FINAL FANTASY Ⅶ Revengers   作:オレンジⅩⅢ

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Chapter.37 コスモキャニオン にて

ゴンガガの村を包んでいた緑の匂いは、荒野を進むごとに乾いた土の匂いへと変わっていった。

シスネから告げられた言葉が、頭の奥で幾度も繰り返される。

 

(南の国営飛行場跡に、まだ飛べる野良飛行機が残ってる――か)

 

朝靄の残る岩肌の道を、一行は黙々と進んでいた。ユフィだけは相変わらず元気で、道端の奇妙な形をした岩を見つけては騒いでいる。

 

「ねえねえ、あれ見て! なんか人の顔みたいじゃない!?」

「はしゃぐのは結構だが、足元に気をつけろ。この辺りは地割れが多い」

 

窘める声に、ユフィは唇を尖らせながらも足元へ視線を落とした。それでも数歩進むごとに、また別の岩を見つけては「あ、今度はカエル!」と声を上げている。懲りない性分らしい。

もう一つ、頭の片隅に残っている情報がある。シスネが別れ際に漏らした、「最近この辺りの神羅の巡回が、心なしか増えている」という一言だ。

 

(黒マントを追っての動きか、それとも単なる警戒網の強化か……。どちらとも判じかねる情報だが、無視するには些か引っかかる)

 

砂塵の巻き上がる荒野を見渡しながら、思考を巡らせる。神羅の動きが活発化しているとすれば、目的地の見当がついているのか、それとも網羅的に警戒しているだけなのか。今のところ、確たる手がかりはない。

 

義手の内側、グリモアの反応をさりげなく確かめる。クラウドの体調に関わる数値に、目立った異常は見当たらない。頭痛の頻度は増えているものの、今のところは数値上の変化に直結していない――その事実は、安心材料であると同時に、原因の特定を難しくしている。

これまで幾度も繰り返してきた簡易検査だが、毎回、同じ壁にぶつかる。数値に表れない異常を、どう扱うべきか。今の段階で確たる答えは出せない以上、体調の変化を注意深く観察し続けるしかない。

 

「クラウド、頭痛は大丈夫か」

「……ああ、今のところは平気だ」

 

短く答える声に、深追いはしなかった。無理に聞き出したところで、今は有効な対処法があるわけでもない。今はただ、注意深く見守る他ない。

荒野の果てに、打ち捨てられた滑走路と錆びついた格納庫の影が見えてきたのは、そんな思考を巡らせていた頃だった。

 

「あれだ。飛行機、まだ動くといいけど……」

 

ティファの呟きに、クラウドが静かに頷く。

近づくにつれ、金属を叩く音と、荒々しい怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「くそったれが……このポンコツ、まだ空を飛ぶ気があるのかねえ!」

 

格納庫の陰、翼の一部がひしゃげ、機体のあちこちに継ぎ接ぎの跡が目立つ、今にも朽ち果てそうな飛行機が横たわっている。近づくほどに、その古びた姿がはっきりと見えてきた。

 

「……おい、あれで本当にコスモキャニオンとやらまで飛べんのか?」

 

バレットが半信半疑の声を漏らす。

 

「シスネの情報が正しければ、な。裏切られたなら、また別の手を考えるだけだ」

「相変わらず、危なっかしいことを平然と言いやがる」

 

呆れたような声に、軽く肩をすくめて応じた。ただ、空からの移動手段さえ手に入れば、地上部隊との無用な衝突は大幅に減らせる。その計算だけは、揺るがない。

スパナを片手に機体へ悪態をついている男の姿が、格納庫の前に見えた。無精髭を生やし、ゴーグルを額に押し上げ、口の端に煙草をくわえている。全身から漂う雰囲気は、荒くれ者そのものだった。

 

「おいおい、どこの馬骨だ! 荒野のど真ん中で何ウロウロしてやがる!」

 

こちらに気づいた男が、スパナを振り回しながら怒鳴ってくる。バレットが「おう、こっちも人探してんだ」と豪快に返すと、男はますます眉間の皺を深くした。

 

「探し物なら他を当たれ! 俺は今、この愛機――タイニー・ブロンコの機嫌取りで忙しいんだよ!」

「コスモキャニオンまで乗せていってほしい」

 

横からクラウドが単刀直入に切り出すと、男は「ああん!?」と目を剥いた。

 

「冗談じゃねえぞ、俺の相棒は遊覧船じゃねえんだ! どこの誰とも知らねえ連中を、ほいほい乗っけられるかってんだ!」

 

文句を言っている余裕があるなら、渡航費の交渉と洒落込みたいところだ。

 

静かに一歩踏み出すと、男――シドと名乗ったこの荒くれパイロットは、こちらの纏う空気を探るように目を細めた。神羅の追手や荒事に慣れた者だけが持つ、独特の気配を嗅ぎ取ったのだろう。

 

「……チッ。どいつもこいつも、まともじゃねえ面をしやがって」

 

舌打ちを一つ挟んだ後、シドは意外にもあっさりと折れた。

 

「まあいい。整備がてらの試運転だと思えば悪くねえ。乗せてやるよ。ただし、機体に傷一つでもつけてみろ、容赦なく叩き出すからな!」

「へへ、話の分かる兄ちゃんじゃねえか」

 

バレットが機嫌よく笑うと、シドは煙草の煙を吐き出しながら鼻を鳴らした。

 

「兄ちゃんって歳でもねえがな。それより、渡航費の話はどうすんだ。タダで飛べるほど、俺も暇じゃねえぞ」

「報酬なら、こちらで用意する。……これでどうだ?」

 

懐から取り出した金額を提示すると、シドは値踏みするようにこちらを一瞥し、それから満足げに口の端を上げた。

 

「話が早くて助かるぜ。よし、支度するから待ってろ」

 

エアリスが「やった!」と両手を上げて喜び、ユフィも「アタシ、乗り物苦手なんだけどなあ……」とぼやきながら、それでも顔はどこか浮かれていた。

 

「わての占いによれば、今日は空の旅日和でおますなあ」

 

不意に、ケット・シーが尻尾を揺らしながら口を挟んでくる。

 

「その占い、当たったことあるのか」

「さあ、それはこれからのお楽しみいうことで」

 

飄々と受け流す姿に、思わず小さく息を吐いた。掴みどころのない相棒だが、こういう軽さが場の空気を和らげることも、確かにある。

 

 

 

 

 

 

 

爆音を轟かせて、タイニー・ブロンコは大空へと舞い上がった。

機体が傾くたび、ユフィの悲鳴とバレットの怒鳴り声が交互に響く。

 

「ぎゃあああ、揺れすぎ! シドさん、もうちょっと優しく飛ばしてよ!」

「甘えたこと抜かすな! 空は容赦しねえんだよ!」

 

機体が大きく右へ傾ぎ、ユフィの悲鳴がひときわ甲高くなる。バレットが慌てて手すりにしがみつき、エアリスは楽しげに歓声を上げていた。

 

「おい、しっかり掴まってろ野郎ども! 振り落とされても知らねえぞ!」

 

操縦席で豪快に笑うシドの声に、機内は一段と賑やかになった。窓の外を眺めていたレッドXIIIだけは、案外落ち着いた様子で尾を静かに揺らしている。

 

「レッドXIIIは、乗り物平気なのか」

「私はもう長いこと世界を渡り歩いてきた身だ。この程度の揺れ、どうということはない」

 

胸を張って答える姿に、ティファが小さく笑う。それでも視線の先は、進行方向――故郷のある方角から、なぜか一瞬たりとも逸れなかった。

 

「ねえ、レッドXIII。故郷に帰るの久しぶりなの?」

 

エアリスが尋ねると、レッドXIIIは少し間を置いてから「……そうだな。随分と長く、留守にしていた」とだけ答えた。それ以上は語らないその横顔に、何か込み入った事情がありそうだと察したが、あえて追及はしなかった。今はまだ、その時ではない。

操縦席のシドが、機体を軽く傾けながら声を張り上げる。

 

「見えてきたぞ、あれがコスモキャニオンだ! 景色が良いのは認めてやるが、着陸は荒っぽいから覚悟しとけよ!」

 

宣言通り、機体は滑走路へ滑り込むように着地し、その衝撃にユフィがまた悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雲を抜けた先に広がったのは、赤茶けた切り立った渓谷と、点々と回る風車の影だった。渓谷の中腹には、岩肌に張りつくように築かれた家々が幾重にも連なり、頂には絶えず炎を噴き上げる巨大な篝火の塔――「コスモの灯」が、天へ向かって煙を立ち昇らせている。夕暮れの光を受けて、街全体がまるでその炎に照らされているかのように、淡く赤く輝いていた。

 

風に乗って、乾いた岩の匂いと共に、どこか懐かしいような、香草を焚くような匂いが漂ってくる。渓谷を渡る風は、これまで通ってきたどの土地よりも澄んでいて、遠くから微かに、太鼓か鈴のような音が聞こえた気もした。

 

「あれが……コスモキャニオン」

 

呟いたティファの声に、誰も応えなかった。ただ、それぞれの目に映る光景の美しさが、言葉より雄弁だった。

 

「星命学の聖地、いうやつでおますな。わても一度は訪ねてみたかった場所や」

 

ケット・シーの言葉に、エアリスも身を乗り出すようにして窓の外を見つめている。

滑走路に着陸し、機体を降りる。地に足をつけた瞬間、この街に満ちる空気の質が、これまで訪れたどの土地とも違うことに気づかされる。乾いた岩の匂いに混じって、どこか厳かな静けさが漂っていた。

 

「ここが、レッドXIIIの故郷なんだな」

 

クラウドが呟くと、レッドXIIIはわずかに間を置いてから、短く「そうだ」とだけ答えた。

崖沿いに刻まれた石段を上り、街の入り口を示す古い門をくぐる。門の両脇には、風雨に晒されて丸みを帯びた石像が二体、渓谷全体を見守るように立っていた。

 

その瞬間だった。

 

「――ただいま!」

 

弾けるような声が、隣から響いた。振り返ると、レッドXIIIが弾丸のような勢いで石畳の道を駆け出していくところだった。

 

「ナナキ、ただいまー! ナナキ、帰ってきたよー!」

 

これまで聞いたことのない、高く弾んだ声。大人びていたはずのその姿は、まるで別人のように軽やかで、尾を千切れんばかりに振りながら、通りすがりの村人たちに次々と声をかけている。

 

「な、なんだあいつ……!」

 

バレットが目を丸くして立ち尽くす。クラウドも、ティファも、ユフィも、言葉を失ったまま、その背中を見送るしかなかった。

 

「ナナキ! 無事だったのか!」

 

道具屋の店先から、白髪の老婆が声を上げた。

 

続けて、水がめを運んでいた別の村人も足を止め、驚いたように目を見開く。

 

「おお、大きくなって! 立派な戦士になったんだねえ」

 

村人たちが口々に声をかけ、当のレッドXIIIは尻尾を振りながら嬉しそうに応じている。まるで長らく家を離れていた子供が、実家に帰ってきたような、そんな空気だった。子供たちまでもが駆け寄ってきて、彼の脚に纏わりつくようにはしゃいでいる。

 

「……ねぇ、知ってたの?」

 

ユフィが横目でエアリスに尋ねると、エアリスは小さく笑って肩をすくめた。

 

「なんとなく、ね。ずっと、誰にも見せない顔があるんだろうなって思ってたから」

「ナナキっていうのは……?」

 

呆然とするクラウドに、近くにいた村人が答えた。

 

「ナナキはナナキ。彼の本当の名前ですよ。皆さんは、彼の仲間で?」

 

その言葉に、一同はもう一度、顔を見合わせるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

はしゃぎ疲れたのか、ようやく歩調を緩めたレッドXIIIの後を追って、街の上層へと向かう。石畳の道の両脇には、乾燥させた薬草の束や、見慣れない鉱石を並べた露店が軒を連ね、行き交う旅人たちの装いも、これまで見てきた土地とはどこか違っていた。

 

「おい、さっきのはどういうことだ。お前、ずっと澄ました顔で「私は」とか言ってたじゃねえか」

 

バレットが呆れたように問い詰めると、レッドXIIIは気まずそうに耳を伏せた。

 

「……悪い。外では、少しばかり格好をつけていた。舐められるわけにはいかなかったからな」

「舐められるって、誰にだよ」

「……世界にだ。神羅にも、モンスターにも、そして自分自身にも」

 

短い答えの中に、これまで抱えてきた緊張の重さが滲んでいた。それ以上は、誰も追及しなかった。

石段を上った先、緑の球体に乗った小柄な老者が、ゆったりとした足取りで現れる。丸眼鏡の奥の目が、真っ先にレッドXIIIを捉えた。

 

「おお……ようやっと帰ってきおったか、ナナキ」

「じっちゃん!」

 

レッドXIIIが駆け寄り、老者の乗る球体に前足をかけて甘えるように鼻先を寄せる。厳めしかったはずの姿が、まるで幼子のようだった。

 

「この者たちが、儂の孫を助けてくれた仲間かの」

「ブーゲンハーゲン、俺はクラウドだ。こっちがティファ、バレット、エアリス、ユフィ、ケット・シー」

 

クラウドが一人ずつ紹介すると、ブーゲンハーゲンは満足げに頷いた。

 

「よう来た。皆、遠いところをご苦労じゃったのう。……ふぉっふぉっ、それにしても、賑やかな仲間を連れてきたものじゃ」

 

くつくつと喉を鳴らして笑う老者の様子に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

 

「積もる話もあろうが、まずは儂の家へ来るといい。お前たちに見せたいものがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブーゲンハーゲンの家は、街の最上層、コスモの灯の根元に近い場所にあった。石造りの階段を上りながら、渓谷全体を見渡せる景色に、ユフィが「うわあ、見晴らしいい!」と声を弾ませている。

 

案内された天文台には、複雑な機構を纏った古い望遠鏡や、星図の描かれた巻物、見たこともない鉱物標本が所狭しと並んでいた。窓辺には季節外れの紫陽花が一輪、淡い青紫の花を咲かせている。壁際の棚には、幼い狼の絵が二枚、額に納められて飾られていた。

 

「これは……天体観測の道具か」

「左様。儂は長年、この星の声に耳を傾けてきた。星命学――星の命の学びじゃ」

 

ブーゲンハーゲンが部屋の中央にある装置に触れると、明かりが落ち、代わりに床から淡い光の粒子が立ち上り、天井いっぱいに星空を模した映像が広がった。

 

「星は、生きておる。この星に流れる無数の魂――ライフストリームが、大地を巡り、生命を育み、そしてまた土へと還っていく。人が死ねば、肉体は朽ちるが、魂はこの流れに溶け込み、星そのものの一部となる。この星に生きる者は皆、その循環の中で生かされているに過ぎん」

 

淡い光の中に、無数の光の筋が渦を巻きながら流れていく様子が映し出される。神羅が汲み上げる魔晄も、その源はこの流れであることは、既に知っている情報だ。だが、目の当たりにするその規模は、想像していたよりも遥かに巨大だった。

 

「なあ、じっちゃん。星が死んだら、その魂ってやつはどうなるんだ?」

 

ナナキが尋ねると、ブーゲンハーゲンは目を細めた。

 

「星そのものが尽きれば、還る場所を失った魂は、ただ虚空に消えるしかあるまいな。……だからこそ、この星を守ることには意味がある」

「ちょっと待ってくれ。魔晄炉が魔晄を汲み上げるのも、つまりはこの流れを吸い上げてるってことだよな」

 

バレットが低い声で割って入る。

 

「左様。神羅の繁栄は、この星の命そのものを削って成り立っておる。お前が長年抱いてきた怒りは、決して的外れではないぞ、若いの」

 

その言葉に、バレットは何か言いかけて、結局黙って拳を握りしめた。

 

「じゃが、この星の均衡は、今、大きく崩れようとしておる」

 

映像が切り替わり、赤黒い光を纏った何かが、大地の奥深くへと蠢く様子が映し出される。

 

「かつて、星に深い傷を負わせた者――ジェノバ。その者が再びこの星を脅かそうとしておることは、お前たちも既に知っておろう。星は、自らを癒すために、時に『ウェポン』と呼ばれる強大な守護者を生み出す。もし星そのものが致命的な傷を負ったと判断すれば、ウェポンたちは目覚め、脅威を排除するために動き出す」

 

(ゴンガガの魔晄炉で見た、あの巨大な生命体――あれもその一つか)

 

胸の内で得心する。神羅の記録には決して残らない、星そのものの意思。タークス時代には決して教えられなかった真実の一端が、静かに形を成していく。

 

「そして、もう一つ。星そのものが致命傷を負った際、最後の手段として振るわれる大魔法――『メテオ』。かつて、この星の外より来たりし脅威を打ち払うために使われたその力は、今や使い方次第で、星そのものを滅ぼしかねん」

「……そんな物騒なもん、なんで残ってんだよ」

 

ユフィが顔をしかめると、ブーゲンハーゲンは静かに首を振った。

 

「使う者の心次第、ということじゃろうな。剣も魔法も、それ自体に善悪はない」

 

映像が消え、部屋に明かりが戻る。誰も、しばらく言葉を発せなかった。

 

「重い話をしたのう。じゃが、これから先、お前たちが向き合うものの正体を知っておくのは、決して無駄にはなるまい」

「……ありがとう、ブーゲンハーゲン」

 

クラウドが静かに礼を述べると、老者は目を細めて頷いた。

 

「なに、礼を言われるようなことでもない。それより、明日にでもこの子――ナナキに、谷の慣わしを済ませてもらわねばならん」

「谷の慣わし?」

 

ティファが小首を傾げると、ブーゲンハーゲンは緑の球体を揺らしながら、どこか意味深に目を細めた。

 

「この街の戦士は皆、一度は己の力を試す道を通る。ナナキにも、まだ済ませておらぬ試練がある。……詳しい話は、また明日じゃ」

 

その言葉に、レッドXIIIの尾が、ほんの一瞬、ぴくりと強張ったのが見えた。何かを思い出したような、あるいは何かを恐れているような、そんな気配だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天文台を辞した後は、夕食までの間、それぞれが自由に街を見て回ることになった。

 

石段を下りながら見る渓谷の街並みは、昼間とはまた違った顔を見せている。軒先に吊るされた小さな鈴が風に揺れ、澄んだ音を立てていた。市場の一角では、旅の学徒らしき者たちが星図を広げて熱心に議論を交わし、その傍らを、荷を背負ったチョコボが悠然と通り過ぎていく。

 

雑貨屋の店先を覗くと、店主が「観光かい? この街は世界中から星命学を志す者が集まってくるんだよ」と気さくに声をかけてきた。当たり障りのない相槌を返しながら、店の奥に貼られた地図に目を走らせる。周辺の地形、街道の分布――こういう情報は、後々の行軍計画に無駄なく活きる。

 

「ジュリアス、お土産に何か買わないの?」

 

いつの間にか隣に来ていたユフィが、露店の干し果物を摘みながら尋ねてくる。

 

「土産を買う趣味はない」

「つれないなあ。……あ、これ美味しい! 一個あげる」

 

有無を言わさず押しつけられた干し果物を、仕方なく受け取った。酸味の強い、見慣れない果実の味がした。

 

「わての占いによれば、この店の主人、実は隠れた大富豪でおますなあ」

「適当なことを言うな」

 

ケット・シーの戯言に呆れながらも、思わず口元が緩む。こういう他愛のないやり取りが、存外、悪くない。

 

その夜、ブーゲンハーゲンの計らいで、一行は街の宿に部屋を借りることになった。

宿の広間に集まり、遅い夕食を囲む。渓谷の岩清水で仕込んだという素朴なシチューを前に、ユフィが真っ先に匙を手に取った。

 

「いっただっきまーす! いやあ、今日は驚くことばっかりだったねえ」

「ああ……」

 

生返事をするクラウドの隣で、バレットがまだ納得のいかない様子で腕を組んでいる。

 

「なあ、ナナキ。お前、いつまでその調子で喋るつもりだ」

「ん? ああ、これがおいらの、本当の喋り方だよ。ずっと、大人っぽく振る舞うのに慣れすぎてたから、たまに戻すのを忘れそうになるけど……もう、無理して澄ました顔するのは、疲れたから」

 

素直な答えに、バレットは毒気を抜かれたように鼻を鳴らした。

 

「……ま、そっちの方が付き合いやすいっちゃ、付き合いやすいけどよ」

「俺はどちらのお前も嫌いじゃないぞ」

 

クラウドが穏やかに言うと、ナナキは照れくさそうに耳を伏せた。

 

「ありがとう、クラウド。……明日、じっちゃんが言ってた『谷の慣わし』ってやつ、正直ちょっと緊張する」

「何か、思い当たることがあるのか」 

「……昔から、いつかは通らなきゃいけないって、聞かされてた場所があるんだ。おいらの父さんに関わることらしいんだけど……詳しいことは、まだ何も知らない」

 

その声には、これまでの明るさとは違う、微かな翳りが滲んでいた。

 

「一人で抱え込むな。俺たちも一緒に行く」

 

クラウドの言葉に、ナナキは小さく頷いた。

 

「ありがと、クラウド。……皆も」

 

テーブルを囲む仲間たちが、それぞれに小さく頷き返す。ユフィがわざとらしく明るい声で「よーし、じゃあ景気づけにおかわりしよ!」と匙を掲げ、重くなりかけた空気を吹き飛ばした。

食事の後、それぞれが部屋へ戻っていく中、一人だけ広間に残り、窓の外に広がる星空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜のコスモキャニオンは、昼間とはまた異なる荘厳な静けさに包まれていた。

宿の裏手にある小さな高台から、篝火の灯る街並みを見下ろしつつ、左腕の義手へと視線を落とした。

 

今日一日で見せたナナキの素顔。長らく纏っていた「レッドXIII」という鎧を、故郷に足を踏み入れた途端に脱ぎ捨てた、その潔さ。

 

(父親絡みの、何か因縁があるようだったな)

 

ブーゲンハーゲンが言葉を濁した「谷の慣わし」の意味は、まだわからない。だが、あの一瞬の尾の強張りが、決して軽い話ではないことを物語っていた。

 

自分自身はどうか。

神羅への復讐のために選んできた道に、後悔はほとんどない。タークスとしての二重生活も、アバランチ本流を利用した立ち回りも、すべて己の意思で選び取った結果だ。今更、それらを悔いるつもりはない。

(リーシャ……)

不意に、罪と後悔が顔を出す。

工作に時間をかけざるを得ないもどかしさ。頭脳だけではどうにもならない、実力行使のための武力の不足。彼女に絆される自覚……。当時、あらゆることに焦っていた。

身を売る形で与えられた算術魔法の甘言で、当時の自分は冷静さを失っていた。身を削ることに慣れすぎていた。それ故に、彼女は自分を庇って死んだ。

わかっている。何度考え直したところで、答えは変わらない。詫びる相手は、もうどこにもいない。それでも、この後悔だけは、どれだけ時間が経っても消えてくれる気配がなかった。

向き合う、という言葉が、今の自分にはひどく空々しく響く。向き合ったところで、彼女は還ってこない。ならばこの重石は、抱えたまま前へ進むしかない。……そう自分に言い聞かせて、これまでやってきた。

(失敗しても、またやり直せばいい……)

 

分かっているのだ。彼女の遺言を歪め、呪いとして自分を縛っているのは、自分なのだと。

だからこそ、この言い聞かせが、本当に正しいのかどうかは、今もわからないままだ。

ナナキが今日、故郷の土を踏んで、大人ぶった仮面を自ら脱ぎ捨てたように。誰かに背中を押されなければ、向き合うことすらできない罪もあるのかもしれない。

(俺には、まだそんな相手はいない)

そう、仲間には明かせない罪。彼らに明かすことは、自分のプライドが許容しない。それは、未だ自分の罪と向き合えていないから。

 

(聖地、か。俺のような血で汚れた人間が踏み入るには、少し綺麗すぎる場所だな)

吹き抜ける夜風の中、小さく息を吐く。

(そういえば――)

アバランチ本流……自分を保護し、利用価値を見出した老人が、この一帯に潜んでいるはずだ。「ゼロ」と名乗っていた頃の伝手を辿れば、接触することはさほど難しくない。

会えば、必ず何かを問われるだろう。今の自分が何者であるか、積み上げてきたものを、まだ捨てていないかどうか。

(答えは、決まっている)

迷う余地などない。仲間を得て、少し気が緩んでいただけだ。修羅の道を選んだのは、他でもない自分自身だ。

ティファ、エアリス、ユフィの三人は、既にタークス時代の一端――スカーレットとの因縁の一部を知っている。それでも、リーシャのことだけは、まだ誰にも明かせずにいる。

(ただし、それは今夜のことではない)

宿の窓の明かりが、一つ、また一つと消えていく。仲間たちが、それぞれの部屋で眠りにつく時間だ。

吹き抜ける夜風に、小さく息を吐いた。

明日、ナナキが向き合うことになる「谷の慣わし」が何なのか。その先に、どんな真実が待っているのか。

今はまだ、知る由もない。

だが、仲間が一人で抱え込まずに済むよう、隣に立つくらいのことは、してやれるだろう。

そう思いながら、高台を下り、静まり返った宿へと足を向けた。

胸の奥に沈んだ小さな棘は、今夜もまだ、そこに残ったままだった。

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