「――なんだ」
短く問えば、バレットは小さく首を振る。
「いや…… ゼロが、こんな若造だったとはな、と思っただけだ」
「若造だから問題あるのか?」
「いや、ねぇな」
それだけ言って、バレットは前を向いた。それ以上詮索する気配はない。
(――助かるな)
内心で僅かに息を吐く。今この場で素性を洗いざらい語る余裕はなかった。クラウドの問いも、いずれ向き合わなければならないだろう。だが、それは今ではない。
前を歩くティファとザックスも時折こちらを窺うような視線を寄越していたが、誰もそれ以上口には出さなかった。この状況で余計な波風を立てるべきではないと、それぞれが判断したのだろう。
(存外、聞き分けの良い連中だ)
内心で僅かに苦笑する。もっとも、この静けさがいつまで続くかは分からないが。
六十四階、ミーティングフロアへとたどり着く。会議室が並ぶ、静まり返った一角だった。
「協力者の情報だと、科学部門への直通経路は、ここから空調設備を伝う必要がある」
小声で告げる。正規の通路は、宝条直属の警備が固めているらしい。強行突破は、あまりにもリスクが高い。
男子トイレの奥、天井の点検口を見つけ、順に身体を押し込んでいく。
埃っぽいダクトの中を、四つん這いで進んでいく。窮屈な体勢に、誰もが無言のまま耐えていた。
「……こんなところまで通ってるとはな」
先頭を進むバレットが、小さく呟く。
「静かにしろ。声が響く」
短く注意を促す。
長いダクトを、幾つも折れ曲がりながら進んでいく。時折、下の階から社員達の他愛のない会話が漏れ聞こえてきた。
『――こっちは大丈夫。母さんこそ怪我はなかったか』
『いや、まだ何も分かってない。アバランチが、いつまた動くか分からないから』
日常を生きる彼らの声。その平穏さが、今の自分達の状況と、あまりにもかけ離れていることに、僅かな違和感を覚える。
(この会話をしている男も、家族のために、この会社に身を置いているのだろうな)
内心で僅かにそう思う。誰もが悪人というわけではない。ただ、この巨大な組織の歯車として、日々を生きているだけだ。それでも、その歯車の集積が、あの惨劇を生んだことも、また事実だった。
「――なぁ」
先頭を進むザックスが、小声で、話しかけてくる。
「なんだ」
「あんた、ほんとにゼロだったんだな」
「今、その話をする気か」
「いや、責めてるわけじゃねぇよ。ただ、意外だなって」
軽い口調ながらも、その声には、僅かな驚きが、まだ残っていた。
「詮索は、後にしろ。今は、前に集中しろ」
短く、話を打ち切る。ザックスは、それ以上、何も言わず、小さく肩をすくめた。
ようやく、開けた空間へとたどり着いた。
薄暗い研究施設の一角だった。無機質な機材と、幾つものカプセルが整然と並んでいる。ホルマリン漬けの標本らしきものも、棚に幾つか並んでいた。
「――ここが科学部門か」
低く呟く。周囲を慎重に確認する。人の気配はない。
「胸糞悪い場所だな……」
バレットが吐き捨てるように呟く。
壁一面に並んだモニターには、無機質な数値と、判読できない実験記録らしきものが、延々と映し出されていた。見るだけで、胃の奥が重くなるような光景だった。
奥へと進もうとした、その時。
『――おや、おや。ネズミが随分と賢くなったものだ』
不意に、天井の拡声器から粘着質な声が響く。
「――ッ!」
反射的に、全員が身構える。
『久しいな、ザックス君に、クラウド君。それに――そちらのタークス君も。いや、元タークス君かな?』
その声に、内心で僅かに眉を寄せる。宝条の声だった。
「……見られていたか」
舌打ちを堪える。
『君達の侵入経路、そこそこ良く考えられていたよ。データから算出した結果、この程度の人数なら対処は容易だとは思うがね』
嘲るような口調だった。
「宝条、お前――」
バレットが、銃口を、天井の拡声器へと向ける。だが、狙うべき相手は、この場にはいない。
『おっと、物騒だな。まぁいい、その血の気の多さも、データの一つとして頂こう』
くつくつと、愉悦を滲ませた笑い声が、拡声器越しに響く。
『さて――君達の目当ては、あの娘か。返せ、とでも言うつもりかな? だが、彼女は自分の意思で、ここに来たはずだが。それとも、彼女は君の所有物だとでも?』
「――黙れ」
クラウドが低く唸る。
『まぁいい。せっかくだ、少し遊んでいってくれたまえ。失敗作であっても、有効活用しなくてはな』
拡声器越しの声が愉悦を滲ませ、そう告げた。
『――被検体、拘束解除』
その一言と共に、施設の奥、巨大なカプセルが蒸気を吹き出しながら開いていく。
「――なんだ、あれは!」
内部から異形の姿が姿を現す。人型を辛うじて留めた、肥大化した生物兵器だった。
「サンプル:H0512、ってところか…… 悪趣味な名前だな」
案内板の表記を横目に、内心で独りごちる。
「エアリス、どこにいるんだ!」
ザックスが焦れたように叫ぶ。
「――ザックス?」
聞き覚えのある声が、奥の一角から響く。
視線を向ければ、拘束具のようなものをつけられた、エアリスの姿があった。傍らの檻には、赤い毛並みの獣人めいた姿の存在が、同じく閉じ込められている。
「エアリス!」
「駄目、こっちに来ちゃ――」
エアリスの警告と、異形の咆哮が同時に響いた。
肥大化した腕が振り下ろされる。
「散れ!」
短く叫び、跳び退る。振り下ろされた一撃が床を抉り取った。
「クラウド、正面は任せた! ザックスはクラウドと連携しろ、俺は援護に回る!」
「分かった!」
大剣を構えたクラウドが、真っ向から斬りかかる。ザックスも反対側から斬撃を叩き込んだ。
「バレット、頭を狙え!」
「言われなくてもな!」
咆哮とともに、バレットの銃撃が異形の頭部を正確に打ち抜いていく。
「――雷撃、収束」
グリモアを通じ、演算式を組み上げる。密集する魔力が、異形の四肢へと次々と撃ち込まれた。
「グアァァァ!」
苦悶の咆哮を上げながらも、異形は、なおも暴れ続ける。腕から毒々しい液体をまき散らしながら。
「毒に気をつけろ! 直撃を避けろ!」
叫びながら、離れた位置から援護の魔法を放ち続ける。
「ティファ、左腕を狙って! 弱点よ!」
檻の中から、エアリスの声が響く。
「了解!」
跳躍したティファの拳が、異形の左腕へと鋭く突き刺さる。骨が軋むような音とともに、その腕が力なく垂れ下がった。
「レッドⅩⅢも、加勢する!」
檻の奥から、そう叫ぶ声が響く。だが、まだ、拘束は解かれていない。
「悪いが、もう少し待て!」
叫び返しながら、追加の演算式を組み上げる。異形の残った右腕が、大きく振りかぶられた。
「クラウド、避けろ!」
咄嗟の警告に、クラウドが、間一髪、身を翻す。振り下ろされた拳が、床を、大きく陥没させた。
「今だ、畳み掛けろ!」
クラウドとザックスの剣閃が、同時に異形の胴を深く切り裂く。
断末魔とも言える咆哮を最後に、異形の巨体が大きく崩れ落ちた。
「……終わったか」
肩で息をしながら、クラウドが剣を下ろす。
「油断するな。まだ宝条が何を仕掛けてくるか分からない」
短く告げながらも、内心では僅かに安堵していた。
戦闘の余韻も冷めやらぬ中、檻へと駆け寄る。
「エアリス、無事か」
クラウドの問いに、エアリスは力なく微笑んだ。
「うん、平気。……ありがとう、来てくれて」
「拘束具は、どうやって外す」
エアリスの腕にはめられた無骨な金属製の拘束具を観察する。単純な鍵構造ではない。恐らく専用の解除端末が必要になるはずだ。
「壊せばいいだろうが」
バレットがそう言うなり、銃腕を拘束具の継ぎ目へと正確に撃ち込む。火花を散らしながら、拘束具が呆気なく外れた。
「――そういう手も、あったか」
内心で僅かに苦笑する。演算式を組む手間を掛ける必要すら無かったらしい。
「隣の檻も頼む」
促せば、バレットは頷き、レッドⅩⅢの檻の錠前へと同様に銃口を向けた。数発の銃声とともに、檻の扉が大きく開け放たれる。
「――恩に着る」
低くそう告げ、レッドⅩⅢが身軽に飛び出してきた。金色の瞳が、油断なく、こちらを見渡している。
「お前は」
低く問いかければ、その存在は静かに口を開いた。
「レッドⅩⅢだ。彼女と同じく、ここに捕まっていたものだ」
「そうか……お前も逃げるか?」
「そうさせてもらおう」
短く応じる。ひとまず目的の半分は達した。
「――そちらこそ。よく、あの檻の解錠を、思いついたものだな」
レッドⅩⅢの視線が、バレットへと向く。
「銃で撃つだけの、単純な話だ」
事も無げに、バレットが答える。その返答に、レッドⅩⅢは、僅かに、喉の奥で笑ったようだった。
その時、エアリスの視線が後方――立ち尽くすザックスへと向けられた。
「――ザックス……?」
震える声で、その名を呟く。
「エアリス」
短く、その名を呼び返す。ザックスの声は僅かに掠れていた。
「本当に…… 本当に、ザックスなの……?」
信じられないといった様子で、エアリスが一歩、また一歩と歩み寄る。
「ああ。約束、守れなくて悪かったな」
くしゃりと、ザックスの表情が泣き笑いのように歪む。その言葉に、堪えきれなかったものが、エアリスの瞳から一筋零れ落ちる。
「馬鹿……。ずっと待ってたのに……」
「悪い。色々あってな」
ザックスが両腕を広げれば、エアリスは迷わずその胸に飛び込んだ。
「――生きてて良かった」
震える声でそう呟くエアリスを、ザックスは力強く抱きしめ返す。
「……もう離さねぇ。今度こそ」
その言葉に、エアリスの肩が小さく震える。声を殺すようにして、彼女はしばらくの間泣き続けていた。
五年ぶりの再会を静かに見守る。
(誰かを、これほどまでに想い続けられるものなのか)
内心で僅かにそう思う。復讐という一つの感情だけを支えにしてきた自分にとって、目の前の光景は、どこか遠いものに映った。羨ましいというほど単純な感情でもない。ただ、少しだけ胸の奥が疼くような、そんな感覚だった。
隣で、クラウドとティファも、目を細めて、その様子を見つめている。バレットでさえ、口を挟まずに、静かに佇んでいた。
「――感動的なところ悪いが」
短く割って入る。
「まだ、ここは敵地の真っ只中だ。宝条の思惑も、はっきりしていない。急ぐぞ」
「……ああ、そうだな」
名残惜しそうに、それでもザックスがエアリスから身体を離す。
「エアリス、何もされなかったか?」
「うん、平気! でも、あの人に捕まったままだったら、何をされていたか……」
エアリスが一瞬言葉を切る。その表情に僅かな影が差した。
(――古代種、か)
内心で確信めいた予感が過ぎる。以前から感じていた違和感。タークスが常にエアリスを監視していたという事実。あれが、ただの監視で終わるはずがないと、どこかで思っていたはずだった。だが、今は、それを深追いする時ではない。
「詳しい話は後だ。まずはここを出る」
ともかく、早く場所を移した方が良いだろう。ザックスなんて、今にも宝条を捕まえようと暴走しかねない様子だ。
短くそう告げたその時、遠くでけたたましいアラートが鳴り響いた。
「――まずいな」
内心で舌打ちする。先程の戦闘音が、他の階の警備にも届いたのだろう。
「エアリス、逃げ道の心当たりは」
「上に行けば……多分」
「なら、迷ってる時間はない」
グリモアを握り直す。ここから先、状況は間違いなく荒れる。
退くという選択肢は、既になかった。
「行くぞ――全員、俺の後に続け」
短くそう告げ、一同は、警報の鳴り響く通路の先へと足を踏み出した。
科学部門を抜けた先、通路は上下二手に分かれていた。
「下に降りれば、恐らく六十四階の非常階段に繋がる」
義手を通じフロア構造を素早く再確認する。だが、モニターに表示された巡回記録には、既に下層階の各所に警備の集中が始まっている様子が示されていた。
「下は、駄目だ。増援が固めている」
舌打ちを堪えながら、告げる。
「なら、上か」
クラウドの問いに、頷く。
「上に行けば行くほど警備の密度は薄くなる。役員クラスの人間しか立ち入らない区画だからな。逆説的だがそちらの方が安全だ。まずは時間を稼ぎ、脱出路を確保する」
「役員クラス、って……」
ティファが僅かに声を強張らせる。
「つまり、プレジデントに近づく、ということだ」
淡々と答えれば、一同の間に、緊張が走るのが分かった。
「悪くねぇじゃねぇか」
バレットが低く笑う。
「せっかくここまで来たんだ。どうせならあの野郎の顔を拝んでやろうじゃねぇか」
「気持ちは分かるが今は脱出が最優先だ。無闇に突っかかるな」
釘を刺しながらも、内心では僅かに思考が動いていた。
(――悪くない、機会ではあるな)
プレジデント神羅の首を狙う。それはバレット達にとっても自分にとっても、決して無関係な話ではなかった。そう、今が好機……。冷静でいるなかで、胸の中の冷たい炎が燃え広がる。
「行くぞ。上だ」
短く告げ、一同は、非常階段へと足を向けた。
六十七階、案内板の表示が、途切れている一角にたどり着く。
正規のフロア図には記載のない区画だった。
「――何だ、ここは」
バレットが警戒するように周囲を見渡す。
薄暗い通路の先、分厚い隔壁の向こうに青白い光が漏れているのが見えた。
「近づくな」
反射的に、そう告げる。だが警告よりも早く、クラウドがふらふらと光の方へと歩み寄っていた。
「クラウド!」
ティファの声にも反応がない。
「――おい、しっかりしろ!」
肩を掴み揺さぶれば、クラウドははっと我に返ったように瞬きをした。
「……悪い。何か呼ばれたような気がして」
額に汗が滲んでいる。尋常でない様子に、内心で僅かに眉を寄せる。
隔壁の隙間から中を覗き込む。巨大な培養槽の中、人型とも呼べない異形の何かが緩やかに浮遊していた。
槽の表面には一枚の銘板が貼り付けられている。
――JENOVA
「……ジェノバ、だと」
思わず、声が漏れる。以前、クラウドとザックスから聞かされたあの名だった。ソルジャーの狂気の根源とされる、あの存在。
(まさか、本体が、ここに……)
背筋に冷たいものが走る。
「エアリス、ティファ」
低く声をかける。
「絶対にここには近づくな。特にエアリス、お前は」
「――うん」
エアリスの声にも僅かな緊張が滲んでいた。彼女もまた何かを感じ取っているのかもしれない。
「クラウド、大丈夫か」
「ああ……もう、平気だ」
まだ、僅かに顔色が悪いものの、クラウドは、しっかりとした足取りで、頷く。
「ジュリアス……落ち着いたら、相談に乗って欲しい」
「考えていることは分かる。人体実験の影響についてだろう? 気がかりなことは、全て話せ」
クラウドが頷いた、その時だった。
「――久しぶりだな」
聞き覚えのない、しかしどこか耳に馴染むような声が通路の奥から響く。
視線を向ければ、そこに銀髪の男が佇んでいた。長い髪を靡かせ、こちらを静かに見下ろしている。
「――セフィロス」
ザックスが、掠れた声で、その名を、呼ぶ。
「――ッ!」
クラウドが大剣を構え、一歩前に出る。だが、その足が僅かに震えているのが分かった。
「相変わらず、脆いな、君は」
セフィロスと呼ばれた男が、薄く、笑う。
咄嗟に義手へと魔力を込める。だが、演算式を組み上げるより早く、その姿は揺らめくように消え失せていた。
「――ッ、どこに」
周囲を見渡すが気配は既にない。
「幻影、か……」
内心で、独りごちる。だが、幻影にしてはあまりにも生々しい実在感があった。
「クラウド、今のは」
ティファが心配そうに声をかける。
「分からない。ただ……」
クラウドは大剣を下ろしながら、掠れた声で続けた。
「あいつは、本物だ。俺には、分かる」
その言葉に、誰も、何も、言えなかった。
(――厄介なものが、出てきたな)
内心で僅かに舌打ちする。だが、今はそれを考えている場合ではない。
「先を急ぐぞ。長居は、無用だ」
短く促し、一同は、その禍々しい一角を、後にした。
六十九階、役員フロアへとたどり着く。
豪奢な内装の廊下には幸い人の気配はなかった。深夜という時間帯もあってか、役員クラスの人間ですら、この階には常駐していないのだろう。
「――静かだな」
バレットが僅かに拍子抜けしたように呟く。
「油断するな。この上が、目的地だ」
短く告げながら、義手を通じ周辺のセキュリティ状況を確認する。
(――やはり、警備が薄い)
想定していた通りだった。プレジデントのいる最上階付近は逆説的に、最小限の護衛しか配置されていない。この会社の中枢に正面から刃を向けられる人間など存在しないと高を括っているのだろう。
「エアリス、身体は、大丈夫か」
ふと、気になり、問いかける。長時間の拘束と、この状況だ。負担が無いはずがない。
「うん、大丈夫。それより――」
エアリスが僅かに言葉を切る。
「この上、行くの? プレジデントのところに」
「――そうなる」
短く答えれば、エアリスの表情に、複雑な色が浮かんだ。
「……ジュリアス。あなたの目的、それと、関係あるんでしょう?」
その問いに、内心で僅かに動きが止まる。
「――さぁな」
はぐらかすように、答える。今それを語る時間は無かった。
七十階へと続く、最後の階段の前で、足を止める。
扉の向こう、微かな緊張感を孕んだ気配が伝わってくる。
「――ここが、最上階か」
低く、呟く。
グリモアを握り直す。義手の付け根に鈍い痛みが走った。だが、それを意識の外へと押しやる。
「準備は、いいか」
短く問えば、一同がそれぞれ無言のまま頷いた。誰の表情にも、隠しきれない緊張と確かな覚悟が滲んでいた。
(――さて)
内心で静かに息を整える。
十年以上積み上げてきた復讐の道程が、今、一つの結節点を迎えようとしていた。
扉に手をかける。
その先に何が待っているのか。今はまだ誰にも分からなかった。