FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
コレル山を下りきった頃には、既に日が暮れかけていた。
山あいの窪地に張り付くように広がる集落が、夕闇の中に沈みかけている。トタン屋根の粗末な家々と、崩れかけた木組みの通りが貧しさを隠しようもなく晒していた。北コレルだった。
行き交う人の姿は疎らで、道端に転がる資材の残骸や錆びついた機材の山がかつてこの町を支えていたであろう産業の残骸を物語っている。空気には、乾いた土埃と僅かな硫黄の匂いが混じっていた。
「――着いたか」
短くそう零しながら、集落の入口へと足を踏み入れる。
日はほとんど沈んでいた。空は紫がかった暗い色に染まっている。遠くの山肌には、まだ僅かに夕陽の残光が滲んでいた。風が止んでいる。埃っぽい静けさだけが、辺りを支配していた。
その瞬間だった。
「――バレット!?」
「おい、あの野郎じゃねぇか!」
住民たちの声が次々と沸き起こる。振り返れば、いつの間にか幾人もの人影がこちらを取り囲むように集まっていた。老いた男も、痩せた女も、皆一様に憎悪の滲んだ目でこちらを睨みつけている。
「よくも面下げて、戻って来られたな!」
「出ていけ! お前の顔なんざ、二度と見たくねぇんだよ!」
罵声が、容赦なく飛んでくる。誰もが、憎悪の色を隠そうともしなかった。
「――村を捨てて、いい暮らしをしてたんだろうよ!」
「マリンって娘は、今どこにいるんだ! あんたの罪を、あの娘にまで背負わせるつもりか!」
さらに刺々しい声が飛ぶ。バレットの肩が、僅かに震えた。
人垣の奥から、痩せた老人が一人杖をつきながら進み出た。
「――ダインの仇か」
低く絞り出すようなその一言にバレットの顔が目に見えて強張った。
「爺さん……」
「あいつは、崖から落ちていったきりだ。生きてるのか死んでるのかも分からねぇまま、もう何年も経つんだぞ。忘れたとは言わせねぇ」
老人の声には、深い悲しみと抑えきれない怒りが滲んでいた。バレットは、何も言い返せず、ただ唇を噛み締めている。
このまま放置すれば、収拾がつかなくなる。そう判断し、静かに一歩前へと進み出た。
「――これ以上は、話にならない」
淡々とした声で老人へとそう告げる。
「言い分は分かった。だが、この場で全てに決着をつけようとしても何も生まれない。時間を置け」
同時に、隣ではティファが、他の住民達へと穏やかな声で呼びかけていた。
「――皆さん、落ち着いてください。今日はもう遅い時間ですから。話はまた明日にでも」
引かない意志を滲ませたその声音に、住民達はなおも険しい顔をしていたが、それ以上は詰め寄って来なかった。老人もまた、こちらを睨みつけたが、その視線に気圧された様子は見せなかった。ただ、静かに見返す。やがて、老人は舌打ちをして杖を突きながら踵を返した。他の住民達も、渋々といった様子で、その場を離れていく。誰かが、地面に唾を吐き捨てる音だけが、静かに響いた。
「――何とかなったか」
小さく息を吐く。荒事に発展しなかっただけ、上出来だった。
バレットは、何も言い返さなかった。ただ、苦痛に満ちた表情のままその場に立ち尽くしている。拳を握り締めてはいるが、それを振り上げる素振りは見せなかった。むしろ、その拳は怒りではなく何かに耐えるためのもののように見えた。
「――ちょっと、何なのよこれ!」
ユフィが困惑した声を上げる。
「なんでバレットが責められてるの!?」
「わたしも、全然分からない……」
エアリスも戸惑いを隠せない様子だった。
「――穏やかではないな」
レッドⅩⅢも、低く唸るようにそう零す。金色の瞳が、警戒するように住民達を見渡していた。
「バレット、大丈夫?」
ティファが心配そうにバレットの背に手を添える。
「……後で話す。今は、何も聞くな」
低くそれだけを絞り出すように答えるバレット。その声には、いつもの豪快さの欠片もなかった。
(――カームで、こいつが語っていた過去の断片。この地に、その全てが眠っているということか)
静かにそう推し量りながら、周囲の住民達へと視線を巡らせる。彼らの憎悪には、根拠がないわけではないのだろう。何かを失った人間の目は、嫌になるほど良く分かる。長年、鏡越しに見てきた自分自身の目とどこか重なるものがあった。
「――こっちよ。皆、ついて来て」
ティファに促されるまま、一同は集落の奥、灯りの点る建物へと足を向けた。
「――ティファじゃないか! 久しぶりだね」
診療所の扉を開ければ、白髪交じりの初老の医者が驚いたように顔を上げた。棚には、薬瓶や包帯が乱雑に積まれ決して裕福とは言えない診療所であることが窺えた。壁際には、見慣れない検体瓶や、簡易的な分析装置らしきものも並んでいる。
「先生、お久しぶりです」
ティファが柔らかく微笑みかける。
「元気そうで何よりだ。……それにしても、大所帯だね」
シロンと呼ばれたその医者は、こちらを見渡しながら苦笑した。
「先生には、ニブルヘイムが燃えた後……酷い怪我を負った時にお世話になったんだ」
ティファが、そう説明する。だが、その声には僅かな戸惑いが滲んでいた。当時の記憶は、今も思い出したくないらしい。
「酷い怪我だったが、元気にやっているみたいで安心したよ」
シロンが懐かしむようにそう零す。ティファは、曖昧に微笑み返すだけでそれ以上は何も言わなかった。
「表の騒ぎは、聞こえていたよ」
僅かに声を落としそう付け加える。
「町の連中も、まだあの日のことを許せずにいる。……無理もない話だがね」
シロンは、それ以上は踏み込まず話題を変えるように咳払いをした。
「――先生。単刀直入に聞くが、黒いマントを羽織った連中を、ここら一帯で見かけていないか」
短くそう切り出せば、シロンは僅かに眉を上げた。
「……よく知っているね。実は、その通りだ。数か月前から、様子のおかしい者達が、この周辺をふらついているのを何度も見ている。中には、行き倒れて運び込まれた者もいたよ」
「治療は」
「試みてはいるが、原因が掴めない。魔晄中毒に近い症状だが、通常のそれとは、明らかに違う反応が出るんだ。今も、血液を採取して分析を続けている」
シロンは、棚に並んだ検体瓶を一瞥しながら、そう答えた。
「実は、少し診ていただきたい人がいるんです」
ティファがそう切り出せば、シロンは表情を改めた。
「構わないよ。診療所は、そのためにあるんだから」
その言葉を待っていたかのように、クラウドへと視線を向ける。
「――お前だ。診てもらえ」
「……俺なら大丈夫だ。グリモアの計測でも、異常はなかったんだろ」
クラウドが僅かに顔をしかめてそう返す。
「数値に出ないからこそ、危険なんだ」
短くそう言い切れば、クラウドは黙り込んだ。
「頭痛の頻度は明らかに増えている。しかもその症状は、先生が追っている黒マントの連中と、無関係とも思えない。血液を比較してもらえれば、何か分かるかもしれない」
畳み掛けるようにそう問えば、クラウドは僅かに視線を泳がせた後、小さく息を吐いた。
「……分かった。診てもらう」
「賢明だな」
素っ気なくそう返しながらも、内心では小さく安堵する。頭痛の原因を掴む手がかりが、僅かでも増えるならば、それで十分だった。宝条の言葉との関連も、いずれ数値で裏付けられる日が来るかもしれない。
医者に案内され、クラウドが奥の診察室へと消えていく。待つ間、他の面々はそれぞれ静かに時間を潰していた。エアリスは棚の薬草を興味深そうに眺め、ユフィは落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っている。バレットだけは、窓際に立ったまま外の様子を窺い続けていた。しばらくして、採血を終えたクラウドが腕に絆創膏を貼りながら戻ってきた。
「――どうだった」
「黒マントの連中のものと比較してみるそうだ。だが、詳しい分析には、専門の機材が要るらしい。今すぐは無理だと言われた」
シロンが、申し訳なさそうに付け加える。
「大きな街の設備がないと、正確な結果は出せそうにない。……すまないね、力になれず」
「いや、十分だ」
短くそう答える。すぐに答えが出るとは、元々期待していなかった。種を蒔いただけで、今は十分だった。いずれ、この結果を確かめられる日が来るはずだ。
「今夜は、ここに泊まっていくといい。狭いが、寝る場所くらいはある」
医者の申し出に一同は素直に頭を下げた。硬い床の上に雑魚寝することになったが、誰も文句は言わなかった。
夜半、表の喧騒はすっかり静まっていた。だが、住民達の視線に宿っていた憎悪の色だけは、瞼を閉じても、しばらく脳裏から離れなかった。
眠れないまま、診療所の窓辺に立つ。外は、月明かりだけが朽ちた町並みを薄く照らしていた。
(――故郷を失った者は、皆、似たような目をするものらしい)
かつて、鏡の中で見た自分の目を思い出す。あの日、全てを失った瞬間からこの目は変わっていないのかもしれない。バレットも、そしておそらくユフィもいずれ同じ目をする日が来るのだろう。
「――眠れないのか」
不意に、背後からクラウドの声がした。振り返れば、彼もまた寝付けずにいたらしい。
「少し、考え事をしていた」
「珍しいな。お前が、そういう顔をするのは」
短くそう指摘され、思わず片眉が動く。
「――どういう顔だ」
「昔を、思い出しているような顔だ」
クラウドは、それだけ言うと、静かに自分の寝床へと戻っていった。何も追及してこないところが、彼らしいと言えば彼らしかった。
しばらく、月明かりだけを眺めながら、そのまま立ち尽くす。今日という日は、思いのほか多くのものを揺さぶられた一日だった。
翌朝、診療所を出れば、町の空気は昨夜よりも幾分か落ち着いていた。それでも、道行く住民達の視線は依然としてバレットへと集中している。誰も声を荒らげてはこなかったが、その沈黙もまた十分に雄弁だった。
「――あの……」
不意に、幼い少女が物陰から顔を覗かせた。怯えたような目で、こちらを窺っている。
「……なんだ、嬢ちゃんか」
バレットが僅かに表情を和らげてそう零す。だが、少女の母親らしき女が慌てて駆け寄り、その手を引いて連れ去っていった。振り返りざま、女はバレットを一瞥し、無言のまま踵を返す。
バレットは、何も言わなかった。ただ、二人の後ろ姿をしばらく見つめていた。
診療所の前まで見送りに出てきたシロンが、静かに口を開いた。
「――そういえば。黒マントの連中だが、ここ数日、ロープウェイの向こう、ゴールドソーサー方面でも目撃情報が増えているそうだ。何か、参考になるといいが」
「――助かる」
短くそう返す。追う糸口が、また一つ増えたことになる。
「――行くぞ」
それだけを告げ、先を歩き出す。誰も、余計な言葉はかけなかった。
ロープウェイの駅舎は、町の外れ、崖際に建てられていた。錆びついた案内板には、ゴールドソーサー行きの文字が辛うじて読み取れる。
古びた券売機は、既に動いていなかった。代わりに、無人の窓口には「通行証があれば無料」という張り紙が貼られている。誰かが手書きで書き足したらしい文字は、既に色褪せていた。
巨大なゴンドラに乗り込めば、ゆっくりとした振動と共に機体が高度を上げていく。金属の軋む音が、規則正しく響く。ケーブルが風に揺れる度、ゴンドラ全体が僅かに傾いた。眼下に、北コレルの貧しい町並みが少しずつ小さくなっていった。遠くには、朽ちた魔晄炉の残骸が鈍い輪郭を晒している。
ゴンドラの中は、重苦しい沈黙に支配されていた。誰も、言葉を発しようとしない。窓の外を流れる荒涼とした景色だけが、時間の経過を教えてくれた。
ユフィだけが、落ち着かない様子で窓に張り付いては離れることを繰り返している。誰かが口を開くのを、待ちきれない様子だった。
やがて、その沈黙を破ったのはバレット自身だった。
「――昔、この町に魔晄炉を誘致したのは、俺だったんだ」
低く、絞り出すような声だった。
「街を豊かにしたい一心でな。神羅の言うことを信じて、村中を説得して回った。反対してたのは、ダインくらいのもんだった。それでも、俺は聞かなかった」
「――魔晄炉自体は悪いものじゃない。使い方次第だ」
短くそう挟めば、バレットは自嘲気味に鼻を鳴らした。
「ああ、その通りだ。だが、当時の俺にはそれを見極める目がなかった。神羅の言葉を、疑いもせずに信じちまった」
「……それで」
短く先を促せば、バレットは苦々しげに続けた。
「魔晄炉が出来て、しばらくは確かに景気は良かった。だが……ある日、突然爆発事故が起きた。神羅は、それを反対派の仕業だと決めつけて、村ごと焼き払いやがった」
拳を握り締めながら、バレットは俯く。
「あの日、俺とダインは、村を離れてた。慌てて戻ろうとしたが、神羅の兵に襲われて……崖から落ちそうになったダインの手を、俺は掴んだ」
声が僅かに掠れる。
「だが、神羅の銃撃で、腕を狙い撃たれてな。……手を、離しちまった」
自身の右腕――義手を静かに見下ろす。
「それきり、ダインの行方は分からねぇ。生きてるのか、死んでるのかも……未だに分からねぇままだ。
この右腕も、その時の傷が元でな。医者に頼んで、こうやって銃に変えてもらった」
「……村は、それからどうなった」
静かにそう促せば、バレットは一層、声を低くした。
「命からがら逃げた俺は、それでも、女房の側で死にてぇと思って、燃える村に戻った。……そこで、女房と、俺の子供を見つけた。もう、手遅れだった」
その声には、隠しきれない自責の念が滲んでいた。
「その隣に、ダインの女房、エレノアも倒れてた。腕の中には、生まれたばかりの赤ん坊が一人だけ、生きてた」
「――それが」
「ああ。マリンだ」
短く、そう答える。
「見捨てられなくてな。あの子を抱いて、村を出た。それから、ずっと俺が育ててる。……あいつは、俺の子供じゃねぇ。ダインの、忘れ形見だ」
「マリンは、それを知っているのか」
静かにそう尋ねれば、バレットは小さく首を振った。
「……いや。まだ、何も話しちゃいねぇ。話せる日が来るのかどうかも、正直、分からねぇ」
「……それで、復讐を」
「ああ。あの日から、俺は、神羅を許さねぇと決めた」
短く、しかし揺るぎない声だった。
「町の連中が、俺を許さねぇのも無理はねぇ。あの日、村を焼いた原因を作ったのは他の誰でもない、この俺なんだからよ」
自嘲気味に、そう付け加える。
「――バレット」
エアリスが、静かにそう呼びかけた。
「それでも、あなたは今まで生きてきた。マリンを育てて、仲間のために戦って。それは、誰にも否定できないことだと思う」
柔らかい声だった。バレットは、僅かに目を見開いた後、ふっと表情を緩めた。
「……ガキみたいなこと言うんじゃねぇよ」
そう零しながらも、その声には僅かな安堵が滲んでいた。
「――お前が、そこまで自分を責める理由が、ようやく分かった気がする」
クラウドが、静かにそう零す。
「俺も、似たようなものだ。弱かった自分を、今も許せずにいる」
その言葉に、バレットは僅かに目を細めた。
「お前もか」
「――皆、何かを背負っているようだな」
レッドⅩⅢが静かにそう零す。金色の瞳には、深い理解の色が滲んでいた。
バレットの告白を聞き終えたユフィが、不意に立ち上がった。ゴンドラが僅かに揺れる。
「――おかしいよ、そんなの!」
声を張り上げるユフィの目には涙が滲んでいた。
「神羅が全部悪いんじゃない! 誘致した奴を騙して、実験に利用したのは神羅でしょ! なのに、バレットを責めるなんて……あの町の人達も、おかしいよ!」
真っ直ぐな怒りだった。誰かを庇うための、混じり気のない感情。その様子を見つめながら、内心で静かに思考を巡らせる。
(――神羅という化け物に、故郷と、穏やかな日々を奪われた者達)
自分もまた、その一人だった。バレットも、そしてユフィもまた、形は違えど同じ根を持つ痛みを抱えている。表現の仕方こそ違うが、根底にあるものは驚くほど似通っていた。故郷を焼かれた記憶。信じていたものに裏切られた記憶。そして、生き残ってしまったことへの拭えない罪悪感。
隣に座るティファとエアリスも、言葉を挟まず、ただ静かにバレットの横顔を見つめていた。誰も、安易な慰めの言葉を口にしようとはしなかった。それが、今この場で唯一、正しい振る舞いのように思えた。
「――ユフィ」
バレットが、自嘲気味に息を吐きながら静かにそう制する。
「町の奴らを、責めるな。悪いのは、神羅を信じた俺の甘さだ。それに、あいつらだって村を失って、行き場を無くして、それでもなんとか生きてきたんだ」
「でも……!」
「いいんだ。もう、言い尽くしたことだからよ」
バレットは、そう言い切ると、隣で黙っているこちらへと視線を向けた。苦々しくも、どこか信頼の滲む声だった。
「――同情はいらねぇからな。ジュリアス、お前なら……俺のこのやるせねぇ気持ちが分かるだろ?」
その問いに、否定も肯定もせず、ただ静かに答える。
「――ああ。奪われた者の怒りも、自分を責める愚かしさも嫌というほど知っている」
短い、それだけの言葉だった。だが、バレットにはそれで十分に伝わったらしい。小さく頷き、視線を窓の外へと戻す。
「――お前も、ウータイで、似たような目に遭ったんだったな」
静かな声で、そう続ける。カームで話した内容を、律儀に覚えていたらしい。
「神羅はいつもこうだ。豊かにしてやると近づいてきて、気に食わなくなったら容赦なく叩き潰す」
「――え……?」
ユフィの目が、大きく見開かれる。
「ちょっと待って、ジュリアス……アンタ昔、ウータイにいたの……!?」
驚愕したその声に、視線を逸らさず、静かに答える。
「――ああ、そういえば話してなかったな。カームで、他の皆には、既に話している」
観念したように、小さく息を吐く。今更、隠す理由もなかった。それに、この状況で誤魔化しても、余計に勘繰らせるだけだろう。
「生まれは、ウータイじゃない。だが、物心つく前から、ウータイの外れにある小さな村で育った。計算上、お前はまだ小さい頃だろうから、知らなくても無理はない。
そして、神羅がウータイに侵攻した際、拠点の一つとして目をつけられて……焼かれた」
淡々とした口調で、そう続ける。
「母と妹は、その日に死んだ。俺一人だけが、生き残った」
「……そんな」
ユフィが、絶句したように口元を押さえる。
「その後、アバランチ本流に拾われるようにして育てられ、やがて神羅に潜り込んだ。全ては、復讐のためだ」
「復讐って……まさか」
「勘違いするな。俺が憎んでいるのは、神羅一社だけじゃない。神羅を頂点に押し上げ、甘い汁を吸い続けてきた、この世界の支配構造そのものだ」
淡々とした声に、ユフィが息を呑む気配が伝わってきた。
「――その象徴として、俺の父親がいた。奴を、この手で殺すつもりだった。あくまで、通過点に過ぎないがな」
淡々と、そう言い切る。ユフィの目が、さらに大きく見開かれた。
「――親殺し、なんて……」
震える声で、ユフィがそう呟く。
その反応は、予想の範囲内だった。誰しも、そう思うだろう。だが、それについて、今更、感傷的になるつもりもなかった。
「トドメは差しきれなかったが……。結局、奴を仕留めていたとしても、いい気分にはならなかっただろうな。それに、俺の中でケジメはついた」
静かに、そう零す。
奴を追い詰めた瞬間の記憶は、今も鮮明に残っている。だが、最後の一撃を下す前に、あの男は、別の手によって命を落とした。皮肉なものだ。長年、憎悪だけを支えに歩いてきた道の先に、待っていたのは、拍子抜けするほど呆気ない幕切れだった。
それでも、あの瞬間、確かに自分の中で、何かが決着した。今も、そう感じている。
「――同じだ」
ふと、そう零す。
「故郷を焼かれ、大切なものを奪われた。お前も、バレットも、そして俺も。抱えているものの形は違えど、根っこは、驚くほど似ている」
ユフィは、しばらく黙っていた。何を思ったのか、やがて、小さく頷く。
「……そっか。だからあんな時も、平気そうな顔してたんだ」
「平気なわけがあるか。ただ、慣れているだけだ」
素っ気なくそう返せば、ユフィは、複雑な表情を浮かべたまま、それ以上は何も言わなかった。
だが、その表情には明らかな変化が滲んでいた。得体の知れない元神羅の人間、警戒すべき存在――そんな見方が僅かに揺らいでいる。同じ過酷な傷を背負う者への、戸惑いにも似た関心が、その目の奥に灯り始めていた。
(――こんな形で、自分から話すことになるとはな)
内心でそう零す。カームで、既にクラウド達には、ウータイで過ごした過去の一端を語っている。ただ、ユフィが仲間に加わったのは、つい先日のことだ。改めて話す機会を、意図的に避けていたわけではない。単に、話す必然性がなかっただけのことだった。
それでも、こうして話す羽目になるとは、正直、想定していなかった。もっとも、話した内容自体に、後悔はない。ユフィにも、いずれ知られることではあった。ただし、タークス以降――ルーファウスとの繋がりについては、今の彼女には教えない。今の段階で情報量が過多になっているのだ、わざわざ話さなくても良いだろう。
隣で、エアリスとティファがそっと視線を交わしていた。何か言いたげな様子だったが、二人ともそれ以上は踏み込んでこなかった。今は、それでいい。誰かが無理に踏み込めば、この均衡は簡単に崩れてしまう。
何も言わず、ただ窓の外へと視線を移す。眼下には、既にゴールドソーサーへと続く谷が広がっていた。
やがて、ゴンドラは減速を始める。重苦しい沈黙と、深い余韻を残したまま、視界の先に眩いネオンの輝きが飛び込んできた。
不夜城――ゴールドソーサーの光が、暗く沈んだ一同の心を無理やりにでも塗り替えるように、煌びやかに輝いていた。回転する観覧車、絶え間なく打ち上がる花火、浮かれた音楽の欠片が、風に乗って微かに届く。
貧しさに沈む北コレルと、眼下に広がる豪奢な遊園地。あまりにも対照的なその光景に、思わず自嘲めいた笑みが漏れる。
(――全ては、繋がっているというわけだ)
この不夜城の輝きの裏側に、どれほどの犠牲が積み重ねられてきたのか。今はまだ、誰も、それを口にしようとはしなかった。
だが、確かなことが一つあった。この旅を通じて、誰もが少しずつ、隠していたものを晒し始めている。それが、良いことなのか、悪いことなのか。答えは、まだ出ない。ただ、後戻りは出来ないところまで、既に来てしまっているのは確かだった。
ゴンドラの扉が開く。喧騒と光の中へ、一同は重い足取りのまま降り立った。
プラットフォームには、休日を楽しむ観光客の姿が溢れていた。誰もが笑顔で、屈託がない。その光景は、まるで別世界のようだった。つい先程まで見ていた、憎悪と貧しさに満ちた北コレルの光景とは、あまりにもかけ離れている。
「――ここが、ゴールドソーサー……」
ユフィがぽつりとそう零す。誰も、それに言葉を返さなかった。だが、皆同じことを感じているのは明らかだった。
黒マントの足取りは、この賑わいの中に紛れてしまったのかもしれない。だが、ここに来た以上、まずは情報を集める必要がある。頭を切り替え、雑踏の先へと視線を向ける。今は、目の前の課題に集中するべきだった。