FINAL FANTASY Ⅶ Revengers 作:オレンジⅩⅢ
深緑の魔晄だまりが、大きく揺れた。
水面を割るようにして、白い靄をまとった巨躯がゆっくりと浮上してくる。ティファを飲み込んだ、あの姿だ。
「ティファ……ッ!」
クラウドの声が、反響する空洞に響き渡った。
絶望と、それでも消えない執念だけを刃に変えたような踏み込みで、クラウドが剣を構えて躍り出る。
グリモアの紋様に魔晄を通して放たれる術式弾がウェポンの巨体に着弾した。狙いは、致命傷を負わせることではない。動きを止め、あの巨躯の内側に囚われたものを引きずり出す隙を作ることだけだ。
(一撃で仕留める必要はない。あの中からティファを取り戻せれば、それでいい)
冷静にそう判断しながらも、次弾の照準を合わせる手には、自覚している以上の力がこもっていた。
巨体の動きが、一瞬鈍る。その隙を見逃さず、クラウドが跳んだ。
魂の叫びのような一太刀が、外殻に深い亀裂を刻む。獣のような咆哮が、洞窟全体を揺らした。
軋むような音とともに、ウェポンの胸部――否、口部と呼ぶべきその部分が、ゆっくりと開いていく。
内側に満ちていた光の粒子が、水滴と白い靄を纏いながら零れ落ちた。
その中心に、ティファの体があった。
静かに、まるで眠っているかのように、宙へ投げ出される。
「ティファ!」
叫びながら、クラウドが両腕を伸ばして駆けた。
落ちてくる体を、間一髪で受け止める。
腕の中に収まった重みを確かめるように、クラウドの体が小さく震えた。
ウェポンは、それ以上襲ってこなかった。まるで果たすべき役目を終えたとでもいうように、動きを止めたまま、ただ静かにこちらを見下ろしている。やがて星の意思に従うかのように、ゆっくりと深緑の水底へと沈んでいった。波紋が広がり、その巨躯は闇に溶けて見えなくなる。
エアリスが小さく息を吐くのが、視界の端に映った。
沈黙が満ちる中で、腕の中のティファを見下ろす。
外傷はない。呼吸もある。ただ、意識だけが深く沈んだまま戻ってこない。
(消化される前に引きずり出せたか……いや、そもそもあの化け物に消化器官があるかどうかも、怪しいものだが、な)
そんな軽口を挟む余裕は、今のクラウドにはないだろう。安堵と自責の入り混じった顔で、クラウドはティファを強く抱きしめていた。指先が、確かめるように彼女の頬に触れる。
肩に触れ、静かに声をかけた。
「まずは運ぶぞ。ゴンガガまで戻れば、休ませる場所くらいはある」
「……ああ」
短く答えたクラウドの声は、掠れていた。
バレットが無言でティファの脚側を支え、ユフィが心配そうに顔を覗き込む。誰も、それ以上の言葉を発さなかった。ただ静かに、崩落しかけた魔晄炉を後にした。
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SIDEティファ
光の粒子が、際限なく降り注いでいた。
音のない世界の中、ティファの意識はゆっくりと沈んでいく。重さも、痛みもない。ただ、途方もなく懐かしい何かに包まれている感覚だけがあった。
古い記憶が、次から次へと押し寄せてきた。
給水塔に座り、幼いクラウドと交わした約束。夕暮れの光が水面を橙色に染め、二人の影が長く伸びていたことまで、はっきりと思い出せる。
「ヒーローになったら、迎えに来てね」
あの日の自分の声が、遠くから聞こえる。生意気に胸を張って、そんな約束を口にした幼い自分。それに対して、口ごもりながらも小さく頷いていた、あの頃のクラウド。
思えば、あの約束から全てが始まっていた。
光の粒子が渦を巻き、また別の記憶を引きずり出す。ずっと蓋をしてきた、もっと古い記憶だった。
母を失った直後、悲しみに突き動かされるまま、一人でニブル山を駆け上がった夜のこと。
「もう戻ろうよ、暗くなってきた」
エミリオ達の声が、次第に遠ざかっていく。松明の明かりが引き返していくのを、振り向きもせずに見送った。
それでも、後ろを歩き続ける足音があった。
怖くないはずがないのに、黙って付いてきてくれた、痩せた小さな背中。
足元の岩が崩れた瞬間の、あの浮遊感。冷たい岩肌をかすめる感触。伸びてきたもう一つの手。
(……そうだ。あのとき、クラウドが)
途切れていた記憶の続きが、光の中でようやく繋がる。
届かなかった手ごと、二人して斜面を転がり落ちたこと。目を覚ました後、遠くからこちらの無事を伺うような彼を。詰め寄る大人達に対して、俯いたまま何も言い返さなかった彼の背中。
(あの日から、ずっと一人で抱え込んでいたんだ)
ティファは、今更ながらにその重さに気づく。幼い自分を庇うために、彼がどれほどの理不尽を黙って飲み込んできたか。今まで聞かされていた話が、ようやく記憶という手触りを伴って、胸に落ちてきた。
ニブルヘイムが燃えた夜。崩れ落ちる橋。セフィロスの狂気。そして、幼いままの弱さを抱えたクラウドが、それでも最後まで自分についてきてくれたこと。
(本当は、ずっと知っていた気がする)
彼が偽っていたのは強さだけで、想いまでは偽っていなかったということを。
光の中に、もう一つの記憶が浮かぶ。もっと近い、まだ新しい記憶だ。
操られながらも、必死に自分の名を呼び続けたクラウドの声。
(だめだ……やめろ、セフィロス)
抗おうとしていた、あの叫び。声にならないほどの痛みを抱えながら、それでもこちらへ手を伸ばそうとしていた姿。痛ましいほど不器用な優しさが、ずっとそこにあった。
七年という月日の中で積み重なったすれ違いも、疑いも、今この光の中では、ただの些細な水面の揺らぎのように思えた。
ティファは、光の奔流の中でそっと目を閉じる。
(大丈夫。今度は、私が守るから)
誰に向けた言葉かは、自分でも分からなかった。ただ、確かな意志だけが、そこにあった。
遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえる気がした。誰の声かは分からない。それでも、その声を辿るように、沈んでいた意識が、静かに浮上を始めた。
ティファの意識が浮上したのは、ゴンガガの宿、木の匂いが染み付いた静かな部屋の中だった。窓の外では、乾いた風が葉擦れの音を立てている。
重い瞼をこじ開けると、真っ先に目に入ったのは、俯いたまま身じろぎもしないクラウドの横顔だった。
もう随分と長い時間、そうしているのだろう。差し出された食事にも、ほとんど手をつけていない様子だった。
「……俺のせいで」
低い声が漏れる。
「俺が抑えきれなかったから、ティファを危険な目に遭わせた」
繰り返される自責の言葉に、胸の奥が軋んだ。
掠れる声で、名前を呼ぶ。
「……クラウド?」
「ティファ……!」
弾かれたように顔を上げたクラウドが、手を握りしめてきた。
「よかった……本当に、よかった」
「……ん。ちゃんと、戻ってきたよ」
微笑もうとして、しかしすぐに顔が曇る。クラウドの目に浮かぶ、隠しきれない自責の色に気づいたからだ。
「クラウド。私を見て」
「……すまない。俺が、お前を」
「違う」
静かに、しかしはっきりと遮った。身を起こし、両腕をクラウドの背に回す。
「クラウドのせいじゃない。あれは、セフィロスにやられたことだって」
「それでも……俺の体が、俺の剣が、お前を落とした。それだけは変わらない」
「それでも、って気持ちも分かるよ。でも」
声が、少しだけ震える。
「私、ライフストリームの中でずっと見てたの。クラウドがどれだけ不器用に、私のことを想っていてくれたか。今のクラウドも、昔のクラウドも、ちゃんと同じ人だって、分かったから」
「……」
「だから、もう謝らないで」
抱きしめる腕に、力を込めた。
「今度は、私がクラウドを守るから」
腕の中で、クラウドの体からゆっくりと強張りが解けていくのが分かる。震える息を吐き出し、クラウドがティファの肩に顔を埋めた。くぐもった声で、何かをもう一度だけ詫びるように呟いていたが、それ以上は言葉にならなかった。
二人の間に流れる空気は、これ以上ないほど静かで、温かかった。
(……これでいい)
そう思った矢先だった。
「――って、待って待って! まだ入っちゃダメだって!」
「わては大丈夫や、これくらいのぞき見のうちに入らへんで!」
扉の外で交わされていたはずの声が、次の瞬間、勢いよく部屋の中へ転がり込んできた。
ユフィとケット・シーが、折り重なるようにして床に倒れ込む。
「……あ」
気まずそうに固まる二人に、思わず身を離す。頬が熱を持つのが分かった。クラウドも、居心地悪そうに視線を逸らしている。
静寂を切り裂くように、しばしの沈黙が流れた。
「……お前ら、何をしている」
扉の奥、隣の部屋に控えているであろうジュリアスが、呆れを隠さず問うた。
「ち、違うのよ! ちょっと様子を見に来ただけで!」
「様子を見に来ただけにしては、随分と扉に張り付いていたようだが、な」
「そ、それは……」
言葉に詰まるユフィの隣で、ケット・シーが器用に体勢を立て直す。
「いやー、お邪魔してもうたわ。せやけど、二人とも仲直りできてよかったやんか」
けろりとした調子でそう言ってのけるケット・シーに、ユフィも毒気を抜かれたように苦笑した。
からかうような視線を向けられ、余計に頬が赤くなる。それでも、張り詰めていた空気が緩んでいくのを、悪くないと感じていた。
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翌日、ティファの体調もすっかり落ち着き、一行はゴンガガを発つ支度を整えていた。
出発前に体の調子を確かめておきたいと言うティファの申し出で、クラウドと軽い組手をする流れになった。得物は持たず、素手だけでのやり取りだ。
繰り出されるティファの拳や蹴りを、クラウドは同じく徒手のまま受け止め、あるいは紙一重で躱していく。時折、剣を握らない大振りの拳を放ち、ティファの回避の反応を確かめるように促していた。
「まだ本調子じゃないと思うけど……体は、ちゃんと動くみたい」
軽く息を弾ませながら、ティファが笑う。
「無理はするなよ」
「うん、分かってる」
軽快な蹴りが幾度か空を切り、クラウドの掌がそれを受け止めるたびに、乾いた音が響いた。何合か打ち合ったところで、クラウドが大きく踏み込んで拳を放つ。ティファはそれを紙一重で躱し、体を捻りながら反撃の隙を窺った。
「その動き、まだ体に染みついてるみたいだな」
「しっかり鍛えた体だもん。そう簡単には鈍らないよ」
何度か拳を交わした末、ティファが放った回し蹴りを、クラウドがぎりぎりで受け止めた。踏みしめた足元の土埃が、小さく舞い上がる。
軽口を叩き合う二人を横目に、一撃ごとの重さと反応速度を確かめる。
(問題はなさそうだな)
そう判断し、小さく頷いた。
「おう、いい動きじゃねえか」
見物していたバレットが、腕を組みながら口を挟む。
「バレットも混ざる?」
「よせよせ。俺様の拳をまともに食らったら、二人とも一発でおしまいだぜ」
豪快に笑うバレットに、ティファも苦笑を返した。
しばらくして組手を終えた二人が汗を拭う頃には、脇腹の傷を負っていたレッドXIIIも、回復魔法と休養によって、すっかり動きに支障のない様子だった。
「私のことは案ずるな、と言っただろう」
「言われた通りにはしていない、ということだけは伝えておく」
素っ気ないやり取りを交わす傍らで、荷造りを終えたエアリスとユフィが、村の商店で仕入れた保存食を鞄に詰め込んでいる。
「北はまだまだ遠いんだから、しっかり買い込んどかないとね」
「あたし、辛いのは苦手なんだからね! ちゃんと選んでよね!」
「わかってるって。ユフィちゃんの分は、ちゃんと甘口にしておいたから」
かしましいやり取りに、ケット・シーが横から茶々を入れる。
「二人とも、荷物より先に運勢を占うたほうがええんちゃう? 今日の道中運は――」
「いらないから」
即座に切り捨てられ、ケット・シーが「つれないなあ」とぼやいた。
「そういえば、レッドXIIIの傷は本当にもう平気なの?」
心配そうに顔を覗き込むエアリスに、レッドXIIIは呆れたように鼻を鳴らす。
「何度も言わせるな。この程度、大した傷ではない」
「ふふ、強がっちゃって」
そんなやり取りに小さく笑いが漏れる中、荷物の最終確認を済ませる。
荷物の重さや配分を確認し、道中で起こり得る事態を一通り想定しておく。北への道のりはまだ詳細な地図がなく未知の部分も多いが、これまでの旅路を思えば、さほど大きな懸念にはならないはずだ。
支度を終えた一行は、荷物を担いで村の出入り口へと向かった。
見送りに現れたのは、シスネだった。
「もう発つのね」
「世話になった。おかげで助かったことも多い」
「大した世話はしていないわ。それより――」
シスネが、村の奥を指差した。
「南の国営飛行場跡に、まだ飛べる野良飛行機が残ってる。北へ向かうなら、使うといいわ」
「助かる」
短く礼を告げると、シスネはしばし黙り込み、それから声を落とした。
「ジュリアス。あんたが元タークスだって話、村の連中には黙っておいてあげる。……借りにしとくから、いつか返しなさいよ」
「肝に銘じておく」
軽く笑みを交わし合う。かつて同じ組織に籍を置いていた者同士だからこそ通じる、割り切ったやり取りだった。
「そういえば、最近この辺りの神羅の巡回が、心なしか増えている気がするの。何を探しているのかまでは分からないけど」
「情報、感謝する」
短く応じると、シスネは肩をすくめた。
「タダとは言わないわよ。今度会ったら、土産話の一つでも聞かせてもらうから。
それと、気をつけてね。この辺りには、まだ厄介な影がうろついているみたいだから」
黒マントのことを言っているのだろう。頷きを返し、一行はゴンガガの村を後にした。
遠ざかる背中をしばらく見送っていたシスネは、やがて踵を返し、村の自警団の詰所へと歩いていく。
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SIDEシスネ
一行が村を発ってから、一週間が過ぎた頃だった。乾いた風が、相変わらず村の入り口を吹き抜けている。
自警団の見回りを終え、詰所に戻ろうとした矢先のことだった。ゴンガガの入り口に、見覚えのある人影がふらりと現れた。
薄汚れた上着に、あちこち擦り切れた革の手袋。以前よりも幾分やつれた顔つきをしているが、それでも隠しきれない人懐っこい笑みだけは、記憶にあるままだった。
「……よお!」
軽い調子で片手を上げるその男に、シスネは目を見開く。
「――ザックス!? 生きてたの!?」
「まあな。しぶといのが取り柄だからさ」
駆け寄って肩を小突くと、ザックスは大袈裟に痛がる真似をしてみせた。軽口を叩くその様子に、張り詰めていた緊張が緩んだ。ここ最近、ずっと気にかかっていた不安の一つが、ようやく形を変えて解けていくのが分かる。
「身体は大丈夫? ずいぶん疲れてるみたいだけど」
「ん? ああ、平気平気。前よりよっぽど動けるようになったぜ」
胸を張ってみせるザックスだが、よく見ると頬にまだ薄い傷痕が残っている。無理をしていなければいいけど、と思いながらも、それ以上は追及しないことにした。
「一体どこをほっつき歩いてたのよ。生死不明のまま、何か月も」
「色々あってな。詳しい話はまた今度だ。とりあえず、クラウド達と合流するために、ミッドガルを目指して動いてたんだ」
その言葉に、シスネは思わず眉を寄せる。
「入れ違いだったのね。クラウド達なら、もうここにはいないわよ」
「え?」
分かりやすく間の抜けた声を上げるザックスに、シスネは小さく息を吐いた。
「この間、大勢でこの村に来たのよ。出て行ったのは……1週間くらい前ね。黒マントを追って、北を目指すって言ってたわ。次はコスモキャニオンに向かうつもりだそうよ」
「……マジか」
情報を飲み込んだザックスの顔が、みるみるうちに焦りに変わっていく。
「そうか……エアリスは一緒にいたか? 元気にしてたか?」
「……ええ、一緒に居たわよ。元々の彼女を知らないけど、元気だったわ」
「そっか……よかった」
安堵の表情を浮かべたのも束の間、すぐに焦りの色が戻ってくる。
「すぐに追いかけなきゃ……! 悪い、シスネ、また今度ゆっくり――」
踵を返して駆け出そうとしたその襟首を、シスネの手ががしっと掴んだ。
「ちょっと待ちなさい!」
「な、なんだよ! 急いでるんだって!」
「寄り道する前に、実家に顔を見せてやりなさい! あんたの親が、どれだけ心配してたと思ってるの! 生きてるかどうかも分からないまま、どれだけ放っておくつもり!?」
「うっ……そ、それは」
痛いところを突かれたように言葉を詰まらせるザックスを、シスネは有無を言わさず引きずっていく。
「行くわよ。話はそれからだから」
「ちょ、待っ……分かった、分かったから引っ張るなって! 自分で歩けるから!」
「口ではそう言って、隙を見て逃げるつもりでしょう。あんたのことは、前からよく知ってるのよ」
図星を突かれたのか、ザックスが観念したように肩を落とす。
「……はいはい。ちゃんと顔出すから、離してくれよ」
「最初からそう言えばいいのよ」
すっかり毒気を抜かれた様子のザックスを引っ張りながら、村の通りを歩いていく。すれ違う住民が、懐かしそうな顔でザックスに声をかけていった。
「おかえり、ザックス!」
「元気そうでよかったねえ!」
口々にかけられる声に、決まり悪そうに頭を掻きながら手を振り返すザックス。その様子を見て、シスネはようやく肩の力を抜いた。
(この村にとっても、あんたは大事な息子なんだから。ちゃんと顔くらい見せてやりなさいよ)
情けない声を上げながら実家の方向へ連れて行かれるザックスの姿に、シスネは呆れながらも、口元にはどこか柔らかな笑みを浮かべていた。