FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
Chapter.20 カーム にて
夜が白み始める頃、荒野を六人で黙々と歩き続けていた。
背後に遠ざかるミッドガルの明かりは、白む空に溶けて、もはや街というより遠い過去の残光のように見えた。
誰も言葉を発しない。足音と風の音だけが、荒れた大地に響き続ける。
(――ザックス)
胸の奥に鈍い痛みが残っていた。フィーラーの世界で、あいつを取り戻すと誓ったはずだった。それなのに結局、行方も掴めないまま、こうして歩いている。
生きているのか。無事なのか。それすら、今の自分には確かめる術が無い。エアリスの探る気配も、あの世界を出た瞬間、途切れてしまった。
義手の付け根に疲労が澱のように溜まっていた。演算の連続使用による負荷は、まだ完全には抜けていない。だが、それを口にする気にはなれなかった。
隣を見れば、クラウドが背負ったバスターソードの重みを確かめるように肩を回している。その横顔に迷いは無かった。ただ時折、遠くを見つめる瞳の奥に隠しきれない焦燥が滲んでいる。
(あいつも同じことを考えているんだろうな)
声をかける気にはなれなかった。今はそれぞれが、それぞれの想いを抱えたまま歩くしかない時間だった。
先を歩くバレットの背中も、いつもより丸まって見える。銃腕を握る手には、行き場のない苛立ちが滲んでいた。
荒野に敷かれた道には、街灯の一つも無かった。夜明けの薄明かりだけを頼りに、足元の岩を避けながら進む。夜風は乾いていて、肌を刺すように冷たかった。誰かが咳き込む音、誰かが小石を踏む音。それだけが、時折沈黙を破った。
(あいつらも、俺の正体を知って、思うところがあるだろうな)
プレジデントの隠し子であることを、この場の全員に晒してしまった。ゼロという名も、これ以上隠しようが無い。今更、取り繕ったところで意味は無いと分かっていながら、内心では、僅かな居心地の悪さが拭えなかった。
十年以上、必要な相手以外には、誰にも打ち明けずに抱え続けてきたものだ。それを、こうも一気に、他人の目に晒す羽目になるとは思っていなかった。
(――話すべきことは、まだある)
クラウドから、いずれ全てを聞かせろと言われたことを思い出す。あの言葉に、逃げるつもりは無い。だが、まだ、自分の中でさえ言葉に出来ていない部分がある。整理には、もう少し時間が要るだろう。
「――マリンは大丈夫だよな」
不意に、バレットが独り言のように呟く。
「お母さんが見ていてくれるはずだから心配は要らないと思いますよ」
エアリスが静かに答える。その声には僅かな疲労が滲んでいたが、それでも優しい響きは崩れていなかった。
「……そうか。悪い、変なこと聞いた」
バレットが決まり悪そうに視線を逸らす。
「変じゃないですよ。私だってお母さんのこと、気になってますから」
エアリスの言葉に、バレットはそれ以上何も言わず小さく頷いた。
しばらく、また沈黙が続く。重苦しい空気だけが、六人の間に横たわっていた。
やがて、東の空が、白から淡い橙へと色を変えていく。荒野の輪郭が、少しずつ、はっきりと浮かび上がってきた。夜が、明けようとしていた。
「――はいはーい」
不意に、エアリスが口を開く。
「歩くだけじゃ、気が滅入っちゃうから。少しだけ、いいかな」
その声色は努めて明るいものだった。だが、その奥に何か確かな意志のようなものが滲んでいる。
「なんだ」
促せば、エアリスは小さく笑って続けた。
「私達、こうして一緒に戦ってるのに、まだお互いのことあんまり知らないなって。歩きながらでいいから、簡単に自己紹介、しない?」
「――自己紹介だぁ?」
バレットが素っ頓狂な声を上げる。
「今更、こんな時に、か?」
「今だからこそ、だよ」
エアリスが静かに、しかしはっきりと言葉を返す。
「これから、ずっと一緒に戦っていくんでしょ? だったら、ちゃんとお互いを知っておいた方がいいと思うの。それに――」
一度言葉を切り、エアリスは少しだけ視線を落とした。
「ザックスがいない今だからこそ、余計にみんなで支え合わなきゃって思う」
その言葉に、歩みを進める面々が、それぞれ顔を見合わせる。
(――なるほどな)
内心で静かに得心する。重い空気のまま黙々と歩くよりも、こうして声を交わす時間を作る。それも悪くない判断だ。復讐者の自分には思いつかない発想だったが。
「私からでいいよね」
エアリスが軽く手を挙げる。
「エアリス・ゲインズブールでーす。教会で花を売ってます! 古代種のことは良く分かってないけど、よろしくね」
「――続いていい?」
隣を歩きながら、ティファが小さく手を挙げる。
「ティファ・ロックハート。七番街でお店をやってました。ニブルヘイムの出身で、クラウドとは幼馴染」
そこでちらりとクラウドを見やり、僅かに頬を赤らめる。
「――俺は」
続いてクラウドが口を開く。だが、その足取りが、僅かに鈍った。
「クラウド・ストライフ。神羅で訓練兵から警備兵になった。ニブルヘイムで色々あって……今は、アバランチに協力してる」
「――待てよ」
バレットが、怪訝そうに割って入る。
「警備兵? お前、元ソルジャーだって言ってたよな?」
その一言に、クラウドの表情が僅かに強張った。歩みが、完全に、止まる。
「……悪い。それは嘘だ」
低く、そう告げる。
「――は?」
バレットの声が、大きく裏返る。
「本当は、ソルジャーになれなかった。訓練兵時代、適性が無いと言われて……。結局、一般の警備兵で終わったんだ。魔晄で目の色が変わったのは、その後、別の理由でな」
淡々と、しかし、確かに、事実を並べていく。
「元ソルジャーとして紹介したのは、俺の指示だ」
短く、割って入る。誤魔化す気は無かった。
「魔晄を浴びた瞳の色を、誤魔化すためだった。ソルジャー崩れなら、多少の異常も説明がつく。スラム街の連中に、余計な警戒をさせない為の方便だ」
「……マジかよ」
バレットが、大きく息を吐く。
「そうか。じゃあ、あの時のクラウドの強さも、全部――」
「元ソルジャーとしての実力じゃない。だが、強さそのものは、本物だ」
言葉を継ぎ足す。それだけは、はっきりさせておきたかった。
「――話す機会が、無かった。悪かった」
クラウドが、真っ直ぐに、バレットへと頭を下げる。
「……いや」
バレットは、しばし無言だった。それから小さく息を吐く。
「隠し事してたのは、気に食わねぇ。だが、ここまで一緒に戦ってきて、お前の実力が嘘だとは、思わねぇよ。ソルジャーだろうと、そうじゃなかろうと、な」
その言葉に、クラウドの肩から、僅かに力が抜けるのが分かった。
「――そういうことだったんだ」
エアリスが、ぽつりと呟く。驚きよりも、どこか、納得したような響きだった。
「うすうす、変だとは思ってた。あの、初めて会った時の重い雰囲気。ソルジャーだったっていうより、もっと別の何かを背負ってるみたいだった」
「私も、同じ感想だ」
レッドⅩⅢも、静かに続ける。
「肩書きより、その者自身が纏う気配の方が、よほど雄弁だ。お前がソルジャーであろうとなかろうと、私の中での評価は、変わらない」
その言葉に、クラウドは少し驚いたように目を見開いた後、小さく頭を下げた。
「――ありがとう」
「礼を言われる話じゃねぇよ」
ぶっきらぼうに、バレットが応じる。だが、その口調には、責める色は、既に無かった。
隣で、ティファがそっとクラウドの背中に触れる。
「よく、言えたね」
小さな声で、そう囁く。責めるでも労うでもない、ただ寄り添うような響きだった。
クラウドは何も答えず、ただ小さく頷いた。だが、その表情には、これまでとは違う軽さが浮かんでいるように見えた。
(――良い流れだ)
内心で、静かに頷く。いずれ話さなければならなかったことだ。今、この場で、片が付いたのなら、それに越したことは無い。
「俺は、バレット・ウォーレス。アバランチのリーダーだ。神羅への恨みは誰にも負けねぇ。マリンって娘がいる」
気を取り直すように、バレットがそう続けた。少しだけ照れくさそうな表情が覗いた。
「私はレッドⅩⅢだ。詳しい素性は、まだ明かせない部分もある。だが、この場にいるという事実だけで十分だろう」
金色の瞳で一同を見渡しながら、レッドⅩⅢがそう応じる。
視線が次々とこちらへと集まる。
「――俺は」
一瞬、言葉を選ぶ。だが今更、隠す意味も無かった。
「ジュリアス・キングスレイ。クラウドと同期で、元タークス。かつ、ゼロを含め、反神羅組織に通じたスパイ。今は神羅の指名手配犯だ。今の目的は神羅を内側から食い破ること」
短くそう告げる。それ以上、多くを語る気にはなれなかった。だが、それで十分だろう。
「なんだよ、それだけかよ」
バレットが呆れたように口を挟む。
「軽い自己紹介だろう? 重たい話は、カームについてからの方が良い」
素っ気なく返す。
「頑固ね」
苦笑気味に、ティファが小さく笑う。
「言われなくても分かってる」
短く応じれば、その笑い声に僅かに場の空気が緩んだ。
「――なぁ、一つだけ聞いていいか」
歩調を崩さぬまま、レッドⅩⅢが、静かに問いかけてくる。
「なんだ」
「お前の目的は、神羅を壊すことだと言ったな。だが、それだけで、この先も動き続けられるのか。復讐だけを支えに歩む道は、いずれ、己自身を蝕む。そう感じることは無いのか」
不意を突かれた問いに、一瞬、答えに詰まる。
「――蝕まれている自覚は、とうにある。それでも、他に選べる道が無かった。それだけだ」
短く、しかし正直に答える。誤魔化す気にはなれなかった。
「そうか」
レッドⅩⅢは、それ以上深追いしなかった。金色の瞳が静かにこちらを見つめていた。憐れみでも詮索でもない。ただ確かめるような、静かな視線だった。
(――厄介な奴だな)
内心で、そう思う。だが、不快さは、不思議と無かった。
「――でも良かった」
エアリスがしみじみと呟く。
「こうして、歩きながらでも、みんなで話せるだけの余裕があって」
その言葉に誰も何も言わなかった。だが、それぞれの表情に微かな安堵が浮かんでいるのが分かった。
日は、既に高く昇っていた。荒野を照らす陽射しが、砂埃の舞う道を、白く浮かび上がらせている。
自己紹介によって、各々が雑談を始める。先程までとは、明らかに違う空気だった。重さは消えていない。それでも、確かに、繋がりのようなものが、この場に生まれていた。
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陽が、大きく傾き始めた頃。
先頭を歩くティファが、ふと足を止めた。
「――見えてきた」
指差す先、荒野の向こうに小さな灯りが幾つも見える。木造りの家屋が寄り添うように並んだ、慎ましい町の姿だった。
「あれが、カームかー」
エアリスが短く確認する。
「うん。ミッドガル近郊じゃ一番大きな町だよ。今日中に着けば、宿も取れると思う」
ティファの言葉に、それぞれの肩から僅かに力が抜けるのが分かった。
夕暮れ時、町の門をくぐる。
商いを終えた露店が、片付けられていく最中だった。街灯も少なく、ミッドガルの喧騒とはまるで違う空気が流れている。乾いた土と、家畜の匂いが鼻先を掠める。
「宿、探そうか。今の時間なら、まだ空いてるところがあるはずだよ」
ティファの提案に、誰も異論は無かった。
町の外れ、木造りの二階建てが、目に留まる。看板には、擦れた文字で「カーム・イン」と記されていた。
扉を潜れば、恰幅の良い初老の男が、カウンターの奥からこちらを一瞥する。
「――いらっしゃい」
低く、しかし、よく通る声だった。歳を重ねてなお、その体躯には鍛え上げられた名残がはっきりと見て取れる。
(――只者じゃないな)
内心で、素早く見定める。腰の据わった立ち姿、こちらの人数と装備を一瞬で数え上げるような視線。堅気の宿屋の主とは明らかに違う気配だった。
「部屋は、空いてるか」
短く問えば、男は、値踏みするように、一同を見渡した。
「――六人か。訳あり、みたいだな」
図星を突かれ、思わず、言葉に詰まる。
「隠さなくていい。見りゃ分かる。土埃と、傷と、その目つきだ」
男は、そう言って片方の口の端を上げた。
「俺は、ブロード。この宿の主だ。昔は、ちっとばかり、荒事の商売をしていてな」
「――ソルジャーか」
低く、そう当たりを付ける。
「察しが良いな。もう、随分と昔の話だが」
ブロードは、懐かしむように、目を細めた。
「今の神羅のやり方には、思うところがある。だからと言って大それたことをする度胸は、もう無いがな。だが――行き場のない客を追い返す趣味も無い」
奥の部屋を、顎で示す。
「裏に、部屋がある。表からは見えにくい造りだ。宿帳には詳しい名前も書かなくていい」
その申し出に、一同の間で僅かに視線が交わされる。
「――恩に着る」
短く、そう返す。今は、その厚意に甘えるべきだろう。
「お客さんの担いでる剣、なかなか良い得物じゃないか」
ブロードが、ふと、クラウドの背負ったバスターソードへと目を向ける。
「あんたも、鍛えてきた口か。構えを見りゃ分かる」
「――いえ、これは」
クラウドが僅かに言葉を濁す。今日聞いたばかりの真実を思い出しているのだろう。
「詮索はしないさ。誰にだって、事情はあるもんだ」
ブロードは、それ以上深追いせず、鍵の束を差し出した。
裏の部屋へと案内され、それぞれ荷を下ろす。
「――今日は休め。話は明日でいい」
短くそう告げれば、誰も反論しなかった。
割り当てられた部屋に身体を沈める。義手のカバーを外し簡単な点検を済ませると、思っていた以上の疲労が一気に押し寄せてきた。
(少しだけ、目を閉じるか)
そう思った瞬間には、既に深い眠りに落ちていた。
目を覚ました時には、既に日は高く昇っていた。
窓の外から町の喧騒が僅かに聞こえてくる。行商人の声、荷馬車の車輪の音、子供達の笑い声。ミッドガルのスラムとも、プレートの上とも、また違う穏やかな生活の気配だった。
身支度を整え、階下の食堂へと向かう。既にクラウドとティファ、バレットが席についていた。
「おはよう。よく眠れた?」
ティファがこちらに気づき、声をかけてくる。
「まぁ、それなりに」
短く答え席に着く。
しばらくして、エアリスとレッドⅩⅢも姿を見せた。エアリスの顔色は幾分か落ち着いているように見える。それでも時折、何かを確かめるように自分の手のひらへと視線を落とす仕草が気にかかった。
(――昨日のあれか)
ザックスの気配を感じ取れなくなったという彼女の言葉を思い出す。今はそれについて深く問い質す時ではないだろう。
朝食が並べられ、六人で静かに口をつける。ブロードが自ら焼いたという硬いパンと、干し肉の入ったスープ。贅沢とは言い難い食事だったが、久々にまともな熱を持った食べ物だった。
「――なぁ」
最初に沈黙を破ったのは、バレットだった。
「これから、どうすんだ。ザックスの野郎、探しに行くのか」
その問いに一同の間で、僅かな緊張が走る。
「必ず探す。だが今は手掛かりが無い」
短く答える。
「あんたの話も、いろいろ聞きてぇしな。ゼロだの、隠し子だの、昨日聞いたぶんじゃまだ足りねぇよ」
バレットの言葉に頷きを返す。
「詳しい話はするつもりだ。だが今すぐでなくてもいい」
内心で僅かに息を吐く。話すべきことは山ほどある。それでも、まだ頭の中で整理しきれていない部分も多かった。
朝食を終え、それぞれが今日一日の過ごし方について話し始める。
「俺は、装備の手入れをしとくぜ。バイクとトラック捨ててきちまったからな、次の足も考えねぇと」
「私は、市場を見てくるね。薬草とか、旅に必要なもの、揃えておきたいから」
エアリスの提案に、ティファも頷く。
「私も付き合うよ。しばらく歩くことになりそうだしね」
「俺は……少し、頭を整理したい」
クラウドがぽつりと零す。その言葉に、誰も強く追及しなかった。ニブルヘイムのこと、ザックスのこと、抱えているものの多さは、この場にいる誰もが薄々察していた。
「俺は、周辺の情報を集めておく。ミッドガルの動きも、気になるところだ」
短く告げ、席を立つ。
食堂を出ようとしたところで、クラウドに呼び止められる。
「――ジュリアス」
「なんだ」
「昨日は、言えなかったが。……全部、聞かせてもらうって話、忘れてないからな」
真っ直ぐな視線に、思わず片眉が動く。
「分かっている。近いうちに、ちゃんと話す」
短く答えれば、クラウドはそれ以上何も言わず小さく頷いた。
その背中を見送りながら、内心で僅かに息を吐く。
(――いずれ、な)
逃げるつもりは無い。だが、今すぐにとはまだ言い切れなかった。
町の中心部、露店の並ぶ通りを、変装用の帽子を目深に被りながら歩く。
さすがに、この町までタークスの手が伸びているとは考えにくい。だが用心に越したことは無かった。
情報屋らしき男から、僅かな金と引き換えに、幾つかの噂話を仕入れる。
(――やはり、プレート崩落は、大々的に報じられているか)
神羅の公式発表は、相変わらず一方的な内容だった。アバランチの壊滅を強調し、被害の全容には触れない。住民の間でも、恐怖と反神羅感情が入り混じった、複雑な空気が漂っているらしかった。
(クラウドの顔は、まだ表には出ていないな。だが、バレットとティファの顔は既に割れている)
指名手配書に、変化はなかった。ひとまずは、好都合と言えるだろう。
露店の一角、旅装束を扱う店先で足を止める。この先の旅路を考えれば、装備の見直しも必要だろう。ミッドガルの外に出るのは久方ぶりのことだった。地図らしきものを店主から安く買い取る。ジュノン、コレル、ゴールドソーサー――遠く離れた地名が並んでいるのを見て、内心で僅かに気が引き締まる。
(この先、どこまで行くことになるのか)
まだ、その全容は見えていない。だが、少なくともミッドガルの中だけで完結する話ではないことは確かだった。
宿へと戻る道すがら、露店の隅で、見覚えのある後ろ姿を見つける。
「――エアリス」
声をかければ、彼女が振り返る。
「あ、ジュリアス。買い物、終わったところ」
薬草やポーションの詰まった袋を、大事そうに抱えていた。
「……体調は、大丈夫か」
思わず、そう尋ねる。ザックスの気配を感じ取れなくなったという件が、頭の片隅から離れなかった。
「うん、平気。ただ……」
エアリスは、一度言葉を切り、少し困ったように笑う。
「なんだか、ずっと聞こえてた声が、急に静かになったみたいな。そんな感じがするの。寂しい、っていうのとも、少し違うんだけど」
「無理に、言葉にしなくていい」
短く応じる。彼女自身にも、まだ整理がついていない感覚なのだろう。
「うん。でも……話せて、少しだけ楽になった。ありがとう」
そう言って、エアリスは、いつもの穏やかな笑みを見せた。
その時、露店の陰から、荷物を抱えたティファが姿を見せる。
「あ、ジュリアス。ちょうど良かった、荷物、手伝ってくれない?」
差し出された袋を、片手で受け取る。思っていたより、ずっしりと重かった。
「随分、買い込んだな」
「これから、旅の続きになるかもしれないでしょ。今のうちに揃えられるものは、揃えておかないと」
しっかり者らしい返答に、思わず小さく息を吐く。準備の抜かり無さは、この一団の中でも随一だろう。
「昨日は、色々あったな。クラウドの件も含めて」
ふと、そう零せば、ティファは少し寂しげに微笑んだ。
「ずっと、心配してたの。クラウド、一人で抱え込みすぎてないか。……だから昨日、ちゃんと話せて良かったと思う」
その言葉に、内心で僅かに頷く。長年の付き合いだからこそ分かる、彼女なりの気遣いなのだろう。
夕暮れ、宿へと戻る一同の顔には、僅かながら、朝よりも落ち着いた色が見えた。
食堂の隅、一同が集まり、今日一日で得た情報を持ち寄る。
「ミッドガルの様子は、想像していたより静かだった」
短く報告する。
「まぁ、あれだけの騒ぎがあった後だ。神羅も、しばらくは体裁を整えるので手一杯なんだろう」
バレットの言葉に、頷きを返す。
「それでも、油断はできない。今後の動き方は、ここで決めておきたい」
「――ああ」
クラウドが、静かに頷く。その瞳には、既に、次の一歩を見据えるような、確かな光が宿っていた。
「これから、どこへ向かうんだ」
低く、レッドⅩⅢが問いかけてくる。
「ザックスを探すことと、セフィロスの動き。両方を追う必要がある。だが、そのどちらにも、共通する疑問がある」
短く前置きし、視線をクラウドへと向ける。
「セフィロスの目的、か」
バレットが腕を組みながら、低く呟く。
「あの男は、運命が迎えに来ると言った。その運命というものが何を指すのか、俺には、まだ見えていない」
淡々と、そう続ける。頭の中では、既に幾つかの仮説が組み上がりつつあった。だが、どれも決め手に欠けている。
「――クラウド」
短く、名を呼ぶ。
「なんだ」
「セフィロスの真意を探るには、ニブルヘイムで何があったのか、知る必要がある。お前の口から、聞かせてくれないか」
その言葉に、テーブルを囲む面々の間で、空気が、僅かに張り詰めた。
クラウドは、しばし無言だった。膝の上で組んだ手に、微かに力が込められる。
「――今まで、詳しくは話してこなかったな」
低く、そう零す。
「話すことが、怖かった。自分の中でも、まだ、整理がついていない部分がある。それでも……」
一度言葉を切り、クラウドはゆっくりと顔を上げた。
「セフィロスを止めるためなら、話す。俺だけの記憶じゃない。ザックスも、関わってる」
その瞳には、迷いよりも、確かな覚悟が滲んでいた。
「――ありがとう」
短く、そう告げる。急かすつもりは無かった。
「今日は、もう休め。話は――」
「いや」
クラウドが、静かに言葉を遮る。
「今、話しておく。長い話になるかもしれないが」
その言葉に、誰も、異論を挟まなかった。
窓の外、カームの町に静かな夜が降りていく。ランプの炎が小さく揺れていた。
クラウドが、一度深く息を吸う。
「――五年前のことだ。俺達の故郷、ニブルヘイムで、何が起きたのか」
低く、そう切り出したクラウドの声に、一同は、静かに、耳を傾けた。