FINAL FANTASY Ⅶ Revengers   作:オレンジⅩⅢ

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Chapter.28 コレル山 を 越えて

まだ日の昇りきらないコスタ・デル・ソルの町を、一同は静かに発った。

昨夜のジョニーの騒々しい見送りが嘘のように、早朝の通りは静まり返っている。潮の匂いが少しずつ薄れ、代わりに乾いた土埃の気配が鼻先を掠め始めた頃、視界の先にコレル山へと続く登山口が見えてくる。

 

空はまだ薄暗い。星の名残がぽつぽつと瞬いていた。荷物を背負い直す仲間達の足取りは、それぞれに違う。休養が効いたのか、クラウドの顔色は昨日より幾分か良い。バレットは相変わらず眠そうな顔をしていたが、足の運びは確かだった。

 

「――随分と、静かな朝だな」

 

バレットが、あくびを噛み殺しながらそう零す。

 

「昨日の騒ぎで、体力を使い果たしたんだろう」

 

短くそう返しながら、朝靄に霞む山道へと目を向ける。今日から、コレル山を越えて北コレル方面を目指す。宝条の逃走方向と、黒マントの目撃情報が集中していたエリアだった。地図上では大した距離には見えなかったが、実際の道程がどれほどのものかは分からない。

 

「山越えとなると、時間もかかりそうだ」

 

クラウドが地図を覗き込みながら呟く。

 

「急ぐに越したことはない。だが、無理をして足を痛めるほうが、長い目で見れば損だ」

 

そう答えれば、クラウドは小さく頷いた。

 

「――ん?」

 

先頭を歩いていたクラウドが、ふと足を止める。

物陰から、聞き覚えのある威勢の良い声が飛び出してきた。

 

「ちょっと! いつまで放置する気よ!?」

 

ユフィだった。背負った大きな手裏剣を鳴らしながら、腕を組んで仁王立ちしている。

 

「ウータイの誇り高きマテリアハンターが、特別に同行してあげるんだから、感謝しなさいよね!」

 

胸を張るその態度に、思わず片眉が動く。

 

「――待ち伏せか。律儀なことだ」

「待ち伏せじゃなくて、お出迎え! あんたら、あたしを置いてこっそりどっか行こうとしてたでしょ!」

 

図星を突かれ、内心で小さく苦笑する。だが、この場で否定する意味もなかった。

 

「早朝の内に発つ算段だったのは、事実だな」

「やっぱり! ひっどい!」

 

キーキーと騒ぐユフィを、クラウドが呆れたような顔で眺めていた。

 

「――で、どうするんだ、ジュリアス」

 

クラウドの問いに、しばし黙考する。答えは、既に決まっていた。

 

「――断る」

「はぁ!? なんでよ!」

「能力自体は、認めている。だが、精神的に未熟すぎる。はっきり言えば、リスクにしかならん」

 

淡々とそう言い切れば、ユフィは頬を膨らませて言い返してきた。

 

「未熟って、なによそれ! あたしだって、色々考えてやってるんだから!」

「その考えとやらが、いつも土壇場で崩れているのを、俺は何度も見ている」

 

にべもなく切り捨てれば、ユフィは言葉に詰まったように口をつぐんだ。

……一部はこっちが作為したものであるが。

 

「――待ってくれ、ジュリアス」

 

そこへ、割って入ったのはクラウドだった。

 

「俺は、賛成だ。仲間は、一人でも多いほうがいい」

「情に流されているだけじゃないのか」

「そうじゃない。あいつのフットワークの軽さは、この先、間違いなく必要になる」

 

クラウドの声には、迷いが無かった。

 

「現に、ボトムスウェルの一件でも、コスタでの戦いでも、あいつの機転には何度も助けられている。数字だけで測れない働きがあるはずだ」

「――道中で足を引っ張れば、全員の命に関わる」

「その時は、俺達が支える。それが、パーティーってやつだろう」

 

短く、しかしきっぱりとした物言いだった。しばし、その言葉を吟味する。反論の余地が、無いわけではない。だが、これまでの道中で見せた腕は、確かに悪くなかった。

 

「――お前が、そこまで言うならな」

 

短い沈黙の後、そう応じる。

 

「悩んだ末の結論だ。文句は言わせん」

「え……」

 

事の成り行きを黙って見守っていたユフィが、呆気に取られたような顔をする。

 

「歩調を乱すな。単独行動も禁止だ。それが守れないなら今すぐ、この場に置いていく」

 

淡々とそう言い渡せば、ユフィは一瞬呆気に取られた顔をした後、慌てて何度も頷いた。

 

「わ、分かった! その条件、飲む!」

「良かったね、ユフィ」

 

エアリスが柔らかく笑いかける。

 

「うん! これで正式にパーティーの一員ってわけだ! ウータイ一番のマテリアハンター、ユフィ・キサラギ様の加入を光栄に思いなさいよね!」

「相変わらず、騒々しい奴だ」

 

バレットが呆れ半分に呟けば、ユフィは負けじと言い返す。

 

「なによ、文句あるの!?」

「文句じゃねぇよ。荷物が増えたってだけの話だ」

「バレットまで、そういうこと言う!?」

 

そんな軽口を交わす二人を眺めながら、内心で小さく息を吐く。

 

(――クラウドの奴、随分と、はっきり物を言うようになったな)

 

意外な思いと、僅かな安堵が入り混じる。かつての彼ならば、ここまで正面から反論してくることは無かっただろう。仲間として、少しずつ変わりつつあるのかもしれない。

 

(――監視すべき荷物が、また一つ増えたわけだが)

 

厄介事の種は、増える一方だった。それでも、クラウドの言い分にも一理ある。腕自体は、悪くないと分かっている。今は、それで十分だった。

 

「行くぞ。日が高くなる前に、進めるだけ進んでおきたい」

 

バレットの短い号令とともに、一同は登山口へと足を踏み入れた。朝日が岩肌を淡く染め始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

登り始めてしばらく経った頃、道端の岩陰で、短い休息を取ることにした。

 

「――コレルって、どんな町なの?」

 

水筒の水を口に含みながら、ユフィが誰へともなく問いかける。

 

「炭鉱の町だ。かつては、神羅のミスリル鉱山への物資供給地として、それなりに栄えていたと聞く」

 

短くそう答えれば、バレットが一瞬だけ肩を強張らせた。すぐに、いつもの調子で言葉を継ぐ。

 

「――今は、寂れちまってるがな」

「バレット、詳しいの?」

「まぁ……色々あってな」

 

素っ気ない返事に、ユフィは首を傾げただけでそれ以上は追及しなかった。子供らしい無頓着さが、こういう場面では、かえって都合が良い。

 

(――バレット自身が、語る気になるまで、待つべきだろう)

 

内心でそう結論づけながら、地図を広げて先の道程を確認する。北コレルまでは、まだ距離がある。日暮れまでに山頂を抜けられるかどうか、微妙なところだった。

 

「休憩は、ここまでだ。行くぞ」

 

短く号令をかければ、一同は素直に腰を上げた。

コレル山の道は、想像していたよりも険しかった。

かつて敷かれていたであろう廃線路が、崩れかけた岩場に沿って続いている。錆びついた線路の残骸と、朽ちた枕木が、当時の賑わいを僅かに想像させた。足元は不安定で、油断すれば転落しかねない道行きだった。時折、崩落の跡らしき亀裂が線路を横切っていて、その度に一同は迂回を強いられた。

風は乾いていた。潮の匂いは、もうどこにも無い。代わりに、砂を含んだ空気が肌にまとわりつく。太陽は容赦なく照りつけ始めていた。汗が背中を伝う感覚に、思わず顔をしかめる。

 

先を行くユフィの足取りは意外にも軽い。忍術の心得があるだけあって、身のこなしには無駄がなかった。時折、岩の突起を軽々と飛び越えては、こちらを振り返り「遅いよー」と煽ってくる始末だった。

 

「調子に乗るなよ」

 

短く釘を刺しながらも、その動き自体は素直に認めるところがあった。

 

「暑いな……」

 

レッドⅩⅢが、日陰を見つけては、その度に足を止めていた。海辺ほどではないにせよ、岩肌の照り返しは、彼には応えるものがあるらしい。

 

「無理はするな。休憩の頻度は、合わせてやる」

 

短くそう告げれば、レッドⅩⅢは僅かに礼を述べた。

 

「――止まれ」

 

不意に、崖沿いの遠景に人影を見つける。黒いマントを羽織った人影が力なく岩肌をふらつくように歩いていた。ジュノンでも、カームでも見た、あの一団の一人だった。

 

「――あれか」

 

クラウドが、緊張した声でそう零す。

 

「追うぞ。あの足取りだ、遠くへは行けまい」

 

短くそう告げれば、誰も異論を挟まなかった。岩場を伝い影の消えた方向へと足を速める。

崖沿いの細い道は、やがて切り立った岩壁に挟まれた狭い谷へと続いていた。人影の姿は既に見えない。だが、足跡らしき痕跡が谷の奥へと続いている。

 

「――この先か」

 

谷を抜けた先、道の先が不意に開けた。

切り立った崖に囲まれた窪地に、鈍く発光する緑色の水面が広がっている。かつて稼働していたのだろう朽ちた魔晄炉の残骸が、その傍らに沈黙したまま横たわっていた。

 

「――魔晄だまりか」

 

思わず足を止める。ミッドガルの地下で幾度となく目にした光景と、どこか重なるものがあった。ただ、あの場所とは違いここには人工的な管理の手が既に及んでいなかった。剥き出しの魔晄が、そのまま地表に滲み出しているようだった。

窪地の奥まで見渡しても、追っていた人影は見当たらない。忽然と消えていた。

 

「――足取りは、ここで途切れているな」

 

短くそう告げれば、クラウドが僅かに眉を寄せた。

 

「またか……毎回、こうだ」

 

悔しさの滲む声だった。追跡は、ひとまず打ち切るしかなかった。

 

「うわぁ……綺麗……」

 

気を取り直したように、真っ先に水面へと駆け寄ったのはユフィだった。覗き込みながら目を輝かせている。

 

「――こんな量、放っておくなんてもったいなさすぎ! マテリアが育つのをじっくり待ってるところなのかな?」

 

無邪気にそう零す様子に、思わず片眉が動く。

 

「マテリア以外に、興味は無いのか」

「あるに決まってるでしょ! でも、こういうの見ると血が騒ぐんだもん」

 

素直な物言いに、少しだけ毒気を抜かれる。

 

「――でも、なんかさ」

 

ふと、ユフィが真剣な顔でそう零す。

 

「あの黒マントの人達って、神羅の実験か何かの犠牲者、なんじゃないの? だとしたら、ちょっと可哀想じゃん」

 

思いがけない一言に、内心で片眉が動く。あの物言いに根拠らしい根拠は無い。だが、あながち的外れでもなかった。

 

「――何故、そう思う」

「勘、かな。ああいう、心を失ったみたいな動き方する人達、ウータイにも……いや、なんでもない」

 

何かを言いかけて、ユフィは口をつぐんだ。

 

「――ウータイも、色々あるようだな」

 

静かにそう促せば、ユフィは少し逡巡した後、ぽつぽつと語り始めた。

 

「……神羅とは、一度、休戦条約を結んだはずだったの。なのに、神羅は約束を破って、いきなり攻撃してきた。それで、ウータイの民は激怒した」

 

その声には、いつもの軽薄さとは違う、確かな熱があった。

 

「元ソルジャーだったグレン大佐が、スフール総督って人と一緒に立ち上がって暫定政府を作ったんだ。ちゃんとした政府は、神羅との戦争が本当に終わったら国民全員で選び直す予定になってる」

「――お前は、その暫定政府の下で動いている、というわけか」

「そう。あたしは、暫定政府から密命を受けて、ミッドガルに来たの」

「父親は、それを承知しているのか」

 

図星を突くようにそう尋ねれば、ユフィは僅かに視線を逸らす。

 

「……親父は、暫定政府のやり方に反対してる。もっと大人しく話し合いで解決すべきだ、って。あたしが暫定政府に協力してるのを知ったら絶対に怒ると思う」

「――親に隠れて、危険な任務を引き受けている、ということか」

「そうだよ、悪い! でも、親父のやり方じゃ、いつまで経ってもウータイは変わらない。あたしは、暫定政府のやり方が正しいと思ってる」

 

言い切るユフィの目には、確かな信念があった。だが、その信念が本当に正しい方向を向いているのかは、まだ測りかねる。

 

「……だから、ミッドガルへ来た、というわけか」

「そう。でも、結果は……知っての通りだよ」

 

自嘲気味に肩をすくめるユフィに、それ以上、言葉をかけるのは躊躇われた。

 

(――子供だと侮っていたが、抱えているものは、思っていたより複雑らしい)

 

内心でそう結論づけながら、水面の揺らめきへと視線を戻す。

不意に、水面が大きく波打った。

 

「――ッ、なんだ!?」

 

弾かれたように後ずさる。次の瞬間、巨大な影が切り立った崖の狭間からゆっくりと身を持ち上げた。

規格外の大きさだった。全身を鈍い光沢に覆われた異形の巨躯。一瞬、視界を覆うほどの影が、崖の向こうへと跳ね上がる。

 

「――あれは」

 

言葉を失う。あの威容は、以前タークス時代の報告書で目にした記述と、明らかに重なるものがあった。

 

「――ウェポン」

 

呆然と呟いたのは、ティファだった。

 

「星の……守護者、みたいなものだって聞いたことがある」

 

震える声で、そう付け加える。

 

「神羅が、星を食い物にしてきた報いだ」

 

バレットが、低く唸るようにそう零す。その声には隠しきれない怒りが滲んでいた。

 

「原因は、神羅だけとは限らない。あの気配……セフィロスの影響も、疑うべきだろう」

 

短くそう指摘すれば、バレットは僅かに口をつぐんだ。反論の材料は彼にも無いようだった。

巨躯は、一度、大きく咆哮を上げると、再び崖の向こうへと姿を消していった。静寂が、痛いほど戻ってくる。

 

「――なんで、こんな所に」

 

呆然とするユフィの声が、僅かに震えていた。

 

「――ッ!」

 

不意に、隣でクラウドが呻き声を上げる。

次の瞬間、彼は頭を抱え、崩れ落ちるようにその場に膝をついた。

 

「クラウド!」

 

ティファが真っ先に駆け寄る。だが、こちらも遅れは取らなかった。義手をクラウドの肩へと添え、グリモアへと魔力を通す。

仮想モニターに、次々と数値が浮かび上がった。脈拍、体温、魔晄濃度。いずれも、目立った異常は見当たらない。

 

(――脈拍、魔晄濃度、いずれも正常値の範囲内か)

 

宝条の言葉が、ふと脳裏をよぎった。

 

(――「あの細胞、順調に馴染んでいるようで何よりだ」……順調というのは、こういうことを指すのか)

 

数値上には、何の異常も出ていない。だが、それが逆に不気味だった。原因の掴めない痛みほど、始末に負えないものはない。

 

「――大丈夫か」

「ああ……もう、治まった」

 

肩で息をしながら、クラウドが力なく答える。額には、うっすらと汗が滲んでいた。

 

「頻度が増えているな」

 

短くそう指摘すれば、クラウドは僅かに視線を逸らした。

 

「……気にするな。よくあることだ」

「よくあることを、気にしないほうがどうかしている」

 

素っ気なくそう返しながら、内心では別の懸念が頭をもたげていた。

 

(――リユニオンの先で待っている、か)

 

宝条の言葉が、まだ意味を結ばない。だが、この頭痛と無関係とは、どうしても思えなかった。あの男は、クラウドの身体について何かを知っている。下手をすれば、直接手を下している可能性すらある。今はまだ、憶測の域を出ないが。

 

「ジュリアス、数値は」

 

エアリスが、心配そうに尋ねてくる。

 

「今のところ、異常は無い。だが、頻度の増加は事実だ。しばらくは、注意して様子を見るしかない」

 

短くそう告げれば、エアリスは僅かに表情を曇らせた。

 

「無理はさせない。それだけは、約束する」

「……悪いな、色々と」

 

クラウドが、肩を落としたようにそう零す。

 

「謝る必要は無い。原因を掴むのは、俺の役目だ」

 

そう言い切れば、クラウドは僅かに口の端を緩めた。

 

「無理に急ぐ必要はない。体調を崩したら、その都度言え」

 

クラウドへそう告げれば、彼は小さく頷いた。

 

「……分かった」

 

(――ウェポンの出現、セフィロスの影、そしてクラウドの頭痛。どこかで繋がっている気がしてならんが……今は材料が足りなさすぎる)

 

答えの出ない問いを胸に抱えたまま、義手をクラウドの背に添えて立たせる。

 

「歩けるか」

「……ああ。すまん」

「謝る回数が多すぎるぞ」

 

軽くそう返せば、クラウドは苦笑いを浮かべた。その様子に、少しだけ肩の力が抜ける。深刻になりすぎても、事態は好転しない。ならば、いつも通りの軽口の方が、まだ幾らか気は楽だった。

再び歩き出せば、ユフィが心配そうにこちらを窺ってくる。

 

「――クラウド、平気なの?」

「平気だ。心配するな」

「ふーん……。まぁ、あんたがそう言うなら」

 

意外にも、それ以上は詮索してこなかった。誰かを気遣う気配りだけは、人並みに持ち合わせているらしい。

 

(――さっきの話といい、この娘も、見た目ほど単純ではないらしい)

 

先程の告白を思い出しながら、内心でそう推し量る。だが、それを掘り返す趣味はなかった。今は、それぞれの傷に、それぞれの間合いを保つべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がり、一行は線路が途切れた廃鉄橋の跡地へと差し掛かった。

対岸へと続く跳ね橋は、錆びついた機構ごと固まって動かなくなっている。渡る道は、他になかった。

 

「――あそこか」

 

崖の高所、旧式のレバーらしき装置を見上げる。人の手では届きにくい位置にあった。

 

「はいはーい、あたしの出番でしょ!」

 

真っ先に名乗りを上げたのはユフィだった。答えを待たず、忍びの身のこなしで岩肌を軽々と駆け上っていく。

 

「危なっかしいな」

 

バレットが呆れたように呟く。だが、ユフィの動きに危うさは無かった。手足の運びは的確で、無駄な力みも見られない。

 

「――なるほどな」

 

その様子を少し離れた場所から眺めながら、内心で小さく呟く。腕自体は、決して悪くない。

途中、足場が崩れかけている箇所があった。一瞬、ヒヤリとする場面もあったが、ユフィは体勢を崩すことなく、危なげなく飛び越えていく。

あっという間にレバーの前へとたどり着いたユフィが、軽やかにそれを引く。だが、機構は錆びつき過ぎていたのか、途中で動きが固まってしまった。

 

「――もう、なんなのよこれ!」

 

苛立ったようにユフィがレバーを蹴りつける。すると、鈍い音を立てて機構が動き出し、跳ね橋がゆっくりと下りてきた。

 

「――やった!」

「凄いね、ユフィ!」

 

エアリスが素直に手を叩く。ティファも小さく拍手を送っていた。

 

「私も、素直に賞賛しよう。見事な身のこなしだった」

 

レッドⅩⅢが、金色の瞳を細めながらそう評する。

 

「へへん! あたしにかかれば、こんなの朝飯前よ! もっと褒めていいよ!」

 

得意げに胸を張るユフィを、少し離れた場所からただ静かに眺める。

 

(――動きも、判断も、悪くない。だが、それだけだ)

 

腕自体は認めるところがある。だが、それだけに、扱いを誤れば手に負えなくなる相手でもあった。目的の異なる駒を、無条件で仲間に数えるつもりは、まだなかった。

 

「ジュリアスも、こんな身のこなしできるの?」

 

不意に、ユフィが振り返ってそう尋ねてくる。

 

「戦闘向きの訓練は受けている。だが、お前ほど身軽な真似は専門外だ」

「ふーん、素直じゃない」

「事実を言っているだけだ」

 

軽く肩をすくめれば、ユフィは満足したように鼻を鳴らし、再び先を歩き出した。子供らしい単純さだった。だが、その単純さの裏に、何を隠しているのかは、まだ測りかねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋を渡り終えた先、見晴らしの良い線路脇の高台で、一行はしばし足を止めた。

先を歩くユフィの背中を遠くに見やりながら、隣に腰を下ろしたエアリスが不意にそう切り出す。

 

「――ねえ、ジュリアス」

「何だ」

「なんでそんなに、ユフィのこと気に入らないの?」

「気に入らない、という話ではない。あいつの目的が、俺達と一致していないというだけだ」

 

淡々とそう答える。

 

「ウータイの復興が、あの小娘の本懐だろう。今この場に同行しているのも、それが最も都合が良いと踏んでいるからに過ぎない。現に、アバランチ本流から究極マテリアの一件を聞かれたことが、神羅ビルへの侵入に繋がっていた」

「――それで?」

「目的が違う人間は、いずれ足を引っ張る。リスクにしかならん」

 

そう言い切れば、エアリスは呆れたように肩をすくめた。

 

「今更、このメンバーで、全員の目的が一緒なわけないでしょ」

 

その一言に、思わず言葉を詰まらせる。

 

「――違いない」

 

背後から、クラウドの声が割り込んだ。腰を下ろしていた岩場から、こちらへと歩み寄ってくる

「復讐、故郷の再興、星の命……お前だって俺達だって、根っこにあるものはバラバラだ。それでも、今はこうして一緒にいる」

「――正論だな」

 

苦々しくそう返しながらも、反論の材料が見当たらない。二人の視線が、静かにこちらへと向けられていた。

 

「別の理由があるんじゃないのか」

 

クラウドの追い打ちに、しばし沈黙する。答える価値があるか迷った末に、本音が口をついて出た。

 

 

「――あの跳ねっ返りを、仲間と認めてしまったら、俺の気苦労が間違いなく増える」

 

自嘲気味に言葉を続ける。

 

「俺は、復讐者としては甘い自覚がある。だからこそ……俺の弱点をこれ以上増やすような真似はしたくない」

 

その一言に、クラウドとエアリスは一瞬顔を見合わせた。

 

「――くくっ」

 

堪えきれないというように、二人が同時に小さく吹き出す。

 

「何がおかしい」

「いや……そういうところが、お前の良いところだと思ってな」

 

クラウドが、そう告げながら肩をすくめる。

 

「甘さの話をしているんだが」

 

不機嫌そうにそう返せば、エアリスが、くすくすと笑いながら立ち上がった。

 

「その甘さが、ジュリアスなんだよ」

 

言い返す言葉が見つからなかった。ただ、小さく息を吐き、先を促す。

 

「――行くぞ。日が暮れる前に、山頂まで抜けたい」

 

腰を上げれば、二人はまだ僅かに笑いを残したまま素直について来た。

その背中を追いながら、ふと思う。仲間が増えるということは、守るべきものが増えるということでもある。復讐者として、その事実にどう向き合うべきか。答えはまだ、出ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻、一行は山頂付近の開けた岩場へとたどり着いた。

眼下には、北コレル方面の景色が広がっている。荒涼とした大地の遠くに、朽ちかけた集落の輪郭が、夕靄の中に霞んで見えた。かつては炭鉱の町として栄えていたのだろう。今は、その面影を辛うじて留めるだけの、寂れた景色だった。遥か遠くには、山肌に沿って延びるロープウェイの支柱らしき影も、僅かに見て取れる。

風が止んでいた。鳥の声すら聞こえない。誰もが無言のまま、その景色を見下ろしていた。夕日だけが、静かに大地を赤く染めていく。

 

「――バレット」

 

隣に立つ大男の横顔を、そっと窺う。

彼は、何も言わなかった。ただ、固い表情のまま、遠く霞む景色を見据えている。夕日を受けた背中には、隠しきれない重さが滲んでいた。握り締めた拳が、僅かに震えているようにも見えた。

普段の豪快さは、鳴りを潜めている。その沈黙が、何よりも雄弁だった。

カームで聞いた、彼の過去の一端が、脳裏をよぎる。詳しいことは、まだ知らない。だが、この地に何かがあることだけは、確かなようだった。

踏み込むべきか、一瞬迷う。だが、今この場で急ぐ理由はなかった。答えはいずれ本人の口から語られるだろう。今は無理に暴くべきものではない。

 

「――バレット、大丈夫?」

 

ティファが、控えめにそう声をかける。

 

「……ああ。心配すんな」

 

短く応じるバレットの声は、いつもより、幾分か低かった。

その様子を見届けながら、静かに口を開く。

 

「――先を急ぐぞ」

 

短くそれだけを告げる。

バレットは、何も答えなかった。ただ、小さく頷き、こちらへと背を向けて歩き出す。その足取りにはいつになく硬いものが滲んでいた。

誰も、それ以上は踏み込まなかった。今は、それでいい。

風が出てきた。夜が近い証拠だった。荷物を背負い直し、一同は山道を下り始める。足元の石が崩れる音だけが、静かに響いていた。

 

「――ジュリアス」

 

隣を歩くティファが、小さな声で話しかけてくる。

 

「さっき、ユフィを迎え入れてくれて、ありがとう」

「礼を言われるようなことじゃない。クラウドが押し通しただけだ」

「ううん。ジュリアスも、ちゃんと考えた上でのことだと思うから」

 

柔らかくそう返され、返す言葉に詰まる。

 

「……買い被りすぎだ」

 

そっけなく返せば、ティファは困ったように小さく笑った。

その横顔には、七番街での日々を思い起こしているような、複雑な色が滲んでいた。誰しも、抱えているものは違えど、この旅の中で少しずつ、それを見せ合っている。自分だけが、まだ何一つ晒していないことに、内心で小さく苦笑する。

タークスとして神羅に潜り込んで以降のことは、誰にも話していない。話すつもりも、今のところはなかった。この程度の開示で、十分だ。内心でそう区切りをつける。踏み込まれれば、いずれ答えなければならない日も来るだろう。だが、それは今日ではない。

 

夕焼けに染まる山並みを背に、一行は北コレルへと続く道を、静かに下り始めた。

朽ちた線路の先、闇に沈みつつあるコレルの町の輪郭が、少しずつ近付いてくる。この地に眠る何かが、明日以降の旅を、大きく揺るがすことになるのだろう。そんな予感だけが、胸の内で静かに疼いていた。

 

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