FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
重厚な扉の前、五人と一体――クラウド、ティファ、バレット、ザックス、エアリス、そしてレッドⅩⅢがそれぞれの得物を握り直す。
「――行くぞ」
短く告げ扉に手をかける。
押し開けた先に異様なまでの静けさが広がっていた。
扉の向こう側はミッドガルの夜景を見下ろす広々とした執務室だった。
ずらりと並ぶガラス窓の外にはプレートに覆われた街の明かりが遠く霞んで見える。
部屋の一角、壁に埋め込まれた円筒状の設備が、鈍く発光していた。何かの保管庫らしいが、詳細までは分からない。
内部を満たす液体の中に、朧げな輪郭が、揺らめいているようにも見える。だが、今は、それを気にかけている余裕は無かった。
中央に据えられた重厚な執務机の向こうに恰幅の良い初老の男が悠然と腰掛けていた。
プレジデント神羅。
この街を、いや、この星そのものを私物のように扱う男。
「――随分と、賑やかな客人だな」
低く余裕を滲ませた声が室内に響く。
その視線が五人――いやエアリスとレッドⅩⅢを含めた七人を興味なさげに一瞥する。
「アバランチの残党に、行方知れずだった元ソルジャー、あとは、瓦礫のような有象無象か」
視線がこちらを一度掠める。だがそれだけだった。
見覚えの無い顔として、それ以上の関心も持たれず、すぐにバレットへと移っていく。
(――気づいていないな)
内心で、静かに確認する。当然だろう。この男の記憶の中に、自分という存在は初めから無い。
「まぁ、そう睨むな。取引をしよう」
プレジデントが椅子に深く座り直しながら口の端を上げる。
「私を害さないと誓うなら、お前達の今までの罪は、無かったことにしてやってもいい。相応の地位も、金も、用意しよう」
「――ふざけんな」
バレットが低く唸る。
「金でどうにかなると思ってんのか。てめぇらに壊されたもんは、金じゃ戻らねぇんだよ」
「交渉決裂、か。まぁいい。せいぜい、その正義とやらに、酔っていろ」
つまらなそうにプレジデントが肩をすくめる。
「バレット・ウォーレス、だったか。この街の下に住む有象無象の一人が随分と大きな顔をするようになったものだな」
「――ッ、てめぇ!」
バレットが銃腕を突き出し、狙いを定める。
「威嚇のつもりか? 哀れなものだ」
言うが早いか、プレジデントも懐から拳銃を取り出しこちらへと向ける。
年老いた身体には似合わない、迷いの無い構えだった。
「守ってるだと……!? ふざけんな! てめぇらが、どれだけの命を踏みにじってきたと思ってやがる!」
「神羅カンパニーが、この星を守っている。魔晄というエネルギーで文明を支え、人々に安寧を与えている。それを、お前達のような愚か者がテロという形で踏みにじる」
朗々と、演説めいた口調でプレジデントが続ける。
「感傷論は聞き飽きた。この期に及んで命乞いでも始めるつもりか?」
「誰が命乞いなんぞ――」
バレットの怒声が更に大きくなる。
その応酬に室内の全ての意識が引き寄せられていく。
(――好都合だ)
内心で静かに笑う。誰にも悟られぬよう義手に僅かずつ魔力を流し込んでいく。演算式を声に出さず頭の中だけで組み上げていく。
狙いは一点。
プレジデントの手にある拳銃そのものだ。
命を奪うのは、まだ早い。
バレットがなおも声を張り上げている。プレジデントも鬱陶しそうにこちらを睨めつけながら拳銃の狙いをバレットへと固定していた。
(――今だ)
組み上げた演算式を一息に解き放つ。
「――ッ!」
閃光と共に、プレジデントの手にあった拳銃が音を立てて弾け飛ぶ。
「な、なんだと……!?」
驚愕にプレジデントの顔が初めてこちらへと向く。
一歩、前に出る。クラウド達を背に庇うように。
ここから先は、自分の因縁だ。誰にも、割り込ませるつもりは無かった。
「マリアという名前を、覚えているか?」
静かに問いかける。
「……何?」
「貴様がウータイとの戦争前に、政治利用しようとして捨てた女と、その子供を覚えているか」
重ねて問う。声に感情を乗せないよう努めながら。
プレジデントの表情がみるみる強張っていく。
記憶の奥底から、忘れ去っていたはずの何かを、無理やり引きずり出されるように。
「――貴様、まさか」
「思い出したか」
口の端を僅かに歪める。
「俺は、マリア――母様と貴様の息子だ。お前が政治的な価値を失ったからと、集落ごと焼き払った、その息子だよ。思い出しましたか、お父様?」
「――ッ!」
クラウドが驚いたようにこちらを見る。ティファも、バレットも、言葉を失っていた。
だが今はそれに構う余裕は無かった。
「お、お前が……あの時の……」
掠れた声でプレジデントが後退さる。
「十五年だ」
低く吐き捨てる。
「十五年間、この手でお前を殺してやりたいと、どれだけ願ったか……お前に分かるか!」
叫びながら義手に魔力を更に注ぎ込む。
「母を、故郷を、全てを奪っておいて、お前だけがのうのうとこの街で王のように振る舞っている……許せるはずがあるか!」
演算結果を次々と解き放つ。
雷撃が、風の刃が、プレジデントの身体を容赦なく切り刻んでいく。
殺すつもりは無かった。いや正確には――すぐには殺したくなかった。
十五年分の怒りを、恐怖を、絶望を、この男にも味わわせてやりたかった。
「ぐ、あああッ……! や、やめ……」
苦悶の声を上げながらプレジデントが床に崩れ落ちる。
(――まだだ)
止めはまだ刺さない。
もっと苦しめ。もっと後悔しろ。
内心でそう呟いた、その瞬間だった。
窓の外、夜の闇の中に何かが揺らめいた。
視線を向ける間もなく割れたガラスの隙間から、銀髪の男が音も無く降り立つ。
長い髪を夜風になびかせながら。
その手には異様に長い刀が握られていた。
男は床に伏すプレジデントのすぐ背後に立つ。
「――誰だ」
プレジデントの声が漏れる。
答えは無かった。
「セフィロス……!」
クラウドの掠れた声が聞こえた。
これまでとは明らかに違う響きだった。幻覚だと自分に言い聞かせる震えではなく、確信に近い静かな恐怖だった。
(――本物、なのか)
内心で素早く状況を整理する。クラウドが幾度となく口にしていた宿敵の名。それが今、目の前にいる。
だが驚いている暇は無かった。
「――待て! そいつは俺が――」
制止の声を上げるより早く。
銀髪の男は瀕死のプレジデントに一切の感慨も見せず、その刀を無造作に振り下ろす。
一切の躊躇いも意味も感じさせない機械的な動き。
「――ッ!」
止める間も無く刃がプレジデントの背を貫いていた。
苦悶の声すら上げる暇も無く、プレジデントの身体が力なく崩れ落ちる。
室内が静まり返る。
(――止めを奪われた……)
内心で僅かに動揺する。十年以上待ち続けた瞬間だった。それを目の前で、あっさりと奪われた。
込み上げるのは怒りか、それとも――。
自分でも判然としない感情を抱えたまま銀髪の男を睨みつける。
男はこちらへと一度だけ視線を向ける。
感情の読めない深い緑の瞳。
「……お前に、用は無い」
短くそう告げると男は踵を返す。
割れた窓へと向かう、その背中越しに囁くような声が、僅かに聞こえた。
「――早く、来い、クラウド。私の、可愛い人形」
低く蕩けるような響きだった。誰に向けたものかは明白だった。
「――ッ!」
クラウドの身体が僅かに強張るのが分かる。
だが男は、それ以上振り返ることなく、割れた窓の外へと姿を消した。
(――行ったか)
追う暇があれば、そうしたかった。だが、それを許す状況ではなかった。
床に崩れたプレジデントの亡骸の傍、壁の保管庫が耳障りな音を立てて軋み始める。
「――なんだ?」
バレットが警戒するように身構える。
保管庫の表面に、無数の亀裂が走る。中から漏れ出す魔晄の光が、室内を、不気味な緑色に染め上げた。
(――まさか)
内心で、素早く記憶を辿る。今までかき集めた情報の中にあった、あの単語。
(ジェノバ……!)
甲高い音と共に、保管庫が、内側から砕け散る。
中から現れたのは、人の形をしているとは、到底言い難い、異形の何かだった。
白く痩せた肢体、長く伸びた首の先に目鼻の判然としない顔。背には翼とも触手ともつかない膜状の突起が幾つも垂れ下がっている。
「な……なんだよ、あれ……!」
ザックスが剣を構えながら後退る。
生気の無い瞳が獲物を探すように、室内をゆっくりと巡った。
次の瞬間、その身体が、あり得ない動きで、天井へと張り付く。
「上か……!」
クラウドが咄嗟に視線を上へと向ける。
「気を付けろ! あいつ、真っ直ぐには来ない!」
叫んだその声を掻き消すように、怪物が天井を這うようにしてこちらへと突進してきた。
「散開!」
叫びながら、義手にグリモアを繋ぐ。
全員が、咄嗟に、四方へと跳び退く。だが、その動きの先を読んでいたかのように、長く伸びた触手の一本が、鞭のようにしなり、ティファの身体を、絡め取った。
「――ッ、きゃあッ!」
「ティファ!」
クラウドが、悲鳴じみた声を上げる。
怪物は絡め取ったティファを宙へと持ち上げたまま、その身体を螺旋を描くように振り回し始めた。
(――まずい)
内心で素早く演算を組み上げる。
「演算開始――擬似スリプル、いや……こっちだ!」
咄嗟に、狙いを変える。触手そのものを、切り裂く風の刃を、放つ。
「グゥ……ッ!」
怪物が苦悶の声とも取れる音を上げ、締め付けが僅かに緩んだ。
その隙を、逃さない。
「今だ!」
ザックスが跳躍し、大剣の一閃で残った触手を切り払う。解放されたティファの身体を、駆けつけたクラウドが間一髪で受け止めた。
「ごめん、助かった……」
「無事か!?」
「うん……ちょっと、目が回っただけ」
荒く息を吐きながら、ティファが、拳を構え直す。
「バレット、頭を狙え! おそらくあいつの弱点はそこだ!」
敵の様子から弱点を予測し、指示を飛ばす。この場を少しでも早く終わらせるためには、狙いを一点に絞る必要があった。
「言われなくてもな!」
バレットの銃撃が、次々と怪物の頭部へと撃ち込まれる。
クラウドとザックスが、左右から交互に斬りかかり、レッドⅩⅢも低く唸りながら、鋭い牙で、その肢体に食らいついていた。
「演算開始――擬似エアロ!」
風の刃を、幾重にも放つ。傷を負った怪物の膜状の突起が、次々と、切り裂かれていく。
怪物が耳障りな咆哮と共に暴れ回る。振り回された腕の一撃が、傍らの装飾棚を粉々に打ち砕いた。破片が室内に散乱する。
「くっ……!」
飛び散った破片を、咄嗟に障壁の魔法で防ぐ。
「今だ、畳み掛けろ!」
叫びと共に、全員の攻撃が一気に集中する。
やがて怪物の身体が大きく仰け反り、断末魔とも取れる叫び声を上げた。
割れた天井の隙間から、そのまま夜の闇へと逃げるように身を躍らせる。
荒れ果てた室内を、一同が、無言のまま見渡す。誰もが、肩で息をしていた。
「――逃げた、か」
荒い息を吐きながらバレットが呟く。
「深追いはするな。今は、それどころじゃない」
短く釘を刺しながら、内心で素早く算段を組み立てる。
(時間が無い。増援が来る前に、動かなければ)
「バレット、ザックス。エアリスとレッドⅩⅢを連れて、先に降りてくれ」
「――は? 俺達だけ、か?」
バレットが怪訝そうにこちらを見る。
「下で、退路を確保してもらいたい。増援にエレベーターや非常階段を押さえられたら終わりだ。お前達が先に降りて、脱出経路を確実に確保しておいてくれ。」
淡々と告げる。
あの声の主が、いずれ、姿を見せる。その時、この場に、余計な人数がいれば、動きが鈍る。
「クラウドとティファ、そして俺は、この階に残る。社長の端末から、脱出手段を探る。今は、一刻も早く、動ける人数を分けたい」
淡々と告げる。詳しい説明をしている余裕は無かった。
「……分かった。エアリス、行くぞ」
「う、うん」
戸惑いながらも、エアリスが頷く。レッドⅩⅢも無言のまま歩き出した。
「クラウド、ティファ、後は頼んだぜ」
ザックスが一同を促し、エレベーターホールへと向かう。
重い扉が閉まる、金属音が響く。
それを見届け、静かに息を吐く。
執務室には、クラウドとティファ、そして自分だけが、残された。
「――ジュリアス」
低く、クラウドがこちらの名を呼ぶ。
その声に答える言葉が、すぐには見つからなかった。
「今は、脱出を優先する。話は、後だ」
短くそれだけ告げ、崩れ落ちたプレジデントの亡骸へと視線を落とす。
その時だった。
割れた窓の外、夜空に、轟音が響く。
視線を向ければ、一機のヘリコプターがゆっくりと、この階の高さまで降りてきていた。
側面のハッチが開き、白い軍服に身を包んだ若い男が、姿を見せる。
金髪を後ろに撫でつけ、値踏みするような冷たい視線をこちらへと向けている。
傍らには闇のように黒い毛並みをした大型の獣が、音も無く控えていた。
(――ルーファウス)
内心で、名前を思い出す。神羅の副社長。プレジデントの息子。
「随分と、派手にやってくれたな」
割れた窓枠に片足をかけながら、ルーファウスが室内へと降り立つ。
「見物させてもらっていた。実の父を殺す息子――なかなか興味深い見世物だったよ」
淡々とそう告げる声には、悲しみの色など欠片も無かった。
「異母兄弟、殿」
「――」
その呼び方に答える必要は無かった。既に、この場にいる全員が知ってしまったことだ。
「私を、恨むか?」
ルーファウスがゆっくりとこちらへと歩み寄りながら続ける。
「父が死んだ今、この会社を継ぐのは私だ。だがお前のような優秀な駒を、無駄に敵に回す趣味は無い」
「……何が言いたい」
「手を組まないか、ジュリアス」
予想外の言葉に思わず視線を向ける。
「父上のような時代錯誤な統治のやり方では、この会社はいずれ破綻する。私は新しい神羅を作るつもりだ。お前の頭脳とその力――使い道は幾らでもある」
冷静にそう告げるルーファウスの瞳には確かな野心の光が宿っていた。
「――断る」
短く切り捨てる。
「理由を、聞いても?」
「俺の復讐は、お前の父親一人で終わるものじゃない」
淡々と告げる。
「神羅も、ウータイも――この世界全てを壊す。それが俺の目的だ。お前も、その例外じゃない」
ルーファウスの表情から初めて余裕が僅かに消える。
「……随分と、大きく出たものだな」
「それに――」
一度言葉を切り続ける。
「お前は敵にすら値しない」
「――何?」
「父親という後ろ盾を失った途端、真っ先に出てきた台詞が勧誘か。よほど自分の立場に自信が無いと見える」
皮肉げに口の端を上げる。
「劣等感を丸出しにするな。お前程度が相手では、俺の復讐心は満たされない」
「――貴様……!」
初めてルーファウスの声に、明確な怒りが滲む。
「口の減らない男だな。だが、その減らず口――力ずくで、黙らせてやろうか」
言うが早いか、傍らの獣が、低い唸り声と共に、地を蹴った。
「――ッ!」
咄嗟に義手を掲げ、障壁を張る。牙が蒼い光の壁に、鈍い音を立てて弾かれた。
「クラウド、ティファ、獣は任せる!」
「分かってる!」
クラウドが大剣を構え、獣へと向き直る。ティファも拳を構え、援護に回った。
ルーファウスが、腰のショットガンを素早く抜き放つ。
「――喰らえ」
連続して放たれる銃弾を、身を捻り、間一髪で躱す。着弾した床が、次々と、抉れていく。
(――速い)
内心で僅かに舌を巻く。単なる坊ちゃんではない。実戦を幾度も潜り抜けてきた者の動きだった。
「演算開始――擬似サンダー!」
反撃の雷撃を、放つ。ルーファウスは、優雅に、その軌道から、身をかわしていた。
「無駄だよ。この程度で、私を捉えられると思うな」
余裕を崩さぬまま、更に、二発、三発と、銃弾を撃ち込んでくる。義手を掲げ、咄嗟に、それらを弾き返した。
背後では、クラウドとティファが獣の猛攻を、二人がかりで凌いでいた。
「――こっちも、そろそろ、決めさせてもらうぞ!」
叫びながら、グリモアへ、限界まで魔力を込める。
「演算結果、“雷神”起動!」
天井近くに収束した雷が、一気に、ルーファウスへと降り注ぐ。
「――ッ、くッ!」
完全には、躱しきれなかったのだろう。ルーファウスの軍服の袖が、僅かに、焦げる。
その表情に初めて、余裕とは違う色が滲んだ。
「……面白い」
低くそう呟くと、ルーファウスは片手を上げ、獣を呼び戻す。
「今日のところは、これで、引き上げよう。無理をして、駒を失っては、意味が無いのでな」
「逃がすか!」
追撃しようとするクラウドを、腕で制する。
「クラウド、待て」
「――なんでだ!」
「今、深追いすれば、本来必要な脱出時間が無くなる。優先順位を間違えるな」
低くそう告げる。実際、この短い攻防だけで、義手の演算負荷は既に限界に近づいていた。
ルーファウスは既に、割れた窓枠へと身を寄せていた。ヘリコプターが再び、高度を合わせるように近づいてくる。
「だが覚えておけ。次に会う時は、その減らず口、後悔させてやる」
最後にそう言い残し、獣と共にヘリコプターへと飛び乗る。
側面のハッチが閉まり、機体はそのまま夜の闇の中へと遠ざかっていった。
残されたのは、崩れ落ちたプレジデントの亡骸と、静まり返った執務室、そしてクラウドとティファだけだった。
沈黙が、部屋を支配する。
割れた窓から吹き込む夜風だけが、崩れた紙束を、微かに揺らしていた。
急いで義手を社長用端末に接続し、脱出手段に使えそうな手立てを調べる。
「――全部、本当だったんだな」
作業中のこちらに対し、クラウドが静かに問いかけてくる。
「ああ」
短く、認める。誤魔化す気は、もう無かった。
「十五年前……ウータイとの戦争前に、母ごと政治利用されて、捨てられた。集落ごと、焼かれてな。俺だけが、生き残った」
感情を、極力排して告げる。だが、抑えたはずの声の端に、僅かな震えが滲んでいるのが、自分でも分かった。
「それで、ずっと……」
ティファが、言葉を選ぶように、口を開く。
「復讐のために、タークスにまで入り込んで……。一人で、そんなに長い間」
その声には、責める色ではなく、労わるような静かな響きがあった。
「同情は要らない」
短く、突き放すように、答える。
「選んだ道だ。今更、後悔はしていない」
「――そうかよ」
クラウドが、小さく息を吐く。
「今は、それでいい。だがいずれ、ちゃんと聞かせてもらうぞ。お前の全部を」
その言葉に、思わず、視線を向ける。責めるでもなく、ただ、真っ直ぐに、こちらを見据える瞳があった。
「……考えておく」
それだけ、短く返す。
「詳しい話は、脱出してからだ。今は、時間が無い、説明するぞ」
クラウドとティファに、脱出の手立てについて説明する。二人とも驚き、クラウドに至っては呆れていた。
「結局は力業か……」
「ヘリが無いのだから仕方がない。行くぞ」
それだけ告げ、踵を返す。
背後に複数の視線が突き刺さるのを感じながら。
だが今はそれに応える余裕は無かった。
自分自身の中でさえ、まだ整理しきれていない感情を抱えたまま。
崩れ落ちたガラス窓の向こう、ミッドガルの夜景を一瞬だけ見やる。
(――父親、か)
ずっとその存在を憎しみの対象としてしか見てこなかった。
その男が今、目の前で息絶えた。この手で直接殺すことはできなかったが。
それなのに湧き上がるのは達成感でも解放感でもなく。
ただ言いようのない虚しさだけだった。
(――全部、聞かせてもらうぞ、か)
クラウドの言葉が、頭の中で、繰り返される。
十年以上、誰にも打ち明けずに、一人で抱え続けてきたものだ。それを、こうも簡単に、受け止められてしまうとは。
(――柄でも無いな)
自嘲気味に、内心で呟く。今は、まだ、その感情に向き合っている余裕は無い。
「行くぞ」
短くそう告げ扉の外へと足を進める。
まだ終わってはいない。
脱出という次なる関門が待ち受けている。
============
Side ルーファウス
夜空を飛ぶヘリコプターの中、ルーファウスは、焦げた袖口を一瞥し、静かに、息を吐いた。
傍らでは、呼び戻された獣が、大人しく、身を伏せている。
(――減らず口を)
内心で独りごちる。父の死体を一瞥もせず、こちらへと雷撃を放ってきた、あの男の顔を思い出しながら。
劣等感と、確かに言われた。
否定はできない。父という後ろ盾が消えた今、自分の立場が盤石ではないことは、誰よりも自分自身が理解していた。
だからこそ、あの男が必要だった。血の繋がりという、利用価値のある駒として。
(だが、それも拒まれたか。しかも、この程度の傷を、負わされるとはな)
力量は、想定以上だった。あの若さで、あれだけの演算魔法を、実戦で操る。侮っていい相手ではない。
だとすれば、次に取るべき手は一つしかない。
敵として、確実に潰す。
セフィロスの介入も、あの怪物の出現も、想定外だった。だが、それも悪くない。混乱が大きいほど、次の一手が打ちやすくなる。
(さて――)
窓の外に広がる、ミッドガルの夜景を、静かに見下ろす。
新たな時代の幕開けを、この手で、確かに踏み出していく。
父の死体など、既に意識の外にあった。
主人公、設定盛り込みすぎ……?